ん……、あれ?
朝、目を覚ますと見慣れぬ天井があった。
……あ、そっか。アリサん家に泊まったんだっけ……。
昨日の夜を思い出す。
シャロンに手伝ってもらい、リィンとクレアをラインフォルトのアリサの実家に連れ帰った後、急に睡魔に襲われたフィーは制服のままベッドで眠ってしまったのだった。
んー……、なんかぐっすり眠れた気がする。ベッドがフカフカだったからかな?
軽く身体を伸ばしながら横を見るとアリサが眠っていた、可愛いらしいピンクのフリルが付いたパジャマが目に入る。
……そっか、アリサと一緒に寝たんだ。
まだ起床には早い時間、アリサは起きる気配もなく寝息を立てていた。
……ぐっすり寝てるな……。
フィーは口元にイタズラっ子の笑みを浮かべると、アリサの頬っぺたを指で軽く突っついてみた。
「……ん、……うう」
アリサが顔をしかめる、だが目を覚ましはしない。
顎の下を少し撫でてみる。
「……んん、……ん」
アリサが気持ち良さそうな顔を見せる、だが目を覚ましはしない。
首筋を優しく引っ掻いてみる。
「……ん、……んん」
アリサがくすぐったそうな顔を見せる、だが目を覚ましはしない。
鎖骨に沿って指を這わせてみる。
「……んん、……あっ」
アリサが戸惑った顔を見せる、だが目を覚ましはしない。
ふふふ、アリサ、良い夢見せてあげるよ……。
口元を歪めながら、更に下へと指を動かすフィー。
「うふふ、お早うございます、フィー様」
不意に後ろから声を掛けられ、思わずフィーはベッドから飛び起きる。
「お早いお目覚めでございますね、フィー様」
見ると、ラインフォルトのメイドが笑顔で立っていた。
「……あ、シャロン。……おはよ」
び、び、び、ビックリしたー、いつから居たんだ?アリサに気を取られていたとは言え、気配も物音も全く感じ無かった。
……やるね、シャロン。
「先程クレア様がお目覚めになられて御帰宅されました。フィー様とリィン様にくれぐれも宜しくとの事でございます」
「ん、そか、……さんくすシャロン」
「いいえ、いつでもシャロンを頼って下さいませ。では、朝食の準備がございますので私はこれで……。もし宜しければ、フィー様はシャワーでも浴びて来られては如何でごさいますか?」
「ん……、じゃあ、お言葉に甘えて……」
「はい、是非そうなさって下さいませ。では、失礼致します」
シャロンはスカートを持ち上げて挨拶すると、アリサの部屋を後にする。
「……あ、そうでございますわ、フィー様」
部屋を出る前にシャロンが振り返り、フィーを見つめる。
「オイタはホドホドに……」
満面の笑みとは裏腹な、全てを屈伏させる凍てつく眼光がフィーを貫いた。
「……はい、……ごめんなさい」
「うふふ、では」
悪魔メイドは去って行った。
こ、怖かった……。シャロンを怒らせるのは絶対止めておこう。
心に固く誓う。
はぁ、変な汗かいた……。シャワーでも浴びてこよ。
少しだけ名残惜しそうに隣で眠るアリサのボインを見つめた後、先程のシャロンの視線を思い出したフィーは一つ身震いすると部屋を後にした。
AM7:00
朝食を取りながら、フィーは昨夜クレアから仕入れた情報を全員に聞かせる。リィンがクレアのボインで〈ぱふぱふ〉した後に投げ飛ばされたのは、武士の情けで内緒にしてやった。
というか本人が全く覚えていないらしいので、責めようがない。
「成る程、そんな事になってるのね……」
「予想はしてたが、想像以上にキナ臭くなって来やがったな」
「しかし、現時点で僕たちが介入する余地は無さそうに思うのだが?」
「……うん、確かにそうだね。学生が関わる様な話じゃ無さそうだし?」
「ん、でも、ワタシ達はこれまで散々帝国解放戦線と関わってる。こっちがそう思って無くても、向こうがどう思ってるか……」
「言えてるな、取り敢えず領邦軍と憲兵隊には不必要に近寄らない様に気を付けよう」
「……ねぇシャロン、ラインフォルト内部はどうなってるか教えて貰えないかしら?」
アリサが赤く大きな瞳をシャロンに向ける。
「……私の立場からは何とも……。ですが、第一製作所には近寄らない方が宜しいかと……」
「そう……、ありがとう、それだけで十分だわ」
「?……どういう意味だ?」
「えーっと……、食べ終わってからにしましょう」
シャロンから視線を外し食事を再開するアリサ。
「さあ皆様、本日の実習もハードなモノになっております。沢山食べて英気を付けて下さいませ」
シャロンに促され、全員が会話を中断し食事に戻った。
「……以上がラインフォルト内部における大体の派閥よ」
朝食を終え、実習の課題を受け取った一行は、ラインフォルト本社前の広場で、今日の予定の確認とアリサからラインフォルトの内部事情を説明されていた。
シャロンから渡された実習内容が書かれた紙は、既に全員が確認し、リィンが持っている。
「貴族派と革新派の派閥争いか……」
「ったく、何処に行ってもこの話になるな」
「……ホントだね、流石にうんざりしてきたかな……」
「うーん、父さんの仕事にも関わる事だから、余り悪くは言いたく無いのだが……」
各々が感想を述べるが、否定的な言葉しか出て来ない。
「イリーナ会長はどう考えてるんだ?」
「うーん、母様は基本的にそういうのにはノータッチなのよね……。仕事さえキチンとしてれば後は自己責任みたいな?」
「くくくっ、アリサの母ちゃんらしいぜ」
「でも、ルーレってログナー家が治めてる所でしょ?そっちとの関係はどうなの?」
「しかしフィーの話じゃ、宰相閣下との話は付いているという事じゃないか。ラインフォルト家自体は平民だし、一応は革新派寄りの立場なんじゃ無いのか?」
「……」
「?、どうした、フィー?」
「ん……」
「何か引っ掛かるの?フィー」
「んー、……イヤ、別に」
昨日のクレアの話だと、アリサのお母さんとは鉄血のオジサンが直接話し合ったという印象を受けた。
一企業のオーナーとはいえ、ラインフォルトの会長と言えば相当の影響力がある。宰相自らが話を付けに行ったとしても何ら不思議ではない。
問題は何の話をしたのか、という事だ。
単純に考えれば革新派の味方をして欲しいといった所だろう。マキアスの言う通りラインフォルトは平民だ、少なくとも貴族派に肩入れしない様に頼む位はしているだろう。
その先はどうだ?
アリサのお母さんはバリバリのやり手だ、例え相手が一国のトップでもそう簡単に口説けはしないだろう。
仮に「積極的に革新派に協力してくれ」と頼んだ所で「寝言は寝て言いなさい」とか言われるのがオチな気がする。
だが、一つだけ例外がある。
それは、宰相がラインフォルトを質に入れて交渉するというやり方だ。
アリサのお母さんは確かに凄い人物だ、一人でコレだけの大企業を切り盛り出来る人間はそうは居ないだろう。
だが、その行動にはある一貫性が感じられる。それは、何に置いてもラインフォルトを最優先する、という強い意思だ。
例え娘に嫌われようとも、例え自身の父親を追い出してでも会社を護るというのは、生半可な覚悟では出来ない。それにワタシが見た雰囲気だと、アリサのお母さんは元からのワーカホリックという感じでは無い気がする。だが、昨日対面した際はラインフォルト会長としての凄まじい気概を感じた。勿論自分が会長を務める会社だ、大事じゃない訳が無い。だがそれ以上に、どんな手を使ってでも会社護る、という執念めいたモノが見て取れた。
そこに帝国のトップが横槍を入れてきたらどうなる?それも下手をすれば会社の屋台骨が揺らぐようなネチっこいやり方でだ。
……恐らく、渋々ながらも従う、以外の選択肢は取れないのではないか?
しかも、それはここ最近の話では無い筈だ。アリサのお祖父さんがラインフォルト社を追い出された事情から見ても、少なくともガレリア要塞に列車砲が設置される以前の話になるだろう。
となると……、ラインフォルトは随分前から宰相の手の内だった、という事にはなり得ないだろうか?
勿論このやり方には大きなリスクもある。コレだけの大企業だ、一枚岩では無いだろうし、貴族に連なる人間も多数在籍しているだろう。それを全て管理するのはほぼ不可能だし、何よりそれが原因でラインフォルトがホントに揺らぐ様な事になれば、宰相も共倒れになるのは目に見えている。
考え過ぎかな……、でも頭の隅には置いておくか。
そうなると今度は、鉄血のオジサンの目的が気になる。
「ねぇマキアス、マキアスのお父さんと鉄血のオジサンは仲良いんだよね?」
「ん?ああ、一応盟友と呼ばれている位だからな」
「鉄血のオジサンは何の目的で宰相なんかやってるか知ってる?」
「うーん、……確か宰相になった当初は貴族と平民の垣根を取り払い、エレボニアが一体となれる国作りを目指すとか言ってたけど……」
「ふーん……」
ありがちだな、と思った。殆どが建前だろう。
だが建前の中にも本音は混じるものだ。今のマキアスの話の中で気になるのは……、やはり貴族と平民の垣根、と言う部分か……。
確か鉄血のオジサンは強硬な手段を使ってでも帝国内に鉄道を敷き、法改正を推し進め、近隣諸国を領土に加えている。
正に鉄血だ!(……っていうかそもそも鉄血って何だ?)
昨日のクレアの言葉を思い出す。
【何でも一人で抱えてしまう怪物】
成る程、確かに誰が敵になろうとも自分の主張を押し通す為なら手段を選ばない辺りそんな感じはする。
そしてその全てを良くも悪くも自分の責任だと認めているのだから、凄まじい鉄血っぷりだ!(鉄分が多い血液の事かな?)
……何とも破壊力抜群なオヤジだ。
大体、良い歳こいてあの鬱陶しいロン毛はなんだ?ああ見えて休日には波乗りでも楽しんでるのか?
マキアスのお父さんと二人で、ボードを担いで海に向かうアロハシャツに海パン姿の宰相を想像してみる。
「閣下、今日は良い波が来てますね」
「ふふふ、最高のカービングをお見せ致そう」
……世も末だ。
まっ、それは置いといて。
貴族と平民との垣根を取り払う、という言葉だけは何となく本心な気がする。だが具体的にどうやって、となると現時点ではお手上げだ、情報が無さすぎる。
これ以上は考えても無駄かな……。
「良し、それじゃあ、2日目の実習を開始するぞ」
リィンの声に視線を向ける一同。
「取り敢えず課題を全部終わらせてから、残った時間でラインフォルトの貴族派について探ろうと思うんだが、それで良いか?」
反対の声が上がらないのを確認してから、リィンは課題の書れた紙をポケットにしまった。
「Ⅶ組A班、行くぞ」
『了解!』
一行は掛け声と共にルーレの街へと繰り出した。
午前中の実習を終えた一行は、昼食を取ろうと店を探していた。
「町外れにドヴァンス食堂っていう私の幼馴染みが働いてる店があるのよ、そこにしない?」
「ああ、アリサに任せるよ」
「だな、こういう時は地元っ子に従うのがベストだ」
「ん、そんじゃ、れっつごー」
一行は移動を開始する。
その途中、街の一角に人だかりが出来ているのを発見して、足を止める。
「ん?あれは何の騒ぎだ?」
「また、領邦軍と憲兵隊が揉めてたりして?」
「俺らが関わる様な事じゃ無さそうだな……、それよりメシにしようぜ」
クロウが通り過ぎようと歩を進める。
「……ちょっと待った、何か様子が変だ?」
「……ねぇ、何か焦げ臭く無い?」
その時、群衆が見つめる先から黒煙が立ち上った。
「火事!?」
「行くぞ皆!」
「らじゃ!」
「ちぃ、しゃーねーか!」
群衆を掻き分け、急ぎ進んで行く。
何とか現場となる大きな建物の前に辿り着いた一行。
「ここはラインフォルトの軍事工場が入ってる建物よ!」
「軍事工場?それじゃあ、火薬にでも引火したら……」
「ん、この一帯ドカンだね」
「れ、冷静に言ってる場合か!」
領邦軍も憲兵隊もまだ来ていない様だ。
「取り敢えず避難を手伝おう、クロウとエリオットは辺りの野次馬をもっと下がらせてくれ、アリサはARCUSでイリーナ会長かシャロンさんに連絡を取ってみてくれ、マキアスとフィーは俺と一緒に中に入って、逃げ遅れが居ないか確認するぞ!」
「了解!」
「おうよ!」
「了解よ、私も母様達と連絡が取れたら直ぐに後を追うわ」
「頼む!行くぞ、二人とも!」
「らじゃ!」
「任せておきたまえ!」
三人は熱波が渦巻く建物内へと潜入する。
「逃げ遅れた人はこれで全部ですか?」
リィンが工場の責任者に確認を取る。
「ああ、私達で最後だ」
フィーとマキアスは念のため周囲を確認していた。
火の勢いが強くなっている、早いところ脱出した方が良さそうだ。
「皆!大丈夫!?」
そこにアリサが合流する。
「工場長、お怪我はありませんか?」
「あ、アリサお嬢さん!?何でこんな所に??」
「詳しい話は後で、行くわよ、皆遅れず付いて来て!」
『了解!』
前列にリィンとアリサ、工員達を挟んで最後尾にフィーとマキアス、といった陣形を組んで火事場を後にする。
その時、フィーは何かの気配を感じ取る。
??、何か動いてる?
見ると、炎の向こうで大型の人形兵器が駆動していた。
「な、何だアレは??」
マキアスもそれに気付き、ショットガンを構える。
3アージュ程の体長で両手にガトリング砲を携え、頭部のセンサーカメラで周辺をサーチしているらしい。
警備兵人形?にしては大掛かり過ぎな気が……。
人形はフィー達を認識すると、炎を掻き分けて向かって来た。
「な、何だ!?ヤル気か!!?」
「ん、そうみたい」
リィン達に工員の誘導を任せその場に残る二人、出口は直ぐそこだった。
これ以上進ませたら、街中まで付いて来ちゃう。
そうはさせない!
フィーも双銃剣を取り出す。
「マキアス、フォローよろしく!」
「了解。だが、無理はするなよ!」
「らじゃ!」
炎の中に飛び込むフィー。
アチチ、こりゃ早いとこケリ着けないとヤバいかも。
上手く炎の隙間をくぐり抜けて人形兵器へと接近する。
「こっちだ!!」
マキアスがショットガンを撃って牽制する、しかし装甲に阻まれ大したダメージは与えられないらしい。
なかなか頑丈だね……、それなら。
マキアスに向けてガトリング砲を構える人形。その隙にフィーが人形の足元までもぐり込み、装甲が薄い間接部分に双銃剣を突き刺した。
下足部分の導線がショートした兵器は尚も前進しようともがき続けるが、その場でジタバタするだけで走行不能となっていた。ガトリング砲はまだ生きているが、土台が崩れている為、銃口はあさっての方向を向いている。
ふふん、チョロいチョロい。
Vサインを決めて、フィーはその場から離脱する。
「ふぅー、流石はフィーだな。……うん?」
マキアスが振り返ると、既に出口までの道が炎に塞がれていた。
「な、な、何だと?」
他の脱出ルートを探ろうと辺りを見回す。
そこへ
「マキアス、息止めて!」
フィーが駆けつけマキアスの襟首を掴むと、天井へ向けてワイヤーフックを飛ばす。
「な、な、な???」
そのまま振り子の力を使い、出口まで一気に飛ぶ!
「なぁー!!!」
「肺が焼けちゃうから、息止めてってば!」
「ん、んんん!!!」
人生初のアクロバティックを命懸けで体験するマキアス。
二人は炎の壁を突き抜け、外へと飛び出した。
「マキアス!大丈夫か!?」
リィンが心配そうに倒れたマキアスを覗き込む。
「……ね、姉さん……。……今、そっちに行くよ……」
マキアスが見えない何かに語りかける、どうやら見えてはいけないものが見えているらしい。
「ん、大丈夫そうだね」
フィーが事も無げに締め括った。
「こっちの避難も完了したぜ」
「お疲れ様、みんな」
野次馬の整理を終えたクロウとエリオットが労う。
「アリサ、イリーナ会長とは連絡とれたのか?」
「……ダメ、母様もシャロンも通信圏外でどうにもならなかったわ」
アリサが頬を膨らませて憤る。
「お疲れ様でした、皆さん」
そこへ、数名の憲兵隊を率いたクレアが到着する。
「あ、クレア……大尉」
「お疲れ様です、大尉」
フィーとリィンが即座に反応する。
「はぁ、ようやく来やがったか」
クロウが悪態を付く。
「遅れて申し訳ありません、後はこちらで引き受けます」
配下の隊員に素早く指示を飛ばし場を収めるクレア。
「皆さんお怪我が無いようで何よりです、……ですが」
クレアの顔が険しくなる。
「……少し軽率な行動でしたね。昨日お話した通り、今のルーレは危険な状況です。この様な事に首を突っ込むのは如何なものかと……」
「クレア……大尉、そういうのは、もっと早く来てから言って欲しいかな?」
「!!……ふふふ、それもそうですね」
先程迄の険しい顔が嘘の様に、クレアが優しい微笑みを見せる。
「ごめんなさい、少し位は釘を刺しておかないと、貴方達は無茶ばかりしてしまいそうなので」
「それは、憲兵隊大尉として言ってるの?」
「はい、……それと、皆さんの先輩としてです」
フィーとクレアが視線を交わし、互いに微笑む。
「あ、そだ、中に人形兵器が居たから気を付けて」
「人形兵器ですか?……了解しました、こちらで対処します」
アリサが一歩前に出る。
「クレア大尉、フィー伝に私達も状況は伺っています。今回の火災、今ルーレで起きている事と無関係ではありませんね?」
真摯な態度でクレアに尋ねる。
「そうですね……、調査をしてみないと何とも……。ですが、その可能性は限り無く高いと思います。まずは領邦軍が到着してから連携して……」
クレアの顔色が変わる。
「何故領邦軍が到着していない?市街警備兵なら、直ぐにでも駆け付けて来そうなものなのに?」
「クレア大尉!」
憲兵隊の一人が近寄って来てクレアに耳打ちする。
「……鉄鋼山が!?了解、直ちに向かいます。貴方は部隊をまとめて下さい」
「はっ、了解致しました!」
伝令兵は一つ敬礼をして去って行った。
「何かありましたか?」
リィンが聞くと、クレアがⅦ組一同に向き直る。
「ザクセン鉄鋼山がテロリスト達に占拠されました。……どうやら帝国解放戦線を名乗っているそうです」
「鉄鋼山が!?」
「帝国解放戦線??」
クレアが姿勢を正し敬礼する。
「では、私はこれで……。貴方達はこれ以上絶対に関わらない事、いいですね!」
それだけ言い残し去って行った。
「鉄鋼山か、……さて、どうする?」
「最後に思いっきり釘刺されちゃったけど……」
「このまま引き下がるってのもなぁ」
「ね、姉さん……」
「マキアス、うるさい」
全員が顔を見合わせる、マキアスだけは1人で遠い所を見つめていた。
「鉄鋼山はラインフォルトの工員達が働いているの、このまま放っとけないわ!」
アリサが感情を露にする。
リィンが少しだけ考える。
「そうだな、取り敢えず鉄鋼山に行ってみよう。せめて遠くから様子を窺うだけでもいい」
「うん、了解」
「ちっ、ヤッパこうなるよな……」
「ね、姉さん……」
行動を開始する、クロウが足取りの覚束ないマキアスに肩を貸してやる。
街中から山道を抜けて一行は鉄鋼山を目指した。
ザクセン鉄鋼山
ルーレ北東に位置する巨大な鉄鉱山で、帝国の屋台骨を支えている。皇族アルノール家の直轄地として、ラインフォルト社とログナー家が共同で管理していた。
鉄鋼山に到着した一行は、昨日に引き続いて領邦軍と憲兵隊のイザコザを目撃していた。坑道の入り口には領邦軍の武装車輌が数台配置され、人の出入りを遮断している。辺りからは所々で白煙が上り、先程の工場の火災を連想させた。
しかし。
?、……何か変だな。
フィーは違和感を感じていた。
「また、やってるわ……」
「……ったく、懲りねーな」
「大尉は?」
「あそこ見て」
エリオットが指差す、見るとクレアが領邦軍の隊長らしき人物と言い合っている。
「もう少し近付いてみよう、見付からない様に気を付けてくれ」
『了解』
一行は姿勢を低く保ちながら移動を開始する。
クレア達の会話が聞こえてくる。
要約すると憲兵隊はテロリストとの交渉を主張し、領邦軍は現状の静観を主張しているらしい。
「何でこんな時に言い争ってるのよ!」
「全くだ、テロリストに時間を与えるだけじゃ無いのか?」
「うーん、どっちの主張も解らないでも無いんだけど……」
「工員が人質になってるだろうしな……」
「ああ、下手に交渉するのも危険なのかも知れないな。火災も起きてるみたいだし」
「ん、いや」
フィーがリィンの発言を否定する。
「だぶん発煙筒か何かでカムフラージュしてるだけだと思う」
「え、そうなのか?」
「白煙の上がり方が少し不自然。それに領邦軍の対応も異様な程早い、……ぶっちゃけグル何じゃないの?」
「グルって、領邦軍とテロリストがか!?」
「……いえ、確かにそう考えればさっきの工場の火災に領邦軍が来なかった事も説明が付くわ」
「ちょっと待って、もしそうなら……」
「ちっ、どうにも何ねーな、こりゃ」
「どうする?」
「うーん……」
全員が腕を組んで考える。
「……ここで見ててもしょうが無いし、一旦街に戻るか?イリーナ会長にも報告した方が良いだろうしな」
「だな、確かに見てるだけじゃ、しゃーねぇか」
「ああ、ここで出来る事も無さそうだしな」
「……そうだね、その方が良いかも」
「ん、さっき、クレアに釘刺された事だしね」
フィーが目を細めてリィンを見つめる、口元にはイタズラっ子の笑みが浮かんでいた。
「え?い、いや、それは別に……」
咄嗟の事にリィンが口ごもる。
「……成る程、そういう事なのね」
アリサがジトリとした目を向ける。
「え、ええ?……えーっと、二人とも?」
リィンの額にうっすらと汗が滲む。
「行くわよ、皆!」
「らじゃ!」
アリサとフィーが先だって歩き始める。
リィンがその姿を成す術もなく見つめていると、その肩にクロウが手を置いた。
「まっ、気にすんな、ボクネン」
「……だから、そのボクネンって何なんだよ?」
がっくりと肩を落として後を追う。
一行は再び山道を下って行った。
ルーレ市街に戻ると、聞き覚えのある動力エンジンの駆動音が聞こえて来た。
あれ?この音って……。
見ると動力バイクがこちらに向かってくる。
運転しているのはアンゼリカだ、サイドカーにはジョルジュが大きな身体を丸めて収まっている。
「あ、アンゼリカさん!?ジョルジュ先輩も!?」
「な、何で先輩達が!?」
「ふふふ、皆無事の様だね」
いつものライダースーツを身に纏ったアンゼリカが軽やかにバイクから降り立つ、続いてジョルジュが重たそうにサイドカーから身体を引っ張り出した。
「ったく……、お前らまで来たのかよ?」
クロウが呆れ顔でジョルジュに話し掛ける。
「うん、サイドカーの試乗も兼ねて。乗り心地に関しては……、今後の課題かな」
ジョルジュがおしりをさすりながら答える、トールズからここまでずっとあの体勢だったのだろうか?
「ふっ、私の実家が迷惑を掛けていると聞いたものでね。アリサ君とフィー君にもしもの事があってはいけないと、助っ人に参上した次第だ!」
「……」
「あのぅ、先輩……」
「僕達は……?」
男子達が渋い顔を見せる。
「だが流石に長旅で疲れたよ……、さぁ、3人でホテルに部屋を取って一休みしようじゃないか。なに、私に任せておくが良い。このアンゼリカ・ログナー、3人までなら同時にOKさ!」
アンゼリカの手が蛇よりも素早くアリサとフィーを絡め取った。
「ちょっ、あ、アンゼリカさん!?」
「ん、捕まった……」
何がOKなんだ?
「あの、アンゼリカ先輩。実は……」
リィンが恐る恐る鉄鋼山が占拠された事を伝える。
「なんと、そんな事になっていたとは!……ホテルで3時間のコースを予定していたが、1時間に変更しなくてはならないか?」
「アン、その位にしておきなさい……」
「む……、いかんいかん、私とした事がつい欲望をさらけ出してしまった。二人とも、すまないがお楽しみはまた今度に。そうだ!今夜なんてどうだ……」
「ゼリカ!いい加減にしやがれ!何しに来たんだオメーは!?」
「おや?クロウじゃないか、いつから居たんだい?」
アンゼリカがたった今気付い様に、驚きの目を向ける。
「……こ、この女だけは」
クロウの瞳に暗い怒りの炎が宿る。
「アンゼリカ先輩、ルーレで起きてる詳しい事をお伝えしたいのですが?」
「ふむ、了解だ。こちらも君達に伝えたい事がある、情報交換といこうじゃないか」
「じゃあ、さっき話していた私の幼馴染みが働いてるお店に……」
「お店?ホテルかい?」
「レストランです!!」
アリサが憤りながら先頭を歩き出した。
「ふふふ、怒られてしまったか……。だが、怒ったアリサ君というのも実に良い!」
その後をアンゼリカが追う。
何処までもポジティブなアン先輩だ。
「ったく、着いて早々これかよ……」
「いつもの事だろ、もう諦めなよクロウ」
「た、頼りに成るんだか成らないんだか……」
「ほ、本当に大丈夫なんだよね???」
「まあ、アンゼリカ先輩だからな……」
男性陣が疲労を吐露する。
その様子を見ていたフィーが。
「ん、いちいち真面目に付き合うから疲れるんだよ……」
事も無げに告げて、アリサ達の後を追う。
『な、成る程……』
男子5人が深く頷き、その後に従った。
一行はドヴァンス食堂へ向けて移動を始めた。