ゾイド Wild Flowers~風と雲と冒険と~第一期   作:尾久出麒次郎

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第四話、その3

 ソーア山の麓にある湖の水源は二つある、地下から自噴する火山性温泉とカルデラを流れる川から分岐して水が流れ込む、そのため場所によっては熱かったり冷たかったりする温泉湖でもある。

 カミルとヘルガが今いる場所は丁度入れるくらいの湯気が立つ暖かい場所で、ヘルガを通してハロルドが指定した合流ポイントの近くだ。

 そこには天然温泉も湧いている。

 ソーア山の山頂はカルデラ内に比べて気温がかなり低い、しかも冷たくて強い風が吹きつける。

 そう考えると山頂に咲くソーアソウはとても逞しいものだと感心する。

 今夜は冷えるなと、カミルは設置したテントの近くで焚き火を起こし、昼に作った山菜スープをアレンジして昼間に獲った炭水化物とたんぱく質、それぞれを多く含んだ二種類の豆とカモ肉の残りを放り込み、コトコトと煮込んだ山菜シチューを作った。

「美味しかった……野生の味がするって言ったら変かな?」

「変じゃないさ、シチューの素を除いて全部この山で採れたものだよ」

「凄いね……ずっと城で暮らしてたら、こんな経験できなかったわ」

 やがて日が沈み、今夜は新月で星空がハッキリと見えるだろうとカミルは空を見上げる、するとヘルガは憂いだ表情で湯気の立つ湖のほとりに近づく。

「やっぱりあの人たちのことが心配?」

「うん……ハロルドもヨハンも、アーカディアに来る前から幾多の死線を潜り抜けてたし、イヴァーナも経験豊富だから大丈夫だと思う……でもやっぱり」

「不安、なんだね……今朝の衛星電話は?」

「駄目なの。今朝話した時、ハロルドが言ってた……傍受される危険性があるから控えてって」

 ヘルガの言う通り、襲ってきた奴らはゾイドを使ってくる盗賊だ。今朝の衛星電話で話していたことを、電子戦用ゾイドを使って傍受されてもおかしくない。カミルはふと夕暮れに光る一番星を見つけた時だった。

 リリアが突然唸り、静かに動き出して立ち上がるとヘルガはリリアを見上げる。

「どうしたのリリア?」

 ヘルガを守るかのようにリリアは右前足を置き、温泉湖に睨みを利かせると闇に包まれた湖面から何か出てくる。ヘルガの傍に駆け寄ったカミル、シルヴィアは対照的に動じる様子もないが、油断してる様子もない。

 シルヴィアにとってソーア山が勝手知ったる我が家だということが窺える。

「あれは……ヘルディガンナー?」

 浮上してきたのは野良ゾイドの*1ヘルディガンナーで、闇夜に赤く光り、妖しささえ感じる目がこちらの様子を窺っている。次の瞬間、リリアは威嚇するように吠えながら襲い掛かるが、それより速くヘルディガンナーは水面下に潜って逃げた。

 襲い掛かる時に水飛沫が派手に跳ね上がり、カミルとヘルガはそれをダイレクトに浴びてびしょ濡れになってしまった。リリアは両足の半分を水に浸かったところで反転して戻ると、主人の叱責を受けることになる。

「コラ、リリア!! 見境なく襲っちゃ駄目でしょ!!」

 ヘルガに叱られたリリアは案の条、落ち込んだかのように「くぅ~ん」と唸る。それがなんだか妙におかしくておかしくて、カミルはヘルガと目を合わせると笑いが込み上げてきた。

「ぷっ……あはははははっはははっはっ!」

「ふふふふふふふっ……リリア! もう怒ってないからいいわよ!」

 だがリリアはいじけたのか、ぷいと顔を背けて駐機してた場所に戻ると、カミルは微笑みながらリリアを見つめる。

「あ~あ、いじけちゃった」

「いつもなのよ、私が叱るとしばらく落ち込んじゃうの」

 びしょ濡れになったカミルとヘルガ、温泉湖のお湯を浴びたとはいえ今夜は気温が低い。このままじゃ運良くても風邪を引くし、最悪低体温症だ。

 カミルはホルスターからGF45Lに装着したフラッシュライトを点灯させ、テントに駆け寄ってバックパックから厚手のバスタオルとフェイスタオルを二枚ずつ取り出す。

 その間ヘルガは焚き火の近くに湧いてある天然温泉の縁に立ち、躊躇うことなくショートブーツを脱いでロングスカートも脱いだ。真っ直ぐとしなやかだが、その分濃縮された強靭さを秘める美脚を晒すとブラウスのボタンに手をかけた。

「!? ヘルガ!?」

 体を温めるために温泉に入るのは正しいけど、せめて一言頼むよ! カミルは咄嗟に背を向けながら温泉の縁、手の届く所に一枚ずつ置いた。

 下着のスリップも脱いで一糸まとわぬ姿となったヘルガは、すらりとしたきめ細かくて白い背中に彫刻の女神像のようにくびれた腰、安産型とされる丸い桃尻を露にして強く言った。

「カミル君も脱いで、入らないとこのままじゃ風邪引くわ!」

「う……うん!」

 カミルは躊躇いながら服を脱いで、下半身をタオルで隠しながら温泉に入って肩まで浸かる。

 

 まさか、一国の王女かもしれない女の子と一緒に温泉だなんて……ジョエルが知ったらきっと「うらやまけしからん!」と言われるだろう。肩まで浸かったカミルはモジモジしながら、奮い立つ下半身を鎮めようとする。

 円形の小さな天然温泉だから隠れる岩場もない、カミルは頬を赤らめながら目を逸らして見上げるとソーア山の黒い影が聳え立ってる。

 すると向かいで肩まで浸かり、見上げるヘルガは恥じらいながら手招きする。

「カミル君……こっちに来て、星が凄く綺麗よ」

「えっ!? う、うん」

 カミルは恐る恐るヘルガの隣に移り、ソーア山を背にして見上げた。

 その瞬間、カミルは恥じらいを忘れるほどの空一面の星空に心奪われ、清々しくなる。

「今日は見頃だったんだ……こんなに綺麗な星空、滅多に見られないよ!」

 カミルはシルヴィアを探す三年間、野宿していた時に星空を見上げたことはあるが、これほど綺麗に澄み切った星空は片手程度しか見たことがない。

 何よりも幸運なのはこの感動を共有できる女の子と一緒に見ていることだ。

「綺麗……王立アイヴァン天文台で見たことあるけど、自分の目で見るのは初めてよ」

「うん、今の時期なら……肉眼では見えないけど……あの位置に、分かるかな? あの赤い星と青い星の間」

 カミルは右腕を伸ばして夜空一面に散りばめられ、きらめき光る砂粒の中から赤い宝石と青い宝石の粒を見つけるように指を差す。ヘルガは視線をカミルの指先を追って肩に触れるか触れないかまでに寄せる。

「あの、横に並んでる二つの星?」

「うん、赤い星がユーリ・ガガーリンで青い星がアラン・シェパード……その間にある銀河の中心を挟んで六〇〇〇〇光年先にある太陽系、そこには僕たちのご先祖様の故郷、地球というこの惑星Ziより少し大きな星に住んでたんだ」

 するとヘルガは微笑みながら頷き、カミルは近くなったヘルガの横顔を見つめながら耳を傾ける。

「本で読んだことあるわ。ガガーリンとシェパードはその星の国で一番最初に宇宙に行った人の名前で、地球の人々を乗せたグローバリー三世号は二つの星の間を通り抜け……この惑星Ziにやってきた、そしてご先祖様たちは様々なことを教え、伝え、そして残る者と帰る者に別れ、地球へ帰って行った」

 視線を追いかける先には無限の夜空を覆いつくさんばかりの光り輝く星たち。カミルは大昔、地球の人々は宇宙に様々な夢を見出したということを思い出す。

「そうか、ヘルガは前に話してくれたね。王立図書館でたくさんの本を借りて読むのが楽しみだって」

「うん、だからこうしてカミル君と一緒に温泉に入ってるのが……その、ラブコメディみたいというか恋愛小説みたいというか、ロマンスというか……」

 ヘルガははにかみながら口元まで浸かる。カミルは改めて自分の置かれた状況下に心臓が張り裂けそうになる。ただ、一つ気になったことがあったので訊いた。

「恋愛小説はともかくラブコメディというのは? 恋愛(ラブストーリー)と喜劇(コメディ)を兼ねたお話し?」

「うん、ヨハンがよくタブレットで東方大陸の極東地域にある東亜国っていう国の電子書籍読んでるの、知ってるかな? 東亜国って」

「知ってる東方大陸の端にある島国で、精密機械工業やサブカルチャーで有名な国だよね?」

「その東亜国ってアニメや漫画、ライト……ノベルっていうジャンルの小説を電子書籍で読んでいてそれが好きな人のことをオタク? っという人達で、ヨハンはいつか東亜国のアズマノミヤコにある世界有数の電気街に行きたいって……でも極東の言葉……凄く難しいのよね。とにかくヨハンはそのラブコメディというのを電子書籍で読んでるの」

 ヘルガの話しにカミルは東亜国を奇怪で不思議な国だという印象を抱く。

「ヨハンは電子書籍を勧めてくれるけど、私はやっぱり紙の本がいいな……一ページ一ページを捲るという醍醐味と、書いた人の思いが詰まった重み」

「僕も紙の本派かな? まあ山や森に篭ることが多いから、Ziフォンの充電はなかなかできないということもあるけどね。よく読む本とかある?」

「うん、一二歳の時に出会った本があるの。それを読んで以来……普通の女の子としてこの広い世界を見て回りたいって夢を抱いたの」

 カミルは前にもこんなことを話してたような気がした、まだ教えてもらってない本の名前を訊いた。

「その本というのは?」

 温泉で柔らかそうな頬が火照ったヘルガの滑らかな桃色の唇に、微笑みが浮かんでその本の名を口にした。

 

「その本の名は……『Wild Flowers~風と雲と冒険と~』……バン・フライハイトの自叙伝よ」

 

 その瞬間、カミルは出会った時から心の片隅で芽生えていたヘルガへの感情が一気に成長し、やがて巨大樹となるがそれがなんなのかわからない。だけど同時に可能性を感じた、この子は僕と同じ夢を抱いてるのかもしれない。

 カミルは数秒間何も考えずに固まると、ヘルガの瞳を射抜くような眼差しで見つめ、迷うことなくヘルガの左手を取って両手で優しく包むように握ると、ヘルガは火照った頬が更に赤く染まる。

「カ、カミル君!?」

「ヘルガ、笑わないで――いや、笑ってもいい。僕の夢、聞いてくれる?」

「う、うん!」

「僕は君と同じだと思うんだ、僕も君と同じ歳に『風と雲と冒険と』を読み、そして志した。僕も……バン・フライハイトみたいになって冒険の旅がしたい! 最高の相棒であるゾイドに乗って旅がしたい!」

 カミルは話しては笑われ、馬鹿にされ、否定された夢を久し振りに露にした。

 ヘルガは頬を赤く染めたままカミルを見つめ、自分の手が柔らかくて白いヘルガの手を両手で包むように握ってることに気付き、ゆっくりと惜しむように離した。

「ご、ごめん……やっぱり変だったよね僕!」

 カミルはあたふたしながら謝るが、ヘルガは高速機動ゾイドを操縦してるとは思えないほどの繊細な指先を、艶やかで桃色の唇に着け無垢な微笑みを見せた。

「ううん……変じゃないわ。とても素敵な夢よ」

「でも……危険も多いし、命を落とす人も多くいる」

「それでも……画面を通して見る(オンラインやリモート)のじゃなく……自分の足で旅をして自分の目で世界を見て回るというのは……凄く素晴らしいことよ」

 ヘルガは濁りも迷いもない笑みで否定しなかった。それでカミルは巨大樹のように成長した感情がなんなのか、ようやく理解した。

 

 ああ……そうか、僕は……ヘルガのことが好きになったんだ。

 

「ヘルガ……ありがとう、そう言ってくれたの君が初めてだよ」

 恋をした。人を好きになった。この心地良い心臓の鼓動はきっと生まれて初めてに違いない。カミルはそっと右手をヘルガの手に重ねると、ヘルガは頬を赤らめて見つめる。

「カ、カミル君?」

「ヘルガ……こんなに綺麗な星空は滅多に見られない、だから……僕と一緒にこの目で焼き付けて欲しい!」

「うん……こんなに綺麗な星空、プラネタリウムじゃ絶対に見られないわ」

 ヘルガは夢の世界にいるかのようにうっとりした表情を見せ、重ねた手を優しく握ってくれた。今度はカミルが「あっ」として少し驚き、見つめるとヘルガは右人差し指を立てて微笑み、それを唇につけて天使のような甘い声で囁いた。

「みんなには、特にイヴァーナには……内緒よ」

「勿論、だって……この思い出は僕たち二人だけのものにしたいんだ」

 好きだと言う勇気はまだない、だけどこうしている時間がずっと続いて欲しいとカミルは願う、いつしか二人の肩は触れ合ってゆったりとした穏やかな時間が流れる。

 でも、もうそろそろ上がらないとのぼせてしまう、名残惜しいけど。

「ヘルガ……温まってきたから、そろそろ上がろうか」

「そうしたいけど……着替えを持ってきてないからどうしよう?」

「……ちょっと待ってて!」

 カミルは上がるとすぐに体をタオルで拭いてバックパックから衣服を取る、上着はともかく下着はどうする? カミルは試しに訊く。

「ヘルガ、下着とかは濡れてなかった?」

 カミルは厚手の上着を持って振り向くと思わずギョッとして凝視する。

「パンツは大丈夫だったけど他は全部濡れてるわ」

 ヘルガは冷やさないよう焚き火で温まりながらバスタオルで体を拭いてる。彫刻の女神像のように健やかで艶かしい裸体、焚き火の炎がより一層官能的に照らす。カミルはすぐに目を逸らした。

「こ、これ……ないよりはいいと思うから」

「あ、ありがとう」

 カミルは一瞬だけとはいえヘルガの妖しく濡れた黒髪に、均整を取りながらも豊かで新鮮な果実のように瑞々しく、ハリのある乳房を目に強く焼き付けながら服を着て、濡れた衣服をあらかじめ用意した洗濯用ロープにかける。

「ねぇカミル君、寝袋……入れるかな?」

「えっ?」

「カミル君も眠らないと、明日は早いわ」

 ヘルガの言う通りだが、まさかと思っているとヘルガはテントを開けてカミルが用意した寝袋を見ると、ヘルガは頬を赤らめながら躊躇いがちに言った。

「二人分……入れるわ」

 そりゃそうだ。高価であることを引き換えに、ゆったりした快適さとオールシーズン使えるタイプのだからなんとか二人は入る。カミルはさすがにマズイと立てかけてあったHM210を取って焚き火の傍に座ろうとしたが、ヘルガが強く止めた。

「駄目よカミル君! 一晩中起きてたらゾイドの操縦に支障が出るし、体力も持たないわ! イヴァーナには絶対に内緒にするから!」

「わ……わかった、は……入るよ」

 カミルは躊躇いながら恐る恐る入ると、ヘルガも寝袋に入る。カミルは背中を向けるが滑らかな背中が擦れる音とヘルガの生足が触れる。これって、視点を変えればもの凄く羨ましいことじゃない? ヘルガが寝袋に入り切って枕元のランタンを消すとしばらく沈黙が続くが、ヘルガは楽しそうだった。

「ふふふふ……男の子の匂いがする……カミル君の匂いね」

 なんだろうこの燃えるような感覚、体がムラムラというかジリジリというか下半身が熱せられた鉄のように熱く、全身が猛烈にヘルガを欲しがってる。

 あの背中に、あのお尻に、あの足に、あの髪に、あの頬に触りたい。特にあのおっぱいは別格だ、触って揉みしだきたい。いやそれ以上に具体的にはわからないがとにかくヘルガを欲情のままに貪り尽くしたい! カミルは抑えきれずに言葉にした。

「ヘルガ……ねぇ……抱き締めて……いい?」

「うん、いいよ……もしかするとカミル君も同じこと考えてた?」

「えっ? 考えてるのかもしれないけど、そういうの……わからないから」

「私もよ……ヨハンが教えようとするけど、いつもイヴァーナが止めるのよ」

「あの人は……じゃあ……こっち、向くね」

 カミルは苦笑してヘルガの方を向くと心地良い汗の匂いがした。これが女の子の、ヘルガの匂いかと思ってるとヘルガはゆっくりカミルと向き合う、澄み切ったディープスカイブルーの瞳に水色の二つに分けた縦の楕円、美しい東洋人の顔立ちに桃色の唇までの距離は一〇センチ~五センチでお互いの吐息を感じるほどだった。

 ヘルガはゆっくりと両腕を背中に回す。

「男の子ってこんなに温かいんだ……いいわよカミル君」

「うん、それじゃあ」

 カミルはゆっくりと両腕を上げ、背中に回そうとした時に右手の親指に柔らかいものに触れてヘルガ「あっ……」と短く喘いだ。

「あっ、ごめん……」

 カミルは慌てて謝ると、ヘルガは微笑む。

「うふふふふふ、カミル君も男の子だものヨハン言ってたわ……年頃の男の子はみんなエッチだって、恋愛小説でもこういうシーン沢山読んだことあるけど……そんなことしたらカミル君、イヴァーナに殺されるから……子守歌……歌うね」

 カミルは頷いて両腕を背中に回すとヘルガの素肌が直に触れる。ギューッと抱き合うとカミルの胸板にヘルガの柔らかい乳房が押し付けられ、しなやかな足が絡みつき、ズボン越しに熱くなった下半身もヘルガの肌に押し付けられる。

 そしてヘルガは歌い始めた、聞いたことのない言葉……共通言語ではなくアーカディア語だ。歌詞はわからないけど綺麗な歌声、まるで眠りの世界に誘う天使のように彼女の温もりと安らぎを感じながら静かに目を閉じた。

 ああ、そうだ。僕は昨日から寝てなかったんだ。

*1
帝国製イグアナ型水陸両用ゾイド、湿地帯や浅瀬での戦闘を得意とし、砂漠戦型も存在する


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