ゾイド Wild Flowers~風と雲と冒険と~第一期   作:尾久出麒次郎

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第七話、その1

 第七話、ここから始めよう、全てを!

 

「カミル! 逃げろ! 逃げるんだ!」

 叩き起こされて目が覚めたばかりのように重い瞼とぼやけた視界、祖父の必死の怒鳴り声が曇って聞こえる。

 真夜中、カミルの寝室で家に入ってきた厳つい強盗と祖父は取っ組み合いになり、カミルは尻餅ついてガタガタと震えていた。強盗の男は手に小型リボルバー拳銃を持っている。

 祖父の手にも中型のマグナムリボルバー拳銃が握られてお互いに銃口を向け合おうと取っ組み合いをしてる。

 母親のトラゥデルと妹のウルスラは隣の家に逃げて保安官を呼びに行き、カミルは逃げ遅れたのだ。

「この! 死に損ないが! 放せジジイ!」

 強盗の男は剛腕の祖父の手から逃れようと抵抗し、祖父は必死でカミルに逃げるよう促す。

「カミル! わしのことはいいから早く! 走れ!」

 カミルは四つん這いになって死に物狂いで両手両足を動かし、リビングのテーブルに縋りながらようやく立つと目の前にはポンプアクション式の散弾銃――HM210と弾薬であるショットシェルが置いてあった。

 祖父が分解掃除していたのだろう、クリーニングキットも置いてあった。

 これならお祖父ちゃんを助けられる! でも、そんなことしたら……カミルがおろおろと数秒間、躊躇した次の瞬間。

「ぐあああぁぁぁっ!」

 銃声と祖父の痛々しい悲鳴が背後から響いて背筋が凍った。お祖父ちゃんが強盗に撃たれた! 次は自分だとカミルは背筋が凍り、目の前にあるHM210を取る。

 母親は反対してたが、祖父は自分や妹に銃の扱い方を教わっていた。見たところ銃の清掃をする前後だったんだろう。

 カミルは弾薬であるショットシェルを取りHM210のローディングゲートに入れると、背後から強盗の声が響いた。

「おいガキ! どこだ! どこにいる!」

 足音がゆっくり一歩ずつ近づいて来て扉がゆっくりと開く。カミルはHM210を持ってテーブルクロスが敷かれたテーブルの下に隠れる。気付かれたら殺される……殺される! カミルは本能的な恐怖と戦いながら通り過ぎるのを待つ。

「逃げたか……まあいい」

 足音が目の前まで通り過ぎ、別の部屋に入って物色する音が聞こえた。

 あいつが……あいつが、お祖父ちゃんを……許さない……絶対に許さない!

 やがてカミルは恐怖よりも祖父を撃った強盗への怒りが芽生え、それが徐々に勝って音を立てずにテーブルから出て、母親の部屋まで近づく前に安全装置を解除した。

 半開きになってる扉から強盗の背中が見えた、気付いてない。

 カミルはゆっくり照準を背中に合わせると躊躇いが芽生える、今なら強盗に気付かれないうちに逃げられる。

 その躊躇いも呼吸を整え、フォアエンドを勢い良く前後させて鋭い金属音の響きと共に振り払い、強盗が気付いて振り向いて目が合った瞬間、引き金を引いた。

 

 頭の中で凄まじい銃声が響いた瞬間、カミルは目を覚ました。

 寝汗でシーツと毛布がぐっしょり濡れていて、またあの日の夢を見たかと起き上がって頭を抱えた。

 あのあとまだ息のあった祖父が這いながらやってきて、カミルは泣きながら話した。

 

――お祖父ちゃん……僕……人を撃っちゃった……。

 

――ああ、わかってる。いいかい……カミル、わしが撃ったんだ……銃を渡しなさい。

 

 カミルはHM210を渡すと、祖父は最後の力を振り絞るかのように言い聞かせた。

 

――いいかいカミル……人を殺すのは絶対にいけないことだ……だが、世の中は今のように綺麗事や正論が通用しないのが当たり前だ……もしそんな時が来ても今日のことを思い出せ、一人を殺せばもう一〇人、一〇〇人殺しても同じだ。 

 

 それが最期の言葉だった。

 あの後すぐ保安官が来て、祖父は家に押し入った強盗に撃たれて最期の力を振り絞り、散弾銃で射殺したと処理された。もしあの時、早く逃げてリビングに逃げて銃を取っていたら多分、少なくとも祖父を救えたかもしれない。

 Ziフォンを見ると朝の七時前だった。

 

 ヘルガたちが旅立って数日が経ち、パタゴニアに旅立つ日ももうすぐ近づいてきた。

 リビングに入るとテレビでは朝のニュース番組が放送され、昨日の現地時間の午後三時頃、アーカディア王国首都アーカナにあるアーカディア城でアトレー・アーカディア前国王が演説中に突然、心臓発作を起こしアーカナ市内の王立病院にて搬送されたと、ニュースは報じた。

「あ、おはようお兄ちゃん!」

 妹のウルスラは丁度コーヒーをカップに注いでる所だった。

 ウルスラは二つ下の一三歳で金色の長い髪にエメラルドグリーンの大きな瞳、北エウロペの人間にしては珍しく透き通る白い柔肌、人懐っこい小動物を思わせる愛くるしい顔立ちで童話の主人公になれそうな美少女だ。

「おはようウルスラ」

 カミルは今日も妹は可愛いと慈しむ眼差しで見つめ、微笑む。

 トレンメル家のルーツはゼネバス帝国にあり、第二次大陸間戦争時代にエウロペに進軍したガイロス帝国軍かヘリック共和国軍の残留したゼネバス系人兵士たちの子孫だ。

 どちらかはわからないが、カミルは紺色の髪でウルスラは金髪だ。

 そしてこのセブタウンは残留兵士たちが森を切り開き、畑を耕し、旅人たちの憩いの場を作った限りなく村に近い小さな町だ。

 母親はもう農場の仕事に出かけたのだろう。ウルスラは朝食を作って一緒に食べると他愛ない話をしてるうちにこの前の冒険の話になる。

「――すぐに風で吹き飛ばされちゃったけど、あの時内職手伝っていてよかったよ。その後は一緒に星空も見上げた……シルヴィアを探してる間、片手程度しか見られなかった綺麗な星空をね」

 さすがにずぶ濡れになって一緒に温泉に入って、裸になって一緒の寝袋で寝たなんて言えないけどねと、内心付け加えるとウルスラは率直に訊いた。

「ねぇお兄ちゃん、あのお姫様のこと好き?」

「……うん、勿論さ」

 カミルは一呼吸置いて首を縦に振ると、ウルスラは無邪気にニッコリと笑顔になる。

「優しくて綺麗な人だったもんね!」

「それだけじゃないよ、僕より強くて大胆で……別れ際に言ってくれたんだ。私のこと好きになってくれてありがとうって」

 カミルは視線を落として呟くと、ウルスラは大きな瞳で見つめる。

「また……会いたい?」

「……うん!」

 カミルは満面の笑みで頷く。

「会えるわよ、あんたが大人になって自分でお金稼げるようになったらさ、アーカディアに行って……あの冒険はいい思い出だったって笑い合える日が来るわ」

 隣に住んでる幼馴染みのアヤメリア・ハミルトンがいつの間にか入ってきた。

 母親はアヤメリアのことを信頼していて、カミルが山に行ってる間の留守中にウルスラの面倒を任せるほどだった。

「あっ! おはようございますアヤメリアさん! コーヒー淹れましょうか?」

 ウルスラもアヤメリアのことを姉のように信頼している。

「あっ、いいよすぐに出かけるから、それでさカミル……裏庭に置いてたライガーゼロのシルヴィア……本当に逃がしたの?」

「うん、パタゴニアには連れて行けないから」

「そう、パタゴニアには……ね」

 アヤメリアはカミルの心の奥底を覗くように見つめる。カミルは極力逸らさないように見つめる、一瞬でも逸らしたら見抜かれそうだった。

「ねぇ、せっかくだからさ……ちょっと付き合ってよ、ここにいらえるのも……そう長くないからさ」

 アヤメリアの言う通りだ、ここにはもう長くはいられない。

 

 

 セブタウンが一望できる高台でパティンは双眼鏡でライガーゼロを探していた。

 盗賊団「荒野の蜃気楼」は盗賊兼PMCのホワイトファングのおかげで一時活動を大幅に縮小していたが、あのライガーゼロの少年とケーニッヒウルフの少女とその三人の護衛のおかげで瓦解、社長のサイモンと社員はガーディアン・フォースに逮捕された。

 そしてケーニッヒウルフの少女とその護衛の三人は旅だってしまったがライガーゼロはまだ残っている、パティンは無線機で待機してる仲間に指示を送る。

「あの小僧は真っ直ぐメルヴィに向かってる。母親は農場で仕事の真っ最中だ、妹さんは家で留守番してる、すぐに作戦を開始しろ」

『了解』

 目標の家の近くに潜んでる仲間が返事すると、パティンは油断せず双眼鏡で目標の動きを確認する。

 目標のライガーゼロの持ち主である少年は世界中に店舗があるコーヒーチェーン店――メルヴィルコーヒー(略称:メルヴィ)のセブタウン店に友人と歩いて向かってる。

 ライガーゼロ強奪作戦開始だ、パティンは森に隠していた巨大蛇型ゾイド――レティックピュトンのコクピットに入った。

 

 

 ウルスラ・トレンメルは不安に押し潰されそうな気持ちで誰もいない家で一人、台所で洗い物をしていた。

 もうすぐお兄ちゃんはあのお姫様の後を追いかけて旅に出る、お姫様との恋は応援してあげたいけどお父さんも死んで、お祖父ちゃんも死んで、今度は大好きなお兄ちゃんが危険な旅に出て……。

 ウルスラは首を横に振って涙を堪えながら否定した。

 そんなことはない! これまでホバーボードで一〇回以上転び、八回崖下に転落、あるいは滑落、三回骨折して去年の今頃は首都の病院に搬送され、一週間の昏睡状態なっても生きて帰ってきたんだから!

 お兄ちゃんが死ぬはずない、だってシルヴィアちゃんだって一緒だから一人じゃない!

 気がついたらウルスラは一人ですすり泣いていた。お父さん、お祖父ちゃん、お願い……お兄ちゃんを守って、涙を拭いながら洗い物を終えると扉が開いて足音がした。

「お母さん? もう帰ってきたの?」

 ウルスラはタオルで手を拭いて出入口に行くと誰もいない、あれ? 気のせいかなとウルスラは台所に戻ろうとした次の瞬間、口元を押さえられた!

「んっ!?」

「静かに、死にたくないなら大人しくしろ」

 知らない丸刈りの厳つい男がナイフをウルスラの目の前に銀色に光らせてる、首の頸動脈を切られれば一分足らずで失血死する。ウルスラはこれまで経験したことのない命の危険にガタガタ震えながら心で叫んだ。

 お兄ちゃん助けて! 怖い! 助けて! お兄ちゃん!

 

 解説

 

 メルヴィルコーヒー

 ヘリック共和国に本社を置くコーヒーチェーン店、元々は地球のシアトル系コーヒーショップのスター〇〇クスやタ○○ズコーヒーのグローバリー三世号店の店員たちが興した会社で二一世紀の地球以上に世界中に展開しており、発展途上国の田舎町から多国籍軍基地にも店舗ができるほど知名度は高い。略称はメルヴィで通じる。

 ライバルはエイハブコーヒーでこちらも世界各地で展開してエイハブで通じる。

 

 レティックピュトン

 ブリタニア連邦製の大型ニシキヘビ型ゾイド、長い体を持ち格闘戦時には締め上げてゾイドコアを圧迫し、駆動系統を破壊して戦闘不能に追い込む。奇襲用・陸軍機で射撃兵装は乏しいが、隠密性と機動性は高くとぐろを巻きにしてコンテナに入れて空挺降下できる。地中に潜れて、静粛性に優れるため特にブリタニア()陸軍特殊()空挺部隊()の主力ゾイドとなっている。

 全長49.5メートル 全高5.5メートル 重量70.7トン 最高速度時速190キロ

 武装

 ブリタニア・ロイヤル・システムズ社製12.7ミリ機関銃二挺

 ブリタニア・ロイヤル・システムズ社製35.7インチマグナムカノン 

 ヘレフォード・エレクトロニクス・ディフェンス社製光学迷彩

 ヘレフォード・エレクトロニクス・ディフェンス社製Eシールドジェネレーター 

 レーサーファング


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