ゾイド Wild Flowers~風と雲と冒険と~第一期 作:尾久出麒次郎
第三話、迫る魔の手からの逃避行
カミルはその夜、早めに寝てZiフォンで深夜一時にバイヴモードで一旦起きる。
家族が寝静まったのを確認し、旅立ちに備えてあらかじめ纏めていたバックパックをベッドの下から引きずり出した。ふと、カミルはアヤメリアに『Wild Flowers~風と雲と冒険と~』を返してもらってないことに気付く。
でもまあ卒業の日まで返してくれればいい。でもどうしてアヤメリアは弱虫な僕を好きになったんだろう? そんなに逞しくなったとは思えない。そう考えながら裏の空き地に行き、シルヴィアのコクピットをハッチを開けると座席後部のスペースにバックパックを入れる。
そして一度部屋に戻り、現金や貴重品を入れたウエストバッグを取ってコクピットに放り込もうとした時、遠くで銃声が聞えた。カミルは最初聞き違いかな? と耳を澄ませるとガラスの割れる音も加わり、盗賊かもしれないとカミルはシルヴィアのコクピットに入って安全バーとシートベルトを装着。
座席シートの下にあった古い操縦マニュアル通りに始動前チェックを行う。よし、スターターレバーを引いてZOIDS ON! MFDが点灯してモニターが暗い外の風景を映すと、モニターコントロールスイッチを摘んで夜間戦闘モードに回す。
外の風景がグリーンになり、両方のフットペダルを踏み込むと固定されたペダルが解放されて戻り、シルヴィアは立ち上がった。コクピット内に駆動音が響き、これが母親や妹を起こさないかと気がかりだが、急がないといけない。
「シルヴィア、家や畑を潰さないでね」
カミルが注意しながら慎重に操縦桿を動かして空き地を出る、銃声の方角は整備工場向かいのモーテル、ヘルガたちが泊まってる場所だ。そこに低速で接近、探知されないように両方のフットペダルを踏み込んで腹這いになり、左右の操縦桿を前に押し出す。
この腹這い移動方法は第二次大陸間戦争の頃、氷と雪に閉ざされたニカイドス諸島の守備隊がライガーゼロ・パンツァー*1の負担を軽減するために編み出した方法だという。姿勢を低くしながら移動することでレーダー等の探知リスクを落とし、ライガーゼロの瞬発力で一瞬で跳びかかるという奇襲攻撃が可能だが、実際にやるのは初めてだ。
駐機場に近づいた瞬間。コクピット内で警報が鳴り響く、ロックされた! カミルの全身から冷や汗が噴き出る。前方のディマンティスが背中のガトリングガンに付いてるレーザー照準機でロックオン、自動迎撃システム付き
今頃、コクピットで接近警報が鳴ってるかもしれない。カミルは回転し始めたガトリングガンに躊躇わずフットペダルを解放して操縦桿を一気に押し出した。
シルヴィアは跳びかかり、カミルは一気に座席に押し付けられる。どれくらいの加減で行けばいいかわからなかったが、シルヴィアが補整して正確にディマンティスの胴体を叩き潰す。
シルヴィアは獲物を仕留めたと言わんばかりに雄叫びを上げる、見下ろすとハロルドとヘルガが驚きの表情で見上げていた。
『カミル君? カミル君なの!?』
スピーカー越しのヘルガの声。カミルは胸を撫で下ろしながらも叫んだ。
「ヘルガ! ハロルドさん! 大丈夫ですか!?」
ハロルドは負傷してるらしく、左脇腹を押さえて立ち上がりながら叫んだ。
『カミル君、説明してる暇はない! 姫様を連れてできるだけ遠くへ逃げろ!』
『ハロルド何言ってるの! 一緒に逃げるのよ!』
『一緒に逃げても足手纏いになるだけです! 私はここで敵を食い止めます!』
ハロルドはそう言って左腕の端末(よく見るとZiコンガントレット*2だ)を操作し、ネイビーブルーのシールドライガーであるアリエル二世とリリアが歩み寄ってきて、頭を下げてコクピットを開け、ハロルドがコクピットへと促す。
『さぁ姫様、私は大丈夫です。早く!』
『ハロルド、絶対に死んでは駄目よ!』
『約束します!』
ハロルドはそう言ってコクピットを閉じる。ヘルガもリリアのコクピットに入ると、スピーカーにヘルガの声が少し震えていた。
『カミル君、狙いは私なの! お願い……私と一緒に逃げて!』
カミルは今どんな事態かは完全には把握できてないが、考える時間はなかった。
「わかった! 隠れられる場所がある! ついてきて!」
カミルはいつも入り浸ってるソーア山の方へと向い。後方警戒レーダーを確認するとしっかりついて来てくれた。カミルはいっそのこと、二人っきりの逃避行の旅に出ようかと頭を過ぎった。
サイモンは野戦テント内で現場にいるシュペールの報告を聞き、眉を顰めた。
「全員に撤退だと伝えろ!! 村は絶対に燃やすな、あの村には大事なクライアントも大勢いる! 遺体も必ず回収しろ、以上だ!」
サイモンは無線機を置き、苛立ってると思いながら日付が変わって三本目のシガレットを取り出して点火する。溜息と一緒に煙を吹かした、これから一人一人死んだ奴の家族に手紙を書かないといけないし、戦死ではなく職務中の事故死として扱われるのが不憫でたまらない。
シュペールや仲が良かった奴も手伝ってくれるのはありがたいが、モーテルの修繕費も匿名で送っておかないといけないから赤字も膨らむ一方だ。
それにしてもアーカディア王国の王女には護衛兼教育係の三獣士がいるのは知ってたが、まさか因縁のハロルドがいたとは……やれやれ、海軍連中は海で仕事してればよかったものの、俺たちの仕事場にまでしゃしゃり出てきやがって。
だが最大の誤算はライガーゼロのガキが介入してくるとは思わなかった。サイモンは短くなったシガレットの灰を灰皿に落とす。待てよ、このまま合流すればシールドライガー、ディバイソン、ケーニッヒウルフ、グスタフMRAP、ライガーゼロ……大型ゾイド混成一個小隊か、となるとやるべきことは決まってる。
奴らが合流する前に、セブタウンの外で潰しておかないといけない。
元手を取り戻すにはライガーゼロとケーニッヒウルフを鹵獲する。幸いこっちには二機相手にしても渡り合えるゾイドがある。
サイモンは灰皿に煙草を押し付けるとシュペールから再び報告が入り、スピーカーから淡々とした声が響く。
『こちらシュペール。社長、全員の撤退は完了しました……戦死者六名、重傷八名、軽傷一二名です。ディマンティスもパイロットは無事でしたがゾイドコアの損傷が激しく、手の施しようがありません。機密保持のため、電子機器類には自爆装置で破壊済みです』
「そうか……よくやった。すぐに戻って……ゆっくり休めと伝えろ」
三〇人程送ったのに、これほどの大被害を出すとは本国の特殊部隊の連中が聞いたら騒ぎ出すぜ。六人か……誰が死んで誰が生き残ったんだ?
「それと偵察機を飛ばせ、とにかく気付かれないように監視して何かあれば報告するだけでいい」
『わかりました。すぐにブロラバーン*3の発進準備させます』
「ああ、そうしてくれ」
サイモンはもう一本シガレットを取り出して頷いた。
翌朝。
夕べは大変だった。ロッジに到着すると、ヘルガは不安と疲労に満ちた表情で降りてきたから、カミルはすぐにいつも使ってるベッドで寝るように促した。ヘルガは驚くほど冷静だったが、追撃が来るかもしれないのでカミルはウトウトしながら一晩中見張りをした。
「もう朝の五時か」
夜が明け、眠れない夜を過ごしたカミルは隠れ家である空き家のロッジで温かい朝食を作っていた。もしもの時に備え、GF45Lと祖父の遺品である狩猟用ポンプアクションショットガン――HM210を装備していたが襲撃はなく、夜が明けるとなんとなくホッとした。
だがZiフォンを家に置いてきてしまったから、家や学校に連絡できない。家族や友達はみんな心配してるだろう。
カミルはベーコンエッグサンドと山菜スープ、それから温かい紅茶(その昔、地球移民が持ってきたものでアンダー海の島国、ブリタニア連邦産のダージリンと呼ばれてる)をトレイに載せ、ヘルガが寝てるベッドの横にあるテーブルに静かに置くと、ヘルガの寝顔に思わず目が行って息が止まりそうになる。
ほんの少し開いた唇や、寝汗で額や耳元に張り付いた長い黒髪と微かに聞える寝息と共にほんの僅かに上下し、横から仰向けに寝返りを打った乳房のラインが生々しい。
カミルは首を横に振りながらダイニングルームに戻ろうと踵を反すが、ヘルガの「ん……」とやけに艶かしい声がすると布団とグリーンのネグリジェが擦れる音が妙に響く。
「お、おはようヘルガ」
「あ……おはようカミル君、昨日はありがとう。助けてくれて」
「ああ、うん」
カミルは恐る恐る振り向いて頷くと、ベッドに座るヘルガはとても上品で寝起きにも関わらず、柔らかく温かい笑みを浮かべて思わず言った。
「い……一緒に、食べようか……その、僕が作ったんだ」
「それじゃあ、いただきます」
ヘルガが頷くとカミルはそそくさと自分の分のトレイを持ってきて、朝食を摂る。夕べの話しを聞くと夜中突然イヴァーナに起こされ、上着を着せられたかと思ったら何者かが襲撃したという。ディマンティスに襲われてもう駄目かと思った時、カミルが助けに来たという。
「そうだったのか、僕は……ちょっと夜中にシルヴィアの所に行ったら、銃声が聞えて駆けつけたんだ」
食べ終わったカミルは少し冷めたダージリンを飲みながら言う、ヘルガもダージリンを飲むと少し目の色が変わった。
「この紅茶……美味しい」
「アーカディア王国はコーヒー派が多いって聞くけど、ヘルガもコーヒー派?」
カミルが訊くとヘルガは「う~ん」と曖昧な、何か複雑な表情だった。
「私ね……コーヒーは砂糖にミルクを入れないと飲めないの、あっ! でもこの紅茶、砂糖なしで飲めるわ!」
ヘルガはディープスカイブルーの瞳を輝かせて言うと、空になったマグカップの底を見つめながら恥かしそう顔になる。
「実はね……旅に出た時から、毎朝コーヒー飲むが苦行だったの。イヴァーナが……アーカディア王国を背負う王女がコーヒーを飲めないのでは国民に顔向けできません! って言うのよ……私は我慢してブラックを飲んでるけどイヴァーナ凄い飲み方するのよ」
「へぇ、何か入れたりするの?」
カミルはティーポットを取って淹れると、ヘルガも「いい?」と言ってマグカップを差し出すと丁度いいところでなくなった。
「うん……それがね……塩を入れるの」
「塩?」
「うん、それ自体はエウロペの国々の人たちも飲んでるけど……イヴァーナの場合、塩の容器をこうひっくり返してドザザーって」
ヘルガは紅茶のカップに透明の容器をひっくり返す、そういえば古代ゾイド人は塩入りコーヒーを飲む習慣があったと、最近の研究で明らかになったらしい。
カミルは口元を引き攣らせて言った。
「まるでフィーネ・エレシーヌ・リネだ……あれでよく長生きしたものだよ。そういえば古代ゾイド人と塩コーヒーでこんなジョークがある。古代ゾイド人はコーヒーに塩派とそれ以外派の間で世界規模の戦争になり、デスザウラーの逆鱗に触れて滅ぼされたって」
「ふふふふふっ、案外そうかもね」
ヘルガは上品だけど、屈託のない笑み。カミルも微笑む、まるで――と思った瞬間、電話の着信を告げる電子音が鳴り二人の時間は終わりだと言わんばかりに鳴り響く。
「あっ、そうだ! そろそろ連絡しなきゃ!」
ヘルガは枕元に置いてあった大柄なエルワチウム社製の衛星電話を取る。
「もしもし……イヴァーナ! よかった。ごめんなさい、起きるのが遅くなっちゃって、ハロルドとヨハンは? よかった……無事なのね。うん、替わって! ハロルド! よかった――」
ヘルガはようやく、本当に安堵した口調になる。さっきまで話してる間にもきっと押し潰されそうな不安を押し隠していたんだろう、あの三獣士の人たちの無事が確認された。
今度は本当の意味で、上品で屈託のない笑みが見られるといいな。
カミルはやりきれない気持ちで残りの紅茶を飲み干すと、ヘルガは微笑みながら「ハロルドからよ」と衛星電話を差し出して受け取る。
「もしもしハロルドさん?」
『カミル君、夕べは本当にありがとう。必ずお礼はする、すまないが……もう少しの間だけ、姫様を守って欲しい』
ハロルドは口調はとても重かった。本来自分たちが果たすべき責務を、何の取り得もない自分にさせているのだ。カミルはその責任重大な任務を、やり遂げられるのは自分しかいないと、カミルは唇を噛み締めた。
「はい、やります」
『ありがとう、合流ポイントは姫様に伝えてある。後で訊いてくれ』
「はい、そうだ! 村の様子は?」
『ああ、姫様とカミル君が行った後撤退した。やはり目的は姫様だろう、君のお母さんと妹さん、それから友達が来ていた。彼らには……これから探しに行く、必ず連れて帰ると約束している。だからカミル君、死ぬんじゃないぞ!』
「はい、勿論です」
『よし――ん? ヨハンが替わりたいと言ってる、替わるぞ』
ハロルドからヨハンに替わる、あの人は真面目だが、同時に気さくでお茶目なガイロス人でカミルはすぐに好きになった。
『カミル君、夕べはちゃんと眠れたか?』
「いいえ、一晩中見張っていましたから……眠れなくて」
『大丈夫か? 休める時に休むのもゾイド乗りの大事な仕事だぞ。ん? 待てよ、ということは……姫様の寝顔も拝めたのか?』
カミルはビクッ! となり、何を言い出すんだこの人は! た、確かに寝顔を見て意識はしたけどさ。そしてヨハンはまるでカミルの表情が見えてるかのようにからかう。
『返事がないぞカミル君、さては姫様のことを意識したな、図星か? 図星だな!?』
「な、何を言ってるんですかヨハンさん!」
『ごまかさなくていいんだぞカミル君、姫様だってもう恋を知ってもいいお年頃だ。なんなら生きて帰れたら姫様のファーストキスをもらっていいんだぞ』
ぼ……僕が……ヘルガと……キス!? カミルの心拍数が危険なレベルにまで上がり、ヘルガと唇を重ねる光景を過ぎらせる。その間にヨハンからイヴァーナへと替わった。
『ちょっとヨハン! 変なこと言わないで替わりなさい!』
『ちょっ! おいイヴァーナ、話しが終わってな――』
『カミル君! 夕べは感謝します。姫様と朝食も食べられたそうですね?』
イヴァーナの威圧感は電話越しでも伝わり、カミルは思わず直立姿勢になる。
「は、はい!」
『いいですか? もし姫様に破廉恥な真似をしたら……ASISの迎賓館で「特別なおもてなし」をさせていただきますから、楽しみにしててくださいね』
それでカミルは背筋が凍った。以前ハロルドが教えてくれたがイヴァーナは元ASISの局員で尋問官の仕事をしてたという。曰く、表に出れば国際社会から激しく非難されるようなことが日常的に行われ、その過程で死んだ者は「病死」「自殺」として処理されたという。
ASISの迎賓館というのは世界各地に置いてある秘密収容所の隠語で「特別なおもてなし」というのは恐らく非人道的な尋問や拷問のフルコースだろう、カミルの全身から脂汗が噴き出る。
『返事は!』
「は、はい!」
『では、く・れ・ぐ・れ・も、姫様に下心は抱かないように、いいですね!』
それで電話は切れ、カミルは思わず溜息吐きながらヘルガに返す。
「どうしたのカミル君、またイヴァーナに脅されたの?」
「うん、何かあったらASISの迎賓館で特別なおもてなしだって」
「まぁっ! イヴァーナったらもう……私のことになるとすぐこれなんだから」
ヘルガは不満げに呆れた表情になった。
さて、朝食も食べ終わったから合流地点に向おう。ヘルガが教えてくれた合流地点はここから先にあるカルデラの向こう側、野生ゾイドが多く生息する過酷な自然の楽園だ。
カミルは隠れ家に置いてあった荷物をコクピット後部に纏めると、私服に着替えたヘルガが出てきた。
「お待たせ、行こうか」
「うん、それじゃあ出発しよう!」
カミルはコクピットに座って装甲式キャノピーを閉めた。始動前チェックとナビゲーションパネルに合流地点の座標を入力して立ち上がらせた。目覚めたシルヴィアは背を伸ばして体を震わせ、欠伸すると隣にいるリリアも同様の動きをする。
「おはようシルヴィア、さあ行こうか」
カミルはゆっくり歩かせると自動操縦に切り替える。障害物などはゾイド自身が判断して回避してくれるから居眠りしても大丈夫だし、なにかあれば警報で報せてくれる。その間カミルは各種レーダー類を監視、警戒、後方にはヘルガの乗るリリアがついて来る。
森を抜けると外輪山の麓に到着、これから山を越えてカルデラに入って指定したポイントに向かう。
さあ、冒険の始まりだ!
解説
・ホームディフェンス・マニュファクチャリングHM210
・ヘリック共和国製の12ゲージポンプアクションショットガン、故障が少なくパーツ交換も容易でタクティカル、セキュリティ、ハンティングと多用途に使用できる優れものでカミルは二六インチバレルに装弾数四発の狩猟モデルを使用してる。元々HM社は民間用ハンティングガンを製造してたが最近軍用・法執行機関市場にも手を出している。