妖精の軌跡first【完結】   作:LINDBERG

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子猫の眼は暗闇で光る

「……いつ気付いた?」

 

クロウの様子に変化は無い、顔には取って付けた様な笑みを浮かべたままだ。先行しているリィン達の姿は既に見えず、周囲に人の気配は無かった。

すぐ横には採掘用の深い縦穴が掘られてあり、崖の様に切り立っている。その反対側には崩落時に退避する横穴が掘られていて、汚れて錆び付いたトロッコが置かれていた。

 

フィーはトロッコの淵に手を掛けると、スカートが汚れるのも気にせずにチョコンと腰掛けた。

 

「ん、正直に言えば、初めてヘイムダルの地下で見た時から違和感はあったかな……」

「……そんなに前からかよ」

「他の幹部3人が顔を出してるのに、リーダーがマスクしたままってのが引っ掛かってた。他の連中はともかく、Cは顔を隠す必要がある人なのかな?くらいは思ってた」

 

その時にオリヴァルト皇子を、暫くの間疑っていたのは秘密だ。

 

「ガレリア要塞の時も同じ。他の幹部達が闘ってるのに、リーダーが声だけで姿すら見せない、ってのは普通じゃ考えられない。味方の士気にも関わるしね。どうせマスク被ってるんだし、代役ぐらいは立てるべきだったね?」

「……ちっ」

クロウが渋い顔を見せる。

「あの時Cが姿を見せなかった理由を後から色々考えたんだけど、一番始めに思い付いたのはガレリア要塞に目を向けさせておいて、別の場所で何かを仕掛けるっていう策略。でもクロスベルの通商会議にCが現れたっていう情報は入って来ないし、他の所でも特に動きは無かった。で、別の可能性を考えた。そうすると『Cはあの場に居たんだけど誰も気付かなかった』って考えると一番しっくりときた。Ⅶ組の誰かがCなのかも、って最初に思ったのはそん時」

 

その時にナイトハルト教官を、暫くの間疑っていたのは秘密だ。

 

「クロウの事を怪しんだのは、その後しばらく経ってから。……ほら、いつだったかクレアに招待されて、皆でヘイムダルのスイーツ店に行ったの覚えてる?」

「ああ、勿論覚えてるぜ」

「あの時、委員長が手相占いしたでしょ?」

「……そんな事もあったな」

「クロウの手のひらをじっくりと見たのは、あの時が初めてだったんだけど、ハンドガンじゃ出来ない部分にタコが出来てた。それは、両手持ちの武器を使う人に良く出来る場所、ラウラの大剣とか、リィンの太刀とか、……Cのダブルセイバーとかね」

「……ちっ……、成る程な……」

「でも、そん時もそんなに深く考えた訳じゃない、意外と陰で銃以外の鍛練もしてるのかな?とか思っただけ。決定的にクロウを疑ったのは、ついさっき」

「さっき?」

「坑道内で崩落が起きたってリィンのARCUSに連絡を入れたでしょ?実はあの後すぐ、ジョルジュからも通信が入ったんだよ」

「?……それがどうした?」

「ジョルジュからの通信にはノイズが混じってた。最初は遠距離からの通信だからかな?って思ったんだけど。ヘイムダルにいるトワ会長とも交信が出来る程の通信機が、ザクセン鉄鋼山とルーレ位の距離でそんな事になるかな?って引っ掛かった」

「……」

「すんなり納得の出来る答えは一つだけ、それは……」

「……崩落した土砂がジョルジュの通信を遮っていた、か」

「そういう事、……でもそうなると……」

「……俺が入れた通信の音声が、クリアだったのは矛盾する、か」

「そ、つまり……」

「俺は崩落した土砂の内側でARCUSを使用していた事になる、か……」

「ん、そゆこと」

「……」

「……」

「くくくっ、凄ぇな……。いっつも授業サボって昼寝してるガキんちょとは思えねーぜ」

「ん、……クロウにだけは言われたく無いし」

「くくくっ、まぁ、そりゃそうか。……しかし、まさかな……」

クロウがフィーから視線を外し、暗い天井を見つめた。

「まさか、2年も掛けて準備してきた計画が、こんな所で躓くとは思って無かったぜ。大したもんだぜ、お前さんはよ」

「ん、ども」

 

「くくくっ、……それで?」

クロウが再びフィーを見つめる。

「?」

「これからどうする?」

「どうって?」

フィーが不思議そうにクロウを見つめる。

「俺を憲兵隊なり領邦軍なりに、突き出すつもりか?」

「……何で?」

「何で、って……」

「捕まりたいの?」

「いや、そういう訳じゃ無ぇが……」

「クロウがそうして欲しいならそうするけど、ん……」

フィーが小首を傾げ考える。

「んーと……、どうして欲しい?」

「俺に聞くんじゃねぇよ!」

「ん、ま、そりゃそうか」

「はぁ、ったくよ……」

呆れた様子で溜め息を吐くクロウ。

 

「……」

「……聞かねぇのかよ?」

「?……何を?」

「俺がこんな事やらかした理由だよ」

「ん……」

フィーがクロウから視線を外して考える素振りを見せる。

「ん、……別に良いや」

「別にって、お前……」

「クロウが話したいなら聞くけど、ワタシとしてはどうでも良いし」

「……」

「それに、下らないし」

「……下らない?」

その瞬間、クロウの顔に張り付いていた笑みがサッと消え、禍々しくドス黒い闘気が立ち上った。

「ん……、でも、後々の事考えたら聞いといた方が良いのかな?うーん……」

しかし、考え事をしているフィーはクロウの変化に気付けなかった。

 

「……取り消せよ……」

「ん?」

「取り消せっつってんだよ!!!」

クロウが腰のホルスターから導力銃を引き抜く。

「!!!」

 

ヤバッ!!

 

慌ててトロッコの後ろに身を隠すフィー。

 

「嘗めてんじゃねぇぞ、くそガキが!!!」

トロッコに向けて銃を乱射するクロウ。普段のクールぶった装いからは考えられない凶悪な銃弾が、立て続けに放たれる。

 

トロッコの陰で息を潜めながら、嵐の様な銃撃に晒されるフィー。頭のすぐ上を、狂気を秘めた銃弾が通過して行った。

 

あちゃー……マズったな、イイ気になって喋り過ぎた挙げ句、変な地雷踏んじゃったか?

 

ポーチから鏡を取り出してクロウの様子を窺う。紅い瞳を血走らせながら、引き金を引き続ける鬼が映っていた。

 

……それにしても何でウチのクラスは、こうも鬼ばっかなんだろ?心に闇があった方がARCUSの適正が高いのかな?

 

クロウの銃弾が手に持った鏡を撃ち抜く、怒りに任せて乱射してるだけかと思ったが意外と正確な射撃だ。

鏡は粉々になったが咄嗟に手を引っ込めたので、フィー自身に怪我は無かった。

 

はぁ……、やるしかないか……。

 

心底面倒くさそうに双銃剣を抜いて、マガジンに弾丸を補充する。

 

ったく……、自分で招いた事とは言え、何でワタシがこんな目に?

……っていうか、どいつもこいつも人の事をくそガキだの生意気だの……。乙女を何だと思ってやがるんだ?

 

マガジンを装填しスライドを引く。

 

嘗めてんじゃねぇ、か……。嘗めてんのはどっちだ?

 

両手に双銃剣を構える。

 

なんか、腹立ってきた……。

 

深く息を吸い込む。

 

気に入らないね……。

 

翡翠色の両眼に激しい炎が宿る。

 

……気に入らねぇぞ!バンダナ!!!

 

フィーがトロッコの陰から飛び出す。

 

「フィー・クラウゼル!!!」

「クロウ・アームブラスト!!!」

 

互いの名を叫び合いながら銃撃を仕掛ける。どちらも銃口と相手の視線から射線軸を見切り、紙一重で銃弾を避ける。

だがスピードに関して言えばフィーの方が一枚上手だ、弾幕を張りながら一気にクロウとの距離を詰める。

 

行くよ!!!

 

フィーがトップスピードでクロウの死角へ飛び込む、動き出しの直前に目線だけでフェイントを入れて幻惑する。対峙する相手からすればフィーが突然消えた様に見える動き、先程Vを圧倒したのと同じ動きだ。

 

手加減無しでぶっ飛ばしてやる!!

 

双銃剣を逆手に持ち、銃床でクロウの頭を殴り付けようと飛び掛かる。死角からの攻撃にクロウは反応すら出来ていない、完全に捉えた。

 

が、クロウは背中からダブルセイバーを取り出すと、目視する事も無くフィーの攻撃を受け止めて見せる。

 

えっ!?

 

一瞬虚をつかれるが、フィーは速度を緩める事もなく更に死角へと回り込み、同じように仕掛ける。

 

しかし、今度も見えない所からの一撃を止められる。

 

これは……。

 

跳び跳ねる様に一度クロウから距離を取る。

 

ニャロー、Vとやり合ってたトコを隠れて見てやがったな!!?

 

フィーがこの戦術を使うには幾つか条件がある。

陰形が使える夜間もしくは視界の悪い場所の戦闘である事、相手よりも動き出しの初速が上回っている事、そして……この戦術を知られていない事だ。

相手の死角へ死角へと移動し続けるこの動きは、裏を返せば見えていなくても相手に位置を悟らせる事になる。

人間の視野角は200°程度だが、残りの160°全てが死角になる訳では無い。相手の動きに合わせながらほんの僅かなベストの位置をキープし続け、姿を見失いパニックになってる相手を速攻でボコボコにする、というのがこの技のポイントだ。

だが遠目に1度でも観察されれば、自分の動きは手に取る様に予測されてしまう。見えなくても、必ず死角には居るからだ。

……タネのバレた手品が通用する程、甘い相手ではない。

 

フィーが離れた隙に、再びクロウが狙いを付けて引き金を引く。動きを止める事無く、フィーも射線から身をかわし続ける。

 

 

 

……こうなったら真正面からヤリ合うしかないか、絶対にぶん殴ってやる!!!

 

銃撃を避けながらも、風を巻いてフィーがクロウに飛び掛かる。

再びダブルセイバーと双銃剣をぶつけ合う2人。

 

離れたら導力銃、近付けばダブルセイバー、これがクロウ本来の戦い方なのだろう。遠中近全ての間合いに対応できる戦闘スタイルだ。

1人だけで戦うスタイルだ。

 

……気に入らないね。

 

フィーが双銃剣で連撃を仕掛ける。手数で圧倒し、相手に何もさせず、押しきるつもりだ。

だがクロウは双刃を巧みに駆使して、その全てを受け止めて見せる。これも普段から、フィーの動きを細かく観察しているからこその芸当だ。

 

……当たんない、ムカつく。

 

思い通りにいかず苛立ちを募らせるフィー、そこへ不意にクロウの蹴りがフィーの腹部に飛んで来る。

 

!!、ちっ!

 

咄嗟に膝でガードする、が、衝撃を受けきれずに小柄なフィーの身体は数アージュも吹き飛ばされる。しかも運の悪い事に、その先には採掘用の縦穴が……。

 

!!、マズっ!!!

 

穴の淵に着地し何とか踏み留まる、無意識に腕をグルグル回してバランスを保つ。そこへクロウが躊躇無く襲い掛かった。

 

「そんなモンかよ!フィー!!!」

 

双刃が横薙ぎに襲い掛かる。

 

ちぃっ!?

 

ガードしたらまた弾き飛ばされる、身を引こうにも後ろは崖、……それなら。

 

態勢が悪いのをものともせずに、跳躍してダブルセイバーの一撃を回避する、スニーカーの先端を刃が掠めていった。

 

「お返しだよ」

 

空中で素早く回転し、廻し蹴りを繰り出す。スカートが捲れ上がり、パンツが丸見えになるが本人は気にもしない。

仰け反って避けるクロウ、スニーカーが鼻先を掠める。

「ちっ!」

飛び退いて1度距離を取り、再びダブルセイバーと銃を構えるクロウ。フィーも崖を背にしたまま双銃剣を構え互いに相対する。

 

 

 

……くっそー、ヤッパ強い。

 

鋭い眼光でクロウを捉えたまま、戦略を練る。

 

ディフェンスとオフェンスの繋ぎが上手い、ダブルセイバーの武器特性を良く理解してる。しかも距離を置くと導力銃をガンガン撃って来るから、近寄るだけでも一苦労だ。

……おまけにこっちは、さっきVとヤリ合ったお陰でガス欠寸前だ。

 

大きく一つ息を吐く。

 

こんな場所じゃ爆薬を使う訳にもいかないし、閃光弾も衝撃があるからダメだ。こっちの動きは全部読まれてるし、残弾も少ない。……正直、ちょっとキツくなってきた。

 

さて、どうする?

 

クロウに動きは無い、先刻とは違い頭も冷えた様子だ。ただ静かに赤い瞳でフィーを見つめていた。

 

……しょうがない、奥の手を見せてやるか。

 

フィーは口元に薄い笑みを見せると、意を決してクロウへ飛び掛かる。

フィーの動きに合わせる様に、クロウの導力銃が火を吹く。サイドステップを駆使して銃弾を避けながら、少しずつ距離を詰めるフィー。

 

スピードだ、もっとスピードが要る。

 

細かくステップを刻み、更に速度を上げる。

 

もっとだ、もっとスピードが要る。クロウの予測よりもっと速く、今まで見た事が無いくらいに速く。

その為には……。

 

細やかなステップからトップスピードに乗ったフィーは、その勢いのまま一直線にクロウへと突っ込む。

弾丸が顔のすぐ横を通過していくが、意にも介さない。

この一撃で必ず仕留める、という決意の特攻だ。

 

その意志は、相対するクロウにも伝わった。

 

 

 

 

 

フィーが銃弾を皮一枚で避けながら向かって来る。翡翠の瞳をギラつかせ、銀の髪を靡かせ、一直線に飛び掛かって来る。

 

真正面から向かって来た?良い根性してやがるぜ!!

 

クロウもダブルセイバーを構え、フィーの動きに合わせて×字に振り下ろす。幾ら速くても正面から直線的に飛び掛かって来るだけなら迎撃は容易い。

 

これで幕引きだ!!喰らえ、フィー!!!

 

凶悪な双刃がフィーを捕らえた。

 

その瞬間、フィーは後ろ手に構えた双銃剣を、自身の後方へ向けて乱射する。

 

!!!、な……。

 

銃撃の反動を使い、フィーの速度が瞬間的にハネ上がる。

ダブルセイバーの一閃を掻い潜り、フィーがクロウのすぐ目の前に迫った。

 

 

 

 

 

「あああああ!!!」

 

スピードに乗ったまま獰猛な咆哮を上げ、クロウのバンダナ目掛けて自分の頭を叩き付ける。いわゆる頭突きだ。およそ乙女らしさとはかけ離れた一撃だが、これがフィーの奥の手だった。

ゼムリアストーンの塊すら粉砕しそうな強烈な一発が、クロウの頭部を襲った。

 

「があぁぁ!?!?」

 

脳がシェイクされ、視界が歪み、腰から下の力が全て抜け落ちる。だが、意地だけで何とかその場に踏み留まり、ダブルセイバーを構える。

 

「あああああ!!!」

 

フィーは休む事無く、双銃剣の連撃を仕掛ける。残り少ないスタミナを振り絞った最後の攻撃だ。

立って居るだけでも精一杯、というクロウにこの攻撃を凌ぎ切る術は残っていない。フィー渾身の連撃を受け、ダブルセイバーがクロウの手を離れ、大きく宙を舞った。

 

もらった!!!!

 

フィーがこの機を逃す筈も無く、宙返りを決めながらダブルセイバーを後方の縦穴へと蹴り飛ばす。

 

冷たく鈍い銀の光を残しながら、凶悪な双刃は暗い縦穴の底へと消えていった。

 

崩れ落ちる様に地面に倒れ込みながら、薄れる意識の中、クロウはその光景を見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……クロウ、生きてる?」

大の字で横たわるクロウの頬をしゃがみ込んで突っつく。

「……」

返事が無い……、ただの屍かも知れない。

 

「クロウ?おーい」

「……」

「死なれると遺体をどっかに隠さなきゃならなくなるから困るんだけど?」

「……そんな理由かよ?」

クロウが緩慢な動作でフィーの方を振り向く。

「……ったく、どんな石頭してんだよ?マジで死ぬかと思ったぜ」

「ん、頭蓋骨を粉砕してやるつもりで行ったからね」

フィーがニヤリと笑う。

「どんなつもりだよ!?……つーか横でしゃがむんじゃねーよ、スカートの中見えてるぞ」

「ん?パンツは穿いてるから別に良いよ?」

「イヤイヤ、どういう基準だよ!……ったく……」

クロウが視線を逸らせる。

 

「……なぁ、さっきのは狙ってたのか?」

「?、さっきの?」

「射撃の反動を使って突っ込んできたやつだよ」

「ああ、……ん、狙いっていうか、何となく?」

「……何となく?」

「ん、ただの思いつきだったから」

「……」

「ま、上手くいってラッキーだったかな?」

「……くくくっ、大物過ぎだろ。……敵わねぇな、ホントによ……、くくくっ」

クロウの顔に笑みが浮かぶ。それは、先程までの作りモノでは無い、心底楽しそうな笑顔だった。

そんなクロウを不思議そうに見つめるフィー。

 

何笑ってんだろ?……打ち所悪かったのかな?

……ん?

 

その時、不意に周囲に異変が起こった。

低く重い音が坑道内に響き渡り、岩壁が細かく震えている様に見える。

 

??、何、この振動?

 

「あん?何だ??」

クロウの顔にも警戒の色が浮かぶ。

何かしやがったのかと思ったが、どうやら心当たりは無いらしい。

 

地震?……いや、違う。これってもしかして……。

 

フィーが素早く動き出し、クロウの襟首を掴んで引っ張った。

「な、何だ??」

「良いから立って!崩れる!!」

「崩れ?……!!、マジかよ!!」

 

天井からパラパラと岩盤片が落ちてくる。

 

退避用の横穴はすぐそこだ、あそこまで行けば……、って!?!?

 

足が縺れた。

 

!!?、オイオイ、またかよ?

 

先程の攻防で体力はすっかり使い切っていた、全身が信じられない程重い、今横になったら明日の朝までグッスリ眠れる自信がある。

 

冗談じゃねーぞ!こんなトコで倒れてられっか!!

 

根性だけで身体を動かす、……が。

 

あ……。

 

やはり無理なモノは無理で、態勢を崩してしまう。

目の前に降って来る岩屑の量が、尋常じゃない程増えてきた、もう時間はほとんど残されていない。

 

今コケたら、マジで死ぬ!!

 

何とか踏み留まろうと気合いを入れる。その時、ふっと身体が軽くなった。

 

え??

 

「おらあぁぁ!!!!」

 

クロウが気合いと共にフィーを小脇に抱えて走り出す。

まだ脳震盪が治まっていないのだろう、目の焦点が合っていない、それでも意地だけで足を動かし続ける。

轟音と共に天井が崩落する、大量の岩盤と土砂が粉塵を巻き上げながら落下してきた。

砂埃が視界を遮り何も見えなくなる、呼吸すらもままならない。

 

うっ!……い、息が……、

 

クロウに抱えられたまま、フィーの意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

……

……

……

……ん

……んん?

 

薄く目を開ける、目の前には真っ暗な闇だけが見えた。

 

「ん……」

 

全身が重いが痛む箇所は無い、どうやら無事な様だ。

 

「起きたみてぇだな」

すぐ近くから声を掛けられる。

「クロウ……、ん、おはよ」

「おはよう、って……大物だな、ホントによ」

「ワタシ、どの位寝てた?」

「さぁな……、俺もついさっきまで寝てたからよ」

「ん、そか……、あ、ちょっと待ってて」

ポーチからライトを取り出す、非常時の備えは一通り収まっていた。

明かりを付けて現状を確認する。

 

5アージュ四方の空間に錆び付いたトロッコ、どうやら退避空間には辿り着けたらしい。

後ろを見ると、大量の土砂と巨大な岩が坑道への出口を塞いでいた。

 

……はぁ、ヤッパリ埋まっちゃったか……。

 

続いてクロウにライトを向けて様子を確認する。左腕を押さえ、顔に大粒の汗が浮かんでいた。

 

「くくくっ、ドジっちまった……。左腕がオシャカだ」

「ん、ちょっと見せて」

フィーが近寄って確認する。

 

 

「……動かせる?」

「イヤ、ダメだ……。ピクリとも動かせねぇ」

制服の上から患部を触る、骨折だけじゃなく靭帯も断裂しているらしい。

「痛てて!!そんな雑に触るんじゃねぇよ!!」

「ん、痛いのは生きてる証拠」

ARCUSを駆動させてティアラを発動させる。

「腫れとか痛みは抑えられるけど、病院に行かないとどうにもならないね」

「ああ、みたいだな……」

何処か他人事の様に応えるクロウ。

 

アーツの駆動を終える。

「ん、取り敢えずこれで良し」

左腕を軽く叩いてやった。

「ぐっ!!だから痛てぇって!!」

涙目で訴えるクロウ。

 

「男ならガタガタ抜かすな」

「女ならもっと優しくしろ!」

「あ、女ならって言うの、セクハラ」

「どの口が抜かしやがる!!」

 

パンツはOKでも、そこは譲らないフィー。

 

「大体どっかのバカが爆薬なんか使うから、坑道の岩盤が緩んだんだよ」

「そんな事、わざわざどっかのバカの目の前で言うんじゃねぇよ!!」

「ついでだから訊くけどさ、何でいっつもバンダナ巻いてるの?流行ってるの?格好いいと思ってるの、それ?それとも額に第3の眼があるから隠してるの?」

「うるせぇな!無ぇよ、そんなもん!!」

「どうせテロ活動も、どっかの金持ち貴族に上手い事乗せられてやってたんでしょ?騙されてるのは解ってるけど、こっちも利用してるからイーブンだな。とか、バカに有りがちな理屈付けて」

「バカバカ言い過ぎだぞ!!オイ!!」

「違うの?」

「……、いや、当たらずとも遠からずだが……」

「はぁ、そんな事だと思った。これだからバカは……」

「だから、言い過ぎだっつってんだろが!!」

「……大体、全部終わったらその後どうする気なの?エレボニア国内どころか、各国指名手配間違い無しじゃん?」

「あ?……、そうだな……、……カルバードに流れて、ギャンブラーにでもなるさ」

クロウが無駄にクールに嗤う。

「……賭博師ジャックの読み過ぎ……。それにクロウ、ギャンブル激弱じゃん?」

 

ギャンブル好きのクロウは、たまに小銭を賭けてフィーにトランプやテーブルゲームで勝負を挑んでいた。

結果はクロウの0勝32敗。

熱くなりやすいクロウは、序盤リードしていても勝負所で勝ち切れず、毎回惜敗の涙を流していた。

フィーにしてみれば良いカモだ、クロウの財布は自分の財布だと思っていた。

 

昔の偉い人は言っていた。

アンタの物はワタシの物、ワタシの物はワタシの……。

 

「……なぁ」

「ん?」

トンでもなく失礼な考えを、クロウが遮る。

 

「謝れよ」

「え?……ああ、そか。……いつもカモにしてゴメン」

「??、何だよ、そのカモって?」

「え?。あ、違った?」

「……お前、俺の事、何だと思っていやがる?」

「ん、……バンダナを巻いたカモ?」

「……何か、泣きたくなって来た……。そうじゃ無くて、さっき言ってたやつだよ」

「さっき?」

「俺がやってる事を『下らねぇ』って、言った事だ」

「ああ、それか」

「良く知りもしねぇ奴に、その一言で否定されるのだけは我慢がならねぇ!」

「そんな事言ったって、知らないもん」

「聞こうともしなかっただろが!」

「ん、そだっけ?。んじゃ、聞くよ?」

クロウが苦笑いを浮かべ、何処か遠くを見つめる。

「……はぁ、敵わねぇな、ホントによ……」

 

 

クロウが自分の過去を語り出す。

フィーは立ち上がると、崩れた土砂を掘り進めながらそれを聞いていた。

 

クロウのお祖父さんは旧ジュライ市国の市長で、市民から愛される自慢の祖父だった事。ノーザンブリアの異変に端を発した経済危機の隙に、帝国の資本が大量に流れ込み、結果的に祖国を奪われた事。その時に起きた鉄道爆破事件の罪を被せられ、クロウのお祖父さんは半ば強制的に市長の任を失い、その後間もなく亡くなった事。身寄りが無いクロウは祖国を捨てて、帝国内をあちこち転々とした事。生きる為に何でもしてきた事。オルディスの貴族にサポートを受け、帝国解放戦線を立ち上げた事。どんな手を使ってもギリアス・オズボーンを倒す、それだけを考えて生きて来た事。

その為だけの青春時代だった事……。

 

「くくくっ……、まさか、隠れ蓑のつもりで入ったトールズで、こんなにも青春を謳歌できるとは思ってもいなかったがな……」

自嘲するようにクロウが嗤う。

「……」

フィーは手を休める事無く、黙々と土砂を掘り進めながら、耳を傾け続ける。

 

「まぁ、確かにつまんねぇ話だ……。関係無ぇ奴らからすれば、迷惑以外の何物でも無ぇしな……」

「……」

「先月の実習で久しぶりにジュライに帰った時、俺は自分が見てるモノが信じられなかったよ。」

「……」

「街も人も変わっちまって、俺が知ってるモノなんか何一つ残っちゃいねぇ。あの時、顔見知りとも何人かスレ違ってたんだが、誰も俺の事に気付きもしねぇ。まぁ、あれから10年近くも経つし、仕方ねぇんだろうが……」

「……」

「でもな、それじゃあ俺のジイさんはどうなる?1人で街を守ろうとして、1人で帝国と闘って、1人で責任を取らされて、最後は誰にも知られず1人で……。誰よりもジュライを愛していたジイさんだけが、何でこんな目に合わなきゃならねぇ?どうしたらこんな事を赦せる?」

「……」

「こいつはな、別に国家転覆なんていう大袈裟な話じゃねぇんだ。ジイさんは鉄血の野郎に負けた、なら、弟子の俺がリベンジするのは当たり前の事だろが!」

「……」

「帝国解放戦線を立ち上げたのも、たまたま目的が同じ奴らが集まっただけだ。ホントは俺1人でやろうと思ってた事だしな。だから俺達は、仲間じゃ無くて同志だ。Gが逝っちまった時も、別段悲しいとかは思わなかった、勿論感謝はしてるけどな」

「……」

「長々と悪かったな……、こんな話するのは初めてだから上手く言えねぇや」

「……ん」

フィーは黙々と穴を掘り進める。

 

「……何か感想とかは無ぇのかよ?」

「ん?……、んー……、イヤ、特には……」

「無しかよ!?」

「ん……、ヤッパ、下らないかな?」

「!!、お前な!」

「ワタシが下らないって言ったのは、クロウ自身の事」

「あん!??」

「大切な人が傷付けられたら、仕返しするのは当然。それを許したら、自分が自分を赦せなくなるから」

話しながらも手を休める事は無い、黙々と掘り続ける。

「だからクロウがやろうとしてる事にケチ付けたりはしないよ。……でもそれって、ホントにクロウがやりたい事なの?」

「あ?……どういう意味だ?」

「クロウが鉄血のオジサンを憎んでるのは良く解るよ。ぐちゃぐちゃの挽き肉にしてからハンバーグにして、ジュライの人達に食べさせてやりたい、って気持ちも良く解る」

「誰もソコまで言ってねぇよ!!」

「でもさ、それってお祖父さんの復讐になるの?鉄血のオジサンは強引な手を使ったんだろうけど、それはルールの範囲内での話じゃん?クロウがやろうとしてる事は、ただの場外乱闘でしょ?」

「???、何だよ、そのルールって?」

「ん……、あくまでワタシの感覚の話だから、適当に聞いてて」

「適当……、ね」

苦笑いを浮かべる。

 

「クロウは鉄血のオジサンをどうしたいの?」

「どうって……」

「殺したいの?それとも、お祖父さんのお墓の前で手を付いて謝らせたいの?」

「それは……」

「クロウがやりたい事が、イマイチ解んないんだよね」

「……」

「青春時代を全部それだけにつぎ込んだって言ってたけど、それって楽しかった?」

「楽しい?そんな訳ねぇだろ」

「……復讐って、ホントは楽しい事なんだよ?」

「あ?……あああ????」

クロウの顔が歪む。

「こっぴどくヤられた相手を、ギッタギタにやっつけようとしてるんだもん。普通、ワクワクするじゃん?」

「そ、そうなのか??」

「うん」

「……そうなのか????」

常人には理解し難い発想に、思考が追い付かないクロウ。

 

「トールズに来てから予想外に青春を謳歌したとか、本末転倒も良い所じゃん、バカなの?」

「これ以上バカって言うな!!」

「どっかの貴族と組んで仲間、あ、同志だっけ?ま、どっちでも良いんだけど、それでチーム作ってテロ活動?そんな事やってるから、クロウは女の子にモテないんだよ」

「うるせぇな!それ今関係無ぇだろ!!?……なら、俺はどうすれば良かったんだよ」

「ん?んー……」

少し首を捻るフィー。

「あ、そだ!ワタシ達を頼れば良かったんじゃん?」

「な、何???」

「鉄血のオジサンをハメるなんて楽しそうじゃん?サラとかアンゼリカ辺りは喜んで協力してくれそうだし、ミリアムとマキアスはともかく、他のⅦ組メンバーもイヤイヤながら付き合ってくれるだろうし。それに、何かあっても、責任は全部クロウが取ってくれる訳だし」

「責任は俺1人かよ!!」

「多分話せばオリヴァルト皇子も乗ってくると思うし。ね、面白そうでしょ?ワクワクして来ない?」

「……」

開いた口が塞がらないクロウ。

どうやら目の前に居るこの小娘は、自分など足元にも及ばない程の大物らしい。

 

「だから、そんな世界中の不幸を1人で背負ってます、みたいなオーラ出すの止めてくれない?」

「出てねぇだろ、そんなもん!!……くくくっ、敵わねぇな、ホントによ……」

クロウが楽しそうに笑みを浮かべる。

 

 

 

フィーは休む事無く土砂を掘り続ける、硬い所は双銃剣を突き立て、大きな岩盤をモノともせずに掘り進める。いつの間にか紅い制服は真っ黒に汚れ、顔から大粒の汗が流れ出る。

だが、決して手を休める事は無い。

 

「……フィー」

「ん?何?」

「……悪かったな」

「??、何が?」

「何って、こんな事に巻き込んじまってよ」

「ああ、別に良いよ、怒って無いし」

……

……

……

……怒って無い?

そうだ、ワタシは怒って無い。

普通ならこんな狭い穴蔵に閉じ込められたら、激怒して殴り掛かってもおかしくないのに……。

 

何でだろ?……疲れてるから怒りも沸いて来ないのかな?

 

不意にクレアの言葉を思い出す。

「迷惑だなんて思ってませんよ」「もう少し周りの人を信頼しても良いと思いますよ」

 

……、ああ、成る程。

そっか、そういう事か。

 

「ふふふ」

何故か笑いが込み上げる。

 

「?、何笑ってんだ?」

クロウが不思議そうに見つめる。

 

「ん?、ふふふ、……他人は自分が思ってる程自分の事を見てないけど、仲間は自分が思ってるより自分の事を見てるって事」

「???、何だ、それ?」

「ふふふ、さあ?、こういうのは自分で気付かなきゃ駄目らしいよ?」

「???」

 

前にそんな事を誰かに言われた気がする、……誰かは忘れちゃったけど。

 

笑いながらもフィーは手を止めない、がむしゃらに土砂を掘り進める。そのうち、出口を塞いでいる大岩に突き当たった。

 

これをどかせば出れるのかな?

 

フィーは大岩に手を掛ける。

 

「……少しは休めよ、1人でそんなペースでやってたら、ぶっ倒れちまうぞ?」

「ん、でも、早いとこ出ないと、酸素無くなっちゃうかも知れないし。……それに」

フィーが自分の身長以上もある巨大な岩を押す。

「それに、ワタシ1人でやってる訳じゃないし」

「あ?」

全ての力を込めて大岩を押す。

「ぬぐぐ!!」

ピクリとも動かない、動く気配もない。

「んんん!!!」

フィーの顔が真っ赤に染まる。

「止めとけよ、血管千切れるぞ?」

クロウが心配そうに声を掛ける、それでもフィーは諦めず大岩を押し続ける。

大岩は動かない、動く筈がない。

 

……

……

……

……!

 

大岩が少しだけ動き出す。

少しずつ、少しずつ、目の前を塞ぐ障壁が動き始める。

「んんんん!!!!」

爪先から、頭のてっぺんまで全ての力を込めて大岩を押す。

全身から汗が吹き出し、血管が浮かび上がる。

目玉が飛び出す程力を込め、目の前に立ち塞がるモノに挑み続ける。

「んん!!!!!?」

 

スッと、ワインのコルク栓が抜ける様に、大岩が目の前から無くなる。

だが、大岩の先に光は見えなかった。もう見慣れた、薄暗く冷たい闇があるだけだった。

 

その時、不意にフィーは何かに腕を掴まれる。

……だが、振りほどこうとは思わない。フィーが大好きな、良く知る温もりを感じた。

 

「フィー!良かった、やっと見つけた!」

「大丈夫、フィー?あ、クロウも居るよ!」

「ふぅ、あまり心配をさせないでくれ!」

「まったく、ちょっと目を離した隙に何してんのよアンタ達は!?」

「ふふふ、無事で何よりだフィー君!さぁ、私と一緒にお風呂で洗いっこしよう」

「あ、アンゼリカさん、今はそんな事言ってる場合じゃ!」

「ふふふ、良いねぇ、洗いっこ。それでは私も御一緒させて貰おうかな?」

「このたわけ!!貴様は口を開くな!!」

 

皆、真っ黒だった。

Ⅶ組の皆も、サラも、アンゼリカも、皇子も、ミュラーも、フィーと同じ様に全身を真っ黒にして迎えてくれた。

 

「ね、1人じゃ無いでしょ?」

フィーがクロウに笑って見せる。

クロウは左腕を押さえたまま、その光景を呆れた様子でただ見つめていた。

「……ったく、敵わねぇな、ホントによ……」

 

 

 

暗い穴蔵を抜けた先にあるのは、ヤッパリ薄暗い穴の中だった。どうやら光は誰にでも差す訳じゃ無いらしい。

もしかしたらワタシ達は、暗い穴の中をもがき進むだけで、いつまで経っても光には辿り着けないのかもしれない。

それでも、暗い穴の中でワタシは1人じゃ無い。

手を伸ばせば掴んでくれる仲間が居る、一緒にもがいてくれる仲間が居る、優しい温もりをくれる仲間が居る。

そんな仲間に恵まれたワタシは幸せなのだろう、……普段は気付く事もないが。

だから、どんなに先が見えなくても、どんなに道が険しくても、ワタシは前に進める。

それがワタシの、フィー・クラウゼルの誇り。

 

ワタシ達、Ⅶ組の誇り……。

 

 

 

 

 

 

 

 

数日後 ヘイムダル バルフレイム宮

 

「御苦労であったな、トールズ士官学院Ⅶ組の諸君!」

鉄血宰相、ギリアス・オズボーンの低い声が広間に響き渡る。

「帝都での皇女誘拐の件といい、諸君には世話になりっぱなしだ、心より感謝致す!」

 

ザクセン鉄鋼山の一件を評価され、Ⅶ組の一同は帝国政府から表彰を承けていた。

 

「それにしても件の特別実習とやらが、こうも帝国の危機を救ってくれるとはな、……む?そうだ!」

宰相の顔に笑みが浮かぶ。

「どうだろう?今後は帝国政府が、その実習とやらの後押しをしようではないか。諸君も後ろ楯があった方が、安心して課題に取り組めよう?」

宰相が同席するオリヴァルト皇子に向き直る。

「如何ですかな、皇子殿下?」

「……貴方がそう言うなら、私に異論はないよ」

表情を変えないままで皇子が応える。

「ふふふ、感謝申し上げる。では、今後は私からも幾つか依頼をさせて貰うとしようか?ふふふ、諸君の更なる活躍を期待している!」

それだけ言い残すと、黒いローブを翻しながら宰相は広間から去っていった。

 

フィーは横に居るクロウの様子を窺った。

右手を強く握り締め、震わせている。爪が皮膚を突き破ったのか、血が滴っている。

無理もない、殺したい程憎い相手から、戌になって働けと言われたのだ。

 

 

 

はぁ、また面倒クサイ事になってきた……。

 

子猫は顔をしかめると、大きく溜め息を吐いた。

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