とりあえずあれだ。日本は、いつからこんな物騒な国になったんだ?
あれから無事日本に到着した俺は、持ち前の目付きの悪さで警察に何度か声をかけられながらも、父と母が愛してやまなかったこの国を堪能していた。
もともと、俺は日本で生まれた人間だ。ルーマニアの料理も確かに美味しいが、やはり日本の食があっているのだろう。夜の露店を見つければ、とりあえず買っていた。
そして、時刻は午後七時を回ったところ。
建物という建物に明かりが付き始め、まるでキラキラと光る宝石のように感じられた。
「けど、相変わらず人は多いな」
俺は思わずため息が出た。
というのも致し方ない。自分が現在住むトゥリファスは、そう人口が多い場所ではない。白のレンガでできた街並みは、旅人などにはよく受けるが、住んでる者からすれば味気がない。それに、無駄に道などが広いので、市場以外ではそうそう人は集まらないものだ。
まぁ、何が言いたいかというと、とにかく落ち着かなかった。
「今日はさっさと宿を見つけて、明日に備えるか」
確か、ここいらに父の知り合いがやっているホテルがあったはずだ。いきなりで悪いが、父の名を出せば融通が効くだろう。
そう思い、俺はそのホテルに向かおうとした時だった。
「────ん?」
職業柄、音に敏感になった俺は、かすかに聞こえたその音に反応した。周りを見るが、どうやら聞こえたのは俺のみらしい。
聞こえたのはこの先の路地裏。正直言って見て見ぬ振りをしたいところだが、気づいているのが自分のみの為、それも少ししにくい。できれば、面倒ごとではないように願おう。
そんな僅かな願いをしながら、俺は路地に足を踏み入れた。
流石はこの男、一級フラグ回収士である。
うん、結論から言うと僕知ってた。メンドくさい事になるって。
「そこまでだ」
「ッ!?」
そう言って拳銃を向ける俺の目の前には、小さな血だまりの中、右足を抱えて蹲る男(その他2名)と、その前に立つ小さな拳銃を持った美女。どうやったか分からないが、黒いローブに早着替えした白髪の可愛らしい少女が、玩具のナイフらしきものをこちらに向け立っていた。
最近の玩具は凄いなぁと思いながらも、この状況を見るに、男はこの緑色の髪の美女に撃たれたんだろう。あっ、今ホルスターから抜く時間違って一発撃っちゃったけど、誰も怪我してないし問題ないよね!
「そこまでにしろ。さもなくば威嚇じゃすまない」
とりあえず威嚇という事にしておこう。
というかさっきから、あの美女さんが俺の事をジッと見つめてくるんだけど何かな?ま、まさか俺に気があるんじゃ────
「あら、物騒な物を持っているわね貴方。そんなもの、子供が持つものじゃないわよ?」
うん、僕知ってた(2回目)
そうだよね、見てたのこの拳銃だよね。そりゃ俺みたいな目付きの悪い奴に惚れるわけがないよね。あ、絶対今俺、目が死んでいってるわ。
と、とにかく法律的にアウトだから言っておいてやろう。
「それはこちらのセリフだ。それはアンタみたいな女性が持つものじゃない」
だが、その言葉を言った後、女はまたもジッと俺の方を見つめてきていた。
その間に俺は、無言で倒れる男とその他2名に、さっさと行けと首で合図を送る。それが通じ、すぐに男たちはこの場を立ち去る。
そういえばさっきからオモチャのナイフを構えたままのこの子、よく見ると凄く可愛いな。まぁ、母親がこれだけ美人なら、それも頷けるが。だがまぁ、あまり子供に銃を見せる訳にはいかないな。
俺はそう思うと、彼女達に向けていた拳銃を下ろした。
「...ふぅ、もう気はすんだだろう?次はもう少しマシな場所で撃て」
まぁ、場所を考えても撃っていい訳じゃないが。
「貴方が邪魔しなかったら、もう少し気が済んだのだけどね」
「子供がいるんだ。あまり血を見せるべきじゃない。アンタも親なら分かれ」
「あら、貴方にはこの子と私が親子に見えるのかしら?」
────え?違うの?
もうそこまで出かけた言葉を飲み込み、俺は二人を少し観察する。確かに、言われてみれば良くは似てない。髪の色も違う。
だけどなんだろう、その体のそこから滲み出る蠱惑魔じみた雰囲気が似てる、というかうんほんとマジでどちらもいいと思いますはい。
「見た目が似ているから親子じゃない。その子と、親がどれだけ愛し合っているかで、家族は決まる。血の繋がりが全てじゃない」
願わくば、その子が貴方みたいな美人になることを心のそこから願います。
そう願い、ジッと白髪の少女を見つめていると、急にその美女がその子の頭を撫で始めた。
「おかあさん?どうしたの?」
「ッ!!い、いえ。なんでもないわ。驚かせてごめんね?」
「ううん!おかあさんが頭をなでてくれたら、わたしたちは嬉しいよ!」
────天使はここにいたか。
はっ!?危ない危ない。もう少しで開いてはいけない"ロで始まりンで終わる扉"を開けるところだった。
だが、それほどまでに愛らしいその子の笑顔を見て、俺は昔のニアを思い出した。
ニアもこの子と同じ白髪の少女だ。昔はよく一緒に遊んで、夜とかも怖くなったら『燐お兄ちゃん、一緒に寝て?』とか言いにきたのに、今はどうだ。
『起きてください。...起きなさい。────起きろ』
『働いてください穀潰し』
『主人はやれば出来る子です。では、この仕事をどうぞ』(数センチの束)
『主人、庭の手入れをお願いします。私は少し眠るので』
『お腹が空いた?それでは、冷蔵庫の横に置いてあります。勝手に食べてください。え?インスタントなのかと?それが何か?』
...あれ?俺ってアイツの主人だよね?俺の精神主に壊してるのアイツのような気がしてならないのだが。
そんな悲しき事を思い出すと、この仲睦まじい目の前の親子が羨ましく思える。帰ったら少しあいつに甘えてみるのも悪くな────いや、やっぱりやめておこう。あとが怖い。
「貴方、もしかして────」
その時、俺の視線に気づいたのか、その美女はそう言い言葉を切る。。おそらく、"貴方、もしかして撫でたいの?"と聞いてきたのだろう。
もちろん撫でたいが、それはあまりに変態チック過ぎる。ここはさりげなく言おう。
「...まぁな。アンタを見てると羨ましいよ」
本当に、本っっっっっ当に!!羨ましい。俺、今目から血の涙とか出てないよな?
するとその美女は少し暗い顔をして、「...ごめんなさいね」と、少し間を空けて謝ってきた。おそらく少しは考えてくれたのだろう。なんて優しいお人なんだ!!銃持ってて怖いけど。
「何を謝る必要がある。気にしてない」
嘘です。超気にしてます。今すぐにでもその子をお持ち帰りしたいくらいには気にして、気に入ってます。
だが、あまりに気持ちよさそうに撫でられるその子を見て、これ以上ここにいても心の傷を負うだけだと考えた俺は、早急にここを立ち去ることにした。
「さて、俺はそろそろ行くとしよう。次はもう少しマシな出会い方を期待している」
「え、あ────」
え、なに?まさか考えてる事バレた?他国で警察沙汰とか、本当に洒落になんないから。
その後、無事彼女達のもとから逃げられ、もとい立ち去れた俺は、夜の街を一人で歩いていた。目指すは今日の宿である、死んだ父の知り合いが運営するホテルだ。
時刻は既に午後八時をまわったところ。そろそろ向かってもいいだろうな。
だが、俺はのちに後悔する。
もしここで何処かに立ち寄れば、もしここで信号に捕まれば、もしここでトイレに行きたくっていればと────
「は?」
「ひぃ!?も、申し訳ありません!!本当に、本当に申し訳ありません」
「い、いや、アンタは何も悪くない。だからそんなに涙を浮かべるな」
「すいませんすいませんすいませんすいませんすいません!!どうか家族だけは!!」
「何故そうなった?」
ホテルにある、大きなホールのど真ん中。俺は今、無数の視線の中、ただひたすらに涙目の女性に謝られていた。
なんと、父の知り合いは一年前に転勤しており、現在は全く違うところで働いているらしく、それならと普通に部屋を取ろうとしたのだが、なんとたった今満員になったのだという。
「頭を上げてくれ。もう今日は空きそうにないのか?」
「は、はい。残念ながら」
ふむ、この時期の夜に街で野宿────うん、死ぬな。クッソ、誰だ俺の部屋を取ったやつは!!(違います)
そう少しイライラしながら、たった今横で部屋を取ったであろう人物に、俺は眼を向けた。
どうやら子供連れのようだ。綺麗な薄緑色の長い髪に、体のラインがよく出る服装の女性。子供は綺麗な白髪の少女で、ピンク色の可愛らしいワンピースがよく似合っていた。
って、あれ?この二人何処かで見覚えが...。
「あら?貴方はさっきの───」
「あ!おとおさんだ!!」
『!!?』
少女のその大きな声が、ホール全体に響いた。
ほぉう、なるほど。どうやらこの美人妻と美少女の旦那兼お父様が来ているらしい。いったいどこのどいつだと、俺は背後を振り返る。
だが、そこにいるのはママさん団体だけ。もう一度少女の方を見ると、その視線はジッと俺の方を────
────俺?なんで?
「ちょっと、今の見た?今自分の子を無視しようとしたわよ」
「ええ。それに見て、そのスッとぼけた怖い顔」
「絶対浮気相手と来てたわよねアレ。だってあんな剣幕で案内さんを睨みつけて」
「奥さんもあんなに綺麗な方なのに。浮気だなんて。これだから男は」
...どうやら俺の知らんところで、俺が浮気をして、それがバレそうになり自分の子供を無視したことになっていた。
いやちょっと待って?ほんとちょっと待って!?おとおさん?俺が?今にも人を目で殺せそうなほど睨んでくるあの警備員じゃなくて?俺まだ童貞だよね!!?
頭が理解出来ない状況に陥り、少しショートしていると、その白髪の少女がトタトタとコッチに来て、"だいじょうぶおとおさん?"などと心配してきた。それにより、さらに大きくなるヒソヒソ話。
先ほど恐怖の眼でこちらを見ていた担当の女性は、もはやゴミを見るような眼でこちらを見ていた。
「...ねぇ、ごめんなさい。さっき二人と言ったのを取り消して、三人にしてくれるかしら?もちろん、そこの人を入れて」
「は?」
するといきなり、何かを考えていたようだったその美女が急に、そのような事をカウンターの女性に言い出した。
「はい。分かりました。どうぞこちら501号室の鍵です」
「いやちょっと待────」
「ええ、ありがとう。ジャック、行きましょう。────もちろん、あ・な・た・も・よ?」
「────はい」
無数の視線。無数の陰口。少数の小さな罵倒に歓迎されながら、俺はまさしく、尻に敷かれた旦那の如く、そのジャックと呼ばれた少女と手を繋ぎながら、部屋に向かって廊下を歩いていくのだった。
あと、いく途中、先ほどチラッと見たママさん団体から、目の前の美女が応援されていたのを、俺は見なかった事にしたかった。
とりあえず、もう一度言おう。
日本はいつから、こんな物騒な(言葉と人数のみで、人を征する事が出来る)国になったんだ?
え?言ってる事が違う?聞くんじゃない。感じるんだ。