ありふれた贋作で共に世界最強   作:シュシュマン

9 / 13
あらすじ部屋

ハジメ「えっと…今回は僕だけみたいだね」

ハジメ「まずは挨拶からだったよね。南雲ハジメです」

ハジメ「それじゃあ、えっと……大迷宮のトラップのせいで僕達はなんと六十五階層まで飛ばされてしまっていた。僕と雪月は皆がパニックになってる中、この状況をどうにかしようと天之河くんの力を借りる事にしたんだ。でも周りを見ようとしない彼に対して、思わずカッとなって自分でも信じられない口調で喋っちゃったなぁ。ひょっとして雪月の影響だったり? いや、まさかね」

ハジメ「けれど、ベヒモスが手強くて、撤退することが出来ないでいた。そこで僕はある作戦をメルドさんに提案したんだ。あの状況で皆が助かるかもしれない唯一つの方法を。そしたら今度は、雪月が俺もやるって言い出したんだ。正直に言って、雪月はもうボロボロだったから無茶はして欲しくない。けど、ああいう時の雪月は言い出したら聞かないからね。それくらい分かるよ、親友なんだもん」

ハジメ「さて、それじゃあ……」

ハジメ「第九話、始まるよ!」


第九話:カウントダウン 後編

 メルド団長は二人の前へ出る。雪月は、自身の回復のために香織に声を掛ける。

 

「白崎、こっちに来てくれ!」

 

 雪月に呼ばれた香織は治療を終えた騎士達の下を離れ、こちらに走ってくる。

 

「どうしたの神薙くん?」

「白崎、頼みがある。俺に今すぐ治癒魔法をかけて欲しい。走れるようになるまでで良い」

「うん、分かった」

 

 白崎は雪月の頼みを二つ返事で承諾し、治癒魔法をかける。しかし、何故か雪月は目を見開いて驚いた顔をしている。

 

「? どうしたの?」

「いや、理由とかそういうの聞かないんだなって思って」

「理由なんて必要ないよ。神薙くんにとってこれは今必要な事なんでしょ? なら私に出来る事があるならそれをするだけ」

「……そうか」

 

 もし今からしようとしている事を香織に言ったら、彼女は間違いなく反対するだろう。何も聞いてこないのは正直に言って都合が良かった。

 

 香織が雪月に回復魔法をかけている間、メルド団長は簡易な魔法を放ち続けてベヒモスを挑発していた。どうやらベヒモスは自分に歯向かうものを標的にする習性があるようだ。さっき光輝を狙っていたのもその所為だ。今はその視線がしっかりとメルド団長を捉えていた。

 

 そして、赤熱化しきった兜を掲げ、突撃&手前で跳躍をしてくる。いつ見てもあの巨体であの跳躍力は反則だろと様子を見ていた雪月は思う。メルド団長は奴をギリギリまで引き付けて躱すつもりなのか目を見開いたまま構えている。そして次の瞬間、小さく呟く。

 

「吹き散らせ―――”風壁”」

 

 その詠唱と共にバックステップでその場を離脱する。

 

 直後、ベヒモスの赤熱化した頭部がついさっきまでメルド団長が立っていた場所に着弾する。発生した衝撃波や石礫は”風壁”で発生した風の障壁でどうにか逸らしていく。大雑把な攻撃なので避けるのは容易い。負傷している者達を守りながらでは無理があるが。

 

「よし! お前ら今だ!」

「はいっ! 回復ありがとな白崎、行くぞハジメ!」

「うん!」

「えっ? どうして南雲くんも!?」

 

 メルド団長の合図と同時に、後ろの方で控えていたハジメと雪月が頭部をめり込ませているベヒモスに飛びつく。

 

 ジュゥウウウウウ!!

 

「っ! がっ…ぐぅ……」

「熱っ!」

 

 赤熱化の影響がまだ残っており、二人の肌を焼いていく。しかし、そんな痛みを無視し、二人は詠唱する。それは名称だけの詠唱。最も簡易であり、今この場ではこの二人しか使う事の出来ない魔法。

 

「「―――”錬成”!」」

 

 石中に埋まっていた頭部を引き抜こうとしたベヒモスの動きがピタッと止まる。周囲の石を砕いて頭部を引き抜こうとした矢先、二人が錬成して直してしまったのだ。

 

 ベヒモスは今度は足を踏ん張って力づくで引き抜こうとするが、ハジメが足元を錬成し、ずぶりと一メートル以上沈み込んだ上、ダメ押しとばかりに、その埋まった足元も錬成して固める。

 

 そのパワーは凄まじく、ほんのちょっと気を抜いただけで周囲の石の亀裂が入って抜け出そうになる。しかし、二人の錬成師がそれを許さない。再び錬成し直してまた埋まる。それの繰り返しだった。今のベヒモスの姿は中々に間抜けな格好といえる。

 

「よし! メルドさん、後はお願いします!」

「分かった、お前等もう動けるな! 撤退するぞ!」

 

 その隙に、メルド団長は残りの者達を呼び集めてこの場を離脱し、階段側の救援に向かおうとする。

 

「ちょっと待ってくれ。南雲、神薙…お前達は何するつもりだ!?」

 

 体の痺れが回復した光輝が錬成し続けている二人に何をしているのかと問いかける。その問いに雪月が答える。

 

「何って見りゃ分かるだろ? コイツの足止めだよ」

「足止め…だって?」

「あぁ、その間にお前等はここから離脱しろ!」

「なっ…だったら俺も――」

「お前には他にやる事があるだろうが!!」

 

 ハジメと雪月がしている事を聞き、”俺も残る”と言おうとする前に雪月が叫んで遮る。

 

「ハジメもさっき言ってただろ、皆を救えって! もう自分がすべきことを忘れたのか!? ここに残ってもお前は邪魔でしかないんだよ!」

「じゃっ!?」

「……光輝、行きましょう」

「雫!?」

 

 雪月に邪魔だと言われてショックを受ける光輝。そんな光輝の肩に手を置いて雫は撤退を促す。

 

「今の私達じゃこの魔物を倒すのは無理。なら、今は全員が助かる行動をすべきよ」

「……………分かった。南雲、神薙、すぐに終わらせてくる。それまで持ちこたえてくれ」

「………一応期待はしておくぞ、勇者」

 

 光輝は頷き、メルド団長の下へと向かう。だが、何故か雫はすぐに向かおうとしない。

 

「? どうした八重樫、お前もさっさと…」

「無茶はしないって……約束したわよね?」

「うっ!」

 

 雫から出た言葉に雪月は言葉を詰まらせる。昨日ホルアドにて、雪月は雫と無茶はしないと約束していた。しかし、今しているのはどう見ても無茶な行動に入るだろう。

 

「……仕方ねぇだろ。俺とハジメがこうでもして足止めしないと、全員助からないかもしれないんだ。俺は……今俺に出来る事をするまでだ」

「………」

「わりぃけど、説教とか諸々は後にしてくれ。今は余裕が、ない!」

 

 そう言って雪月は亀裂が入った石を錬成し直す。それを見ていた雫が溜息を吐く。

 

「はぁ、分かったわよ。そのかわり、迷宮から帰ったら南雲君共々覚悟しておいてよね? 私と、あと香織の説教が待っているから」

「Oh………まぁ、お手柔らかに」

 

 そう言うと、雫は一瞬微笑んだかと思うと、すぐに真剣な表情に戻り、皆の後を追う。雫が来たことで残っていたメンバー全員が集まったため、メルド団長はこの場の撤退と向こうの救援を指示する。

 

 骨が跋扈している方では、どうやら幾人かの生徒達が冷静さを取り戻したようで、周囲に声を掛けて連携を取り始めて対応しだしていた。しかも立ち直りの立役者が、ハジメが助けたあの女子生徒だったり。地味に貢献していたハジメである。

 

「待って下さい! 南雲くんと神薙くんを置いていくんですか!?」

 

撤退を促すメルド団長に香織は猛抗議していた。

 

「こいつは坊主の作戦だ! 坊主と雪月があいつを足止めしている間、俺達はソルジャー共を突破して安全地帯を作る。そしたら魔法で奴に一斉攻撃を開始する! もちろんあの二人がある程度の距離まで退避してからだ! 魔法で足止めしている間にあいつ等がこっちに帰還したら、上層に撤退する!」

「なら私も残ります! 二人を放っておけません!」

「駄目だ! 香織には光輝達と向こうで戦っている奴等を治癒してもらわにゃならん!」

「でも…でもっ!」

 

 それでもなお、言い募る香織にメルド団長の怒鳴り声が叩きつけられる。

 

「あいつ等の…坊主の思いを無駄にする気か!」

「っ―――」

 

 今この迷宮に潜っているメンバーの中で最も攻撃力が高いのは間違いなく光輝だ。今は動けていても、まともに戦える状態じゃない。少しでも早く治癒魔法をかけ回復させなければ、あの二人の撤退時にベヒモスの足止めの火力不足に陥るかもしれない。それを避けるには、香織が移動しながら皆を治癒しなければならない。ベヒモスはハジメと雪月、二人の魔力が尽きて錬成が出来なくなった時点で動き出してしまう。

 

「……………天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん―――”天恵”」

 

 今にも泣きだしそうな顔で、香織はしっかりと詠唱を紡ぐ。淡い光が走っている光輝を包む。

 

 ”天恵”―――体の傷と同時に魔力も回復してくれる治癒魔法だ。

 

「ありがとう、香織」

「うん……」

「大丈夫よ、香織」

 

 光輝が礼を言うが、香織は暗いままだ。そんな香織に雫が言葉をかける。

 

「雫ちゃん…」

「南雲君が心配なら、私達が一秒でも早く安全地帯を作ればいい。それに……傍には神薙君もいる。彼ならきっと、南雲君を守ってくれるはずよ」

「……うん、そうだね」

 

 雫の言葉に香織も頷く。もう一度、必死の形相で錬成を続けている二人の方に振り返る。

 

(神薙くん、お願い。南雲くんを……守って)

 

 そして、香織達はメルド団長達と共に撤退を開始した。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

 階段側ではトラウムソルジャー……骨はまだ絶賛増殖中だった。既にその数は二百体はくだらない。階段へと続く道が骨で埋め尽くされている。

 

 だが、これはかえって良かったのかもしれない。もし中途半端に隙間とかあれば、そこに突貫してからの包囲されての惨殺エンドを迎えるのが目に見えている。実際、序盤の約百体の時でさえ窮地に陥っていた生徒は沢山いたのだ。

 

 こんな状況で、死者数ゼロなのはひとえに騎士団のお陰だろう。彼等のカバーがあったからこそ、まだ全員が生きている。その代償に、彼等は満身創痍であるが。

 

 既にそれもなくなり、まだ魔物が増え続けるこの絶望的な状況に恐怖し、パニックを起こして魔法すら使わずに剣やら槍やら武器を振り回す事しか出来ない生徒がほとんど、もう瓦解寸前だ。

 

 先程の女子生徒が呼びかけて連携を取り、奮戦していた者達も限界を迎え、今にも泣きそうな表情だった。

 

 誰もがもう駄目かもと絶望して諦めかけたその時……

 

「くらえ!―――”天翔閃”!」

 

 後方から飛んできた純白の斬撃が跋扈していた骨共のド真ん中を斬り裂き、吹き飛ばしながら炸裂する!

 

 橋の両側にいたのは他の奴に押されて奈落へと落ちていく。斬撃を放った後は、残った奴らが雪崩れ込むようにして集まり、再び埋まってしまったが、彼等は見えた。一瞬空いた隙間から上層へと続く階段が。今まで渇望し続けたが、どうしても見る事が出来なかった物が見えたのだ。

 

「皆! 諦めるな! 道は、俺達が切り開く!」

 

 その言葉と共に、光輝は再び”天翔閃”を放ち、敵を斬り裂き道を作らんとする。ここに来てようやく光輝が持つカリスマが発揮されてきた。生徒達が活気づいていく。

 

「情けないぞお前等! 今まで何をやって来た! 訓練を思い出せ! さっさと周りと連携を取って突破せんか馬鹿者共が!」

 

 メルド団長が光輝の一撃に勝るとも劣らない一撃を放ち、目の前の敵を次々に打ち倒していく。

 

 生徒達の沈んでいた気持ちが復活する。手足に力が漲っていき、思考がクリアになっていく。光輝達の頼もしい声もあるが、実は香織の魔法のお陰でもある。精神を鎮めてリラックスする程度の魔法だが、今はそれで充分。

 

 治癒魔法に適性のある者達がこぞって負傷者を治癒していき、前衛はしっかりと隊列を組んで敵を倒しつつ後衛を守り、魔法適性の高いものが後衛に回って魔法を詠唱していく。

 

 そこに治癒が終わった騎士団の人も加わり、勢いが増していく。この世界に呼ばれたチート集団の強力な魔法と武技による連携攻撃により敵を薙ぎ倒していく。その速度は徐々に上がっていき、遂に魔法陣の召喚速度を超えた!

 

 そして、とうとう階段への道が開けた!

 

「皆! 続くんだ! 直ぐに階段前を確保するぞ!」

 

 光輝が掛け声と同時に階段に向かって走り出す。

 

 前線で戦っていた龍太郎と雫がそれに続き、他の皆も追随して包囲網を切り開いていく。

 

 そして、遂に全員が包囲網を突破することが出来た。背後で橋との通路を骨共が壁を作らんとしている。が、そうはさせじと光輝が魔法を放って蹴散らす。

 

 その様子を見ていたクラスメイト達が困惑する。それもそのはず、目の前に上層へと続く階段があるのに何故安全地帯へ行こうとしないのか。

 

「皆、もうちょっと待って欲しいの! 南雲くんと神薙くんを助けなきゃ! 今二人が必死であの怪物を抑え込んでいるの!」

 

 香織の言葉に全員が驚く。そう思うのは当然だろう。雪月はともかく、ハジメは彼等の間では”無能”で通っているのだから。

 

 だが、一人の女子生徒が「あっ!」と声を上げ、橋の方を指さす。他の生徒達もそれに釣られて橋の方を見ると、そこには確かに、二人の姿があった。

 

「あの二人、一体何してんだ?」

「どういう事? あの魔物、上半身が埋まってるの?」

「あの怪物を抑え込んでいるのか? 神薙とあの”無能”の南雲が……」

 

 次々と生徒達から疑問の声が上がる中、メルド団長が指示を飛ばす。

 

「あぁそうだ! あの二人があいつを足止めしてくれたお陰で俺達は撤退することが出来た! 前衛組はソルジャー共を近付けさせるな! 後衛組は遠距離魔法の準備を! 俺達の準備が出来たら、俺があの二人に撤退の合図を送る! あいつ等が十分に離れたら、お前達の一斉攻撃であの化物の足止めをするんだ! 急げ!」

 

 ビリビリと腹の底まで響くような声に気を引き締め直し、武器を構え、魔法の詠唱準備に入る生徒達。中には階段の方を未練に満ちた表情で見ている者もいた。

 

 その中には、この状況を作った元凶の檜山もいた。自分で仕出かした事な上、彼は本気で恐怖を感じていた。すぐにでも階段を上って逃げ出したかった。

 

 檜山は橋の方で足止めをしているハジメと雪月に視線を向けると、ふと脳裏に、昨日のある情景が浮かび上がって来た。

 

 ホルアドの宿にて、中々寝付けずにいた檜山はトイレついでに外の風でも浴びようと外に出て、気持ちが落ち着いた頃に部屋に戻ろうしたのだが、その途中、ネグリジェ姿で廊下を歩く香織を見かけたのだ。

 

 檜山は咄嗟に隠れ、息を潜めていると、香織は檜山に気付くことなく通り過ぎて行った。

 

 気になって後を追ってみると、彼女はある一つの部屋の前で止まり、ノックをした。そして、部屋から出てきたのは……ハジメだった。

 

 その時、檜山は頭が真っ白になった。檜山は香織に好意を持っている。しかし、自分とは釣り合わないと思い、諦めていた。光輝のような相手なら、自分とは住んでいる世界が違うと諦めもついていた。

 

 しかし、ハジメは別だ。何故自分よりも劣った存在(檜山はそう思っている)が香織と親しくしているのか納得出来なかった。なら自分でもいいんじゃないか? 本気でそう思い、許せなかった。

 

 香織が部屋から出た後、廊下で出くわした雪月も気にくわない存在だった。以前檜山はハジメを傷付けた際に雪月を怒らせて、危うく病院送りにされるところだった経験がある。しかし、この時檜山は全く反省している様子もなかった。

 

 自分よりも劣っている存在(ハジメ)を嘲笑って何が悪い? 端から聞けば何を言っているんだと思うが、檜山は本気でそう思っていた。 

 

 そうして、ハジメや雪月に対して溜まっていた不満や怒りは、いつしか憎悪と呼べるものまでに膨れ上がっていた。香織が見惚れていたグランツ鉱石を手に入れようとしたのも、その気持ちが焦りとなって表れてしまったからだろう。

 

 それらの事も思い出した檜山は、たった二人でベヒモスを押さえこんで足止めしているハジメと雪月を見て、今も祈る様に二人の身を案じる香織を視界に捉え……

 

 誰も見ていない所で、ほの暗い笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 ☆★☆

 

 

 

「ハジメ! 魔力回復薬の予備は?」

「えと…もう無い!」

「ならこれを使え!」

 

 その頃、ハジメと雪月は依然として、ベヒモスの足止めを行っていた。階段側を見ると、どうやら全員撤退出来た様だ。隊列を組んで、魔法の詠唱の準備に取り掛かっている。

 

 ハジメが雪月の問に答えると、雪月は腰のポーチに入っていた魔力回復薬の予備をハジメに投げ渡す。

 

「おっとと、ありがとう! でも雪月の方は大丈夫なの?」

「あぁ、俺の方はまだ大丈夫だ。それよりm――っ! この!」

 

 雪月が言葉をつなげようとした矢先、石に亀裂が入り、慌てて錬成し直す。

 

「んのやろぉ………ん?」

 

 ベヒモスを忌々しげな表情で見つめていると、ふとあるものが目に入る。それは……

 

 ギョロッ!

 

「うぉ! ってベヒモスの眼か………ふむ」

 

 ちょうど石の隙間からベヒモスの眼が見えていた。それを見た雪月は数秒考えるしぐさをしたかと思うと、次の瞬間!

 

「おらぁっ!」

 

 ザシュっ!

 

「グォゥルゥァアアアアアアアアアアアア!?」

 

 ベヒモスが一層激しく暴れ、石に亀裂がどんどん入っていく。

 

「うわぁっと! ちょちょちょ! 雪月今何したの!?」

「何をしたって……ベヒモスの眼をナイフで貫いた」

「はぁ!? いきなり何やってるの!」

 

 そう、雪月は持っていたナイフでベヒモスの眼をいきなり刺したのだ。どうやらベヒモスといえど、眼への攻撃は弱かったようだ。

 

「いや、なんかムカついたから」

「それでベヒモスが抜けだしたらどうするの!」

「カカ、悪い悪い。一応他の目的もあるんだよ」

「他の目的?」

「あぁ、ヘイト稼ぎ」

 

 雪月の言葉にハジメが固まる。

 

「な、なんでそんな事を?」

「いやさ? 俺達はメルドさんの合図でこの場を離脱して、あの階段に向かう訳だろ?」

「う、うん」

「もし仮にベヒモスが追ってきた時に、なるべく俺を狙うようにすれば、少なくともお前の方に危険が及ばなくなるだろ」

「雪月……」

「……まぁ、昨日白崎と約束したからな。お前を守るってよ」

 

 雪月は最後、ハジメに聞こえないようにボソッと呟く。雪月は昨日の香織との約束を思い出していた。『二人でハジメを守る』。あの約束を守る為に。

 

 と、その時……

 

 バヒュン!

 

「「っ!」」

 

 階段側の方から火の玉が上がる。メルド団長の合図だ。それはつまり、ベヒモスを足止めする為の準備が整ったという事だ。

 

「ハジメ、合図を見たな? 次の錬成で離脱するぞ!」

「了解!」

 

 二人はタイミングを見計らう。

 

 二人の間に静寂が流れる。ほんの数秒の筈なのに、それがひどく長く感じた。緊張のあまり、心臓が有り得ないくらいバクバク言っているのが聞こえる。

 

 そしてその時は来た!

 

 ピシッピキミシッ!

 

「「―――”錬成”!」」

 

 もう何十回目になるか分からない亀裂が入ると同時に、ハジメと雪月は最後の錬成でベヒモス拘束する。

 

「よし!」

「走れぇ!!」

 

 拘束を確認したと同時に、二人は階段の方に向かって駆け出した。

 

 二人が猛然と逃げ出した五・六秒後、地面が下から破裂する様に粉砕され、ベヒモスが咆哮と共に起き上がる。その片方の眼に、憤怒の色が宿っていると感じるのは勘違いではないだろう。その鋭い眼光が己に無様を晒し、その上片方の眼を奪った怨敵を探し……

 

 橋の上を駆ける二人、正確には雪月の方を捉えた。

 

 怒りの咆哮を上げ、追いかけようと四肢に力を溜めるベヒモス。

 

 しかし次の瞬間、あらゆる属性の遠距離攻撃魔法がベヒモスに殺到する!

 

 それはまるで夜空をかける流星群の様に、色とりどりの魔法がベヒモスに向かっていく。しかし、ダメージを与えられるまでには至ってない。だが今はその必要はない。これはあくまで”足止め”なのだから。

 

 二人はその光景を綺麗だと感じつつ、このままならいける! と確信し、互いに笑いながら転ばないようにしつつ全力で走る。自分達の頭上を数多の魔法が次々と過ぎ去っていく感覚は正直生きた心地がしない。だが、チート持ちである彼等が、ここまで離れることが出来たら失敗はするはずがないと信じて駆けていた。既にベヒモスとは三十メートル近く離れている。

 

 思わず、ハジメの頬が再び緩む。

 

 しかし、次の瞬間にそれを凍りついた表情に変わる事になった。

 

 飛び交う数十の魔法の中で、たった一つだけ、火球が軌道を僅かに変えたのだ。

 

 ……こっちに飛んでくるように

 

 それに気付いた雪月も目が見開き、顔が驚愕に染まる。

 

 あの火球は、明らかに二人を狙って誘導されたものだった!

 

「な…なんで……!?」

「ハジメェ!!」

 

 疑惑と驚愕が一瞬で脳内を巡り、ハジメは愕然としてその場を動けずにいた。その間にも火球はこちらに向かって飛んでくる。

 

 とその時、ハジメを突き飛ばし、その場に飛び込む影が一つ………雪月だ。

 

 ドガァアンッ!

 

「がっ!」

「っ! 雪月ぃ!!」

 

 火球は雪月の眼前に突き刺さる。着弾の際の衝撃波をモロに受け、走ってきた道を引き返すように、二・三回バウンドしながら吹き飛んでいった。突き飛ばされたお陰で軽く吹き飛ばされただけのハジメは急いで雪月の下へと向かう。直撃は避けれたが、吹き飛んでバウンドした際に頭を打ち、頭部から出血していた。幸い、足に怪我は負っていなかった。

 

「雪月! 雪月大丈夫!?」

「うっ……あ、あぁ……なん、とか…な」

 

 雪月はハジメの手を借りてよろよろと立ち上がる。どうやら三半規管をやられて平衡感覚が狂ってしまっているようだった。

 

 二人は急いでこの場を離れようとする。しかし……

 

 ベヒモスも、いつまでも一方的にやられっぱなしという訳ではなかった。ハジメと雪月が走りだそうとした瞬間、背後で咆哮が鳴り響く。思わず振り返ってみると、ベヒモスが三度目の赤熱化をした頭部を掲げ、その眼光はしっかりと二人を捉えていた。

 

 そして、赤熱化した頭部を盾のように構えたベヒモスが、突進してくる!

 

 ハジメは考えた。なんとかして雪月だけでもこの場から逃がせないか……と。

 

 雪月は霞んだ視界の中、ふらつく頭で必死で考えていた。どうすれば二人共助かるのか……と。

 

 二人の前方からは迫り来るベヒモス、後方では遠くの方で予想外の事態に焦り、悲鳴と怒号を上げるクラスメイト達。

 

 ハジメと雪月は残った体力を振り絞って、必死にその場から飛び退いた。

 

 直後、怒りの全てを集約したような強烈なベヒモスの攻撃が橋に直撃し、激烈な衝撃波が橋全体を襲う!

 

 橋全体が震動し、攻撃の着弾点を中心に物凄い勢いで亀裂が走っていく。ハジメや雪月がいる場所など簡単に越えていき、橋がメキメキと悲鳴を上げていく。

 

(ヤバい! このままだと橋が……崩れる!)

 

 雪月はマズいと思ったが、もう遅い。

 

 橋が……崩壊を始めたのだ。

 

 主にベヒモスの攻撃が原因で、度重なる強大な攻撃に晒され続けた石造りの橋は、とうとうその耐久限度を超えてしまったのだ。

 

「グゥウァアアアァアアアアア!?」

 

 ベヒモスは悲鳴を上げながら崩壊していく石畳に必死で爪を引っ掛けようとするが、引っ掛けようとした場所すら崩壊していき、その抵抗もむなしく奈落へと真っ逆さまに落ちていく。ベヒモスの断末魔が最後まで木霊していた。

 

 ハジメと雪月も崩壊する場所を飛び越えながら渡ろうとするが、立つ場所も、しがみつく場所も次々と崩壊していき、そしてとうとう、二人は空中へと放り出されてしまった。

 

「わぁああああああああああ!」

「く…そ……がぁ!!」

 

 雪月はハジメの方を見る。パニックを起こしていてまともに話せそうにない。

 

 雪月は諦めなかった。一縷の望みをかけて、自分だけが使える詠唱を紡ぐ!

 

「―――投影、開始(トレース・オォォン)!!」

 

 なけなしの魔力で今作れる物、自分とハジメの二人を救うことが出来る物、それを必死に考え、雪月は投影していく。

 

 やがてそれは一つの形を成していく。それは縄だった。片方には杭が、もう片方には分銅が付いた物だった。

 

(いけるか、これで!)

 

 雪月は分銅が付いた方をハジメの方へと投げる。ハジメを支点としてどんどん腰に縄が巻き付いていく。

 

「次は……」

 

 雪月は次いで、杭が付いた方を近くに見えた崖の部分に思いきり殴りつける様に突き刺す。上手く刺さるか不安だったが、そんな不安を払拭するかのように、杭は根元まで深々と刺さる。そして、二人の落下は止まった。

 

「よし!」

 

 雪月は突き刺した杭を強めに引っ張ってみる。どうやら簡単には抜けないようだ。そうして、雪月とハジメは橋から縄を使ってぶら下がった状態に収まった。左手で杭を、右手に縄を掴んだ状態で、「ふぅ」と安堵の息を吐く雪月だったが……

 

 ピシッ

 

 未だ予断は許さない状況だった。橋のどこかの部分に亀裂が入る音が聞こえた。

 

(まずいな、このままだと……)

 

 雪月は何か方法はないかと考える。向こうの方で何か騒いでいるクラスメイトの誰か協力して貰おうかとも考えたが、橋が崩れたばかりで危険な状態の今では、逆に誰かを危険に晒してしまうかもしれない。

 

(……自力で登るしかない、か)

 

 そう思い、雪月は縄を登ろうとするが、体に思うように力が入らなかった

 

 先程の投影でなけなしだった魔力を使い切り、今は辛うじて縄を掴めている状況だった。

 

(いよいよ本格的にヤバいな…どうすれば……)

 

「ねぇ、雪月」

 

 どうしようかと考えていると、下の方から自分を呼ぶ親友の声が聞こえてきた。

 

「どうしたハジメ? あぁ安心しろ、今俺が登ってその後お前を引き上げるからよ」

「………ごめんね(ボソッ)」

 

 雪月はハジメを不安にさせないように、明るい声で話す。しかし、ハジメからの返事は小さくてよく聞き取れなかった。

 

「……ハジメ? 今な―――」

「雪月!」

 

 何を言ったのかもう一度聞こうとして、もう一度呼びかけようとしてハジメに遮られる。

 

「な、なんだよ?」

「白崎さんに……ごめんって言っておいて」

「あぁ? いきなり何を、い……て………」

 

 ”何を言ってるんだ”と言おうとしたが、不意に右手で掴んでいたハジメに巻き付いている縄が軽くなったのを感じた。まさか、嘘だ、そんな事あって欲しくないと思い、雪月はゆっくりと下を見ると……

 

 ハジメがいた。奈落へと向かって落ちていくハジメの姿が。

 

 なんで? どうして縄が切れている? 千切れたのか?

 

 よく見ると、ハジメは手にナイフを持っていた。迷宮に潜る前に、雪月が渡したあのナイフだ。

 

(まさか、切ったのか? あのナイフで、この縄を? なんで……どうして………)

 

 雪月は分からなかった。何故ハジメがこんな事をしたのか。

 

 ふと、ハジメの視線が上層への階段前にいるクラスメイト達の方に向いているのが見えた。雪月もそっちの方に視線を向けると、向こうでは香織が泣きそうな顔で今にも飛び出しそうな所を雫と光輝に羽交い絞めにされているのが見えた。他のクラスメイト達は、青褪めたり、口元を手で覆ったりしていた。メルド団長達騎士団の面々は悔しそうな表情を浮かべていた。

 

 雪月はクラスメイト達を見た後、もう一度ハジメを見る。ハジメはこっちを見て申し訳なさそうに微笑んでいた。その瞬間、雪月はようやく理解した。

 

 ハジメは気付いていたのだ。今の雪月が身体をまともに動かす事が出来ない事を。

 

 このままでは、二人共奈落に落ちてしまう。そう判断したハジメは、香織への伝言を頼み、雪月の足を引っ張らないように、縄を切って自分から奈落に落ちる事を選んだのだ。

 

(なんだよそれ。自分だけ犠牲になればそれでいいってか? なんで……なんで!)

 

 この時、雪月の中ではある感情が渦巻いていた。

 

 それは―――――怒り

 

 無力な自分に対してもだが、それ以上に……ハジメに怒っていた。何故そんな簡単に諦めてしまうのか、どうして自分が犠牲になればいいと思ってしまっているのか、それを雪月は許せなかった。

 

「こんの……馬っ鹿野郎がぁああああああああああ!!!」

 

 雪月は叫ぶ。叫び、そして……奈落に向かって飛び込んだ!

 

 対岸の方では、再びクラスメイト達の悲鳴と怒号が上がる。今度は雫までもが飛び出しそうになり、慌てて龍太郎が止めている。

 

 それを見ていた雪月は、小さく”わりぃな、八重樫”と呟き、視線を奈落の方へと戻す。既にハジメの姿は見えなくなっていた。しかし関係ない。

 

「ハジメ、お前はなにがなんでも見つけ出して、一発ぶん殴ってやらねぇと気が済まねぇ!! 覚悟しとけやぁ!」

 

 そうして、親友を追って、雪月も奈落の底へと消えていったのだった。




 最後まで読んでいただきありがとうございます。

 宣言通り、今日中に投稿することが出来ました~

 このまま続けていきたいんですが、リアルの方の関係もあって、続きは近いうちに出そうと思っているとしか書けません。

 出来ればアニメに追いつかれない範囲で書いていこうと思っています。

 それでは、また!三└(┐卍^o^)卍ドゥルルル
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。