ゾイド Wild Flowers~風と雲と冒険と~第一期   作:尾久出麒次郎

27 / 48
次回からいよいよ冒険の旅の始まりです!

推奨EDテーマ
上條恒彦「だれかが風の中で」


第七話、その4

 昏倒させた二機のシャドーフォックスはセレナが助けを呼び、再起動する前に駆けつけた自警団のゴドスによって捕縛され、パイロットの盗賊二人は保安官に身柄を拘束された。

 カミルが殺した二人の盗賊とレティックピュトンのパイロットは死亡が確認され、セブタウンの共同墓地に埋葬するという。保安官との事情聴取が終わる頃には日が傾き、カミルは自宅の裏庭でシルヴィアを駐機させると、リビングのテーブルに座ってみんなに全てを話した。

「じゃあ……お祖父ちゃんを撃った強盗を散弾銃で殺したのはカミル、あなただったのね」

 農場から駆けつけた母親に問われて、カミルは重く頷くとジョエルも重い口を開く。

「俺……なんとなく……薄々気付いてた。カミル……祖父ちゃんが死んだ後、週末シルヴィアを探すため山に引きこもったよな? あれさ、俺達のこと気遣って距離を置こうとしてたんじゃないかって思ったんだ」

「うん……今思えばそうかもしれない」

 カミルは重く頷くと、アヤメリアは思い詰めた眼差しで涙を浮かべて問い詰める。

「だったら……どうしてもっと早く話してくれなかったの!?」

「話したところでどうなる? みんなを苦しめるだけだよ、相手が強盗殺人犯とはいえ友達が人殺しなんて」

 カミルは虚しい笑みで首を横に振ると、アヤメリアは捲し立てる。

「でも……でも――」

 泣き乱すアヤメリアにセレナはジッと冷静に見据えた表情でそっと肩に触れる、アヤメリアはセレナと目を合わせると何かを諭されたのか、コクリと頷いた。

 カミルはあの瞬間を思い出す、自分でも恐ろしくなるほど鮮やかに動くことができたのは妹を助けるために殺すと迷いを捨てたからだ。 

「ウルスラを助ける時……僕は――」

「言わないで!」

 ウルスラの悲痛な声が小さな家に響き、泣きながら捲し立てる。

「お兄ちゃんは悪くない! だって、お祖父ちゃんだって言ってた! 綺麗事や正論は時に自分や大切な誰かの命を殺めるって! だから……お兄ちゃんは……悪くない……悪くない!」

「うん、わかってるよウルスラちゃん……カミルは悪くないわ」

 セレナはそっとウルスラを抱き締めると、カミルは安堵すると妹が淹れてくれたコーヒーを口にする。すっかり冷めてしまったが、美味しいけどいつもより苦味を強く感じた。

「カミル、話してくれてありがとう。パタゴニアではみんなであんたのこと守るから」

 アヤメリアは涙を拭って言うと、カミルは虚しさを超えて爽やかな笑みで首を横に振った。

「……僕はもう、みんなとは行けない」

 そう言ってカップのコーヒーを飲み干し、席を立つと母親は覚悟を問う眼差しになる。

「カミル……本当に行くんだね、シルヴィアちゃんと」

「……うん、僕はもう決めたから!」

 カミルはテーブルの向こう側にいるみんなが見えない壁に隔たれ、もう戻れない気がした。それはみんなもわかってる様子だった、それでもウルスラは引き止めるようにカミルに両腕で精一杯抱き付く。

「お兄ちゃん!」

「……ウルスラ」

 カミルは両手をウルスラの肩にそっと置いて少し屈み、妹の視線に合わせてエメラルドグリーンの瞳を見つめる。

「お兄ちゃん……約束して! いつか、必ず帰って来るって!」

「うん、いつになるかわからないけど……約束する!」

 カミルは絶対に守らないといけない約束だと肝に命じると、ウルスラはギュッと抱き締めてくれた。カミルも最期かもしれないウルスラの温もりを全身で、噛み締める。

「お兄ちゃん……大好き!」

 ウルスラは柔らかい唇をカミルの頬にキスすると、カミルも温かく見つめて微笑みウルスラの頬にキスした。

「うん、僕もだよ。ウルスラは世界で一番可愛い妹だから」

「えへへへ……」

 ウルスラは嬉しそうに微笑んで、ジョエルも気の抜けた笑みになる。

「カミル……やっぱお前、シスコンだろ」

 ジョエルに指摘されて今更否定しようという考えすらなかった。

「ああ、そうさ! 妹を愛さない兄がいるものか!」

 カミルは晴れやかな笑顔で言い切った。

 

 

 ウルスラは母親と手を繋ぎ、夕暮れのセブタウンを出て街道へと歩き去って行くシルヴィアを見送る。不安がないと言えば嘘になると、唇を噛む。アヤメリアは未練を噛み締めてるような眼差しで母親に問う。

「本当に引き止めなくてよかったんですか?」

「止めて聞くような子じゃないわ……お父さんの背中やバン・フライハイトの本を読んで育った子だから、それに……うちの家系の男は広い外の世界を見て回るのがお似合いみたい!」

 気丈な笑顔で見送る母親の言う通りだ。祖父はマゼラン陸軍の特殊空挺部隊(SAS)下士官として、父はマゼラン陸軍将校として世界を回っていた、お兄ちゃん……絶対に帰ってきてね。母親の握る手が強くなってウルスラは母親の横顔を見る。

「……お母さん」

 母親の頬に伝う涙が夕日に反射していた。

「大丈夫、お兄ちゃんにはお祖父ちゃんとお父さんがついてるから」

「……うん、勿論よ……」

 母親は強く頷くが、それ以上にジョエルがボロボロと涙を流していた。

「カミル……あの親不孝者……本当にあのお姫様を追いかける奴があるかよ、妹を愛してるなら……置いて行くことないだろ」

「ジョエル、カミルは一度決めたら聞かないの知ってるでしょ? それに、止めなかったのは信じてるんでしょ? 必ず帰ってくるって」

 セレナは優しくジョエルの肩を手に乗せて言うと、彼は強く頷いた。

 

 

 さよなら僕の育った町、セブタウン。

 さよなら僕に生きる術を教えたソーア山。

 さよなら母さん、親不孝な僕を許して下さい。

 さよならジョエル、僕の友達でいてくれてありがとう。

 さよならセレナ、僕を影から応援してくれてありがとう。

 さよならアヤメリア、最後まで僕を気遣ってくれてありがとう。

 さよならウルスラ、僕の世界で一番可愛くて、優しくて、大事な妹。

 カミルはシルヴィアをオートパイロットモードに設定し、コクピットに座ったままで心の中で何度も別れを告げながら徐々にセブタウンを離れて行く、すると心中を察したのか心配するように唸る。

「……うん、僕は大丈夫だよシルヴィア……ごめんね心配かけて、さて……国境まで五〇キロ……最初に訪れる国はガリン共和国だな」

 そして約束の地でもある。MFDに表示された地図を見ると国境検問所(チェックポイント)までの直線距離は三六キロだが街道は大きくS字を描いて山間部を歩くコースになってる。

 するとシルヴィアが唸る。

「ん? どうしたの? うわっ!」

 シルヴィアは突然走り出し、急加速のGでシートに押し付けられる。シルヴィアは街道を外れ、深い森に入って道無き道を駆け抜けるカミルはMFDの地図とGPSで位置を把握すると真っ直ぐ山に向かってる。

「シルヴィア……もしかして近道!?」

 そうだと言わんばかりに唸る、木を掻き分けて疾走するとたちまち野良ゾイドは驚いて逃げ出し、木々に止まって寛いでいた鳥逹も驚いて一斉に飛び立つ。カミルは高揚させながらシルヴィアに委ねる。

 足場の悪い岩場を軽々と飛び越え、夕日の山頂に達すると一度止まり、マゼランに別れを告げるかのように雄叫びを上げた。

 

 

 ガリン共和国首都チャトウィンにあるホテルのスイートルームでヘルガは夕食を食べ終え、バルコニーで一人紅茶を飲んで物思いに耽っていた。眼下は静かな中庭があり、首都と呼ぶにはみずぼらしくて騒がしい街並みとは対照的だ。

 ヘルガはカップの紅茶を飲み干した。

「早く……会いにいらっしゃい……そして、私を……」

 その先を言葉にしてはいけない、だけど言葉にしたい。

 アーカディア王国を旅だってそろそろ四ヶ月経とうとしてる、旅の途中に出会った男の子逹の中には私に恋心を寄せて来る子もいて、別れ際の挨拶はいつも決まっていた。

 

――私のこと好きになってくれてありがとう。

 

 一緒に過ごした思い出を忘れないと告げて別れる、男の子逹はみんな君との思い出を忘れないと言う子もいれば、いつか必ず君に会いに来ると叶わない約束も交わした。

「私を……外の世界に……連れ去って……」

 最後の言葉は形のいい妖艶な唇の動きだけで、発したかどうか怪しい。

 思い返せば生まれた時から囚われの姫だ。アーカディア王国国王の父としきたりを破って極東系とゼネバス系のハーフである母と禁じられた大恋愛の末に生まれたのがヘルガだ。

 思春期に入った頃、イヴァーナの目を盗んでヨハンから貰ったタブレットで生まれた当時の各社の新聞をダウンロードして王家の一大スキャンダルだと大々的に報道されて父も批判された。

 当時のアトレー国王は例え異国の血が混じっても、生まれてきた孫に罪はないと公に宣言したため終息。

 母は王立研究所の研究員で今も働いている。だけど実母には滅多に会わせて貰えず、二人の義兄には分け隔てなく可愛がられたが、元老院の娘で王妃でもある義母には遠回しにいびられ、腫れ物扱いされ、あからさまに政略結婚のために育てる方針を取っていた。

 いずれは会ったことのない元老院議長の息子か孫と結婚させられるだろう、あるいはアーカディア王国の財閥企業の跡取り息子かもしれない。

「お祖父様……」

 ヘルガはZiフォンの共通言語で書かれたニューへリックタイムズのニュースサイトを見る。

 

『アーカディア王国アトレー・アーカディア前国王、アーカナ市内の王立病院にて心臓発作のため崩御』

 

 ヘルガはZiフォンを握り締める。できるならすぐにでも帰国して葬儀に参列したい、お祖父様に私を受け入れてくれてありがとうと伝えたいと唇を噛んだ。

 わかっていたとは言え、やはり辛い……でもお祖父様はもうしがらみから解放されて、きっと向こうでレジーナお祖母様と再会して穏やかに過ごしてるのだろう。

 ヘルガの祖母であるレジーナ・クォーリはイヴァーナと同じ家庭教師兼三獣士だった、曾祖父の双子の弟が起こしたクーデターの後、アトレー国王と結婚して献身的に王国の再建に尽力。

 二四歳の時に父を産んで亡くなった。

 ヘルガの思い出に浸ろうと目を瞑ろうとした時、ドアの開く音が静かな部屋に響いた。

「姫様、ただいま戻りました」

 家庭教師兼護衛の三獣士のイヴァーナが戻ると、ヘルガは頭を切り替えた。

 弱音を吐いてる暇はない、今は力を蓄えて来るべき日が来たらアーカディア王国を救わなきゃいけないのだから!

 

 解説

 ガリン共和国

 マゼランの南東にある共和国で北にビース共和国と隣接している。

 首都はチャトウィンで人口約一〇二万人、領土の八割は森林や山岳地で豊富な天然資源が存在し、最近は観光や留学生、外国企業の受け入れてるため外国人の数もかなり多い。

 ガリン族は伝統的な暮らしを守る保守派と、マゼラン・ブリタニア寄りの先進国や外国資本を受け入れ、発展させる改革派があり、それぞれに穏健派と強硬派との派閥争いにより結果的に経済格差等が問題となっている。

 チャトウィンの生活水準は先進国並みに高く、改革派の拠点となってる。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。