ゾイド Wild Flowers~風と雲と冒険と~第一期   作:尾久出麒次郎

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第八話、その1

 第八話、約束の地、ガリン共和国

 

 夕日の沈んだマゼラン・ガリン国境検問所の町――フレンドシップタウンは意外とのどかで、旅するゾイド乗りのゾイド逹が国境通過待ちのため並んでるとは思っいてたが、ゾイドの姿はそんなになかった。

 そのため、シルヴィアのようなライガーゼロのような大型ゾイドは浮いてると言っていい程目立っていた。一度降りて国境検問所の受け付けに向かい、パスポートを提出して出入国手続きを行う。

 予め発行しておいたパスポートを見せると、褐色の審査官はあっさりスタンプを押してくれた。

「はい、行っていいよ」

「ありがとうございます。意外とすんなり通れるものなんですね」

 カミルは思わず口にすると退屈そうにしてた入国管理官は饒舌に、まるで暇潰しの相手を見つけたかのように嬉々としてガリン訛りの強いマゼラン語で喋る。

「ああ、マゼランやガリンは北エウロペ連合加盟国だからね。ジャバル協定に加盟してる国の裁量でちょっと面倒な手続きで行ける国もあれば、お散歩感覚で国境を越えられる国もあるよ! ただ、チャトウィンに行く時は気を付けてね……マゼラン程治安はあまり良くないし、治安の良い地区と悪い地区の格差が大きいからね!」

「はい、ありがとうございます」

「いってらっしゃい! そしてガリンにようこそ!」

 入国管理官はガリン訛りの共通言語で見送ってくれた。

 手続きを終えて国境を通過すると、約束の期限までまだ四日はある。

 ガリン共和国はマゼランよりも小さな国で首都まで四〇キロだが、今夜はフレンドシップタウンのモーテルで休むことにしよう。ガリンに入国したカミルはすぐにMFDでインターネットに接続して空いてるモーテルを探すとすぐに見つかって候補が出る。

 幸い北エウロペ加盟国には共通の通貨であるエウロペポンドがある、シルヴィアを探す間に山菜や獲った水鳥や動物の肉を売って稼いだ貯金もあるが、思わぬ出費でいつ底をついてもおかしくない。

 いくつかの候補を探すと、安くて評判のいいモーテルが見つかる。

「このモーテルにするか」

 カミルはMFDの地図に入力させるとナビゲーションモードに切り替えた。

 駐機場に入ると、セブタウンのモーテルとは違って舗装されてないただの空き地みたいで、シルヴィアから降りてこぢんまりとしたフロントに入ってチェックインを済ませる。

 すれ違う人も旅人なのか、マントを身に纏っていた。

「すぐそこの一〇一号室です」

「ありがとうございます」

 フロントでカミルは鍵を受け取り、宛がわれた部屋の鍵を開けて入るとカミルはようやくホッとしてシングルサイズのベッドに寝転がる、長い一日だった。

 夕食は母親が作ってくれた弁当を食べてシャワー浴びたらもう寝ようと、ベッドから起き上がった。

 そして母親が作ってくれた弁当を食べ、ハードカバーのノートを開いて今日の出来事を書くと、シャワーを浴びて質素だフカフカのベッドで早めに眠った。

 

 

 今日も来なかったか……ハロルド・ヒギンズはどこか安堵した表情でドライシガーを吸い終えて携帯灰皿に入れて腕時計を見るとホテルに戻るため、歩き始める。

 日が沈んで暗くなり始めたチャトウィンにある独立記念公園の時計台を離れ、首都と呼ぶにはみすぼらしい街並みだが治安もそこそこ良い。それにもうすぐ独立記念際で町中が祭りの準備に忙しい雰囲気だ。

 それでも油断せず、できる限り明るい場所を通って数少ない近代的な建物が立ち並ぶ中心地区のチャトウィンにあるホテルの部屋に戻る。

 宛がわれた部屋にはヨハンがタブレットで電子書籍を読んでいた。

「お帰りハロルド、街の様子はどうだった?」

「来た頃に比べて、保守強硬派の兵士の数が増えてきたような気がする。イヴァーナは?」

 ハロルドはソファに座って頼まれて買ってきたおやつをヨハンに渡しながら訊く。

「ああ、姫様の部屋で今頃確か歴史の授業で……王国年代記をやってるはず」

「よくわかるな」

「どんな授業をするのか姫様が話してくれたよ」

 ヨハンは微笑んで頷きながら言う。

 窓の外を見ると、来た時に比べて突撃銃で武装した兵士や民生用ピックアップトラックの荷台に重機関銃や無反動砲を搭載したテクニカルも見かけるようになった。

 

 この国はビース共和国の少数民族であるガリン族が二〇年前のソーア山大噴火、エウロペ恐慌、そして北東の隣国のダイナス帝国との天然資源を巡る国境紛争の混乱に乗じてビース共和国から独立した。

 このチャトウィンも難民キャンプから発展した街だが外国からの留学生や観光客、企業を受け入れて発展させようとする改革派とガリン民族の伝統的な暮らしを守ろうという保守派がいてそれぞれ穏健派と強硬派の派閥争いや経済格差が問題になっている。

 

 ハロルドはテーブルに座ってホテルの売店で買った共通言語の夕刊を広げると、マゼランで姫様と冒険した少年の言葉が甦る。

 

――僕を……旅の仲間に入れてください

 

 マゼラン辺境の田舎町セブタウンでカミルは人生を左右する眼差しで、一世一代の覚悟を告げた。ヨハンは淹れたコーヒーのカップを置く、因みにブラック派だ。

「ハロルド、コーヒーを淹れた置いておくぞ」

「ありがとう、念のため訊くが……塩は入れてないよな?」

 ハロルドは恐る恐るコーヒーカップを取って訊くと、ヨハンはにやける。

「勿論だ、ちゃんとブラックで塩を入れてない」

「助かる」

 ハロルドはどうしてドクターDは晩年塩コーヒーを愛飲してたのに亡くなるその日まで健康でいたのが謎だと思ったが、そう考える時じゃないと思ってるとヨハンも呟く。

「約束の日まであと三日だな」

「ああ、今までの会った子達の中で一番意志の強さを感じたよ」

 ハロルドはあの時、カミルに覚悟を訊いた。

 

――カミル君、もし君が僕達と本気で姫様のために、命をかけて共に旅をしたいのなら……ガリン共和国のチャトウィンという街がある、そこの観光名所である独立記念公園の時計台……期限は今から一週間後の一七時、そこで待ってる。

 

 言葉ではなく行動で覚悟を問う、それがハロルドのやり方だった。

「でも本当に来るのか? 今まで一緒に旅をしたいって言う子はいたが、ハロルドがあんな風に覚悟を問うのは初めてだったぞ」

「ああ、言葉よりも行動で問う方がいい」

 ハロルドはブラックコーヒーを一口飲んだ。

 

 

 翌日の朝、カミルは着替えてモーテルを出るとシルヴィアに乗ってフレンドシップタウンを発つ、さよならマゼランと心の中で別れを言いながらチャトウィンへと向かう。

 地図上の直線距離にして四〇キロだがマゼランとは違う。

「さすがにここは走れないよシルヴィア」

 カミルが言うと、シルヴィアは不満げに唸る。

 昨日みたいに近道はできない。なぜなら広い街道の端には数十メートルごとに大きく描かれたおどろおどろしい髑髏マークに、ガリン語と共通言語で「危険! 地雷源!」と書かれた赤い標識にカミルは思わず、寒気を感じる。

 ここがマゼランじゃないことが思い知らされる、それに町中の看板もガリン語だった。

 まあ、気長にゆっくり行こう。制限速度を示す標識はないしシルヴィアなら避けるかもしれないけど、旅立って早々衝突事故なんて笑えないからな。

 

 結局首都チャトウィンに到着したのがお昼前だった。

 チャトウィンは中央区に加えて四つの東西南北の区に分かれてる。外国人旅行客や旅人逹もよく利用するという東区に向かうが、西から進入するので、西区と南区を通らないといけない。

「……中央区は進入禁止になってるからな」

 カミルはシルヴィアを立ち止まらせる。

 中央区は行政・司法・立法の機能を持ち治安維持の関係で許可されたゾイド以外は進入禁止だ。考えた末、カミルは一度来た道を戻り大型ゾイドが通行できる道路があり、西区を避ける南区から進入するコースを取る。

 西区はガリン民族の伝統的な建築物や田園がチラホラ見られる程度で、後は掘っ立て小屋がぎっしりと密集しており、貧困層が多く住む、早い話がスラム街で治安も悪いという。

 南区はガリン民族防衛軍(GNDA)やガリン政府と契約したPMCが駐留している。物々しい雰囲気だが、こっちは比較にならないほど整備されてるし、治安も比較的いい。

 PMCが配備してるゾイドも多くいて、比較的通りやすかった。

 東区に入ると見るからに最近建てられた小綺麗な建物が立ち並び、カミルはフレンドシップタウンを出る前に買ったガイドブックを開いてこの近くにゾイド乗りやバックパッカーの泊まる宿を探す。

「よし、ここにしようか」

 カミルはゾイド乗り向けのモーテルに一つだけ空いてる駐機場に入って降り、チェックインを済ませるともうお昼御飯の時間だ。フロントのおじさんによればもうすぐ独立記念祭で観光客も多く来てるという。

「運がよかったね、あんちゃん! もうすぐ満杯になるところだったよ。だけどもし北区に行くなら気を付けてね。最近西区にいる保守派のチンピラやギャングが荒らし回って、外国人を目の敵にしてるんだ」

「西区ならさっき通るのを避けて南区から入って遠回りしましたよ」

「あそこは難民キャンプ時代から取り残されたスラムだから、元々チャトウィンは難民キャンプだったがね……海外から帰ってきた改革派の人々がこの劣悪な難民キャンプを変えたんだ。でも保守派から見れば時期に大国の外国資本にこの国を食い荒らされると危惧してるんだ」

 荷物を部屋に置いてパスポート等の貴重品を入れたボディバッグを身に付けると、座りっぱなしだった背を伸ばして肩のこりを解した。

「さて……観光に行くか」

 モーテルを出ると市内を走るバスは一〇分置きにバス停にやってくる、セブタウンにもバスは走ってたが二時間に一本だ、発展途上国とは言えさすが首都だ。修学旅行で行ったパタゴニア程栄えてる訳じゃないが、むしろチャトウィンの方が活気がある気がした。

 カミルは古びたバスに乗ると、様々な人種の人々が乗っている。観光客、ビジネスマン、ゾイド乗りらしき旅人、ゾイドに乗らず自分の足で旅するバックパッカーと様々だった。

「おお……」

 カミルは窓の外の風景に瞳を輝かせる、自分の住んでたセブタウンから凡そ一〇〇キロ足らずの所にこんな街があったなんて、この風景をジョエル逹に見せたらどんな表情を見せてくれるんだろう?

 チャトウィン北区の繁華街であるマナプロウのバス停に止まると、カミルは降りて周囲を見回して思わずZiフォンを取り出してカメラモードにして独立記念のモニュメントを撮った。

 カミルは行き交う人の多さに圧倒される。

 凄い、セブタウンのお祭りでもこんなに人は集まらない……これが都会か、あっ! 映画館もある! カミルはビルの大型スクリーンの映像に足を止める。

 

 扇情的なBGMと共にバラエティ番組の司会者が腕を伸ばして紹介する。

『ギュンター・プロイツェン・ムーロアさんです!』

 観客の拍手と大袈裟な演出と共にスーツ姿のギュンター・プロイツェンがスタジオに入り、世界的に有名な声優ヤマデラのナレーションが流れる。

『超完成度の高い、物真似芸人に! ゼネバス中が大熱狂!! ……でも実は彼……ホンモノだった(※タイムスリップしてきた)』

『これよりこの国は、そして世界は生まれ変わる!』

 スタジオで演説するプロイツェン。

『一体世界はどうなってしまうのか!? 帰ってきたプロイツェン!』

『ゼネバス・ガイロス問題ネタは笑えない』

 釘を刺す重役にプロイツェンは真剣な鋭い眼差しで頷く。

『ああ、笑い事じゃない』

 大ヒット上映中!

 

 そういえばスクリーンで映画は見たことないな、カミルは苦笑しながらその場を後にする。それから一人、ガリンの家庭料理を出してるレストランで昼食を食べ、観光地を回ってマゼランよりも物価が安いことに驚きながら一日を過ごした。

 

 解説

 ガリン民族防衛軍(GNDA)

 ガリン共和国の軍事組織、設立当初は少数の小型ゾイドにバラバラの装備だったが現在は小国の正規軍に匹敵する規模を持ち、何れは陸軍と空軍に発展させる予定。

 未だにPMCに大きく頼っており、更にGNDAも一枚岩ではなく保守派と改革派に分かれている。

 主に北エウロペ製のゾイドや共和国軍の旧式ゾイドが多いが山岳部におけるゲリラ戦の錬度は非常に高い。


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