人生の価値とは、所詮その程度の物。   作:兎一号

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第九話 非国民

「げほ、げほ。」

 

 誇りに咳き込みながら、痛む全身を何とか奮い立たせ辺りを見渡した。榴弾を撃ち込まれた場所には綺麗な穴が開いている。幸運だったのが、この砦の壁が軟弱すぎたのか綺麗に突き抜けた事だった。それとも、前世代のこの砦だったためにこんな事になってしまったのか。しかし、それでも放物線を描いた榴弾は床を突き抜けたらしい。床には大きな穴が開いている。

 

 ともあれ嬉しい誤算、と言う奴だった。

 

 空いた穴から外を覗き込む。一面広がっている森。そこから子の榴弾を撃ってきた何かを確認することは出来ない。ただ、壁に空いた穴から考えるとこれは迫撃砲ではなく、戦車の榴弾だと思われる。

 

「ベルナルド!」

 

 気絶していたベルナルドは受け身を取る事が出来なかったようだ。曲がってはいけない方向に曲がった太腿。それを見て眉を顰める。宙に舞う埃など気にしないと彼に駆け寄った。彼の頬を叩いた。取りあえず起きてもらわなければ、足の骨を元に戻すことも出来ない。

 

「っ……、なんだ?」

「榴弾が飛んできたんだよ。運よく壁を突き抜けてたから助かった。次が飛んでくる前に、逃げるぞ。」

 

 俺が何か言う前にいつの間にか隣に立っていたルチアが、お姫様抱っこ(プリンセスホールド)と呼ばれる方法で彼を抱き上げた。

 

「誰だ、アンタ!?いや、ちょっと!下ろしてくれ。」

「行きましょう。あの少年を早く連れてきて。」

「分かった。」

「え、何?知り合いなの?どういう関係?」

 

 なんて場違いな事を聞いて来たベルナルドを放っておいて、俺は階段に放置してきた少年を探しに行った。多少の埃を被っていたが、彼は置いて来た場所に倒れていた。あれだけ音を立てたのに穏やかな表情で眠っている少年を見て、実は死んでいるのではないかと疑ってしまった。

 

 ちゃんと呼吸はしているし、脈もある。彼を抱き上げ、とっとと逃げようとした時だった。かちゃり、と音がした。聞きなれた音だ。一階の階段の方を見た。そこには外れてしまった右肩を抑えたジイドの姿があった。

 

「良かったよ、二階にいなかったから。無事だったんだな。」

 

 疑心に塗れた鼠色の瞳がこちらを見上げている。

 

「あぁ……。」

「銃を下ろしてもらえないか?」

 

 心にもない事を俺は言った。仲間なんて、居た事が無い。この砦の中にいた同僚も、別に特段思い入れがある訳じゃない。こちらを見上げている彼はやはり、銃を下ろしてくれそうにはない。

 

「さっきの榴弾、撃ってきたのは仏蘭西(フランス)の軍だ。」

 

 脈絡のない言葉だった。しかし、俺がどうしてこんな話をしだしたのか、ジイドには理解できている様子だった。俺の言葉に眉を顰め、睨みあげる。

 

「何故そう思う?」

「榴弾の撃ち込まれた方向を見たか?あの方向は仏蘭西(フランス)のある方角だ。独逸(ドイツ)が態々最近まで戦争していた国の方から砲弾を打ち込む理由は無いだろう。」

 

 ジイドは何も言わず、俺の話を唯聞いていた。少し心が揺れ動いているのか微かに銃身が揺れ始めていた。いや、ただ腕の痛みからなのかもしれない。

 

「況してや、俺たちの通信手段はお前達によって破壊された。万が一、軍が異変に気がついたとしてもいきなり自軍の補給基地に榴弾を撃ち込む様な事はしない。それで軍人が死亡でもしてみろ、否応無しに命令を出した無能は吊し上げられるだろうさ。」

 

 折角戦争が終わり、家族が帰ってくると喜んでいる国民が怒らことは目に見えている。そんな愚かな事をするほど無能ではないと信じたい。

 

「いい加減、受け入れろよ。お前達は、国に捨てられたんだよ。」

 

 その言葉が、ジイドを酷く苛立たせたらしい。乾いた音が鳴り響いた。右頬を掠め、真っ赤な鮮血が流れ出す。じくじくと地味な痛みを生み出したその傷をそっと触れる。

 

「何を絶望する事がある。兵士って言うのはそう言うもんだろう。国に尽くす事が役目だ。それが、自身にとって汚点になろうと……。報われない事のある職業だ。それでも、国の為と人生を投げ捨てられるのが戦争に出る軍人だ。」

 

 銃を向けられているから、動こうにも動けない。両手を上にあげ、背後からちくちくと刺さる殺気に溜息を付く。

 

「何故だ、何故こんなことになる!?乃公達は必死に国の為に尽くしてきた。その結果がこれか?乃公はこんな物が欲しかったわけではない。」

「軍はお前を認めていたのだろうさ。だからこそ、この任務を任せたんだろうな。使える武器が箱の奥に仕舞われ続かないように、有能な軍人もその限りではない。これが軍人にとって望外の喜びなんだよ。」

 

 皮肉な話だ。軍は彼の優秀さを、忠実さを最大限に評価した。その結果、今回の作戦に彼らが選ばれたのだろう。彼らならば、国の為に死んでくれると。だけれど、俺は目の前のジイドという男を見て、彼は軍人になるべきでなかったと思う。

 

「お前は、人間を殺す素質はあったんだろう。冷静で冷徹な、男だったのだろう。だがな、軍人にとって一番必要なのは盲目的な忠誠心だ。帰巣本能じゃない。」

「ならば、乃公に今、ここで!死ねというのか!?」

 

 彼の思っている事はもっともだと思う。小さな粒のような埃が舞い、窓から入って来る光の軌跡が見える。これが埃でなく、天使の梯子とかだったらただ綺麗だと思うだけなのに。

 

「それが、国が今後の平和の為に必要だと言ってんだ。さぁ、どうする?どのみち、逃げ道はないぞ。俺はお前を殺さないが、独逸(ドイツ)国民が、又は、仏蘭西(フランス)国民が、お前達を殺しにやってくる。」

 

「その前に、軍人らしくその手に持っている武器で俺を殺してみろよ。」

 

 焼け焦げるように疼く心。こんな事をあの村の中で話す事がないから、久方振りの衝動に恥ずかしげもなく饒舌になってしまう。

 

 それにしても、こんな虚しい物だっただろうか。お互いに戦う意味が見いだせなくなっている。国の為だとか、家族の為だとか。大義名分を得て人を殺してきた。なのに、最後の一人を殺せない。此処まで来ると互いに銃を向け会う事に意味を見いだせなくなってしまう。

 

 今がだらりと下げられた腕に内心安堵した。ここで銃を撃たれるのは勘弁してほしい。

 

「神は、我らを棄てたのか?」

「神を人を見限らない。何時だって離れて行くのは人間の方だ。信じていれば、神は必ず答えてくれる。」

 

 手を下ろして彼の方を向いた。酷く疲れているような表情をして項垂れている。

 

「何してる?お前は軍人なんだろ?なら、最後の敵を仕留めてみろよ。仕留めて、軍人らしく刑罰を受ければいい。国の為に敵を倒せよ。」

 

 しかし、彼の銃を持つ手は上がらなった。そこにいる男は、もはや軍人では無かった。敗残兵のような行き場の無い虚しさを抱え込んだ幽鬼の様だった。怒りが、憎しみが、悲しみが、彼の心を食いつぶそうとしていた。

 俺の言葉に彼が反応を示しはしなかった。ただ、疲れた表情で膝を付き、地面を見詰めている。俺は少年を一度地面に置き、彼の元へと歩く。そして彼の胸倉を掴んだ。不快だと言わんばかりの表情で彼は俺を見上げる。

 

「仲間は何処にいる?」

「……、何をするつもりだ?」

「逃げる。」

 

 俺の言葉にジイドは眉を顰めた。彼はもう軍人では無いが、それでも軍人の頃の意地のようなものが残っているのだろう。その判断をとても嫌がっている様に見えた。

 

「修道服の女を見ただろう?アイツが誰にも見つからないでこの砦を出る方法を知ってる。」

「逃げて、どうすると言うんだ。俺達に行くあてなどない。」

「なら、捕まるか?それも良いだろう。逃げず臆せず、堂々と国に帰り、そして国の不正を叫ぶと言うのも一つの手だ。庶民を味方につけ、それから軍を崩壊させるという方法もある。」

 

「まぁ、相手は戦車を持ってきているみたいだがな。交渉の余地が残っていれば良いな。」

 

 口を閉じ、何を答えるでもないジイド。俺は手を離した。そして少年を背負う。

 

「彼を、どうするつもりだ?」

「こちらの不手際で気絶させてしまったからな。ここに置いて行くわけにもいかないだろう。瓦礫に押しつぶされて圧死、なんて可哀想だろう。それに、やり直す機会を与えてもいいと思ったからな。」

「その少年は……。」

 

 ジイドが小さく呟いた。いつの間にか静かになったことの砦の中でそれでも掻き消えてしまいそうな声音で彼は言った。

 

「その少年は、軍に売られてきたのだ。」

「売られた? まあ、確かに有用な異能力だよな。人を殺して、二次被害まで出る。戦争を勝つのには良い買い物だっただろうさ。この少年の名は?」

「ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフ。」

 

 ミドルネームにフォンがつくと言う事は彼は元々貴族だったらしい。しかし、貴族が息子を売るなど俺からしたら考えられない事だった。基本的に金に困っていない彼らが態々この少年を売る理由がわからない。

 

「ヨーゼフか……。OK、で?お前は結局どうすんだ?」

「神は、我々を救ってくださるだろうか?」

「やってみればいい。どちらにしろ、神は人事を尽くさない堕落した人間を救おうとはなさらないだろうさ。」

「そうか……、そうだろうな。」

 

 疲れきったその表情は先ほどとは違い、諦めがついたのが分かる。しかし、彼らの受けた裏切りに似た信用を今後一切忘れる事は出来ず、許すことは無いだろう。

 

「まぁ、良いさ。人間は許せない生き物だ。」

「何か言ったか?」

「いや、早く仲間を呼び戻せよ。俺たちもそんなに長く待っててやれない。」

 

 

 

 

 

 

 

「その後、爆発のせいで地下道の道が潰れていて、一緒になって掘り起こして。漸く日の光が見えたかと思ったら、戦車と遭遇するしで。出たのは、墺太利(オーストリア)だし。国境を越えて国に戻ったかと思ったら、軍の聴取に付き合わされて。」

 

 本当に大変でした。彼は少し疲れた表情で言った。しかし、彼は口元に笑みを浮かべていた。牧師は彼の言葉を頷きながら聞いていた。

 

「本当に、碌な目に合いませんでした。もう戦争はこりごりですね。」

「それはそれは、元職業軍人の言葉とは到底思えませんね。」

「昔の話です。」

 

 牧師が冗談交じりにそう言うと彼は苦笑いを浮かべた。チラチラと蝋燭の炎が揺らめき、彼の顔に陰りを作る。しかし、彼は昔の事を思い出して自身の変化に驚いていた。

 

「しかし、困りますよ。勝手に村人を増やされるのは。」

 

 話題を変えた牧師は、少し困った表情をしてそう告げた。牧師の声は決して怒ってはいない。それでもその声音は不満げであった。彼は素直に謝罪の言葉を口にした。その言葉を聞いて牧師は小さく溜息を付いた。

 

「彼の様子はどうですか?」

「何ら問題はありません。()()()ショックで未だ目を覚ましてはいませんが、いつもの事です。時期に目を覚ますでしょう。彼が眼を覚ます前に彼の親を決めねばなりません。」

 

 牧師は立ち上がり、部屋のドアを開けた。彼は牧師の後に続いて部屋を出た。教会の地下は煉瓦でしっかりと補強されている。しかし、ある程度奥へと行くと教会の地下とは名ばかりの殆ど整備されていない地下を続く。牧師と彼は固い靴底の音を響かせながら薄暗い土がむき出しになっている廊下の奥へと進んだ。そして辿り着いたのは重厚な金属でできた古めかしい扉。決して外から部外者が入ることの出来ない様になっているその扉を牧師たちはすり抜けていった。

 

「懐かしいですね。」

「そうなのですか?」

 

 牧師は彼の言葉に意外だと思った。牧師の言葉に、彼は小さく頷いた。牧師は彼の()()に立ち会ったが、彼はこの場所のことを覚えていられるような年齢ではなかった筈だ、と思う。

 

「記憶にはありませんが、それでも……。ここが自身の始まりだと、そう感じます。」

 

 牧師は改めて部屋の中を見渡した。白を基調として飾利られた植物の描かれた壁紙。床は先ほどまでの土とは打って変わって丁寧に木材を敷き詰められている。殺風景なその部屋は真ん中に天秤のついた大きなベッドが鎮座しているだけだった。

 

 白いレースを避けるとそこには幼い少年が眠っていた。

 

「彼の名を聞きましたか?」

「はい、ヨーゼフと言う名だそうです。ヨーゼフ・フォン・アイヒェンドルフ、と言うそうです。」

 

 話し声がうるさかったのか、綺麗な金髪(ブロンド)の少年は少しだけ眉を顰めた。少しだけ皺の出来た頬を緩め、愛おしそうに牧師は少年の頭を撫でた。

 

「この村の説明は本来、ハンスが行なっていたのですが……。アヌンツィアータにはまだその自覚がありませんからね。」

 

 牧師は全く困りました、とため息を吐き出す。

 

「仕方ないと思います。俺達の為に押し付けられた様なものです。本来、こんな事しなくて良いんですから。」

「それは、そうですね。しかし、貴方が彼女を殺めてしまった事を悔いているのは知っています。その事があったからこそ彼女はこの村に居られるのですよ。」

 

 この村は外界から孤立している。それを誤魔化すために隣の街とはある程度の交流を持っているが、この村がまだ正常であった頃の様な活発な交流はない。昔を知らない人間から見れば、薄気味悪い片田舎にしか見えないだろう。

 

 毎日、肉屋には猟師がとってきた何らかの肉が並ぶ。

 毎日、八百屋には農家が出荷した何らかの野菜が並ぶ。

 毎日、服屋が織った何らかの服が並ぶ。

 

 それだけ聞けば地産地消が出来ている田舎だ。ただ、その資源が一体どこから来ているのか、不明な点を除けば。

 猟師が幾ら動物を殺そうとも動物が減る事はない。

 農家が幾ら野菜を取ろうとも農地が痩せる事はない。

 

 この村は外界から孤立している。外との売買が殆ど存在しない。言ってしまえば、お金なんてあってない様なものだ。いつも村の中でグルグルと使い回される紙幣はクタクタ。財務省に回収されそうな代物ばかりだ。

 

「彼女が一度死んだからこそ、我々の仲間入りを果たせたのです。」

 

 この村にいる人間は、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの異能力によりもう一度人生(チャンス)を与えられた人間の集まり。

 

 基本的には数十年前にこの村が盗賊に焼かれた。その時にハンス・クリスチャン・アンデルセンに()()された人達だ。しかし、その中には彼やヨーゼフの様な他所者もいる。

 

 マリアが元々この村から仲間外れにされていたのは、彼女が一度も失った事がなかったのが原因だった。生者はこの村では疎まれている存在だ。今、教会に来ている修道女(シスター)達とも表面的には仲良くしている様だが、村全体としては彼女達を受け入れる事はないだろう。

 

 ここは、そう言う場所だ。

 

「しかし、貴方の話を聞いてこの村の最大の問題がよく分かりました。」

 

 牧師は米神を抑えこれからの事を思案する。

 

「私達は彼女の異能力影響を受けているのですね。」

「元々、ハンスさんの異能力を受けて生きているわけですから。彼女が自身を幽霊だと思い続けている限り、我々にとって彼女は認識外の存在。俺や牧師様は、まあ。それに彼女は過去の事も忘れたいと思っている様です。」

「だから、我々の中から彼女の記憶が抜け落ちているのですね。」

 

 彼女が頑なに何を思い出したくないと思っているのか不明だが、その影響を村全体が受けている。

 

「まぁ、彼女の事は追々考えましょう。」

 

 そう言って牧師は目の前の少年に目を向けた。

 

「今夜、集会を開きましょう。まぁ、彼の親は決まった様なものです。」

「そうなんですか?」

「えぇ、リナリアとジョンが来年の6月に結婚を予定していますから。」

「それはまた、おめでたい。」

 

 死者ばかりが集まるこの村でも、色恋事が無いわけではない。ただ、そこから子供を授かる事は滅多にない。それはこの村の特性に関わる事だが。だからこそ、ヨーゼフの様な後から来た者を自身の子供として育てる事が多い。実際、彼自身も父親と血縁関係があるわけではない。それでも、良好な関係を保てている。

 

「形ばかりとはなりますが、ハンスが死んでから久方振りの新入りです。皆、張り切るでしょう。」

 

 ハンスが死んでから、村の人間達は仲間が増える事はもうないと思っていた。娘であるマリアには自身の置かれている立場に自覚がなく、何より姿を見せない。置かれている立場について、誰も彼女に伝える手段はないし、そもそも伝えようとさえ思っていないだろうが。

 

 成り行きではあったものの、その使命を果たしたマリアは恐らく彼らの中でハンスと同じ様な立場に上がりつつある。

 

 一度死を体験した彼らは酷く保守的な考えを持っている。今ある体勢を崩さないように必死なのだ。その結果、本来無関係であったマリアに異能力を引き継がせ、今まで同じ様な物を彼女に期待している。

 

 それは酷くエゴイズム的な集団心理だった。押し付けられる方の事など何も考えていない。仲間ならばそう思うべきである、という狂った集団心理の成れの果てを見ている様で彼は酷く気分が悪くなる。

 

「お前の望んだ普通がこの村にあると良いんだけどな。」

 

 彼は小さく呟いた。




お疲れ様でした。

まだ、ヤングエースを買いに行けていない兎一号です。

早くドス君と太宰さんの隣に澁彦を置きたいのですが、中々本屋に行く機会が無くて…

何故だ、セブン。
どうしてお前はヤングマガジンやヤングジャンプは売っているのにヤングエースは売ってないんだ。

ぐぬぬ……。
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