???「斯くして、二人の少年は奈落へと落ちた」
???「一人は友の為と思い自ら、もう一人はそれを良しとせず、後を追うように……」
???「果たして、彼等に待ち受けているのは死か? それとも……」
???「此度は残された者達の話、彼等は落ちていく二人に何を思うのか」
???「第十話―――――”悪意と暗躍”」
???「……………」
シュシュマン「あれ? 今そこに誰かいたような気がしたんだけど…気のせいかな?」
クラスメイト達の悲鳴や怒号が周りから響き渡る。
階段側への撤退を終え、ハジメと雪月、二人の撤退の支援の準備をして、魔法を放って二人がこちらに来るまでの時間を稼ぐ手筈だった。
上手くいっていた、そう、上手くいっていたのだ。自分達がミスをするはずがない。誰もがそう思っていた。だが、そうはならなかった。
彼等の今目の前に広がっている光景……迷宮にあの魔物、ベヒモスの断末魔が響き、石橋が瓦礫となってガラガラと奈落へと落ちていく。足止めをしていた二人と共に。
誰もが落ちたと思った。けれど、誰かが声を上げる。よく見ると二人は落ちていなかった。縄のような物を使って、まだ崩れていない部分にぶら下がっていたのだ。
香織を筆頭に何人かがすぐに助けに行くべきだと駆け出そうとした。しかし、周りに止められてしまう。今あの橋に近づくのは危険だ、危ないと言われ、引き止められてしまう。
それでは二人を助けに行けない! そう言って香織が再び二人がいる方へ振り向いた瞬間、彼女の頭の中は真っ白になった。
ハジメが落ちている。奈落へと。吸い込まれるように。
それをその場から動けず、ただただ見ている事しか出来ない香織は、自分の中がたちまち絶望へと染まっていくのを感じていた。
それと同時に、脳裏に、あの夜の出来事が何度もフラッシュバックする。
ハジメと雪月の部屋にお邪魔して、雪月はいなかったが、ハジメと紅茶モドキを飲みながら歓談して、部屋に戻ろうとした先で雪月とばったり出会い、そして……
”二人で南雲くんを守る”と約束した、あの夜。
「いやぁぁああああぁあああああっ!! 南雲くん! 南雲くぅん!!」
香織は叫び、走り出す。それをすかさず傍にいた雫と光輝が必死に掴んで止める。香織はその細い体のどこにこんな力がと思わせる程の尋常ではない力でそれを振りほどこうとする。
「離して! 南雲くんの所に行かなきゃ! いやぁ、離してよぉっ!!」
二人は絶対に離すまいとした。今離したら、香織は間違いなく崖に飛び降りるだろうから。そう思える程今の彼女は悲痛な表情をしていた。
「香織っ、駄目よ! 南雲君はもう『馬っ鹿野郎がぁあああぁぁ!!』…えっ!?」
香織の必死に止めようとしていた雫は、聞こえてきた叫び声に思わず視線を向ける。
雫の目には……奈落へと落ちていく雪月の姿が映った。
「駄目、神薙君っ!」
雫まで思わず飛び出しそうになる。しかし、それを龍太郎が肩を掴んで引き止める。
「待て! 行ったってもう間に合わないだろ!」
「っ!」
「雫、龍太郎の言う通り、もう間に合わない! 香織! 君も死ぬ気か! 南雲はもう助からない! 落ち着くんだ!」
光輝のその言葉は、彼なりに精一杯気遣った言葉だったが、それは香織にだけむけた言葉。ハジメと雪月は含まれていない。そしてそれは、今彼女にかけるべき言葉ではなかった。
「無理って何!? なんでそんなこと言うの!? 南雲くんはまだ死んでなんかない! 私が行かないといけないの! 私がぁっ!」
香織の抵抗はより一層激しくなる。今の彼女に何を言っても逆効果にしかならないだろう。周りの生徒達もどうしていいか分からず、オロオロしている。
その時、今まで黙っていたメルド団長が香織に近付いていき、問答無用で香織の首筋に当身をする。一瞬ビクッと痙攣し、香織はそのまま意識を落とす。
慌てて光輝が香織を抱え、メルド団長に文句を言おうとするが、雫が間に入り、メルド団長に頭を下げる。先程の取り乱した様子とは打って変わって、冷静な姿がそこにあった。
「お手を煩わせて、すいません。ありがとうございます」
「止めてくれ、礼なんて……俺にその資格はない。撤退の準備をしろ、もうこれ以上の犠牲を出す訳にはいかん………彼女の事は頼んだぞ」
「分かっています」
メルド団長は他の皆に撤退の指示を出すために離れていく。口を挟めずにいた光輝から香織を受け取った雫を見ながら、龍太郎が声を掛ける。
「さっきまで慌てて飛び出しそうだったのに、随分と落ち着いてないか?」
「今は何を優先すべきなのかを冷静に考えただけよ。それに……」
「? それに?」
「ううん、なんでもない……光輝」
雫はさっきから黙ったままの光輝に告げる。
「私達では香織を止めることが出来なかったから、団長が止めてくれたって事は分かってるでしょ? 香織の叫びが他の皆の心を傷付けてしまう前に、何より……香織自身が壊れてしまう前に、無理矢理にでも止めるべきだった………ほら、あんたが先導して道を切り開かなきゃ。あんたはリーダーで、勇者なんだから。皆を救わなきゃでしょ? ………南雲君が言っていたように」
彼女の言葉に、光輝は頷く。
「あぁ、そうだな。早くここから出よう」
光輝は皆を先導するため、階段の方へと向かう。
雫と龍太郎がそれに追随する。そして、ふと雫は奈落の方へと振り返る。その先には、雪月が投影した縄が粒子となって消えかけているのが微かに見えた。
(神薙君………)
完全に消えるまでそれを見た後、雫は再び階段の方へと歩き始めた。
「皆! 気落ちしている場合じゃない! 今は生きる事だけを考えるんだ!」
「体力の消耗が少ない奴は動けない奴に手を貸してやれ。この迷宮を離脱する!」
階段の方では光輝とメルド団長の指示で、皆が動き始める。過度の疲労で動こうとしない者もいたが、このままここにいても、未だに増えてづけている骨共や魔物の餌食になるだけだと誰かが言えば、皆が即座に動き出す。
そうして、彼等は階段への脱出を果たした。
☆★☆
彼等は階段を上り続ける。それはただ歩いているだけの筈なのに、かなり神経をすり減らすものであった。
周りは薄暗く、先は暗闇でほとんど見えない。感覚では、もう三十階近くは上ったんじゃないだろうか。皆の疲労は溜まっていき、今では歩くスピードが最初の頃に比べて半分くらいにまで落ちている。
加えて、代わり映えしない景色に気が滅入る者達も現れ始めていた。その度にリーダーである光輝が自身のカリスマを発揮したり、騎士団員達が励ましたりして、なんとか凌いできたが、それももう限界に近かった。
「メルドさん、このままだと……」
「なにも言うな光輝。俺だって分かっている。そうだな、もう少し進んだら休憩を―――」
休憩をはさもうと言おうとしたメルド団長が言葉を失う。訝しんだ光輝だが、メルド団長の視線の先にあるものを見て、目を見開いた。
視線の先にあるのは壁。しかし、そこには大きな魔法陣が描かれていた。
クラスメイト達もそれに気付いたのか、その瞳に生気が戻り、自然と足が早まる。
メルド団長が駆け寄り、トラップを見逃さないためにフェアスコープも使いながら、入念に調べていく。
その結果、どうやらトラップの類は仕掛けられていない様だった。魔法陣に刻まれた式は、目の前の壁を動かすためのもののようだ。
「―――”開錠”」
メルド団長は、魔法陣に刻まれた式の通りに一言だけの詠唱を唱えて魔力を流し込んでいく。すると、まるで忍者屋敷の隠し扉みたいに壁がくるりと回転し、奥の部屋へと道を開いた。
扉をくぐった先は………転移させられる前にいた二十階層の部屋だった。
「私達、帰ってこれたの?」
「やった! 戻ってこれたんだ!」
「ぐすっ、良かった、帰ってこれたよぉ……」
あの地獄からようやく帰ってこれたのだと、実感したクラスメイト達は次々と安堵の息を漏らす。中には泣き出したり、その場にへたり込む子までいた。
光輝達ですら近くにあった壁にもたれかかり、今にも座り込んでしまいそうだ。そんな時、メルド団長の怒号が飛ぶ。
「お前達! 安心するのはまだ早い! 気持ちは分からんでもないが、ここはまだ迷宮の中だ! 魔物との戦闘は極力避けて最短距離で迷宮の外を目指す! もう少しだ踏ん張れ!」
少しくらい休ませてほしい、そんな生徒達の無言の訴えにメルド団長は告げる。
「休みたいのなら休めばいい。ただし、その時は置いていくからな!」
その一言で、嫌々ながらも立ち上がる生徒達。メルド団長の有無を言わせない鋭い眼光には誰も文句を言えなかった。道中の敵は、騎士団員達が中心となって最小限だけ倒しながら、一気に地上まで突き進んだ。
そして遂に、一階の正面門と受付が見えた。迷宮に入ってまだ一日すら経ってないはずなのに、酷く懐かしく思えた。
今度こそ本当に安堵した表情で外に出ていく生徒達。正面門で大の字になって倒れ込む生徒までいる。一様に生き残ったことを喜び合っているようだ。
しかし、一部の生徒は暗い表情のままだ。香織を背負った雫に光輝、龍太郎、香織と後衛で組んでいた恵理と鈴、そして、ハジメが助けたあの女子生徒もその一人だった。
それを横目で気にしながらも、メルド団長は受付に二十階層のトラップについてとある事を報告しに向かう。
………ハジメと雪月の死亡報告を。
迷宮攻略初日からとんでもない事態が起こってしまった事に、憂鬱な気持ちになるが、それは決して外に出すまいとするメルド団長。それでも、溜息を吐かずにはいられなかった。
☆★☆
ホルアドの町に戻った一行は、何かをする元気はなく、宿の部屋に戻っていった。幾人かは生徒同士で話し合っているが、ほとんどの生徒はそのままベッドへとダイブし、深い眠りに落ちていった。
雫は背負っていた香織を部屋のベッドに寝かせる。
そして、自身も隣のベッドにもぐり、眠りに落ちる前にある光景を思い起こしていた。
(神薙君の顔、はっきり見えなかったけど、少なくとも、あの表情は……)
雫が思い出していたのは雪月の事だった。奈落へと落ちていった親友を救うために、自ら飛び込んだその姿を。
「神薙君……あなたも……南雲君の、事を………」
最後まで言うことなく、雫は深い眠りへと落ちていった。
そんな中、檜山大介は一人、宿を出て町の一角の目立たない場所で膝を抱えて座り込んでいた。顔を膝に埋め、微動だにしない。
もしクラスメイトが、彼のこの姿を見れば、激しく落ち込んでいるように見えただろう。
だが、実際は……
「ヒ、ヒヒヒ。ア、アイツが悪いんだ。”無能”なくせして……か、神薙と一緒に……ちょ、調子にのるから……て、天罰が下ったんだ……お、俺は間違ってない……間違ってないんだ! ヒ、ヒヒ……ヒヒヒ」
暗い笑みと濁った瞳で、自己弁護しているだけだった。
言うまでもないが、あの時軌道を逸れてまるで誘導されるように二人を襲った火球は、この檜山が放ったものだった。
階段への脱出と、ハジメと雪月の二人の救出。それらを天秤にかけた時、二人を心配そうに見つめる香織が視界に入った瞬間、檜山の中の悪魔が囁いたのだ。
”
そうして檜山は、悪魔に魂を売り渡した。周りにバレないように絶妙なタイミングを狙い、誘導性を持たせた火球をハジメに向けて飛ばしたのだ。結局、雪月がハジメを庇って当たらなかったが、最終的に二人共奈落へと落ちたため、檜山の目論見は達成した。
大量の魔法が飛び交うあの状況では、誰が放った魔法なのか特定は難しいだろう。ましてや檜山の適正は風属性。あえて適正のない火属性を選んで放ったため、証拠は残らないし、分かるはずもない。
そう自分に言い聞かせながら、暗い笑みを浮かべ続ける檜山。
「へぇ~、予想はしてたけど、やっぱり君だったんだ。異世界最初の殺人がクラスメイト、それも二人とか……中々やるね?」
その時、不意に背後から声を掛けられる。
「っ!? だ、誰だ!」
誰かに聞かれていたとは思わず、慌てて振り返る檜山。そこにいたのは、見知ったクラスメイトの一人だった。
「お、お前、なんでここに……」
「そんな事はどうでもいいでしょ? それより……ねぇ人殺しさん? 今どんな気持ち? 恋敵とその親友をいっぺんにどさくさに紛れて殺すってどんな気分?」
その人物はクスクスと笑いながら、まるで喜劇でも見たように心底楽しそうな表情を浮かべていた。その姿に檜山は戦慄していた。
檜山自身がやったこととはいえ、クラスメイトが奈落に落ちて死んだというのに、その人物はまるで堪えた様子がない。
ついさっきまで、他のクラスメイト達と同様に、ひどく疲れた表情でショックを受けていたはずなのに、まるで最初からそんなことなかったかのように振る舞い、その影すら微塵もなかった。
「……それが、お前の本性なのか?」
呆然と呟く檜山。それに対して、それを馬鹿にしたような態度でその人物は嘲笑う。
「本性? そんな大層な物じゃないよ。誰だって猫の一匹や二匹被っているのが普通だよ。そんなことよりさ……このこと、皆に言いふらしたら、どうなるかな? 特に、あの子が聞いたら……」
「っ!? そ、そんなこと……誰も信じるわけ……証拠だって……」
「ないって? でも、僕が話したら信じるんじゃないかな? 君は普段の行いもそうだし、あの窮地を招いた張本人の言葉には、既に何の力もないと思うけど?」
檜山は追い詰められていた。まるで弱ったネズミを更に嬲るかのような言葉の数々。まさか、目の前にいる人物がこんな奴だったとは誰が想像できただろうか。
二重人格と言われた方がまだ信じられる。目の前で嗜虐的な表情で、自分を見下す人物に、全身が悪寒を感じ震える。
「俺に……ど、どうしろってんだ!?」
「うん? 心外だね。まるで僕が脅しているようじゃない? ふふ、別にすぐにどうこうしろってわけじゃないよ。まぁ、取り敢えず、僕の手足となって従ってくれればいいよ」
「そ、そんなの……」
相手の弱みを握り、自分の言うことを聞かせる。これは実質的な奴隷宣言のようなものだ。
流石に躊躇する檜山。当然断りたかったが、そうすればこの人物は容赦なく、二人を殺したのは檜山だとクラスメイトの皆に言いふらすだろう。
葛藤する檜山は、「いっそコイツも同じように」と、ほの暗い思考に囚われ始めていた。しかし、その人物はそうなるのを見越していたかのように、次いで悪魔の誘惑をする。
「ねぇ、
「っ!? な、何を言って……」
先程の暗い考えを一瞬で吹き飛ばされ、驚愕に目を見開いてその人物を凝視する檜山。
そんな檜山の様子をニヤニヤと見ながら、誘惑の言葉を続ける。
「僕に従うなら……いずれ彼女が手に入るよ。まぁ他にも候補はいたんだけどね。南雲もその一人だったんだけど、君が殺しちゃったからなぁ。まぁ、君が一番適任かもだから結果オーライなのかな?」
「何を……お前は一体何をしたいんだ。お前の目的は何なんだ!?」
檜山はあまりにも訳の分からない状況に混乱し、つい声を荒げてしまう。
「ふふ、君には関係の無いことだよ。まぁ、僕も欲しいものがあるってことだけは言っておこうかな……それで? 返答は?」
あくまで小バカにしたような態度を崩さないその人物に苛立ちを覚えるが、それ以上に、あまりの変貌ぶりに恐怖を強く感じた檜山は、どちらにしろ自分に最初から選択肢などなかったと、諦めの表情で頷いた。
「……分かった、従う」
「アハハハハハ、そうか、それはよかった! 僕としてもクラスメイトを告発するのは心苦しいからね! まぁこれから仲良くやっていこうよ、ね! ひ・と・ご・ろ・し・さん? フフ、アハハハハハ!」
楽しそうに笑いながら踵を返し、宿の方へ歩き去っていくその人物の後ろ姿を見ながら、檜山は項垂れていた。
彼の脳裏には忘れようとしても、否定したくても決して消えてくれない光景がこびりついていた。ハジメが奈落へ落ちてしまった時の香織の姿、表情、叫びは……彼女の気持ちを雄弁に語っている。
彼女が決して善意だけで、ハジメと親しくしていたわけではないという事を。今回の事で、クラスメイト全員が否が応でも悟らされただろう。
そして、憔悴する彼女を見て、今度はその原因に意識を向けてくるだろう。軽率な行動で自分達を危険に晒し、ハジメと雪月が奈落に落ちる原因を作った檜山へと。
檜山は思った。これからはうまく立ち回らなければならない。自分の居場所を確保するために。孤立しないように。もう檜山は越えてはならない一線を越えてしまったのだ。もう立ち止まることは出来ない。
これからはあの人物に従ってさえいれば、もう有り得ないと思っていた可能性―――香織を自分のモノに出来るという可能性があるかもしれないのだ。
「ヒ、ヒヒヒ……だ、大丈夫だ。きっと上手くいく。俺は……俺は間違ってない! ヒヒ、ヒヒハアハハ……」
檜山は再び顔を膝に埋めて、暗い笑みを浮かべる。
もう周りには誰もいない。誰も、檜山の邪魔をする者はいなかった。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
今回はちょっと短めになりました。
次回からは雪月視点で話が進みます。果たしてハジメを追って奈落へと落ちていった雪月に待ち受けるものとは?
皆さんは『ありふれた職業で世界最強』のアニメ第一話見ましたか?
自分は……寝落ちしてしまいましたよコンチクショー!( ;∀;) なんで放送時間が夜中の1時なんですか~! 出来れば夜7~9時くらいに放送して欲しかったです。次回は何としてでも見れるように頑張らないと!
それでは、また!三└(┐卍^o^)卍ドゥルルル