ゾイド Wild Flowers~風と雲と冒険と~第一期   作:尾久出麒次郎

3 / 48
第一話、その1

 第一話、始まりの出会いは、冒険の始まり

 

『――アーカディア王国のセリーナ王女がヘリック共和国訪問のため昨日夕方、王室専用機に乗ってアーカナ国際空港を出発しました。セリーナ王女は首都ヘリックシティで行われる第二次大陸間戦争戦没者追悼式典に出席するため、今朝、ヘリックシティにあるファミロン国際空港に到着し、へリック共和国のキャメロン大統領と会談、夕食の晩餐会ではガイロス帝国のツェッペリン皇帝とも会談される予定です――』

 

 カミル・トレンメルは早朝、拠点にしてる森の廃屋で多機能携帯端末――Ziフォンのラジオアプリでニュースを聞きながら朝食のベーコンエッグサンドを作り、スープを温めて紅茶を淹れた。

 身長一七三センチの細身で、紺色の髪にエメラルドグリーンの鋭い瞳にはアンバランスな程の柔和な顔立ちの美少年だ。趣味は射撃全般、釣り、ハンティング、ホバーボードで、週末や長期休みは山や森で過ごすのが日課だった。

 あの日から三年経ってカミルは一五歳になり、もうすぐ地元の中学校を卒業して、マゼランの首都パタゴニアにある全寮制の学校に進学するという。

 そこでの三年間、規則正しい寮生活をしながら勉強し、スポーツやクラブ活動に打ち込み、週末は生徒全員で奉仕活動を行うという生活だという。聞いただけでカミルは絶句し、他の生徒もみんな苦い表情をして首を横に振った。

 これにはカミルも含めてみんな反発したがどうすることもできない。だが、それをなんとかする時間はまだある。

 それよりもカミルにはやらなければいけないことがあるのだ。

「よし……今日こそ、あのライガーを見つけよう」

 カミルは食後の片づけを済ませてホバーボードに乗ってコントローラーのスイッチをONすると地面から一〇センチ浮く。こいつは時速五〇キロにまでリミッターがかけられてるが、ネットで知った改造方法で一二〇キロにまで出せるようにしてる。

 カミルはコントローラーを右手で握って加速させる、廃屋に面した獣道で発進するとホバーボードを徐々に加速させ、朝の爽やかな空気を切り裂いて走り抜ける。

 森の所々には野良ゾイドが生息してる。捕獲された野生ゾイドが戦闘用ゾイドに改造されたあと、何らかの理由で人の手を離れて野生に戻ったゾイドだ。大人しかったり、人間慣れしてる奴も多くいて、よほど刺激したりしなければ滅多に襲うことはない。

 するとカミルは「ん?」とホバーボードを減速させた。

「あのゾイド……この辺りに住んでたっけ?」

 カミルの視線の先にいるのはネオゼネバス帝国製の超小型カマキリ型ゾイド、ディマンティスだ。

 第二次大陸間戦争の頃、ネオゼネバス帝国軍や鉄竜騎兵団(アイゼンドラグーン)の主力ゾイドで、集団殺法や奇襲攻撃を得意とし、背中のガトリングガンで死角をカバーしてるのも特徴だ。

 本来は北エウロペ大陸北東、テルダロス海の向こう側であるテルポイ大陸やニクス大陸に生息してるゾイドだ。

「もしかすると、誰か乗ってるのかな?」

 見たところ国籍マークもないが、苔が生えてる様子も無く明らかに整備が行き届いてる状態だった。旅人? いや別の大陸からここまであの超小型ゾイドで、それも一人で行けるほど甘いものじゃない。

 バン・フライハイトに影響されて旅に出たゾイド乗りの中には旅の途中で命を落としたり、未だ行方不明の者も多くもいる。

 盗賊や野良ゾイドに襲われたり、風土病に侵されたり、内戦や紛争に巻き込またり、山や森、砂漠で遭難し、遺体が死後数ヶ月~数十年経って発見されたケースも多い。

 特に単独での旅は死亡率が比較的高く、複数で行くとある程度下がるがそれでも政情不安な国では危険がいっぱいだと言っていい、バン・フライハイト自身も何度も命の危機に直面してる。

 もしかすると仲間とはぐれたのかもしれない。そして助けを呼びたくても呼べない、もしかすると怪我してるか何かの病気かもしれないと、カミルはディマンティスに接近して呼びかけた。

「あの……おはようございます! 旅の方ですか?」

 呼びかけると、ディマンティスはカミルの方を見た。

 

 

 アヤメリア・ハミルトンは朝早く起きて朝食を作り、洗濯物を干す。

 金髪ショートカットに長身で引き締まった四肢、大きな胸と健康的なスタイルから男子生徒から畏怖と煩悩の対象となっている。その男勝りで豪快っぷりは学校ではちょっとした有名人だ。

「おはようございますおばさん、カミルはまた森?」

 アヤメリアは柵越しの隣にある幼馴染の家の庭でカミルの母親であるトラゥデルが呆れながらも、もう慣れたという表情で洗濯物を干していた。

「おはようアヤメリアちゃん、言うまでもないわよ。カミルったら、昨日の夕方に私が農作業から帰ってくる前に行ったらしいわ……ウルスラが止めても言うこと聞かないし……あの子、森にでも住むつもりなのかしら?」

「だよね、あたしが言っても全然言うことを聞かないのよ……昔とはまるで考えられないわ」

「そうよねぇ……アヤメリアちゃん、よくカミルを泣かしてたわね」

 おばさんはそう言って苦笑するとアヤメリアは少し気まずい気分になる。小さい頃から友達と混ざって遊ぶようなことはせず、一人で遊んで漫画を読んでいてそれで自分が余計なお世話をしてよく泣かしていた。

「あははは……それにしても、カミルってお父さんやお祖父さんが亡くなってから……日を追うごとに逞しくなってるような気がするわ。生傷も増えちゃってるけど」

 アヤメリアは感慨深いと感じながら、カミルの横顔を脳裏に浮かべる。

 ここ三年、カミルは去年亡くなった猟師の祖父に鍛えられて、日を追うごとに逞しくなっていていつの間にか身長も追い越していた。

 だがホバーボードで一〇回以上転び、八回崖下に転落、あるいは滑落、三回は骨折、遭難して二週間以上徒歩で満身創痍になって帰ってきたこともあったし、一年半前には都会の病院に搬送され、一週間の昏睡状態で生死の境を彷徨って二ヶ月は入院した。

 アヤメリアは最近、日を追うごとに逞しくなっていくカミルのことを、いつの間にか異性として意識するようになってきた。

 おばさんは首を傾げながら、何かを思い出そうとする。

「そうねぇ、死んだ亭主が残した一冊の本を読み耽っていたわ……あれが何だったのかは思い出せないけど、きっとカミルの心を強く揺さ振るものだったと思うの」

「それあたしにも教えてくれなかったわ。カミル、あたしに逆らえないはずなのにあの本のことになると必死になるのよ、それも怖いくらい……そうだ! カミル一度だけ言ってた! バン・フライハイトに憧れてるって!」

 アヤメリアはハッとして言うと、おばさんも思い出したかのように言う。

「そうそう、それそれ!」

 バン・フライハイト――歴史の教科書には必ずと言って良いほど載ってる。二度もこの惑星Ziの危機を救った伝説の英雄。二度目のデスザウラー戦後、世界中を旅してそして歴史の表舞台から忽然と姿を消した。

 その冒険を記した書籍が世界中のゾイド乗りにとって聖書であり、教科書であり、英雄伝となってる『Wild Flowers~風と雲と冒険と~』だ。彼は世界中を旅した後、故郷のウィンドコロニーでパパオ農家をしながら穏やかな晩年を過ごし、静かにその生涯を終えたという。

 今でもウィンドコロニーに彼の墓を訪れる者は絶えず、観光地にもなっていて世界中のゾイド乗り達にとって聖地巡礼の場所になっている。

「でも小学生ならともかく一五歳にもなって、冒険したいってそれはないと思うわ」

「当然よ! 明日も知れぬ冒険に行きたいなんて……本当どうかしてるわ」

 アヤメリアの言うことにおばさんは溜息吐く、カミル……どうしてあそこまでバン・フライハイトに憧れたんだろう? 別に強くなくったって、周りと上手く合わさって生きていければ困ることなんてないのに。

 

 

 カミルはホバーボードで迷宮のような森の中を全速力で駆け抜ける。全身から冷汗を噴出しながら、追いかけて来るディマンティスから逃れようとしていた。

 ヤバイヤバイヤバイ! これじゃエレミア砂漠でガイサック*1に追いかけられるバン・フライハイトじゃないか! そうだ、ディマンティスは個体数が多い上にそれなりの攻撃性を持っている、だからネオゼネバスも採用したんだ!

 カミルは後方に神経を張らせながらも、樹木をかわしながら進む。遮蔽物が殆どない砂漠だったら後ろ向く余裕は多少あるが、森の中で余所見したら斜面や岩、木に激突して運良くて即死、最悪死ぬまでベッドの上だ。

「駄目だ、このまま行ったら越境してしまう!」

 ここから先はビース共和国領で国境警備隊に運よくてしょっ引かれるか、最悪射殺される可能性もある。国境はこの先約六キロ、仕方ない命を落とすくらいなら国境警備隊に助けを求めるしかない。

 カミルは行ったことのない先に向かうと、見晴らしのいい場所に出た!

 次の瞬間、カミルを乗せたホバーボードは急斜面を滑リ落ち、速度計は時速一四〇キロにまで加速してるのを示している、強烈な風圧に晒されて吹き飛ばされそうだった。

「うわぁあああああああっ!!」

 カミルは顔面蒼白になって絶叫しながらもホバーボードを斜面に対して横に、少しずつブレーキをかけながらジグザグに急斜面を滑り降りると、ディマンティスはジタバタしながら滑落していった。

 おかしい、野良ゾイドならこれくらいの急斜面、難なく下れるのに……何かが干渉して動きに支障が出た?

「やはりあのディマンティス……人が乗ってる!」

 カミルは確信するとだいぶ減速したとは言え余所見運転したことを悔いることになった。森の樹木に隠れていた戦争遺跡が、目の前に立ち塞がったのだ。

「しまった!」

 急ブレーキをかけるが間に合わずに壁に激突、ディマンティスもコントロール不能のまま戦争遺跡の建物に突っ込んだ。カミルは壁に叩きつけられることなく、茂みがクッションになって致命傷は免れたが、それでもしばらく動けそうにない程の鈍い激痛だった。

 

 解説

 

・Ziフォン

 ヘリック共和国のオレンジ社製の多機能携帯端末で惑星Zi全域で使えることをコンセプトに開発された、地球で言うなら超高性能に進化したスマートフォンでOSはゴーグル社や各社のZiフォンはスカイネット、オレンジ社製のZiフォンはリージョンと二分されている。

 

・ビース共和国

 マゼランの東に位置する国家、かつて東方大陸の企業ゾイテックからブロックスゾイドのライセンス生産権を得て独自に開発するほどの技術力を持っていたが東の隣国旧ダイナス帝国と天然資源を巡る国境紛争、エウロペ恐慌による金融危機、マゼランのソーア山の大噴火による飢饉の三重苦で経済システムは崩壊して急激に衰退。

 政治家や裕福層は国外に脱出したため国土は荒れ果て、代わりに軍事政権による独裁政治が続いているが都市部ではテロリスト、郊外や地方では盗賊やゲリラたちが潜伏している。

*1
共和国製小型のサソリ型ゾイド砂漠での奇襲を得意とし、無人機型や重装甲型等のバリエーションも多い


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。