「お久しぶりですね、オリヴァルト皇子殿」
「ご無沙汰しています、アリシア女王陛下」
グランセル城謁見の間。
4人は女王との面会を果たしていた。
初めて見る女王の印象は、優しそうな白髪のおばあちゃんといった感じか。
フィーは保健室のベアトリクス先生を思い出した。
「突然の訪問で申し訳無い、今月の通商会議の前に少し陛下とお話ししたいと思い、お邪魔させて頂いた」
「ふふふ、いつでも歓迎いたしますよ皇子殿。ところで、後ろのご婦人方は?」
サラがかしずき挨拶する。
「お初にお目にかかります陛下、サラ・バレスタインと申します。エレボニアの軍事学校で教員を勤めています。拝謁賜り光栄でございます」
「あら、学校の先生でいらっしゃいましたか。という事は、そちらのお嬢さんは……」
そこで女王の言葉が止まる。
「ふふふ、どうやらお召し物が必要なようね」
そこでサラ達がようやくフィーの格好に気づく。
先程のカシウスとの激突で、制服の上着はボロボロ、元からクセのある銀髪はくしゃくしゃ。
本人が全く気にしないものだから、周りの大人達も失念していた。
「ヒルダ、彼女のお着替えをお願いできますか?」
「かしこまりました。ではお嬢さん、こちらへ」
女官長のヒルダ夫人がフィーに近づき、一度退室を促す。
何の躊躇いも無くそれに従うフィー。
「あ、私もご一緒させて下さい」
フィーを1人にさせたらどんな失礼があるか解ったものでは無いと、サラも付いて行く。
「では、我々は少し込み入った話があるので、後で城門の辺りで合流しようか?」
皇子がサラに声を掛ける。
「了解しました、では後程」
最後に女王に一礼してから、謁見の間を後にする。
女性3人は、そのまま侍女の控え室へと向かった。
「うーん、これも駄目ですか」
ヒルダ夫人は困っていた。
取り敢えずフィーには、侍女のメイド服を着せようと思ったのだが、サイズが合わないのだ。
10代後半の王宮付き侍女は何人か居るが、フィーの体格はそれよりも一回り小さい。
一番小さいサイズでもイロイロ余ってしまい、歩く度にワンピースが徐々にずれ落ちていってしまう。
「あのぅ、これ以上お手間を取らせるのも申し訳無いんで……」
サラが衣装替えを辞退しようと申し出る。
一方のフィーは、サラから「闘技場と同じく一言も喋らずに頭を低く」と言われていた。
「そうだ!姫様の服なら合うかも知れませんね」
ヒルダ夫人が思い出した様に声を上げる。
「少しこちらでお待ち下さい」
そのまま夫人は扉を開け、何処かへ行ってしまった。
姫様の服??
何だか大事になってきた。
自分としては多少穴が空いていても、全く気にならないのだが、王室という場所ではそういう訳にもいかないらしい。
というか、姫様の服って……。
フィーは、ピンクのフワフワなドレスに飾りの付いた王冠という、分かりやすい王女の服を連想した。
自分が似合うとは到底思えない。
……、イヤ、ちょっと、勘弁してよ……。
数分後。
「こちらでは如何かしら?」
ヒルダ夫人が戻って来る。
持ってきた服に早速着替えさせられるフィー。
「……少し大きいようですが、これなら大丈夫そうですね」
何処かの学校の制服だろうか?
白いブラウスとスカートに、上品な濃い紺の袖無し上着。細部にも凝った装飾が入り、気品という言葉を無意識に連想する。
Ⅶ組のやたらと主張が激しい、ド派手な赤い制服とは大違いだ。
「これは姫様が学生だった頃に着ていた制服ですが、よろしければこのままお召し下さい」
ヒルダ夫人が優しい目でフィーを見つめる。
「宜しいのですか?思い入れのある品なのでは?」
サラが恐縮しながらも、いつもとは違う教え子の姿に目を見張る。
「お気になさらず、服は誰かに着て貰ってこその物ですから」
「ありがとうございます」
サラが頭を下げる。
「……さんくす」
サラからはずっと黙っているように言われたが、フィーも素直に礼を述べ、頭を下げる。
そうしなければいけない様な気がした。
「ふふふ、良くお似合いですよ、お嬢さん」
ヒルダ夫人が言う。
今までファッションに気を使った事が無いフィーであったが、この時ばかりは頬が赤くなるのが自分でも解った。
「では、こちらの破れたお召し物は、明日までに繕っておきますので……」
「ありがとうございます、色々ご面倒をお掛けして申し訳ありません」
「いいえ、どうかお気になさらず」
3人はメイド部屋を後にした。
城門前の橋の上で皇子達を待つフィーとサラ。
日はすっかり落ちて、夜の帳が色濃く漂っていた。
むふふ。
フィーは拝借した服が余程気に入ったのか、ずっと顔がニヤケたままだ。
少しサイズが大きい為、しきりに服の着崩れを気にする。
「オシャレに目覚めちゃったのね……」
サラがそれを微笑ましく見つめる。
「ん、そんな事無いけど……」
「良いのよそれで。大体アンタ位の歳の娘が、穴が空いた服着て平然としてる方がおかしいんだから」
「そかな?」
「そうよ、アリサ辺りだったら、ちょっと服が開《はだ》けただけで大騒ぎしそうでしょ?」
うん、確かにそんな気はする。
でも、ワタシにとって服は利便性さえあればそれで良い。多少破れていようが肌が露出していようが、全く気にならない。
……ん、利便性?
そんな様な事を考えるのは、今日2度目だったか?。
確か、リベールに着いたばっかりの時に、グランセルとヘイムダルの街並みを比べて、帝都の方が利便性には優れているな、とか思った気がする。
でも個人的には、王都の落ち着いた街並みの方が好きだな、とかも思ったかも知れない。
もしかすると、服に関しても同じ様な事が言えるのだろうか?
……良く解らない。
……
……
……ま、いっか。
綺麗な服を着ると人は幸せになる、それが解っただけで今は良しとしよう。
「お待たせして申し訳無い、ご婦人方」
皇子とミュラーが城門をくぐり、近付いて来た。
「いえ、長時間の会談お疲れ様です。皇子」
「イヤイヤ、殆どが雑談で、会談と言う程の内容は話して無いよ。それより……」
皇子がチラリとフィーに視線を飛ばす。
「ふふふ、良く似合ってるじゃないか。ジェニス王立学園の制服かな?」
「ジェニス?」
「おや?知らずに着ていたのかい?リベールの西にある学園さ。クローディア姫が以前通っていた学園だよ」
王立学園か……。
自分とは全くもって無縁の場所だな……。
「あの、皇子。この後のご予定は?」
サラが今更の質問をする。
「ん?ああ、すまない、説明して無かったね。この後は城中で食事を頂いてから一泊させて貰い、明朝に帰るといった予定だよ……」
城の食事か……。美味しそうだけど気を使いそうだ。
テーブルマナーなど殆ど解らない。
そんなフィーの心境を察してくれたのか。
「まぁ、一応晩餐という形にして貰ってはいるが、今回はアリシア女王の計らいで場所だけを借りた、言わば親睦会の様なものだ。形式は気にしなくて構わないさ」
と、続けてくれた。
「とすると、その親睦会で私に会わせたい方が居ると?」
あ、そういえば、出発前にそんな事言ってたな。
「ああ、そろそろ待ち合わせの時間なんだが……」
ふと、近付いてくる気配を感じ取るフィー。
サラも気付いたらしく、街の方に目を向ける。
見ると、妙に色っぽい銀髪の女性と、慎ましやかな印象の金髪の女性がこちらに向かって来た。
「お待たせオリビエ。ミュラーさんもお久しぶり」
「ご無沙汰している」
ミュラーが軽く頭を下げる。
「ふふふ、久しぶりシェラ君と……、……、ええーと、ア、アイナ君も連れて来たのかい!?」
何故か皇子に動揺が走る。
「そうよ、親睦会っていうから、支部の仕事全部終わらせて来たんたから、感謝しなさいよね」
銀髪の女性がイタズラっぽくウインクして見せる。
「あは、はは、はぁ」
皇子から、笑いとため息が同時にこぼれ落ちた。
「残念だけど集まったのは私達だけ、アガットはティータの所にお呼ばれしてるみたいだし、アネラス達は仕事が立て込んでるみたい。ジンさんは流石に無理だし、あの二人は……、今頃何処で何やってんだか?」
遠くの空を見つめる。
「フフフ、ソウカ、ソレデ、キヲツカッテ、アイナクンヲ……。ドウモアリガトウ、シェラクン」
「ちょっと、どうしたのよオリビエ?急に片言になっちゃって?」
「はっ!……、ふふふ、そんな事は無いさ……。し、しばらく振りだね、アイナ君。受付の仕事は大丈夫なのかい?」
「お久しぶりです、オリビエさん。ええ、お陰さまで今は大きな問題もありませんし、何かあればグランセル支局に連絡が行く様になってますので」
「ふふふ、そうか、それは良かった……」
少しも良くなさそうに皇子が言う。
「それで、オリビエ。こちらの女性は?」
「ああ、では、お互いに紹介しよう」
皇子がサラに向き直る。
「サラ・バレスタイン君だ、帝国の軍事学校で教官を勤めている。そちらは教え子のフィー君」
サラとフィーが揃って頭を下げる。
「サラ・バレスタイン?……、紫電のバレスタイン!?」
皇子が銀髪の女性に向き直る。
「彼女はシェラザード・ハーヴェイ君だ。リベールの遊撃士協会に所属している。そちらは支部受付のアイナ君」
シェラとアイナが揃って頭を下げる。
「シェラザード・ハーヴェイ?……、銀閃のシェラザード!?」
サラとシェラが見つめ合う。
お互い名前だけは知っているらしい。
「さぁ諸君、積る話は食事をしながらという事で宜しいかな?では、参ろう」
一行は城門をくぐり、大広間へ向かう。
晩餐が始まる。
グランセル城大広間
「それでは、再会と新しい出会いを祝して。乾杯!」
「乾杯!」
皇子の音頭で会食が始まる。
上座からアイナ、シェラ、サラ、フィー、長テーブルを挟んで皇子、ミュラー、そして仕事を終わらせたユリアという席順で着席する一行。
先程デュナン公爵が来たが、フィーの顔を見るなり頭痛が再発したとか言い出し、すぐに退席した。
失礼な話だ。
まぁ、あのぶつかり合いを目の前で見たら無理も無いが……。
一応、地下の倉庫にあるものは、ある程度好きにして構わないと言ってくれた。
サラとシェラは早くも打ち解けたようだ。
近い年代、遊撃士、名前がちょっと似てる、酒飲み。
共通点には事欠かないらしい。
「ユリア大尉、クローディア姫はまだ戻られないのか?」
ミュラーが隣に座るユリアに聞く。
「はい、視察が少し長引いてるとか」
「お忙しい様だな……、無理にお誘いして申し訳無い」
「いえ、姫様も楽しみにしていらっしゃいました。お気遣い無く」
シェラとアイナが交互に皇子のグラスに果実酒を注ぐ。
「二人共。嬉しいのだが、少~しペースが早いんじゃないかい?」
「いえいえオリビエさん、まだ始まったばかりですよ。取り敢えず1本空けましょう」
「アイナ君……、それはもう3本目……」
皇子は既に大分回っているらしい。
フィーは一人でリベール料理を堪能していた。
堅苦しい宮廷料理では無く、少し家庭的な、温かみのある料理がテーブルに並んでいる。会食のコンセプトに合わせてメニューを考えてくれたのだろう。
海鮮、獣肉、山の幸、自然豊かなリベールならではの食材が、優しい味付けで調理されている。
ここでも、リベールらしさが垣間見えた。
リベール産のブドウジュースも、深いコクがあってとても美味しい。
でも、服にはこぼさない様に気を付ける
始めは給士としてヒルダ夫人に付いていて貰ったが、申し訳無いから後は自分達でやると皇子が申し出て、退出して貰った。
「そう、帝国は今そんな状況なのね……」
「ええ、少なくとも今年一杯はゴタゴタしそうね」
互いのグラスに果実酒を注ぎながら、サラとシェラは近況を報告しているらしい。
「それじゃあ、帝国内で今活動してる遊撃士は数える程しか居ない訳ね?」
「ええ、本部の方にも応援を打診してるみたいだけど……、なかなか、ね……」
「新人さんは望めそうに無いのかしら?」
「うーん、今の状況じゃあ、一から育てながらって訳にもいかないしね、即戦力になり得る人材となると……、なかなかね」
「そうか……。……ん?ねぇフィーちゃん。遊撃士になってみない?」
「え、遊撃士?」
意外なお誘いが来た。
「ちょっと!人の教え子をわざわざ荊の道に誘わないでよ」
「いいじゃない、新人スカウトも立派な遊撃士の仕事よ?それに、その歳でカシウス先生相手に立ち向かえる人材を放って置く手は無いわ」
話しながらシェラは、自分とサラのグラスに果実酒をなみなみと注ぐ。
「どう、フィーちゃん?学校卒業したらリベールに来なさいよ。銀髪同士、おねーさんと銀閃コンビ組もう!」
「なんでリベールの方に誘うのよ!」
サラが憤る。
「んー……」
遊撃士か……、今まで考えた事が無かった。
「んー、リベールか……、考えとく」
「ふふふ、良い返事期待してるわよ」
「ちょっとアンタ、どうせやるなら帝国でやりなさいよね!」
「ん、遊撃士はともかく、リベールに来るのは良いかも。卒業してから軍に入るにしても、食事が美味しい所が良い」
「はぁ、アンタの判断基準はそこなのね……」
「あははは、フィーちゃん可愛いわね。いつでも来なさい、妹分が居なくなったから、おねーさん退屈してるのよ……」
「妹分?」
「そっ、カシウス先生の娘なんだけどね……。今頃何処に居るのやら……」
そう言いながらシェラは、空いた自分とサラのグラスに再びなみなみと注ぐ。
「あら、空っぽ?えーっと新しいボトルは……」
シェラが探すが、空ボトルしかない。
始めはテーブルに7本あった筈なのに、もう全部飲んだらしい。
「フィー、悪いんだけどチョット地下倉庫から取ってきてくれない?」
サラが言う。
公爵から許可も出ている事だし、遠慮なく頂こう。
「らじゃ」
ワタシのジュースも飲み終わったから取って来よっと。
フィーは広間を出て、厨房から地下倉庫を目指す。ついでに空になったビンを、持てるだけまとめて、厨房のゴミ置場に処分した。
さすが城の倉庫。広い、そして品数も凄い、何が何処にあるのか探すだけで一苦労だ。
えーっと、お酒は………………。
あ、あった。
見ると、棚にボトルが2本だけ残っている。
あれ?これブドウジュースだ。
さっき飲んだの物と同じラベルが張ってある。
お酒はどこだろ?
ブドウジュース?
そんなものは始めから用意されていない。フィーが飲んでいたのは立派なワインである。
しかも、1本100万ミラはする超極上物のヴィンテージワインだ。
今まで世話になった、救国の英雄達に対する城からの感謝の証であった。
しかし、会食が始まってすぐ、フィーが目の前にあったそれを、良く見もせずにキープしてしまった為、誰にも気付かれる事無く、一人で飲み干してしまったのである。
本来なら止めてくれたであろうヒルダ夫人は、妙な気を回した皇子が追い出してしまった。
因みにここにある2本は、公爵の私物だ。
なんかここ、乾燥してて喉乾くな……。ブドウジュース飲んじゃお。
双銃剣を取りだし、器用にコルク栓を開けるフィー。
暗がりでラベルの文字は読めない。
100万ミラのワインを、ボトルのままぐいぐい飲みながら城の倉庫を探索する。
んー、見つから無いな……。あっ、これで良いかな。
ワイン樽を見つけた。
よいしょっと。
片手で重い樽を転がしながら、美味しそうにワインを飲み続けるフィー。
あれ?もう無くなった……、もう1本貰っちゃお。
先程の棚に戻り、3本目の極上ワインを開けるフィー。
再度らっぱ飲みしながら、樽を転がす。
階段か、めんどくさいな……。
テコの原理を利用して、片手で器用に階段を上らせる。余程気に入ったのか、その間もワインは飲み続ける。
あれ?また無くなった、……お腹一杯だし、もういいかな。
空になった2本のビンを、厨房のゴミ置場に処分した。
明日の早朝には、業者が引き取りに来てくれる。
知らぬ間に証拠隠滅を済ませたフィーは、樽を転がしながら広間に戻った。
「あっ、お帰りー、遅かったわね……って、樽ごと持って来たの!?」
サラが目を丸くする。
「これしか見つから無かったから……」
「いいじゃない、ご苦労様フィーちゃん」
シェラは嬉しそうに目を輝かせる。
「オリビエさん、休憩は終わりですよ。さぁ、飲みましょう」
アイナが皇子に告げる。
「ふふふ、フィー君も容赦が無い……。でも、そんな所も素敵だ」
良く解らないが、皇子も喜んでくれているらしい。
ミュラーとユリアの姿が見えない。
何処行ったんだろ?
……もしや。
……お楽しみだね、ミュラーお兄ちゃん。
「さぁ飲むわよ、アイナ、サラ、オリビエ」
シェラがワイン樽の蓋を素手で叩き割る。
「あーもう、こうなったらトコトン付き合ってやるわ」
サラが気合いを入れる。
「ふっ、今回は私がお供しよう、サラ君」
覚悟を決めた男の顔になる皇子。
「もう、シェラったら。お酒はゆっくり楽しむものよ?」
何処までもマイペースなアイナ。
いいな、大人はお酒飲めて楽しそうで。
一人で、300万ミラ程のワインを飲み尽くしたフィーはそう思った。
ワタシだけ暇だな、……散歩でもして来よ。
再び広間を出て、今度は城内の散策をする。
グランセル城空中庭園
城内をあらかた見終わり、フィーはグランセルの夜景を見ながら涼んでいた。
夜景と言っても、街灯が疎らに点いているだけで、殆ど真っ暗だ。
しかし夜目が利くフィーには、遠くの山々までハッキリと見える。
静かだな。
風の音、虫の声、魔獣の遠吠え。この国では自然の音が日常の音なのだろう。
星が良く見える。
なんとなく猟兵団時代を思い出した。
あの頃は、戦場を転々としていた為、良くキャンプを張っていた。その時もたまに星を見ていた。
みんなどうしてるのかな?
団長が居なくなったあの日、西風はワタシの前から消えて無くなった。
ワタシは一人になり途方に暮れた。
ワタシには何も無かった、何も知らない只の14歳の小娘だった。
涙は出なかった、涙を出す力も無かった。
それまでワタシを形作っていたものが、崩れ落ちていくのを感じた。
あの時、サラが来てくれ無かったら、どうなっていたか解らない。
魔獣に襲われて死んでいたか、人買いに連れて行かれ娼婦にでもなっていたか。
でも、不思議と西風のみんなを恨む事は無かった。
思い出すのは、何気ない日常の一幕や、みんなで楽しく笑った時間だけだ。
リベールに来る時のサラの言葉を思い出す。
「アンタにはもう十分過ぎる程深い繋がりの仲間が居るでしょ?」
そう、今のワタシには大切な仲間が居る、西風のみんなにも負けない位、大切な仲間が。
でもⅦ組のみんなが大切になればなる程、ワタシの中の西風が小さくなっていく。
ワタシにとって西風とはそんなものなのだろうか?
うーん、……、ん?
不意に人の気配を感じて振り返る。
見ると、青紫の髪に同じ色の瞳を持った女性がこちらを見ていた。
アリシア女王と同じ瞳だ。
……もしかして?
「あら?それ、私の制服……」
ヤッパリ姫様だ!
思わず着ている服を脱ぎ出すフィー。
「あ、いえ、その、脱がなくて大丈夫ですよ!?」
「えっ、いいの?」
「ふふふ、オリヴァルト皇子のお連れの方ですね?」
「ん」
「どういう経緯かは解りませんけど、良く似合っていますよ?」
「さ、さんくす……」
「あら?ちょっと着崩れしてますね」
姫様がフィーのスカーフを直してくれる。
「これで良いですね」
綺麗に整えてくれた。
「さんくす」
「ふふ、どういたしまして」
どうやらとても出来た姫様らしい、こんな得体の知れない小娘に微笑んでくれるとは。
「自己紹介がまだでしたね、私はクローディアといいます。貴女は?」
「フィー……、フィー・クラウゼル」
「フィーさんですか。……どうしました?こんなところに一人で?」
「ん、ちょっと……、昔の事を……」
上手く説明出来ない、説明の仕方が解らない。
「んーと……」
「……その制服は、私が通っていた学園のものなのですが、私、そこを卒業できなかったんです」
「え?」
フィーがまごついていると、何か察してくれたのか、姫が話し出す。
「在学中に色々あって……。大切な、本当に大切な友人も居たのですが、今はもう連絡も殆ど取って無いんです」
「そうなんだ……」
「でも、私は、それで良いと思ってるんです」
「??、何で?寂しくなら無いの?」
「ええ、全然」
姫は笑顔で言う。
「だって、もう会えないかも知れないんだよ?」
「うーん、もう会えないかどうかは解らないですけど……」
なんだ、やっぱりワタシとは違うんだ。
「でも」
姫は遠くの方を見た。
「思い出は絶対無くなったりしませんから……」
「……無くならない?」
「ええ、嬉しい過去も、辛い過去も、楽しい過去も、忘れる事はあっても消える事はありませんから」
「……」
「それは、私だけじゃなくて、相手も同じはずですから」
「……」
「私は、そう思います」
「……」
「あ、ごめんなさい。偉そうな事を言ってしまって」
「ん、……ううん」
……急に楽になった。
そうだ、ワタシと西風の繋がりは、絶対消えたりしない。
西風とワタシの繋がりも消えない。
……今はそれで十分だ。
何してるか知らないけど、みんなしぶといし、そうそう死ぬ事も無いだろう。
だから、きっといつか、また会える。
それで十分だ。
「さんくす、クローディア……姫様」
「ふふふ、呼びづらければクローゼと呼んで下さい」
クローゼが優しく微笑む。
「ん、さんくす、クローゼ」
「どういたしまして、フィーさん」
二人で笑った。
「広間の方に行ってみましょうか?」
「らじゃ、クローゼ」
「ふふふ」
二人手を繋いで広間へ向かった。
城門前を通った時、ミュラーとユリアが城に入って来た。
二人共汗をかき、息を切らせている。
あれ?……、まさか、外で『して』きたのか!?
「おや、クローディア姫、ご無沙汰しております」
ミュラーが畏まる。
「姫様、お出迎え出来ず、失礼いたしました」
ユリアもそれにならう。
「お久しぶりです、ミュラー少佐。ユリアさんもご苦労様です。……、えーっと、お二人でどちらへ?」
「いや、久しぶりにユリア大尉と剣を交えたくなりまして。少し闘技場の方へ」
「ふふふ、有意義な時間を過ごさせて頂き、感謝いたします」
……、ま、そんな事だろうとは思ったけど……。
軍人同士だとそういう気持ちにはならないのか??
「姫様とフィー君はどちらへ?何やら仲良さ気ですが……」
ユリアが二人の繋いだ手を見ながら言う。
「ええ、広間へ向かう前に着替えようかと思い自室に向かったのですが、その途中で彼女と……。ふふふ、少し乙女同士の話をしていました」
クローゼが悪戯っぽく笑う。
「そうでしたか、では、広間へ向かうとしましょう」
「はい」
4人は連れ立って広間へ向かう。
ユリアが広間の扉を開けると……、そこには地獄の光景が待っていた。
サラが下着姿で床にノビている。タプンと膨らんだ腹には、大量のアルコールが詰まっているのだろう。
ピクリとも動かないけど、生きてるのか?
皇子はテーブルに突っ伏し、その頭にシェラが樽から直にワインを注ぐ。
私の酒が飲めないのか!と言わんばかりだ。
皇子はピクピクと痙攣しながらも、何故か恍惚の表情を浮かべ、それを受け入れている。
アイナはその様子を微笑ましく見ながら、会食が始まった時と全く変わらぬ姿勢で、全く同じペースで飲み続けている。だが、その背後には、ワインの空樽が2つ転がっていた。どうやらフィーが出た後に倉庫から追加して来たらしい。
あの細い身体の何処にあんなに入るんだ?
こ、これがリベールの遊撃士。
恐ろしい、恐ろし過ぎる……。
シェラ、銀閃コンビは辞退するね、……ワタシには無理。
ユリアがそっと扉を閉めて、笑顔で振り返る。
「いかがでしょう?姫様のお部屋でお茶でも飲みませんか?」
「そ、そうですねユリアさん、私、何かお菓子でも作りましょうか?」
「ん、ワタシも手伝うよクローゼ」
「うむ、では男一人が参加するのも無粋か。自分はもう少し外で剣を振って来よう」
4人はその場を後にした。
ユリアがふと立ち止まり、懐から紙を取り出すとペンを走らせ、それを広間の扉に張り付ける。
[この扉、許可があるまで決して開けるべからず。 ユリア・シュバルツ]
翌早朝、4人はグランセル空港に来ていた。
広間の後片付けは、アイナとシェラが昨夜の内に済ませてくれたらしい。出る前に少し覗いたが、昨夜の惨劇が嘘の様にキレイだった。
「昨夜は大変失礼した、後日改めてお詫びに伺う」
皇子が昨夜の非礼を詫びる。
「いいえ、お気になさらず、オリビエさん。またいつでもいらして下さい」
クローゼとユリアが見送りに来てくれた。
早朝にも関わらず、完璧な身嗜みだ。
「クローゼ君とはロクに話も出来なかったが、通商会議の時にでもゆっくりと語り合うとしようか?」
「はい、楽しみにしておきます」
フィーは、昨夜の内にヒルダ夫人が繕ってくれたⅦ組の制服に着替えていた。お礼を言って王立学園の制服を返した時「もう少し女性らしさが身に付くと、もっと素敵になれますよ」と言ってくれた。
「では、うっ……、また」
皇子が吐き気を堪えながら別れの挨拶を口にする。
それでも笑顔を崩さないのは皇室の人間ゆえか、それとも帝国男子の意地か。
どちらにしてもオリビエお兄ちゃん、あんたは大した男だよ。
それに比べてサラはフィーの肩に掴まり、やっと立っている状態だ。朝から一言も会話せずに、目の焦点もあっていない。
たまにボソッと「アイナ怖い、アイナ最強」と呟いている。
サラ、重いからもう少し自分で歩いて。
「フィーさん」
クローゼがフィーに近づく。
「いつでも遠慮なく来て下さい。また、一緒にお菓子作りしましょう」
「らじゃ、またねクローゼ」
最後にミュラーが敬礼して締めくくると、4人は飛行挺に乗り込みヘイムダルを目指した。
「リベールはどうだったかなフィー君?」
飛行挺のなかで、皇子が尋ねる。
「ん、オリビエお兄ちゃんの言うとおり、景色も綺麗で料理も美味しくてみんな優しくしてくれた、……でも」
「でも?」
「でも、……カシウス准将はもう遠慮したいかな?」
皇子とミュラーの笑い声が飛行挺内に響きわたる。
でも、楽しかったなリベール。いつか、Ⅶ組のみんなと来れたら良いな。
西風のみんなと、とは思わなかった、思う必要も無かった。
思い出は無くならない、自分も相手も……。
だから今は、今の仲間と一緒に居ようと思った。
窓の外には大きな湖と、朝日が昇っている。
子猫は眩しそうにそれを見つめた。
その日の夜
ヘイムダル城広間
「フィリップ、今日の晩酌は無いのか?」
デュナン公爵が夕食時、執事に尋ねる。
「申し訳ございません、本日は切らしておりまして。2Fのバーには蓄えが御座いますので、後程にでも」
「うーん、余は今飲みたいのだが……。ん?切らせていると申したか?」
「はい、左様で御座います」
「確か地下倉庫にはワイン樽が4つ程あったと思うたが?」
「はい、もう無くなりまして御座います」
「昨夜の内にか?」
「左様で……」
公爵の開いた口が塞がらない。
確かに好きにして良いとは言ったが……。
人としての常識と言うものがあろう。
……は!まさか!
「よ、余の秘蔵の2本は無事であろうな!?」
「それが……、昨夜の見回りの兵が申しますには、銀髪の小さな少女が、ボトルをらっぱ飲みしながらワイン樽を片手で運んでいたとか……。勿論、何かの見間違いだとは思いますが……」
銀髪の小さな少女?
昨日のグランアリーナ、獣の様な咆哮を上げて、カシウスに挑む小さな少女の姿を思い出す。
……ああ、また頭痛が。
「フィリップ、頭痛がぶり返した故部屋に戻る。お前も休んでくれて構わんぞ……」
そう言い残し公爵は部屋に帰った。
フィー・クラウゼル
その名はリベールの一部の王族に、これ以上無く鮮明に刻まれた。
最終回みたいな終わり方ですが、もう少し続きます。