魔法使い「聖杯を嫁にしたんだが冷た過ぎて辛い」 作:シフシフ
登場した鯖は誰でしょう(オリ鯖)
人気なら続けるかも?
聖杯戦争。
それは7人のマスターと7騎のサーヴァントが最後の1人になるまで戦う儀式。
その第三回が行われ、閉幕を迎えていた。
「マスター、やりましたね」
「あぁ」
那須色の瞳をし、緑の髪を腰まで靡かせ外套を着た真面目そうな女性。その手には弓を持っている。
彼女はマスターと呼んだ人物に冷静にそう言うも、内心では歓喜に打ち震えていた。
それは聖杯への資格を得たからではない。やや半歩前に立つ男、自身の問に短く答えたマスターを讃えての事だ。
人が手にするには無謀とも言える叡智を軽々と扱うその技術。無双を謳う英雄達に一切の物怖じもせずに突貫する胆力。それらが蛮勇でないことを解らせる一切隙のない神算。
女性、アーチャーはこれ程のマスターに出会えた事に深く感謝していた。
その冷酷な眼差しは決して揺るがず、常に「全ては掌の上だ」と言わんばかりに強い光を灯し、その頭脳は常に相手のニ手三手、いや、二十手先をも読む。
天才鬼才では言い表せない、正に怪物であった。
「全ては御身の御心のままに」
緑の髪をふわりと揺らし、今の今まで怪我どころかダメージすら受けずに勝ち抜いたマスターに敬意を払い膝をつくアーチャー。
もはや自分の願いなどどうでもいい、今はこの人の先を見たい。アーチャーはそう考えていた。
「──────大儀であった」
「っ!!」
不意討ち気味に放たれた声に胸が跳ねる。
唯の一言、初めての労いがアーチャーの鼓動を酷く乱した。生前も、死後も、決して認められた事など無かったアーチャーが初めて言われた「自分を思う言葉」。
──ずるい御方だ。
アーチャーは口元がにやけるのを抑えられない。無様な姿を晒す訳にはいかないと必死に堪える。
「ありがとうございます」
その一言を絞り出すのに途轍もない労力を要した。
黒い髪をした黒い目を持つ魔法使いはそんなアーチャーの様子を無表情で見下ろしていた。
顔を伏せ膝をつくアーチャーがそれに気が付ける訳もなし。アーチャーの中で肥大していく感謝と信仰を一身に受け、それでも腰が引ける事など無い。上に立つべくして立つ男、それがアーチャーのマスターなのだ。
「……この令呪も、もう無くなってしまうのですね」
アーチャーが感慨深いといった声音で男の令呪を見つめる。
自らとマスターを繋ぐ鎖が無くなってしまえば、もう……いや、そんな簡単に無くなってしまうような絆ではない!
アーチャーは自らの想像を即座に否定し、男を見上げる。見る者が見れば少女が初恋の相手を見上げるような、そんな淡い眼差しに見えただろう。
「落ち着け、アーチャー。……本来ならば
「君!?」
君、という言葉にアーチャーは過剰なまでの反応を示す。アーチャーからすればマスターとの距離が縮まったかのように感じたのだろう。喜びのあまり顔を上げ、問いただそうとする気持ちをグッ、と我慢し踏み止まる。そのせいか変な体勢になってしまった。
「っ!も、申し訳ありません!私の願いなど端な物、どうか崇高な目的の為、使用してください!」
「……感謝する。それと、無理をするな」
男の困惑を肌で感じたのか、はっとして謝るアーチャー。感謝の言葉とさり気ない気遣いに頬が紅潮する。戦争中は驚くほど口数が少なかった男だが、戦争が終わって口に結ばれた紐も緩んだのかもしれない。
そう考えると頰っぺまで緩んでしまう、とアーチャーは両手で頬を確かめながら少し笑う。
「そして」
男はアーチャーの目を真っ直ぐに見つめ、言う。
「すまない」
「ぇ?」
男の右頬にある赤い痣、令呪が光る。
「令呪を持って命じる。抵抗をするな」
「っ!マ、マスター?……これはどういう……」
無表情のまま、声音を変えることなく淡々と。冷酷な声で、けれどはっきりと聞き取れる音量で。
「重ねて命じる。一切の行動を禁ずる」
「っ!、!!、!?」
身動きの全てを禁じられたアーチャーは困惑を隠せない。けれど、同時に理解した。ストンと、ある事実が胸にはまったのだ。自らの過去と照らし合わせてしまったのだ。
────あぁ、私など……所詮道具としか見て頂けていなかった、か。
後悔があるとするならば、この、最期に芽生えてしまった想いを伝える事ができない事か。
でも、それすらも「マスターなりの」思い遣りなのでは、と勘ぐってしまう。
────やはり、ずるい御方だ。この様や仕打ちを受けても、貴方を敵だとは思えない。貴方を恨む事すらできそうにない。この心はとっくに貴方に支配されていた。
「……自害では苦痛が残る。故に、死だけを与える事にした」
「────」
無表情だった男の顔が、一瞬、歪んだように見えた。それはどうしようもないものにぶち当たった過去の自分に重なって見えて……。
「最後に、伝えておく」
「!」
その一言にはっとする。まさか、と思ってしまう。アーチャーは動けないまま期待の眼差しを送ってしまう。
「聖杯は汚染されている。そのため、使用する事は出来ない」
けれど、返答はどこまでも事務的な「アーチャーを殺す理由」だった。
「我々が戦った
そう言いながら、何処か謝罪の雰囲気を滲ませる男。
────違う、違うのですマスター。私は、私の願いなんてもう要らない。貴方の願いが叶う瞬間をただ……隣で見ていたかった。
「故に、君の願いを叶える訳にはいかなかった。聡明な君なら分かっていたかも知れないが……最後の最後で、俺は君が信用ならなかった。───君を殺すのは私的な理由だ、だから
嘘だ。アーチャーは確信した。
背中を常に預けてくれたのだ、嘘に決まっている。私の為に嘘をついてくれたのだ。
端倪すべからざる神算鬼謀を見せるマスターにあって、私的な理由での裏切りなど有り得ない。
ならば、自らに託されたマスターの計画があるはずだ。と、アーチャーは考えを巡らせる。
聖杯、汚染、自らの殺害。
思い出す男より語られた聖杯の仕組み。アーチャーは男との会話が嬉しくて一言一句覚えていた。
もしも、これらを悪用出来るなら……。
突拍子もない計画だった。それを自らのマスターが考えたとは思えない。けれど、大きく外れてはいない気がした。
男の計画の隅々を把握できない未熟さに悲しくなるが、それでもソレを成そうと決意する。
同時にそれほどの事を任せて貰えるのか、とその信頼に胸を熱くする。
──まだだ、まだ、考えろ。なぜマスターは「恨め」と言った?……この世全ての悪、か?けれど、これでは余りにも無謀すぎる……だが!
精神論、という物がある。やる気があればどんなことだって出来る。という物だ。アーチャーはそれはあまり好きではない。だが、仮に、己の浅はかな考えが男の計画を壊してしまうとしたら、それは余りにも恐ろしい事だった。
ならば、精神論だろうがなんだろうが縋り付いて、懸命に役目を全うしよう。
────やってみせます。だから、どうか……!
覚悟を決め、決意を固め、男を限界まで恨んでみせる。
強引に、生前の敵……圧制者達を思い浮かべ、それと重ね合わせる。
ズキリと胸が傷んだ。あの愚者達とは違う。上に立つべく御人なのだ、と心が叫んでいた。
恨め。怒れ。怨め。憎め!
増幅する憎悪、自らへの嫌悪感すらそこに乗せ、この世全ての悪へ希う。
「……そうだ。それで良い」
男への憎悪が限界まで達した時、男は目を閉じ、静かにそう言った。
──よかった、間違えてなどいなかった。私はまだ、マスターの掌の上に居られている!
「では、また。いつの日か会えることを願う」
「は、い!」
「ザラキ」
たった一言の呪文で、三騎士が一騎、弓兵のサーヴァントは死亡する。外傷は無し、無傷の死であった。
「……」
アーチャーの遺体がゆっくりと光になって空へ上がっていく。その一部が一定の方角へと流れていく。
黄金の輝きが、2人を祝福しているかのようだ。
「魔法使い、か────情けないものだな」
その光が見えなくなるまで、男はずっと空を見上げていた。
*
「……」
そこに、黄金の杯はあった。禍々しい泥を吐き出しながらその姿を現していた。
最後の一騎の魔力を回収し────────?
──────残る役目は願いを叶え破滅させること、のみとなった。
そんな
もしくは失った相棒への罪悪感で出たものだろうか。
彼らの戦いは見ものだった。サーヴァントがマスターの補助に回りマスターが敵を倒すとは。
───魔法使い。
それが目の前に無表情のまま立つ男の正体だ。今の時代では珍しく。聖杯戦争を無傷で圧倒的な勝利で以て、この場に立っているのだ。
私をして「凄まじい」と思わされる。
圧倒的な魔力、
サーヴァントをいともたやすく砕く姿は正しく魔法使いという言葉が相応しい。
無表情のまま、私へと歩み寄る男に声をかける。
『勝者よ、万能の聖杯に何を願うか』
私は密かに期待していた。一度根源へ到達しているであろう魔法使いが何を願うのか。そしてそれをどのようにして
「……
その問に男は表情を一切変えることなく──気配を変えた。
──ぞわり。今は無機物に取り付いた筈の私がその体を震え上がらせる。
魔力が男から溢れ出していた。それも、聖杯などとは比べ物にもならないほどの量。そして、質。
その魔力をどのようにして使うのか、分からない。が、理解する。このままでは消される。聖杯から取り除かれる。下手をすれば「アンリマユ」が殺されかねない。これはなんだ、この感情はなんだ。
────いや、知っている。この感情は……!
「──物は黙っていろ」
─────恐怖だ。
「言われずとも願うとも」
夥しい程の魔力が溢れ出し、無数の結界が張り巡らされた。そのままゆっくりと私の元へと近づき、鷲掴みにされる。
しばしの静寂の後、ゆっくりと、けれど、その一言は驚く程に良く響いた。
「俺の妻となり、添い遂げろ」
『……はい?』
巨大な爆発と共に、私の苦難が始まろうとしていた。
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