帝国内に於ける貴族優遇制度の廃止。
鉄血宰相 ギリアス・オズボーンが新たに打ち出した政策だ。
当然の事ながら平民からは大いに支持され、貴族からは強い反発が起こっている。もっとも、貴族という存在が完全に消えて無くなるというモノではなく、あくまでも貴族階級の行き過ぎた特権を廃止するといった名目の政策らしい。……その後どうなるかは、解ったモンじゃ無いが。
ワタシ達Ⅶ組は、ルーレとオルディスの実習から戻った次の週から、宰相の依頼を受けて帝国各地をアチコチ飛び回っている。
内容は主に名門貴族の素行調査と周辺聴取。
……どこが学生の実習なんだ?まるで密偵か監察にでもなった気分だ。
クロウは学院を去った。
表向きは、実習中に負った左腕の療養につき無期限の休学、という事になっている。
先日ワタシ宛に手紙が届いた。今はオルディスに居て、また何かを企んでるらしい。何をするつもりか知らないが、楽しくやってるみたいだ。
時間が出来たら遊びに行ってみよう。
Ⅶ組は窮地に立っている。
ユーシスは実家の意向で貴族クラスへの転科が濃厚になり、マキアスとエリオットは帝都の経済学校と音楽学校へ、それぞれ転入する可能性が出てきたらしい。
今やってる実習の内容が政府の雑用だと家族が知れば、当然の反応なのだろうが……。
アリサとラウラとガイウスも、状況によっては一度実家に帰る事を考えているみたいだ。
ミリアムも何処か居心地が悪いらしく、以前の様な元気が無い様に見える。
委員長が何とかクラスを纏めようと頑張ってくれているが、現状では難しそうだ。
リィンは以前にも増して生徒会の手伝いに勤しんでいる、忙しくしている方が気分的に楽なのだろう。
学院長が政府相手に抗議してくれているらしいが、状況に変化が無い所を見ると、まともに取り合って貰えているのかも怪しいところだ。
度重なる雑務に振り回されて全員が疲弊し、寮にも教室にも重苦しいムードが漂っている。
クロウが居なくなってから、少しずつⅦ組が壊れていくのを感じる。
最近ふっと、半年前の団長が居なくなったあの日を思い出す事が増えた。西風が無くなったあの日だ。
……ワタシの大切なモノが壊れて消えた日だ……。
この先どうなるんだろ……、また皆で笑える日が来るのかな?それとも、もう元通りにはならないのかな?
……ワタシはどうすれば良いのかな?
言い様の無い不安が胸に広がる。
トールズ士官学院 学院祭
「……それで、アンタはどうするの?」
「ん?」
第三学生寮の屋根の上で、フィーはいつもの様にミルクを飲みながらセリーヌと話し込んでいた。
本当だったら今頃は、学院祭で披露するステージ練習の追い込みをしている筈だったが、度重なる実習で準備時間が取れず、結局ステージは断念した。
代わりに今日の午後、ラウラがエリオットの伴奏でアルゼイド流の剣舞を踊るらしい。
だが、恐らくⅠ組の劇には及ばないだろう。
昨日ちょっとだけ覗いたが、衣装も舞台セットも学生レベルじゃ考えられない程の気合いの入れようで、お芝居の完成度も相当なモノだった。どうやらプロの演出家に指導を頼んだらしい。
……金にモノを言わせ過ぎだろ。
とはいえ、ラウラとエリオットにも頑張って欲しいモノだ。あの二人なら、もしかしたらやってくれるかもしれない。
開演までまだ時間もあるし、もう少しノンビリしてから行こう。
「これからの事よ、この先もあの宰相の言いなりになって実習を続けるつもりなの?」
セリーヌが、心配そうな様子で続ける。
「んー、皆はどうか解んないけど……、ワタシには無理かな?」
「……まぁ、アンタはそうでしょうね」
「これからどうする、か……」
寝転んで空を見上げながら呟く、西の方から大きくて黒い雲が流れて来た。
フィーは目を細めてそれを見つめた。
「……ねぇ、セリーヌ。ちょっと聞きたいんだけどさ?」
「?……、なによ?」
「……魔法、使えるよね?」
「!!」
「隠さなくて大丈夫だよ、誰にも言って無いし、言うつもりも無いから」
「……」
「それでさ……、いっつもご馳走してるミルクのお礼をして欲しいんだけど、良いかな?」
「……言ってみなさいよ」
「ん、あのね……」
……
……
……
「!!?、え?……あ、アンタ!それって!??」
「出来る?」
「そりゃ、出来無い事はないけど!?」
「ん、じゃ、お願い」
そう言うと、フィーは立ち上がりその場を後にしようとする。
「ち、ちょっと!待ちなさいよ!」
セリーヌが慌てて止めに入る。
「どういう事か、解って言ってんでしょうね!!?」
「ん、……モチロン。……でも、……もう決めた事だから」
フィーはいつもと変わらない無邪気な顔で応える。
「決めた、って……。何で、そんな事……」
「じゃ、ヨロシクね、セリーヌ。……約束だよ?」
少し申し訳なさそうな笑顔でそれだけを告げると、フィーは躊躇いもせずに屋根から飛び降りた。
学院祭 後夜祭
キャンプファイアの炎が、グラウンドを温かく彩る。参加者はそれぞれにペアを組んで、音楽に合わせてダンスを踊っていた。
クラス対抗の出し物は、結局Ⅰ組が最優秀賞を受賞していた。ラウラとエリオットも頑張ってくれたが、やはり準備不足が響き、次点止まりとなったらしい。
それでも、劇団アルカンシェルのリーシャ・マオをイメージした衣装に身を包み、アルゼイドの大剣を振るいながら力強く舞うラウラは、観客全員を魅了し、講堂全体が揺れる程の大きな歓声を受けていた。
教頭は導力カメラから煙が出るまでシャッターを切りまくり、レグラムから応援に来たという三人組の娘など、失神しながら失禁していたそうだ。
見物に来ていたラウラとエリオットのお父さん同士も話が弾んだらしく、今後は家族ぐるみで付き合う事になったらしい。
そういえば、ラウラは早いウチに子供が欲しいとか言ってたっけ?……もしも、ラウラとエリオットがくっつく事になったら、その子供は剣匠と猛将の孫になるわけか……。
……
……
……
……サラブレッドにも程があるぞ。
そんな事を思いながら、グラウンド中央の大きなかがり火を見つめる。
誰も傷付ける事が無い、優しくて強い大きな炎が揺らめいている。全てを焼き付くす戦禍の業火などでは無い、人を包み込んで温めてくれる炎。ずっと見ていても飽きる事のない、心安らぐ光景だ。
でも、ワタシは知ってる、炎はやがて消え去り、後には灰しか残らない事を。灰はやがて雨に流され、後には何も残らない事を。そのうちに皆、そこに炎があった事も忘れてしまう事を……。
……
……
……ま、今はそんな事考えなくてもいっか。
……今は……。
Ⅶ組の皆も思い思いの相手とダンスを踊っている、リィンなどアリサとラウラとトワ会長に、代わる代わる揉みくちゃにされていた。
……相変わらず大人気の朴念仁だ。
流石に疲れたらしく、今はグラウンドの端に座り込んで休んでいた。
フィーは夜の闇に溶け込んで気配を絶つと、背後からそっとリィンに近寄った。両手に持ったジュースの片方を、リィンの首筋にゆっくりと近付ける。
「……ん?フィー?」
リィンが振り返る。
……何で解るんだ??完全に気配は消した筈なのに??
「ん、お疲れリィン」
フィーは驚きを顔に出す事もなく、リィンの首筋に押し付けて脅かす予定だったジュースを、何気無く差し出した。
「飲む?」
「ああ、悪いな、貰うよ」
そう言いながら紙コップを受け取り口を付ける。
「モテモテだったねリィン、やるじゃん」
目を細めて言う。
「モテモテって、もう死語なんじゃ……」
「で?」
「??……で?とは?」
「誰がリィンの本命なの?」
「……生意気言うんじゃありません」
フィーはリィンの隣に腰を下ろすと、自分もオレンジジュースに口を付けた。
「フィーは踊らないのか?」
「ん、やり方良く知らないし……」
「なら、俺が教えるよ」
「んー……、また今度でいいや……」
そのまま2人は言葉も交わさずに、ぼんやりと炎を見つめた。
パチパチという音が耳に心地良く、この時間にずっと身を任せたいような気分になってくる。
「……何考えてるの?」
唐突にフィーが口を開く。
「……、多分、フィーと同じ事だよ」
「ん……、そか」
「これからどうなるかは解らないけど、俺はトールズに残るよ」
「ん……」
「前にも少し話したけど、俺がここに来た目的は自分を見つける為なんだ。ちゃんと自分と向き合って、俺の中に居座る獣だか鬼だかに打ち勝つまで、絶対に逃げる訳にはいかない」
「ん……」
「宰相の依頼だろうが何だろうが望むところだ、絶対に最後までやり遂げて……」
「……深く考え過ぎじゃない?」
「え?」
「リィンの中に何かが居るのは知ってるけど、それって誰でも持ってるモンなんじゃない?」
「誰でも?」
「ん、人って誰でも心の中に良くないモノを飼ってると思うんだ、どんなに普段優しい人でも、ちょっとした事で急に怒り出したりとかね」
「いや、俺のはそんな単純なモノじゃ……」
「同じだよ、リィンのはそれが人のよりも大袈裟なだけ」
「大袈裟って……」
「それに、リィンなら大丈夫だよ」
「?、何でそこまで言い切れるんだ?」
「リィンは、ちゃんと相手の事を考えられる人だから」
炎に照らされた、翡翠色の瞳を向ける。
「相手と一緒に笑って、怒って、一緒に心を痛める事が出来る人だから。……だから、大丈夫」
「……大丈夫な理由が良く解らないんだが」
「解らなくても良いの。……それに」
イタズラっぽい視線を向ける。
「それに、いくら悩んだところで、所詮はリィンだし」
「??、何だよ、それ……」
「ふふふ、あんまり重く考えるな、って事」
楽しそうに笑って見せる。
「……、いくら悩んでも、所詮は俺、か……」
リィンが薄い笑みを浮かべる、紫水色の瞳に炎が映っていた。
「ねぇ、一つ聞きたいんだけど?」
「ん?なんだ?」
「何で気配隠してるのに、ワタシの事解るの?」
「え?」
「ちょっとショック何だけど」
「いや、そんな事言われてもな……。っていうか、何で俺相手に気配を隠す必要があるんだ?」
「いいから、答えて」
「そう言われてもな……」
リィンが腕を組んで首を捻る。どうやら本人の意図とは無関係に、こちらの気配を探り当てているらしい。
だが、それはそれで困る。この際だから原因はハッキリさせておきたい。
「うーん、良く解らないけど……」
リィンがフィーの顔を見つめる。
「俺達はずっと一緒に居ただろ、近くに居ない事が不自然な位にずっと。だから、きっと俺が感じ取ったのは、フィーの気配とかじゃなくて、違うモノなんじゃないかな?」
「違うモノ?」
「うーん、上手く言えないんだけど、……俺とフィーだから感じられるモノだと思うんだ」
「……、ワタシと、リィンだから、か……」
リィンから視線を外す。
ん、何となく解る気がする。……何となくだけど。
頭では無く、心が理解する様な感覚が胸に広がった。
……そだね、ずっと一緒だったもんね……。そりゃ、近くに居たら解るか……。
はにかむ様に少しだけ微笑むと、そっとリィンに寄り掛かった。頭をくっ付け、身を委ねる様に力を抜く。
少しだけ、頬が紅く染まっていくのを感じた。
「?、眠いのか?フィー」
リィンが気遣わし気にフィーを見つめる。
……
……
……
……ちっ、この空気の読めない天然女たらしの朴念仁め。
フィーの眉間に皺が刻まれる。
この状況で何がどうなったらそういう発想になるんだ!?
乙女心を何だと思っていやがる!!?
ヤッパリ脳ミソ腐ってんじゃねーのか!!!?
……
……
……
……ま、いつもの事か……。
フィーの笑顔が苦笑いに変わるが、以前の様に殺意が沸き上がってくる事だけは何とか堪える。
「眠いんなら、そろそろ寮に戻るか?」
何の躊躇もなく、リィンが続ける。
「ん、大丈夫」
何処か諦めた調子で、フィーは応えた。
リィンに寄り掛かったまま、制服越しに温もりを感じ取る。何処か懐かしい匂いがした。
「ねぇ、リィン」
「ん?」
「……いっつも助けてくれてありがとね」
「?、どうしたんだ?急に?」
「ん、一度はちゃんとお礼しないとな、って思って」
「ははは、いいよ、そんなの。俺だってフィーに助けられっぱなしだ」
「ん、……でも、ありがと」
身体を離してリィンを見つめる、紫水の瞳に自分の顔が映っていた。
「……フィー?」
「だから……、……んっ」
「!?」
……
……
……
……
そっと唇を離した。
「……勘違いしないでね、これはただのお礼だから」
すぐ間近にリィンを見つめる。
「……」
「だから、気にしないで」
イタズラっぽい笑みを見せると、フィーはスッと立ち上がった。
「じゃね、リィン」
そのまま背を向け、夜の闇に溶け込むようにフィーはその場を離れた。
「……フィー」
後に残されたリィンは、ただボンヤリと遠ざかる小さな背中を見送った。
無意識に唇へ手を当てる、柔らかな感触とオレンジジュースの甘酸っぱさが残っていた。
気付かない間に周囲は喧騒に包まれていた。
教官達が慌ただしく走り回り、軍の関係者は緊迫した面持ちを浮かべている。
何か大変な事が起こったらしい。
炎が音を立てて、大きく爆ぜた……。
ガレリア要塞の消滅
クロスベルが使用した謎の兵器によって、要塞の大部分が消し飛んだらしい。
同時にクロスベルの国家としての独立宣言が行われた、早い話がエレボニアに対する宣戦布告だ。
翌日の正午、帝都ヘイムダルのドライケルス広場にて、宰相ギリアス・オズボーンが声明を行うと発表があった。
Ⅶ組の一同は教室に集まり、全員でラジオを囲む。
「そろそろ始まりますね」
「ああ、とんでもない事になったな」
「ミリアムは、オズボーン宰相から声明の内容とか聞いてないの?」
「うーん、それが全然聞いて無いんだよねぇ、オジサンとも連絡が取れないし」
「ふむ、流石の宰相閣下も、クロスベルの事で手一杯と見えるな」
「どうかしら?ミリアムには私達を監視する役目もあるだろうし、敢えて連絡を取らない様にしてるのかも」
「ああ、その可能性は十分有り得るな」
「ふん、宰相殿のお手並み拝見といこうか……」
「ん、あれ?」
リィンが辺りを見回す。
「?、どうかしたの、リィン?」
「いや……、俺達って、これで全員だったか?」
「え?」
「1、2、3、……9名全員居るぞ」
「クロウが居なくなったの忘れてるんじゃないの?」
「いや、そうじゃなくて……」
「ここのところ立て続けに忙しかったからね、疲れてるんだよ、リィン」
「そなたは、すぐ無理をするからな」
「クロウさんが抜けてから時間も経ってないですし、仕方ないですよ」
「宰相の声明が終わったら、寮でゆっくり休むと良い」
「というか、生徒会の手伝いを少し控えろ、それで身体を壊しては何にもならんぞ」
「ええ、リィンは少し頑張り過ぎよ」
「……うーん、疲れてるだけか……」
1人頭を捻るリィン。
何か、とても大切なモノが、心からスッポリと抜け落ちてしまった様な感覚。そこに在るのが当たり前のモノが、急に無くなってしまった様な感覚。絶対に無くしてはいけないモノを、何処かに落としてしまった様な感覚。
言葉に出来ない感情が、リィンの中に渦巻いていた。
「はい、皆静かに、始まるみたいよ」
サラの一声に全員が口を閉じ、ラジオに耳を傾ける。
ヘイムダルからの中継が始まった。
セリーヌにお願いしたのは、トリスタの皆からワタシの記憶を消して、だった。
ワタシがそこに居たという痕跡は、出来る限り消去した。学院の名簿、登録書、その他の関係書類。フィー・クラウゼルという人間が、トールズに在籍していた事実を示す物は、何も残っていない筈だ。
これからワタシがやる事は、きっと間違った事だ。皆が知ったら、絶対に止めさせられる事だ。
でも、それでも、我慢が出来ない事がある。絶対に許せない事がある。
ドライケルス広場から離れたビルの屋上で、クロウが置いていったスナイパーライフルを構える。
スコープを覗いた先には、黒いローブに身を包んだ男が演説壇に上がる姿が見えた。
ワタシは猟兵だった、猟兵とは飼い主が居ないと成立しない存在だ。
西風が無くなったあの日、ワタシの飼い主は何処か遠い所に行ってしまった。他の生き方を知らないワタシは、何も出来ずにただ立ち尽くした。そこにサラがやって来て、ワタシに生きる場所を提供してくれた。だから、あの時はサラが新しい飼い主だと思っていた。……でも違った、サラはワタシに居場所をくれただけで、飼い主ではなかった。
その後もワタシは飼い主を探し続けた、でも、何処にも飼い主になってくれる人は居なかった。
……そこで、ようやく気が付いた。
スコープ越しに見える宰相を鋭く睨む、引き金に掛けた指に力を込める。
ワタシの飼い主はワタシ自身だ、お前なんかじゃ無い!!
揺るがぬ決意を持ち、引き金を引いた。
「……やっちゃった」
銃弾は正確に宰相の眉間を貫いた。頭蓋を破壊し、脳漿が飛び散るのを自分の目で確認した。
人を殺したのは初めてじゃ無い、でも、自分の意思で誰かを殺したのは初めてだった。
今のワタシは獅子の心を持つトールズの学生でも、戦場を駆る猟兵でもない。
……ただの身勝手な人殺しだ。
広場は恐怖と混乱に包まれ、集まった民衆は我先にその場を離れ出す。警備に当たっていた憲兵達が避難誘導を務め、何とかパニックを抑えようとしていた。
……怖がらせてごめんなさい。
せめて心の中でだけでも謝っておく。
すぐにこの辺りも騒がしくなるだろう。
ふと耳を澄ますと、微かにピアノの音が聴こえた。何処かの家で子供が練習でもしているのだろうか?昔帝国で流行った曲だ、タイトルは忘れてしまったが。
「ふぅー」
大きく息を吐き出しながら、用済になったライフルを放棄して立ち上がる。
ふっと、東の空を見つめた。
楽しかったな……。
走馬灯の様に、トリスタでの出来事が胸に溢れ出す。
委員長もアリサもいっつも良くしてくれたし、ラウラとは色々あったけど親友になれた。ガイウスはいざとなると頼りになったし、ミリアムとは一緒に昼寝したっけ。エリオットのバイオリンは最高だったし、ユーシスとマキアスのケンカは見てて飽きなかった。サラには何のかんので一番世話になったし、それから……。
リィン……。
……一つ、嘘を付いた。
昨日のアレはただのお礼じゃ無いからね、ちゃんと気にしないとダメだよ。
そこまで考えて苦笑いを浮かべる。
ま、朴念仁じゃ、期待するだけムダか……。
半年間の思い出が止めどなく溢れ出る。
たった半年間だけの仲間達、でもきっと、一生忘れない仲間達。今度何処かで出会っても、気付いては貰えない仲間達。
……ワタシの大切な仲間達……。
ふっと、空を仰ぎ見る。
……これから、どうしようか?
オルディスに行ってクロウの様子を見てくるか、リベールに行ってクローゼとお茶を飲むのも良いな。ガイウスの故郷のノルドにも行ってみたいし、アルテリアに行ってあの神父と決着を付けるのも悪くない。
なんだ……、やりたい事が多過ぎて困るな。
少しだけ笑みを見せながら、財布を取り出して持ち合わせを確認する。
……取り敢えず、魔獣でも狩って来るか。
お決まりの台詞が頭に浮かんだ。
西から冷たい風が吹いて来た、秋が終わり、冬の始まりを告げる風だ。
……あれ、雨かな。
上着のフードを目深に被る。
……じゃあね、皆、……さよなら。
西から吹く風に溶け込むように、一筋の光を残して、妖精は風の中に消えた。
クレアが憲兵隊員達を連れてその場に辿り着いたのは、ほんの数分後の事だった。
ビルの屋上に無造作に放置されたスナイパーライフル。
それと……。
一目確認しただけで、クレアは後ろに控える隊員達に指示を飛ばす。
「……容疑者は帝国解放戦線C!非常線を張って、ヘイムダルを封鎖して下さい!」
『イエス、マム!!』
「Cの正体については明らかになっていません、挙動不審な者がいたら、積極的に聴取して構いません!」
『はっ!!』
隊員達はその場を後にした。
1人その場に残ったクレアは、ライフルの脇に屈み込む。
視線の先には、一輪の花が置いてあった。
薄いブルーの小さな花、クレアの髪と同じ色の花だ。
勿忘草。
普段の生活していると、見落としてしまいそうな小さな花。
花言葉は確か……。
「私を忘れないで……」
クレアはそれを拾うと、自分の手帳にそっと挟んで、ポケットにしまった。
「ふぅ」
一つ息を吐く。
憲兵隊大尉としての仕事は、恐らく今日が最後だろう。
この先どうなるかは解らないが、もう少し自分らしく生きてみるのも良いかもしれない。
ふと微かに、ピアノの音色が耳に入った。
懐かしいメロディーだ、小さい頃に自分もよく弾いていた曲だ。
星の在処。
曲は終盤に差し掛かり、最後のフレーズを残すのみとなっていた。
思わず歌詞を口ずさむ。
愛してる、ただそれだけで
上空には抜ける様に蒼い、秋晴れの空が広がっていた。
二人はいつかまた、逢える
1年半後 トールズ士官学院 卒業式
リィンはいつもより少し早く目を覚ますと、手早く身支度を整えた。
1年半前のあの日以降、結局Ⅶ組は分散してしまった。
皆それぞれの道に進み、自分1人だけがトールズに残った。寂しくないと言えば嘘になるが、これで良かったのだとも思う。それに、道を歩いていれば、何処かで交わる事もあるだろう。
その時は、胸を張って再会出来る様でありたい。
いくら頑張ってみたところで、所詮自分は自分でしか無いのだが。
ふっと、窓際に置いたプランターに目をやる。
殺風景な自分の部屋に、場違いな感じでハープの花が咲いていた。
いつから在るのかは思い出せない、だが、自分にとって、とても大切なモノだという事だけは解る。
?、気のせいだろうか?
ほんの微かに、口の中にオレンジジュースの味が広がった気がする。
ほんの一瞬の出来事だ、……きっと気のせいだろう。
リィンは申し訳なさそうにしながらも、花を一輪摘まむと、ブレザーの胸ポケットに差した。
「良し、行くか!」
窓の外では温かな春の朝日が、トリスタの街を照らしていた。
最後までお付き合い頂きありがとうございます。
殆ど自分が楽しむ為に書き始めた本作品、主人公がフィーという事もあり、テンポとスピード感を第一に考えたため、展開の強引さと説明不足が目立つ作品となってしまいました。
申し訳ありません。
ラストに関してですが、当初はラインフォルト社の株を巡ってオズボーンとⅦ組+オリビエが対決するといった構図を考えていましたが、フィーと株というのがあまりにもしっくりこなかった為、諦めてこういったモノになりました。
一応本編はこれで終了ですが、番外編という形でもう少し続けます。
今までは原作とある程度シンクロする様に展開していましたが、番外編ですのでそういった枠は全て取り払います。
取り敢えず次回、フィーが神速の姉さんとやり合います。
お楽しみに。