人生の価値とは、所詮その程度の物。   作:兎一号

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お久しぶりです。
気が付けば一か月以上経っていたようで……。

すみません。


第二話 信用問題

 足早に病院内を歩く男がいた。白衣を着た男は首からネームプレートを下げており、外部の人間であることを示していた。男が向かっているのは、つい先ほど緊急搬送された無傷の患者の部屋。その部屋には、現在男が最も警戒しなければならない青年が眠っている。

 

 警戒せねばならない理由を作ったのは、勿論青年の方で。初めて青年とやり取りをした日を思い起こす。あれは交渉と言うよりは脅しに近い物だった。戦術に置いて強かさに欠けるものだった。

 

 

 『最適解』と言う物を常に求め続ける彼は、私に言わせれば些か柔軟性に欠けるのだけれど。

 それ以上に縛られている私が何を言ったところで、説得力の欠片も無い。

 

 

 日本人にはあまり見られない、強引に物事をねじ込む。そう言った物だった。隣で聞いているだけだった私は決まりきった結末を聞く為だけに数時間電話をしている彼らを観察していた。あまり楽しくも無い思い出だ。

 

 穏やかで無い願望がこちらに近付いて来る。最も警戒すべき青年は未だ目を覚ます事は無い。事に及ぶのならば、早い方が良い。しかし、計画性の無い事をあの男がするだろうか。もし、そうしたと言うのならばこれ程面白い事は無い。他人の心を引っ掻きまわす事ほど面白い事は無いのだから。

 

 

 そう言う風に設定でもしてみようか。

 

 

 そこまで考えて、私は溜息を吐き出した。最近はどうも遊びに来る放浪者の彼の影響を受けすぎている気がしてならない。

 

 男は病室の中に入ってきた。一度、病室の中をぐるりと見渡した。西日が強く病室内に注がれ、それを遮る様に4つ並べられたベッドにはそれぞれカーテンで仕切られている。男は迷わず窓に近いベッドに歩み寄る。サイドテーブルにはチェス盤が広げられていた。それを一瞥するとその盤面はまだ試合中だと言うのがわかった。一つ足りないポーンは何処に置かれるのだろうか。男はそれを少し眺めた後、その奥に眠っている青年に目を向けた。穏やかな寝息を立てる青年を男は覗き込んだ。

 

―――カツン。

 

 軽い音が男の鼓膜を震わせた。先程のチェス盤に目を向けるとポーンが一つ増えている。そして別のポーンが盤からなくなる。男はナイトを手にし、それを動かした。

 

「チェックメイト。」

「ん、ん~~。」

 

 突如聞こえてきた唸り声。気が付けば、青年と男の間の丸椅子に座っている少女がいた。腕を組みながら必死に打開策を探している。

 

「ダメだよ。何処を動かしても私の勝ちだ。」

「あぁ、今回もダメですかぁ。」

「今回も……?」

 

 頬を膨らませてカタカタとポーンを左右に揺らした。それから彼女は駒を元の位置に戻し、また駒を動かし始めた。相手側の手順は森鴎外から見ても手慣れた人間の動きで経験者である事が分かる。一方の動きは全くの法則性は無く、何故そう動かしているのか分からなかった。

 

「アヌンツィアータ! 久しぶりね!」

 

 彼、森鴎外の後ろからひょっこり現れた可愛らしい少女。年をとる事の無いエリスは、勿論身長が伸びる事は無い。私より10センチ以上高かった身長はすっかり同じほどにまで縮んでいた。私は軽快にベッドから降り、彼女に抱き付いた。フローラルな香りに包まれる。

 

「エリスお姉さん!」

 

 真っ赤な可愛らしいワンピースを着たエリスは飛びついた勢いで少しよろけたが、すぐに体勢を立て直した。そして胸元に顔を埋めた私の頭を優しく撫でるのだ。

 

「それにしても、随分大きくなったね。」

「もう12歳ですもの。」

 

 昔はこんなに小さかったのに、なんて手で身長を表す。140㎝台に突入した私の身長は、まだまだ伸びる予定だ。

 

「彼が、電話の?」

「はい、アントニオ・ラスムセン。宜しくね、オウガイ。」

「勿論だよ。」

 

 にこやかに話す彼を私も笑みを浮かべながら観察した。そんな事をしているともう、昔のように純粋に彼に会う事の出来ていない自分に少しだけ悲しくなる。しかし、そんな事が何だと言うのだ。我を通す事しか知らない反抗期の子供では無いのだ。私は大人にならねばならない。

 

「もう少ししたら起きますから、ちょっと待っててくださいね。」

 

 私はエリスから離れ、椅子に座り直した。そしてテーブルに置いてある駒を弄る。

 

「そう言えば、アヌンツィアータちゃんはチェスが好きなのかい?」

「いいえ。」

 

 私は首を横に振って答えた。実際に私はこのチェスと言うボードゲームに何か特別な思い入れがある訳では無い。あるのは対抗心だ。心の中に溜まった恐ろしい嫉妬だ。

 

「根無し草のお兄さんが最近よく村に来るんですけどね。そのお兄さんがとってもチェス強いの。一回も勝てないんです。」

 

 だから、勝てるように練習してるの。

 

 面白くなさげな表情がキャビネットのガラスに映し出されていた。最初は自身が初心者だからと思っていたが、半年経っても一年経っても一向に勝てないのだ。あまりの勝てなさから私は彼との試合を記録し、まずはその試合に勝つことから始めたのだ。結末が分かっていればどう動かせば勝てるのか自然と分かるのでは、といった何とも安直な考えだ。

 

 困った事があるとするならば、指示してくれる人間が誰もいないという事だ。根無し草の彼は、文字通りいつも村にいる訳では無い。何をしにきているのか詳しくは知らないが、三日以上あの村に居た事が無い。

 

「そんなに強いのかい?」

「えぇ、チェスで生きて行けそうなくらいには。」

 

 私は根無し草のお兄さんの事を子供のように思えていた。中身では到底彼に敵う事は無いだろう。恐らく何をしても一生負け続ける。だからこそ、なのかもしれない。

 

 彼はとても我儘だ。

 そして彼は子供だ。

 

 自身の頭の中の夢を世界に押し付けられると思っている。彼にとって不幸だったことはそれを叶えられそうだと思えるほどの知能を持ち合わせてしまった事だろう。

 知能が先なのか、夢が先なのか。私には判断が付かない。しかし、私は好きにすればいいと思う。私にとってあの村以外はどうでも良い物なのだから。村に何も及ばないのであれば、何も言う事は無いだろう。

 

「本当に、可愛そうな人。」

 

 口の先から零れ落ちた言葉を拾い直すことは出来ない。不思議そうにこちらを見詰めてくる森鴎外の視線を気にしないでパタパタと足を動かした。

 

「バスの中にいた人達、全員無傷だそうだね。」

「そうみたいですね。それがどうかしたのですか?」

「あれは、君の仕業かい?」

「傷を治したのは私じゃありませんよ。」

 

 首を振る私を見て、森鴎外は当てが外れたと思ったらしい。一瞬、笑みを浮かべていた表情が動いた。

 

「そうなのかい?」

「えぇ、だって。治す理由がありませんもの。私は何もしていません。アントニオの怪我だって、私が治した訳では無いもの。」

 

 そうか、と呟くと彼は少し考え込んだ。ん、と小さい声が聞こえた。振り返れば、眩しそうに目を細めるアントニオがいた。壁に掛かっている時計を見れば、時間通りである。きっちりかっちり3時半。

 

「やぁ、おはよう。アントニオ君。」

 

 アントニオは彼の顔を見て、ヒクリと口角をあげた。

 

 

 

 

 

 

 彼が用意してくれた小さな集合住宅(アパートメント)の一室に私とアントニオはいた。家具は最低限の物が用意されており、私は寝具に腰かけていた。ザラザラと何かを吹きかけたような壁の感触を不思議に思い、触り続けた。

 

「はぁ。」

 

 気疲れからか、アントニオから漏れる溜息。台所(ダイニング)に立つ彼は風呂上がりで、暑いのか肩にタオルをかけているだけで上半身は何も着ていない。湿った前髪を掻き上げ、じっとコップに映る自身を見詰めている。そしてまた溜息を吐き出してぐっとコップの水を飲み干した。

 

「大丈夫?」

「あぁ、大丈夫だよ。心の準備が欲しかったけどね。」

 

 あれから刺々しい会話の応酬が続いた。部屋の中は殺伐とし、とても病院の中とは思えないほどお互いが気を許さずにいた。

 

「とても居心地が悪かったですね。」

 

 私の言葉に苦笑いを浮かべ、困った様に頬を掻いた。水の入ったコップを私の前にあるテーブルに置き、そして彼も隣に座った。私は水滴のついたコップを受け取り、冷たいであろう水を胃の中に流し込んだ。ふぅ、と溜息が口から漏れだした。

 

「明日の予定だが、本当に一人で大丈夫なのか?」

「勿論ですよ。ただ、マリがこちらに来る予定があるのでそれに合わせて少し見に行くだけですから。」

 

 マリ。黒い髪の少女。この世に生まれてから二度名字が変わっている。今は日本では有り触れた二文字、読みにして三文字の名字を持っている。

 私の異能力の影響を受けた事で牧師様が彼女の経歴を書き出した。そして分かった事は彼女と森鴎外には確かなかかわりがあるという事だった。今回の交渉のだしに使われた彼女。それに関して森鴎外の怒りを買ってしまったかもしれない。そしてその事に私が関わっている事など森鴎外には御見通しなのだろう。

 

 

 それでも彼が私を手放そうとしないのは私に利用価値があるからか、首を落とす機会を狙っているのか。

 

 

 どうも考えることが物騒になってしまったような気がする。ただの相手の好意とは考えられなくなっている。10代前半でこんな考え方を持ちたくはなかったものだ。

 

 目を閉じれば、考えてしまう。ただ彼に手を引かれて、楽しい時間を過ごせていたかもしれない別の未来を。何も知らず、何も考えず。ただただ、駆け寄って行こうとする。そんな安心を手に入れられたならばと、思ってしまう。

 

 

 訪れる未来が決まっているのだから、歩めないその先は想像しないと誓ったはずなのに。

 

 

「マリア?」

「何ですか?」

 

 眉を顰め、私を見下ろす彼に首を傾げる。

 

「いや、何でも無い。」

 

 そうですか、と小さく呟きベッドの上に乱雑に置かれた資料を見た。ペラペラと捲るそれには可愛らしい少女の笑顔が描かれていた。

 

「牧師様の異能力、か。」

「本当に便利な異能力ですよね。教会が牧師様に真実を伝えなかった理由が良く分かります。」

「便利と言うか……、いや。異能力とはそう言う物だよな。お前の、ハンスさんのもそうだが。」

 

 ボスッと彼は私の身体を抱きしめて、一緒にベッドの上に横になる。

 

「異能力ってのは、恐ろしいもんだ。」

 

 彼がぽつりと零した。私は蛍光灯に照らされた部屋の中をじっと見つめるだけで、返事を返す事は無かった。

 

「人生の選択肢の幅を大幅に狭くする。」

 

 ある一定の年齢を過ぎれば、誰もが前回を思い出す。あの村で結婚する夫婦がいても子供を作らない理由はそこにある。その前回に引っ張られるからだ。前回とは性別が異なる人も少なくない。だからこそ、元同性と結婚し、そう言った行為に映る事は滅多に無い。背徳感に悩まされるそうだ。

 

 そう言ったものを乗り越えなければ結婚はしても、子供は作らないのだ。ヨーゼフを息子として向かい入れた夫婦だって元の性別がそれぞれ一緒だったからこその話だ。それに彼女達にはまだ子供は出来ていない。

 

「前回の俺を殺したのは、銃だった。前回の私を殺したのは、戦争だった。」

 

 私、と彼は言った。私自身、前回の彼女と出会った事は無い。彼が生まれたのは、もう二十年近く前の話だ。私は生まれていない。だから、何があったのか知らない。その記録は破り捨てられている。

 

「私は、君が心配だよ。私達のエゴにつき合わせてしまった。君には君の未来があったはずなのに。」

「それなのに、謝らないのが貴方達の良い所だと思っていますよ。それに、心配はいりませんよ。流される事にしましたから。その為に、私はあの日……。」

 

 昔の事を忘れたんです、と言った私の言葉に彼女は私を抱き寄せた。女性らしさの欠片も無くなってしまった体でも、彼女はそっと慣れた様に私を抱きしめた。

 

 

 流石は二児の母親だ。こういう事には慣れていたのだろう。

 

 

 私は小さく切られた写真を資料の中から取り出した。丸く何かに収まるように切られたそれは笑みを浮かべ目を閉じた女性が映っている。何かに収まるように切り取られたそれがピッタリと収まる場所を私は知っている。

 

 くるりと寝返りを打ち、私は彼のポケットに入っている懐中時計を取り出した。カチッと音を立てて開いたそこには幼い私であろう赤子の写真が挟まっていた。そこに写真を押し当てれば、やはりピッタリと収まった。

 

「懐かしい。そんな写真残っていたのね?」

 

 口調が完全に前回に引っ張られている。戦争中に何か思いだしたようだけれど、それから彼はちょくちょく引っ張られているように感じる。

 

「本当に懐かしい。会った事は無かったけれど、彼女には感謝している。」

 

 私は思う。私の父は、あの村の人間は、私の時と同じ様に母を愛してなどいなかっただろう。彼らにとって、生者は妬ましい存在だ。

 ジェニー・リンドが選ばれた理由。彼女が喋る事が出来なかったからではないだろうか。彼女が喋れない。そして先天性色素欠乏症を患っている私は目が悪かった。日本では、白子(しらこ)と呼ばれるこの病気は視覚に様々な障害が現れる。私の場合は視力が弱かった。暗い中で過ごしていたから尚の事、目を使うという機会が失われていた。

 私は文字を習わなかった訳では無い。習っても見る事が出来なかったから、本が読めなかったのだ。あの村には高度な技術が用いられ、何かを作り出す事は無い。故に、コンタクトレンズは言わずもがな、眼鏡さえ存在しない。古びたルーペを使いまわしているような時代錯誤も甚だしい村だ。

 今は牧師様の異能力が補完しているからこそ何の問題も無く物が見えている。

 

 しかし、それも二年前の十一月の話。逝って帰ってきてからの話。

 

 喋れない母親と目が不自由な娘。母親は兎も角、娘の方は母親に対しての思い入れが少ない。現に私は母親を勘違いしていた。父の事は残りかすの様に残っていても、母の事は何一つ残っていなかった。彼らは私の中から外の人間の事を徹底的に排除しようとしたのだ。

 

 もし、昔の事を覚えていたとしても母の顔など、分からなかっただろう。だから、不思議なのだ。

 

 どうして母親の写真が残っているのか。

 まるで、大切にされていたみたいじゃないか。

 

 

 愛されていたなんて、愛されているなんて。

 とてもではないが……。

 

 信じたくないのだ。




お疲れ様でした。
来週投稿できるか分かりませんか、書き始めていはいます。

少しの間小説から離れていると戻ってきた時に、多少設定を忘れていてあれ?ってなりました。
人間って意外に忘れる生き物ですね。
困った、困った。

文ストの小説もチラチラと増えてきているようで、兎としては嬉しい限りです。
兎は雑食なので、選好みなく読みます。
楽しみ、楽しみ。

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