ゾイド Wild Flowers~風と雲と冒険と~第一期 作:尾久出麒次郎
第二話、旅するお姫様、揺れ動く関係
おかしい、そろそろ戻ってきてもいい頃だ。
ハロルド・ヒギンズはセブタウン近郊の空き地でドライシガーを携帯灰皿に入れ、腕時計を見ると丁度予定時刻だ。
姫様が日課の散歩に行く間太いドライシガーを吸う。アーカディア王国三獣士として姫様の護衛兼教育係であるハロルドの日課だ。
三四歳で身長一八八センチのガッシリと鍛えぬいた体格、彫りの深い顔立ちに無精髭、無造作に伸ばした髪、
マズいなそろそろ戻ってこないと、イヴァーナがヒステリック起こす。そばに駐機していたネイビーブルーのシールドライガーであるアリエル二世に乗ろうとすると、ハロルドは足を止めた。
「帰ってきた? いや、もう一機いる」
ハロルドは聞えてくる足音と駆動音の方向を見ると、姫様のケーニッヒウルフ――リリアと……何てことだ! ライガーゼロを連れている。苔の生え具合と傷だらけで野良ゾイドと一目でわかったが、並んで歩いてるということは誰かが操縦してるということだ。
でもこんな辺境に一体誰が? ハロルドが驚いてる間、待ちわびていたかのようにイヴァーナ・ミッシェル・クオーリが走ってきた。
古代ゾイド人の血を引き、代々アーカディア王家に仕えるクオーリ家の長女だ。元近衛師団少佐で
クリーム色の長い髪を纏めて丸眼鏡にグラスグリーンの瞳に背の高い美人で額には宝石のような赤い模様があり、上着の下にはいつでも戦えるように強化服を身に纏ってる。
「おかえりなさいませ姫様! そのライガーゼロは!?」
よかったなイヴァーナ、丁度いいタイミングで戻ってくれて。案の定というか、イヴァーナは大袈裟に安堵と驚きの表情を見せると外部スピーカーから姫様の透き通る声が聞えた。
『ごめんなさいイヴァーナ、ハロルド、少し遅くなっちゃって』
「ヒヤヒヤしましたよ姫様……そちらのライガーゼロは?」
ハロルドは訊いて見上げると、少し間を置いて気まずそうな口調になる。
『ああ、えっと……野良ゾイドだと思って間違えちゃったの』
『あ、あの! 僕が盗賊を追い払って帰る途中仲間だと勘違いしたんです!』
同い年くらいの少年の声だった。するとライガーゼロが頭を降ろしてコクピットハッチが開き、降りてきた。
姫様と同い年のくらいの大人しくて柔和で頼りなさそうな顔立ちの美少年だった。
「君が……このライガーゼロに?」
「はい、シルヴィアって名前です……さっき乗り始めたばかりですけど」
「驚いたな少年。このライガー……シルヴィアに認められるなんて」
ハロルドはサングラスを外す、精悍で鋭いが同時に優しさを秘めた眼差しで戦いや争い事を好まなさそうな少年を見つめる。少年は臆することなく、ハロルドに少し恥かしそうに微笑んで言う。
「はい、盗賊に襲われて……成り行きで……帰る途中でヘルガを盗賊の仲間と勘違いしてしまって……」
「つまり、姫様に狼藉を働いたということですね?」
イヴァーナはまるでデスザウラーが起動したかのように瞳を光らせた。ハロルドは全身から冷や汗が噴き出す、イヴァーナは姫様に近づく男に対しては決して容赦しない。
特に同い年の少年には。
身の危険を肌で感じ取ったのか、少年は顔を引き攣らせて青くなる。
「えっ!? ええっと……まさかヘルガが乗ってるとは思わず、盗賊の仲間と勘違いしちゃって……交戦したんですけど」
「交戦? じゃあリリアの傷はあなたがつけたのですね!? それと気安く姫様のことを名前で呼ぶとはいい度胸ですね!!」
イヴァーナは怒りのオーラを発しながら歩み寄る。これはマズイとハロルドはコクピットにいる姫様に無言で合図する、よく見ると機体各所に土埃がこびりついて格闘戦の痕跡が残ってる。
慌てた様子でリリアは顔を下げてその間にコクピットを開け、飛び降りて制止した。
「イヴァーナ待って! カミル君は悪くないわ!」
「姫様、人は見た目で判断できません!! おとなしく人畜無害を装って、実は姫様の貞操を狙ってる不貞な輩かもしれませんよ!!」
イヴァーナはまるで自分が絶対正しいとでも主張してるように、キッとした眼差しで姫様を見つめてハロルドは見てられないと呆れ、有無を言わせない強めの口調で肩をポンと叩いて制止した。
「そこまでにしておけイヴァーナ、子ども相手にみっともないぞ」
「イヴァーナ、落ち度は私にもあるわ。だから……」
姫様は凛とした眼差しで真っ直ぐイヴァーナを見つめると、彼女は溜息吐いた。
「……わかりました、今回は私の早とちりです」
自分の早合点を認めるというよりは姫様のわがままを仕方なく受け入れてるかのようだった。ハロルドはその瞬間を見逃さず、割って入るように歩み寄って姫様と少年に労いの言葉をかける。
「姫様、朝の散歩がこのようなことになるとは……少年、連れが失礼した。姫様とお手合わせしたそうだな、手も足も出なかっただろ?」
「いいえ、カミル君……初めてとは思えなかったわ」
姫様は首を横に振って称えるかのようにカミルという少年を見つめると、カミルは首を横に振って否定した。
「いや、ヘルガが凄かったんだよ。本格的にゾイドに乗って戦うの今日が初めてだったから、シルヴィアに乗せられていただけだよ」
ハロルドはライガーゼロのシルヴィアを見上げる、まさかこの優しそうな少年が? ハロルドは思わず高揚し微笑み、真っ直ぐカミルの瞳を見つめて怖がらせないように配慮しながら声をかけた。
「少年、是非話しを聞かせてくれないか? 僕はハロルド・ヒギンズ。共和国海軍でライガー乗りだったから、興味がある」
「カミル・トレンメルです。勿論お話しします!」
カミルは不思議なことに一目で素直に肯き、怖がる様子もない。
「ちょっとハロルド、この少年に話しを聞いてどうするんですか?」
「イヴァーナ、このライガーゼロ……シルヴィアのメンテナンスを手配してくれ!」
「どうして私が!?」
イヴァーナは元近衛師団少佐で惑星Zi最強の諜報機関であるASISの局員でもあった。国外でいくつものテロリスト捜索・逮捕・暗殺作戦に参加しているからイヴァーナがやったら尋問という名の拷問になりかねない。
「この辺りの情報収集にもなるかもしれない。姫様とカミル君に悪いと思うなら、メンテナンスの手配をしてくれ」
「はいはい、すぐに手配します」
イヴァーナは露骨に不満な表情で言った。
シルヴィアのコクピット内でセブタウンの幹線道路をゆっくり歩くと、町の住人――近所の人たちは勿論だが学校の同級生や先生も見ている。
セブタウンは小さな農業の町だが、同時に古くから旅人たちの憩いの場で全盛期には旅人たちで賑わって情報交換、出会い、別れと様々な物語が生まれた。
そのため様々な商店、モーテル、駐機場、不釣合いな程の大きなゾイドの整備工場がありセブタウンの収入源にもなっている。
近郊には大都市に繋がる鉄道駅もあり、カミルも中学校を卒業したらセブタウン駅から数時間かけて都市部にある全寮制の学校へ進学する。
全盛期の四割に減ったが今でも旅人が訪れ、大型ゾイドに乗ってやってくる人は稀だからたちまち注目が集まる。
まさか、アヤメリアとか母さんも見てないよね? 装甲式のコクピットで助かったとカミルは落ち着かない気分だ、すると右斜め前方に妹のウルスラが母親と見てる。まさかバレてないよね? カミルは恐る恐る集音マイクのつまみを回してスイッチを入れると、スピーカーは酷い雑音で、辛うじて聞えるくらいだった。
『ほら……れ……おにい……てる』
『……ミルが!? あ……ほん……に』
通りかかる瞬間、モニター越しに表情を窺うと母親と妹は驚いてる様子だった。カミルはあまりにも酷い雑音にスイッチをOFFにして、心配してるようだからとカミルは減速してシートベルトを外し安全バーを上げる、頭を少し下げてコクピットを開けると「おーっ!」と村の人々たちが声を上げる。
「母さん! ウルスラ!」
「あっ! お兄ちゃんよ! おーい!!」
カミルは誇らしげに手を振ると、ウルスラははしゃいで手を振って母親は驚きながら訊いた。
「カミル! あなたまさか本当にカミルなの!?」
「そうだよ! びっくりした!?」
「それ以上よ! あんたこんな大きなゾイド、家に置く場所ないわよ!」
「近所の里山か裏庭があるでしょっ!」
カミルはそう言ってコクピットに入り、シートベルトを再度装着して安全バーを下げるとゾイドの整備工場が見えてきた。カミルはシルヴィアを工場スタッフの誘導に従いながらバックで格納庫に入れる、シビアな操縦だったがシルヴィアは慣れていたのか、的確な位置にあっさりと止まる。
カミルはシルヴィアから降りると、すぐに工場スタッフと整備用のゾイドたちが仕事にかかる。
「それじゃシルヴィア、いい子にしててね」
カミルは見上げて言うとシルヴィアは素直に頷いて唸る。これから野良ゾイドを再び戦闘ゾイドに使えるようにする復帰整備が行われ、凡そ数日はかかるのだ。
工場の応接室に入るとハロルドはソファーに座って紅茶を飲み、イヴァーナは領収書に頭を抱えている、ヘルガは工場スタッフではない男と楽しげに話してる。
「やぁ、君がカミル君だね。姫様から話しを聞いてるよ」
低めで厚みのある声だ。背丈はハロルドより低いがそれでも鍛えられた体格だ。ブラウンの髪にハロルドとはまた違った鋭い目をしている。顔立ちも爽やかで人懐っこいイケメンと言った感じだ。
「揃ったから紹介するね。彼はヨハン・オルベルト・シュバルツ、元ガイロス帝国陸軍の中尉さんよ」
ヘルガが紹介するとカミルはどこかで聞いたことがある気がした。
「シュバルツって……あのガイロス帝国国防陸軍第一装甲師団カール・リヒテン・シュバルツ!?」
「はははははっ、恥ずかしながら君の思ってる通りさ」
ヨハンと握手を交わしてカミルはただただ驚くばかりだ。『風と雲と冒険と』でも二人のシュバルツが登場した。一人はカール・リヒテン・シュバルツでガイロス帝国軍屈指の名指揮官。もう一人は弟のトーマ・リヒャルト・シュバルツでゾビオニクスの発展に大きく貢献したことで知られてる。その人たちの末裔とは驚きだった。
続いてヘルガはハロルドに目を向けて紹介する。
「彼はハロルド・ヒギンズ、元共和国海軍の中尉さんよ」
「よろしくカミル君」
「はい」
カミルはハロルドのゴツイ手を握る。強面でマフィアのボディガードか殺し屋みたいな見た目だが、意外と優しく綺麗な目をしている。父と同じ匂いがして、カミルは自然とこの人なら信頼していいと感じとっていた。
「で、彼女がイヴァーナよ。元近衛師団の少佐で、私の幼い頃からの家庭教師なの」
「初めましてカミル君、私は姫様の護衛兼教育係のイヴァーナ・ミッシェル・クオーリです。言っておきますけど、姫様に手を出そうなんてく・れ・ぐ・れ・もお考えにならないように、いいですね?」
イヴァーナはデスザウラー級の威圧感を放ち、グラスグリーンの瞳を光らせながら歩み寄る。カミルは生身で荷電粒子砲発射寸前のデスザウラーに睨まれ、ロックオンされた気分だった。
「威圧するなよイヴァーナ、いい歳して若い子に相手にみっともないぞ。姫様も年頃だし色んなことを知っていい年頃だ、それとも嫉妬かい?」
ヨハンは臆することなく火に油を注ぐようなことをニヤニヤしながら言うと目標をヨハンに変更する。
「嫉妬ですって? ヨハン、この私が姫様に嫉妬するとでも?」
「いやいや姫様ではなく、青春真っ只中の思春期の少年少女にだよ。み・そ――おっと! 用事を思い出したので、それじゃあっ!」
「待ちなさい!」
ヨハンはイヴァーナのストレートを紙一重でかわすと部屋を出て逃走する。イヴァーナはどこから出したのか、小型のナイフを取り出して追いかけた。
カミルは二人の背中を見送ってヘルガに訊く。
「大丈夫なの? あれ」
「い、いつもことなの……ヨハンはイヴァーナの遊び相手みたいで、イヴァーナもまんざらではない様子なのよ」
ヘルガは表情を引き攣らせて苦笑し、ハロルドは溜息吐く。
「全くよく飽きないものだ。それじゃあ座って話しを聞かせてくれないか?」
「はい」
カミルは座って事情を説明した。
三年前からシルヴィアを追っていたこと、旅人かと思ってディマンティスに声をかけたら襲われ、シルヴィアと出会ったこと、ヘルガと一戦を交えたこと、今日のことを覚えてる限り詳しく話した。
「そうか……最近この辺りに兼業で盗賊をしてるPMCがいるという噂を聞いたことがある。近くにガーディアンフォース*1のパトロールが来ていたから、どうやら本当らしい。姫様、すぐにマゼランの治安機関及びガーディアンフォースに通報します」
ハロルドはすぐにヘルガと目を合わせるとヘルガは「はい」と強い芯の秘めた声で言った。ハロルドはすぐに治安機関及びガーディアンフォースに通報すると、近隣の基地から
ハロルドは少し安堵した表情で言う、あの二人はまだ戻っていない。
「よし、後は彼らに任せよう。カミル君のおかげで少なくとも安全な旅ができる」
「ありがとうカミル君、おかげで旅が少し安全になるわ」
ヘルガは安堵した笑みを見せる。それがとても愛らしくて、カミルは目を逸らしながら浮かんできた疑問を問う。
「いいよ、その……ヘルガたちはどうして旅を?」
それでヘルガの表情は少し固まり、沈んだような複雑な表情になってハロルドはサングラスをかけて表情を隠す。
カミルは悪いことを訊いてしまったのかもしれないと悔やみ、咄嗟に謝る。
「ごめん! 訊いちゃいけなかった?」
「ううん……私たち……力を蓄えてるの」
「それって……強くなるため? 修行の旅?」
「ぷっ! うふふふふふっ! ちょっと違うけどそんなところね!」
答えは曖昧だったが、カミルはヘルガの可愛らしい笑顔と笑い声にホッと安堵の笑みを浮かべるとハロルドも苦笑した。
「ちょっと事情があってね、まっそんなところだ。今日はありがとう、それと整備中の間シルヴィアにも顔を見せた方がいい。私たちも二週間くらいは滞在する予定だ」
それは遠回しにまた会いにおいでと言ってるようにも聞こえ、カミルは「はい」と嬉しい気持ちで頷いた。