人生の価値とは、所詮その程度の物。   作:兎一号

6 / 35
4月27日 誤字訂正


第五話 お告げと名付けられた亡霊

 3月30日。その日は聖金曜日と言う日だった。復活(イースター)祭の前の金曜日の事で、『受難日』『受苦日』なんて呼ばれたりする。私はあまり宗教と言う物に関わった事が無いので、こういう行事に参加した事が無いのだが、村中綺麗な装飾が施されていたのを見た。

 

 その日は、特に用事も無いので家でゆっくりするつもりだった。ベッドから出る事を物凄く怠く思い、グダグダとベッドに包まっていると呼び鈴が鳴った。私の家を知っているのは牧師と、アントニオくらいなものだ。私は、体に鞭をうってドアを開けた。冷たい空気が家の中に入り込んできているはずなのに、やはり寒いとは思えなかった。

 

 家の前にアントニオが立っていた。真新しい黒色の外套(コート)を着ていた。その下からは真っ白なシャツが見える。鍔のついた帽子を深く被っているアントニオは俯いている。その表情はとても暗く、いつもの彼からはとても想像が付かない、覇気の無い表情を浮かべていた。何か、嫌な事でもあったのだろうか。彼が私に家にわざわざ訪ねて来る理由が何かあっただろう。話があるのなら、あの池のほとりに来ればいい。それに、彼はどうしてこんな綺麗な恰好をして言うのだろうか。そんな事を考えていると、彼は私を捕らえた。彼の腕は少しきつく私はもぞもぞと動こうとするとさらにきつくなった。

 

「元気でやれよ。」

「そんな綺麗な服を着てお出かけ?」

「あぁ、良い服だろ?少し、用事が出来てな。」

 

 その言葉は何の脈絡も無く彼の口から出てきた。耳元で聞こえて来る彼の声は震えている気がした。

 

「いいなぁ。私もお出かけしたい。」

「あぁ、俺の用事が終わったら連れてってやる。何処行きたい?」

「何処でもいい。楽しい所が良いなぁ。遊園地とか、行ってみたい。」

「あぁ、連れてってやるよ。いい場所を知っている。メルヘンでいいならな。だからいい子で待ってるんだぞ?」

 

 今まで以上に優しく出会った中で一番丁寧に頭を撫でられた。この村では珍しい一人っ子のアントニオはこういう事に憧れでもあったのかもしれない。

 

「良い子で待ってるから、早く帰ってきてね。私、独りは嫌だから。」

「あぁ、お前を独りにしないよ。」

 

 その言葉を聞いて私は笑みを浮かべた。心に流れて来る彼の言葉に私はすごく安心したのだ。

 

「あ、ちょっと待ってて。」

 

 私は家の中に戻り、小さな箱の中をガサガサとあさった。そして彼女の手に収まるほどの小さな金属を持ってあれの元へ向かった。

 

「これ、ちゃんと返してね。」

 

 アントニオは手渡されたそれをまじまじと見つめた。

 

「これは、懐中時計か?」

「そう、誰の物か分からないんだけど、アントニオは時々時間にルーズだから。貸してあげる。」

「そんな高そうな物、持って行けない。」

 

 アントニオは私にそれを私に返そうとした。

 

「私は、この村から出ないから。だから、大丈夫。ずっとここで待ってる。」

 

 私がそう言うとアントニオはそれを服のポケットに仕舞い、私に別れを告げた。アントニオの寂しそうな声が、今も耳に残っている。彼の後ろ姿を私じっと見つめた。何か、声をかけてあげられれば良かったのだろうか。何か、伝えてあげられれば良かったのだろうか。

 

 

 きっと、お別れなのだろう。

 もう、会えないのだろう。

 

 

 何か、あげればよかった。繋ぎ止めておけばよかった。私が彼に縋って泣き喚けば、彼は困って行くのを止めただろうか。いや、これがきっと人間社会の『やりたくなくてもやらなきゃいけない事』なのだろう。私は彼の後を追って村の方へ歩いた。

 

 

 何と言えばいいのだろうか。何と伝えれば正解なのだろうか。

 

 

 『さよなら』と伝えるのは、間違いだろうか。もう会えないのか、それとも、会えるのか。私にはそんな事さえ、分からなかった。

 

 アントニオと他数人が軍用車両に乗り込もうとしていた。村の人間たち全員がその車に集まっていた。私にとっては人の間をすり抜けるなんて事は容易い事だった。私は大きく彼らに手を振った。私の手が誰に当たろうなんて関係ない。

 

「おかえりって、言わせてね!」

 

 誰の耳にも届かない私の声は、それでも届いて欲しい人には届くのだからそれで十分ではないだろうか。私には十分だ。

 

 彼は小さく手を振り返してくれた。私は上手く笑えていただろうか。そして急かされる様に車に乗って何処かへ行ってしまった。車を見送り、人々は疎らに日常へと帰って行った。それから見送った者達は戦場の噂を語り始める。

 

 私は老人の元へ向かった。きっと、あの老人もアントニオがいなくなった事を悲しむだろう。だって、彼とアントニオは良く話していた。

 

 今日はいつもの様に大きな道から脇道に入る方法では無く、森の中を真っ直ぐ突っ切ることにした。そちらの方が早いという事は無い。それでも私はその方を歩く事を選んだ。

 

 最近が温かったせいか、地面の真っ白だった雪はくすみ少しだけ土の色が付いている。

 

「おじいさん?」

 

 相変わらず高そうな外套(コート)を羽織った老人は、今日は珍しく家から出ていた。大通りの方から歩いて来ている老人。私が彼を呼んだことで、彼は前を向いた。

 

「あの青年は行ってしまったな。」

「うん、アントニオは行っちゃった。」

「お前、戦争を理解していないだろう。」

「戦争って何?」

 

 そう尋ねると老人は溜息を付いて、肩を落とした。

 

「おじいさんは行かないの?」

「こんな老い耄れ、盾にすら使えんだろうさ。」

「そうなの?」

「そうさ。」

 

 老人は自身が歩いてきた道の方を見た。私もその方を見たが、そこにはやはり老人の足跡が残るだけだった。踏み締められ、固くなったその部分だけがくっきりと分かる。

 

「アヌンツィアータ。」

 

 私はその言葉を聞いて酷く驚いた。

 

「私の名前、どうして知っているの?」

 

 老人は私の問いに答える事は無かった。誰にも言った事は無かった。誰にも告げた事は無かった。特に大した理由は無かったのだが、ただ私はその名前を誰にも告げた事は無かった。

 

 だからこそ、私の名前を知っているのは、私と私に名を付けたたった両親だけだと思っていた。

 

「でも…。」

「世の中には学問では説明のつかない現象が少なからず存在している。」

「おじいさん…、目、見えてない。」

「お前の幸福の為なら、視力など安い物だ。」

 

 何故、気が付かなかったのだろう。おじいさんはいつだって音に敏感だった。おじいさんの目はとても濁っていた。そして、私の幸福の為、とは一体どういう意味なのだろうか。彼は私に何をしたと言うのだろうか。

 

「でも、人は一挙に年を取らないわ。」

「言っただろう。世の中には学問では説明のつかない現象が存在すると。」

「一体何をしたの…?」

「人に与えられる幸不幸は調律がとれている。不幸を背負えば、それに見合った幸福を手に入れられる。」

「例えば、年齢をいっきに取ってしまうという不幸の代わりに、何かそれと同等な幸福を手に入れる…?」

 

 老人は一つ頷き、私の言葉を肯定した。

 

「例えば、目が見えなくなるという不幸の代わりに、それと同等な幸福を手に入れる…?」

 

 老人は一つ頷き、私の言葉を肯定した。

 

「私は……、私は、学問では説明のつかない現象なの?」

「そうだ、お前は現象だ。」

 

 老人は一つ頷き、私の言葉を肯定した。

 

 私は人では無かったらしい。

 

 言葉が出なかった。老人言っている事が本当だという保証は何処にもない。しかし、老人が嘘をついているとは思えない。思いたくないだけだったのかもしれない。

 

 私には老人の言葉を否定するだけの情報が無かった。

 

「簡単な事だ。お前は今年の夏、何をしていた?」

「今年の、夏…?」

 

 言われてみれば、何をしていたのだろうか。何一つ、思いだせない。私は頭を抱えずにいられなかった。

 

 あぁ、何故考えなかったのだろうか。言われてみれば確かに、私は今年の冬以外の記憶が無い。春や夏がどんな物だったか言われてみれば分からない。何一つ覚えていない。夏とはどういった物だっただろうか。

 

 春とは?

 秋とは?

 

 その季節の色が私は何一つ思いだせなかった。

 

「分からないか?何故わからないか、分かるか?」

 

 何故わからないか、なんてわかる筈が無い。何もわからないのだから。何も思い出せないのだから。思い出らしい思い出など、私の頭の中には残っていないのだから。今見えている景色と同じ様に私の中が真っ白になった。吐き出す息が震える。

 

 今までの痛みとか、苦しみとかが全て嘘のように感じてしまう。いや、嘘だったのかもしれない。そう感じていると思いこんでいただけかもしれない。

 

「お前はこの冬に、私が作ったからだ。」

 

 私は無意識に一歩後ろに下がった。この目の前の老人はなんて言った?

 

 今年の冬、私が作った?

 

 作ったって、作ったって、何…?

 

 

 あぁ、どうして。どうして、今日いなくなってしまったの?

 私、もう駄目そう。

 

 

 私は走ろうとした。しかし、それは老人によって阻まれてしまった。腕を掴まれ、私は彼から逃げる事は出来かった。

 

「どうして…。どうして、私は、人間には成れないの?」

「人はなろうとしてなれる物じゃない。輪廻転生とはそう言う物だ。生まれた命の形を偽ることは出来ない。お前はみにくいアヒルの、子だ。アヒルの中に混じったみにくいアヒルだ。」

 

 みにくいアヒルの子。その話は知っている。アヒルの中に白鳥の卵が混じってしまって、結局母親は白鳥を育てたけれど、でも駄目だった。白鳥は、やはり白鳥だった。アヒルの中には混じれなかった。それはそうだ。大きさも色も何もかもが違う。

 

「お前は、自身を決して人だと思うな。人ではない。人では無く、亡霊(ゴースト)のようなものだ。その浅慮な頭に叩き込むと良い。」

 

 心が壊れてしまいそうだった。いや、もう壊れていたのかもしれない。涙が溢れて出てきてどうしようもなく、この場所から逃げ出したかった。

 

 

 だけれど、逃げ出して何処に行く?

 私にはここしかないというのに。

 

 

 足に力が入らなくなり、ドサッと雪の上に座り込んだ。私はこれからどう生きて行けばいいのだろうか。そんな事だけが頭の中をグルグルと回っていた。

 

 いや、生きて行くというのは可笑しいのか。だって、亡霊(ゴースト)は生きてないのだから。

 

「私は、亡霊(ゴースト)なの?」

「お前は、亡霊(ゴースト)みたいなものだ。」

「みたいな…?」

「お前が覚えておくべき事は、たった一つだ。お前は亡霊(ゴースト)のようにこれから誰にも見つけてもらえず、誰にも愛されず生きて行け。」

 

 老人の言葉に私は乾いた笑みを浮かべました。

 

亡霊(ゴースト)なのに、生きるなんて可笑しい。」

「そうだな。では、亡霊(ゴースト)のように他人に不幸を振りまけばいい。それこそが、お前に与えられる唯一の幸福だ。」

 

 老人の言葉に私は瞳を閉じた。もう、頭が何かを考えることを放棄していた。

 

「お前にこれをやろう。何、ただのロザリオだ。肌身離さず持っていろ。」

 

 老人が私の手に無理矢理握らせたのは銀装飾のロザリオだった。

 

 亡霊(ゴースト)の私にこんなものを持たせて私に早く成仏してほしいのだろうか。

 

 私は空を見上げた。真っ青な空は私が今付けているアリスバンドと同じ色をしていた。

 

「お前は、空のような存在になれ。他人に干渉されず、気分で他人を振り回せばいい。」

 

 それでも、だからこそ。私は一つだけ老人の言葉に逆らってやろうと思った。他人の不幸が私の幸福になるのなら、私は私の不幸を願おう。そうしたらきっと、私の不幸で誰かが幸福になる筈だから。私はそれで良い。

 

 この時、私の中に信仰にも似た偏執の考えが私の中で出来上がった。

 私はこの考えを生涯変える事は無い。

 私は自らの不幸を願い、私は他人の幸福を願い続けた。

 

 亡霊(ゴースト)となった私は自らを不幸に貶め、他人の幸福を望み続けます。

 

 

 

 あぁ、神様。どうか、この私に天罰をお与えください。

 

 亡霊(ゴースト)と言う不詳の存在となった私にこの上ない苦痛をお与えください。

 私はそれに見事耐えて見せましょう。

 

 そんな試練も、どんな困難も私はこの世の全ての人間の為に耐えて見せましょう。

 

 あぁ、今日はなんて日だろうか。

 

 今日はイエス・キリストの受難と死を記念する日。

 

 神は私に同じ物をお与えになるというのだろうか。

 

 ならば、貴方様の期待に答えなければなりませんね。

 

 

 私は、アヌンツィアータ。

 

 神からのお告げと名付けられた亡霊(ゴースト)です。

 




お疲れ様です。

早く原作キャラ出したいなぁ、と思いながら書いてます。

第二章になりましたら、出てきますから。もう少しお付き合いください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。