ゾイド Wild Flowers~風と雲と冒険と~第一期   作:尾久出麒次郎

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第九話、その2

 ヘルガはリリアを平野にある小高い丘の上へと走らせてヘッドギアを被る。

 撃ち下ろしにはいいポジションだ、ソーアシティの戦闘後に回収して再装着してもらったデュアルスナイパーライフルを展開させる。ゼロイングや試射もしてるから問題ない、女王アリ(カラリエーヴァ)をレーダーでロックオン、それに連動してリリアは頭部を向けて長大なライフル砲身も動く。

「……見つけた!」

 ヘルガは女王アリ(カラリエーヴァ)に狙いを定める。

 触覚の複合通信アンテナが大型で、腹部には大型レーダーを搭載している。動き回るソルダットアント逹が何重にも遮るが、こいつの破壊力や貫通力は大型の重装甲ゾイドも一撃で風穴が空くレベルだ。

 ヘルガは躊躇うことなく引き金を引くと、ライフル弾は極超音速で射出されて五機以上のソルダットアントを体を貫き、足を抉り、腹部を爆裂させた末、女王アリ(カラリエーヴァ)のゾイドコアを貫いて爆散した。

「当たった!」

 上空にPMC所属のプテラスが通過するとCPから通信が入る。 

『こちらCP、こちらでも女王アリ(カラリエーヴァ)の撃破を確認した。各機、残敵掃討に移行せよ!』

 ヘルガはデュアルスナイパーライフルを収納、ヘッドギアも後方に回すと指揮を取る|女王アリを失い、統制の崩れたソルダットアント逹は散々に逃走を始めた。

 

 

『CPより全機に告ぐ、現時刻を持ってヒドラ作戦終了する。繰り返すただ今を持ってヒドラ作戦を終了する……全機、帰投せよ』

 カミルは周りに動いてるソルダットアントがいなくなり、残骸だけが残っていることに気付くと、戦闘もいつの間にか終わっていた。

 カミルはようやく安堵すると、疲れがドッと押し寄せてきた。

「なんとか……生き残った、お疲れシルヴィア」

 シルヴィアもさすがに堪えたように唸った。

 

 

 カンカー村の指揮所に戻ると、損傷して撤退したゾイドもいてフェイズ2で砲撃し、フェイズ4で掃討を行ったゾイドは二〇機はいたが未帰還機は一三機だった。

 事後処理とカンカー平野に残された生存者の救助も手伝ったから終わって報酬を受け取ったのは夜の七時過ぎだった。

 戦死者一五人、重軽傷者四人で戦死者の分は生還者に山分けだという、ラオは貰った報酬を懐を入れてカミルと指揮所に出ると、背を伸ばす。

「ああ終わった……カミル、あの時は本当にありがとうね」

 ラオは緊張の糸を緩めた瞬間、無線越しに見知った人逹の断末魔や悲鳴、恋人や母親を呼ぶ声が頭に甦って寒気を感じ、表情が固まって俯くとカミルが心配した表情で覗き込む。

「ラオ、大丈夫?」 

「……やっぱりあの時、死ななくてよかった……生きててよかった」

 ラオはあの時カミルに自分を置いて逃げるように促したことを思い出す、下手すれば見捨てられてもおかしくなかったと、寒気を感じて両腕で抱いて震える。

「本当のこと言うとね……あの時……見捨てずに踏み留まってくれたの……嬉しかった」

「ラオ……もう、あんなこと言わないでね……助けて欲しい時は、助けてって叫んでいいから……」

 カミルの言葉は優しく、その眼差しと表情はとても勇ましくて誰よりも男らしかった。

 ラオは芽生えようとしてる気持ちに内心静かに困惑する、えっ? 何? ちょっとやだっ! 相手は年下の子よ! ああ、でも目は鋭いし、ワイルドな美少年だし! ドキドキが止まらない!

 ラオは困惑して無言のままゾイドを駐機してる広場で歩くと、ヘルガのガードマン三人が話していた。 

 最初に目についたのがヨハンだった。

「調べてみたがやはりスリーパーだった。自動操縦装置の方は華国連邦製で、各国のPMCや北エウロペ連合加盟国が使ってる物だから特定は難しいだろう」

「だろうな、裏で糸を引いてるのは最近北エウロペ連合進出してる華国連邦か……植民地時代に支配していた元宗主国のブリタニアか、あるいは独立元のビース共和国かもしれない……ガリンは最近豊富なエルワチウム・ゼロやダイヤモンドの鉱脈が見つかったからな」

 ハロルドも頷きながら話し、イヴァーナも推測を口にしていた。

「狙いは恐らく豊富な天然資源の採掘利権かもしれません、それを巡って改革派と保守派が水面下で争ってるから……ラオさん! それに……カミル君」

「こんばんわイヴァーナさん、やっぱりカミルと知り合いだったんですね」

 ラオはイヴァーナがカミルを怒りと困惑、様々な感情が複雑に混じった眼差しで見つめていて、カミルはそれを一身で受け止めてる様子だ。

「こんばんわイヴァーナさん」

「カミル君あなた……なんて馬鹿なことをしたんですか!! ハロルドに唆されて本当にやるなんて!! わかってるんですか!? あなたは自分の一生を棒に振ったんですよ!!」

 イヴァーナはカミルに殴りかからんばかりに歩み寄ろうとすると、ハロルドが右腕を横に伸ばして遮るように止める。

「よせイヴァーナ、カミル君……姫様の背負うものは君が思ってる以上にずっと重い……最後にもう一度訊く、姫様を守るために見知った人を見殺しにしたり、見捨てたり、殺めたりする覚悟はあるか?」

 ハロルドは冷徹な眼差しで覚悟を問う、ほんの一秒間が長く感じる沈黙だった。

 カミルはぎゅっと拳を握り締め、死ぬことをわかったうえで行くことを決めた兵士のように頷いた。

「……はい、僕の手は既に……誰かの命を奪いました……そして、ずっと前から自分の一生を棒に振っています」

 その瞬間、ラオは芽生えようする感情を押し殺し、断腸の重いで切り捨てることにした。

 この年下の男の子は一人で背負うには重過ぎるも使命を背負おうとしている。自分も一緒に背負える自信がないし、きっともう心はあのお姫様でいっぱいだ。

 無表情だったハロルドは緊張を解いたかのように「フッ」と微笑む。

「……なんとなく感じてたよカミル君、アーカディア王国三獣士に四人目ができたな」

「そうだな、三獣士見習いかあるいか……アーカディア王国四天王というのはどうだ?」

 一歩引いた位置でジッと見守っていたヨハンも気さくに微笑みながらイヴァーナに言うと、彼女は嫌悪感を露にする。

「やめて下さい! ファントム騎士団じゃあるまいし……三獣士見習いで結構です」

 イヴァーナも渋々認めたようで、ヨハンは安堵した表情だ。

「そうだな、明後日カンカー遺跡の調査にも同行させよう。カミル君……姫様は駐機場の近くにある湖の畔で待ってる」

「はい! ラオ、今日はありがとう」

 カミルはお礼を言うと、ラオは悲しみを押し殺した笑みで頷いた。

「うん、あたしの方こそ……祈ってるわ」

 まさか、恋心が芽生える前に失恋しちゃうなんてね。

 

 

 カミルは胸の高鳴りを感じながら、徐々に歩みを速めてヘルガが待ってるというグスタフMRAPのマルゴが駐機している近くの湖の畔に走ると、水面には二つの月明かりの中で、彼女が湖に向けて立っていた。

 背中まで長いハーフアップの黒髪を風に靡かせ、スカーフを被り、ロングスカートを履いて農民の娘の格好をしていた。カミルは一歩一歩踏みしめながら歩み寄る、別れたのはついこの前なのに数年振りに再会するような気持ちで、愛しい彼女の名前を口にした。

「……ヘルガ」

 一呼吸置いて彼女はゆっくりと澄み切った微笑みをカミルに向ける。

「カミル君……」

 ヘルガだ……ヘルガが今、目の前にいて僕に微笑んでいる、カミルは嬉しさで胸一杯のあまりに高揚し、抱き締めたい衝動を抑えながらゆっくりと告げると、声が震えた。

「ヘルガ……君に、会いに来たよ……」

 ヘルガもゆっくり歩み寄り、見つめ合い、微笑み合い、やがてお互いの手が届く距離にまでなると、ゆっくりと手を伸ばして触れ合い、やがて指を絡ませる。

 もう離したくないという気持ちを込めて。

「うん……やっと……本当に……本当に会いに来てくれた!」

 ヘルガは嬉しそうに目に涙を浮かべながらカミルを見つめると、胸元に身を寄せ、そして委ねる。カミルはそっと優しく包むように抱き締める、ずっとこうしていたい……このまま時間が止まって欲しいと願うくらいだった。

 温かい……いい匂い……柔らかい……誰にも渡したくない。

「これから僕は……君と一緒に旅をする、何が待ってるかわからないけど」

「うん、だけど……君と一緒なら、乗り越えられる気がするわ」

 ヘルガは顔を上げると、その表情は重い使命や覚悟を前向きに背負う意志が込められていた。カミルはヘルガと見つめ合い、今こそ胸に秘めていた思いをちゃんと伝えようと決した。

「ヘルガ、僕は――」

「はいはいそこまでですよ! 姫様、カミル君!」

 イヴァーナが我慢に我慢を重ねてもう限界だという顰めっ面で、ズカズカと歩み寄ってくるとヘルガは不満を露にして頬を膨らませる。

「もうイヴァーナったら! いつもいいところで割り込んでくるんだから!」

「姫様、あなた御自身の身分をお忘れですか? それに身分違いの恋なんて――」

「私のお祖母様だって三獣士の一人でしたよ! お祖父様は燃えるようなお話をよく聞かせてくれましたし……元三獣士の方が書いたノンフィクションも読みましたから!」

 ヘルガは不都合な事実を口にするとイヴァーナは「ぐぬぬ」と唸ると、ヨハンは愉快そうに静か笑ってハロルドも微笑みながらヘルガを見つめていた。


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