手には部隊で支給された銃が握られている事から、自殺と思われる。
この事に伴って、当研究室に辞令を下す。
死体は検死を行い、その死因を詳しく調べることとする。
また日本で行っていた作戦の失敗・戦争の終了に伴い、
作戦失敗に伴い得られなかった
以上の事を速やかに行う事。
酷く恐ろしい夢を見た。クラクラと酸素不足に悩まされるように思考が覚束ない。目が回り、視界が空転する。三半規管が犯され、吐き気がする。
あまりの恐ろしさから、僕はベッドから飛び起きた。
「はぁ、はぁ……。ゲホッ。」
込み上げてくる胃の中の物。しかし、口の中が酸っぱくなるだけで嘔吐物は無い。ふと、腕に眼を向けるとそこには透明な液体がポツリポツリと自身の体の中に流れ込んでいる。白のレースに遮られ、このベッドの外がどうなっているのかよく見えない。しかし、病院を彷彿とさせるような天井の白さ。ここが何処かの研究施設なのでは無いか、という推察が頭の中で出来上がった。
「逃げなきゃ。」
あの恐ろしい光景から、自身はなんとか生き残ってしまったらしい。しかし、この状況はあまりに受け入れられないものだった。軍の研究施設で長らく過ごした事があるが、あんな人権のないようなところ、もう二度と居たいとは思えなかった。腕に刺さった点滴を引き抜き、僕は冷たい
「あっ……!」
立ち上がるだけの力が入らなかった。ぺたりと倒れ込んだ床は泣きたくなるほど冷たい。チラチラと揺れるロウソクの炎が、一つ消えた。それは風が前から吹いてきた為だっだ。
床に伏せたままだった顔があげられない。カツカツた靴の音がする。
逃げようとした事がバレたのかもしれない。
どう言い訳をしようか。
殴られるのは嫌だ。
グルグルと掻き回される頭の中。訳もわからず涙が溢れてくる。
「たす、け……、て。」
口から出た言葉に酷く後悔する。その言葉の先に待っている夢のような恐ろしい事を想像して、ガタガタと身体が震える。頭を抱え、これから来るであろう痛みに備える。布が擦れる音が頭の後ろから聞こえる。
「ならば、教えて。どうすれば、貴方の救いになれるのか。」
頭の上から降ってきたのは、柔らかな少し幼い少女の声だった。頭に微かに感じる圧力。それは大切なものを愛でるような行ったり来たりする。頭を抱えて居た手が自然と力を失い床を這う。
真っ黒な服の袖が目に入り、そこから出ている病的に白い手が僕の手の上になる。少しだけ大きなその手は
僕はその白い手の持ち主を見るために寝返りを打った。そこにはこちらを真っ直ぐ見下ろす青の瞳を持った少女がいた。自分より少しばかり幼いその少女は僕を見て、えくぼを作り微笑んだ。
真っ白なこの部屋に溶けてしまいそうな少女は相変わらず僕の頭に手を置いている。
「君は、誰?」
「ただの
そう言われて僕は納得した。だから、こんなに白く冷たいのか、と。
「通りで……。」
と、呟くと少女は面白いとクスクスと笑った。修道服を着ている少女は僕の気がすむまで頭を撫でてくれた。
「私はマリア。」
「マリア……。僕は、ヨーゼフ。」
いい加減恥ずかしくなり、僕は起き上がった。しかし、視線は彼女よりも低い。僕は改めて自分の体を見た。すると何故だろう。背が縮んでいた。
「うぇ!?」
驚きのあまり、変な声が出てしまった。彼女は僕の事を見てクスクスと笑う。そしてマリアは僕の頭をトントンと撫でる。
「ヨーゼフ。貴方はどれ程の事を覚えていますか?」
「覚えている?」
そう言われて、僕はあの怖い夢を思いだした。ガタガタと震える体を抱えこんだ。
「その様子だと、死んだ時の記憶が残っているようですね。いや、良かった。」
ニコニコと笑みを浮かべながら言う物だから、僕は眉を顰めて少女を見上げた。僕の表情を見ても彼女はただ笑みを浮かべているだけだった。
「そんな顔しないで下さい。私は貴方と違い、自分が死んだ事を忘れていたのです。その事を思い出すのに大分時間が掛かってしまいました。」
「死んだ、事。」
体を突き抜けて体から熱が逃げて行くあの感触は嘘じゃなかった。
「僕は、死んだの?」
「はい、貴方は死にました。アントニオを覚えていますか?彼が貴女の死亡を確認しています。」
アントニオ。確か、
「覚えて、います。あれは、夢じゃなかったんですね。」
「私は現場に居たわけでは無いので貴方がどのようにして死んでしまったのか知りませんが、貴方は確かに死にました。そして生き返った。神が貴方に更生の機会をお与えになったのです。」
「沢山、人を殺したのに……?」
「神は不平等です。しかし、神は全ての罪を御赦しになってくださいます。そして貴方はこれからそのご恩に報いなければなりません。」
僕はマリアの口から紡がれる非現実的な言葉に、眉を顰めた。しかし、自分の意思で動く手を見詰める。握っては開き、体温がある事を確認する。選択肢はないとその時感じた。どう足掻いても僕は目の前の彼女が言う通り、神の恩に報いなければならないのだと。
「どうすれば、良いのですか?」
僕の言葉にマリアは嬉しそうに笑みを浮かべた。そしてサイドテーブルに置いてあった真新しいシャツとズボンを手に取り、僕に渡した。
「一先ず、これに着替えて下さい。丁度今、上で集会を行っています。そこで貴方の事を皆に紹介しましょう。」
集会、何について話し合っているのだろうか。彼女は僕が着替えやすいように背を向けた。僕は渡された服を着てみた。少し大きめに作られた服。中途半端な長さの裾をズボンの中に入れ、襟を立たせる。とても丁寧に織られたシャツだ。今時珍しい機織りで作られた服だった。
「着替え終わったよ。」
「では、行きましょうか。」
そう言うと扉を開ける事無く、すり抜けた。僕は恐る恐るその扉に手を伸ばした。その扉は不思議な事に触った感触が無いのだ。空気のように掴む事が出来ない。
「そんなに珍しいですか?」
顔だけが扉からすり抜けて見えている。珍しいか、と聞かれれば、こんな体験はした事が無いと答える。それ以上に僕自身が生き返った人間であると言うのが未だに信じられない。
「うん、珍しい、かな。」
「そうですか。私自身には壁と言うのが関係ないのであまり違和感が無いのですが。そうですね、人間だった貴方からしたらこの扉はすごく珍しい物なのでしょう。」
一人で納得したように首を縦に振るマリア。彼女の言葉の意味があまり分からず、僕は首を傾げた。そうしているとマリアは僕の手を掴んだ。そして手を引っ張る。部屋を出るとそこは洞窟の様だった。壁に等間隔で開いた小さなくぼみに蝋燭がともされている。空気が重苦しく、あまり精神的に良い場所では無いと感じた。
「先程お伝えしましたが、この村に居る人たちは必ず一度亡くなっています。そして異能力によって願いは神の元へと届けられ、更生の機会を与えられた人間が集まって暮らしています。北欧神話には詳しいですか?」
「ケルト神話なら……。」
「北欧神話と言うのは始まりから世界の終わりまでの話なのですが。神オーディンが
「……、何かと戦うつもりなの?」
僕の言葉に彼女は数回瞬きをした後、肩を震わせて笑った。お腹を抱えて、大きな声で笑った。掌で涙を拭いながら僕の方を見た。
「こんな笑ったのは久しぶりです。何かと戦争するつもりはありませんよ。私は争い事は嫌いですし、負けるのは尚更嫌です。ここはその勇士が集められる
一つ、敬謙な信者である事。
「以上。これだけは絶対守ってください。」
「それ以外にルールは無いの?」
「特には、敬謙な信者であるという事はある程度の縛りが生まれますからね。」
しかし、何ともあやふやなルールだ。敬謙な信者であれ、なんて過激派と呼ばれる人たちだって自称信者だ。解釈によっては人を殺しても良いという事を言われている気分だ。
「基本的には、少し不便なだけの村です。電気は通っていますが、テレビの電波を受信するアンテナが無いのでテレビはありません。」
「え? 天気とか、どうしてるの?」
「基本的には教会に一個だけラジオがあるので、そこから。後は、一番外れに住んでいるコーナーさん宅が外の新聞を取ってくれているので、それをグルグルと家々で回しています。最後は教会の地下、つまりはここで保管されます。」
ここはどうやら教会の地下だったらしい。あまりは言った事は無いけれど、確かに教会の地下らしい重々しい雰囲気を感じられる。土のせいで湿った空気が肺の中で渦巻いているような、あまりいい感じはしない。
「あの、集会って何を話し合っているの?」
「今、村を出ようとしている人がいるんですけど、その人を村から出すかどうか、についてですね。戦争の時は招集命令だったので国に変に疑われない為に戦争に行ったみたいですが、そうでは無く夢が出来たのでその夢を追いかける為に大学に行く事を希望しているのです。」
「それの何がいけないの?」
「外には危険が沢山あります。村の中が必ず安全とは言いませんが、それでも外に比べたら死ぬ要因が少ないのです。皆、彼が心配なのです。彼は同士ですから。」
自分より背の高いマリアを見上げた。僕に対して笑みを浮かべていて、その彼についてどんな事を思っているのか分からなかった。
「マリアも反対なの?」
「私は賛成ですよ。死と言うのは何処にでも転がっている物です。それを恐れていては何も始まりません。それに夢と言うのは大変素晴らしい物ではありませんか。やりたい事はどんどんやるべきです。」
ふふ、と楽しげな笑みを浮かべながら歩く彼女。僕は隣の彼女を見上げながら廊下を歩いた。廊下は土の地面から煉瓦造りへと変わり、穴の中にともされていた蝋燭はきちんとした燭台になった。少し奥に進むと上へと続く階段が現れた。そしてその向こうから誰かの話し声が聞こえて来る。階段を上り、僕達は地上へと出た。そこは礼拝堂のある小さな教会だった。
視線が僕らに集まる。教会の長椅子に座っている村人たちが何かをこそこそと話す。しかし、マリアはそんな事に臆することなく、本来登っていけない一段高い場所へと足を運んだ。彼女に手招きを去れ、僕はいそいそと壇上に登った。
「こんばんは、皆さん。私は、マリア・A・アンデルセン。貴方方が定めた規則の中で、一応村長と呼ばれる立場にあります。」
僕はそうだったのか、と彼女を見た。僕と同じくらいの歳の子が村長なんてするんだ、と驚きを隠せなかった。
「さて、まずは新しい私達の仲間を紹介しましょう。ヨーゼフ君です。この村について簡単な説明はしました。しかし、何分私はこの村で生まれ育った者。外との習慣の違いについて詳しくは知りません。なので、彼の保護者となるジョンとリナリアにこの村の規則の説明をお願いします。」
彼女がそう告げると若い男女が立ち上がった。椅子に座っている他の村人はあまり若く無い人ばかりだった。子供も少ない。
「ヨーゼフ、彼らが貴方の保護者となります。彼らの言う事をよく聞いて、健やかな毎日を過ごしてください。」
僕は改めて保護者となる人たちを見た。白人で髭の濃い赤茶けた髪の男と黒い髪の女。女の方はアジア系の血が入っているのかもしれない。
彼女に背を押され、僕は彼らの前に出た。後ろのマリアを見るとただ微笑んでいるだけだった。僕は振んな面持ちで目の前の男女の前に出た。僕は彼らの隣に座らされた。
「いろいろ話したい事があるんだ。でも、少し待っててね。今日は重要な話があるんだ。」
「重要な、話。」
「うん、あの台に登っている子がいるだろう?彼が日本に行きたいと言っているんだ。」
視線を向けた先には、金髪の彼・アントニオが立っていた。僕は彼を見ていると視線が合い、おもわず逸らしてしまった。僕は何だか申し訳ない様な気持ちになって隣に座っているジョンと言う男に話しかけた。
「日本、ですか?」
「うん、マリア様の御友人の方がお医者様でね。その方を頼りに日本に行くそうなんだが。」
時代錯誤も甚だしいと感じた。村から出るのに、村人たちの了承が必要なのだと。それでも、そう言うきちんとした決まりごとがあるからこそ、この村はずっと明るみに出る事は無かったのだろう。死者が生き返る村なんて、きっと僕みたいに良いように搾取されるだけだ。
「今までにいなかったんですか?」
「外出はあったけど、彼みたいに長く外に出る事は無かったね。せめて二日か、三日……、最長は一週間かな。その程度さ。」
僕は再びアントニオを見上げた。真剣な表情で村人たちを見下ろす彼と、見上げる彼ら。それぞれの表情はとても固い。僕はなれない場所で慣れない緊張感に僕は苛まれた。
集会自体は直ぐに終わった。マリアが彼の行動に賛成したからだ。この村には医者がいない。それは他の場所から怪しまれる原因になりかねない、と。
教会を出て、まず目に入ったのは噴水だった。綺麗な水が大きな皿から零れ落ちている。この村には街灯が無く、人がランタンを持ってそれぞれの家に帰る。薄暗い土の道をリナリアと言う女性が僕の手を引いて歩く。すっかり縮んでしまった僕の足は彼女について歩くので精一杯だ。それに気が付いたのか、彼女は時々僕の方を確認してくる。
それに気が付いたジョンと言う男がランタンでこちらを照らす。
この村は歪だ。
普通じゃない。
でも、どうせ誰もが普通じゃないのだから。気にするほどの事でもない、と思えてしまった。
お疲れ様でした。
と言う訳でミミックの自殺者・ヨーゼフ君仲間入りです。
ヨーゼフ君の異能力については番外編を作ろうと思います。
第四章は、第三章と違ってほのぼのするかな……?
ヨーゼフ君の楽しい北欧生活を書くか、アントニオの楽しいヨコハマ生活を書くか、迷っています。
第三章はマリアがあまり出て来なかったので、出したいなぁ、と思う一方でイン何とかさんみたいになるけどいいかなぁ、と思っている私がいます。
ヤングエースをようやく買い、小ちゃな中也を飾りました。
いやぁ、太宰さん(大人)の隣に置くと身長差が際立ってしまって。
16歳の時から伸びたんでしょうかね、身長。
ついでに言うと、将来マリアの身長は彼以上です。
欧米人平均の170センチほどの予定。