ゾイド Wild Flowers~風と雲と冒険と~第一期 作:尾久出麒次郎
すぐに一行は整備工場にいるカミルの所に行く、ジョエルという少年の案内でカミルはシルヴィアを整備してる格納庫に行き、格納庫脇のベンチでシルヴィアをボーっと見上げていた。
ヨハンは気さくな口調で声をかける。
「カミル君、ちょっといいかい?」
「ヨハンさん? どうしたんですか、みんな改まった顔をして」
カミルはベンチから立ち上がって一行を見回した。イヴァーナは一歩引いた所から腕を組んで壁に寄りかかって傍観者に徹するような位置に立ち、ヘルガは改まった口調になる。
「カミル君、本当にありがとう。イヴァーナも素っ気ない態度をしてるけど本当は感謝してるわ」
それでカミルは照れ臭さそうな表情になる。
「ヘルガ、僕は別にその……君を……守りたかったから、ただそれだけなんだ」
「君はゴジュラスに恐れず立ち向かったんだ、胸を張っていいんだぞ」
ハロルドは精悍な笑みは鳴りを潜め、温かい笑みで言うとカミルが首を振る。
「そんなことないですよ、僕はあの時凄く怖かったしもう一度戦えと言われたらできるかどうかわからない。最後に止めを刺す時に息を合わせられたのも、シルヴィアのおかげだと思ってます」
「そう謙遜しなくていい、確かに君一人で倒すのは無理だった。でもシルヴィアは最後まで諦めずに応えてくれたのは? 君はシルヴィアを心で動かしていたんだ」
そうハロルドはゴジュラスに止めを刺す瞬間、姫様のアシストがあったとは言えあそこまで息を合わせられるのは経験豊富なパイロットであることは勿論、ゾイド自身の豊富な戦闘経験がないと難しい。
彼は経験不足を心で補う、彼はゾイドを心で動かしたんだ。
話しが脱線しそうになる、ハロルドは軌道修正する。
「まあ難しく考えなくていい。実は僕たち君にお礼がしたいと思ってきたんだ」
「カミル君、何か困ってることとかない? お父さんがいなくて家が貧しくて困ってるとか、私たちもできる限りのことをするから」
姫様は親身になって聞く姿勢だが、カミルの表情は何か重大な決断を迫られたかのような険しい表情になっている。もしかすると、彼の家庭に借金とかの重大な問題でも抱えてるのかもしれない。
「うちは特に……祖父の残してくれた遺産と母が農場で働いて安定してますし、僕も妹も学校に行けてます」
まあ確かにセブタウンは見たところ豊かとは言えないが、貧困というわけではない。ハロルドは少し安心した面持ちで訊く。
「そうか、何か君個人で私たちに頼みたいことないか?」
「あります」
カミルは迷うことなく頷き、少し間を置いて決意の眼差しになる。
「僕を……旅の仲間に入れてください!」
一行に電流が走り、姫様は自分の聞いたこと言葉が信じられないような瞳でカミルを見つめ、イヴァーナが真っ先に前に出る。
「なっ!? 何を言ってるんですか! 私たちの旅は旅行とは全く違うんですよ! 私たちだって何度も命の危機に陥ったことか!」
幾多の死線を潜り抜けてきたイヴァーナの鋭利なグラスグリーンの眼差しがそれを物語っている、それでもカミルは臆することなく面と向かって言う。
「わかってます。イヴァーナさん……このエウロペを旅することは、いつ命を落としてもおかしくないことをよく知ってます。旅するゾイド乗りたちが内戦や紛争、風土病、盗賊や野良ゾイドの襲撃、人里離れた山や砂漠での遭難、様々な原因で命を落としたり何十年経っても未だに行方不明の人がいることを」
「それなら何故!? あなたにはあなたの安定した進むべき道があるわ! パタゴニアの学校に行けばゾイドウォーリアーになる道だってあります! レールから外れてもいくらでもチャンスはあります! 私たちのやることは……脱線すればそのまま死の谷底へ真っ逆さまに落ちるんですよ!」
「わかっています、それでも俺は……バン・フライハイトのようなゾイド乗りになりたんです!」
カミルは一歩も引かない、ハロルドは肯定も否定もせずただ耳を傾け、ヨハンは腕を組んだ。
「イヴァーナ、カミル君は確かに今は頼りないが俺たちが鍛えればいい。共通言語を喋れるし、姫様の話からしてサバイバルの心得もあるし兵士としての素質も十分ある。それにホバーボードで何回も死ぬような目に遭ってるから度胸もいい、俺個人としてはカミル君のことはとても気に入ってる。連れて行ってもいいと思ってるくらいだ」
随分大胆な意見だとハロルドは苦笑すると、姫様はそれを見逃さなかった。
「ハロルドはヨハンの意見に賛成なの?」
「なんとも言えません、私としては彼自身がどれほどの覚悟があるのか……姫様自身はどう思ってます?」
「仲間になってくれるのは嬉しいけど、これから先のことを考えると危険な目に遭わせたくないわ」
姫様は内心嬉しさと同時に自分のために彼を、過酷な運命に巻き込みたくないという思いが入り混じって葛藤してるようだ。
ハロルドとしてはカミルが人生を左右する程の覚悟を決めてるのか、あるいは思春期特有の後先考えない恋心と冒険心によるものなのか? これは本人でもわからないし、どれほどの覚悟かわからないなら試すしかない。
「カミル君、もし僕たちと旅がしたいのなら……君の覚悟を試したい」
ハロルドの言葉を、カミルはあるがままを受け止めるような表情だった。
そして別れの日が来るまで、以前と同じように姫様はカミルとその友達と遊んで一日一日を大切に過ごす。イヴァーナも前ほど口うるさく介入してくることはなかった。
カミルたちの卒業の日を経て、セブタウン発つ日はあっという間にやってくる。
パタゴニアへ旅発つ一週間前、ヘルガたちとの別れの日が来た。
整備工場では四機のゾイドが格納庫を出て出発の時を待つ。カミルはジョエル、アヤメリア、セレナと四人で最後の挨拶をしていた。
「皆さん、このたびはカミルがお世話になりました」
セレナがお礼を言うとハロルドは微笑む。
「ははははははは世話になったの僕たちの方だよ。セレナさんの方こそ、姫様のことを良くしてくれて本当にありがとう」
イヴァーナも別れ際なのか、少し寂しそうに微笑んで優しく感謝の言葉を述べる。
「カミル君、姫様を守ってくれてありがとう。でももう無茶しちゃ駄目ですよ。アヤメリアさん、彼のこと頼みましたわよ」
この三週間、イヴァーナと一番気が合ったのはアヤメリアだった。
「はい、イヴァーナさんもいつか素敵な人を見つけてくださいね」
「もう! 言わなくてもわかってますわよ、あなたこそパタゴニアに行けばきっと素敵な出会いが待ってること信じてます!」
イヴァーナは朗らかな笑みを浮かべながらアヤメリアの頭を撫でる。
それを聞いたジョエルはニヤける。
「それはどうかな? アヤメリアってガサツで男勝りだし」
「そういう子が好きな子がいるんだよねこれが」
「そりゃあ楽しみっすね! ヨハンさん」
「そう! 人生楽しんだ者勝ちだジョエル君、落ち着いたらいつかアーカディアにおいで、いつでも待ってるからな」
「はい! ありがとうございました!」
ジョエルはヨハンと固い握手を交わす。
カミルはヘルガを見つめ、ヘルガもカミルを見つめていた。カミルはヘルガに触れたいという気持ちを必死で抑え、息が詰まりそうだった。
「……ヘルガ、君はこの旅が終わったらどうするつもり?」
「終わったら……王女としてアーカディアを支えていく責務が待ってるわ」
ヘルガの言葉は重い。生まれた時からアーカディア王国の王族として宿命を背負い、いつかはどこかの国の貴族や上流階級の人と結婚するのかもしれない。もしかすると政略結婚だってあり得るのかもしれない。
「カミル君……本当にありがとう、守ってくれるだけじゃなく……いろんなことを教えてくれて、ほんの少しの間だけ……普通の女の子になれた気がしたわ」
「僕も、君と一緒に冒険ができて楽しかった」
そして一人の女の子を好きになったという気持ち、だけど絶対に自分の思いを伝えてはいけない、カミルにはそんな気がして拳を握り締める。もう二度と会えないかもしれないのなら、いっそのこと好きだと伝えればいいのに、でもその言葉はヘルガは傷つけてしまうのかもしれない。
「ヘルガ……俺――」
「姫様、そろそろ行きましょう」
イヴァーナの有無を言わせないハッキリした硬い口調で、ヘルガは間を置かずに返す。
「すぐに行くわ!」
そう言った瞬間、ヘルガは歩み寄って左手をカミルの右頬に触れ、顔を近づけた。その場にいた全員が驚愕して注目する視線を感じなががら、カミルは固まった。
「私のこと、好きになってくれてありがとう……君と見た花畑と星空、ずっと忘れないから」
カミルの耳元にヘルガの甘美な吐息と囁き、カミルは好きになった女の子と心が通じ合えたと確信して嬉しかった。ヘルガはカミルから離れ、手を伸ばすともう届くことはない距離、それでも。
「ヘルガ!」
カミルの引き止めるような声に、ヘルガは立ち止まって振り向く。
「いつか……いつか必ず、君に会いに行くから! シルヴィアに乗って君に会いに来るから!」
「……うん、待ってるわ」
ヘルガの微笑みは叶うことのない約束を、健気に信じようとしてるようにも見えた。そしてリリアに乗るとセブタウンに別れを告げるかのように雄叫びを上げ、アリエル二世も吼えると四機のゾイドは動き出しセブタウンを去って行った。
セレナは名残惜しそうに呟く。
「行っちゃった……可愛くて綺麗な子だったね」
「でも、あの人たちには行くべき道があるように、私たちにも行くべき道があるわ」
アヤメリアも寂しそうに腕を組むと、ジョエルはポンとカミルの肩に手を乗せる。
「カミル、会いに行くんなら早い方がいいぜ……でないとお前より顔も頭もよくて金を持ってる男に、先を越されちまうぞ」
「わかってる、だから言ったんだ」
カミルはそう言うと踵を反して家へと歩いた。
家に帰ると、母親は家で洗濯ものを取り込んでいた。
「おかえりなさいカミル、家の裏にいたシルヴィアちゃんはどうしたの?」
「ああ……シルヴィアは……パタゴニアには連れて行けないよ」
「そう、置いてよかったと思うわ。大きいけど素直でかわいかったのよ……父さんのゾイドが好きな理由、少しわかったわ」
母親は少し残念そうな表情をしていた。カミルは自室に入るとベッドに転がって『風と雲と冒険と』を開く、もう読み返すのは何度目だろう? ふと、そう思いながらカミルは初めて開いた時の気持ちを思い出すが、すぐに考えるのをやめた。
旅立ちの日はすぐそこまで来ているのだから。