ゾイド Wild Flowers~風と雲と冒険と~第一期 作:尾久出麒次郎
サイモンは野戦テントで昼食を食べながら、何となくここでの生活も悪くないと考えていた。
無駄なく鍛えられた筋肉質のボディ、浅黒い肌にサングラス、金髪オールバックのサイモンは今思い出しても虫酸が走る。
西エウロペの小国で起きた紛争が一段落し、施設警備や身辺警護の仕事をしてたが現地雇用した馬鹿が仲の悪い民間人に
宗派か政治思想かで対立してたか知らないがそれで責任を問われて業務停止処分を食らい、ヘリックに帰ってもバッシングは避けられねぇから北エウロペ南部の新興国、それもゾイドバトルで食ってる寂れた田舎町を根城にして仕事を始めた。
始めてみたらなかなか悪くねぇ、こっちは強力な重戦闘ゾイドを持ってるからそこらの盗賊連中を束ねることに成功した。おかげで周辺の町や村の親切な人たちに感謝されたこともあって関係も良好、この前セブタウンに行った時は農民の人たちが気前よく収穫したトウモロコシやパパオの実を分けてくれた。
半分盗賊半分PMCのホワイトファング社はこれからどうなるかわからねぇが、なんとかやっていけそうだと思っていた時だった。
「社長、ただいま戻りました」
三白眼の痩せた顔立ちの参謀、ゼネバス人のシュペールが野戦テントに入ってきた。昨日まで隣町――と言っても五〇キロ近く離れてる農村で買い出しから戻ってきた所だった。丁度食べ終えたサイモンは労いの言葉と手に入れた地元産のシガレットを一本出す。
「お疲れ、吸うか?」
「ありがとうございます。報告が一つ」
シュペールはそう言ってシガレットを受け取って口に咥え、使い捨てライターで火を点けるとビジネスバッグからタブレットを取り出す。
サイモンもシガレットを咥えながら表示されたタブレットの画面を見ると、少々ぶれていて不鮮明だが珍しいゾイドの画像だ。
「先ほどユウスケからの報告です。タカシとドルトアの三人がこのライガーゼロに遭遇して撃破されたそうです、なんとか帰還しましたが……ブラックライモス二機は現在、修理中だそうです」
「そうか、いい機会だ。そろそろあの二人を新しい機体に乗せて修理を終えた二機は他の連中に回してやれ……それで? そのライガーゼロは?」
「はい、地元の少年が乗っていたそうです」
驚いた、まるでバン・フライハイトだとサイモンは紫煙を吹かす。
ライガーゼロは二度目のデスザウラー戦後、帝国と共和国の両国で作られたゾイドだ。バーサークフューラーと共にドクターDとガイロスの科学者ドクトルFとの共同開発した作品だ。
もっとも共和国はバーサークフューラーを採用せずに数年遅れて東方大陸のゾイテック社と共同で凱龍輝を作ったが、ライガーゼロは両陣営で使われて幾多の戦乱で同型機同士、血で血を洗う戦いを繰り広げた。
ライガーゼロは個体数の少ない希少なゾイドだ。サイモンも一度だけ、それも共和国軍陸軍少佐時代に見たことがある、帝国軍の機体だったが。
「それで? その地元の少年というのは?」
「はい、ユウスケ曰くドルトアがヘマをやらかして追い回したそうです」
「やっぱり現地雇用した奴らで偵察に出すべきだったな」
それでサイモンは苦笑する。
「それともう一つ……食糧の買い出しを終えてコンテナに積み終えた時、コクピット越しに見つけて撮ったものですが」
シュペールはタブレットの画像をスライドさせると、かなり鮮明な画像でどこかで見たことのある少女だった。
「この少女は三人の護衛らしき者を連れていました……アーカディア王女のセリーナ・ソラノ・シュタウフェンベルク・フォン・アーカディアと瓜二つです」
「そんな馬鹿な、セリーナ王女は今テルダロス海の向こうだぞ、双子じゃ――待てよ」
「社長もお気づきだと思います。アーカディアでは双子が生まれると弟や妹の方はすぐに殺してしまうという因習があり、アトレー前国王がまだ一二歳の時に反乱を起こしたのは父、当時の国王の双子の弟だったとアトレー前国王も公表してます。もしかすると彼女は妹で密かに生かされていた」
シュペールの言う通りなのかもしれない、だが単に瓜二つなだけかもしれない。サイモンは腕を組んで考えて訊いた。
「単に瓜二つだけかもしれないがシュペールの言う通りだったら……金になるかもしれないな、そいつは今どこに?」
「買い出しに行ったセブタウンです、近くに潜伏してる連中がいますので……掻っ攫いますか?」
「いや、とりあえずできるだけ情報を集めろ。それからでも遅くない」
「わかりました、早速連絡します」
「頼んだぞ」
サイモンが言うとシュペールは野戦テントを出る。Ziフォンでニュースサイトを見るとデルポイ大陸に向ったセリーナ王女は正装に髪を纏め、綺麗な化粧もしてるがさっき見た限りは間違いない。
さて掻っ攫ってアーカディア政府の弱みでも握るか? 小国とは言え観光とサイバー産業や軍事・医療・農業等の各分野で潤っているし、大手IT企業であるゴーグル、カプセルソフト、イントラ社等が開発拠点を置いてる。
それに秘匿してるとなれば簡単には動けないはずだと、サイモンは笑みを浮かべた。
「たっぷり稼がせてくれよ王女様」
セブタウンまであと一〇キロの所だ。幸いゾイドに搭載する電子機器――ゾビオニクスはまだ生きてたようでカミルはセブタウンを目指す間に、各種ソフトウェアのインストールと不要なソフトのアンインストール、ソフトウェアのアップデートをしていた。
「これで大体いいかな? CASは……念のため残しとこう、えっとGPSの座標はこれで……おっ地図が表示された」
コクピット内に警報が鳴り響いた。レーダーを見ると前方約一四〇〇~一五〇〇メートル先に接近するゾイドがいる、衝突防止装置が働いて警報を鳴らしたんだろう。
カメラが捉え、不鮮明な映像が拡大されるとカミルは目を見開いた。ここでは見かけないゾイドで、さっきの奴らの仲間かもしれないと操縦桿を握り締める。
*1コマンドウルフとは別種の大型ゾイド、ケーニッヒウルフだ。
戦乱の時代に作られ、ライガーゼロに匹敵するゾイドだ。
背面にはデュアルスナイパーライフル、左右前足の肩にはAZ五連装ミサイルポッドを二基ずつ装備してる。
シルヴィアは威嚇するように唸るとカミルも戦闘体勢に入る。
対峙したケーニッヒウルフも攻撃態勢を取り、ジリジリとした睨み合いになる。
さっきは二対一で勝ったが今度は違う、性能的には互角だが腕には正直自信がない。だけどここで引いたらあいつらに捕まることになる、ケーニッヒウルフはいつでも跳びかかれる体勢を取ってるが跳びかかる気配はない、隙を窺ってるようだ。
もの凄い緊張感、神経がピリピリして、精神的な疲労のようなものを感じる。その状態がなんと一時間以上続いたように感じ、カミルは腕時計に視線を落とすと一〇分程度しか立ってないと思った瞬間、奴が跳びかかってきた!
あいつはコクピット内が見えるのか!? カミルはシルヴィアをサイドステップで回避させると、着地の瞬間に覆いかぶさるように襲い掛かる。
そこだ! だがケーニッヒウルフはそれを見越したのか、着地の反動を利用してサイドステップ!
がら空きだと思いながら着地した瞬間にケーニッヒウルフは思いっ切り突進! 衝撃でコクピット内が上下左右前後と激しく震動する。突き飛ばされたシルヴィアは苦しそうに唸りながら立ち上がる。
「こいつ……強い、クソッ!」
各部損傷を示す警報が鳴り響き、カミルは胸部のAZ二連装ショックカノンの引き金を引くが弾が出ず別の警告音がなる。MFDには発射装置故障と表示されていた。そうだ長年整備されてなかったからか、火器は使用不能だ。
この分だと背中にあるイオンターボブースターも使えそうにない。
「シルヴィア、大丈夫?」
カミルが気を遣って声をかけると、まだまだいけると唸る。それはどこか嬉しそうな唸り声で、体を振るわせて土や石を払い落としてケーニッヒウルフに向って吼えた。
まだまだ自分はこの程度では倒れない、と言わんばかりにカミルは操縦桿を握り直す。今度はこっちから行くぞ! 奴も真っ直ぐ突っ込んでくる! 望むところだ! カミルはストレートで跳びかからせようとする。
だがケーニッヒウルフはさっき自分がやったような覆いかぶさる跳びかかり、カミルは慌ててブレーキをかけるか加速して突っ切るかを迷う。その一瞬の判断が遅れ、コクピット内が激しく上下に揺さ振られた。
「うわぁああああっ!!」
カミルは悲鳴を上げ、頭部が地面に叩きつけられる寸前だった。
「このぉっ!!」
カミルは強引にシルヴィアの機体を後足で立ち上がらせ、ケーニッヒウルフを見下ろす形になる。シルヴィアは両前足を振りかざし、口を開けてレーザーファングを閃かせ、首筋を狙う! 押さえて噛み付き、首をへし折れば操縦系統に致命傷を与えられる。
人間で言えば首の骨を折るようなものだ。するとケーニッヒウルフは紙一重、それこそシルヴィアとケーニッヒウルフの間は五〇センチもないくらいで装甲式じゃなかったらお互いどんな奴か? 目を合わせてたかもしれない。
紙一重!? こいつはエースパイロットか! 睨み合ってた時に感じたあの威圧感、ゾイドから発せられた物じゃない。
パイロットから発せられてケーニッヒウルフを通し、増幅されたものだ。
ケーニッヒウルフは素早く後退するがこの距離なら! シルヴィアは両前足を突き出すと、相手もほぼ同時に突き出して押し合いになる。
「はぁああああああっ!!」
カミルは叫びながら重くなった二つの操縦桿を力技で前に押し出す、このまま押し倒そうとした瞬間、ケーニッヒウルフは力を緩めて電磁エネルギーを帯びた牙が首元に噛み付きシルヴィアは悲鳴を上げた。
電気系統や操縦系統の異常を報せる警告音が五月蝿く鳴り響き、計器類が異常な数値を示し、コクピット内に電流が流れてカミルも感電して悲鳴を上げた。
「うああああああああっ!!」
コンバットシステムがフリーズする! シルヴィアは電磁エネルギーに苦しみながら右前足で強引にケーニッヒウルフの顔面を殴って引き剥がす。
「はぁ……はぁ……はぁ……なんて奴だあいつ」
気がつくとカミルは全身汗だくになり、全身の筋肉や肺、心臓が酷使されていた。
ここまで戦えたのはゾイドとしての性能と、シルヴィア自身の戦闘経験からだろう。野良ゾイドになってからも、いや戦争の頃からずっと戦い続けてきたんだろう。なのに僕は……僕は……カミルは歯をギリギリと食い縛って、駄目だ……ここで折れたら……例え足を引っ張ってるとしても。
「次で決めようシルヴィア……長期戦に持ち込まれたら……勝ち目はない」
するとコクピット内にアラームが鳴る、警告音とは違う。MFDを見るとケーニッヒウルフのデータが表示されていた背部に冷却ファンが点滅「WEAK POINT」と表示されてそれが弱点だと理解した。
なるほど、ほんの少しだけ勝てる気がしてきた。
狙いは背中のファン、でも奴が機体を熟知している可能性もある。だがそれしかないとカミルは腹を括って操縦桿を握りなおすと、再びケーニッヒウルフから攻めてきた。それならカウンター攻撃だ、ケーニッヒウルフは猛ダッシュでスピードに乗ると走り幅跳びの要領で飛び掛る。
「今だ!!」
シルヴィアを後足で立ち上がらせ、突進してきたケーニッヒウルフを受け止めて押し倒されんと、後足で踏ん張って前足で背中の冷却ファンを狙う。もらった! 次の瞬間、コクピット内を衝撃が激しく揺さ振る。
「うおわっ!!」
衝撃は今まで以上で下顎の損傷を示す警告が表示される。どうやら奴は機体を強引に立ち上がらせ、下顎に頭突きをかましたらしい。人間で言うならアッパーを食らうような感じで、地面に突っ伏した。
「クソッ! シルヴィア! 頑張れ!」
操縦桿を必死で動かすが立ち上がろうとせず、抑揚のない電子音が鳴り響いてMFDに「COMBAT SYSTEM FREEZE」と表示される。畜生!
奴らの仲間ならこいつを渡す訳にはいかない、ならばせめてとカミルは自分の無力さに打ちひしがれながら再起動操作を行う。
立ち上がりに数十秒~数分、それまでにどうにかして体一つであいつを引きつけよう。
ゆっくりと歩み寄ってくるケーニッヒウルフ、カミルはコクピットのシートベルトを外して安全バーを上げると、ホルスターからGF45Lを抜いた。予備マガジンはもうない、銃に入ってるので最後だ。
マガジンを抜いて残弾数を確認、戻してプレスチェック(※スライドやボルトを少し引いて薬室に弾が装填されてるのを確認)した。
「いい? シルヴィア……僕があいつを引きつける。僕に構わずその間に逃げて!」
カミルは躊躇わずにコクピットハッチを開けて降りると、シルヴィアは早まるな! やめろ! と言ってるように必死で唸る、歩み寄ってくるケーニッヒウルフは生身で対峙すると威圧感よりも絶望感が大きい。
カミルは歯を食い縛ってGF45Lを頭部に向けるとケーニッヒウルフはカミルを見下ろす形になる。すると何を思ったのか、ケーニッヒウルフは頭を地面に着けるとコクピットハッチが開いた。
なるほど、一対一の決闘かとカミルは銃口を向けてサムセーフティを下にしてOFF、ハンマーを起こして引き金に指をかける。きっと元軍人のゾイド乗りかもしれない、そう思っていたが意外な声だった。
「銃を降ろして下さい! 人が乗ってるとは思わなかったんです!」
柔らかく透き通るような同い年くらいの女の子の声でカミルは思わず目を見開く。
「えっ……君は?」
カミルはGF45Lを降ろして警戒を解かずに動きを窺うと、長い黒髪をフワリとなびかせて降りてきた。
綺麗だ……思わず見惚れてしまい、心を奪われた。
少女は背中まで長い黒髪のハーフアップに美しい東洋人の顔立ち、目を合わせたら心が吸い込まれて虜になりそうなディープスカイブルーの宝石のような瞳、古代ゾイド人の血を引いてるのか額には水色の二つに分けた縦の楕円がある。
深窓の令嬢なのか、フリル付きの白いブラウスに紺色のロングスカートのお淑やかな印象だが、履いてるのは厳ついショートブーツだった。
「あ……君は……どうしてこのゾイドに」
「ああ、この子は一〇歳の頃からの友達で……リリアって名前なの」
なんだ、そりゃあ叶わない訳だとカミルは肩を落としてGF45LをデコッキングしてセーフティをONにしてホルスターに戻した。
「そうか、シルヴィアとはついさっき乗ったばかりだから、四~五年乗ってるような君には叶わないや」
「うん……五年くらい乗ってるけど……私も……まだまだなの」
それでも凄いよ。カミルは女の子に負けたのは悔しいがあれでもきっとバン・フライハイトの足下にも及ばないだろう。彼はゾイドに乗り初めて二年で伝説の凄腕になったんだ。
「ん? ってことは君も一五歳?」
「うん、同い年……だったのかな?」
少女は少し照れ臭そうに柔らかそうな頬を少し赤らめて言う。カミルは思わずその仕草になんて可愛いんだと見惚れてると、再起動したシルヴィアが立ち上がった。
「この子、シルヴィアって言うんだね」
「あ……うん、さっき……盗賊に襲われて一緒にやっつけたんだ……あっ、僕はカミル! カミル・トレンメル、この近くのセブタウンに住んでるんだ」
カミルはドキドキさせながら自己紹介すると少女もはにかみながら少し躊躇って自己紹介する。その姿がとても愛らしい、お淑やかなお嬢様そのものだ。
「私は……ヘルガ、ヘルガ・カミシロ・シュティーア」
「ヘルガ……でもどこかで、あっ!?」
カミルは思い出した。今朝のZiフォンで見たことがある。もしかして偽名を使ってお忍びで旅をしてるのかもしれない、お嬢様どころかお姫様だ!
「君はもしかして、アーカディア王国の――」
「しーっ!」
ヘルガは周囲に誰もいないのに、慌てた様子で細い人差し指を口元に立てた。
「あ、あの子はもう一人の私で、私はもう一人のあの子なの……あまり大きな声で言わないでね、カミル君」
「わ、わかったよヘルガ」
カミルはつまりは影武者かなにだろうと思う、僕たちにはわからないアーカディア王家の事情があるのかもしれない。
解説
民間軍事会社ホワイトファング
・表向きはゾイドによる警備・護衛・軍事訓練を行う民間軍事会社。西エウロペのとある小国で民間人銃撃事件を起こしたため、業務停止処分を受けて辺境の国マゼランの更に辺境の田舎に流れつく。ホワイトファングのように管理が行き届かずPMCの一部は盗賊団同然に成り下がって社会問題となっている。ヘリック共和国のPMCだが、一部帝国製ゾイドを使用している。