この空間を考えたヤツは絶対ロクなヤツじゃない。
大玉は転がって来るわ、魔獣の巣には繋がってるわ、水攻めには遭うわ、火攻めには遭うわ、槍は飛んでくるわ、天井は下がって来るわ、疲れきってるところに都合良く宿屋があったから一泊して起きたらスタート地点に戻ってるわ……。
……イヤ、マジでもう勘弁して……。
取り敢えずここから出たら、ミヒュトの店は爆破してやる事を心に強く誓った。
この空間に迷い込んでどのくらい経っただろう?
2日か?3日か?……それとも1週間位経ってるのか?
時間の感覚が曖昧になっている。
皆にも疲労の色が濃く見て取れる。
無理もない……、ずーっと同じ景色の中を、いつ終わるとも知れずに歩き続けているのだ。
これで妙に元気だったら、それこそ遠い所に召される一歩手前だろう……。
「あー、もう!いい加減にして欲しいわ!!」
アリサがキレ出す、もう何度目になるか解らない。流石にお嬢様育ちに、この環境はキツイのだろう。
「アリサさん、落ち着いて私の目を見て下さい。一緒に深呼吸しましょうか?すーはー、すーはー」
その都度エマが背中を撫でながらアリサを落ち着かせる。
しばらくすると、アリサは口元に上品な笑みを浮かべながら伏し目がちに両手を前に組み、三歩下がってリィンの後を躊躇いがちに付いて行く。
正に完璧な上流階級のお嬢様だ。
ん?……あれ?アリサって、あんな感じで良いんだったっけ???
何だか記憶も曖昧になってきた様な気がする。
そんな事を考えながら通路を歩いていると、不意に赤く巨大な扉が行く手を阻んだ。
以前リィンの妹が襲われた、4階層の扉とは違う。
禍々しい彩飾が全体に施され、只の扉にも関わらず生理的な嫌悪感すら漂っている。
何だ、あれ?
「これは……」
「あからさまにヤバそうな扉ね……」
「ねぇ……、僕この扉、何処かで見た気がするんだけど?」
「ああ、俺もだ……」
「僕も知ってるぞ、これは……」
「ふむ、七曜教典に記された煉獄の扉そのものだな」
「ああ、俺も知っている。幼い頃ノルドの地に来た巡回神父に教典を見せて貰った」
「ええ、てっきり空想上の物だと思ってましたが」
銘々に感想を述べる一同。
基本的に人間は幼い頃に怖い物だと教え込まれた物は、いくら年月が経とうが恐怖感を拭えないものだ。日曜学校に通った事のある者達が、ただそこに在るだけの扉に得体の知れない恐怖を感じるのも無理ない事である。
「うーん、ボク知らないよ?」
「ん、ワタシも見た事無いかな?」
反対に、育ちにやや難ありのチビッ子達は、趣味の悪い扉だな、としか思わないらしい。
フィーとミリアムが無造作に扉へと近づく。
「んじゃ、開けよっか?」
「うん、がーちゃん、手伝って」
チビッ子二人が躊躇いもなく煉獄の扉に手を掛ける。
「待て待て待て!二人共、ちょっと待て!」
「いくら何でも無警戒過ぎるわよ!」
「そ、そうだ!こういう物は、もう少し良く調べてからだな……」
「?、開けなきゃ調べらんないよ?」
「そういう事を言ってるんじゃ無い!」
「こういう物はもっと慎重にいくべきだろうが!」
「あはは、マキアスもユーシスも怖がり過ぎだよ」
「こ、怖がってなどいない!」
「ミリアム、お前確かお化けの類いは駄目なんじゃなかったのか?」
「え?これ、お化けなの?」
「ふむ、お化けとは違うかも知れんな?」
「以前実習で訪れたローエングリン城の時と良く似た風は吹いてはいるが……」
「お化けとは違うかな?」
「それじゃあ、ボクは全然平気だよ」
ミリアムの怖い基準はイマイチ良く解らない。
「待て!」
急にガイウスが緊張を含んだ声を上げる。
フィーとミリアムも何らかの違和感を察知し、素早く扉から離れる。
「風が変わった!皆、気を付け……」
「ガイウス、それ、飽きてきたからもう良いや」
フィーが悪意の無い無邪気な瞳をガイウスに向ける。
「!!……、す、すまん……」
それだけ言うと、ガイウスは悲しげに視線を伏せて押し黙った。
一行は扉に注意を向ける。
何か居る。
両開きの扉が二つに割れ、少しずつ開いていく。
瘴気が溢れだし、生存本能が近寄ってはならないと警鐘を鳴り響かせる。
開いた扉の先に誰かが居る。男だ、白衣の様なローブを着て眼鏡を掛けた、一見人の良さそうな男がいる。
男は眼鏡を押し上げながら優しげな声で語り掛けてきた。
「おやおや、これは可愛いらしいお客さん達だ」
男は柔和な笑顔を浮かべながら一行に近付いて来る。
「歓迎するよ、私の名は……」
その瞬間、フィーがミリアムとリンクを繋ぐ。
「ミリアム!」
「!、おっけー!がーちゃん、やっちゃえー!!」
アガートラムが現れ、有無を言わさず男の横面を殴り飛ばした。
「ぐはぁ???」
全く予期していなかったのか、まともに食らった男は数アージュも吹き飛ばされる。そこに、フィーが素早く近寄り、ポーチから取り出したワイヤーで男を手早く拘束する。
「な、な、何をするのだ!?」
見るからにいたいけな少女に、この様な仕打ちをされるとは夢にも思わなかったのだろう。男はなす術もなく捕らえられた。
「えーっと……、フィーさん、いくら何でもこれは……」
リィンがフィー達に近寄る、流石に引いているらしい。
男はワイヤーで手足を縛られ、更に扉の取手に引っ掛けられて宙吊りにされていた。
すぐ隣では、アガートラムがビームの発射口を突き付けている。
「……酷いよフィー、その人が何したっていうのさ?」
エリオットが申し訳無さそうに男を見つめる。
「ふむ、フィー、何か不審なモノでも感じたのか?」
「ん?ううん、これと言って特には」
「それじゃあ、何でいきなりこんな事したのよ!?」
「んー?……、こんな所に一人で居る時点でロクなモンじゃ無いと思って?」
「まぁ……、確かにそうかも知れませんけど……」
「もしかしたら、味方になってくれる人かも知れないじゃないか!?」
マキアスが眼鏡を光らせながら詰め寄る。
「?、ワタシの味方は、皆が居てくれれば十分だよ?」
フィーはさも当たり前の様に言う。
「!……、ふふふ、確かにそうだな」
ユーシスが笑みを浮かべながら呟く。
「まぁ、やってしまったものは仕方ないか……」
「ああ、それにこの男、不穏な風を感じるのも確かだ」
「不穏な風?」
「そ、それって……」
「も、もしかして、この空間を作った人?」
全員の男を見る目が変わる。
「だとしたら……」
「ギルティ……、だな」
ラウラが大剣を構え、男に近寄る。
「な、な、な???ま、待ってくれ!き、君達は何か勘違いをしているぞ!?」
男は必死に懇願するが、フィーが鼻先に双銃剣を突き付けて威嚇する。
「誰が喋って良いって言ったの?次に許可無く喋ったら……、解るよね?」
低く、底冷えのする声で耳元に凄む。
男は口を閉ざして首を縦に振った。
「フィーちゃん……、ちょっとやり過ぎでは?」
エマが心配そうに見つめる。
「イヤ、拘束して吊り下げてる時点でもう手遅れじゃ……」
「ふむ、いっその事逃げられ無い様に、手足を切り落としておくか?」
ラウラが大剣を構えながら男の手足を見つめる。
「ん、ラウラ、折角だけど、それはもうちょっと後で」
どうやら手足を切り落とされる事は決定した様だ。
「まず、色々聞きたいんだけど……、貴方は何者でここで何をしているの?」
アリサが男に問いかける。
「さ、さっき言いそびれたが、私の名は……、うぐぅ???」
フィーが双銃剣を男の口に突っ込む。
「もう忘れちゃったの?ワタシの許可無く喋ったらダメだよ?」
昔、猟兵団でベヒモスの異名を持つレオが言っていた。
尋問する時は、相手に恐怖を刷り込ませる為に多少理不尽だと思っても初めに思い切り怖がらせておくのが肝心だ、と。
まぁ、あのガタイと怖面で凄まれたら、それだけで大概の人間は聞いて無い事まで全部喋り出すのだが……。
「良い?聞かれた事にだけ答えるんだよ?アンタは誰で、ここで何してるの?」
口に突っ込んだ双銃剣をグリグリしながら聞く。
「うぐぅ??う、うんんん!!」
男は懇願するように視線を向ける。だが、これだけやられて泣きを入れて来ないところを見ると、なかなか気合いが入っているらしい。
……こいつは、虐めがいがありそうだ。
フィーは少しだけ意地悪な笑みを浮かべて目の前の獲物を見据えながら双銃剣を引き抜いた。
「ぶはぁー、はぁはぁ……、わ、私の名はワイスマン、ゲオルグ・ワイスマンだ、今はここで門番の様な事をしている」
その後彼は、色々な事を話してくれた。
現世では既に死んでいる事、悪事を働いた為に煉獄へ落とされ門番の仕事をやらされている事、煉獄と一口に言っても数多の階層に分かれていて何ヵ所もの扉を定期的に見回らなければならず結構大変な事、彼以外にも悪人は落とされて来るが友達は一人も居ない事、でも一人で気楽にやれてそれなりに充実している事、たまに過去に犯した悪事を思い出して一人でニヤニヤしたりする事、たまに迷い込んで来る人間を騙して煉獄に連れ込んだりしている事、その時の騙された人間の顔を見るのが大好きな事、Ⅶ組の一行もそうしてやるつもりで近寄ったがいきなりアガートラムに殴られるとは思わなかった事、他人の不幸が何よりも好きで悲鳴と泣き顔をおかずにしてどんぶり飯5杯はイケる事……。
そして一番質の悪いのは、それらに対して全く罪の意識を持っていない事だ。
Ⅶ組全員の顔にこれ以上無い程の嫌悪感が宿る。
……はぁ、こいつ、クズだ……。
猟兵団に所属していた頃、フィーは様々な人間を見て来た。
金さえあれば誰でも言いなりになると思っている人間、暴力で無理矢理他人を従わせる人間、自分は何もせず他人任せにして手柄だけ持っていく人間、人の命を何とも思わない人間、欲望の為なら手段を選ばない人間……。
クズの種類も様々だ。
だが、目の前に居るこいつはフィーが出会った中でもトップ3に入るクズだ。
さて……、どうしてやるかな?
「ふむ、この男がクズなのは十分に解ったが、ここからはどうすれば出られるのだ?」
「そう、それだ!僕は一刻も早くオペラハウスに行きたいのだ!」
「うん、僕も早くクロチルダ様に拝謁したいよ」
チルダー二人の原動力は変わらないらしい。ここまで来ると呆れを通り越して尊敬に値する。
「クロチルダ?……、もしかしてヴィータ・クロチルダの事か?」
ワイスマンが勝手に口を挟むが、チルダーには関わりたく無いフィーは何もしなかった。
「ほう?君の様なクズでもクロチルダ様の事は知っているらしいな?」
マキアスが嬉しそうにワイスマンを見つめる。
「知っているも何も、私と彼女は同志の様なもの……、うぐ???」
マキアスがショットガンを口の中に突っ込んだ。
「同志?君の様なクズが蒼のディーヴァと同志だと!?」
トリガーに掛けた指に力が入り震えている。
「……残念だよ、こんなクズの為に演奏しなきゃなら無いなんて」
エリオットがバイオリンを構え、レクイエムを奏でようとする。
「待て待て待て!二人とも落ち着け!」
リィンが止めに入る、このままだと確実にヤッてしまうところだ。
「……ところでクズのワイスマンさん、獅子の証、深奥、虚ろなる宝珠という言葉を聞いて何か思い当たる事はありますか?」
エマがまるで汚いモノを見るかのように、冷たい視線を送りながら聞く。ワイスマンに対して相当怒っていらっしゃる様子だ、マキアス達の話も耳に入らなかったらしい。
「ぐふぅ、な、何だそれは?」
ワイスマンが口からショットガンを吐き出して答える。
「良いから、聞かれた事にはすぐに答える。さもないと……」
フィーが双銃剣をチラ付かせる。
「……し、深奥というのは恐らくこの煉獄の事だろう、……それと、証と宝珠か……」
ワイスマンの顔が一瞬変化するのをフィーは見逃さなかった。
「何か知ってるね?」
ワイスマンが視線を逸らす。
「いや、知ってるという程では無いが……」
「ラウラ、取り敢えず右足から切り落としてくれる?」
「ふむ、承知した」
ラウラが大剣を振りかぶる。
「ま、待ってくれ!隠すつもりは無い!ただ不確定な情報を伝えて良いものか迷っただけだ!」
「ふーん……、そんじゃ不確定でも良いから話して。ラウラ、ぶった切るのはもうちょっと待ってて」
「むう、足など無くとも会話に支障はあるまい……、2本もあるのだし、1本位は構わんと思うのだがな」
渋々剣を収めるラウラ。
「あくまで確信の無い話だ、この先300アージュ程進んだ所に誰も使わない祭壇がある、君達の望む物がそれかどうか解らないが私に思い当たるのはその位だ」
「祭壇……」
こんな場所に祭壇、確かに調べてみる価値はありそうだ。
「とにかく行ってみるか、他に当ても無いしな」
「そうね。このままここに居ても進展は望めないでしょうし」
「ボクもさんせー!それじゃあ、れっつごー!」
「このクズはどうする?」
「そうだな、このまま放って置くのもな……」
「私は君達の言う通りにした!無抵抗の人間にこれ以上危害を加えるつもりか!?」
ワイスマンが必死で訴える。
「うーん、流石に可哀想に思うんですけど?」
「イヤ、蒼のディーヴァを侮辱した罪は重い、万死に値する」
「でも、現実世界ではもう死んでるんでしょ?もう一回死ぬなんて出来るのかしら?」
「取り敢えず両手足を切り落としておくか、ゴロゴロ転がっているだけなら大した悪事も行えまい?」
ラウラが再度大剣を振りかぶる、どうしてもぶった切ってやりたいらしい。
ワイスマンの顔が恐怖に歪む。
「イヤ、もう解放してやるとしよう。こんな場所に一人で居るだけでも十分罪の償いになるだろう、フィー、拘束を解いてやってくれ」
「え?良いの?」
「ああ、もう聞く事は聞いたし、これ以上はな……」
はぁ……、ホントに甘いねリィン。……ま、それでこそのリィンか……。
「……らじゃ、ちょっと待ってね」
フィーがワイスマンの背中を支えながら、拘束しているワイヤーを切断する。
「ふぅー、ありがとう」
ワイスマンがズレ落ちた眼鏡を押し上げながらリィンを見る。
「あなたに同情した訳じゃ無い、あなたが何をしてここに居るのか詳しくは聞かないが、どうかこのまま罪を償って下さい」
「……ああ、解った。私はこのまま煉獄の門番として生きていくよ」
ワイスマンは顔を伏せたままこちらを見ようともしない。傍目には反省している様に見える。
「ん、じゃあ行こっか」
「ああ、行くぞ、皆!」
一行はワイスマンに背を向けて門をくぐり、更に奥へと向かう。
……嘗めおってクソガキ共が……。
私を誰だと思っているのだ?白面のワイスマンだぞ?結社使徒第三柱にして聖杯騎士団から『最悪の破戒僧』と評された男だぞ?それを、それをあんな年端もいかない学生共ごときに……。
ふふふふふ……、これは傑作だ、全く、笑わせてくれる……。
ふふふ、だが、詰めが甘いなぁ諸君?私は女子供相手でも容赦しないよ?勿論、後ろからの不意討ちなんて事も躊躇い無くするさ……。
ふふふ……、さあ、覚悟するが良い!
……ん?そうだ!
あの生意気な銀髪の小娘だけは無傷で拘束してから私の暗示を掛けてやるとしようか、そして他の者を動けなくしてから小娘自身の手で一人一人ズタズタに引き裂いて殺させてやるのだ、あの赤毛の少年など良い声で泣き叫んでくれそうだなぁ、ふふふ……。
そして全員殺させてから暗示を解くのだ!その時小娘はどうなってしまうのだろうなぁ?ふふふ、今から愉しみで仕方ないよ……。
暗い笑みを浮かべながらワイスマンが立ち上がる。
「んっんんふふふふふふ……、感じるぞぉ……、煉獄の波動……、さぁ、愉しいショーを始めようか……」
ワイスマンが両手を上げて仕掛けようとする。
その時。
「……イグニッション」
フィーが小さく呟く。
ワイスマンが爆発した。
「……折角助けたのに」
リィンが嘆く。
「フィー、いつの間に仕掛けたのよ?」
「ん、縛ってたワイヤーを切る時、背中にペタッと」
「ふふふ、流石フィーだな、抜け目が無い」
一行は黒焦げになって横たわるワイスマンを見つめる、一応ピクピク動いているので大丈夫そうだ。
「ねぇ、フィー、あのクズ男が後ろから襲って来なかったら見逃すつもりだったの?」
「?、そんな訳無いじゃん、単にワタシ達と距離が開いたからドカンしただけ」
「……、どっちにしても爆発させる気だったんだね……」
「とーぜん、それに、あの手合いは絶対何か仕掛けて来ると思ったしね」
「まぁ、確かに……」
「では、避けられぬ運命だった訳だな……」
「もう、忘れよう……」
「ああ、事故の様なものだ、気にする必要は無いだろう」
リィンが一行の先頭に立つ。
「それじゃあ、気を取り直して行くぞ!」
『おう!』
祭壇に向けて歩き出す一行。
フィーは少しだけ後ろを振り返り、焼け焦げたワイスマンを見つめる。
一人で居るのは良く無いよ……、こんな場所だけど誰か友達が出来ると良いね……。
それだけ思うと、もう振り返る事は無かった。
周囲には恐ろしげな魔物の姿もちらほら見えるが、ワイスマンに対する仕打ちをドコからか見ていたのだろう。関わりたく無いのか、こちらを襲って来る事は無かった。
一行は煉獄の道を進んで行く。