ゾイド Wild Flowers~風と雲と冒険と~第一期   作:尾久出麒次郎

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第五話、その1

 第五話、見せつけろ、その勇気を!

 

 朝、鳥のさえずりでそろそろ起きる時間だとカミルは目を覚ます。

 朝焼けの中、燃え尽きようとする焚き火に燃料を追加して再び起こすと、昨日の残った山菜シチューをアレンジしてスライスした食パンに挟み、熱したフライパンでクロックムッシュを作る。

 その間カミルはシルヴィアを探していたある日のことを思い出す。

 

 金曜日のことだった。その日クラスの男子たちの間で、一人が整備工場職員宿舎のゴミ捨て場にポルノビデオを拾ったと話題になった。丁度その頃、学校では外部の講師を招いて性教育の授業をやってみんないきがっていたが、カミルはシルヴィアを探すため興味を抱かなかった。

 ジョエルは週末みんなで家に集まって鑑賞会やろうと強く誘い、カミルはすぐにでも山に入りたかったから断った。

 月曜日に結果を聞くと、拾った男子生徒の家族が隣町の市場まで買い物に行くのを見計らって鑑賞会を開いたが、その日はグスタフに乗った行商人の移動市場がやって来て、家族が予定より早く帰ってきて良い所で見つかって中止になった。

 その放課後、ジョエルたち参加した男子生徒は先生に呼び出し食らったという。

 

 クロックムッシュが出来上がり、紅茶を淹れるためお湯を沸かす。洗濯用のロープが上下に揺れると、ヘルガの声がした。

「おはようカミル君、スリップが乾いててよかったわ。でも上着はまだみたい」

「お、おはようヘルガ……あ……あの、そこに……ズボンとか上着、あるから」

 カミルは振り向きたいという衝動を抑えながら、テントの方を指した。沸騰した湯気を噴くヤカンを取って紅茶を二人分淹れる、その間にヘルガはカミルのズボンを穿くと乾いていたショートブーツを履いて駆け寄ってきた。

「ありがとう。ブカブカだけど温かい……わあ美味しそう!」

「朝食に、しようか」

「うん……これ男の子のだから、やっぱり大きいわね」

 ヘルガには大きかったらしく、ズボンはブカブカでベルトで何とか締めてるが、上着には袖が長くて手の甲が隠れていた。カミルは昨夜のことと、夢の中で見たことが頭からしばらく離れずモジモジしながら朝食を摂った。

 

 

 合流まであと三〇分、イヴァーナは昨夜あまり眠れなかったようだが大丈夫だろうか? ハロルドはアリエル二世のコクピットで周辺警戒をしながら外輪山中腹の山道を歩いてると、二時の方向からレーダーに二機の大型ゾイドの反応があった。

 レーダーでこの二機をマークしてカメラを連動させ、拡大した映像がキャノピーに表示されると姫様のリリアとカミルのシルヴィアで、気を緩まずに無線で伝える。

「ヨハン、イヴァーナ、二時方向に姫様とカミル君がいる!」

『こちらでも確認した、二人とも昨夜はどうだったか早く聞きたいものだな』

 ヨハンも安心したような柔らかい口調だが、反対にイヴァーナはタガが外れたかのように無線で必死に呼びかける。

『姫様が!! 姫様!! イヴァーナです!! 聞えますか!? 聞えてるのならモニター通信で顔見せてください!! 姫様!! ヨハン、どきなさい!!』

『えっ? うわっ! 危ないだろイヴァーナ!!』

 無線越しに衝突警報が鳴り響いてヨハンはビッグマザーを咄嗟に避けさせて追突事故を回避するが、レーダーで後方から時速一〇〇キロで接近するグスタフを捉えるとたちまちコクピット内に接近警報が鳴り響き、ハロルドはアリエル二世を右ステップで回避させた。

 イヴァーナの呼びかけに応えるかのようかのように、モニター通信が開かれ、およそ三六時間振りに姫様が顔を見せた。

『イヴァーナ! みんな、心配かけてごめんなさい!』

『姫様!! わたくしイヴァーナも今からそっちに――』

 イヴァーナは急ぐあまりマルゴがぬかるみにはまり、勢いよく回転する車輪に泥が飛び散ってキャノピーの半分近くを覆った。アリエル二世は溜まらず首を横に振って泥を払いのけるが、マルゴは必死に抜け出そうとあがくが抜け出せずエンスト。

『大丈夫かイヴァーナ――っておい! マルゴを見捨てるつもりか?』

 ヨハンの言葉を聞かず、イヴァーナはコクピットを開けて飛び出し、リリアの所へと駆け寄る。やれやれとハロルドは仕方ないとマルゴの傍にアリエル二世を置いてコクピットを開け、主人に見捨てられたマルゴのコクピットに入った。

「ヨハン、すまないがマルゴを押してくれ! 合図する!」

『了解、準備できたら合図してくれ』

 ハロルドはマニュアル車のように、クラッチペダルを踏込んでシフトレバーをニュートラルにすると、フィンガーリフトレバーを引いて再起動。MFDが点灯した。コクピットを閉め、シフトレバーを一速にした。

「いいぞヨハン、頼む」

『了解、ビッグマザー押し上げろ!』

 後ろからビッグマザーに優しく押されながら発進させてぬかるみから脱出し、そのまま姫様の所へ向かうとすぐに追いつき、ハンドブレーキをかけてシフトレバーをニュートラルにし、エンジンを切らずに降りた。

 丁度折りよく姫様はリリアから降りてきて、カミルも降りてきた。

 姫様は大きめのズボンをベルトで締め、ダボダボの上着を着ていてイヴァーナは驚愕してワナワナと震える。

「姫様! その格好は!?」

「ああ……着替えがなかったから、カミル君のを借りたの」

 ヘルガは照れ臭そうに言うと、ハロルドは安堵の息を漏らした。

「姫様、よくぞご無事で」

「ハロルド、怪我は大丈夫?」

「はい、まだ高速戦闘の時には痛みますが」

 応急処置で昨日の盗賊団大部隊にシールドライガー四機と交戦した時、戦闘に夢中で気付かなかったが傷が開いた、その後はゆっくり手厚く縫合して塞いだが。

 するとヨハンもビッグマザーから降りてきた。

「姫様、ご無事で何よりです」

「ヨハンも心配かけてごめんなさい」

 三獣士全員と再会してホッとしたのか、姫様は安堵の笑みを浮かべるとカミルはちょっと気まずそうな表情だったがハロルドは安堵の笑みを浮かべて礼を言う。

「カミル君、姫様を守ってくれて本当にありがとう。感謝する」

「い、いいえ……僕はその、特に守るようなことはしてないです」

 カミルは恥かしげに頬を赤らめながら言うと、イヴァーナは微笑んでさすがに労いの言葉はかけるだろうとハロルドは思っていた。

「カミル君、昨日から姫様を守ってくれたことには感謝します。しかし、姫様によからぬことをしてはいませんよね?」

 怖い微笑みでカミルを威圧して目の前まで迫り、カミルは一歩後ずさる。ハロルドは自分の甘さを痛感しながらフォローする。

「イヴァーナ、カミル君は危険を顧みず姫様を助け、守ってくれた。もういいだろ?」

「しかしハロルド、姫様の格好を見なさい! カミル君は年頃の女の子に自分の服を着せた、これはもう破廉恥です!」

 イヴァーナは断言するのを強調するかのように指を差すと、姫様は間に入った。

「待ってイヴァーナ! カミル君は私に悪いことしてないわ! むしろ……美味しい食事を振舞ってくれて、山頂の綺麗な花畑に連れて行ってくれたし、美しい星空を一緒に見上げた。守るだけでじゃなく、いろんなことを教えてくれたの!」

 ヘルガは袖に隠れた手を胸に当ててイヴァーナに臆することなく睨む、沈黙が続くとイヴァーナは溜息吐いて両手を挙げる。降参の合図だ、イヴァーナが姫様の我侭を仕方なくだが聞き入れた合図で、ヘルガはホッと安堵したがイヴァーナは何気なく訊いた。

「全く……姫様、どうして衣服を汚したのですか?」

「濡らしちゃったのよ、リリアが野良ゾイドを追い立てたから……」

「カミル君と一緒に濡れたのね? そのあとはどうやって暖を取りました?」

「えっ?」

 姫様は平静を装ってるが勘の鋭い人間には明らかに動揺してると気付くだろう、イヴァーナはそれを見逃さずハロルドは安堵した自分の甘さを再度痛感する。

「姫様、隠し事をしなくてもこのイヴァーナは全てお見通しです。姫様が喋らなくても、私がカミル君に問い詰めればいいだけですから」

「カミル君は関係ないわ、あったとしても私の責任よ! どうしてそこまで訊くの!?」

 姫様は首を横に振りながら詰め寄り、イヴァーナは動じる様子もなく冷淡な口調で正論を振りかざす。

「あなたがアーカディア王国の王女である以上、私の任務は姫様が王女としてふさわしい人間形成です。あなたにはアーカディアの未来を背負い、その使命を全うする責任と義務があることを、いつになったら自覚されるのですか?」

 イヴァーナの言う通りだ。姫様はアーカディア王家に生まれたからにはアーカディア王国の将来を背負い、支え、様々な面で国を守る宿命を生涯背負う、だが背負う方はどう考えてるんだろう? 

 現国王にも王妃とは別に若い頃、極東の扶桑皇国にいる女性と秘密の遠距離恋愛をした。それで生まれたのが姫様だ、王妃は表面上は普通に接してるが本心では疎ましく思っている。

 姫様は俯いて呟いた。

「なら……もう……いらない……わよ」

「なんです? ハッキリ言ってください」

 イヴァーナは一切の妥協を許さない厳格な教師の眼差しで言う、姫様は顔を上げてヒステリックに振舞った。

「もういらないわ! あなたや宿命に縛られて生きるくらいなら、王女の地位なんてもう――」

 火薬が弾けたかのような乾いた音が響く、冷酷なまでに無表情のイヴァーナは予備動作なしで姫様の頬を手加減なしで平手打ちした。

「それ以上言うのなら私も容赦しません……そのような言葉を口にすることを、絶対に許しません」

 姫様は屈する様子もなく、親の仇を見るような敵意を剥き出しにした表情で一睨みすると、何も言わずイヴァーナの制止を振り切って逃げるかのように走り出す。

「待ちなさい! 逃げるのですか!? あなたのやるべきことから!! 多くのアーカディア国民の命を救うという使命から逃げるのですか!?」

「待てイヴァーナ! ヨハン、カミル君と姫様を頼む」

 ハロルドは追いかけようとするイヴァーナを止めて、ヨハンとアイコンタクトする。

「わかった任せろ」

 ヨハンは追いかける。ハロルドは追おうとするイヴァーナの肩に右手を乗せると、反射的にイヴァーナは振り向いてハロルドの手首を掴んで技をかけようとするが、読んでいたハロルドは逆に関節技で拘束する。

「放しなさいハロルド!! わかってるの!?」

「わかってる。こういう時はヨハンが適任だ……それに、姫様はもう……いつまでも僕たちに頼りっきりの女の子ではない。わかるか?」

「わかってます。けど……姫様が姫様であるためには知らなくていいことも沢山あるんです、大事な時期に異性を知ることは特に!」

「姫様は王女である以上に人間だ。多感な思春期の少女は迷宮よりも複雑でガラス細工のように繊細だ。今のままでは重圧に精神を押し潰されて人間らしさを失う! 姫様は必死でそれを耐え抜こうとしてる」

「ハロルド、それより……あなたはどうしてあの少年を信頼してるのですか?」

「カミル君のことか、彼を一目見たとき……自分でもわからない何かを感じた」

 ハロルドは断言して拘束を解いた。イヴァーナは溜息吐いて心を奥底を覗くかのような眼差しで訊いた。

「どういうことか、説明してもらえますか?」

「いいだろう、姫様が戻ってくるまで……昔話でもしよう」

 ハロルドはポケットからドライシガーを取り出した。

 

 

 針葉樹林の奥に走って逃げるヘルガにカミルは追いかける、どんな言葉をかけたらいいのかわからない。だが一人で二〇キロ四方人のいない林や山の中を歩くのは危険だ、林を抜けるとそこは中腹に突き出た崖だ。

 ヘルガはそこで立ち止まる。カミルはゆっくり歩み寄って声をかけようとした時、ヘルガは思いっきり鼻から息を吸い込んで深呼吸するのかと思った瞬間。

 

「うああああああああああああああーっ!!」

 

 大型の野生ゾイドがカルデラ全土に声を響かせんばかりに叫ぶと、両手を両膝に置いて前屈みになり、カミルは右手を遠慮がちに伸ばす。

「ヘルガ……その――」

「ウザい……」

 ヘルガが呟き、カミルは伸ばした手をピタリと止める。

「ヘルガ?」

「あああああああもう!! ウザい……うるさい! 鬱陶しい!! なんなのよイヴァーナは! 男の子と一緒にいたくらいで何ムキになってるのよ!! それとも何!? 自分が青春小説のような学生時代を送れなかったからって嫉妬してるってわけ!! いつもそうよ!! アーカナの王立図書館に出かければ誰も近づかないように睨み回すし! 旅に出ればいつもイヴァーナがついてきて横から口を出す! 家庭教師とか護衛兼教育係の範疇を超えてるわ!!」

 今までずっと溜めていたのか、不満を吐き出し、時には暴言をも交えるとヘルガは振り向いて訊いた。

「――カミル君、あなたの学校にもいるでしょう!? 規則とか生活態度とか、とにかく口うるさくて束縛してくる先生!!」

「う、うん……いるいる」

「想像してみて! その先生がシャワーとトイレの時以外は四六時中自分の傍にいて座る時の動作や作法一つにも口を出してくるのよ!」

「……そりゃあ嫌気が刺すね」

 カミルは堅苦しく自由のない生活を想像し、表情を引き攣らせる。パタゴニアの全寮制の学校もこんな生活なのかな? ヘルガはカミルの瞳を真っ直ぐ見つめて言い放つ。

「そうでしょ! もう嫌になってくるわ!!」

 それはまるで自分の溜まりに溜まった不満を聞いて欲しいと訴えてる眼差しで、カミルは安堵して思わず微笑む。

「ぷっ! ふふふふふ」

「笑わないでよカミル君!」

「ごめんごめんヘルガ、落ち込んでるのかと思ってたよ」

「落ち込むくらいなら……立ち向かうわ」

 強い意志を秘めた眼差し、僕はこんなに強い女の子を好きになったんだ。

「それなら、一度本人に言いたいことを言ってみたら? 案外たじろぐかも?」

「うん、わかった! やってみるわ!」

 ヘルガは自信に満ちた精悍な微笑みと眼差しを見せて肯き、一緒に来た道を戻る。カミルもその後に続くが、そこで気付いた。

 ヨハンが木に隠れて聞いていた事にヘルガは驚いた。

「ヨハン! 今まで聞いてたの?」

「も、申し訳ありません姫様! この山道は一人で歩くのは危険でしたので……しかしイヴァーナへの不満、私も同感です!」

 ヨハンは背筋を伸ばして言うと、ヘルガは微笑んで首を横に振った。

「いいのよ。どんな時もヨハンは味方してくれる、そう言うところ好きよ」

 それでカミルは複雑な気分になる。三獣士として信頼してるという意味でなのかもしれないけど、好きな女の子が自分以外の人を好きって言うと、なんだか悔しい気持ちが芽生えてしまうのだ。


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