ありふれた贋作で共に世界最強   作:シュシュマン

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あらすじ部屋

???「残された者達はみな、無事に地上へと戻ることが出来た」

???「しかし、彼等の中には心に大きな傷を残す者も」

???「そして、自己弁護をする檜山の前に現れた者の正体とは?」

???「が、それはまた別の機会に。此度は奈落へ落ちた少年達の話」

???「果たして、彼等に待っているのは……」

???「第十一話―――”洗礼と絶望”」

???「さて、俺も行かないとな……」


第十一話:洗礼と絶望

 時は、ハジメと雪月が奈落へ落ちた直後へと遡る。

 

 雪月は現在、光が差さない暗い世界を下へ…下へと落ちている途中だった。

 

 ふと上の方を見る。ついさっきまで見えていたはずの迷宮の天井はもう見えず、代わりに闇が広がっていた。

 

「もう上の方は見えなくなっちまったか……あいつ等、無事に上の階層に撤退出来ただろうか? まぁ、大丈夫だと思うけど……」

 

 雪月は下の方に視線を戻す。下の方は未だに何も見えず、先に落ちたハジメの姿は闇の中に消えていた。

 

 ハジメの無事を信じつつ、雪月はある事を考えていた。

 

(あの火球……あれは、偶然飛んできたものじゃない。間違いなく、故意(・・)に飛ばしてきたものだ)

 

 考えていたのは、ハジメと共に階段側に撤退していた途中、突如二人の方に飛んできた火球についてだった。雪月はあれを偶然によるものではなく、人為的によるものだと確信していた。

 

(あの時、俺達とベヒモスの間は既に三十メートル近くも離れていた。あれだけ離れておきながら、俺達に誤爆する可能性は高くないはず……ましてや、俺達の方に正確に飛ばしてくるなんて、狙わない限りは……)

 

 そこで別の事が気になる。あの火球は、誰が撃ったもの(・・・・・・・)なのか。

 

「一体、誰が……あ?」

 

 突然視界がぐらつき、眩暈に襲われる。

 

(なっ、こんな時に…か、ぎ……て………)

 

 必死に意識を失うまいとしたが、その努力もむなしく、雪月の意識は闇に塗り潰されていった。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

「んん……はっ!」

 

 仰向けに倒れていた雪月が気付き、上半身だけを起こすと、そこは見知った場所だった。

 

「………なんでここにいるんだよ、俺」

 

 そこは、雪原。数多の剣が突き刺さった、果てなき雪原。雪月が夢で何度も見ている光景だった。しかし、今回はそれだけではなかった。

 

「俺が呼んだからだ」

「っ! あ、あんたは!?」

 

 後ろからの声に一瞬ビクッとなりながらも振り向く。そこには、あの男がいた。トータスに召喚された直後、雪月の夢の中に、この雪原と共に現れたあの男だ。相変わらずその身に纏う覇気は普通じゃない。

 

 雪月は立ち上がり、男と向かい合う。

 

「さっき、呼んだって言ったよな?」

「あぁ」

「……何のために?」

「お前と話をするためだ」

「話だと? 悪いが、俺にはお前と話す事なんてねぇし、その時間もない。早いとこ目ぇ覚まして、ハジメを探さねぇと」

「探す? 既に死んでいるかもしれない奴をか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、雪月は男の胸ぐらを掴み、殺気を放つ。しかし、男は全く動じていない。

 

「随分と可愛らしい殺気だな」

「てめぇ、言葉には気を付けろよ? あいつはまだ生きている、絶対に!」

 

 こう言ったが、ハジメが生きているという確証はない。ただの雪月の願望でしかないのは自身も分かっている。けど、そう考えていないとある事が頭をよぎってしまう。

 

 ハジメが生きていないかもしれないという最悪な未来を。

 

「……まぁそう考えるのはお前の勝手だが、例え奈落の底まで無事に辿り着けたとしても、その後はどうかな?」

「っ! どういう事だよ!?」

「分からないのか? 今お前達は奈落の底……つまり、オルクス大迷宮のさらに下の階層へ向かっているという事になる。そして、この大迷宮の特徴は?」

「……っ!?」

 

 そこまで聞いて雪月も理解した。このオルクス大迷宮は下に行けば行くほど、より強い魔物が現れるのだ。

 

 下手をすれば、あのベヒモスよりも強力な奴が……

 

「なら尚更こんなとこにいられるか! おい! どうすれば目を覚ますんだ、教えろ!」

 

 雪月は焦る。もし、ハジメが落ちたところにちょうど魔物がいたらと思うと、気が気ではなかった。

 

「焦らずとも、お前はもうじき目が覚める。そら、来たぞ」

 

 男がそう言うと同時に、周りが白く染まり始めた。

 

「そして、目が覚めたら、お前も気を付けることだな」

「あ? それって……」

 

 最後にそう言って、男は雪月に背を向けて白の世界に溶け込んでいった。

 

「……ご忠告どうも」

 

 そう呟き、雪月の視界は白く染まっていった。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 ピチョンと滴る音が聞こえた。

 

 自分の顔に落ちてきた水滴と、全身の冷たい感触で雪月の意識は覚醒する。

 

「うっ…あ……ここ、は? って、冷て!」

 

 雪月は周りを確認しようとするが、全身を襲う冷たさに思わず立ち上がる。

 

「これ、川か?」

 

 雪月が立っていたのは横幅五メートルほどの川の中心だった。どうやら何らかの方法で助かった後、仰向けになってこの川に流されたようだ。自分が流れてきたであろう方を見るが、壁に緑光石のほのかな光が僅かに先を照らすぐらいで何も見えなかった。

 

「……うつぶせになってなくて良かったと思うべきか? いずれにせよ、こうして生きて奈落の底に辿り着いたわけだが、ハジメは一体何処に?」

 

 雪月は辺りを見回す。そこはまんま洞窟と言った感じだった。あちこちから岩や壁がせり出し、通路の幅は二十メートルはくだらなかった。

 

 しかし、ハジメの姿は見当たらなかった。近くにいると思っていたが、そうではないようだ。雪月は川の方に視線を落とす。

 

「なんとなく予想はつくが、俺はこの川に流されたんだろうな。一体どれだけ流されたんだ? 落ちた場所からそんなに離れてなけりゃいいんだが……くしっ!」

 

 ずっと地下水の川に浸かっていた所為か、雪月の体は冷えきっていた。

 

「そ、そうだった。川の中にいるんだった。ちょっと頭もクラクラするし、早いとこ岸に上がらねぇと」

 

 転ばないように気を付けながら川の中を進み、岸へと上がる雪月。震えるのを我慢しながら服を脱いで一つ一つギュ~ッと絞っていく。絞った後、広げてバサッバサッと、取れる分だけの水気を取り、再び着ていく。肌に張り付いて嫌な感じだが、すぐに着た理由があった。

 

「ここが迷宮である以上、魔物がいるはず。どこに何がいるのか分からないんじゃ、おちおち休んじゃいられねぇ」

 

 雪月は服を着直した後、軽くストレッチしてみる。体は十分動くようだ。そこでふと気づいたが、確か頭から血を流していたはずだが、出血は止まっていた。不思議に思ったが、都合が良かったので気にしない事にした。

 

「さて、とりあえず流された方に向かってみるか。運が良ければ、あいつ(ハジメ)と合流できるかも―――」

 

 

 

 

 

 グルルルルルルルルルル……

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 それはいきなり聞こえてきた。それが聞こえた瞬間、全身からブワッと汗が噴き出し、心臓の鼓動が一気に早くなる。雪月は周りを見渡し、自分の体が楽々隠せそうな岩場を見つけると、慌ててそこに身を隠す。

 

(今のは…聞き間違いじゃなければ、獣の……唸り声!)

 

 雪月は岩場から顔を少しだけ出して辺りを見回す。

 

 唸り声が聞こえてきたのは、川の水が流れる先の通路からだった。そっちの方を注視していると、唸り声の正体が姿を現した。

 

(あれは……狼?)

 

 現れたのは狼のような魔物だった。毛並みは真っ白で大きさは大型犬くらいあり、尻尾が二本もあった。尻尾の数にも驚いたが、目を引くところが他にあった。

 

 白い二本の尾を持つ狼…二尾狼の体には、赤黒い線が幾本も走っており、まるで心臓のように脈打っているのだ。

 

(なんだあれ。血管…とかじゃ……ないよな多分。なにか魔物特有の器官か?)

 

 雪月が岩陰から観察していると、二尾狼は地面に鼻を近付けてスンスンと嗅ぎ始めた。

 

(ヤバい! においを嗅いでいるって事は!)

 

 雪月は直ぐにここから離れようとしたが、既に遅かった。再び二尾狼の方を見た雪月の動きが止まる。

 

 二尾狼がこちらをバッチリ見ていた。両者そのまま動かず、川の流れる音だけが響く。

 

 そして、次の瞬間にその均衡は崩れた。

 

「グルゥアアア!!」

「ちぃ! 発動してくれよ―――投影、開始(トレース・オン)!」

 

 二尾狼が唸り声を上げながらこっちに飛びかかって来る!

 

 雪月は舌打ちしながら即座に剣を投影し、二尾狼の鋭利な牙を剣の腹で受け止めながら巴投げで剣ごと真後ろへと投げた。

 

「どっ…せい!」

「グルァ!?」

 

 いきなり投げ飛ばされて二尾狼は驚いたような声を上げたが、すぐに体勢を整えて綺麗に地面に着地する。雪月は二尾狼から目を離さず剣を拾い、構える。

 

「はぁ、はぁ……獣相手にも巴投げって出来るんだな。さぁ、次はこっちの番―――」

 

 息を整えながら、雪月は二尾狼に反撃しようとするが……

 

「グルォア!」

「いっつ!? なっ、この!」

 

 突如後方から現れた別の二尾狼に右腕を噛まれてしまう。いきなりの事で驚きながらも、雪月は即座に腰に差してたナイフを二尾狼の頭に突き刺す。

 

「んの野郎がぁ!」

「ガァアア!?」

 

 頭にナイフを突き刺された二尾狼は右腕から口を離す。そしてビクッビクッと何度か痙攣をした後、動かなくなる。どうやら死んだようだ。

 

「あぁくそっ! もう一匹いるとか聞いて『グルルルルル……』っ! おいおいおいマジかよ」

 

 別の二尾狼がいた事に文句を言いながら、数歩後退する雪月だったが、更に二匹……後ろの通路の奥の方からやってきて、自分の認識が甘かったことを痛感させられる。

 

(聞いた事がある。狼ってのはそのほとんどが群れを作る習性があるって……こいつが狼の魔物って時点で、仲間がいる可能性も考えておくべきだった)

 

 雪月は右手に片手剣、左手にコンバットナイフを構えながら、前方と後方、計三匹の二尾狼からどうやって逃げるかを考えていた。相手が一匹だけなら”倒す”という選択肢はあったが、相手が複数な上に前後で挟まれているこの状況で相手の事を何も知らずに戦うのは無謀と雪月は判断し、逃げの一手を選んでいた。

 

 しかし、その場に二尾狼の唸り声とは別の声が響く。

 

「キュウ」

「…は?」

 

 そのあまりに可愛らしい声に、雪月は思わず間抜けな声を出しながらそちらの方に意識を向けてしまう。そこにいたのは……

 

「ウ、ウサ…ギ、か?」

 

 小動物が出すような声と共に通路の先から現れたのは別の魔物だった。見た目はウサギに似ているのだが、中型犬並みの体躯を持ち、後ろ脚が大きく発達していた。そしてこの魔物にも、二尾狼と同じ様に赤黒い線が幾本も走っていた。

 

 雪月はこのウサギを見てひどく困惑していた。

 

(どういう、ことだ? アイツを見た瞬間から、俺の直感が大音量で警鐘を鳴らしてやがる。見た感じ狼より強そうには見えないのに……)

 

 すると……

 

「グルゥアアア!」

「っ! えっ!?」

 

 雪月の前方を塞いでいた二尾狼が唸り声を上げながら突っ込んできた。雪月に襲い掛かる……と思いきや、雪月を素通りして、ウサギの方に駆けていった。残りの二匹もそれに続く。

 

(俺よりもあのウサギの方が脅威だってのか?)

 

 先頭を走っていた二尾狼がウサギに飛びかかる。地球でなら、この時点でウサギの命運は尽きたと思えるが、この世界では違った。

 

「キュア!」

 

 ウサギは可愛らしい声を出しながら、二尾狼の顎目掛けてサマーソルトキックを喰らわせたのだ。ゴギャッという鈍い音がした後、仰け反りながら吹き飛んだ二尾狼は動かなくなった。まさかの一撃死である。

 

「……嘘やん」

 

 それを見ていた雪月はそう呟く事しか出来なかった。

 

 一匹目の二尾狼を瞬殺したウサギは足をたわめたかと思うと、二匹の内の片方に一気に肉薄する。二尾狼は捉えきれてないようだ。そのままウサギの回し蹴りが首にクリーンヒットする。

 

 ドパンッ! ゴギャッ!

 

 銃の発砲音かと聞き間違えるほどの炸裂音が響いた直後、首の折れる音が響く。あっという間に二匹をその足で瞬殺して見せた蹴りウサギ。残った一匹が若干後退りながらも、唸り声を上げながら自身の尻尾を逆立たせる。すると……

 

 バチッ! バチチチッチチッ!

 

 尻尾が赤黒く放電をし始めた。

 

(あれは……あの狼の固有魔法か?)

 

「グルゥアアア!!」

 

 二尾狼の咆哮と共に、尻尾から放たれた赤い稲妻が蹴りウサギへと襲い掛かる!

 

 蹴りウサギはその場で跳躍する。逃がすまいと二尾狼は蹴りウサギのいる空中に向けて電撃を放つ。しかし、次に起こした蹴りウサギの行動に雪月は目を見開いて驚愕した。

 

「えっ……なっ!?」

 

 なんと、蹴りウサギは空中を踏みしめながら、二尾狼の攻撃を左右へと躱していたのだ。それも、徐々に二尾狼に近づきながら。

 

 二尾狼の電撃が止まる。どうやらずっと出し続けることは出来ないようだ。それと同時に、蹴りウサギも再び空中を踏みしめ、二尾狼に向けて突進する。着地寸前にくるんと縦に一回転し、かかと落としを二尾狼の頭に喰らわせる。

 

 グシャッ!

 

 潰される頭。その直後よろよろとよろめき、最後にはバタリとその場に倒れる。こうして三匹の二尾狼は、蹴りウサギに一撃も与えることが出来ずにその生涯を終える事になった。

 

(カ…カッカッカ。この世界じゃ、地球での常識なんてなんも通用しねぇや。ウサギがここまで強いとか、何の悪夢だよ)

 

 雪月は顔を引き攣らせる事しか出来なかった。自分が戦わずに逃げようとしていた相手を、あのウサギはあっという間に殲滅してしまったのだ。空中を踏みしめていたのはあのウサギの固有魔法か何かだろうと雪月は判断していたが、それでも戦おうなどとは思わなかった。

 

(幸いにも、あのウサギはこっちにまだ意識を向けていない。今の内にこっそりと隠れてやり過ごそう)

 

 雪月は静かに一歩、また一歩と忍び足で後退していく。蹴りウサギの方は二尾狼を倒して満足しているのか、「キュッ!」と鳴きながら、こちらに背を向けてふんぞり返っている。

 

 その間にも、雪月は着実にさっきまで隠れていた岩場の方に近づいていた。あと数歩で隠れられるという所で、不幸が雪月を襲う。

 

 

 

 パチャッ!

 

 

 

「っ!?」

 

 その場に水音が響く。体が硬直し、冷や汗が噴き出る。恐る恐る足元を見ると、右脚を後退させたところに血だまりが出来ていた。それは、雪月がナイフで倒したあの二尾狼の血だった。

 

 迂闊だった。雪月が倒した二尾狼は岩場のすぐそばにいる事を、雪月はすっかり頭から抜け落ちていたのだ。視線を血だまりからゆっくりと正面に向ける。

 

 蹴りウサギがこちらを見ていた。

 

(………やるしか、ないか………)

 

 雪月はもう逃げられないと判断し剣を構える。たとえ倒すことは出来なくても、なんとか隙を作って逃げようと思考をめぐらせる。蹴りウサギもその場で足をたわめ、こちらに突進する構えをとる。

 

 だが、蹴りウサギがこちらに跳んでくることはなかった。急に視線を雪月がいる方向とは反対の方に向けたのだ。

 

(どうした、何故急にやめる?)

 

 雪月は分からなかった。蹴りウサギが急に向こうの方に視線を向けた事に。そして、その体が震えている事に。

 

(あの狼達を圧倒した奴が震えている? 一体向こうに何、が―――)

 

 雪月は視線を蹴りウサギと同じ方向に向ける。その直後、雪月は絶句した。

 

 通路の奥からまた新たな魔物が現れたのだ。

 

 そいつは一言で言えば巨体。見た目は熊にそっくりだった。二メートル近くはあるだろう巨体に加え、腕が異常に長かった。足元まで伸びたその腕には、鋭くとがった長い爪が三本ついていた。見た感じ三十センチくらいはある。そして、この魔物にも、赤黒い線が走っていた。だが、雪月にはそこまで詳しく見ている余裕がなかった。

 

(な、んだ…あれ……ヤバい、あれはヤバすぎる! ここにいたら確実に殺される!)

 

 雪月は逃げようとした。けれど、足が動かなかった。まるで蛇に睨まれた蛙のように一歩もその場から動けなかった。それは蹴りウサギも同じようだった。

 

「……グフッ、グルルルルル」

 

 そこに熊……爪熊の低い唸り声が響く。まるでこの状況に飽きたとでも訴えるかのように。

 

「っ!? キュッ!」

 

 蹴りウサギがすぐに足をたわめて脱兎のごとく逃げ出す。蹴りウサギは一切戦おうとはせずに、その足を逃げる事だけに使った。しかし……

 

「グウァアアアアア!!」

 

 その巨体に似合わない俊敏な動きで蹴りウサギの前に立つと、その長い腕を使って爪を振るってきたのだ。だが、蹴りウサギはそれを空中を踏みしめることで躱した………かに思えた。

 

 雪月の目には、蹴りウサギは確実に爪熊の攻撃を躱したように見えた。しかし次の瞬間、地面に着地した蹴りウサギの体が上下真っ二つに斬り裂かれたのだ。

 

(なっ⁉︎ なんで? 躱しきったはずなのに……!)

 

 すると、爪熊の口元から何かが落ち、雪月の足元に飛んできた。それに気付いた雪月は拾い上げる。

 

「っ!? こ、これって……」

 

 それを見た瞬間、雪月は愕然とした。向こうでは、蹴りウサギを仕留めた爪熊が死体へと歩み寄り、その鋭い爪で死体を突き刺してバリボリと喰い始めていた。しかし、雪月にはその音は耳に入っていなかった。

 

 雪月の意識は彼の手元に、彼が持っていたモノに向けられていた。

 

「これって、まさか…まさ、か………」

 

 雪月が持っていたモノ、それは布の切れ端だった。一部が赤黒く変色して、見覚えのある布の切れ端だ。

 

「はぁはぁはぁ………!」

 

 その切れ端を拾い上げた手がプルプルと震え、雪月の呼吸が荒くなる。次の瞬間、それをギュウと握りしめる。そして……

 

「……おい、熊野郎……」

 

 爪熊へと語りかける。しかし、その声は小さく、爪熊には届いていない。

 

「どうして、お前の口からこの布切れが落ちてくる?」

 

 雪月がゆっくりと爪熊に歩み寄る。一歩一歩、ゆっくりと。その声にだんだんと怒気を含みながら……

 

「てめぇ……これの持ち主に………ハジメ(・・・)に何をしたぁああああああああああ!!!」

 

 雪月は先程投影した剣を構えて、叫びながら爪熊に向かって走り出す。

 

 拾った布の切れ端、それはハジメが身に付けていた服の切れ端だった。何度も見ていたから、その色合いも覚えていた。周りは薄暗かったが、それを見間違えはしない。

 

 雪月は怒りで我を忘れていた。目の前にいる魔物が、蹴りウサギが戦わないで逃げようとするほどの強敵なのだが、今の雪月には関係なかった。

 

 今雪月が持っている切れ端は、爪熊の方から飛んできた。つまりこの魔物は既にハジメと出くわしている可能性がある。そして、それが口元から落ちてきた上に、血がこびりついているということは……

 

「アァァァアアアアアアアアアア!!」

 

 その先を考える前に雪月は走り出していた。そして、爪熊に向かって片手剣を振り下ろす。しかし……

 

 ブン! バキン!! グシュッ!!

 

 三つの音が同時にその場に響く。

 

「ごぁっ!?」

 

 爪熊は邪魔だと言わんばかりに、こちらを見ずに爪を下から上に振り上げる。その一撃で剣は粉々に砕け、雪月にもダメージが入り、後ろの方に大きく吹く飛ばされる。

 

 地面を数回バウンドした後、ゴロゴロと転がってようやく止まる。体のあちこちが痛みながらも、雪月は立ち上がろうとするが、そこでふと違和感を覚える。

 

「あ? なん、で……左側…が見えねぇん、だ?」

 

 雪月の視界が、左半分が真っ黒に染まっていたのだ。不思議に思った雪月は左手を顔の方に持ってくる。

 

 

 

 ヌチャッ

 

 

 

 そんな音がした。手を離すと、左手には血がべっとりと付いていた。誰の血だろうか? 答えは直ぐに分かった、これは自分のだと。

 

「あ…あぁ……あぁあアアアアアアアア……」

 

 その瞬間理解してしまった。自分は今、爪熊の攻撃で左の眼球が傷つけられ、光を奪われたのだと。

 

「あ、ぎ……あ、がぁあああああーーーーー!!!」

 

 理解した途端、顔の左半分が激しい痛みに襲われる。どうやら眼球だけじゃなく、顔の左側全体を傷付けられたようだ。

 

 痛い、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいイタイイタイイタイイタイイタイ!

 

 あまりの激痛にその場でのたうち回ることしか出来なかった。すると、ズシッという震動が地面を伝わって来た。雪月は痛みを必死に耐えながらまさかと思い、爪熊がいる方を見る。

 

 爪熊がこちらに歩いてきていた。雪月を見据えて、悠々と。

 

「ひ、ひぃいいい!」

 

 雪月の心の中には恐怖しかなかった。自分ではどう足掻いても絶対に敵わない圧倒的強者に対する畏怖。それが雪月のプライドも何もかも全てをへし折り、雪月の中の全てを支配していた。

 

 そんな雪月がとれた行動は一つ。

 

「あぁあああああああああ!!」

 

 逃げる事だった。他の事はどうでもいい。今は早く、あの怪物から逃げなければ!

 

「はぁ、はぁ、はぁ!」

 

 雪月は走る。しかし、先程の爪熊の攻撃と顔左側の傷の痛みで思うように走れずにいた。爪熊の方は未だに悠々と歩いている。雪月が疲れて衰弱するのを待っているのだろうか。

 

「こ、このままじゃ……あ!」

 

 その途中で、雪月は見つける。穴だ。丁度雪月の大きさでギリギリ通れるかぐらいの縦穴だった。奥は何処まで続いているのか分からない。しかし迷ってる暇はなく、雪月は即座にその穴に入る。

 

「グルアァアアア!」

 

 目の前にいた獲物が急にいなくなった事で爪熊は走り出す。そして縦穴とその中にいる雪月を見つけると、その穴目掛けてその鋭い爪を振るっていく。ビュウンと風が唸るような音と共に破壊音を響かせながら、ガリガリと壁を削っていく。

 

 実は、この風はこの爪熊の固有魔法が関係している。爪熊は自身の爪に風を纏わせ、見えない風の刃を形作っているのだ。射程は最大三十センチまで伸びる。蹴りウサギが避けた様に見えたのに斬り裂かれたのはこれが原因である。

 

 雪月が斬りかかって来た時、爪熊はこの固有魔法を使っていなかった。その時は食事中であったことと、雪月を敵として認識していなかったからだ。だが、むしろそれで良かったのかもしれない。もし固有魔法を使われてたら、今頃雪月は物言わぬ死体と化していただろうから。

 

「はぁはぁはぁ……!」

 

 後ろで何かすごい音が聞こえるが、雪月は振り向かずに走り続ける。しかし……

 

「っ! あぁ、そんな!」

 

 通路は途中で止まっていた。周りを触って確かめるが、何もない。完全な行き止まりだった。後ろの方ではガリガリと削る音が近付いてきている。

 

「……はっ! こうなったら、一か八か!」

 

 雪月は壁に手を押し当てる。そしてある言葉を紡ぐ。それは、この世界に来てから親友と訓練の度に何度も紡いだ、あの言葉。

 

「―――”錬成”!」

 

 それは賭けだった。錬成は武具や鉱石を加工したりする時に用いる技能。それならば、迷宮の壁も加工できるのでは? と雪月は思いついた。そしてその試みは………成功だった。

 

「っ! よし!」

 

 目の前にあった壁は、縦横の幅はそのままで奥行きが一・五メートル程伸びた。雪月はさらに奥へと進み、行き止まりに来たらすかさず”錬成”を使って奥行きを広げて無我夢中で進み続けた。一刻も早くあの怪物から離れたかった。

 

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 そうして、錬成を繰り返しながら進んでどれほど経ったであろうか。もう壁を削る音は聞こえないが、それでも雪月は錬成をやめなかった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……れ、”錬、成”……」

 

 もう何回目かも分からない錬成を使い、前に進もうとした時、道が突然消えた。

 

「えっ、おわっ!」

 

 どうやら下り坂になっていたらしく、コケてゴロゴロと転がるハメになった。

 

 坂を下り終わった後、雪月は慌てて周りを見渡す。ここは六畳ほどの少しせまめの空間だった。周りに魔物はおらず、入口も錬成で開けた穴しかなかった。

 

 ピチョンと音が聞こえ、音が鳴った方に目を向けるとそこには多くはないが、水が溜まった場所があった。

 

 ようやく落ち着ける場所に来たと安堵した雪月はその場にへたり込む。そして、左手の方を見る。

 

 左手には自身が怒りで我を忘れるきっかけとなった服の切れ端が握られていた。最初は血が少しこびりついているだけだったが、今は雪月の血も混じって赤黒く変色していた。

 

「カカ、何をやってるんだ、俺は……守ると言っておきながら、結局守れず、それどころか仇に敵とすら見て貰えず、恐怖に負けて逃亡。かっこわりぃな……は、ははは………ぐぅ」

 

 視界が滲んできた。自分ですら歯が立たずにこのザマだ。おそらく、ハジメは、もう………

 

「……くしょ……畜生………ちくしょぉおおおおおおおおおおーーーーー!! アァアアアアアアアアアアーーー!!!」

 

 雪月の慟哭が響く。守れなかった、大切なものを。守ると約束したのに果たせなかった。そんな自分が許せなかった。そして、自分から大切なものを奪った存在が許せなかった。

 

「あぁ……あぁあああ………あぁあああああああああーーーーー!!」

 

 その後も、雪月は疲れて気絶する様に眠るまで泣き続けた。無力な自身を嘆きながら。




 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 少し間が空いてしまいました、すいません。

 アニメの方ではもうかなり進んでいますね。意外と進むの早いなぁ、びっくりです。

 少しでもアニメに追いつけるように頑張らねば……

 それでは、また!三└(┐卍^o^)卍ドゥルルル
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