ゾイド Wild Flowers~風と雲と冒険と~第一期 作:尾久出麒次郎
第四話、芽生える心、抱く夢
エウロペ最大の火山地帯、ソーア山カルデラの外輪山を登る険しい山道は左右を針葉樹林で囲まれている。
大型ゾイドが一機通れるくらいの幅しかない山道だが、ホバーボードでは針葉樹に遮られて見えなかったものが見え、澄み切った空気のおかげか遠くがくっきりと見える。
どこまでも広がる緑に覆われた山々、雄大な自然の中、寄り添うように小さな町や村、田園地帯が見える。針葉樹林の道を抜けると外輪山山頂は緑で覆われた広い高原で、カミルはここをホバーボードで駆け抜けるのが好きだった。
一歩一歩踏み締めるごとにその心地良い感触がシルヴィアの機体を通して伝わる、草花を揺らす心地良い風が吹き、カミルはコクピットを開けてみたいと思う。
外輪山頂上から見下ろす光景はまさに風景画やポストカードの題材になりそうだ。
ソーア山は元々巨大な火山の火口で中央には今も活動して噴煙を上げる火山があり、時折火山性地震も起きる。
その周りに緑溢れて生い茂る森や澄んだ湖や清らかな川、放棄された田畑や雨風に浸食されて朽ち果てようとする町が見える。
天候は快晴、雨も降る心配もないなとカミルは無線を開いた。
「ヘルガ、ここで少し休憩しよう。風が気持ちいいよ」
『じゃあ……少し休もうか』
スピーカーから透き通った声が聞こえ、リリアが隣に来る。カミルはフットペダルを踏み込んでシルヴィアを腹這いにし、コクピットを開けると吹き付ける春の風が少し冷たく、ひんやりとした新鮮な空気が美味しい。
カミルはコクピットから降りると、ヘルガは長い睫毛の目を閉じて両腕を大きく広げて深呼吸しながら、全身で春の風を受け止める。綺麗だ、本当に僕と同い年なのだろうか? ヘルガは何度も深呼吸し、そのたびにブラウスの胸元が張りつき花弁のような唇から吐息が微かに聞える。
カミルも遠くの火山を見つめながら、風に身を委ねる。
「いい風だね」
「風が気持ちいい……どこまでも走り抜けていけそう」
ヘルガも吹き付ける風に長い黒髪をなびかせ、ディープスカイブルーの瞳はカルデラの向こう側、どこか遠くを見ているようだ。故郷のアーカディアが恋しいのかな? そう思ってる時、巨大な影がカミルとヘルガの真上を通った。
ヘルガはハッと驚いて見上げた。
「今のは? 野生ゾイド!?」
「うん、サラマンダーだ」
「サラマンダー? 野生体は絶滅したはずなのに?」
ヘルガは瞳を輝かせ、興奮を抑えてるかのように言う。サラマンダーはヘリック空軍の象徴とも言える翼竜型の大型ゾイドで、野生体はほぼ絶滅。人工繁殖がつい最近成功したばかりだ。
カミルは白銀に輝くサラマンダーを目で追う。
「デルポイ大陸ではね。でもエウロペに渡った種がここで繁殖してるんだ。ここは野生ゾイドの捕獲禁止区域だから、人間に脅かされることなく暮らしている……いわばゾイドの楽園みたいな場所だ」
カミルはシルヴィアに視線を移す、カルデラ内部は危険がいっぱいだと母親から聞いてたが、同時に驚きの連続だった。
「三年間、シルヴィアを探すのに隅々まで回ったからここは僕にとって裏庭みたいなものなんだ。学校では絶対に得られないことを沢山得たよ。自然の偉大さと厳しさに、そこでの暮らし方、ゾイドへの敬意……亡くなったお祖父ちゃんから沢山教わったんだ」
カミルは自然と誇らしげにな口調になっている、ちょっとかっこつけたかな? ヘルガは吹き付ける風に黒髪をなびかせながら空を見上げた。
「お祖父様は凄い人だったんだね……そうだ!」
ヘルガは何を思いついたのか、ショートブーツを脱いだ。形のいい白い素足が露になって、草花の生える地面に着けて高い歓声を上げた。
「くすぐったいけど気持ちいい……一度やってみたかったの。カミル君、このことはイヴァーナには内緒にしててね」
ヘルガは悪戯っぽい笑みで口元に細い人差し指を立てる、それを向けられたカミルは思わずドキドキしながら頷いて訊いた。
「あっ、うん。でもどうして?」
「イヴァーナったら人前で、特に同年代の男の子の前で肌を晒しちゃはしたないから駄目だって」
あの人か……あの人どんだけ厳しいんだろう? カミルは思わず苦笑した。
「わ……わかった、二人だけの秘密って……ことかな?」
「ふふふふふふ……そうね」
ヘルガは上品だが、素のままの笑顔で頷いた。
しばらく休憩すると再び出発してカルデラ内部へと降りる。かつてはソーア山の火口でもある場所だ。
旅立って約三ヶ月、これまで三獣士に守られながら力を蓄える旅をしてきた。守られるばかりではなく、みんなに料理を作ったり旅の一行の代表として重大な決断を下す役割を果たしてきた。
いろんな国や地域を旅し、いろんな人たちと出会い、別れ、傷付け合い、助け合ってきた、善意を踏み躙られて人間の醜い本性や、知りたくなかった世界の現実を目の当たりにしてきて目を覆いたくなる時もあった。
その度に三獣士に守られ、旅先で会った人たちと仲良くなることもあった。
友達もできて、特に男の子たちから注目された。勿論、イヴァーナが立ち塞がったが彼女の目を盗んで恋心を伝える子も多くいた、でも私には果たすべき役目がある。
だから受け止めることは許されなかったし、イヴァーナが全力で私を守った。
そして今、ヘルガはまさに“冒険”と呼ぶに相応しい出来事にいる。
守ってくれる三獣士はいない、明日まで自分とリリア、前を歩いてるカミルというライガーゼロの男の子、自分のことを意識してるのは感じた。ゾイドに乗った同年代の男の子は多くいた、ゾイドウォーリアーとかZiファイターとかで比較的裕福な国の子たちだった。
リリアを自動操縦にして想いに耽ってると、カミルから無線が入った。
『ヘルガ、降りたらあの山の麓に向かう、野生ゾイドや野良ゾイドがいっぱいいるから気をつけてね』
「うん、どうすればいい?」
『うーん……ケーニッヒウルフとライガーゼロだから、下手に威圧したり刺激したりしないようにかな?』
カミルは少し考えた口調で言うと、カルデラを流れる広い川を渡る。それほど深くないが対岸にはディバイソン野生体の群れが水を飲みにやってきてる、大きさは様々で中にはまだ成長途中の若い個体もいて興味があるのかこっちを見てる。
ヘルガは刺激しないようにリリアをなだめながら、操縦桿と一体化したコントロールパネルをゆっくり押し込む。
川を渡って向こう岸に行くと、平らな平原で様々な草食型野生ゾイドがのんびりと暮らしてる。草食型ゾイドは金属成分を多く含んだ草や放棄されて野生化した野菜を食べているという、これほどの数の野生ゾイドを見るのは初めてだった。
するとその中に混じって野良ゾイドの*1レッドホーンが目に入る。機体には弾痕が生々しく残り、苔が生え、塗装は剥げ落ち、背中の砲塔は千切れた痕跡があってかなり年季が入ってるようだ。
幾多の戦乱の中で乗り捨てられたんだろう、だけどのそのレッドホーンは自由を謳歌してるのか不思議と穏やかなようにも見える。するとその先には野生体レッドホーンが数体いて、距離を取りながら野良レッドホーンを警戒してる。
「カミル君、今すれ違ったレッドホーン……」
『ああ、半年前くらい前かな? ここに住み着いたんだ。レッドホーンは本来群れで行動するんだけど、野良ゾイドだから人間の臭いが染み付いて仲間に入れてくれないみたい』
「じゃあ……あの子はずっと独りぼっちってこと?」
『うん、群れで行動する野生ゾイドは例え同胞でも野良ゾイドを嫌がるんだ。染み付いた人間の臭いでね』
ヘルガは振り向いて野生体を静かに見守ってる野良レッドホーンを見る、穏やかに過ごす姿がどこか寂しそうでヘルガには胸の中がモヤモヤする感じがした。
せっかく戦いから解放されて自由になったのに、独りぼっちだなんて……。
その時、リリアが足を止めて唸ってヘルガも何かを感じた。何か来る! ヘルガは頭を切り替え、操縦桿の無線送信ボタンを押しながら言う。
「カミル君、何か来るわ!」
『ああ、シルヴィアもざわついてる』
カミルも気付いたらしい。シルヴィアは野生体のいる場所の左側にある森に向け、威嚇するように唸って、リリアも同様の反応をした。ヘルガは念のためデュアルスナイパーライフルを展開、前足の五連装ミサイルポッドもいつでもロックして発射できる体勢を取った。
すると気付いたレッドホーンの群れも逃げ出した。森の中から弾丸のように飛び出してきたのは、野生のコマンドウルフだ! しかも複数いる! たちまちレッドホーンの群れは逃げ出すがコマンドウルフの群れは半円状に囲んで襲おうとしない。
何をしてるんだろう? ヘルガは固唾を呑んで見守りながらレッドホーンの群れに視線をやると大人たちが丸い陣形を作り、その中に小さい子どもたちを入れる。これなら大丈夫かと思っていた時、群れから離れた大人より一回り小さい亜生体がいた。
「いけない! 逃げて!」
思わずヘルガが叫ぶと同時にコマンドウルフの群れが襲い掛かった。体格は勝るが複数で襲われたら一溜まりもない、亜生体の若いレッドホーンは必死に振り払いながら逃げるが、一体が跳びかかるとそれを容易く振り払う。だがその一瞬の隙に他の一体が背中に噛み付いた。
悲鳴を上げるレッドホーンに容赦なく次々と襲い掛かり、群れはそれをただ見てるだけだ。何もできずに仲間が食べられるのを見てる、きっと悔しくて悲しいんだろうと思っていた時、一体がヘルガの後ろからやってきてすぐ横を走り抜けた。
他にはぐれた子がいた? ヘルガはそのレッドホーンに視線を向けたが思わず「えっ!?」と見開いた。さっきの野良レッドホーンが、こっちだと言わんばかりに吠えながら突っ込んでくると一体が襲い掛かって突き飛ばす。
すると他のコマンドウルフも獲物を切り替えて次々と襲うが、野良レッドホーンは戦闘経験が豊富なのか野生の亜生体より無駄のない動きで立ち回る。
「頑張って……」
ヘルガは思わず呟いた。命拾いした亜生体は仲間の所に駆け寄って安堵したようだが、野良レッドホーンは多勢に無勢で次第に追い詰められていき、二〇分以上の攻防戦が続いた。
やがて野良レッドホーンは力尽きて動かなくなり、コマンドウルフたちは引きずり出したゾイドコアを巡って取り合いをする。群れのリーダーらしきコマンドウルフは満足そうにゾイドコアを半分を噛み砕いて飲み込むと、おこぼれや飛び散った破片、残骸を仲間たちが食べる。
独りぼっちのレッドホーンは最期に群れを守ったが、野生体のレッドホーンの群れは既にその場を後にしていた。
これが野良ゾイドの孤独な末路、ヘルガは切なくて胸が締め付けられそうになってると森からコマンドウルフの小さな個体が複数出てきた。
ご馳走だと言わんばかりに子どもたちは我先にとレッドホーンの残骸にかぶりつく。
ゾイドの残骸は分解されて土に還るが、極稀にエレミア砂漠のように過酷な環境や野生ゾイドが消えた地域では残骸が数十年も残るケースがあるという。
食べ終わったコマンドウルフたちは満足そうにリラックスした様子になり、子どもたちはよっぽど嬉しかったのか、お互いにじゃれ合って遊んでいる。
「そろそろ行こうか?」
『うん、くれぐれも刺激しないようにね』
「気をつけるわ」
ヘルガは頷いて操縦桿を握って群れから迂回するコースを取る。コマンドウルフの群れはみんな「ジーッ」とこっちを見ている、興味があるのか警戒してるのか、きっと両方なんだろう。
ソーア湖に近づくと町に入る。放棄された高級ホテルやリゾート施設、ショッピングモールやコンベンションセンターが立ち並び、各所を結ぶモノレールは所々が崩れ落ちていた。ひび割れた道路には草が生え、乗り捨てられた車やバスが金属成分を栄養源とする植物に侵食されていた。
「カミル君ここ……一体なにがあったの?」
『ここソーアシティは五〇年前まで農村と温泉街が寄り集まった町だったけど……三〇年前に大規模な開発事業でこの辺りは見ての通り、ホテルやいろんなリゾート施設や温泉、カジノ、遊園地が作られたんだ。あの火山の麓にある湖は温泉湖になっていて、今でも入れる。その向こう側、ソーア山の北半分はゾイドバトルのフィールドになってたんだ、かつてはマゼランの*2マッカレーとか、北エウロペの楽園とかで呼ばれてたんだ』
「呼ばれていた?」
『うん、二〇年前にソーア山が大噴火を起こしたんだ。麓の温泉湖の町は火山灰と火砕流、溶岩に飲み込まれ、この町も降り積もる火山灰で機能停止。追い討ちをかけるようにエウロペ恐慌によるマゼランの財政危機でこの町は人がいなくなり、やがてゴーストタウンになった。そして今は……野生ゾイドたちの楽園になっている……僕はこの廃墟を結構気に入ってるんだけどね。この辺りは小型ゾイドたちの隠れ家になってるんだ』
カミルの言う通りだ。
遠くに見えるホテルらしき高層ビルの壁面には大小種類を問わず昆虫型ゾイドが張り付き、屋上には鳥型の野生ゾイドが巣を作っていた。
ゾイドだけが住む町、それはまるで人間が滅びた後の世界にいるようにも感じた。
朽ち果てた町を抜けると湖岸を辿る幹線道路に出た、町の外は田畑があって放棄された農民の小さな家や豪邸も見られる。数キロ歩いた所で森の端にあるコテージ前でシルヴィアは足を止めた。
『ヘルガ、そろそろここでお昼にしよう。お腹空いてない?』
「うん、ちょっと早いけどそうしようか」
時計を見ると一一時前でヘルガは頷き、リリアから降りる。湖畔から吹く春の風は穏やかで、ひんやりとした空気だ。カミルはシルヴィアのコクピット後部から何かを取り出すと、バックパックを引っ張り出したかと思ったら手にはショットガンを持っていた。
「そこで待っててね、今からお昼を用意するから」
カミルはそう言うと、ショットガンを持って森の中に入っていった。
一人になったヘルガは草花の生える地面に座り、ショートブーツを脱いだ。外気に触れた足先がひんやりとした地面に足を着けると、冷たくて気持ちよく、春のポカポカ陽気と相まって思わず寝転がってみる。
暖かい陽射しとひんやりした風で過ごしやすく、思わずウトウトしてしまう。
昨夜はイヴァーナに起こされてリリアに乗ってカミル君と隠れ家に逃げ、粗末なベッドで寝たけどあまり眠れずに朝を迎えた。
リリアのコクピットで自動操縦にしても、警戒を解くわけにはいかない。あの襲撃者の仲間たちがいつまた襲ってくるのか……ヘルガは眠気には勝てずに重くなった目蓋に屈してしまった。
どこかで火薬の弾けるような音が聞えたが、一回だけでそれ以降は聞えなかった。
どれくらい経ったんだろう? ボーッと目蓋を開けるとカミルの着ていた上着が上半身を包むように羽織られていた。カミル君? 一度戻ってきたのかな? 傍らには温かい焚き火が静かに燃えていて、山菜や野菜が袋詰めにされていた。
「カミル君?」
起き上がって見回すと、カミルは背を向けて調理していた。
「ヘルガ起きた? 今作ってるからもう少し待っててね」
「何作ってるの?」
ヘルガは起き上がって、カミルの肩越しに覗くと毛を抜かれた首なしの水鳥で思わずギョッとしそうになった。
「!? カミル君、これって」
「ああ、さっきそこにいたカモをこれで獲ったんだ」
カミルは傍に置いてある二六インチ銃身の狩猟用ポンプアクションショットガン――HM210に視線を向けて言う。
そうか、さっきのは銃声だったんだとヘルガは思い出す。
「血抜きと毛抜きが終わったから、今から解体するね」
解体? まさかとヘルガが思ってるとカミルは腰のベルトから鋭く光るフルタングナイフを抜いて慣れた手つきで切り開き、躊躇うことなく内臓を取り出し、取り尽くすと、部位を切り分けていった。
ヘルガは青褪め、一気に食欲が萎えたような気がした。
ずっと城で育ち、料理する時も肉を切ったことはあるが、それは全て解体済みの部位のみだった。しかし、毛を抜かれてが首ない水鳥だとわかるものが、腹を切り裂かれて内臓を取り出され、バラバラに解体されるという。
ヘルガには恐ろしく、強烈で、グロテスクなものだった。
「ん? どうしたのヘルガ、どこか気分でも悪いの? もしかして風邪引いた?」
「う、ううん大丈夫?」
ヘルガは引き攣った表情で笑って誤魔化した。
だが、カミルが串に刺して焼き始めた頃から香ばしい肉の焼ける匂いが徐々に、そして急速にお腹が空き、そして腹の虫が鳴った。
「あっ……」
「あはははははっ、もう少しでできるよ」
カミルに聞かれてしまい、男の子にしては愛らしい笑顔で言う。何なの? この恥ずかしさは? ヘルガは頬を赤らめたが、カミルの言う通り二人分の昼食ができた。
カモと山菜の串焼、山菜スープとパンをあっという間に作ってしまった。
「さあ……食べようか」
「う、うん!」
ヘルガはもう理性が食欲に呑み込まれ、串焼きにかぶりついた。カリッとした皮の食感に辛い塩胡椒、ジューシーな肉汁の溢れる柔らかい肉の味が舌に広がる、美味しい! さっきまで青褪めていた自分が馬鹿みたいだと感じるほどだった。
熱々の山菜スープも美味しく、精力が漲る美味しい食事だった。