人生の価値とは、所詮その程度の物。   作:兎一号

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終話 村のあり方

 小鳥のさえずりは可愛らしく、本来ならば水が流れているはずの噴水は水を落としているのか流れていない。家の中はあまり居心地が良くなく、こうして外でこの村の景色を眺めている。

 

 

 居心地が良くないと言うのは、決して親のせいでは無い。僕の精神的な物なのだ。

 

 

 僕はふと視線を小さな子供達の方へ向けた。噴水の横に設置された長椅子に腰かけている僕の事など目もくれず、子供達は走り回っている。そしてその子供達をじっと見詰めている亡霊(ゴースト)に目を向けた。真っ白な彼女は不自然に景色から浮遊しているように見えた。地面に付きそうなほど長く伸びた髪は何処か浮いている。小さな雪が乗った風が彼女の髪を靡かせる。髪が少し煩わしいのか、手で抑える。

 

 僕の視線に気付いたのか彼女はこちらを向いて、少し微笑んだ。小さくお辞儀をして彼女は何処かへ行ってしまった。

 

 この村に来てまだ一週間も経っていない。僕は一年半も寝ていたらしい。父親が言うには、少し長いが5年も寝ていた人もいるから気にする必要なはないそうだ。ここに居る人たちはみんなグルグルと命を使いまわしているそうだ。死んでしまっても、そう願えばここに新しい命として帰って来る。

 

 あちらこちらを走っている子供達も皆やり直した人たちらしい。だからこの村は人口が減らない。減った分と同じだけ増えるから。生まれ変わった子供は大抵3、4歳程度から始まる。受胎して子供を作った訳では無いから母親は母乳を出ない。そして僕も例にもれず同じくらいの年まで幼くなってしまった。

 

「よう。」

「あ……、こんにちは。」

 

 話しかけてきたのは、アントニオ・ラスムセンだった。彼の父親にも会ったけれど、髭の濃い無口な人だった。細い目は睨んでいるのではないかと思えてしまうほど、何を考えているか分からない人だった。彼の母親は病死されているそうで今は二人で暮らしている。ついでに言うとルーシーと言う少女が彼の母親だ。だからこそ、少しだけ不思議な気分になる。

 

 

 母親の遊び相手になると言うのはどんな気分なのだろうか。

 

 

「どうだ、この村は?」

 

 少しか慣れたか? と彼は僕の事を案じてくれた。僕は視線を逸らして、白い地面を見た。雪解けの季節になり湿り気の為に下のコンクリートの家が見えている。ザクザク、と足の取られるこの雪を小さく蹴っ飛ばす。

 

「まぁ、あんまり。」

「軍人だったんだから、集団生活になれているんじゃないか?」

「僕はずっと車上生活だったんだ。家の中にいると異能力が発動しちゃうかもしれないから。」

 

 彼は頭の後ろで腕を組んで、空を見上げた。薄い灰色が空を染め上げ、今にも雪が降ってきそうだ。しかし、冬の空と言うのは案外そう言う物で、青々とした空は滅多に拝めない。雪が良く振るこの場所ではそう言う物らしい。

 

「不安か?」

「え、と。まぁ、そうだね。まだ、異能力に枷を付けられたって聞いたけど実感が無いし。」

 

 僕はそう言って胸の真ん中に手を当てた。そこには刻まれた十字がある。僕たちは神に赦された聖母()()()とは違う。背負った原罪を償いながら生きて行かなければならない。

 

「そうらしいな。でも、安心していいと思うぞ。牧師様の異能力も勝手に発動したの、見た事無いからな。」

「牧師様も、異能力者なの?」

「まぁ、あの人はそれを否定しているけどな。この村の人間はあの人の異能力とマリアの異能力で成り立ってんだ」

 

 父親が話していた。この村は元々異能力の持主であったハンス・クリスチャン・アンデルセンが自身の異能力を隠す為に作った村なのだと。村を作るのにあたって自身に都合の良い人間を集めたのがこの村。確かに、命の恩人を救おうと言うのは人間として当たり前の心理だと僕も思った。でも、それを利用するなんてという事も思ってしまう。

 

「元々、あの人は俺達と同じ外の人間だったらしい。あの人を匿った結果、外の異能力集団といざこざが起きたらしいな。お蔭で村は一回消滅。村人の中じゃあ、まだ牧師様を許せていない人もいるらしいが……。まぁ、あの人は自身の過去と決着と付けた。終わった話だ。蒸し返すのは男らしくないだろう。」

「犯罪者、だったの?」

「いいや、良い人さ。ただの自身が何に加担しているのか知らない善良な信者だった。教会が行っていた実験が、世界の為になると本気で信じていた青い男だったのさ。」

 

 優しい笑顔を浮かべることの出来る人だと思った。その笑みは張り付いているのではなく、縫い付けられているような。あまりにも自然なのに、自然過ぎて気味が悪いと思ってしまうような。そんな、笑い方をする人だと思った。だから、僕はあの牧師様が少しだけ苦手なのだ。

 

「僕は、どうしたらいいんだろう。」

「大抵は親の職業を継ぐ。俺みたいに医者になりたい、なんて言って了承されるのは珍しいんだ。ジョンは機織りだから、お前は機織りになるんだろうな。」

 

 確かに村人達はマリアの言葉だったから了承したのだと思う。そうで無ければ、誰も受け入れなかった。マリアの方針は村人が自由に生きる事だった。でも、彼が医者になる事で本来彼が継ぐはずだった猟師を誰がやるのかと言う問題があった。結局あの場では決まる事は無かったけれど、どうやら有力視されているのは僕らしい。

 

「僕が君の後を継いだら、問題は無いのかな。」

 

 僕の言葉に彼は少しだけ唖然とした。少しだけ開いた口がとても間抜けだった。彼はじっと僕の方を見ていから乱雑に頭を撫でた。それから僕の頭を抱き着かえ頬擦りするものだから僕は必死になって逃げだそうと手を振った。

 

「何するんだよ!」

「ん?いや、意外に可愛らしいこと言うなと思ってな。」

「だからって、抱き付く事無いだろう!」

「ん、そうだな。いやぁ、昔の事を思い出すとどうもダメだね。引っ張られる。」

「引っ張られる?」

 

 彼の言葉に僕は首を傾げた。僕の様子を見て彼は笑みを浮かべた。そして転がってきた青色ゴムボールを小さな女の子に渡す。ニコニコと笑みを浮かべながら女の子が戻って行く。どうしてそんな笑っていられるのだろうか。

 

「親子、だったんでしょ?」

「ん? まぁな。」

「何か、無いの?」

「寂しいとか、か? 特にないな。此処の奴らって言うのはさ、腹を痛めて産んでもらったわけじゃない。食糧だって、服だって結局はマリアの異能力があるからこそ恵んでもらっている。だから、なんて言うのかな。」

 

 そう言って彼は頭を掻いた。それから言葉を探していた。

 

「あんまり思い入れが無いんだよ、今の自分に。自分の持っている物にさ。」

 

 彼の言葉に僕は再び遊んでいる子供達に目を向けた。子供の内は昔の事を忘れているそうだ。僕のように覚えている事を望むの滅多にいないらしい。それもそうだろう。今まで親子だったのに今度は兄妹として過ごす、という可能性もある。昔の関係を断ち切るの難しい。心のどこかでしこりを残す。だから、教育するのだ。この村はそう言う村だと、何もかも忘れさせた状態で。

 

「俺達はさ、ここに絶対帰ってこられるって言う安心感があるんだよ。それは外で暮らしている奴らには絶対手に入らない物だ。何時神様に奪われるか分からない不安を感じない。それがここに居るメリットだ。逆を言えば、その大切さを忘れちまうんだよな、普通はさ。」

 

 命がどれ程尊い物であったのか、この村ではおざなりになってしまうのだろう。誰も彼もがここに帰ってこられることが保障されているから。しかし、ここに居る人間は一度死んでしまった人間だ。その痛みを、絶望を知っている。

 

「バカみたいな話だけどさ、確かに俺達は今持っている物にあんまり興味はない。無くしちまった物にも興味が無い。でも、自分が無くなるのは怖いのさ。だから、自分だけは必死に守る。ここには利他主義は存在しない。元々ハンスさんの考え方だけどな。」

 

 一人は皆の為に。皆は一人の為に。なんて言葉が存在する。しかし、ここの人間は他人の為に何かを行っているという思考は存在しない。なのにこの村では争いが無いのは、彼らが敬謙な信者であるからだろう。誰もが『隣人を愛している』のだ。自身に向ける異常なほどの愛情を、この村の人間にも向けるからこそだろう。ただ、それが他人の為であるかどうかは別問題なのだが。

 

 本心から他人の為に行う事は決して出来やしない。それがハンス・クリスチャン・アンデルセンの考えだった。そして一度失った彼らには、他人を気遣っている暇はないのだ。

 

「俺達は他人に配慮している心的余裕はない。この村の方針を言うならば、被害者になる位なら加害者になれ、だ。」

 

 痛いのが嫌ならば、原因を排除しろ。それがこの村の方針。彼らには、痛みに耐え我慢する、なんて考えは一ミリも存在しない。

 この村はまだ外の異能力組織と争い事を起こした事は無いようだけれど、それでも誰かがここに攻めてきたのなら誰もこの村から出る事は出来なくなるのだろう。そして、下手をすれば有無を言わさずこの村の為の駒として吸収されるのかもしれない。

 

「恐ろしい村だな……。」

「そうか? 慣れればそうでもないんだけどな。」

「攻めて来たら、どうするの?」

「それはその時の俺達の考えに依存している。俺達が降伏を望めばその通りになる。お前は、どう思う?」

 

 僕はまた地面を見詰めた。それから小さく首を振った。わからない、と僕は呟いた。彼は小さく溜息を吐いた。ポンポンと頭を撫でられた。

 

「まぁ、でも考えておいた方が良い。どんなことでも、起こりえない事って言うのは滅多に無いんだから。」

 

 僕は俯いたまま、小さく頷いた。彼は今週の末には日本と言う国に旅立ってしまうそうだ。元々彼はあちら側とは話し合いが付いていたらしい。彼は少し足早に教会の方へと向かっていた。僕はそれ見送り、適当に街の中をぶらぶらと歩いた。俺を見掛ければ物珍しそうな視線の後に手を振って来る。僕はそれに小さくお辞儀をすると彼らは嬉しそうに笑みを浮かべる。

 

 その視線から逃げるように森の中入って行った。雪解けの季節。足場の良くない道をひたすらに歩いた。そして僕は大きな道の脇道を見つけた。この道については誰も何も言っていなかった。僕はその道を通った。砂利道は真っ直ぐと続き、道沿いには等間隔に木が植えられている。楓の樹はまだ葉を付けておらず、物寂しい雰囲気を醸し出している。しかし、きっとこれが秋になるとこの道を染める程の赤く色づいた葉で埋め尽くされるのだろう。

 

 その景色を想像して、僕は口元に笑みを零す。その景色を見るのが少しだけ楽しみに思えて仕方ないのだ。そしてその先に僕は小さな山小屋を見つけた。使われているようには見えない古びた小屋だった。外からでは誰が住んでいたのか分からない。

 

「そこにはね、私のお父さんが住んでいたの。」

 

 僕は突然の声に心臓がはねた。ドキドキと痛いほど脈打ち、血管が擦り切れるのではないかと言うほど激しく送り出される血液。僕は落ち着くために小さく溜息を付いた。どちらかと言えば深呼吸だ。

 

「ど、どうも。」

「えぇ、こんにちは。それにしてもこんな所で何をしているの?ここには何もないのに。」

「散歩を、してた。その、あまりこの村の地形を覚えてないから。」

 

 そうですか、とあまり興味の無い表情で返事が返ってきた。僕は途端に居心地が悪くなった。

 

「この奥に池があるのですが、行ってみますか?」

「池、ですか?」

「そう。もう少し寒い季節ならば、氷が張って上を渡れたのだけれど……。でも、大丈夫かしら。えぇ、きっと大丈夫ですから。行きましょう。」

 

 彼女は僕の手を掴んで引っ張った。道から外れた場所を彼女は何の不安も無くすいすいと進んでいく。この村で生まれ育っただけの事はある。歩き辛い道も難なく進んでいく。そして彼女は僕を池へと連れて行った。そこだけ不自然に切り開かれた場所。

 

 

 この池の水源は一体どこなのだろうか。

 

 

 何処からも水が流れ込んでいないこの場所は、自然に出来たとはとてもいいがたい場所だった。まるで測量でもされたのではないかと思えてしまうほど丸い円。吹く風は水のせいなのか先程よりも冷たく感じる。彼女はその池の中に何も言わずに入って行った。しかし、やはり亡霊と自称するだけあって彼女は湖の上に立っていた。

 

「貴方もやってみる?」

 

 この水面は実は氷なのではないか、と思うが波打っている岸を見るとやはり水面なのだと思う。こちらに手を伸ばす彼女。僕は恐る恐るその手を取った。そして勢い良く手を引かれ、池の上に立った。地面と同じ様なのだが、波打っている為か少し酔いそうになる。

 

 

 いつだっただろうか。

 昔、女中が読んでくれたアラジンと言う本の中の魔法絨毯はこんな風なのかもしれない。

 だってあれ、風に揺られて波打っているから。

 

 

 僕は必死に彼女の手を掴み、自身が立っている足元を見た。

 太陽が出ていないからだろうか。

 綺麗に光る事の無い、透き通った水面。魚などの生き物の影は一切見えない。そして僕たちの影も一切見えなかった。こうして見ると、僕が死んだのだ、と改めて思い知らされた気分になる。

 

「マリアは、寒くないの?」

「ん? 寒くありませんよ。亡霊(ゴースト)に寒さ何か分かる訳ないじゃないですか。」

 

 彼女は薄着だ。いくら雪解けの季節になろうとしているといってもまだまだ雪は降るし、日中でも氷点下を下回る時がある。それなのに彼女はいつも薄手の修道服を着ている。そう言われると、寒くてダウンジャケットにマフラーをしている僕が何だか情けなく思えてしまう。がっくりと肩を落としている僕を見て彼女は首を傾げる。

 

「貴方は生き返ったのだから、私のようになる訳ではないのですよ?」

「マリアも、生き返ったんじゃないの?」

 

 彼女は直ぐに答えなかった。そして彼女が池の中心に向かて歩くものだから、僕も歩いて行った。この池は思った以上に深いらしい。それに太陽が出ていないからだろうか。湖底が見えない。黒く恐ろしい。

 

「この下にはね、家があるの。」

「家……。」

「えぇ、前に二度落ちた時には気が付きませんでしたが。昔住んでいたらしいのです。下にはね、お父さんの日記がありました。」

「見に行ったの?」

「えぇ、私にはあまり酸素があるかどうかは関係ないから。で、見に行った。そうしたらね、家の中はそのまま。空気があったの。水がどうしてか侵入してこなくて中に合った本を全て読みました。そして知りました。私達は亡霊(ゴースト)である事を望まれているのだと。」

 

 彼女の言葉には願望は無く、ただ押し付けられた義務感からの言葉に聞こえた。僕は、そんな事無いと言いたかった。でも、ここに来たばかりの僕にはなんて声をかけてあげればいいのか分からなかった。

 

「僕は、君にとってそれが幸福ならそれでいいと思う。」

 

 僕の言葉に彼女は微笑んでありがとう、と言った。




お疲れ様でした。

原作の方はだんだん盛り上がってきましたね。
来月は単行本も出るので楽しみです。

それにしても、原作キャラのでなさ具合がヤバいですね。
私も焦れるくらいには出てない。主に探偵社の人。
第ニ章で先走ってしまったくらいですかね。

第四章は、ヨコハマになると思います。

では、また来週٩( 'ω' )و
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