人生の価値とは、所詮その程度の物。   作:兎一号

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お久しぶりです。
実はずっと前から書きあがっていたのですが、中々見直しが出来ずに気がつけば11月ですよ。
申し訳ない。


第三話 貴女は誰かの忘れ物

 一見何の変哲の無い建物。

 何処にでもある建設物。

 市民の憩いの場として当初は設けられたであろうこの場所は、最初からそのためになど作られてはいなかった。私が初めてこの場所を訪れたのは、ある一人の男と面会した時の事だ。その男と私との因縁は、私が母を亡くし、父親の伝手で東北のある医者の元へ預けれらたことから始まった。私はその地で二人の友人を作った。

 まぁ、その話はまた今度にしよう。そう、今回の事で迷惑をかけてしまった(じゃく)の事も。

 一般人を欺いて作られたこの建物の深部は、当然ながら許可された人間以外は入る事が出来ない。少し湿っぽい地下の最深部には、これから息が詰る様な退屈に押しつぶされる事が決定した男が俯いて座っていた。しかし、男は決して自身の運命に悲嘆していた訳ではない。私は目の前の男がそんな男は青年、いやまだ垢抜けない少年はそんな些細なことで悲嘆しないだろうと思った。ここには娯楽になる様なものは殆んどない。それでも、と彼女は考える。目の前の男にどんな娯楽を用意したところで満足しないのだから。無駄な金を掛ける必要はないだろう、と。

 

 その前には未だ十代に届かない少女が鉄格子を挟んで立っていた。

 

「それで、君は何をしに来たんだ?」

 

 その声は低く、とても男性らしい声だった。彼は社交辞令のようなニュアンスでその言葉を選んだわけだが、その言葉を受けた少女はその男の中に自身を歓迎好きなどさらさら無い事を理解していた。

 

「お友達に会いに来たの。」

 

 ぎゅっと抱きしめられた黒猫の縫ぐるみの首が閉まる。この言葉の中に果たしてどれ程の思いが込められているのだろうか。

 男は微かに地面を擦る微かな音に眉を顰めた。留置場に用意された椅子、一脚から聞こえて来る音。規則正しく一足の靴が地面を擦る。

 男がその方を見れば、自身と同じ色を持った少女がこちらを見ていた。ニコニコと笑みを浮かべ、足を前後に揺らしている。目の色は男に比べ青みがかっている。その容姿に溶け込みそうな白いワンピースを着た少女は彼が彼女を認識した事に満足したのか、椅子から飛び降りた。ペタペタと湿気過多な床を音を立てながら彼女は鉄格子をすり抜けていった。

 

「君のお友達は、随分と変わっている。あの少年といい、その子といい。」

「それって、自分も入っているの?」

「……、あぁ。そうだったな。私と君はオトモダチだった。」

 

 まるで忘れていたとでも言うような言葉に私少しムッとしかめっ面を浮かべた。男の方は当然少女の事をそこまで重要視していなかった。ただ、あの田舎町で出会った新しいおもちゃに手を出した。その結果がこれである。それならば、あの少年の方が友達といえるだろう。ただ、遊戯(ゲェム)に負ければ友達になるという約束をしてしまっただけの事。しかし、男は知らなかった。その約束には恐ろしいほどの強制力があっただけの事。

 

「そんなに不満があるのなら、異能力でも使えばいいじゃないか。」

「普通の人はお友達作るのに異能力は使わないでしょ。これ位、ちゃんとできないと人にはなれないよ。」

「友達なんて居なくとも、俺達は人だろう。」

「人間社会に馴染めないって話。貴方と違って私は外で生きて生きなきゃいけないの。」

「なら、君もここに居ればいいのに。」

 

 ニタニタと笑みを浮かべる男に少女は小さく溜息を付いた。彼の言葉に首を横に振り踵を返した。

 

「私はね、外で役に立ちたいの。」

 

 誰の、とは私は話さなかった。誰かは、忘れてしまったから。

 そう言って出て行った先を男はじっと見つめる。男は東北で起こしたとある事件を思い出す。そして彼女に掛けられた呪いを目の当たりにした。

 少女に話を聞けば、彼女はとある約束をしたらしい。その約束がどういった物だったのか想像は容易くついた。男は自身の隣に常に座り続けている先程の少女とうり二つの少女の方へ目を向けた。ずっと男の服の袖口を掴み、こちらを見上げている。目が合えば、約束を守れ、と口五月蠅い姑の様に話しかけて来るのだ。男は堪らず小さく溜息を吐き出した。

 

 少女はあれを祝福だと称したが、男はあれを呪いだと称した。定義付けられた道を通る事しかできない呪いだ、と。男から見れば、全て想像の出来る未来など詰まらないと思った。だから開放してやろう、と。彼にとっての暇つぶしでしかなかった。

 しかし、どうだろうか。あの少女は一瞬確かに死の縁に立った。三途の川に両足を突っ込んだ。それでも彼女は帰ってきた。連れ戻された。その時の記憶はないだろう。彼女は自身が一度死んだなどど思ってはいないだろう。

 男は確かに確認したのだ。生暖かい鮮血は床に温度を奪われ次第に冷たくなって行くその姿を。

 死ぬ事さえ咎められた罪人の様だ。男にとって彼女は生きる事を強要された実験動物だった。しかし、だからこそ。その生命の歪さが彼女を人では無い何かに仕立て上げた。

 

 パタパタと足音が響く。急いだ様子で戻ってきた彼女。

 

「また今度ね。」

 

 それだけを告げ、彼女は廊下を走って行った。真っ白な少女はこちらを一瞥をすると彼女も出て行った。

 

「全く、次は無いよ。」

 

 先程の少女の発言を簡単にひっくり返す男。皺一つないパリッと糊の効いたスーツに身を包み、整えられた髪。少女は青年を見上げ小さく溜息を付いた。

 

「無いって、夏休みにも来るもん。」

 

 ぷくっと頬を膨らませた彼女は、友達という言葉に何か特別な思い入れでもあるのだろうか。青年は困ったと頬を掻き、我儘なお姫様をどう諫めようか少々思案した。小学三年生になった茉莉は、良く口が回る。地下に続く廊下の途中で茉莉たちは足を止めた。目の前から歩いてくる少年に目を向けた。壮年の男に連れられた少年とすれ違う。ちらりとその少年を一瞥した。若い男は壮年の男に頭を下げる。その事からある程度の権力を持ったものなのだと理解した。

 

「それじゃあ、東北に帰ろうか。」

「その前にお願いがあるの。」

 

 真っ直ぐ紅い目が彼を見上げた。

 

「何だい?」

 

 青年は珍しいと思いながら、この一年間聞いた事の無かった『お願い』の内容を聞いてみた。

 

「私の昔のお家に行きたいの。」

「あぁ……。」

 

 彼女の言葉に青年はいいあぐねた。ぽりぽりと頬を掻いて彼女の家を思い出す。

 

「横浜にある君の実家は、もう取り壊されて新しい家が建ってしまっているんだ。だから、何もないよ。それに君は覚えていないんだろう。」

「別に家を見たい訳じゃないの。ただ……。」

 

 青年は頭の中に地図を広げた。彼女の家の近くの教会、そして公園。暫く思案してから今日くらいは、と考えた。

 東北の家では彼女に構ってやることは出来なかった。彼女が異能力者であるという事が分かった以上、目を離す訳にはいかなくなった。精神干渉系の異能力者は珍しい。珍しく、危険だ。今の所、異能力に対抗するものは異能力しかない、と言うのが一番な問題だった。

 

「あまり長くはいられないよ。」

「帰るのは明日なのに?」

「予定にはないからね。君は、完璧に管理されなければならない。その為の人に挨拶も行かなくてはいけないしね。やる事は意外とあるんだよ。引っ越しの準備もしなければならないからね。」

 

 君の異能力は、面倒な物だから。

 

 少女は自身の手を引く、青年を見上げた。医者である彼に妻は無く、知り合いが自身の事を押し付けられたらしい。当初本人も大分渋っていた。私の事を見て、彼は顔を顰めたのだ。今引かれている手だって、彼はきっと責任感から私の手を握っているだけで、その心の中にはきっと少しの慣れしかないのだろう。私も彼の家の住人に慣れる事は無かった。それでも、少し位人付き合いと言う物を学べたのは、とある少年のお蔭であったと心の中で感謝するのだ。

 

「それに、早く帰らなきゃ山田君に会えないよ。」

(じゃく)の名前を出せば私が言うことを聞くと思ってるでしょう!」

 

 少女は頭の中に一人の少年を思い起こした。同じ年の少しだけ内気な少年だ。裕福とは言い難い家の生まれ。少しだけ赤茶けたその瞳はいつも申し訳なさそうに垂れていた。

 

「でも、時間がないのなら早くいかないとね。ほら、佐藤先生! 行きましょう。」

 

 少女の軽い足音が廊下に響いた。片手だけで自身の自重を支えなければならない猫は振り回され、痛覚があったならば痛い、と悲鳴を上げていることだろう。佐藤先生、と呼ばれた青年はあきらめた表情を浮かべ、少女の後を追った。

 

 少女はそれから電車に乗り、横浜の駅に降りた。趣よりも現代感を感じる、都市の駅という言葉が似合う駅をきょろきょろと観察した。

 

 周りを気にしすぎたのだろう。誰かにぶつかり、少女は転んでしまった。見上げるとそこには少し筋肉質な背の高い外国人が立っていた。少女は怖くなり、謝る事もせずに佐藤に隠れた。

 

「Sorry。」

 

 と、佐藤は謝罪をすると外国人はポケットの中から棒のついた飴を取り出し、少女に渡した。それから二言三言何かを喋った後、何処かへ行ってしまった。

 

 迷子にならないようにと佐藤の手を握り、外へと向かう。東北の田舎町に暮らす彼女にとって昔住んでいた場所だったとしても、人の多さに少しだけ気おくれした。どこを見ても人と空に届きそうな灰色の建物ばかり。

 駅を出ればすぐにタクシーに乗り込んだ。そして聞き覚えのない住所。そこに向かって車は走り出した。流れる景色は次第にどこか見覚えのあるような気がするものへと変わっていく。色合いがどこか似ている家々の中にポツンと大きな白色の建物が存在する。

 大きな鐘の音が鳴り響く。どうやら結婚式が執り行われいたらしい。純白のドレスに身を包んだ女性が幸せそうに微笑んでいる。その邪魔にならないようにそっと横にすり抜けた。しかし、そこにはもう墓地はなかった。ただの整備された広めの草原だ。

 

「あれ?」

「どうしたの?」

「ここに、墓地があったはずなんだ……。」

 

 日は高く昇り、影が自身の真下に出来ている。大きめの石で舗装された道を通り、一本の木を囲む様に並べられた長椅子。その椅子に一人の男が座っている。桃色の花が咲いているのに、彼はマフラーをしている。少し暑そうだ。

 その隣は真っ黒な修道服を着た修道女が座っていた。幽霊のような青白い肌に、外国の人を思わせるはっきりした顔立ち。修道女はこちらに視線を向けるとにこりと微笑んだ。紫色の瞳を細め、こちらを見る彼女。睫毛が白く、ベールの下からちらりと覗く白髪は、光の加減か金色に見える。彼女は座っていた長椅子から立ち上がり、こちらに向かってきた。

 私は彼女が浮いているように見えた。存在が浮遊していて、透けているように見えた。彼女は細長い指で私の頬を撫でた。それから彼女はスゥッと消えてしまった。

 吹き込む風は二年経ち伸びた髪を揺らした。黒い猫をしっかりと抱きしめて、目の前の現実を受け止めた。佐藤先生が私の表情を少し覗き込むような視線を向けた。それから、困った様に頬を掻いた。

 

「さあ、行こうか。」

 

 ここに長居しても仕方がない、と思ったのだろうか。佐藤は彼女の手を引いた。しかし、彼女は動かなかった。彼女は出口とは別の方へ歩きだした。彼女はベンチの前に立ち止まった。木の裏側にいた男を見る。男は寝ていた。酷くぐったりとしており、目の下には酷い隈が見受けられる。男の手にはしわくちゃの紙が握られている。茉莉はその紙をぺラリと手に取った。

 

「あ、こら。人の物を勝手にとっちゃダメだよ!」

「……。」

 

 じっと、その紙に書かれた内容を読んだ。知らない文字、知らない文体。彼だけの世界の話。

 

 彼女はその文章の右下には、彼の物と思わしき名前が書かれていた。彼女にはその名前がまだ読めなかった。しかし、きっちりと記憶した。その文字の形を。紙を元の場所に戻し、彼女は教会の入口へと向かった。佐藤は寝ている男を一瞥し、それから急いで彼女の後を追った。彼女達がいなくなった後、男はパチリと目を開けその背をじっと見つめてからぐっと背伸びをした。

 

 

 

 

 

 

 公園は健在で、そこには数人の幼児が親とともに訪れていた。キャッキャッと騒ぐ子供は彼女達に目もくれず、公園内を走り回っている。その光景が少し懐かしく、羨ましいと彼女は感じた。遊具で遊ぶ事なく入り口でじっと子供達の様子を眺めていると、ボールが転がってきた。それを拾い上げ彼らの方に投げてやれば、母親の一人が頭を下げた。彼女はそれにつられ、小さく頭を下げた。

 

 満足したのか、彼女は佐藤の手を握った。佐藤は未だ名残惜しそうに公園を見つめる彼女の手を引き、その場から立ち去る。駅へと向かう途中、彼女はあの場所に辿り着いた。昔は、色々遠回りをしたようだ。立ち止まった私を佐藤は見下ろした。彼の手からするりと彼女の手はすり抜けた。そしてこの先にあるであろう神社へと階段を駆け上がった。黒さが目立つ鳥居をくぐり、石段を駆けあがった。後ろから彼の声が聞こえて来るが、今の彼女は気に止めなかった。階段を駆け上がるとそこには見覚えのある神社が建っていた。

 違いがあるするならば、あの時とは違い廃れているように見える。

 

「何か、お探しかい?」

 

 お嬢さん? と柔らかな声で彼女に尋ねたのはおじさん、と呼ぶには少し若い男。彼女はじっとその男を見上げる。

 

「そうそう、君の知り合いにこれを渡す様に頼まれたんだよ。」

 

 そう言って彼が私て来たのは可愛らしいカチューシャ。それを見ると頭の片隅で誰かの笑顔が掠めた。長く白い髪を靡かせて笑みを浮かべている少女。

 

 あぁ、忘れてしまった。

 あぁ、思いだせない。

 

「私の、知り合い? 私の名前も、知らないのに?」

「知っているよ。君のお母さんには、良くしてもらったからね。」

 

 彼女は改めて男を見上げた。若い男だ。真っ黒な髪色、真っ黒な瞳。顔は中の上。ただその面立ちからか、軟派な雰囲気がある。黒色のスーツを着ているのに、どうしてだか客引きの人に見えてしまう。ある意味で損な人だ。

 

「お母さんを知っているの?」

「あぁ、仲が良かったよ。昔の話だけどね。遠い昔の話だ。絶縁されてからは、会っていなかったんだけど。」

 

 木漏れ日の中から空を見上げた彼は視線を彼女の後ろへと向けた。それにつられて後ろを向けば、先程置いて来た佐藤が肩で息をしながら地面を見ている。

 

「あぁ、時間通りだ。御苦労様でした。」

 

 佐藤は顔を上げ、目の前の男を怪訝に見詰めた。

 

「矢田部さん、ですか?」

「えぇ、初めまして。矢田部達郎です。」

 

 どうぞよろしく、と言った男は口元だけに笑みを浮かべた。彼女は彼の名前を小さく呟いた。彼女の言葉を聞いて彼は人受けのよさそうな笑みを浮かべて見下ろしている。短く切りそろえられた彼の髪が揺れる。

 

 彼女、佐藤茉莉はこれから先程あった男と同じ様に異能特務科の監視下に入る事となる。

 

 佐藤は彼女を押し付けてきた父親の顔を思い返した。彼はこうなる事を予想していたのだろうか。彼女に対して思い入れなどありはしない。女性として、生きて行くには少し難しい性格の彼女には随分と使用人が手を焼いていた。だらしない彼女はこれから生きて行くのに苦労する事だろう。

 父親では無いが、少しだけ幼い彼女が心配でならなかった。




実は大学の編入試験を受けておりまして、その勉強で忙しかったんです!

すみません、言い訳です。

ただ、ヤングエース買っていないので今どんな展開になっているのか、わからないんですよ。
太宰さんは欧州の何処かの収容施設にいるようですが、何処なのか気になりますね。
ちょっとその収容施設使いたい。

一人、その施設に居れたい子がいるんですよね。
ダメだったら、その時考えます。
取り敢えず、四章頑張ります。
 



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