人生の価値とは、所詮その程度の物。   作:兎一号

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4月27日 誤字訂正


第二話 利他的利己主義

 老人に会ってから一週間が過ぎた。私が誰かと出会ったからと言って村の人間の人生に何か影響がある訳では無いし、そんな事で影響が出ていたら人間の人生は他人に左右され過ぎる。今日も今日とて子供達からは色々な物を投げつけられる。冬はやはり雪玉が多い。ただ、これが春先や雨季の季節になると土になるから洗濯に苦労する。

 

 

 それに何を思ったか今日はスコップまで飛んできた。全く、私を殺すつもりか。

 

 

 子供達が私を疎む原因は良く分かっている。私が人とは違うからだ。私の髪は真っ白なのだ。夜に降り積もった新雪の様に、真っ白な髪だった。それに私の身体は白色人種の中でも色素が薄い。それこそ、私の体は真っ白なのだ。だからこそ、子供達は私に目を付けた。私もまだ十にも満たない年の少女。それに牧師様が仰られるには、私の発育は少し遅れているようだ。何も持たない、小柄な少女を虐めるのは年下の少年少女にも容易い事だった。村からその存在を良い物とされていない少女を蔑む事など…。

 

 

「まあまあだ。」

 

 テーブルをはさんで私の作った料理を食べながら擦れた声で老人は私に告げた。少し埃っぽいこの家の中で私は食事をこの老人と共に食べている。この老人は意外にも作法(マナー)などに厳しい。ここに来てからと言う物、私にもすっかり食事作法(テーブルマナー)が染みつき始めていた。

 

 

 しかし、こんな事をあの村の人間は知っているのだろうか。知っていたとしても実行しているだろうか。

 答えはNOだ。そんな無駄な時間を過ごす位ならば、彼らにはやらねばならない事があるだろう。あの村の人間は生きて行くのに精一杯だから。

 

 

 私は『まあまあだ。』と評価を受けた目玉焼きと薫豚(ハム)を食べながら、こんなものは焦がさなきゃだいたい美味しいのではないだろうか、なんて目の前の老人の評価を私は呑み込めずにいた。この老人が今までどんな物を食べてきたか分からないが、彼はそんなに美味しい物を食べてきたのだろうか。私は老人の事を知らないが、私は私の料理で満足だ。

 

「私は、固い方が好きだ。」

 

 私が不服そうな顔をしていたからだろうか。老人は態々私に自らの好みを話てくれた。老人が『まあまあ』だと言ったのは目玉焼きの固さだったらしい。

 

「分かった。今度からはしっかり火を通すね。」

「ふん、今日は随分とも分かりが良いではないか。貧乳。」

 

 

 第二次成長期を迎えていない幼女にそんな言葉を投げつけられたって、私にどうしろと言うのだろうか。

 

 

「自分の作った食事をまあまあじゃなくて、美味しいって言ってもらった方が嬉しいもの。そう思わない?」

「思わんな。人間相手に媚びを売り、諂う等死んでもしたくない。」

 

 この老人はとても人間嫌いだった。私でさえ、若干引いてしまうくらいに人間が嫌いだった。私が理由を尋ねても老人は適当に話をすり替えて答えてはくれなかった。それでもこの老人はどうしてか面倒見のいい人間だった。

 

 

 人嫌いの癖に、面倒見のいいこの老人は恐らく、拗らせに拗らせたツンデレと言う奴なのだ。老人のツンデレなんて何処に需要があるのだろうか。

 

「何だ、小童。」

「何でもない。」

 

 私からの視線がうるさかったのか、鬱陶しいという声音で私に尋ねてきた。私は何食わぬ顔で食事を再開すると、老人は気に入らないと言った表情をしながらも黙って食事を再開した。食器から一切の音を漏らさず、まるで一人で食事をしているようだった。それでも目の前の老人に用意した料理は着々と無くなって行く。その事が、私はいま一人では無いという事を思い知らしてくれていた。

 

 食事が終われば、私が食器を洗う。その間、老人はいつも机に向かっていた。何かを必死に書いていた。難しい顔で、私にとっては難しい文字を書いていた。自国の丁抹(デンマーク)語さえ読めない私には老人が何を書いているのか全く分からなかった。独逸(ドイツ)なのか、伊太利亜(イタリア)なのか。将又、英語なのか。

 

 

 あぁ、今度村の牧師様に頼んで文字を教えてもらおう。そうしたらきっと、彼の書いている物を読むことが出来る筈だ。

 

 

 食器を洗い終わり私は手持ち無沙汰になり、部屋の中を改めて見渡した。本と紙で埋もれてしまいそうなこの家は地震にあえば、私達は圧死する事だろう。それ程この家の壁には本と紙が詰まれていた。ふと、何かが聞こえた気がした。その音は老人方からして来ていた。老人が何かを書いている時、ブツブツと何かをつぶやいている。その呟きを聞こうとそっと近づくが、老人は背中に目でもついているのではないかと思うほど勢いよく振り返る。

 

「いいか、良い事を教えてやろう。俺が一番大嫌いな事は仕事だ。仕事をしている時間が一番大嫌いなのだ。だから、仕事の邪魔をするな。」

 

 私は大きく首を左右に振り、老人から数歩下がった。

 

 右を見れば老人が書いたであろう紙。左を見れば老人が集めたであろう書籍が積まれていた。私は一番上にあった紙を手に取った。そこには何やら文字の羅列が並んでいるだけで何が書いてあるのか分からなかった。

 

 私は小さく溜息を付いて、書籍を取った。何やら良く分からない記号の羅列。その書籍には、横真っ直ぐに五本線が引かれ、そしてそれを区切る様に縦線が所々に引かれている。縦線と縦線の間にはなにやら楕円形の物が沢山書かれていた。次のページにも、その次のページにも同じ物が掛かれていた。果たして、これが一体どんな言語を示しているのか、私には皆目見当もつかなかった。

 

 まず、線が五本引かれている意味が分からない。所々には五本線から外れる楕円まで存在している。この楕円の位置が文字の意味を表しているのだろうか。

 

「うぅ、にゃあああ!!」

 

 

 分からない。いくら考えても考えつかない。

 

 

 到底人とは思えない奇声を上げた私をギロリと睨みつけて来る老人に私は小さな声で謝った。私は手にしていた本を元の在った場所に戻し、ここにいても仕方がないと外に出た。

 

 私の後ろ姿を老人が見ていたなんて私は知らない。

 

 今日の空模様はあまり良くないようだ。私はこの森の中を探検することにした。この家がある事も知らなかったのだ。他にも知らない事があるかもしれない。昨日は雪が降らなかった。少し固くなった雪をザクザクと踏みしめながら私は歩いた。

 

 

 あぁ、そう言えば外套(コート)を羽織ったのは良いが、手袋をしてくるのは忘れてしまった。これでは雪達磨も作れない。

 

 

 ふと、今日村の女性たちが話していた事を思い出した。私は詳しい事は知らないが、外では戦争と言う物が起こっているらしい。何でも到頭こんな辺境の村にまで軍人としての招集をかけられた若者がいるとか。大人たちがこそこそと隠れ怖い怖いと話しているのを聞いた事がある。何で始まったのか、どことどこが戦っているのか、私は何も知らなかった。それでも大人たちが怖いと言っているのだから、怖い物なのだろう。忌避するべきものなのだろう。

 

 知らない物の事を考えても仕方がない。私の世界は未だこの村の中の事だけだった。気を紛らわせる為に私は大きく息を吸った。

 

「twincl,twincl,little ster。」

 

 私が知っている唯一の歌。と言ってもこの出だししか知らないのだけれど。

 

 一フレーズで終わってしまった歌に、少し不満を残しつつ素手で木を撫でる。ザラザラとした肌触りだ。切る空気の冷たさを感じながら私は上を見た。今日はそこまで寒くはないから樹氷は出来ていない。木々の枝から見える空。これがきっと晴れていたのならとても綺麗だっただろう。耳を澄ましても聞こえて来るのは私の足音だけ。

 

 

 この世界にいるのが私一人だと錯覚してしまいそうになる。

 

 

「あぁ、おしゃべりする相手が欲しいなぁ。もうこの際、人間じゃなくていい。何でもいいから私とお話してよ。」

 

 そんな下らないありふれた幸福を口にして私はまた歩き始めた。いや、この世にはきっと下らない幸福なんてものはないのだろう。幸福は当たり前だからこそ、良い物だ。

 

 

「湖…?」

 

 湖と言うよりは、池と言った方が正しいだろうか。どこか川と繋がっている様子は見受けられない。氷の張った池がこんな所にあったのか。正直言ってあのおじいさんの家もこの池も私はその存在を知らなかった。この村の外の森は知り尽くしたと思っていたのに。世の中、知っているつもりでも、どうも知らない事が多いらしい。

 

 ざくざく、と後ろから足音が聞こえてきた。後ろを振り向けばそこには若い男がいた。金色の髪に蒼い瞳のごく一般的な容姿の青年だった。青年は私の姿を見て驚いた表情を浮かべていた。私は青年の存在に驚き一歩後ろに下がった。

 

 「ぇ…?」

 

 パキッという音が私の足元から聞こえてきた。スローモーションのように景色が下がって行った。

 

 

 あぁ、なんて間抜けな事か。私が池だと思っていた場所はずっと広く、そして深かったようだ。

 

 

 その景色の中で青年は酷く焦った様子でこちらに来ているのが見えた。しかし、そんな景色はすぐさま水の中へと沈んでいった。そんなのは一瞬の出来事だった。私を襲ったのは息苦しさと体中を刺す痛みだった。私は水面に手を伸ばした。

 

 

―――痛い。

 

―――苦しい。

 

―――動けない。

 

―――あぁ、でも。綺麗。

 

 

 水中から見上げる空はとても綺麗だった。でもダメだ。このままだと私は死んでしまう。そんな綺麗な風景が揺れた。湖面から手が伸びて人が振ってきた。そして私の腕を掴み、勢いよく引き上げられた。風景は一変し、水中から地上に戻ってきた。

 

「げほ、げほ…。」

「大丈夫か!?」

 

 少し低めのその声は私を心配しているようだった。

 

「直ぐに体を温めないと。」

 

 その青年は私を抱え、走り出した。自分だって湖に飛び込んでびしょ濡れの癖に。自分だって寒いくせに。

 

 

―――いいか、お前が()()を叶えるために守るべき七つの教えを説いてやる。

 

 

 私の頭の中に深く、低い声が聞こえてきた。これは昔、一度だけ聞いた事がある。あの男が最後に私に説いた七つの教え。

 

 願い?私に願いなどあっただろうか。でも、あった気がする。そして、叶えたいと思っていた気がする。

 

 なら、何故私は忘れてしまったのだろうか。どこに、置いていて来てしまったのだろうか。

 

 

―――一つ、人は絶対に利他的にはなれない。利他的な奴ほど、仮面を被っている。

 

―――人間は所詮、動物だ。人が生物である以上、その行動理念は自身の遺伝子を後世に残す事。

 

―――お前と違い、人は本心から他人の幸福を望めない。

 

 

 私は小さく息を飲んだ。

 

「離して!!」

「って、おい!危ないから。暴れるなって、こら!!」

 

 私は必死にその青年から逃げようとした。両腕両足をバタバタと揺らし、抵抗した。そんな私を逃さない様にと私を抑え込もうとする。

 

 

 あぁ、やはり。この青年は私を捕まえるつもりなのだ。捕まえて、どうにかするつもりなのだ。

 

 

「あっ…!?」

 

 必死の抵抗で私は何とか青年の腕から抜けだした。私は辺りを見回した。

 

 

 ここはどこ?

 安全な所は何処?

 私は何処に逃げればいい?

 

 

「そんなに抱えられるのが気に入らなかったのか?」

 

 何処に逃げるかを考えていると青年は私の右腕を掴んだ。茶色の皮の手袋で掴まれている筈なのに、掴まれている事さえ分からなかった。痛みも、圧迫も感じなくなった私の腕。一体、この青年は私に何をしたのだろうか。

 

「お前、手切れてるじゃないか。手袋してねぇからだぞ。」

 

 その言葉の後、私の指先はぬるっとした感覚に襲われた。酷く熱い口内で私の指先を包み込む舌。血を吸われているのか指先に圧迫感を感じる。

 

「な…、な…。」

 

 私は一体何をされているのか分からなかった。それでも、私の中で何かが壊れた気がした。

 

「なに、してるの?」

 

 その言葉は一体、どちらに向けられていたのだろうか。逃げ出そうとしない私なのか、虐げようとしない彼なのか。

 

「何って、止血だよ。人の唾液には止血作用があんだよ。」

「どうして、私を助けたの?」

「どうして?溺れている少女がいたら助けるに決まってるだろう。人として、当たり前の事だ。」

 

 人として、当たり前。その言葉が深く私の胸を突き刺した。私はギュッと自分の服の裾を掴んだ。俯いた顔を上げる事が出来ない。

 

「何をしている?」

 

 この一週間、ずっと聞いてきた声が聞こえた。彼が近づいてくる足音はしなかった。いや、聞こえないほど目の前の青年に動揺させられていたのだろうか。俯いていた顔を少し上げると酷く眉を寄せた不機嫌そうな老人がそこに立っていた。

 

「何だ、濡れ鼠では無いか?」

「この子の知り合いですか?この子、湖に落ちたんです。直ぐに体を温めないと。」

「全く愚鈍な娘だ。」

 

 その青年が事を告げると老人は、一言呟き踵を返した。じっと老人の後ろ姿を見ていると、老人についてこない私に痺れを切らしたのか老人は振り返った。

 

「何をしている。行くぞ。それともそのまま凍死するつもりか?」

「私は、ここでは死ねない。」

「なら行くぞ、小娘。もう昼だ、昼飯をとっとと作れ。」

 

 私はパタパタと駆け足で老人の隣まで走った。そして私は青年の方を振り返った。彼は不本意だが私を助けてくれたのだ。彼があのままずぶ濡れなのは申し訳ない。私は老人の服の裾を引っ張った。

 

「何だ?」

「あの人、私を助けてくれた。」

 

 老人は私のその言葉で小さく溜息を付いた。

 

「来い、青年。コイツが昼飯を用意してくれるそうだ。」

 

 青年は少し驚いた表情を浮かべた。私と老人を一瞥した後、『ありがとうございます。』と何に対しての礼だか分からないが、爽やかに述べた。

 

 私達は風呂に押し込められ、体を温めた。その後、結局料理は老人が作った。ただ、老人は料理を作る際に二回食器を割り、三ヶ所火傷を負った。私はその風景を見て二度とこの老人に料理をさせてなる物か、と決意した。

 

 しかし、なぜだろう。そんなたどたどしいとさえ、思えてしまう老人の料理はとても美味しかった。

 

 そう言えば、老人が私を探したい意味は一体何だったのだろうか。

 

 無知な私には、何一つ考え付かなかった。

 

 しかし、私は思った。誰かに見つけてもらえるというのは、本当に幸福な事だ、と。

 

 




今は大体、原作16年前です。

いまだ戦争中です。
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