妖精の軌跡first【完結】   作:LINDBERG

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子猫はお姉さんと仲良くなる

窓の下にはネオン溢れる夜景が広がっていた。

黒銀の鋼都と呼ばれるそれはエレボニアのどの都市とも異質で、鋼鉄と最先端の導力技術で彩られ見る者を圧倒する光景であった。

 

 

 

いつ来てもスゴい街だな……、っていうか、こんな高い所から見る事になるとは思わなかった……。

 

ラインフォルト本社ビル最上階ペントハウス、アリサの実家だ。特別実習でルーレを訪れたフィー達A班は、宿泊先としてお世話になっていた。

案内役兼世話役としてシャロンも一緒だ。

 

実習初日を終えた一行は夕食を終え、今は各々が自由な時間を過ごしている。

エリオットとクロウはラウンジで学院祭のステージについて話し合い、マキアスは書斎でコーヒーと読書、リィンとアリサは屋内テラスでイチャイチャしている。

そしてフィーは……。

 

ホント、お嬢様の部屋って感じだな……。

 

アリサの部屋でゴロゴロしていた。

 

 

 

流石は大金持ちのお嬢様のベッドだ、大きくてフカフカで文句の付けようが無い。今夜はここでアリサと二人で寝る事になるらしい。

……ふふふ、思いっきりイタズラしてやるとしよう。

まっ……、それはさておき。

 

フィーは寝転がりながら、夕方に遭遇した領邦軍と鉄道憲兵隊の小競り合いを思い出していた。

 

互いの権利を自分勝手に主張し合い、挙げ句の果てに領邦軍が市街地に戦車を持ち出して来たのには流石に呆れたが、フィーが一番引っ掛かりを覚えていたのはユーシスの兄だ。

 

ルーファス・アルバレア。

四大名門アルバニア家の嫡男にしてトールズ士官学院の理事。

恐らくルーレを治めるログナー侯爵との謁見で来ていたのだろうが、軍の縄張り争いにわざわざ口を挟むというのがやや気になる。

そしてそれ以上に、領邦軍が彼の言う事に素直に従ったというのがどうしても引っ掛かっていた。

基本的に軍という組織は、直属の人間の指示以外は聞かないものだ。指揮系統の混乱を招く可能性もあるし、縄張り意識の強い領邦軍ともなればそれは尚更だろう。同じ貴族派に連なるとはいえ、アルバレア家に身を置くルーファスの指示にあっさりと従ったというのが、どうにも納得がいかない。

 

そもそもルーファスとは何者なのだろうか?

例えば学院理事の顔ぶれを見ても、ラインフォルト会長のアリサの母、帝都知事のマキアスの父、そして理事長であるオリヴァルト皇子。それぞれが肩書きを持った社会的地位の高い人物だ。四大名門に名を連ねるルーファスが小物とは思わないが、他の面子に比べるとやや見劣る気がする。

 

何で理事なんかやってるんだろ?

 

色々考えられるが一番しっくり来るのは、皇子に近付く為の隠れ蓑として理事という立場を利用するといったところか?そうなると問題は何の為にという事になる。

アルバレアの為か貴族派の為か、それとも……。

 

うーん……。

 

解らん……、そもそも情報が少な過ぎる。だんだん考えるのも面倒になってきた。

 

ん、コーヒーでも飲んで来よっかな。

 

アリサの部屋を後にするフィー。

 

 

ん?

 

見るとリィンがエレベーターの方に向かって行く。

 

?、こんな時間に外出?何処行くんだろ?

 

見つけてしまったからには仕方がない、フィーはリィンの追跡を開始した。

 

 

 

 

 

ラインフォルト本社一階ロビー

 

こんな時間になってもまだ多数の人間が商談している。帝国商人の逞しさを感じはするが……。

 

……何がどう転んでも、ラインフォルトに就職するのだけは、あり得ないな……。

 

フィーはエレベーターのすぐ横にある柱の影に隠れながら思った。

時間外労働などフィーの主義からすればもっての他だ。多少給料が安くても、昼休みと昼寝休みがある職場が理想である。

 

さて……、リィンは何処行った?もう建物から出ちゃったか?

 

柱の影から辺りの様子を窺うフィー。

その時、不意に後ろから声を掛けられる。

「何してるんだ?フィー」

「!!、ヤバっ!」

思わず逃げ出す。

「って、何で逃げるんだ!?」

尚も声を掛けられる。

 

はぁー、油断した……。

 

諦めて立ち止まり、後ろを振り返るフィー。そこには予想通りの人物が立っている。

 

「……やるねリィン、気配はしっかり消したつもりだったけど?」

「ああ、エレベーターの到着音がした時にうっすら影が見えたからな。それに……、気配を消してもフィーなら何となく解るよ」

「……ふーん」

 

姿を見られていたのはマズったな、少し隠形の技術が鈍ったかもしれない……。

……

……

……ん?フィーなら解る?何でだ?

 

「で?こんな所で何してたんだ?」

「……リィンこそ、こんな時間に何処行くの?……デートとか?」

「違うよ、ついさっきARCUSにクレア大尉から連絡があってな、話したい事があるからちょっと来てくれって……」

 

クレア大尉?こんな時間に話したい事?しかもARCUSに連絡??

 

「……えっ?それってやっぱり、デートなんじゃ……」

思わずリィンから視線を外すフィー。

「だから違うって……、今ルーレで起きてる事を説明してくれるらしいんだが」

 

成る程、それでウチのリーダーに連絡してきた訳か。

でも、単純な状況説明で終わる筈が無い。余計な事にまで首を突っ込むなと釘を刺してくるのは目に見えている。

しかも相手はクレア大尉か……、リィンじゃ簡単に丸め込まれそうだ……。

 

「ワタシも付いて行って良い?」

「え?ああ、一人で来てくれとは言われてないから構わないとは思うけど……」

「ん、じゃ、れっつごー」

フィーはリィンに先立ってラインフォルトビルから出て行く。

「……やれやれ」

頭を掻きながら苦笑いし、リィンもその後に付き従った。

 

 

 

 

 

ダイニングバー〈F〉

 

クレアが待ち合わせに指定した店は、少しアダルトなムードが漂う隠れ家的なショットバーだった。

店内に入ると一人でカウンター席に座る彼女を見つける。

 

!、へぇー……。

 

フィーが心の中で感嘆を洩らす。

クレアは夕方に見た憲兵隊の軍服では無く、淑女然としたドレスを身に纏っていた。

あまりの艶っぽさに思わず目を奪われるフィー。

ミリアムの話だと男の気配は無いらしいが、世の男共がこれを見て放って置くはずは無い。それとも高嶺の花過ぎて誰も近寄れないのか?

 

そう言えば彼女の異名は氷の乙女だったか……。

……良く良く考えると、男受けの悪そうな異名だ。

 

気配を察したクレアが振り返る。

「お待ちしておりました、リィンさん……、それと……?」

淑女らしい振る舞いで挨拶してくる。

「今晩は、クレア大尉」

「ども」

リィンとフィーも簡単に会釈を返す。

「……フィーさんも御一緒でしたか……」

「すいません、どうしても付いて来たいと言って聞かなくて……」

言い訳がましく謝罪するリィンと、その様子を隣から冷ややかに見つめるフィー。

「ん、お邪魔だったら帰るけど?」

出来るだけ皮肉を込めた口調で言ってやる。

「……内密な話ですので出来れば二人っきりでと思っていましたが……。ま、良いでしょう、奥のテーブル席に移動しましょうか?」

「はい、俺は何処へでも!」

リィンが勢い良く応える、貴女となら煉獄の果てまでお供しますと言わんばかりだ。

 

はぁ、これだから男は……。

 

やはり付いて来て正解だったなと思うフィー。このまま二人きりで話させてたら、確実に向こうのペースに巻き込まれて終わっていただろう。

 

クレアがカクテルグラスを持ったまま奥のテーブル席へと移動し、その後ろにリィンとフィーが付き従う。

ナイトドレスを着こなし、優雅に歩くその姿を後ろから見つめるフィー。

 

軍人にしては着慣れてる感じがするな、……もしかして、意外とお嬢様なのかな?

 

続いて横に並ぶリィンを見る、鼻の下が解りやすく伸びて、視線は歩く度に揺れるクレアの臀部を見つめていた、口元はだらしなく緩んでいる。

 

はぁ……、これは、少しお灸が必要かな?

 

この後の話し合いを考えると、もう少しピリッとしていてもらわないと困る。

 

「……あ、ごめん」

謝ってからフィーはリィンの足を引っ掛けた。口にはいつものように悪戯っ子特有の笑みが浮かんでいた。

「……え?う、うわ!?」

あっさり躓いて、前のめりに倒れるリィン。

 

「え?」

背後の異変を察知したクレアが急に振り返る。リィンはそのままクレアの胸元に顔を埋めた。

「うぶっ!???」

入学式の直後に同じ様な状況でアリサのボインに挟まった事があるリィン。しかし、あの時は制服の上からだったが、今はザックリと開いた胸元の谷間に直接顔を埋めている。

 

「なっ??くっ!?」

クレアが咄嗟に身を引いて後ろに倒れ込み、巴投げの要領でリィンを思い切り投げ飛ばした。

「……あっ」

とフィーが思った時には、既にリィンはバーFの壁に頭から突き刺さっていた。

 

 

 

 

 

 

「……も、申し訳ありません」

クレアが乱れたドレスを直しながら謝罪の言葉を口にする。

あの後、壁に突き刺さったリィンを二人で救助し、〈F〉のマスターにお詫びしてから奥のテーブル席でフィーとクレアは向かい合って座っていた。

 

ちなみに救助されたが意識の戻らないリィンは、一つ隣のボックスシートに寝かせてある。 とんでもない量の鼻血が流れ出ているが、……まぁ大丈夫だろう、何だか幸せそうな顔で寝てるし?

 

「……その、リィンさんは大丈夫でしょうか?」

「ん、大丈夫大丈夫」

「すいません、咄嗟に身体が動いてしまって……」

クレアが再度頭を下げる。

「全然へーき、リィンは打たれ強いから」

「そ、そうですか?……」

クレアは申し訳無さそうな顔をするが、フィーはいつもの事なので全く気にしていない。

元を正せばフィーの責任なのだが……、何しろトールズの生徒は常在戦場である。

致し方無い事だと割り切った。

 

「では、お話を始めさせて頂きますが……、その前に何か飲み物でも頼みますか?」

先程の騒動で、クレアもカクテルを床に溢してしまっていた。テーブルの上に何も無いというのも些か味気が無い。

「ん、えーっと……」

 

どうしよう?ほとんどミラを持っていない。

 

「ふふ、勿論支払いはこちらが持ちますからご遠慮なく」

気配を察したのかクレアが優しく微笑む。

「え?……、じゃあ、お言葉に甘えて」

メニューを開くフィー。

とは言うものの、こういった店に来るのは初めてだ、メニューを見ても全くピンと来ない。

上から順に知っている飲み物を探す。

 

うーん……、もう水で良いかな……、あ!これは知ってる。

 

「じゃあ、これ」

フィーがメニューに載っている一品を指差した。

「?……えーっと、フィーさん、お酒は駄目ですよ?」

「ん、大丈夫、これは子供でも飲めるヤツだから」

「そうなんですか?……解りました、すみませんマスター」

クレアがマスターを呼び、フィーがリクエストした飲み物を2つ注文する。マスターは一瞬怪訝な顔を見せたが「畏まりました」と一礼し、すぐにドリンクを持ってきてくれた。

テーブルの上には、赤いラベルが貼られたスタイニーボトルが2本置かれている。

「では、Ⅶ組の実習成功を祈って」

「かんぱーい!」

軽くビンを合わせて、互いにバタービールを口に含む。

「!!、美味しいですね、これ!」

「でしょ?前に寮で女死会した時に飲んだんだけど、スゴく評判良かったんだ」

「ふふふ、女子会ですか?楽しそうな事をしてるんですね……」

「今度するときは、ミリアム経由で大尉も呼ぶよ?」

「……いえ、私が行くとサラさんの機嫌が悪くなりそうですし……」

「大丈夫大丈夫、どうせサラは端の方でお酒飲ませておけば大人しくしてるから」

「フィーさん、担任教官をそんな風に言ってはいけませんよ」

「あ、……ごめんなさい」

「ふふふ、いえ、私こそごめんなさい。ちょっと先輩風を吹かせてみたくなりました」

「?……、先輩風?」

「ええ……、あれ?言ってませんでしたか?私もトールズの出身なんです」

「え?大尉もそうなんだ?」

「はい。……、あの、フィーさん、今はプライベートな時間ですし、良ければ私の事はクレアと呼んで下さい。私もフィーちゃんと呼びますから」

「ん、じゃあ……クレア」

「はい、フィーちゃん」

「えへへ」

「うふふ」

 

フィーにとって、猟兵団を抜けてから、こういう年上のお姉さんと二人で話すのは初めての事だった。(サラは精神年齢が近いもしくは自分より下だと思っているので対象外らしい)

 

お姉ちゃんか……。

 

「ごほん、では、余り遅くなってもいけませんし、本題に入りたいと思います」

「ん、よろしく」

クレアが今ルーレで起きてる事を端的に話し始める。

 

憲兵隊と領邦軍は一触即発の状態で夕方に起きた事などまだカワイイ部類だという事。出来る限り衝突は避けているが本格的な闘争になるのは時間の問題だという事。帝国解放戦線が裏で貴族派と繋がっているのは間違い無いという事。ラインフォルトの一部が貴族派に加担している可能性が高いという事。その調査にクレア率いる憲兵隊の部隊が査察に入るという事。

フィーは静かにバタービールを飲みながら、その話に聞き入っていた。

 

「……、以上がこちらから開示出来る情報です」

「……ん、大体解った」

話し終え、クレアもバタービールで喉を潤す、途中でお代わりを注文したので既にお互い2本目だ。

「アリサのお母さんとは話したの?」

「イリーナ会長ですか?いいえ。……実は閣下からイリーナ会長との接触を禁じられていまして……」

「?……何で?一番始めに話を通さなきゃならないんじゃないの?」

「ええ、その筈なのですが、そちらとの話は既に付いているとしか……。詳しい事は私にも……」

「ふーん……、あ、無くなった」

フィーが空のビンを逆さにして、最後の一滴まで飲む。クレアがカウンターに向けて手を上げた。

「マスター、彼女にお代わりを……」

「ん、どうせなら3~4本まとめて貰おうよ?」

「……それもそうですね、マスター、同じ物を5本お願いします」

マスターは一瞬眉間に皺を寄せたが「畏まりました」とすぐにオーダーを持ってきてくれた。

 

「それにしても美味しいですねコレ、病み付きになりそうです」

「クレアは良くこういう店に来るの?」

「いいえ、普段は憲兵隊の寮で自炊する事が殆どですので」

「ふーん、カレシとか居ないの?」

「ふふふ、ご想像にお任せします」

「ワタシの所に入って来た情報だと、男の影は無いって事なんだけど?」

「……もう、ミリアムちゃんたら」

「その様子だとホントらしいね?」

「さぁ、どうでしょうか?」

クレアが悪戯っぽく笑う、その仕草は同性のフィーから見てもとても魅力的に見えた。

「でもモテるでしょ?言い寄って来る男なんか掃いて捨てる程居るんじゃないの?」

「とんでもない!……こういう仕事をしているせいか、余り男性とのご縁が無くて……」

「ふーん……、ねぇ、何でクレアは憲兵隊に入ったの?」

「え?」

「何となくしっくり来ないんだよね……、ミリアムみたいに諜報部員っていうなら納得できるんだけど?」

「……似合ってませんか?」

「あ、ごめん。……怒った?」

「ふふふ、いえ、……自分でも無理してるなって、たまに思いますから……」

 

……ひょっとして、地雷踏んだか?……、はぁ、これじゃリィンの事言えないな。

 

チラリと横目で気持ち良さそうに眠る朴念仁を見る。

 

「強いて言えば、恩返しですね……」

クレアが唐突に話す。

「恩返し?……それって、鉄血のオジサン?」

「ええ……」

少しだけ遠くを見る目で、クレアが応える。

「以前、閣下にはとてもお世話になりまして、そのお返しを少しでも出来ればと思ってこの仕事を選びました」

「そうなんだ……」

 

これ以上の詮索は無用かな?

 

フィーはそう思ったが、クレアの方から踏み込んで来た。

「フィーちゃんには、閣下はどのように映りますか?」

「ワタシ?……うーん、ヘイムダルの実習の時にちょっと会っただけだからな……」

「一目見た印象で構いません」

「ん、……ヤッパリ怪物に思えたかな?何でも飲み込んじゃいそうな怪物」

「ふふふ、素直な答えですね」

「ん、クレアはどう思ってるの?」

「私も一緒です、良くも悪くも、全てを一人で抱え込んでしまう怪物……」

フィーと似ている様で全く違う表現をするクレア。

「……確かに、時には強引な手法で事を成す事もあります。でもそれは、全て帝国の未来を見据えての行動だと私は信じています」

「……その過程で、不幸になる人が出たとしても?」

「全ての人を幸福に導く事は出来ません。犠牲を払ったとしても大局を見なければならない時があると私は思います」

「ん……、そう」

「……フィーちゃんは、そういう考え方は嫌いですか?」

「ん……」

ビンに残っていたバタービールを一息で飲み干す。

「……知ってると思うけど、ワタシは前に猟兵団に居たんだ」

「……はい」

「色んな戦場に出て、色んな作戦に参加して……、時には味方を囮にしてでも相手を叩き潰す、なんて作戦もあった」

「……」

「猟兵団は戦うのが仕事だから、依頼主がそれを望んだら断る事は出来ない。ま、ウチは団長が調子の良いオジサンだったから、そういうのは出来るだけ上手く避けてたんだけど、それでもたまに犠牲は出る……。そういう時に思ったんだけど……、戦場で亡くなる兵士の事を、偉い人は名前で見ているのか、それとも数字だけで見ているのかなって……」

「……」

「終戦後の報告書には、怪我人とか犠牲者は数字で書かれるだけで終わりでしょ?それで、もし遺族が居れば弔慰金を払う事になるけどそれも数字だけ。戦場に巻き込まれて命を落とす人も数字、家を失う人も数字、家族が居なくなって一人ぼっちになっちゃう子供も数字、……戦争を始める人はそれに関わる人を、ちゃんと人間として見てるのかな?」

「……」

「クレアが鉄血のオジサンの事、大切に思ってるのは良く解ったし、鉄血のオジサンもちゃんと帝国の事考えてるってのも何となく解るよ……。でも、その過程で不幸になる人の事を数字でしか見てないんなら……」

「……」

「あ、ごめん、変な話して。言ってる事、良く解んないよね?」

「……いいえ、……とても考えさせられました」

「うんん、聞かなかった事にして。ただの世間知らずな小娘の戯れ言なんだから……」

「……フィーちゃんは世間知らずな小娘なんかじゃありませんよ。……私の大切な後輩で、……私の大切なお友達です」

「……さんくす、クレア」

「ふふふ、どういたしまして」

「えへへ」

「うふふ」

少しだけ楽しそうに笑う二人。

 

「……あっ、いけない、もうこんな時間ですか」

クレアが時計を見ながら呟く。

「ごめんなさいフィーちゃん、長々と付き合わせてしまって……」

「ん、全然平気、ちょっと眠くなってきたけど……」

「ふふふ、それじゃあ、コレを飲んだら帰りましょうか?」

「らじゃ」

二人は美味しそうにバタービールを飲む。

 

 

 

 

 

クレアはバタービールを飲みながらふと思う。

 

今日の自分は少し変だ、必要以上に内部事情を話してしまっている。余りに多くの情報を与えるという事は、それだけⅦ組の生徒を危険に晒す可能性が高まるというのに……。

 

もう一口飲む。

 

何だか身体が熱くなってきた気がする。フィーちゃんの純真な話に当てられたのだろうか?

 

最後の一滴まで飲み干す。

 

……それにしても美味しい飲み物だ、何処の物だろう?

 

そこでクレアは初めて赤いラベルを見る。

異国の言葉で書かれているため殆ど理解出来ない、だが彼女の目はある一部分を捉えていた。

 

【58%】

 

……え?……何が58%?

 

急に視界が歪み出す。

 

え?え?え?な、何コレ???

 

更に風邪を引いた時の様に、目の前の景色がグルグル回りだす。

 

な、な、な???

 

唐突に自分に起きている事を理解する、目の前ではフィーが美味しそうに最後の1本を飲んでいた。

 

な……、なんで貴女は何とも無いの???

 

意識が少しずつ薄れていく。

 

これはまさか……、私に洗いざらい全てを喋らせる為の策???な、何という事だ!!?

 

更に視界が狭まる。

 

さ、流石はシルフィード……、すっかりやられてしまった……。

恐るべし……、フィー・クラウゼル……。

 

ん?クラウゼル?……クラ、ウゼル???

……

……

……

「……ク、……ら、……さん……」

クレアはそのままテーブルに突っ伏し、寝息を立て始めた。

 

 

 

 

 

「あれ?クレア?おーい」

フィーが声を掛けるが、全く反応が無い。

 

……そっか、疲れてるんだね、お休みクレア。

 

子猫は残りのバタービールを美味しそうに飲み干した。

 

 

 

 

 

 

 

 

ふぅー、ようやく一段落ですわ。

 

シャロンはA班全員分の洗濯、ペントハウス全室の掃除とベッドメイクを済ませ、一つ息を漏らした。

 

後は明日の朝食の仕込みと、会長に言われた書類整理と、会長に言われたⅦ組の報告書と、会長に言われたARCUSと魔導杖の経過レポートと、会長に言われたお嬢様の観察記録と、会長に言われた……etc、etc……、を片付ければ今日の業務は終了ですわ。

 

時計を確認する、現在時刻は22時少し前だ。

 

そう言えばリィン様とフィー様のお帰りが少し遅いようですね。〈F〉に入って行くのを上から拝見していましたが、まだ出て来ないところを見るとお話が弾んでいる様子でございます。

……私から見たところでは、フィー様もリィン様も互いに相手の事を少しだけ意識していらっしゃる様に見受けられます。それが恋愛感情かは今一つ解りかねますが……。

アリサお嬢様も、もっと積極的に行かなければリィン様のハートを掴む事は難しいというのに……。奥手なお嬢様には酷な話でございましょうか?

……!そうですわ、以前貴族クラスのマルガリータ様がラヴエッセンスなるものを作られているという話を伺い、実はシャロンも密かに真似をしているのでごさいます。

まだ動物実験の段階(動物=サラ)ではございますが、思いきって明日の朝食にでも混ぜてみると致しましょうか?

あれを一口食べれば身体が火照って堪らなくなり、きっとお嬢様も上から下からヨダレを垂らしてリィン様におねだりするに相違ございませんわ。

少し危険な気もしますが……、うふふ、そこはシャロンの愛の形だとお嬢様ならご理解下さる筈でございます。

そうと決まれば、早速準備致しましょうか。

 

シャロンがそう思った時、ARCUSに通信が入った。

 

あら?こんな時間にどなたでございましょう?

 

通信を繋ぐ。

 

「あ、シャロン?フィーだけど」

「あら、フィー様。お帰りが遅いので心配しておりましたわ」

「えーっと、ちょっと手伝って欲しいんだけど、今すぐ出て来れる?」

「勿論でございます。フィー様の為ならこのシャロン、何処へでも伺いますわ」

「さんくす、じゃあ〈F〉ってバーで待ってるからお願いね」

「畏まりました、では後程」

 

通信を切った。

どうやらイタズラ子猫が何かしでかしたらしい。

 

フィー様のオイタには困ってしまいますわ……、そこが彼女の魅力でもあるのですが。

 

シャロンは業務を後回しにしてエレベーターへと向かう。

お嬢様に自作のラヴエッセンスを御賞味頂くのはまた別の機会にと諦めた。

 

 

 

本人が知らぬ間に【大切なモノ】を失わずに済んだアリサはお風呂に入っていた。

 

……?何故かしら、湯船に入っているのにちっとも身体が温まらないわ……、風邪でも引いたのかしら?

 

言い様のない悪寒を感じながら、アリサはのぼせるまで湯船に浸かり続けていた。

 

 

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