人生の価値とは、所詮その程度の物。   作:兎一号

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断章
破裂した体躯


 亡霊(ゴースト)としての生活は、今までの生活とあまり変わらなかった。違う点があるとすれば、食料を買う事が困難になった事くらいだろうか。そう言った点は牧師様が買って来てくれるからとても感謝している。

 

 私の今のお金事情は、とても緊迫していた。今までは何処からか送られてくるお金を使っていたのだが、その送ってくれていたお父さんが死んでしまった事で、私は最早餓死するのではないかと思っていた。しかし、実際は亡霊(ゴースト)はお腹が空くと言う生理現象が訪れる筈も無く、お金事情は緊迫しているというだけで生活していくのに全く問題はなかった。

 

 私は、たまに食事と言う物が懐かしくなれば料理をする程度に、食事自体の頻度が下がっていた。亡霊(ゴースト)ってコストパフォーマンス良すぎ、なんて思いながら私は過ごしていた。

 

 詰る所、生活に置いて何一つ苦労はしていないという事だ。人としていた頃より、考えなければならない事が減った。

 

 そんな私は教会の地下に住み着いていた。牧師は私に沢山の事を教えてくれた。

 

 語学、宗教学、教育学、その他諸々。信仰心の欠片も存在しなかった私にはしっかりとした信仰が芽生えていた。いや、信仰らしいものが芽生えていた。

 

「アヌンツィアータ。アントニオから手紙が来ていますよ。」

 

 彼が戦地へと赴いてから半年が経った。アントニオは月に一通、手紙を送ってきてくれる。その手紙には当たり障りのない事しか書いていないが、恐らくそう言った事を軍として求められているのだろう。

 

 アントニオは今、とある砦の警備に当たっているそうだ。そこは同盟国の国境に近く、多少の小競り合いが頻発しているようだけれど、今の所怪我をしている様子は見受けられない。怪我をしたと書けないだけかもしれない。ただ、それだけの事かもしれない。

 

 戦争と言う物を未だ正しく理解できているか分からない。それでもこうして手紙が送られてきているという事だけで私は少し安心してしまうのだった。

 

「あぁ、アヌンツィアータ。あくまでも噂の範疇を抜けないのですが、最近この近くで密偵がいるんじゃないかって話が聞こえてきます。まだあの森に通っている事は知っています。今は外出を控えると良いでしょう。貴女が普通の人間に見えないとはいえ、見える人間も少なからず存在しているのですから。」

「はい、分かりました。」

 

 彼が言う様に私はまだあの森の中にある池に通っていた。あそこに行けば、またあの時のように私を見つけてくれる人に会えるかもしれないと、そんな無駄な願望を抱いていた。

 

 密偵、か。つまり、スパイだ。他国の国民に成りすまして、その国の情報を自国に流すのが役目。そんな重要な役目の人が、こんな田舎に来るものだろうか。本当はもっと別な理由があるのではないだろうか。

 

 私は手に持っていた手紙を大切に鍵付きの箱の中に仕舞った。古めかしいが、この箱はとても気に入っていた。箱を机の中にしまい、教会の地下の部屋から出た。

 

 牧師様の話なら、あまり外出が出来なくなってしまう。ならば、今日を区切りにあの池に行くのをやめよう。あの池を訪れれば誰か私を見つけてくれる人が現れる気がしていた。気がしていただけで今まで会えた事は無いのだが。

 

 私は生まれて初めて春と言う物を経験して、今生まれて初めて夏と言う物を経験している。人が言うには今の時期は暑いらしい。確かにみんな冬と比べてとても薄着で出歩いている。そんな中で冬と変わらず真っ黒な服装で生活をしている牧師様や修道女(シスター)さん達には素直に尊敬する。

 

 森の中を歩いていると、私は昨日と違う部分を見つけた。冬の時とは違い、木々が生い茂り草が地面を覆っている。そんな森の中は一日一日、絶えず変わり続けているのだが、今日の変化はそう言う物では無かった。

 

 この森の中に入ってくる村の人間は猟師であるアントニオの父親しかいないはずだ。それなのに、今日は沢山の足跡が森の中に残っている。森の中に入ってきた人間の数は分からないけれど、多分5人以上いると思う。

 

 そしてそんな中、誰か怪我をしているみたいだ。木の幹に血を擦りつけたような跡が残っている。

 

 いや、もしかしたら密猟者と言う線も無い訳では無い。この血は動物の血かもしれない。確かに今は戦時中でタンパク質と言うのはとても貴重だそうだ。

 

 

 何だか、穏やかじゃないな。

 

 

 今までにもこんな事があったのだろうか。村の若者が兵士徴収で連れていかれた事で村の中は一層ピリピリしていた。戦争なんてものは、早く終わればいいのに。そうしたら、アントニオと遊園地に行くのだ。軍役は大抵二年だと聞いている。後一年半。こう考えると、案外彼が帰って来るのは、早いのではないだろうか。

 

「あぁ、もう来れないのならお父さんの家の掃除、してしまわないと。」

 

 どれ程来れないのか分からないから、埃一つないほど綺麗にしてしまおう。

 

 おう!と決意を表す様に空に向かって拳を掲げた。

 

 しかし、家のドアを開けた私の目に飛び込んできたのは思わず目を背けたくなるような光景だった。

 

 この家にあった書類は全て牧師様の所にあるから家の中はすっきりしているはずだった。だから、家を掃除すると言っても窓を拭いて掃き掃除をするだけだた。それだけで終わる筈だった。

 

「何、これ…?」

 

 家の中は夥しい血で汚れていた。その血は少し黒ずんでいる。家の中にある人間だった者は4人。どれもこれもまるで破裂した様な死に様だった。一体どんな業を背負えばこんな死に方をするのだろうか。

 

 私の鼻孔を刺激する濃い血の臭い。私は思わず口を抑えた。食事なんてしないから吐き出す物が無いのに、口の中が酸っぱく感じる。

 

 私に分かる事はたった一つ。彼らは殺されたんだ。少なくても自殺でこんな風な死に方にはならないのを理解していた。という事はこの惨劇を作り出した犯人がまだ近くにいるかもしれない。牧師様に知らせようか。

 

 

 でも、知らせて牧師様が殺されてしまったらどうしよう。

 

 

 こう言うのは隠しておきたいものだろう。もし、これを見つけてしまったのがアントニオのお父さんとかだったからきっと大変なことになっていたのだろう。村中大騒ぎだ。

 

 

 でも、私ではこの死体を片付けることは出来ない。

 

 

 ずずっと、何かが動く音がした。そちらの方へ視線を向けると若い幼さがまだ抜けきらない青年が倒れていた。年はきっとアントニオと同じくらいだ。真っ黒な髪の青年は虚ろな表情で床を見詰めていた。私はゆっくりと青年に近付いた。この青年はまだ生きているのだろうか。

 

 そっと少年の口元に手を近づけるとまだ呼吸をしているのが分かった。

 

 私は立ち上がり、急いで教会へと戻った。私の言葉が聞こえる牧師様の元へ早く行かなくては。あの家には包帯なんてものは無いし、私ではあの青年を助けれらない。最早、壁なんてものを考慮せず、真っ直ぐに私は教会を目指した。教会のドアを開けず、私は唯真っ直ぐに中に入った。そして祭壇の前に立っていた牧師様に飛びついた。牧師様は他の牧師様とお話していたけれど、そんな事を考慮している暇など何処にもなかった。

 

「大丈夫ですか?」

 

 私が飛びついた事でふら付いた牧師様を心配して声をかけていら。

 

「えぇ、大丈夫です。少し、ふら付いただけで。」

「牧師様、大変なんです!お父さんの家で人が死んでするんです。その中に、まだ息のある人がいて、私ではどうすることも出来なくて!」

 

 牧師様には申し訳ないけれど、私は矢継ぎ早に状況を伝えた。牧師様の服を引っ張り彼を急かす様に彼を動かそうとした。

 

「えっと、すみません。少し外の空気を吸ってこようと思います。」

「えぇ、それが良いでしょう。」

 

 こう言う時、人間というのは面倒だと私は思う。急がなくてはいけないときでも相手の機嫌をとらなくてはいけないのだから。

 

 私に引っ張られ、多少ふら付きながらもあくまで歩くと言う姿勢を崩さない牧師様に多少イラつきを感じながら私は彼を引っ張った。

 

 牧師様が走り出したのは教会を出てすぐだった。6歳の少女では到底追い付けない程、彼は素早く走って行ってしまった。牧師様の姿は直ぐに見えなくなってしまった。

 

 大人と子供では体力の量も違う訳で、私は直ぐに息が上がり砂利道の上に倒れ込む様に膝を付いた。

 

「ま、待ってよ…。」

 

 なんて私の声を聞く人間がいる訳も無く、聞こえる筈の牧師様は遙彼方。もう姿も見えやしない。お父さんの家に向かう為の大通りに向かう途中で牧師様があの青年を抱えて走ってきているのが見えた。砂利道の上で立ち止まり、そして家に着く前に教会へととんぼ返りする羽目になった。

 

 

 これって、私は教会で待っていた方が良かったのではないだろうか。

 

 

 なんて事を思い、無駄に体力を使ってしまったと溜息を付かずにはいられなかった。しかし、牧師様はどうして裏口から入って行ったのだろうか。そりゃ、表から入れば信徒たちを驚かせてしまうけれど、それでも、一刻を争っているのだから。

 

 帰ってきた時には私はぐったりと机に倒れ込んだ。今はその行為をだらしないと叱るお父さんもいなし。牧師様も青年に付いている。私がいつも使っているベッドで寝ている。今日から何処で寝ようかな。多分、今座っている椅子に突っ伏して寝るのだろう。

 

「彼は、大丈夫ですか?」

「良くはないですね。至近距離で銃弾を受けたのでしょうね。幸いだったのは内臓にダメージが無く、この距離で撃たれたのに体を貫通していない。弾を取り出して、圧迫していれば何とかなるでしょう。」

 

 

 銃で撃たれた時の対処法ってそんなんでいいんですか?何かもっとしなければならないと思っていた。

 

 とてもきつく包帯を巻かれている。青年はピクリとも動かず、されるがままだ。包帯を巻き終わり、牧師は私の方を向いた。

 

「全く、この青年の血液型が分からなければ輸血も出来ない。」

 

 そんな愚痴を挟みながら青年の体に包帯が巻かれていく。

 

「私は仕事に戻ります。と言うよりは、あの家の事を憲兵に伝えねばなりません。あの家の中をあさられると思いますが、良いですね。」

「私の物は何一つありませんから。それに大切な物は全部こちらに持ってきましたから。」

「そうですか。それではこの青年の事を宜しくお願い得しますね。目が覚めても、ここにいる様に伝えて下さい。一週間は絶対安静だと。」

「はい、分かりました。」

 

 牧師様は部屋から出て行った。私は青年の方へ目を向けた。息苦しそうにゼイゼイと苦しそうな呼吸音が聞こえて来る。真っ黒な髪の青年はここらでは見ない特徴だ。髪が黒いのは大抵東側の人達だ。彼は東、つまりはバルト三国やロシアから来たという事だろうか。

 

 戦時中なのに、国境を越えて来るなんて無茶をする人なのだろうか。彼の所持品は特になく、パスポートや入国許可証などが無い事から、この青年は完全な不法入国者だ。そんな不法入国者を匿う事はきっと罪に問われてしまうのだろう。

 

 不躾だと分かっているのだが、青年の顔をじっと見つめた。やはり血を流し過ぎているせいか、唇は青白く、血色が悪い。何か血になる様なものが食べられればいいのだけれど、牧師様も言っていたけれど、輸血か。間違った血液を体内に入れてしまうと最悪死んでしまうと聞く。

 

 私は青年から離れ、椅子に座り聖書を取った。耐えしょうがないと自分でも思う。村の外の人間なんてアントニオを迎えに来たあの軍人たちくらいなものだ。村から一度も出た事のないから、これからもきっと村から出る事なんてないのだから。聞くだけ聞いてみたいと思うのだ。

 

 

 聞いた話だと、バルト三国には十字架の丘と言うその名の通り沢山の十字架が立った丘があるとか。

 聞いた話だと、ロシアには真っ赤な城壁のお城があるとか。

 

 この村にはない、特別な物の話を聞いてみたかった。

 

 こんな事を考えていたら当然聖書なんかには集中している筈も無く、全く頭に入ってこなかった。こんな時期だから旅行関連の雑誌なんてものも無く、お父さんの家の本に出て来る海外の街並みと牧師様が話してくれた海外での経験談位だ。

 

 牧師様は日本や中国といったアジアに行く事が多いらしい。今度、日本語でも習ってみようかな。なんて、真面に自国語の読み書きも出来ないうちは教えてくれそうにない。

 

 開いていた聖書を閉じて私は冷蔵庫を開けた。牧師様に迷惑をかけてしまったから何か昼食でも作ってあげよう。

 

 しかし、結局牧師様が帰ってきたのは夜遅くなってからだった。そして青年はその日、目を覚ます事は無かった。綺麗な眉を顰めながら、私のベッドで眠るばかりだった。その日私は牧師様の部屋のベッドを借りて寝る事となった。




お疲れ様です。

最近は空風が寒くて、寒くて…。

兎一号は、巣穴に籠っていたい…。
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