ゾイド Wild Flowers~風と雲と冒険と~第一期 作:尾久出麒次郎
昼食を食べ終えてシルヴィアのコクピットに入るとこの時期にしか見られない、ある場所へ連れて行こうとカミルは決意した。
それは誰にも見せていない、教えてない秘密の場所で見つけたのは二年前のことだった。シルヴィアを探してカルデラ内を探索していた時に見つけた場所だ。
「ヘルガ、これからソーア山に登らない? 眺めのいいとっておきの場所があるんだ」
なんだかデートに誘ってるような気分で、ドキドキしながらぎこちない口調になる。
『ソーア山の山頂に? 大丈夫かな?』
「大丈夫、火口付近はさすがに危ないけど周りの山なら大丈夫さ」
『そ……それじゃあ行ってみようかな?』
そうこなくちゃ! カミルは高鳴る鼓動を抑えながら進路を登山道に向け、シルヴィアは静かに歩き始める。
ソーア山は成層火山で一見穏やかに見えるが、落石に警戒しなければならない。数十センチから数メートルの落石はそんなに珍しいものじゃない。事実、大噴火の前年に登山道の大規模落石事故で多数の死者が出ている。
「ヘルガ、くれぐれも落石には気をつけて時々大きな岩が転がってくるから」
『う、うん、気をつけるわ』
ヘルガの口調は少し強張る。だが見晴らしのいい緑に囲まれた登山道はあいつらからも見つかりやすいが、ここまで来るのは容易ではない。
『カミル君、あの人たちに見つかったりしないかな?』
「ヘルガ、見晴らしのいいところだけど外輪山とか、登山道に沢山の野良ゾイドや上空には飛行ゾイドもいるよね?」
『うん、微かに見える』
「ソーア山カルデラ全域は野生ゾイドの縄張りなんだ。だから暴れたり騒いだりすると、縄張りを荒らされたとみなしてたちまち襲ってくる……だから、ここに住むゾイドたちには敬意を払い、荒らしたりしないように気をつけないといけないんだ」
いつもはホバーボードで登山道を走っていたが、今回は大型高速機動ゾイドのコクピット内だ。刺激しないように気をつけないといけない、コクピット内は快適だけど直に風を切り裂いて走る気持ちよさを味わえないのはちょっと残念だ。
『敬意……ちょっと難しいわね』
「難しく考えなくていいよ、さぁ! もうすぐ山頂だ!」
カミルはヘルガがどんな表情を見せてくれるんだろう? 期待と不安を感じながら火口へ通じる朽ち果てた大きなロープウェー駅の駐車場にシルヴィアを駐機させる。
「ヘルガ、ここからは歩いて行こう」
『えっ? 大丈夫なの?』
「大丈夫、ほんの二キロちょっとさ……それにコクピットから見るより自分の目で見た方がいい」
カミルはそう言ってフットペダルを踏み込んで固定し、腹這いの状態にするとエンジンを停止して後部スペースからメインの六〇リットルのバックパックとは別の二八リットルのサブのデイパックを取って背負い、ウエストバッグを身に着けるとコクピットを開けて降りる。
外の空気は暖かいがひんやりとした春風が吹きつけ、火口は穏やかな白い噴煙を上げている。ヘルガもコクピットを開けて降りてくると、長い黒髪が風にゆらゆらとなびかせて上目遣いになって訊いた。
「カミル君、これからどこに行くの?」
「えっと……今の時期にしか見られない風景さ、ついてきて」
カミルは火口とは反対方向の道を歩き始め、あそこなら登りきった瞬間目の前の美しい光景が見られる。喜んでくれるといいな、喜ぶ顔を見るのが楽しみだ。
カミルは期待に胸を躍らせながら登山道を歩く。
途中の岩場まで来るとここを登りきれば目的地だがカミルは振り向いてヘルガの表情を窺う、やっぱり山道は慣れてないのだろうか少し辛そうだ。
「ヘルガ、大丈夫?」
「大丈夫よ……もう少しだったね?」
「うん、もしキツイなら言ってね」
カミルは普段から山の中を歩ける服装をしてるが、ヘルガはお姫様育ちだからか丈夫なショートブーツを履いてるとはいえ、ロングスカートという山歩きには向かない服装だ。カミルはできるだけ歩きやすいコースを歩く、もう少しだ。
登り切った場所まで来ると、一万年前までは火口だった場所が平原になっていて、カミルの期待通りこの場所、この時期にしか見られないものが絨毯のように一面に広がっていた。
「わぁ……綺麗……これ全部花なの?」
ヘルガの表情とディープスカイブルーの瞳はまさに宝石のように輝かせた。
目の前に広がる平原を覆いつくすソーア山とその周辺にしか咲かない青と白のワイルドフラワーの花畑が広がっていた。
「うん、ここにしか咲かない貴重なソーアソウの花なんだ。セブタウンのお土産屋さんに造花で作った花冠が売ってるくらいにね」
カミルは坂を下り、一面に広がるソーアソウの花畑の端に座って足を伸ばす。ソーアソウの香りとともに心地良い風が吹く。
ヘルガは吹き付ける風に身を委ねるかのように両腕を広げて全身で受け止めるかのように深呼吸する。それはまるで翼を生やし、大空に飛び立とうとする天使のようでカミルはその横顔に心を奪われる。
「静かで……いい所ね……ここにしか咲かない花……」
ヘルガはしゃがんでソーアソウの白い花を興味津々で観察する。喉が渇いてるかもしれないと、カミルはデイパックから水筒を取ったが、ここで深刻なミスに気付いた。
いつも一人で来てるから水筒は直飲みタイプで一つしか持ってきてない、春の陽気で山道を歩いて汗だくで喉が渇いてるがまだ我慢できるくらいだ。
「ヘルガ、の……喉……渇いてない?」
「えっ? ありがとう、私……荷物セブタウンに置いてきちゃったから、水筒持って来れなかったの」
ヘルガは隣で横座りになり、躊躇う様子もなく受け取ってキャップを開ける。カミルはその動作一つ一つを目で追って徐々に心拍数が上がる。洗ったとはいえいつも自分が使ってる物だ、ヘルガは躊躇うことなく飲む。
ああ……完全に間接キスだ。恋愛小説が好きって言ってたヘルガが知っていてもおかしくない。カミルはドキドキのあまり全身から汗が噴き出て、ゆっくりと背を向ける。
「はい、カミル君。喉渇いてるでしょ?」
「ぼ、僕はいいよ……」
「駄目よカミル君、汗をかいてるし喉が渇いてなくても飲まなきゃ!」
ヘルガに言われるとカミルは断りきれず水筒を受け取り、水筒を軽く一振りすると四分の一くらいは飲んだようだ。カミルはできるだけ平静を装いながら、水筒を恐る恐る口につけて飲んだ。
……いかん! いつも飲んでる水なのに意識してまう。極微小とはいえ女の子の唾液が混ざってるのかのしれないと思う僕はやっぱり変だろうか? 半分を残してカミルは蓋を閉める。
「ねぇカミル君……」
ヘルガの妙に妖艶な声がしてヘルガの顔を見る。頬は赤らみ、柔らかそうな唇に白く細い人差し指と中指を当て、艶やかで情欲を抱いてしまいそうな微笑を浮かべていた。
「やっぱり……カミル君は……意識するのかな?」
「ふぇっ!? な、何を?」
カミルは恥らうヘルガをマジマジと見つめ、頭の中で最良の言葉を模索する。
「あ、あのね! で、でもそれを意識するのって自意識過剰な思春期の子だって! イヴァーナが言ってたし! それに命に関わるような事態だったらそんなことも言えないから! えっと、その……カミル君、ごめんね……私が水筒忘れたばかりに!」
ヘルガはあたふたしながら謝るが、ヘルガは何も悪くない。
「へ……ヘルガは何も悪くないよ、そうだ!」
思わずカミルは立ち上がってヘルガを見下ろすような状態になり、驚いたヘルガは座ったまま仰け反る。
「えっ!? ど、どうしたの?」
「ちょっとここで待ってて!」
「う、うん!」
ヘルガが困惑しながらも頷くとカミルはかつてソーアソウの花畑に敷かれ、今は花に侵食されたか細い道に入った。
カミルは見回しながら良さそうなのを集めながら編みこむ、大丈夫だ。妹のウルスラや母親にせがまれて作ったことは何度もあるし、生花でもやったこともある。
「できた!」
カミルはできた物を見つめる、我ながらいい出来だと微笑んで後ろ手でそれを隠してヘルガの所に戻る。ヘルガはキョトンとした表情で見つめる、視線はきっと後ろで隠してる物だろう。
「ヘルガ……目をつぶって」
「う……うん」
ヘルガは目をつぶるとこっそり後ろに回り込み、それをゆっくり頭の上に乗せた。
「目、開けていいよ」
「うん……えっ? これ……花冠?」
ヘルガは両手で頭に乗せられたソーアソウの花冠を手に取る。
「わぁ……カミル君こんな素敵な物の作れるんだ」
「うん……母親の内職の手伝いをしてるうちに……特技になったんだ」
カミルは照れ笑いしながらも自慢げに言う、ヘルガは上目遣いになりながら花冠を被って照れ笑いする。
「えへへへ……ティアラとかなら城の舞踏会や夜会で被ったけど……まさかこれが被れるなんて、夢にも思わなかったわ」
ヘルガは無邪気な少女そのものの笑顔を見せ、カミルは思わず口元を緩める。もしかするとヘルガがセリーナ王女なら公私問わず、誰かにこんな顔を見せることは許されなかったのかもしれない。
カミルはその無邪気な微笑みを目に焼き付けた。するとヘルガは立ち上がって、ソーアソウの花畑の奥を見つめながら訊いた。
「ねぇ、入ってみてもいいかな?」
「うん、ここも公園として整備されてたから……気をつけて、凄く狭いから」
カミルが前を歩き、ヘルガは花を踏まないように視線を下にしてロングスカートの裾を摘み上げ、後ろからついてくる。花畑の真ん中に近づく間穏やかな風と共に時折強い風が吹く。二〇分くらい歩いただろうか、花畑の真ん中にまで辿り着いた。
「ヘルガ、周りを見回してごらん」
カミルは期待を込めた笑みを浮かべながら振り向く。ヘルガは澄み切った笑顔で周囲三六〇度一面に広がるソーアソウの花畑に心躍ったかのように両腕を広げ、くるりとバレエダンサーのように回りながら歩き、ロングスカートの裾がふわりと広がる。
「あっ……」
吹きつける強い風でカミルの作った花冠はヘルガの頭から離れ、長い黒髪がまるで手を伸ばして掴もうとしてるかのようになびき、ヘルガも咄嗟に右手を伸ばしたが、ソーアソウの花冠ははるか遠くの花畑の中に消えていった。
回っていたヘルガはふらりとバランスを崩し、後ろに倒れる。
「ふわっ!」
「危ない!」
カミルは咄嗟に右手を伸ばしてヘルガの白く細い左手を掴むが、一緒に寝転がるように花畑に倒れた。幸いソーアソウがクッションになっていて頭を打つことなく、二人とも仰向けの状態でボーッと空を見上げる。
「ヘルガ、大丈夫? 痛い所はない?」
「うん……花冠、飛んでいっちゃったね」
「あんな遠くまで飛ばされたら探しようがないよ」
カミルが顔を横に向けるとすぐそばにヘルガの顔が合い、目が合った。雪のように白い頬、心が吸い込まれそうなディープスカイブルーの輝きを放つ瞳と、額の水色の二つに分けた縦の楕円が、太陽の光に反射してるようにも見えた。
カミルはヘルガのひんやりした手の感触を堪能しながら呟く。
「せっかく作ったのにね」
「でも……ここに来てよかった」
ヘルガは笑みを絶やさず右手の甲を額に乗せる。
「僕しか知らないんだ。この場所を誰かに教えたのは……ヘルガが初めてなんだ」
「世界で私とカミル君しか知らない、二人だけの場所……素敵ね」
「ずっと……こうしていたいな……」
カミルは聞えるか聞えないかくらいの声で呟く、名残惜しいがそろそろ日が傾き始めて下山しないといけない時間だった。