ゾイド Wild Flowers~風と雲と冒険と~第一期   作:尾久出麒次郎

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第五話、その2

 話し終えたハロルドはドライシガーも半分吸った、話しを聞かせたイヴァーナは動じる様子もない。

「そんな過去があったのですね」

 ただその一言だった。大袈裟だが、感受性の強い多感な姫様だったらきっと涙を流してたのかもしれない。

「そういうことだ……姫様やカミル君には、そうなって欲しくない」

 すると林の奥から姫様を連れたカミルとヨハンが戻ってきた、すると何を思ったのか姫様はリリアに乗り、カミルもシルヴィアのコクピットに入った。

『イヴァーナ、あなたが容赦しないなら! 私も容赦しないわ!』

「姫様! なんの真似ですか!? 頭を冷やしたのかと思えば!」

 イヴァーナは毅然とした態度で振舞う。

『私がそう簡単に頭冷やして反省すると思った? 引っ叩けば言うことを聞くとでも思ってるの!?』

「ひ、姫様何を! 言いたいことがあるのなら、降りて直接言ってください!」

『嫌よ! 直接言っても、どうせまた引っ叩くでしょ! 悔しかったらイヴァーナもマルゴに乗りなさい!』

 ハロルドはもう笑うしかなかった。あんな露骨にイヴァーナに反抗するのは初めてでもう堪え切れなかった。

「ハロルド、何を笑ってるの!」

「イヴァーナ、わからないのか? くくくくく……はははははははっ! ありゃ反抗期だぞ!」

「姫様が反抗期だなんて、そんな――」

「わからないのか? 姫様はもう一五歳だ。いつまでもお前や親の言うことを聞くような子じゃない。むしろ来ないから心配してた……姫様、この際日頃の鬱憤をぶつけても構いません! そろそろ来る頃かと思っていましたよ!」

 ハロルドはこれほど愉快な気分は久し振りだった。

『聞いた? イヴァーナ! この際だから言わせてもらうけど……今の私……イヴァーナのことが大っ嫌いよ!!』

「なあっ! 姫様何を言ってるのです! 私は姫様のために時には――」

『そういうところが嫌いなのよ! 四六時中見張って何かあれば横からしゃしゃり出て口出す! この際だから言うわ! この旅が始まって以来昨日は一番楽しかったわ! カミル君と一緒にソーア山に連れて行ってくれたし、ソーアソウの花冠を私のために作ってくれたわ!』

 姫様が言い出すとイヴァーナは目を見開き、明らかに動揺していた。花冠を作れるなんて器用なんだなとハロルドは感心する。

『私のためにカモを獲り、山菜や豆を集め、美味しい料理を振舞ってくれた! 一緒に温かい温泉に入って綺麗な星空を見上げ、一緒にテントで寝たわ! 昨日見たことや学んだこと、アーカディアでは絶対に得られない大切な思い出よ!』

「ひ、姫様がそんな……カミル君と……私の知ってる姫様は……いったいどこに」

 イヴァーナは怒るのを通り越して動揺を露にして取り乱すと、ヨハンが諭す。

「いい加減認めたらどうだイヴァーナ、姫様はもう一五だ。いつまでもお前に頼りっきりで素直に言うことを聞く幼い女の子ではない……姫様は王女である以前に、多感な時期にいるティーンエイジャーだ……我々三獣士と言えど過干渉すればそれこそ信頼を失う。それに……この旅はアーカディアの未来がかかってると同時に、姫様の視野を広げて成長させるのに絶好の機会だと思う」

「……カミル君のこと、決して認めたわけじゃありませんからね……姫様、もう昨日のことはお訊きしません。感情的になって引っ叩いてしまい、申し訳ありませんでした」

 イヴァーナは非を認めると姫様もなんとなく安堵した口調になる。

『私を引っ叩いたことはもういいわ。その代わり……カミル君のこと、もう悪く言ったりするのはもうやめて』

「……承知しました」

 イヴァーナは苦渋の決断を下した表情で、苦い物を吐き出すように言う。ハロルドはホッと安堵し、ドライシガーを携帯灰皿に入れた。

「それじゃあ姫様、私たちも行きましょう……まだ安心できません」

 合流して一悶着あったがまだ安心できない、奴らがすぐそこまで来てるかもしれないのだ。ガーディアンフォースが来るまで、奴らから振り切らないといけないのだ。

 

 イヴァーナがモーテルから持ってきた姫様の持ち物を返却すると、姫様はすぐに着替えて、全員がコクピットに入り出発する。行き先はビース・マゼラン国境警備隊基地で、予定通りならもうすぐガーディアンフォースのホエールカイザーが来る頃だ。

 だがもし敵に遭遇したら無線で救援を呼びたいが、カルデラ内の通信は劣悪な環境だ。

 惑星Zi特有の磁場と強い磁気を含んだ溶岩のおかげで、比較的近い距離は出来ても遠い距離となると特別な機材が必要になる。

 しかも国境警備隊基地は外輪山外側の麓にあるのだ。

 後は奴らを振り切って基地に辿り着けば盗賊兼PMCを一掃してくれる。

 ハロルドは先行して斥候のため、ソーア山麓の温泉街を偵察していた。

 この辺りは火砕流と溶岩流で埋もれ、ゴツゴツして冷え固まった溶岩で足場は悪く、二〇年前の大噴火で飛んできた噴石や岩がそこらじゅうに転がっていた。センサーやレーダーだけでなく目視で周囲を見回すと、レーダーに反応が出た瞬間ロックオン警報が鳴り響いた。

 三時方向からでハロルドはすぐにアリエル二世を急加速させ、回避行動を行うと後ろで砲弾が着弾した。更に別方向――九時の方向からもロックオン警報が鳴り響き、加速するが間に合わないとEシールドを展開するとビーム掃射が飛んできた。

 この掃射、連射速度からしてビームガトリングか! ハロルドは回避しながら掃射が止まった瞬間、飛んできた方向に三連衝撃砲を撃とうと敵の姿を確認した。そいつは冷え固まった溶岩地帯の斜面の上にいて、赤いボディ一本角のゾイドで大型ビームガトリング砲を背負っている。

 レッドホーンガトリングカスタム(GC)だ! 性能的にはガイロス帝国のダークホーン*1と変わりないが、わざわざ赤にしてるということは相手はゼネバス人か! ハロルドは攻撃しようとすると後方から敵機、時速三〇〇キロ以上で接近してくる敵機を咄嗟にアリエル二世を左にずらした。

 掃射を交わして通過した敵機に舌打ちした、クソッ! ミサイルは昨日の戦闘で使い切ってしまった! 敵はサイカーチス*2だった。

『報告で聞いた通り、さすがはネイビーレオマスターだ』

 敵は大胆にもモニター通信してくる、ゼネバス訛りの共通言語?

「ゼネバス人とはな、こんな所じゃダークホーンの方がいいと思うぞ」

 パイロットは三白眼の痩せた顔立ちの男だった。

『ご心配なく、そのためにもう一人連れてきただから……行くぞドルトア、あのシールドライガーを仕留めるぞ!』

 レッドホーンGCのパイロットはサイカーチスに乗ってるドルトアというパイロットに指示を出すと、サイカーチスは再び斜め後方から突っ込んでくる。ハロルドは回避行動に入りながら通信した。

「こちらハロルド! 敵のレッドホーンGCとサイカーチスに遭遇! 交戦を開始する!」

 

 

 通信を聞いた一行に緊張が走る、斥候に向かったハロルドが敵と接触したのだ。こうなった場合の手順はあらかじめ決めてる、迂回して予備のルートに変更するが当然その先には敵が待ち構えてる可能性もある。

 間を置かずにイヴァーナがモニター通信で指示を出す。

『みんな聞きましたね! 予定通りルートを変更するわ、ヨハン! 前衛お願い!』

「了解した」

 ヨハンはFCSを操作し、各種兵装の残弾を再度チェックする。一〇五ミリ一七連突撃砲の残弾数を見るとメガロマックス用のホーミング弾はあと二回しか撃てない、ミサイルはまだあるが、どれくらいの敵が残存してるかわからない以上無駄撃ちは厳禁だ。

 それ以前にハロルドが心配だ。いくらレオマスターとはいえ、対地攻撃に優れたサイカーチスと重装甲と攻撃力を兼ね備えたレッドーホーン……しかも大型のビームガトリング砲搭載型だ。

 DCS-Jならビームキャノンによる火力、ブレードライガーなら機動性と運動性で翻弄してレーザーブレードで倒せるがノーマルのシールドライガーでは決定打に欠ける。俺だったらどうするか? だがそれを考えるのは任務が終わってからでも遅くない、今はできる限り早くここを離れてガーディアンフォースに助けを求めるだけだ。

 敵は少数……もし五機を仕留めるならそれなりの部隊を送り込むか? だが昨日の戦闘で相当数の戦力を消耗してるとすればどうする?

 ヨハンは警戒しながらカルデラの農村地帯を歩く、警報が鳴り響きレーダーを見ると正面に一機のゾイドがレーダー照射、次の瞬間には警報がなる。

「ロックオンされた! 全機散開しろ!」

 ヨハンが叫ぶと今度は接近警報、左から放棄された穀物倉庫の壁をぶち破って現れたのはセイバータイガー*3でそのまま跳びかかる、待ち伏せアンブッシュしてたのか!

 セイバータイガーが前足で一撃を与える間際、咄嗟に受け流してビッグマザーのダメージを最小限に抑え、イヴァーナがマルゴのショートレールガンを撃った。命中しなかったが追い討ちをやめて回避する。

『ヨハン、大丈夫ですか!』

「すまんイヴァーナ、敵はセイバータイガーにレッドホーンだ……みんな奴の狙いは恐らくは戦力の分散だ!」

 無線で後続機に伝えると、敵も傍受してたのかどちらかの敵パイロットの声が響いた。

『その通りだ、どこに逃げても仲間が待ち伏せしてるぜ……いくら腕が良くても、囲まれれば逃れられまい』

「目的はなんだ? 姫様の身柄か?」

 ヨハンが訊くともう一人の敵パイロットが答える。

『その通り、その姫様がアーカディア王国王室の者なら……今アーカナにいるセリーナ王女は影武者だということを全世界に暴露する……他の王族にも影武者疑惑が浮上してアーカディアは国際的な信用を失うことになるな』

『それはどうかしら? 今私たちが連れている姫様の方が……実は影武者だったら? あなたたちはアーカディア人の少女を誘拐したことで、盗賊からテロ組織に格上げされてガーディアンフォースやASISに地の果てまで命を狙われ続けるわ』

 イヴァーナも揺さ振りかけるが、レッドホーンのパイロットは動じる様子はない。

「どうかな? お姫様以外全員に口を塞いでもらえばいいだけの話しだ!」

 レッドホーンが砲撃してくる、ビッグマザーは回避行動を取って砲弾の破片を浴びながら直撃しないことを祈り、三連衝撃砲を撃ちながら叫ぶ。

「姫様! 私のビッグマザーでは逃げ切れません! ここに踏みとどまって敵を押さえます!」

『でも、ヨハン! あなた一人では――』

 姫様はモニター通信を通して首を横に振ると、イヴァーナが割って入る。

『私も一緒に戦います、ヨハン一人では心配ですからね。それにマルゴは守りは固いですけど足は遅い、カミル君!! 何が何でも、絶対姫様を守り抜きなさい!!』

『勿論です、行こうヘルガ! 僕たちならセイバータイガーを振り切れる!』

『で、でもカミル君……せっかく再会できたのに』

 姫様が弱気になると、イヴァーナが一喝する。

『お行きなさい! その少年とともに、アーカディア王国の未来のために!』

『ヘルガ! 急ごう! 最短ルートを知ってる!』

 カミルの迷いのない声がレシーバーに響く。本当に不思議な子だ、出会って二週間も経ってないのに、心の底から彼なら姫様のことを任せてもいいと思う自分がいる。もしかするとカミル君と姫様は運命の出会い? だとすれば羨ましい限りだ。

 ヨハンはほんの一瞬だけ微笑むと、目の前にいるセイバータイガーとレッドホーンに集中させた。

「行くぞビッグマザー! イヴァーナ、やられるなよ!」

『勿論、わかってます! こんな奴らにやられる三獣士じゃありません!』

 イヴァーナはマルゴを急発進させた。

 

 

 サイモンはコクピット内で無人航空機(UAV)型ブロラバーンのオペレーターからの報告を待ってると、予定通り無線が入った。

『社長、予定通りです。先ほどドルトアとシュペールがシールドライガーと交戦を開始、間を置かずにセイバータイガーに乗ったタカシとレッドホーンに乗ったユウスケが、グスタフMRAPとディバイソンとの交戦を開始しました』

「了解、それで? あのケーニッヒウルフのお姫様とライガーゼロの少年は?」

『はい、現在この二機はソーアシティ方面に向かってます。市街地を抜けて切れ目となってるカルデラの出入口へと向かうつもりでしょう……向かう先は恐らくビース共和国との国境警備隊基地です、先ほど国境警備隊の無線を傍受したのですが……ガーディアンフォースがこちらに向かっています、タイムリミットは早くて二時間ですね』

「わかった、お前たちはいつでも撤退できるよう準備しろ。お姫様を捕まえて人質にすれば向こうも簡単には動けまい、アーカディア政府も慎重にならざるを得ないだろう。そろそろ俺も出るぜ!」

『わかりました、健闘を祈ります』

「ありがとう、これが成功したら今夜はハメを外して飲むぞ!」

 サイモンはコクピットの計器、スイッチ類のチェックを再度行うとスリープモードを解除するため操縦桿を握って少し動かす、その巨体は目覚めて赤く目を光らせた。

「さあ行くぜ、今から行けば……会敵予定地点はソーア市中心部だ!」

 その姿は命を宿した機械仕掛けの巨像そのもので二六五トンの巨体を支える二本足は大地を一歩一歩踏み締めるごとに、地響きを鳴らして静かな空気を震えさせ、木に止まっていた鳥は一斉に飛び立ち、野生野良を問わずその姿を見たゾイドたちは怯え、竦み、逃げ出す。

 強靭な両腕はどんな俊足を誇る高速ゾイドも決して逃がさず、鋭い爪は大抵の装甲を強引に引き裂き、捕まれれば恐るべき握力で握り潰される運命にある。

 キャノピー越しに光る目は神話の怪物のように睨まれれば石のように硬直させ、萎縮させ、震え上がらせる、そして開けば全てを飲み込みかねない巨大な口は長く、太く、鋭い牙がズラリと綺麗に並び、餌食になれば陸上ゾイドでは惑星Zi最強クラスと言われている顎に噛み砕かれる。

 そして背中にはディプレイとも象徴とも言われる背鰭が並び、身長にも匹敵する長い尻尾は振り払うだけで同クラスのゾイドに致命傷を与えるほどのパワーを秘めている。

 サイモンの乗るゾイドは獲物を求めてゆっくりと進撃開始。ロールアウト時にはなかったが今ではすっかり標準装備となった二門の大型長距離砲を携えて。

*1
レッドホーンの大型ガトリング砲搭載型

*2
帝国製カブトムシ型ゾイドで現実の戦闘ヘリに当たる飛行ゾイド

*3
虎型高速機動ゾイドでシールドライガーのライバル


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