前回のあらすじ:ステータスプレートというアーティファクトにより、自分達のステータスが判明していく中、ハジメと雪月の二人は平凡とイレギュラーなステータスだった。周りの皆と少し違う状況の中、二人はどのように成長していくのか……
一話目から雪月が怒ってばっかりのような気が……
更新が遅くなってしまって本当にすいませんでした……
では、ゆっくりしていって下さい!旦~~
ステータスプレートが配られ、自分達のステータスが判明したあの日から既に二週間が経過していた。
雪月は現在、王都にある王立図書館の廊下を歩いていた。理由は外に持ち出していたある本の返却と、もう一つあった。
「今は確か休憩時間の筈だから、いると思うんだけどな……」
すると、奥の方からドスンッと音が響いた。一瞬ビクッとなりながらも、音のした方に向かうと、そこには溜息を吐いている親友の姿があった。雪月は苦笑いしながら近づいていき……
「溜息なんか吐いてると、幸せが逃げていくぞ? ハジメ」
「! ゆ、雪月…急に話しかけてこないでよ。びっくりするじゃないか~」
「カッカッ! わりぃわりぃ」
雪月は笑いながらハジメの傍に置かれている物を見る。そこには‟北大陸魔物大図鑑”という分厚い本が置かれていた。
「また読んでたのか? それ」
「まぁ、ね……今の僕に出来る事は、こんな風に本を読んで知識を蓄えるだけだから」
「………」
何故ハジメがこんな所で本なんか読んでいるのか…
実は、この二週間の訓練でハジメは思うように成長出来ず、他の奴等から役立たずというレッテルを張られてしまったのである。力がない代わりに、知識などでカバーしようと、こうして訓練の合間にこの図書館で勉学に励んでいるのだ。
「そういえば、雪月はどうしてここに?」
「俺は外に持ち出していた本の返却とこの本を読む為に来た」
そう言って雪月はハジメに自分の持っていた本を見せる。表紙には‟トータス武具大全”という文字が書かれていた。この本は名前の通り、トータスにおいて人間族が使うありとあらゆる武具についての情報が記述されている本だ。人間族に限定されている為、魔人族と亜人族が扱う武具については、残念ながら一切記述されていない。
因みに、外に持ち出していたという本は剣の製造過程に関する書物である。
何故雪月がこのような本を読んでいるのか。それは、彼が持つ技能‟投影魔術”の練習の為だ。投影するには武器の知識は勿論の事、外見や材質、製造過程等も必須となってくる。より多くの武器を投影出来る様になる為に、雪月はこうして本を読んだり、メルド団長に頼んで王都の鍛冶職人達の武器の製造過程を見学させて貰ったりしている。
「雪月は大変そうだね。訓練だったり、鍛治場の見学だったりで…」
「まぁ確かにな…忙しいのは事実だけど、それなりに充実はしている。自分の知らなかった事を知っていくのは楽しいもんだ」
「そっか…色々やることがあるんだね。それに比べて僕は……」
ハジメはそう呟くと、再び深い溜息を吐きながらステータスプレートを取り出す。雪月が後ろから覗き込んでみると、そこにはこう表示されていた。
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南雲ハジメ 17歳 男 レベル:2
天職:錬成師
筋力:12
体力:12
耐性:12
敏捷:12
魔力:12
魔耐:12
技能:錬成、言語理解
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ハジメの二週間による訓練の成果がこれである。初期ステから全ステが2ずつしか増えていなかった。これにはさすがに苦笑いしか出てこなかった。一週間に1ずつ上がっていくという感じだった。ハジメは内心「一週間に1ずつとか刻み過ぎでしょ!?」とツッコミを入れたそうだ。気持ちは分からんでもない。因みに雪月はというと…
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神薙雪月 17歳 男 レベル:9
天職:錬成師 ???
筋力:130
体力:140
耐性:120
敏捷:250
魔力:160
魔耐:160
技能:投影魔術・千里眼・心眼(偽)・錬成・剣術・双剣術・双大剣術・槍術・弓術・全属性適正・全属性耐性・言語理解
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全ステータスが二倍近く増えており、敏捷に至っては二・五倍上昇していた。更には、この二週間の訓練中に試しに槍を投影して使ったお陰なのか、技能欄に新たに槍術が加わっていた。しかし、相変わらず錬成師の横は???のままだ。
そして、勇者の光輝は、
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天之河光輝 17歳 男 レベル:10
天職:勇者
筋力:200
体力:200
耐性:200
敏捷:200
魔力:200
魔耐:200
技能:全属性適性・耐性・物理耐性・複合魔法・剣術・剛力・縮地・先読・高速魔力回復・気配感知・魔力感知・限界突破・言語理解
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光輝はこの二週間で全ステータスが倍の200まで増えていた。彼のステータスを知った時、雪月は敏捷で勇者に勝っていたのを内心ガッツポーズ付きで喜んでいたのはハジメを含めて皆には内緒だ。
雪月も光輝も、ざっと見てハジメの五倍くらいの成長率だった。他の生徒達も二人程ではないが、着々とステータスを向上させていっている。そんな中、ハジメだけがあの成長率なのだ。ハジメが憂鬱になるのも仕方のない事だった。
「皆どんどん強くなっていって羨ましいよ。僕は魔法の適性すら無かったんだから……」
「そう……だったな」
そう、この二週間でハジメは戦闘能力が無いどころか、魔法の適性すら無い事が分かったのだ。
これがどういう事なのか、それを説明する為に、この世界、トータスの魔法の概念から説明する時間を頂きたい。
この世界における魔法というのは、自分達の体内に存在する魔力を詠唱で魔法陣へと注ぎ込み、陣に組み込まれた式の通りの魔法を発動させるという手順だ。因みに、人間、というか亜人も魔人もそうらしいが、自身の魔力を直接操作することは出来ないため、必ず魔法陣を必要とし、どんな魔法を使うかによって魔法陣を正しく構築しなければならないのが鉄則だ。
ここまでの説明を受けた時、一つ疑問が浮かんだ。それは、訓練初日に自分が投影を見せた際、魔法陣を全く使っていなかったという事だ。ハジメもこの説明を聞いた直後に気が付いたらしく、二人でメルドや宮廷魔法師達に相談してみると、宮廷魔法師の人達は是非とも研究させてほしいと目を輝かせながら我を忘れて迫ってきたのだ。
その場はメルドが何とか魔法師達を落ち着かせ、早速調べてみたが、やはり魔法陣の様なものは見当たらなく、様々な原因を考えた結果、ハジメの『雪月自身が魔法陣の役割を果たしているのではないか』という考えで一先ず解散する事になった。結局最後まで理由が分からず、魔法師達の間では今後も調べていくそうだ。
解散する際に、魔法師達がこっちをチラチラ見ながらヒソヒソと話しているのをチラッと見えてしまった為、人気のない所に連れていかれないように日々周辺を警戒する事を決意した。
閑話休題。続きといこう。
魔法を使う時に、詠唱を長く唱えれば唱えた分だけ、魔法陣に込める事の出来る魔力量は増えていく。それに比例して、魔法の効果や威力も増大していくのだ。
更に、魔法の効果を複雑にしようとしたり、規模を拡大させようとすると、魔法陣を構築する際に組み込む式が増え、陣が大きくなっていく。例えば、皆もご存じだと思う‟火球
だが、ここで最初にハジメが言っていた適性が関係してくる。
適正は、魔法陣の式を一部省略出来る様になる体質と言えばいいだろうか……例として、ある一人の術者が火の属性に適性を持っていたとすると、火の魔法を使う際の陣の構築で属性の式を書き込む必要がなくなり、その分魔法陣を小さく出来るという訳だ。因みに、省略した属性は術者のイメージによって補完される。式を省略する代わりに、詠唱の時に燃え盛る火をイメージにする事で魔法に火の属性が付加されるのだ。
トータスでは大抵の者は適性を一つ持っている。その為、構築する魔法陣も直径が十センチ以下が一般的なのだ。
しかしハジメの場合、先程本人が言った通り適性が全く無く、魔法陣を構築する際に基本の五式に加え、魔法の速度やその弾道等を事細かに式に書き込む必要があり、ハジメは‟火球”一つ撃ち出すのになんと約二メートルもの魔法陣を構築する必要があった。これでは実戦で全くと言っていいほど使い物にならず、本人は物凄く落ち込んでいた。
因みに、俺は技能に全属性適正を持っており、全ての属性の式を省略することが理論上は出来るらしい。しかし、彼は主に投影した近接武器を用いて戦う為、宝の持ち腐れとなっている。何故自分にこんな技能がついてしまったのか、頭を悩ませるイレギュラーな点がまた一つ増えてしまった。
最後に、魔法陣は特殊な紙に刻む使い捨てと鉱物に刻むという二つのタイプがある。紙の方は持ち運びが便利で種類が豊富だが、使い捨てなので使用は一回きり、威力も落ちてしまっている。逆に鉱物の方は嵩張ってしまうので多くは持てないが、何度も使えて威力も申し分ないというそれぞれにメリット・デメリットが存在するのだ。
以上で魔法と魔法陣、適正についての説明を終了しようと思う。そんな訳で、ハジメは近接はステータス的に考えて戦えない、魔法は適性が無い為、巨大な魔法陣を構築しないといけないからこれも無理という始末。天職の錬成師が出来る事と言えば、技能‟錬成”で鉱物を変形させたり、鉱物同士をくっ付けたり、鉱物を加工したりするなど戦闘では役に立つような技能ではない。
アーティファクトも、錬成師に使えるものは無く、錬成の魔法陣が刻まれた手袋しか貰えなかった。俺も天職が錬成師の為持っているが、右手の手袋しか持っていない。メルドがハジメと雪月の二人分を用意する筈が、一組だけ右手の手袋しかないという事態が発生したのだ。ハジメとの相談の結果、こっちが片方だけしかない手袋を貰うという事となった。
一応、錬成師は錬成で落とし穴とかを作る事は出来るらしく、ハジメはこの二週間でそれを習得したらしい。本人が言うにはその規模も徐々に大きくなりつつはあるらしいが、錬成を行うには対象に…地面に直接触れなければ効果を発揮しない。つまり、敵の目の前でしゃがみ込んで、地面に手を突いて錬成を行うという行為をしなければいけなく、最早それは自殺行為でしかない。
ここまででもう分かると思うが、ハジメは戦闘では全くの無力だった。この二週間で周りの皆から『無能』のレッテルを貼られてしまい、代わりに知識を詰め込もうとこうして図書館に通ってはいるが、先行きが不安らしく、溜息が増える一方だという。
「もうこうなったら、いっそ旅にでも出てみようかな……」
「おっ! 旅か、いいね。俺はそういった事はあまりしてこなかったから旅には憧れるな……ハジメが旅に出るんだったら俺もついて行こうかな……」
「えっ? でも雪月、早く元の世界に帰りたいって言ってなかった?」
「確かに言ったな。でもさ、他にも帰る方法があるんじゃないかと俺は思うんだよ。旅しながらそれを探すのも良いかな~って」
「……もし、見つからなかったら?」
「そん時はそん時だ、戦うしかない。まぁ、この話は置いといて…ハジメは何処に行ってみたいんだ?」
「やっぱ亜人の国かな、一度でいいから本物のケモミミを見てみたい!」
「お、おう(汗)」
ハジメの言った亜人の国とは大陸の東側に南北に渡って存在する『ハルツェナ樹海』の深部で暮らしている被差別種族の亜人達の国の事だ。引き籠っているらしく、滅多に会う事が出来ない。
何故亜人達が差別されているのか、それは彼らが魔力を持っていないことが原因だ。この世界では魔法は神からの恩恵だと言われているらしく、魔法を使えない亜人達は神から見放された悪しき存在として蔑まれているのだとか。
「亜人達がいる樹海って確かあれがあったよな、確か……七大迷宮だっけか?」
「うん、そうだよ」
雪月が言った七大迷宮とは、トータスにおける最も危険な場所の一つである。その名の通り、中は迷宮となっていて、場所によっては強力な魔物も住み着いている為、ほとんどの人は近付かないのだ。
場所はハイリヒ王国の南西とその先にある『グリューエン大砂漠』の間にある『オルクス大迷宮』と『ハルツェナ樹海』、先程の大砂漠の先にある『グリューエン火山』の三つが確認されている。残りの四つは文献が古い所為もあって存在は信じられているのだが、詳しい所在までは判明されていない。
王国では目星は付けているらしく、四つの内二つは大陸を南北に両断する巨大な峡谷『ライセン大峡谷』や、大陸の南側、魔人族が支配している一帯にある『シュネー雪原』の奥地にある『氷雪洞窟』ではないかと言われている。残りの二つについては未だ皆目見当もついていないとの事だ。
「樹海が無理なら西の海に出て、エリセンっていう海上の町に行ってみたいな。ケモミミが無理だったとしてもマーメイドは絶対に見てみたい。男のロマンだよ! あと美味しい海鮮料理も食べたい!」
「こらこら、熱くなりすぎるなよ? でも、海鮮料理は食ってみたいな、和風だったら余計に」
『海上の町エリセン』は海人族という王国で唯一公に保護されている亜人族が暮らしている町だ。保護されている理由は、北大陸に出回っている魚介類の八割近くが彼等から供給されたものだからだ。随分と身勝手な理由だとハジメと雪月は内心盛大にツッコミを入れていた。
だが、西の海に出てエリセンに行くためには、その手前にある『グリューエン大砂漠』を渡らなければならない。この砂漠には魔物が住み着いているので、かなり危険だ。
他にも、『ヘルシャー帝国』という場所で亜人族を見かけることが出来るが、帝国では亜人族を奴隷として扱っているらしく、ハジメはあまり行きたくないと言っていた。帝国は王国の東にある『商業都市フューレン』の隣に存在している。王国と帝国の間にあるこの『フューレン』は何処にも所属しない中立の商業都市なのだ。この都市に行けば、欲しいものは大方手に入ると言われるほど物が充実しているという。
「こうして纏めてみると、ハジメが行きたい場所って行くのに苦労しそうな所ばかりだな…」
「みたい…だね。はぁ、旅は諦めるしかないかな。元の世界に帰る為には戦うしか……ってやばいよ! もう訓練が始まっちゃう!」
「はっ!? うわ、マジだ。かなり話し込んじまっていたんだな。よし、早いとこ向かうとするか!」
ハジメと雪月は急いで図書館を出て王宮の訓練施設へと向かった。王宮は目と鼻の先にあるが、その短い道程で露店の店主の呼び込みや子供達のはしゃぐ声やそれを叱る声が聞こえ、街は平和そのものだった。
「……やっぱり戦争起こりそうにないって事で帰してくれないかなぁ~」
「そうだったらどれだけいい事か……」
二人はそんな有り得ない事を考えながら、王宮の方へと急ぐのであった。
☆★☆
訓練施設に着くと、雪月はハジメと一旦分かれてメルドの所へと向かった。今度の鍛冶場の見学がいつになるのか聞きに行くためだ。
「それじゃあハジメ、俺はメルドさんの所に行ってくるから少し待っててくれ。すぐに終わると思うから」
「分かった、この辺りで自主練でもしているよ」
「了解」
雪月はメルド団長がいるであろう王宮の中へと走っていった。ハジメは支給された西洋風の細身の剣を取り出し、自主練を始める。
そんなハジメに背後から近づく影が数人、ハジメはまだ気が付いていない。
「じゃあ、当分は鍛冶場への見学が出来ないんですね?」
「そうなるな、大量の剣の修理を頼まれたらしくてな。かなり忙しくなるそうだ」
「そう…ですか……」
雪月は誰が見てもショボンとした表情をしていた。メルドは苦笑いし、雪月の肩に手を置きながら、
「なぁに、もう見学することが出来ないって訳じゃないんだ。王宮からの仕事が終わったらまた連れて行ってやる」
「ありがとうございます。それじゃあ、自分は戻りますね」
雪月の表情が少し明るくなり、メルドにお礼を言い、ハジメがいる場所に戻ろうとする。雪月がふと近くにあった窓から外を見ると、一時停止でもしたかのようにピタッと止まる。
それを見ていたメルドは頭に?を浮かべながら雪月に近づいていく。
「どうした雪月? 窓の外に何かあるのか?」
メルドが窓の外を見ると、五人の生徒が歩いていた。その五人は窓から見えない所に移動し、完全に見えなくなった。
「雪月、あの五人がどうかしたのk―――!?」
メルドが雪月に聞こうと視線を向けた途端その表情が驚愕に変わる。
雪月は無表情になっていた。それだけだったら驚きはしなかっただろう、その身に殺意を纏っていなければ。
早足でその場から立ち去ろうとする雪月を慌ててメルド団長が止める。
「待て雪月、お前何をするつもりだ?」
「どうもしませんよ。友達を待たせているんで急ごうとしているだけです」
「ならその殺意はどう説明するつもりだ?」
メルドの言葉に雪月は黙り込んでしまう。数秒後、雪月が口を開く
「大丈夫ですよメルドさん。問題を起こすつもりはありませんし、これ以上周りから嫌われたくありませんから」
「……本当だな?」
「もし俺が何か問題を起こしたりしたら、俺を牢にぶち込んでも構いませんよ」
「そこまでは出来ないんだがな……分かった、俺からはもう何も言わん」
掴んでいた雪月の腕を離すと、雪月はメルド団長に軽く一礼し、その場から走って去っていった。
「南雲さ〜、マジで弱すぎだろ。やる気あんのか、お前?」
「ぐっ……おぇっ」
ハジメは檜山達四人組に人気の無い所に連れてこられていた。雪月と別れた直後、自主練を始めようとしたら絡んで来たのだ。おそらく、雪月がいなくなったタイミングを見計らっていたのだろう。そうして連れてこられた先で小悪党四人組(ハジメ命名)曰く、訓練という名のリンチを受けていた。
檜山達がハジメを取り囲むように立ち、魔法を撃ちこんだりしていた。ハジメには反撃する力が無いため、蹲って耐えるしかなかった。何故自分がこんな目に合わなきゃいけないのか、奥歯を噛み締めながら耐えることしかハジメには出来なかったのだ。
「さぁて、それじゃあそろそろ、これで終いにしてやるよ」
四人組の一人、斎藤がそう言って詠唱しようとするが、その口から詠唱が紡がれる事はなかった。
「……おい」
「あ? ブッ!?」
代わりに、背後から聞こえて来た怒気を含んだ声と拳で顔を思い切り殴られ、宙を舞うことになった。
「「「……は?」」」
残りの檜山達三人が間抜けな声を出す。ハジメは何が起こったのかすぐには分からなかったが、斎藤がいた所を見てようやく理解した。
「…雪月……」
「悪い、遅くなった」
そこには雪月が立っていた。ハジメを見て無事だったの確認して安心したのか、安堵したような表情をした後、「さて」と呟いて檜山達の方に視線を移す。その表情も安堵した表情から一変して、無表情になる。
「おい檜山、お前等はこんなとこで何してたんだ?」
「か、神薙……俺達はただ、南雲に稽古をつけてやろうと思って―――」
「稽古つけるんだったらよぉ、わざわざこんな人気のない所に来る必要はないよなぁ? それに、ハジメのステータスが低いのは知っている筈だろ? なんで四人で取り囲んでたんだ?」
「そ、それは……」
「……まぁ、もうどうでもいいか。それよりも、俺も参加していいか? お前等の言う稽古によぉ」
雪月が混ざろうとして、段々と顔が青褪めていく檜山達。彼等は雪月のステータスの高さを知っている。それに今の雪月は誰が見ても怒っていると分かる。だからこそ、雪月が混ざると絶対に自分達が無事じゃ済まない事は確信していた。
「……沈黙は肯定と受け取るぞ? それじゃあ」
雪月が首をコキッと、指をパキパキと鳴らしながら告げる。檜山達は後退りながら、
「ま、待て。俺達はやるとは言ってな―――」
「全員……歯ぁ食いしばれやぁ!」
その直後、雪月の姿が消える。いや、正確には消えていない、檜山達が視認出来ない速さで動いた為、消えたように見えたのだ。雪月の敏捷は250、現時点で最高速度の持ち主だ。檜山達三人は突然の出来事に咄嗟に反応できずに、体が硬直してしまう。それを見逃す雪月ではなかった。
「シッ!」
「ぐぇ!?」
まず雪月は一番近くにいた中野の腹に蹴りを喰らわせる。元の世界で武道を習っていた雪月の蹴りは中野にとって重い蹴りだったのだろう。中野は少し吹き飛ばされた後、腹を押さえて蹲り、僅かに震えながら動こうとしなかった。
「て、てめぇ!」
「フンッ!」
「がっ!? おぇっ」
残った二人の内、いち早く反応した近藤は、持っていた剣で雪月に斬りかかろうとするが、それを近藤の腕を押さえる事で止めた雪月は続けて近藤の腹に一撃を喰らわせる。近藤は剣を落としてその場で蹲る。
瞬く間に目の前にいた二人が倒される光景を見ていた檜山は、その場から動くことが出来ないでいた。しかし、雪月は止まらない。
「次はお前だ檜山」
「! こ、ここに風撃を望む、‟ふ「させると思うか?」」
雪月は何かされる前に檜山の首を掴んで持ち上げる。今の雪月の腕力は、人一人を持ち上げることなど造作も無かった。
「がっ! あ、ぐっ!」
「檜山、俺は前に言った筈だよな? 今度ハジメを痛めつけるようなことをしたら、覚悟しとけって……」
元の世界にいた頃、雪月はハジメが檜山達に痛めつけられている所を目撃し、檜山達を返り討ちにしたことがあるのだ。その時に、雪月は檜山に先程言った言葉を忠告として告げていた。しかし、当の檜山はこの世界に来て魔法が使える様になって浮かれていたのか、すっかり忘れてしまっていた。
「は、はな…せ……」
「……てめぇは一度本気で痛い目に合わないと分からないようだからな。これで終わると思うなよ?」
そう言って、雪月は空いている左手に剣を投影する。この二週間の訓練で、雪月は何度も投影した事のある武器はほんの一、二秒で投影出来る様になっていた。
「! や、やめ……」
「殺しはしねぇよ。殺しはな……」
雪月が投影した剣を檜山に構えると、後ろから驚きに満ちた女子の声が響く。
「神薙くん、一体何やってるの!?」
雪月が構えていた剣を降ろしながら振り返ると、そこには香織が驚愕の表情で立っていた。後ろには雫や光輝、龍太郎も立っていた。それを見た雪月の表情が明るくなり……
「おぉ、白崎か! 丁度良かった、ハジメを見てやってくれないか?」
「え? あっ、南雲くん!?」
香織は雪月の傍でゲホゲホとせき込みながら蹲っているハジメの姿を見つけると、急いで駆け寄る。ハジメの姿を見た瞬間、目の前の光景は頭から消えたようである。
「神薙君、これは一体どういう状況なの?」
雫が香織の代わりに雪月に現状について質問する。雪月は右手で掴んでいた檜山を投げ飛ばす。ちょうど光輝、龍太郎、雫、雪月の四人で檜山取り囲むような位置に。自由になった檜山がせき込んでいるの一瞥した後、雫の方に向き直り…
「檜山達がハジメを人気のない所に連れ込んだのを見かけてな。此処に着いたら魔法でリンチしていたのを目撃して……その後は分かるだろ?」
雪月が足元でせき込んでいる檜山に再び視線を戻す。檜山の方はせき込んだ後、周りの状況を見てさらに青褪めた表情となる。
「……まぁ、神薙君が南雲君の事で嘘を吐くとは思えないし、事実なんでしょうね。でもだからと言って、少しやりすぎだと思うわ」
「こいつらがハジメにしてきた事と比べれば軽いもんだろ」
「い、いや…俺は……その……」
「言い訳はいい。南雲が戦闘に向いていないからと言っても、彼は同じクラスの仲間だ。こういう事は二度としない方が良いだろうな」
「光輝の言う通りだな。こんなくだらない事してる暇があるんなら、自主練でもしてろっての」
雫達にも言い募られ、檜山は誤魔化し笑いをしながらその場から立ち去っていく。それに続いて休んで回復したであろう近藤達も去っていく。その直後、香織の治癒魔法で行っていたハジメの治癒が完了する。
「ありがとう、白崎さん。助かったよ……それに雪月も」
そう言って苦笑いするハジメに香織は今にも泣きだしそうな表情で首を横に振る。その直後檜山達が去っていった方向を怒りの形相で睨み付けながら、
「南雲くんっていつもこんなひどい事されていたの? それなら、今から私が……」
何かをしでかしそうな香織をハジメが慌てて止める。
「だ、大丈夫だから! いつもって訳じゃないからさ、気にしなくてもいいから!」
「でも!」
「白崎、ホントにハジメはいつもあんなことをされているって訳じゃないんだ。あいつ等、何時もハジメが一人になっている所を見計らって仕掛けてくるんだよ。今回は俺が近くにいなかったからこんな事になっちまった、だからこれは、俺の責任だ」
「いや、雪月の所為でもないからさ! そんなに気にしないで!」
ハジメの言葉に納得出来ないといった表情を浮かべる香織と申し訳なさそうな表情をする雪月に「大丈夫」と言いながら笑顔を見せるハジメ。二人は渋々ながらも引き下がる。
「南雲君、何かあったなら遠慮なく言って? 香織もその方が納得するし、少なくとも私や香織はあなたの味方だから」
「ありがとう、八重樫さん」
渋い表情をしている二人を横目に、苦笑いしながら雫が言う。それに対しても礼を言うハジメ。その後、訓練が始まるという事で六人で訓練施設に戻る事にした。戻る途中、光輝が何をどう解釈したのか、檜山達はハジメの不真面目さをどうにかしようとしたのかもしれないとか言ってきたのだ。これにはハジメ、香織、雫の三人は苦笑いしか浮かんでこず、雪月はこいつの頭の中はどうなってんだと呆れ果てていた。
光輝は基本的に性善説で人の行動を解釈する為、どうしても相手の方に原因があるのではないかという考え方をするのだ。しかも、悪意が全く無く、自分の考えに絶対的な自信を持っているのだ。自分の考えは絶対に間違っていないのだと。
訓練施設に戻った後も、香織はハジメの事を心配そうに見ていたが、ハジメは気付かない振りをした。これ以上、男として同級生の女の子に甘えてばかりなのは嫌らしい。ハジメの異世界生活は、前途多難であった。
☆★☆
訓練が終了した後、普段なら夕食の時間まで自由時間なのだが、今回はメルドから連絡事項があるという事で全員が引き止められていた。全員の視線が集まったことを確認したメルドは全員に聞こえる様に告げる。
「明日からの訓練だが、実戦訓練の一環として『オルクス大迷宮』へ遠征に行く事となった。遠征に必要な物はこちらで用意する。こいつは今までの王都外での魔物との実戦訓練とは全く違うものになるだろう。まぁ簡単に言えば気合を入れ直せって所だ! 今日は明日に備えてゆっくり休め! では、解散!」
そう言って、さっさと何処かに行ってしまうメルド。ざわざわと騒ぎ始める生徒達の最後尾でハジメは天を仰ぎ、雪月は険しい表情をしていた。
(ホントに前途多難のなりそうだ……)
(いよいよ実戦か……)
最後まで読んでいただきありがとうございます!
訓練が始まって二週間、皆が着々と成長していく中、ハジメだけが思うように成長出来ず、思い悩んでいた。そんな時、騎士団団長のメルドからオルクス大迷宮の遠征に向かうと連絡があった。雪月は気合を入れ直し、ハジメは前途多難な生活に現実逃避寸前だった。
次回「月夜での語らい・雪月の過去」
今年ももうすぐ終わりですね。皆様この一年はどうでしたか? 自分はこのハーメルンと出会えて良かったです。来年も頑張って書いていくのでよろしくお願いします!
それでは、また!三└(┐卍^o^)卍ドゥルルル
皆様良いお年を!