ゾイド Wild Flowers~風と雲と冒険と~第一期 作:尾久出麒次郎
『カミル君……残念だが今の君にこいつを倒せる術も力もない――』
ハロルドの言葉は冷酷だった。心が折れてしまいそうだった、それでも……ヘルガを守りたい! その気持ちがカミルを踏み止まらせる。こいつに勝たないといけない、それでもハロルドさんは勝てないと言ったが……その言葉には続きがあった!
『――そう、君一人ではな!』
ハロルドが強く言い放つとどこからか砲弾が飛んで来てゴジュラスに着弾、怯んだ隙にカミルはシルヴィアをダッシュさせてゴジュラスの脇をぬける。
『クソッ! 新手か!』
悪態吐くサイモン、ヨハンがビッグマザーに乗って駆けつけて来た。
『すまない! 遅くなった! だが聞かせてもらったよカミル君!』
その後ろにはマルゴ、イヴァーナも来てくれた。
『聞いてましたわよカミル君!! 姫様に恋心抱くなんて、あなたはとんでもない愚か者です!!』
『ヨハン! イヴァーナ! こいつを倒すぞ!』
ハロルドは内心嬉しそうに言ってるのが聞えた。ゴジュラスが怯んでる隙にカミルはリリアの所に駆け寄り、無線通信でヘルガに呼びかける。
「ヘルガ! ヘルガ! しっかりして!」
『私は大丈夫よカミル君……一緒に、あいつを倒そう!』
ヘルガはモニター通信で返事した肩を上下させ、顔色も極度の疲労に満ち、額には血を拭った跡があり、表情と眼差しも気力で保ってるようだった。それでカミルも不思議と負ける気がしなかった。
「うん、みんなでね!」
カミルが頷くとヘルガはリリアを立ち上がらせ、叱咤激励する。
『リリア!! もう少し頑張って!! みんなが来たからあと一息よ!!』
リリアはそれに応えるかのように雄叫びを上げると、カミルは背後からの気配に気付いてジャンプさせるとゴジュラスが尻尾で叩きつけてきた。着地と同時に反転、ショックカノンを撃って牽制すると、イヴァーナが指示を出す。
『ヨハン! メガロマックスとありったけの弾丸でボコボコにしてやりなさい! 怯んだその隙にハロルド! 姫様! カミル君!
『了解!』
ヨハンは頷き、ビッグマザーの砲撃体勢に入らせる。
「アローファランクス!?」
カミルは聞き慣れない言葉にともヘルガが簡潔に言う。
「三機同時に格闘攻撃よ! カミル君、私は左から行くからあなたは右から同時に、ハロルドが攻撃した次の瞬間よ!」
『そうだ、僕が体当たりした瞬間、二人でとどめを刺せ!!』
ハロルドも一度避退して距離を取るとアリエル二世のEシールドを展開、シールドライガーに乗ったことはあるがEシールドを展開するのを見るのは初めてだった。サイモンもそうはさせんと言わんばかりに砲撃してくる。
『やらせるか!!』
ゴジュラスキャノンが稼動するとカミルはシルヴィアをおすわり状態にしてショックカノンの射角を確保、一瞬で照準して撃ちまくった。
砲塔を支える根元が損傷し片方がへし折れて落ちると、ゴジュラスの機体バランスが崩してよろめいた状態で砲撃したため、転倒しなかったが大きな隙ができて、サイモンは悪態を吐いてるのが聞えた。
『クソッたれ! やってくれるじゃねぇか!』
よし! 崩れる瞬間を確認するとカミルは反転させて距離を取って加速する。
『ビッグマザー!! メガロマックスプラス……ファイア!!』
すれ違いざまにビッグマザーがディバイソンの必殺技、メガロマックスで一〇五ミリ一七連突撃砲が一気に火を噴き、更に左右の八連ミサイルポッドから全弾発射! 本で読んだことあるが見るのは初めてだ。
反転させると、砲弾とミサイルの雨がゴジュラスに着弾した。
「凄い! 今のはメガロマックス!?」
『ミサイルを加えてプラスだ! 本当は三連衝撃砲と小口径四連バスーカも使いたいけど、残しておかないとね!』
ヨハンは自慢げな口調で言う。一瞬だけ左隣を見るとアリエル二世がいてその向こうにはリリアがいる。アリエル二世はゴジュラスに向かって全速力でダッシュ、見るとあれだけの砲撃を受けてもまだ動いていた。
『カミル君、私が合図するからハロルドがアタックを決めた瞬間、同時に左右から跳びかかるわよ!』
「わかった!」
無線を介し、ビルの向こうにいるヘルガと目を合わせたかのようにカミルは迷わず頷くと、頬の頭部強制冷却システムを展開して両前足の爪にエネルギーを集中させてあの技を使う。
できるか? 大丈夫、シルヴィアを信じろ。
体勢を立て直したゴジュラスは二連装七〇ミリ重機関砲を乱射する。
『ハロルドオォォォォォォッ!!』
サイモンは叫びながら乱射する。アリエル二世はシールドを張りながら殆どスピードを落とさす、弾幕を潜り抜けて一気にゴジュラスの土手っ腹に風穴を開けるかのように突進。シールドアタックだ!
突進の反動を利用してアリエル二世は後方に跳んだ瞬間、ヘルガが叫んだ。
『カミル君……今よ!!』
「いっけぇええええっ!!」
ジャンプの瞬間、飛距離を稼ぐためにイオンターボブースターを一瞬だけ噴射。
リリアも同時に跳びかかり、牙に電磁エネルギーを集中させる。
『エレクトリックファンガー!!』
「ストライクレーザークロー!!」
カミルはヘルガと同時に叫んで満身創痍のゴジュラスに爪と牙を叩き込んだ。人間で言うなら左右の頚動脈に、電磁エネルギーを帯びたリリアの牙は抉り、シルヴィアのストライクレーザークローが一撃で深々と切り裂いた。
ゴジュラスは天に向かって断末魔の悲鳴を上げた。
二機が着地すると、油断することなく距離を取って様子を窺う。
緊張の瞬間、ゴジュラスは頭を天に向けたまましばらく硬直した後、力尽きたのかその場で崩れ落ちるかのように前に倒れた。
『目標の撃破を確認! 敵ゾイド沈黙!』
ハロルドの嬉しさが篭った言葉でカミルは晴れやかな表情になり、ヘルガもモニター通信を介して晴れやかで嬉しそうな笑顔を見せた。
『やった! やったよカミル君! 勝った!!』
「うん! 君のおかげだよヘルガ!!」
カミルは礼を言うと上空から二隻の大型輸送艦型ゾイド、ホエールカイザーがゆっくりと降下してきた。ようやくガーディアン・フォースの到着だ。
ガーディアンフォースによって盗賊団兼PMC、ホワイトファングのメンバーは身柄を拘束され、ホエールカイザーに乗って連行される。カミルは手錠をかけられたメンバーのボスで、ゴジュラスのパイロットであるサイモンを見送る。
「少年、町長やセブタウンの連中に伝えてくれ……今まで俺や部下のことを良くしてくれて大いに感謝してるってな」
カミルは唇を噛む、間違いない。この人本当は悪い人じゃないと思いながら訊いた。
「それじゃあどうしてヘルガを狙ったんですか?」
「金だよ金、会社の経営状態が良くなくてね……ボスの仕事は部下だけじゃなくその家族も養わなきゃいけない……大人の世界には綺麗事では済まされないことが多くある。まっ、結果的に多くの犠牲を出したからな、その責任も取らないといけない」
その目は盗賊の頭ではなく、厳しい世間の荒波や命がけの修羅場を多く潜り抜けてきた男の目だった。サイモンは満足げな笑みを浮かべ、ハロルドに視線を向けた。
「ハロルド! この少年と……お姫様には素質と無限の可能性がある、かつてお前が救おうとしたあの二人のようにな!」
ハロルドは何も言わない、サイモンはガーディアンフォース隊員に急かされる。
「早く乗れ、時間がない」
サイモンは「フッ」と不敵な笑みを浮かべてホエールカイザーへと歩く。
「少年!! 君は私たちのようにはなるな!! なんせこの私を負かしたのだかな!! はははははは! はははははは……はーっはははははははは!!」
潔く敗北を認めたサイモン厳つい豪快な笑い声は爽やかさえ感じるほどだった。
そして、カミルとヘルガの冒険は終わりを迎えようとしていた。
満身創痍の五機はセブタウンに帰還すると真っ直ぐ整備工場に向かう、そこでカミルはシルヴィアのコクピットを開けて降りると、格納庫入り口に母親のトラゥデルと妹のウルスラが待っていた。
ウルスラはホバーボードで転んで入院し、退院した時のように駆け寄ってきた。
「お兄ちゃん! どこ行ってたのよ、お母さんも心配してたのよ!」
「ごめんウルスラ……心配かけて、母さん……またやらかしちゃった」
カミルは申し訳ないと思いながら謝り、母親は完全に怒ってるという顔だった。
「カミル……あんた……」
「ごめん! 母さん、心配かけたのは謝るよ!!」
引っ叩かれても文句言えない状態だ、だが次の瞬間母親は溜息吐いて苦笑した。
「カミル、父さんに似てきたわね。それに、一皮剥けたって感じがするわ」
「ごめんなさい」
「あたしのことはいいから、早く事務所に行ってジョエル君たちに顔見せてきなさい! それで初めて冒険は終りなんだから、家で待ってるわ!」
「ありがとう母さん! 行ってくる!」
カミルは礼を言って格納庫を出て事務所に入ると、ジョエル、アヤメリア、セレナが待っていて、真っ先にジョエルが飛び込んで抱きついてきた。
「おかえりカミル! 絶対生きて帰るって信じてたぜ!」
「ジョエル……ごめんね心配かけて」
ジョエルはカミルが苦しいと感じるほど抱き締める。
「ほら、アヤメリア言ってたでしょ? カミルは帰ってくるって、おかえりなさい!」
セレナは誇らしげに言いながらウィンクして微笑むと、アヤメリアは少し気まずそうな表情で立ち上がり、一歩ずつ躊躇いながら歩み寄ってきた。
「おかえりカミル……あのさこれ、読んだから返すね」
アヤメリアは名残惜しそうに『Wild Flowers~風と雲と冒険と~』を返すと、カミルは受け取る。アヤメリアは苦笑しながら訊いた。
「あんたがバン・フライハイトに憧れる理由が、少しわかったような気がしたわ……本気で、バン・フライハイトのような英雄になりたいの?」
アヤメリアの問いにカミルは首を横に振った。
「ううん、僕はバン・フライハイトの足下にも及ばない……でも、僕は彼のように自分の足で世界を回り、自分の目で世界を見たいんだ」
「そうだったんだ……カミル、やっぱりヘルガのことが好き?」
アヤメリアは迷いを捨てたかのような表情で問い詰めると、カミルは臆することなく頷いた。
「うん、ヘルガは僕の夢を素敵な夢だと笑顔で言ってくれた!」
冗談だと笑ったんじゃない、笑顔で真剣に受け入れてくれた。アヤメリアはカミルの言葉を受け止めたのか、微かに瞳が潤ったように見えた瞬間一変していつもの明るい笑顔に変わった。
「そうか! カミル……あんたは自分がいつまでも弱い男の子だと思ってたけどさ……今のあんた、立派な男の顔よ! 明日、学校のみんなに武勇伝聞かせてあげな! 安心したから、帰るね! それじゃ!」
「ああっおい、アヤメ――」
帰るアヤメリアを引き止めようとするジョエルをセレナはポンと肩を置いた。その表情は無表情で首を軽く左右に振ると、セレナはカミルに訊いた。
「ねぇカミル、あんだけシルヴィアちゃんがボロボロになったんだから、どんな奴と戦ったの? 話しを聞かせてくれない? ジョエルも気になるでしょ?」
「そうだな、聞かせてくれないか? どんな奴らだったんだ?」
ジョエル頷いてソファーに座ると、カミルはどこから話そうかと思いながらソファーに座り、モーテルでヘルガを助けに行くところから話し始めた。
格納庫脇のベンチに座り、工場長から貰った一本のプレミアムシガーを吸っていた。
本当は静かな所で吸いたかったが、良さそうな場所をアヤメリアに先を越されていた。しかもそこでうずくまって泣いていたのだから、よけい居辛くなってここで吸ってた。
すると隣にヨハンがさりげなく座ってきて、ハロルドはリラックスして訊いた。
「どうだヨハン、ビッグマザーの調子は?」
「少し時間がかかるそうだ、セブタウンを出るにはもう一週間と言ったところか?」
「ああ、それとさっき姫様とイヴァーナは買い出しから帰ってきた……姫様もどうやら一歩大人に近づいたらしい」
「どうしてそう言える?」
「姫様とすれ違う時……買い物籠の中にナプキンが入ってた。きっと初潮が来たんだろう……実はさっき、カミル君から相談があってな、昨夜……姫様と愛し合う夢を見て下着を汚したってさ」
「そうか、カミル君も一歩大人に近づいたわけか……ヨハン一応訊くが真面目に話を聞いたよな?」
「当たり前だ! カミル君は父親がいない!」
ヨハンは真剣な表情で言う、そういえばヨハンの特技は多感な思春期の子たちの心を掴むのに長けているんだった。旅先で姫様と同い年くらいの子からラブレターを渡すよう頼まれたこともあったよな? ハロルドは思わず口元が緩む。
するとヨハンもリラックスした様子で足を組み、整備中のアリエル二世を見上げる。
「今回は本当にカミル君に助けられたな、何かお礼しないと」
「そうだな、どんなお礼がいいと思う? 姫様を命がけで守ってくれたから」
「いいこと思いついた! 姫様がメイドに扮してご主人様のカミル君にご奉仕!」
ヨハンの提案にハロルドは苦笑せざるを得なかった。
「ははははははは……確かにいいかもな、姫様も城の人たちのように働いてみたいって言ってたが現実的ではないな、俺たちに残された時間も十分とは言えん」
「だろうな。整備が終わり次第、また俺たちもここを発たないといけない」
「ま、一回くらい本人に訊いてみよう。イヴァーナも帰ってきたしな……出発までの時間はまだある」
ハロルドは残りのプレミアムシガーを満喫すると、姫様とイヴァーナのいる居住コンテナに帰る。ほんの一日空けた程度なのに四人揃うのは久し振りに感じる空気だった。
イヴァーナは一刻も早くセブタウンを発ちたい様子だった。
「姫様、ゾイドの修理と整備、及び補給が終わり次第ここを発ちます」
「ええ、それまでもう少し時間あるわ」
姫様の凛とした表情は変わらないがどこか寂しげだった、いつものことだ。立ち寄った町を発つ時いい友達ができるとこんな表情になる、だが今回ばかりは少し違う。同い年の男の子に助けられ、守られ、心を通わせた。
姫様はどう思ってるんだろう? するとヨハンは提案した。
「姫様、イヴァーナ、一つ言わせてくれ、今回の件だがカミル君には大いに助けられた……正直このままセブタウンを去るのも気が引ける……自分は彼に何かお礼をするべきだと思う」
「私も同意見だ、彼がいなかったら私たちもどうなっていたかと思う。一度カミル君本人に訊いてみたいと思う」
ハロルドも賛同するがイヴァーナは首を横に振る。
「その必要はありません! 私たちは一刻も早くここを発たねばなりませんし、旅を終えてからアーカディア政府がカミル君の家族、いいえセブタウンに援助と言う形で行えば、マゼラン政府にも今後の貸しが作れます! 全てが終わった後のアーカディアのことを考えれば味方は多い方がいいです!」
「ゾイドたちの整備修理が終わるまで数日かかる。その間にできることでいい」
ハロルドはあの少年を政治利用するつもりか? と言いたかったが姫様の前で口にするわけにはいかない。姫様も察したのか遠回しに鋭い口調で言った。
「イヴァーナ、カミル君は政治の道具なんかじゃない。一度……カミル君に訊いてみましょう」
台詞の後半は柔らかく穏やかで、表情も年頃の女の子そのものだった。イヴァーナは微かに気に入らないという表情を露にしていた。