ゾイド Wild Flowers~風と雲と冒険と~第一期   作:尾久出麒次郎

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第五話、その3

 カミルはソーアシティに入って中心部を通過し、険しい外輪山を越えれば一気に時間が短縮できる。あの斜面は少々危険だが高速機動ゾイドなら一気に駆け上がれるかもしれないと、カミルは自動操縦モードにしてMFDのタッチパネルを操作して外輪山の最短ルートをシルヴィアに伝える。

「シルヴィア、ちょっと険しい道になるけど大丈夫?」

 カミルが訊くとシルヴィアは自信ありげに唸る、それなら大丈夫だろうと少し安堵するが妙に胸騒ぎがする。さっきから野良野生問わず、縄張り意識の強いゾイドたちとすれ違うがみんな自分たちの進行方向とは逆へと全速力で逃げてる。

 ヘルガも気付いてるようだった。

『カミル君、何か様子が変よ!』

「うん、僕もこんなことは初めてだ!」

 この辺りの頂点捕食者である野生コマンドウルフの群れとすれ違う、彼らすら逃げ出す程の何かが? 二〇年前のソーア山大噴火を扱ったドキュメンタリー番組で噴火前、ゾイドたちが一斉に逃げ出す資料映像を見たことあるが、今の光景はまさにそのままだ。

 このソーア山に何かが起きている、カミルとシルヴィアも神経をピリピリさせるが速度は落とさない。できれば遭遇しないことを祈ったが、無駄だった。

「うわっ!」

 シルヴィアは突然急停止し、カミルの体にシートベルトが食い込む。リリアも急停止して、威嚇する体勢になりながらデュアルスナイパーライフルを展開する。

『カミル君、何かが来るわ!』

「ああ、シルヴィアもピリピリしてる」

 カミルはFCSを操作して安全装置を解除する。重厚な足音が一歩一歩響かせて確実に近づいてくる。

 

 姿を現したのはへリック共和国軍の象徴とも言える巨大ゾイド、ゴジュラスだった。

 

 しかも今ではすっかり標準装備となった、ロングレンジバスターキャノン――通称:ゴジュラスキャノン二門と左手に近接戦闘用の盾を兼ねた四連装ショックカノン付きのガナータイプだ! 

「ゴジュラス! あんなゾイドがどうしてここに?」

『やぁ少年、君のことは町長さんから聞いているよ、まさか本当に手に入れるとは……私の名はサイモンだ。よろしくカミル・トレンメル君』

 サイモンという浅黒い肌にサングラスの男は余裕の笑みを見せ、ヘリック訛りの共通言語で喋りながらモニター通信で呼びかけてきた。

「目的はなんだ! ヘルガは絶対に渡さないぞ!」

『勿論わかってるさカミル君……君やそのお姫様のこと、準備の合間に一昨日の夜からずっとUAVで監視させてもらったよ。大自然の中での素晴らしいロマンスだったね、見てるこっちが羨ましくなるくらいだよ』

 ずっと上空から見られてたという訳か、カミルは操縦桿を握り締めて歯をギリギリと噛み締める。一歩一歩近づいてくるゴジュラスにシルヴィアは威嚇すると、ゴジュラスは前傾姿勢になって猛々しく吠える。

『失礼した、こいつは気が短くてね……我慢をよく知らないんだ』

 サイモンは今から戦う相手にも関わらず、非礼を詫びる。

 カルデラのゾイドたちが我先にと逃げ出す理由をカミルを身をもって感じていた。

 ゴジュラスの恐ろしさは巨体によるパワーでも、鋭く巨大な爪や牙でも、長く頑丈な尻尾でもない。

 どんな奴だろうと容赦なく全力で引き裂き、噛み砕き、薙ぎ倒す残虐性だ。

『さて少年、おとなしくそのお姫様を渡せば……身柄は保障しよう、君のお母さんが作ったトウモロコシは美味かった。それに幼い妹には心優しい兄が必要だ』

「僕の家族を盾にするつもりか!」

『そうじゃない、セブタウンの人たちはみんな親切でいい人たちだ。守らなければならないし、私も部下も養わないといけない……だからカミル君、これ以上親や妹、友人たちに迷惑をかけて悲しませるつもりかい?』

 サイモンの問いかけにカミルは操縦桿を握り締める。ゴジュラスはカミルの前に堂々と仁王立ちして見下ろす。正直言って怖い、ヘルガを渡せば助けてくれるかもしれない、でも……ここで屈したら僕は。

 神経が凍り付き、四肢が震え、体中が怖いと訴えてる。

 首を縦に振ればいいだけじゃないか、そうすれば生きて村に帰れる。カミルに迷いがジワジワと侵食し、それを必死に振り払おうと葛藤してる時、リリアが右隣に並ぶ。

『カミル君、その人の言う通りに従って、私は大丈夫だから』

「ヘルガ! 何を言ってるんだ! 何されるかわからないんだぞ!」

『ええ、私が……普通の女の子ならね』

 ヘルガは目を閉じながら首を横に振った。そしてディープスカイブルーの瞳を開いて優しげな眼差しから、高貴な王女の目に変わる。

『カミル君の身柄は保障して下さい! よろしいですね?』

「従ってくれるのかお姫様? それとも君は影武者なのか?」

『少なくとも、手荒な扱いをすればASISやアーカディアの民が黙っていません……何故なら私はセリーナ・ソラノ・シュタウフェンベルク・フォン・アーカディアの半身であり表裏一体の存在、ヘルガ・カミシロ・シュティーア! あの子が死ねば私は死ぬ、そして私が死ねばあの子も死ぬ!』

『影武者でも双子でもなさそうだな、まあいい後でアーカディア王室や政府に聞けばいいだけの話しだ』

 サイモンは首を傾げたが、すぐに勝利を確信したような笑みになる。ヘルガは覚悟の中に悲しみを秘めた微笑みで最後の挨拶をする。

『カミル君、今までありがとう。あなたと過ごした日々は決して忘れないわ……元気でね』

 リリアが前に出ようと前足を上げる、その瞬間が限りなく長く引き伸ばされた。

 ヘルガが行ってしまう、もう二度と手の届かない所に! 初めて好きになった女の子をこんな形で失うくらいなら! カミルは叫んだ。

「ヘルガアアアァァァーッ!!」

 カミルに応えるかのようにシルヴィアはリリアの進路を塞いだ。ヘルガは困惑した表情になって。

『カミル君なんのつもり!? 相手は凶悪なゴジュラスにベテランよ!! この前ゾイドに乗り始めたカミル君に叶うはずないわ!!』

「わかってるよ、ヘルガの言う通り僕は弱い……だけど、ハロルドさんはこんな僕に言ったんだヘルガを守ってくれって……それに、ここで逃げたら僕は……俺は一生バン・フライハイトに顔向けできない!!」

 俺は、バン・フライハイトのような立派なゾイド乗りになるんだ! バンだってあの強大なデスザウラーを二度も倒したんだ、みんなと力を合わせて! だから俺もヘルガと一緒にこいつを倒す。

「ヘルガ、一緒に戦おう!」

 カミルはモニター越しに見つめて言うと、ヘルガは思わぬ言葉に驚きを隠せない表情になったが、次の瞬間には前向きな覚悟を決めた笑みになった。

『うん! サイモンさん、申し訳ありませんけど……この私をコクピットから引きずり出して生け捕りにしてみなさい!』

『ははははははっはははっ!! そう来たか、面白い! 面白いぞカミル少年、覚悟ができてるなら、さあ……行くぞ!』

 サイモンはまるでこの状況を楽しんでるかのように高笑いした。ゴジュラスは戦闘体勢に入った途端、左腕の四連装ショックカノンが動いてを撃った。

 カミルはホバーボードで鍛えた反射神経で動きを察知して回避、ゼロコンマ数秒前にいた場所に着弾。その動きを呼んでたかのようにゴジュラスは両脇腹の二連想七〇ミリ重機関砲を撃ってくるがビルを盾に一時退避すると、モニター通信の回線を変えてサイモンからは聞えないようにする。

『カミル君、あいつは足が遅い上に小回りが利かない! 死角から回り込むわ!』

「わかった! シルヴィア……あいつを引きつけるぞ!」

 ヘルガの提案に、カミルはシルヴィアを幹線道路に出してわざと姿を晒す。

 四連装ショックカノンと七〇ミリ重機関砲の掃射をかわし、二〇八ミリショックカノンで牽制してソーアシティ中心街を瓦礫の山に変えていく。

 その間にヘルガが手痛い一撃を加えてくれるはずだ。

 

 

 ヘルガはカミルが必死で回避しながら注意を引いてる間、背後から狙い撃つ。背中のデュアルスナイパーライフルは長距離攻撃用だ、近距離戦では不利だがその分威力は絶大で直撃すれば致命傷は避けられない。

 リリアをゴジュラスの背後に回りこませると折り畳んでいたライフルを展開、ヘッドギアを被ってロックオン、MFDに表示されたライフルの照準を頼りに狙いを定める。

 狙いは首と背中の背鰭の間、ここを破壊されれば人間で言うなら脊髄損傷と同じ状態になる。ヘルガは引き金を引こうとした瞬間、ゴジュラスの尻尾先の銃座と根元にあるビーム砲が一斉に動くとヘルガは攻撃を一時中止。

 マルチディスチャージャーを前方に向けて煙幕とチャフを噴射、同時にライフルを折り畳んでヘッドギアを脱ぎながら避退すると、ゴジュラスはこっちを向いて象徴的なゴジュラスキャノンが動いて発砲! 激しい爆炎を噴き、砲声が響いた。

「!!」

 直撃はしなかったが、砲弾はリリアを左右から挟むかのようにして着弾。両サイドから体がバラバラになりそうな衝撃と朽ち果てた建物の、外装内装問わずガラス材、木材、鉄鋼材等の建材が破片となって襲いかかり、リリアを剃刀のように薄い無数の切り傷だらけにする。

『ヘルガ!』

 カミルの悲痛な悲鳴が響いた。各種警報が鳴り、MFDが損傷箇所を表示する。

 シルヴィアはゴジュラスに真っ直ぐ向かってくる、カミル君駄目! 突っ込んじゃ――声が出ない程の鈍い激痛だった。シルヴィアが跳びかかって背後から襲おうとすると、ゴジュラスは後ろに目がついてるかのように前傾姿勢になった。

 後継機のゴジュラスギガのような姿勢になるとシルヴィアは意図せず跳び越え、道路に着地してスライティングターンした。だがゴジュラスは前傾のままロケットブースターを点火してシルヴィアに突進! 二六五トンの巨体が正面からシルヴィアを突き飛ばした。

『うわあああああああっ!!』

「カミル君!!」

 ヘルガは絞り出すように叫ぶ、突き飛ばされたシルヴィアは数十メートル飛ばされて地面に叩きつけられた。

「カミル君!! カミル君!! しっかりして!!」

『いってぇ……ホバーボードで転んだ時より痛い……』

 無事なようだがぐっと痛みを堪えてるようだ。迫るゴジュラス、どうする? そう思ってた時カミルは提案する。

『ヘルガ、あの大きなホテルビル……崩せる?』

「それって、あのエレガンスホテルビル?」

 ヘルガの視線の先には長方形の大きなホテルだ。世界的に有名なエレガンスグループのだから一目でわかった。錆びつき、朽ち果て、植物に侵食されてる、崩れやすくなってるのかもしれない。

『うん、僕が引き付けるからヘルガはビルの中層階辺りをミサイルで攻撃して!』

「わかったわ!」

 ヘルガは頷くと二手に別れ、リリアを射撃ポジションまで移動させる。その間にカミルはショックカノンで牽制しながら、ゴジュラスをホテルビル前まで誘導する。でもどうやってミサイルを? いいえ、ここはカミル君を信じよう。

 ヘルガは両前足のミサイルポッドを展開させる、シルヴィアはゴジュラスの回りを走り回り、ホテル前の広場まで誘導するとカミルは叫んだ。

『今だ! フレアをロックしろ!』

 シルヴィアはホテルの外壁を走りながらフレアをばら撒いた、本来は飛来するミサイルをかわすための防御兵装でFCSはばら撒かれ、ゆっくり降下するフレアをロックオンして赤外線誘導ミサイルを一〇発を一斉発射した。

 気付いたゴジュラスはリリアの方に向いてゴジュラスキャノンを撃とうとするが、一〇発のうち二発がゴジュラスに命中すると残りはホテルの外壁に着弾。脆くなったホテルビルは最初、ミシミシと小さい悲鳴が重なってやがて上層階が自重に耐えられずに倒れるように轟音と辺りを覆いつくすほどの砂煙を上げて崩れ落ちた。

 ゴジュラスは逃げようするが手遅れだった。

 ふとヘルガはイヴァーナから習った歴史の授業を思い出す。生まれる前、ニューヘリックシティの世界貿易センタービルに飛行ゾイドが突っ込んだという自爆テロ事件だ。その翌年から西エウロペの小国のテロ組織をあぶり出すための戦争が始まり、対テロ戦争の時代が始まった。

 カミルは逃げ切ったらしく、自分の所にまで駆け寄ってくる。

『よし! あいつは倒壊に巻き込まれた! あれなら助からない!』

「やったかしら?」

 ヘルガはヘッドギアを被り、暗視カメラとスコープを作動させズームイン・アウトを繰り返しながら撃破確認を行う。煙の中から二つの目が赤く光った瞬間、ゴジュラスキャノンが火を噴いて砲口と爆炎が煙を吹き飛ばした。

「えっ!?」

 ヘルガが目を見開いた瞬間、砲弾の一発がシルヴィアの真横に着弾、もう一発もリリアの近くで着弾、カミルの悲鳴が生々しく響いた。

『うあああああっ!!』

「ああああっ!!」

 ヘルガはさっきと同じくらいの衝撃でコクピット内が激しく揺さ振られてリリアは右側臥位に転倒する。遠くなった意識を必死で呼び戻し、全身の鈍い激痛に耐えながら、額から流れ出る血を手で拭い各種警報スイッチを切って立ち上がらせると、細かい傷だらけのゴジュラスはボロボロのシルヴィアと対峙していた。

『ヘルガを……絶対に……渡すものか!』

『少年、いい心意気だ。だがそれがいつまで続くかな!』

 サイモンの冷淡な声が聞えるとゴジュラスは跳びかかったシルヴィアを両手で捕まえ、受け止めると地面に振り落とし、足で踏み付け、蹴ったくり、尻尾で叩きつける。

 これじゃ一方的なリンチだ! 大柄な大人が小さな子どもに虐待を加えるかのように叩き付けられ、その度にシルヴィアは悲鳴を上げる。

「やめて……そんなことしたら、カミル君が……カミル君が死んじゃう……お願い、お願いだから! もうやめてええええぇぇぇぇーっ!!」

 ヘルガは泣きじゃくり、取り乱して悲鳴を上げながらライフルを展開して引き金を引くが弾が出ない!

 警報が虚しく鳴り響き、MFDには発射装置故障と表示されるとミサイルに切り替えてゴジュラスにロックオンするが別の警報が鳴り響く。

 ヘルガは構わず発射したが今度は前足の付け根がいくつもの爆発を起こし、コクピットに喧しく警報が鳴り、MFDに前足の付け根が損傷したことを報せる。ミサイルが正常に発射されず、ポッドが爆発したらしい。

 ヘルガはミサイルポッドとライフルを強制排除すると、ゴジュラスは四連装ショックカノンをシルヴィアに向けて止めを刺そうとする。駄目! カミル君!! ヘルガはリリアを全速力で突っ込ませる。

『カミル・トレンメル君、君のような勇敢な少年を……私は生涯忘れない、せめて苦しまず――』

「駄目ええええっ!!」

 ヘルガは滅多に使わない諸刃の剣というべきあの技を発動させ、リリアの牙に電磁エネルギーを集中させて跳びかかった。


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