ゾイド Wild Flowers~風と雲と冒険と~第一期   作:尾久出麒次郎

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第八話、その2

 中央区の宿泊してるホテルを出るとヘルガは午前中ラウン首相と非公式での会談を行い、午後からはヨハンの引率で外出、チャトウィンで知り合った友達と北区の繁華街で遊ぶ約束をしていた。

「お待たせラオ!」

「待ってました! マナプロウに行こう!」

 ラオ・ラン・ラウンはガリン共和国評議会議長で国家元首――ティアン・ロン・ラウン首相の娘だ。

 褐色の肌に黒髪のポニーテール、前髪を真ん中分けにして女の子にしては大柄で色っぽい豊満な体型と旺盛な好奇心を秘めた眼差しと瞳に顔立ち、おおらかで明るくて真っ直ぐ、それでいてガリン族の伝統的な民族衣装は身に纏わずキャップを被り、ジャケットを着て、ジーンズやスニーカーを履いてる。

 すっかり外国の文化に染まってる少数民族の友達にヘルガは少し心配する。

「大丈夫なの? こんな格好して、お父さん保守派なのに?」

「あたしはあたし、父さんは父さん! 政治のことは興味ないし! いつかは国を出て自分の足でヘリックに留学したいの!」

 保守派の娘が外国のファッションや文化にどっぷり浸かってる。ラウン首相に娘を説得してくれないかと頼まれたが、これは無理だろう。陽気だけどかなり意地っ張りで頑固だという。

 すると明らかに偶然を装ってきたのが見え見えなヘリック人留学生の男の子二人がビルの間の小道から姿を現し、威勢よく歩み寄ってきた。

「よおラオ! ヘルガ! これからマナプロウに遊びに行くなら一緒に行こうぜ!」

 ゴードン・スターム・ルガーだ。金髪の角刈りに自己主張の強そうな眼光と声に太った顔立ち、身長一九〇センチに体重一〇〇キロ以上の巨漢で学校では野球チームに入っているという。

「ゴードン、サム、あんた逹のことお・よ・び・じゃ・な・いんだけど!」

 ラオは露骨に蔑む表情になり、面倒臭そうに言うともう一人が軽く受け流すような態度を見せる。

「まあまあそう言うなよ、いいじゃないか、みんなで行った方が楽しいだろ?」

 気取った言動と表情のサミュエル・ハートフィールド――愛称:サムで男の子にしては小柄で、小綺麗な服を着て髪を整え、古典的な漫画に出てくる金持ちの坊っちゃまがそのまま大きなって出てきたような子だ。

 ヘリックシティに本社を置き、アーカディアにも関連企業があハートフィールド・グループの御曹司だ。祖父が会長で伯父がハートフィールド・エネルギー資源開発の社長、父が重役で次期社長だという、サム曰くハートフィールド・グループはエネルギー資源開発で成長の見込みがあるガリン共和国のチャトウィンに市場開拓をしに家族でついてきたという。

「み・ん・なでという割りにはノアがいないんだけど?」

 ラオの言う通りネオゼネバスからの留学生のノアはいつも仲間外れにしてる、ゼネバス人だからだろうか? ゴードンは気にも留める様子もなさそうだ。

「誘ってないし放って置けよあんな根暗! それに五人で行ったらあいつが余って余計惨めだろ?」

「そうそう! ちょっと顔がいいからって生意気なノアを誘ってもつまらないだけ!」

 サムも強く同調するように何度も首を縦に振るが、ノアはちょっとどころか稀代の中性的な美少年で、性格も凄くいいから女の子にもモテる。要はこの二人はノアに嫉妬してるらしい、ラオは涙目になってヨハンに泣きつく。

「もう! ヨハンさん! この二人に何か言ってくださいよぉぉぉっ!」

「まあまあ誘ってないなら、後で彼に埋め合わせすればいいよ! 独立記念祭は彼も誘って、それにマナプロウで見かけたら今の二人みたいに声をかけて誘えばいい……だよね?」

 ヨハンは笑顔で言うと軽く圧力をかけてるのに気付いたのか、二人は「は、はい……」と頷いた。それから五人でファーストフードを食べ、一緒にブティックを回ったりアーカディアにも進出してきた東方大陸諸国の飲み物であるタピオカドリンクのお店で買い飲みする。

「う~ん美味しい! この独特の食感は癖になるぅ~!」

 ラオは美味しそうに飲むと、ゴードンは豪快に笑いながら無神経に言う。

「なんかそれ、両生類か魚の卵みたいだな!」

 一瞬で空気が凍り付き、サムは全身から冷や汗が噴き出して青褪める。

「ゴードン……それだけは言っちゃ駄目」

 ラオは静かにドスの利いた声になる。

「おい……お前、言っちゃいけないこと言ったわね」

「まあまあ、卵って自然界では栄養価の高い食べ物だから」

 ヨハンも冷や汗を流しながらフォローする。ヘルガは甘いタピオカドリンクを飲んでるとアーカディアにいた頃、城を抜け出してアーカナの城下町で親しくなった三人の女の子逹の顔が否応なく浮かび上がる。

 サフラ……リモール……ゴルダ……会いたいよ、会って四人でアーカナの城下町をお喋りしながら歩きたい。するとヨハンは気遣う声になる。

「姫様、大丈夫ですか?」

「ああ、ごめんねヨハン……なんでもない」

「そんな弱気な顔をしてたらまたイヴァーナに叱られますよ」

「うん、わかってる……イヴァーナもちゃんと見てるのは知ってるから」

 ヘルガが市井(しせい)に赴く時はヨハンが護衛兼引率し、イヴァーナとハロルドが少し離れた所で監視・警戒に当たっている。だからこの前、サムと二人になった瞬間に口説いてきた時には神出鬼没で現れて怖がらせたものだ。

「ん? ……あいつら……!?」

 ラオは大通りにある交差点の向こう側に視線をやった瞬間、目の色が変わって丁度青になった横断歩道を走り出す。

「ごめん! 急用ができた! それじゃまた!」

「あっ! ラオ! 待ってどこ行くの!?」

 ラオを追いかけようとすると、神出鬼没のイヴァーナが立ち塞がって止めに入る。

「姫様、追う必要はありません」

「でも! でも……ラオに何かあったら……」

 ヘルガは以前訪れた政情不安な国で、友達になった女の子が「急用ができた」と言って帰り、その翌日に凄惨な暴行を受けた遺体で発見されたことがある。

「下手に追いかければ、姫様の身を危険に晒します……そうする訳にはいきません」

 ヘルガは追いかけたい気持ちを堪え、頷くしかなかった。心配をよそにサムはヘルガの隣に立つ。

「大丈夫だよ、あいつはギャングの連中とも顔が広いし、僕と遊びに行こう!」

「おいサム! 抜け駆けはさせないぞ!」

 ゴードンは乱暴にサムの頭を掴むと、イヴァーナがデスザウラーのような威圧感満載の怖い笑みで殺気を放つ。

「そうですよ、それ以前姫様に近づこうなんていい度胸ですね」

「ひぃっ!」

 短く悲鳴を上げるサム、ヘルガに近づく男の子をイヴァーナが脅すのはいつものことだった。

 

 

 約束の時刻が近づいてきた。

 チャトウィンの観光地である独立記念公園の時計台であと三日までの一七時に待つという、独立記念祭に備えてここでもお祭りの準備をしている。時計を見ると、待ち合わせまで三〇分近くあるなと思っていた時だった。

「よお坊や、ここで誰かと待ち合わせかい?」

 声をかけられたカミルは本能的に危険を悟った。

 声の主はガリン族の男で白いタンクトップで鼻や耳にピアスをしていて、二人の仲間を連れてる。三人共筋肉質で露出度の高い服装で肌にはびっしりとタトゥーを彫っている。

 明らかに観光地に来るような奴じゃない、モーテルのおじさんが行ってた西区のギャングかと感じながらカミルは平静を装いながらにこやかに頷く。

「ええ、そうですけど」

「ほぉ……もしかして女かい?」

 サングラスをかけた子分の片割れは小指を立てて言うと、カミルは思わず馬鹿にしてるなと顔を微かに顰める。

「まぁ正確にはそうじゃないんですけどね」

「へぇ……もし、これからデートならよ……西区に案内してやるよ……北区は平和だけど刺激がないぜ、西区の方が刺激に満ちて楽しいぞ」

 モヒカン頭の子分は馴れ馴れしく言いながら肩を組んでくると、カミルは静かに殺気を放ちながら試しに訊いてみる。

「お兄さん逹もしかして……ギャング?」

「……ほう、そういう坊やも……殺しをやったのかい?」

「……故郷に居られなくなってね」

 声色と眼差しの変わったカミル声に放つ本物の殺気を感じ取ったのか、モヒカン男は微かに動揺してピアスの男も身構える。

「そうか、これ以上は話さなくていいぜ――」

「コラァッあんた逹! また観光客の子を脅してるわね!」

 二つくらい年上の黒髪に褐色の艶っぽい女の子が襲いかからんばかりに駆け寄って来ると、ピアスの男とは警察に睨まれたかのように、退散を命じる。

「ゲェッ! ラオ! おい、引き上げるぞ!」

「クソッ! 縁があったらまた会おうぜ!」

 モヒカン男はそう言って親分の後を追って逃げると、女の子は睨みながら悪態を吐く。

「全く……性懲りもなく外国人の子にちょっかい出すんだから。君、大丈夫?」

「うん、ありがとう」

「ここにいると、危ないから東区に行くわよ!」

 女の子は問答無用でカミルの手を引っ張り、独立記念公園から無理矢理引きずり出される。

「えっ? ちょっと待って! ここで――」

「Ziフォンで連絡すればいいでしょ! 危ないから行くよ!」

 カミルは名前も知らない女の子に引っ張られる、参ったなアヤメリアと同類の女の子だなと思わず溜め息吐きたくなった。

 

 

 その頃、ハロルドも待ち合わせの時間に急ごうとしたが、姫様にラオの無事を確認して欲しいと頼まれ、すぐに探しに行くことにした。カミル君には悪いがあまり我儘を言わない姫様が我儘を言うのは相当なものなので、まず独立記念公園で祭りの準備をしてる人達に聞き込みを行うとすぐに見つかった。

 祭りの準備をしてる年配の大工が教えてくれた。

「ああ、時計台の所で一人で待ってる子を連れて東区に行ったよ。うちの馬鹿息子が悪い友達二人と絡んできてね……その子を助けて東区の方に連れて行ったんだ」

「そうか、ありがとう」

 ハロルドはお礼のチップを渡してすぐにバスに乗って東区に向かった。

 

 

 その頃、カミルは東区に連れて行かれてしまって仕方ない、明日にしようと思いながらラオと言う女の子と話しながら東区の様々なダイナーが立ち並ぶ通りを歩き、自分の素性を明かすと彼女は驚きの表情を見せる。

「じゃあ……ゾイド乗りなのは本当なんだ!」

「うん、ここで路銀を稼ぐことも覚えておきたいから……日雇いの仕事とかある?」

 カミルは訊いてみると、ラオは少し躊躇った眼差しで留学生や観光客が集まるという両端にあるダイナーに目をやる。

「それなら、この辺りの店には必ずある掲示板に日雇いのアルバイト求人があるわ……どれもキツい上に賃金が高いほど危険度が高いから気をつけてね」

「どんなのがあるの?」

「最近、ここから北東にあるカンカー村の遺跡に住み着いた野良ゾイドの駆除作戦よ……もし安全な仕事をしたいなら――あっ、丁度いい所にいたノア! ノア!」

 ラオは大きく手を振って呼び掛けると、ダイナーに入ろうとした黒髪のショートポニーテールの子がこちらに気付いて歩み寄ってきた。

「やぁラオ、どうしたの? そちらの子は?」

 女の子にしては声が低くて背も高いが、幼げな顔立ちに黒髪に二重瞼の色白で顔立ちの美形で、ヘルガみたいに東洋系の血が流れてるのかもしれない。ラオはカミルを紹介すると性別不明の子は自己紹介する。

「僕はノア……ノア・カワシマ・アイゼンハイム、ネオゼネバスからの留学生さ」

「よ、よろしく……ノア、僕はカミル……カミル・トレンメル」

 カミルは男の子? 女の子? どっちだ? と内心激しく困惑しながら訊こうとした時、ラオは踵を反した。

「それじゃあたしも明日に備えて帰るから!」

「うん、またね」

 ノアは手を振って彼女を見送るがおい待て! 丸投げかよ! カミルはたった今さっき出会った少女に縋るような眼差しになるが、ノアは愛らしい笑顔で手招きする。

「お腹空いたでしょ? ここのお店安くて美味しいんだ!」

「そう……だね、食べようか」

 カミルは固く頷いてノアと一緒にダイナーに入った。


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