前回のあらすじ
神薙雪月はいつもの様に学校へと登校し、いつもの様な日常を送る筈だった……
しかし、それは突如現れた魔方陣によって終わりを迎える。教室から消えてしまった雪月達、彼等は一体何処へ行ってしまったのか……
投稿が遅くなってしまい、申し訳ありませんm(__)m
それでは、ゆっくりしていって下さい!旦~~
海音を突き飛ばした後、視界全体を覆う程の真っ白な光に思わず両腕で目を庇う雪月。一体どれくらいそうしていただろうか……。周りが静かな事を不審に思った雪月が腕をどけて目を開けると、雪月はその光景に目を見張った。
「……はい?」
そこは一言で言えば、雪原。空が赤く、果てなき雪原。ただし、普通の雪原ではなかった。
「なんだこれ……まさか、この突き刺さってるの全部…剣か?」
そう、雪月の周りには無数の剣が地面に突き刺さっていたのだ。剣、刀、双剣、レイピアなど様々な剣があった。
(何なんだよここ? 雪原のはずなのに、寒さを感じない?…あれ、他の皆は何処に?)
雪月は周りに誰もいない事に気付いた。ハジメも香織も、教室にいた筈のクラスメイトが一人もいなかったのだ。
「まさか…俺一人だけ別の場所に飛ばされた? それは勘弁願いたいな…はぁ~」
雪月が溜息を吐いていると、不意に後ろに気配が現れる。
「!?」
雪月はその場を飛び退いて謎の気配との距離をとり、気配の正体を見る。そこには……
「……人?」
男が一人、白地の布の外套を羽織って立っていた。見た感じ年齢は…三十代後半から四十代前半といった所だろうか。髪は雪の様に真っ白で、腰まで伸ばしていた。顔を見えないが、その身に纏う覇気が普通ではなかった。
(誰だ、こいつ…いつの間に後ろに……というかこいつ、強い!)
雪月は周りを見渡し、一番近くにあった剣を引き抜くと、正眼の構えで立ち、意識を男の方に向ける。
「お前、誰だ? ここが何処だか知ってるのか!?」
「………」
雪月は男に問う。しかし、男は答えない。それどころか、微動だにしなかった。
(なんだコイツ…まさか、寝てるのか?)
雪月は剣を構えたまま一歩、また一歩と男に慎重に近づいていく。
そして、男との距離が二メートルくらいになり、雪月が「本当に寝てるんじゃないのだろうか」と思ったその時、それは唐突に聞こえてきた。
「……この場所は…」
「ウ"ェイ!?」
男が急に口を開いて喋り出した。それに驚いた雪月は今まで出した事の無いような声を上げる。
(び、びっくりした~。いきなり喋り出すんじゃねぇよ! 変な声上げちまっただろうが!)
雪月は男を睨むが、男は何処吹く風という感じで言葉を続けた。
「過去、現在、そして未来が邂逅する場所。数多の記憶が出会う場所……」
「どういう事だ、それ。それに記憶って…一体誰の記憶だっていうんだよ?」
「それは……お前自身だ。神薙雪月…」
「は? ……!?」
男が雪月の名前を叫んだ瞬間、少し強めの風が吹く。それによって僅かに見えた男の眼を見た瞬間、雪月は気付けば別の場所にいた。
「……え?」
訳が分からなかった。気付いたらさっきまでいた雪原ではなく、赤く染まった大地、周りには人の死体や見た事の無い怪物の死骸。雪月が一歩踏み出そうとすると、足元にあった何かがぶつかる。雪月はそれを見た……いや、
「っ!?」
そこにあったのは人間の死体、胴体から首や片腕、片足が千切れている死体だった。その死体を見た瞬間、雪月は固まってしまった。
「お前は、失う事になるだろう」
「あ、あぁ……」
後ろから声が聞こえたが、振り向くことが出来なかった。
「今のままでは必ず…な……」
「あ、あぁあああ…ああああああああああ!」
その直後、精神が限界に達した雪月の意識はプツリと途切れていった。
☆★☆
「うぉわぁあああああああああああああああ!」
「わぁあああ!」
叫びながら飛び起きる雪月、その叫びに驚く誰かの声。しかし、今の雪月にはその声が誰のだったのか確認する余裕はなかった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ゆ、雪月? 大丈夫なの?」
「はぁ、はぁ…ハ、ハジ…メ?」
雪月が顔を右に向けると、そこには自分を心配そうに見ているハジメの姿があった。周りを見てみると、教室に残っていたクラスメイト達がいた。辺りを見回した後、何かを思い出したかの様にハジメの肩を掴んで問い詰めた。
「ハジメ! 海音は? 海音はこの中にいるのか!?」
「か、神薙くん、落ち着いて! 南雲くんが困ってるから!」
近くにいた白崎に腕を掴まれて冷静になったのか、雪月の手がハジメの肩から離れる。
「……すまん……」
「大丈夫だよ。それよりも、雪月の妹さんだけど……」
「………」
「この中にはいないよ。多分巻き込まれてはいないと思う」
「そっか…良かった、本当に良かった……」
雪月は心から安堵した様な表情になる。そして、気になっていた事をハジメに聞いてみる。
「ハジメ…俺は一体、あれから何があった?」
「雪月、気絶していたんだよ。びっくりしたよ、魔法陣が一際強く光って、瞑ってた目を開けたら雪月が気絶してるんだもん」
「そうか……俺、気絶してたのか……」
「うん。でも雪月、気絶している時、何か夢でも見てたの? 急に叫びながら起きるんだもん」
「夢? 夢………っ!?」
雪月が夢という言葉を発した直後、一瞬目が見開いたかと思うと、すぐに両手で自分に体を抱くようにして震え始めた。
「ふぅふぅふぅ…!」
「雪月!? どうしたの!?」
ハジメは突然震え出した雪月の様子がおかしい事に気付く。何かに怯えているようだった。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「雪月、一体どうしたの? 何か怖い夢d「やめてくれ!」ゆ、雪月…?」
ハジメが「夢」という単語を言った途端、雪月が大声でそれを遮る。
「頼むハジメ。何も、何も聞かないでくれ…」
「え? でも……」
「思い出したくねぇんだ……だから、頼む……」
ハジメは今、自分の目の前にいるのが本当に親友の神薙雪月なのかと思ってしまった。ハジメだけではない、香織や雫、光輝や龍太郎など普段の雪月を知っているクラスメイトの皆が自分の目を疑ってしまった。こんなに怯えている雪月の姿を見るのは初めてだったからだ。
ハジメは雪月に何もしてやれない自分に悔しい気持ちで一杯だった。いつも雪月に助けられてばっかりなのに、自分は雪月に何も出来ないのかと。他の皆も、なんて声を掛ければいいのか分からずに、その状態が数分間続いた。
「…ふぅ………すぅ、はぁ~~~……」
「雪月、落ち着いた?」
「……あぁ、なんとかな。悪い、心配かけた」
数分経った後、そこにはもうさっきの怯えているような感じは一切感じられない普段の雪月がいた。どうやら落ち着いた様だ。
「僕の方こそ、何もしてあげられなくてごめん。雪月に何て声かければいいのか…分からなかった」
「気にすんな。それよりもハジメ、俺達が今いる場所は…ここは何処だ?」
「それは……」
「そのことについては、私から説明いたしましょう」
いきなり後ろから聞こえてくる声。雪月が振り返ると、そこには老人がいた。白い布地に金色の刺繍が施された豪華な法衣のようなものを身に纏い、高さが三十センチはありそうな烏帽子を被った七十代くらいの老人が立っていた。その周りには老人程ではないが似た法衣を身に纏い、傍に錫杖みたいな物を置いて、まるで祈りでも捧げるかのような態勢で雪月達の周りにいて、三十人近くはいた。
雪月達は今、巨大な広間の様な所にいた。大理石の様に白く、滑らかで光沢を放つ石で造られており、周りには彫刻が彫られた柱が規則正しく並んでいた。天井を見るとドーム状になっており、前に本で見た大聖堂という雰囲気がしっくりきた。
そして、自分達はその奥にある周囲より位置が高い台座の上にいた。周りの観察を終えた雪月は改めて老人を見る。目の前の老人は一目見て、只者じゃないと分かった。老人にしては纏う覇気が強かったのだ。しかし、雪月があの雪原で出会った男に比べれば、かなり見劣りしてしまうが……
「……あんたは?」
「私はイシュタル・ランゴバルドと申す者。さて、気を失っていた者も目覚めた事ですし、改めて言わせて頂きたい。ようこそトータスへ。勇者様、そして御同胞の皆様方、歓迎いたしますぞ」
イシュタルと名乗った老人は、好々爺の様な雰囲気で微笑を見せたが、雪月は何故か嫌悪感しか浮かんでこなかった。
☆★☆
現在雪月達は、自分達がいた広間から場所を移して、長さが十メートル以上はあるテーブルがいくつも並べられた部屋にいた。
部屋の中は例に漏れず、煌びやかな作りだった。部屋には絵画や壺など置かれていた。おそらくは一流の職人が用意したものなのだろう、素人目で見てもそう思える程だ。推測だが、この部屋は晩餐会などで主に使われているのであろう。好きな場所に座っていいらしく、上座に近い方に畑山愛子先生と光輝、龍太郎、雫、香織の四人が座り、後はその取り巻きが順番に適当に座っている。因みに、ハジメと雪月は一番後ろに座っている。気のせいか、ハジメが最後方に座ったのを見ていた香織が寂しそうな顔をしていた気が……
ここに来るまで誰も騒いでいないのは、現状に頭がついていけていないのだろう。それは当然かもしれない、いつもの様に教室でワイワイ過ごしていたらいきなり魔法陣出現→気付いたら見知らぬ場所ってなったら誰だってそうなる。他には、イシュタルと名乗った例の老人が説明してくれると告げた事や、クラスの実質的リーダーである光輝が皆を落ち着かせた事も含まれていると思うが…
その様子を見ていた愛子先生が「教師よりも教師らしく皆を纏めている」と言いながら終始涙目だった。一応大丈夫だと言って慰めたつもりだが、あれで慰めになったかどうか分からない。
全員が着席すると同時に、絶対に扉の前でスタンバイしていただろと言わんばかりの絶妙なタイミングで数人のメイドがカートを押しながら入って来た。コスプレとかおばさんメイドとかそういう類ではなく、本物の美女&美少女の生メイドである。
こんな状況でも自身の欲望には逆らえないのだろうか、男子達の大半がメイドさん達を凝視していた。ただし、それを見ていた女子達の絶対零度の如き眼差しがもれなくついてきたが……
因みに、その視線は雪月には向かなかった。雪月は給仕された飲み物を受け取る際に軽い会釈をしただけで凝視はせず、そのまま静かに話が始まるのを待っていたからだ。女子達は感心した様に雪月を見ており、給仕したメイドに至っては給仕した後、何度も雪月の事をチラ見しており、同僚なのか先輩なのか、別のメイドに注意されていた。
雪月にとって、メイドというものには興味が無いのだ。地球にいた頃に、一度だけメイドのコスプレやメイド喫茶についての特番をテレビで見た事があるが、あれのどこがいいんだろうというのが雪月の感想である。
雪月の向かいの席に座っていたハジメは、給仕してくれたメイドを思わず凝視……しそうになったが、何か感じたのだろうか一瞬ビクッと震えた後、雪月の方に視線を固定したのだ。
「? どしたハジメ? 急に視線をこっちに向けたりなんかして…」
「いや、なんか…背筋に悪寒が……」
「悪寒?」
ハジメはチラリと悪寒が感じた方へ視線を向ける。雪月も釣られて視線を向けると、満面の笑みを浮かべた香織がジ~ッとハジメの事を見ていたのだ。ハジメと雪月は咄嗟に視線を戻す。
「お、おおおいハジメ! なんで白崎があんな満面の笑みでお前の事を見てるんだよ!?」(ヒソヒソ)
「わ、分からないよ! 白崎さんに何かした訳じゃないと思うし…」(ヒソヒソ)
「…っていうかあの笑み、ぜってぇ普通じゃねぇだろ。なんか変なモン見ちまった気がするし……」(ヒソヒソ)
「へ、変な物?」(ヒソヒソ)
「な~んか白崎の背後にうっすらとよ、般若のようなものが見えた気が……」(ヒソヒソ)
「……何も見なかったことにしない?」(ヒソヒソ)
「……そうするか」(ヒソヒソ)
ハジメと雪月がヒソヒソ話している内に全員に飲み物が行き渡ったのか、イシュタルが話し始めた。
「さて、あなた方はさぞ混乱されている事でしょう。一から説明させて頂きますのでな、最後までお聞き下され」
そう言って始まった話を、雪月達全員は騒ぐことなく静かに聞いていた。イシュタルの話は実にありふれたもので、どうしようもない位勝手なものだった。
今聞いた話を大きく纏めるとこうだ。
まず、自分達がいるこの世界の名前はトータス。このトータスには大まかに分けて人間、魔人、亜人の三つの種族が存在しているそうだ。人間族と魔人族はそれぞれが北一帯と南一帯を支配しており、亜人族は東にある樹海でひっそりと暮らしているらしい。
人間族と魔人族は数百年前から戦争を続けているという。相手の魔人族は一人一人が人間よりも強力な力を持っており、一対一ではまず勝ち目は皆無だそうだ。人間側はこれを数で対抗し続け、ここ数十年は戦力が拮抗していたのか、戦争は起きていないらしい。だが最近、異常事態が発生しているのだという。それは、魔物の使役だそうだ。
この世界での魔物とは、狼やウサギ等の通常の野生動物達がその身に魔力を取り入れ、体が変質した異形の事だと、そう言われている。何故「言われている」なのか……それは、この世界の人達も魔物の正確な生態は解明出来ていないらしい。一体一体が種族固有の魔法を使えるらしく、強力で凶悪な害獣だそうだ。
今まで魔物達を使役出来た者は殆どいない。魔物達は皆本能で活動する為、使役出来ても良くて一匹、運が良ければ二匹といった所だそうだ。しかし、魔物を使役している所を見た人の話だと、その数は軽く二十体近くはいたらしい。
『魔物は使役出来ない』
この常識が覆され、人間側は『数』というアドバンテージを失って現状打つ手なし。まぁ簡単に言うと……
人間滅亡の危機である。
「あなた方を召喚したのは‟エヒト様”なのです。エヒト様とは、我々人間族が崇める守護神。この聖教教会の唯一神にして、このトータスを創られた至上の神! おそらく、エヒト様は悟られたのでしょう、このままでは我ら人間族は滅んでしまうと。そして、それを回避する為にあなた方を召喚した。あなた方の世界はこの世界より上位に存在する世界……皆様は例外なく、我々よりも強力な力を持っている筈です。召喚が実行される前に、私にエヒト様から神託があったのです。あなた方という‟救い”をそちらに送ると、ね。ですから、勇者様達には是非その力を発揮して頂き、‟エヒト様”の御意志の下、魔人族を打倒し、我ら人間族を救って頂きたいのです」
話し終えたイシュタルの顔を見ると、どこか恍惚とした表情だった。おそらくだが、そのエヒトとやらから神託があった時の事を思い出しているのかもしれない。イシュタルの話によれば、人間族の九割以上がエヒトを崇める聖教教会の信徒らしい。そして、神託が聞こえた者は例外なく教会では高位の地位になれるのだという。
話を聞いていたハジメが小声で雪月に話しかける。
「ねぇ雪月」
「ん?」
「雪月は、この世界についてどう思う?」
「どう思うって言われてもなぁ……この世界がどうこうよりも、なんで召喚されたのが大人とかじゃなく、ガキの俺達なんだろうって疑問が最初に浮かんだけど…」
「そっか。僕はなんか…怖いよ。この世界の人達が‟神の意思”とやらに疑いを持たずに、それどころか喜んで従いそうなこの世界の歪さが…」
「…それってもう狂信者の域だよな? あと、最後に言っていた言葉……」
「最後? 魔人族を打倒とか言ってたやつ?」
「あぁ。それってはっきり言うなら、俺達に魔人族と戦争しろって事だろ?」
雪月は最後の言葉を全員に聞こえる様に少し大きめの声で喋った。
‟戦争”という言葉を強調して。
雪月の声が聞こえたクラスメイトは皆、表情がこわばる。これから命懸けで戦って欲しい、いきなりそう言われて平然としていられるなんて、平和な世界で生きてきた者達にとっては無理な話だ。
皆が不安になっている中、突然立ち上がって猛然と抗議する人物が現れた。
社会科の愛子先生だ。
「ふ、ふざけないで下さい! この子達に戦争させるなんて…そんなの許しません! 断じて許しませんよ先生は! きっとこの子達のご家族も心配されている筈です! 早く私達を元の場所に帰してください! 貴方達がしている事は、唯の誘拐という犯罪ですよ!」
ぷんぷんと頬を膨らませて怒る畑山愛子先生。今年で二十五歳になるという彼女は、先程も言った通り社会科担当の教師だ。百五十センチという身長&童顔という大人とは思えない容姿、ボブカットの髪を跳ねさせ、生徒達の為にと走り回る姿は微笑ましいのだが、何時でも一生懸命な姿とは裏腹に、大抵の物事は空回りしてしまうのだ。その残念さとのギャップに人気があり、庇護欲を掻き立てられた生徒は数知れず。雪月もその一人だ。
彼女は‟愛ちゃん”という親しみを込めた愛称で呼ばれているのだが、本人は嫌がっている。本人曰く、威厳のある教師を目指しているとか。まずその容姿の時点で無理な気もするが……
今回の自分勝手な召喚の理由に怒り心頭の様だ。周りの生徒はイシュタルに食って掛かる愛子先生を「愛ちゃんがまた頑張ってるな~」と、ほんわかした気持ちで眺めているが、雪月は愛子先生が言った「家族」という言葉に反応し、自分の家族の事を考えていた。
(海音の奴、大丈夫だろうか…あの後ちゃんと自分の学校に戻れた、よな? 父さんも母さんも、俺がいなくなったって聞いたら……)
「会いてぇな……」
「雪月?」
雪月の様子にハジメが首を傾げ、他の生徒達は未だにほんわかしていたが、次のイシュタルの言葉にその表情が凍りつく事になる。
「お気持ちはお察しします。ですが……あなた方の帰還は現状では不可能なのです」
場が静寂で包まれる。殆どの生徒が今何を言われたのか分からないという表情でイシュタルに視線を移す。雪月はある程度予想してたのか、小さくチッと舌打ちする。
「ふ、不可能って……それってどういう事ですか!? 召喚が出来たならその逆だって出来る筈でしょう!?」
愛子先生の指摘はもっともだ。召喚が出来るのならその逆も然り、自分達を元の世界に帰す事も出来る筈だと考えるだろう。しかし、それはたった今否定されてしまった。
「先程も申し上げました通り、あなた方を召喚したのは我々ではなくエヒト様です。我々人間族には異世界に干渉するような魔法を使う事は出来ませんのでな。あなた方が元の世界に帰還出来るかどうかはエヒト様の御意思次第という事になります」
「そ、そん…な。そんな事って……」
愛子先生がストンと椅子に腰を落とす。今言われた言葉が余程ショックだったのだろう、目が虚ろだった。
それを引き金に周りの生徒達がパニックになって騒ぎ出す。ハジメも例外ではなかった。しかし、こういう展開の創作物をいくつも読んでいたお陰なのか、割と平静でいられた。雪月はそんなハジメを意外そうな表情で見ていた。
「よく平静でいられるな?」
「なんとかね。僕が考えていた最悪のパターンにならなかったからかな…」
「最悪のパターン?」
「僕達が奴隷になるパターン」
「あぁ~、そういう可能性もあったのか……確かに、それは一番避けたいわ」
「そういう雪月こそ、僕よりずっと平静でいられてると思うけど?」
「いや、平静じゃねぇさ。内心結構焦ってるよ。でもよ? 今ここで騒いだって何も変わりはしない。元の世界に帰りたいと思う以上、今何をすべきなのかを考えないとって思ってな……」
ハジメと雪月はそんな会話をしながらチラリとイシュタルの方を見ると、表情が若干険しくなる。生徒達が狼狽える中、イシュタルは口を挟む訳でもなく静かにその様子を眺めていたが、二人にはその瞳に侮辱が込められている様な気がしてならなかった。
「おいハジメ」
「うん。なんていうか、さっきの言動の事を踏まえると…『エヒト様に選ばれていながら何故喜ぶ事が出来ないのか』とかそういう風に思ってるんじゃないかな?」
「かもな。ったく、ムカつく爺だ」
未だ生徒達はパニック状態、ハジメと雪月はイシュタルを警戒している中、今まで黙っていた光輝がバンッとテーブルを叩きながら立ち上がる。生徒達の視線が光輝に集まる。光輝は全員の視線が集まったのを確認するとゆっくりと口を開いた。
「…皆、聞いてくれ。この場でイシュタルさんに文句を言って騒いでいたって何も変わらない。さっきも言ってたけど、彼にだってどうする事も出来ないんだ。……俺は、戦おうと思う。この世界の人達が今滅亡の危機に瀕しているのは事実なんだ。俺には放っておくなんて事は出来ない。それに、それを救う為に召喚されたのなら、救済が終われば元の世界に帰してくれるかもしれない。……イシュタルさん、どうなんですか?」
「そうですな。その可能性は十分にありますぞ」
「それに、俺達には大きな力があるんですよね? 実はこの世界に来てから、力が漲ってくる感じがするんです」
「その通りです。ざっと見ても、この世界の者と比べて数倍から数十倍近くの力を持っていると言っても過言ではないでしょうな」
「それなら大丈夫。皆……俺は戦う。この世界の人々を救って、皆が無事に家に帰れるように。俺が世界も、そして皆も救ってみせる!!」
クラスメイト達の前で握り拳を作りながら力強く宣言する光輝。その歯がキラリと光ったのは見間違いではないだろう。
それと同時に、表情が絶望に染まっていた生徒達に活気が戻って来た。どうやら、彼の持つカリスマが発揮されている様だ。生徒の大半はまるで希望を見つけたかの様な表情で、目がキラキラと輝いていた。女子の半数以上は熱っぽい視線を光輝に送っている。
「へっ、光輝…お前ならそう言うと思ってたぜ。俺もやってやるぜ……お前一人だと心配だからな」
「龍太郎……」
「仕方ないけど、それしかないのよね。……私もやるわよ」
「雫……」
「えと、えっと……し、雫ちゃんが頑張るなら、私も頑張っちゃうよ!」
「香織……」
龍太郎、雫、香織の三人が光輝に賛同する。それを見ていた雪月が小さく溜息を吐くと、おもむろに立ち上がって話し始める。
「現状、元の世界に帰るには戦わなければならない。なら、それしか道は無い……か」
「神薙……」
「あぁ、勘違いするなよ天之河。俺は別に、お前の意見に賛同する訳じゃない」
「え?」
雪月の言葉にキョトンとした表情になる光輝。生徒達の視線が今度は雪月に集まる。
「俺が戦う理由はただ一つ、生きて家族にもう一度会う事だけだ。その為に俺は戦う」
「…なぁ神薙、お前も聞いただろ? この世界の人達が滅亡の危機にあるのを……」
「あぁ、それが?」
「それがって…お前は何とも思わないのか!? 人々を…世界を救う為に召喚されたなら、それが俺達の使命だろう!?」
「はぁ……あのな? この世界の人々を救いたいっていうのはお前の考えだろ? 俺は別にそうは思わねぇし、自分達の世界の事なんだから自分達で解決してくれってのが俺の考えだ。俺は異世界の人間の危機なんかより、家族の方がずっと大事だからな」
「お前……」
「ま、一応この世界を救う為に戦いはするさ。そうしねぇと帰れないみたいだしな」
そう言って雪月は椅子に腰を下ろす。一部のクラスメイトは雪月を冷たい視線で一瞥すると、我先にと光輝に賛同していく。愛子先生は今にも泣きそうな表情で止めようとするが、無駄に終わる。それを見ていたハジメは雪月の方に視線を移すと、小声で話しかける。
「ねぇ雪月、流石にこの場でああいう事を言うのはマズいんじゃないかな?」
「クラスの奴等の反応の事を言ってるのか?」
「うん、皆とは言わないけど、雪月を冷めた目で見てるよ」
「勝手にさせとけ。周囲の態度がどう変わろうが、俺の目的はそのままだ。家族の元に帰る、それだけだよ」
「雪月は家族を本当に大事にするんだね」
「まぁ、ちょっとした理由があるからな」
「理由?」
ハジメは雪月が言った理由というのが気になったが、それ以上雪月がその事について喋る事は無かった。
その後、結局全員で戦争に参加する事が決まった。だが、生徒達は本当の意味で戦争をするという事がどういう事なのか理解出来ていないだろう。今にも崩壊しそうな精神を守る為の現実逃避なのかもしれない。
ハジメはそんな事を考えながら、イシュタルの方に視線を移す。彼は実に満足そうな表情を浮かべていた。
ハジメは気付いていたのだ。イシュタルがトータスの現状を説明する際に、何度も光輝の方を観察し、どういう言葉や話に反応するのかを確認していた事を。正義感が強い光輝の反応は実に分かりやすかった。その後は、敵である魔人族の残酷さ等を強調することで、彼に戦わせることを決意させた。イシュタルは見抜いていたのだろう。自分達の中で誰が一番影響力を持っているのかを。
世界的な宗教のトップなら出来て当然なのかもしれない。油断出来ない人物と、ハジメは頭の中の要注意人物のリストにイシュタルを加え、それを雪月にも伝えるのであった。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
異世界『トータス』に召喚され、元の世界に帰るには戦うしかないという事が分かった雪月達は戦う事を決意する。
次回「ステータスと初めての…」
次回はもっと早く出せたらいいなぁ~
それでは!三└(┐卍^o^)卍ドゥルルル