妖精の軌跡first【完結】   作:LINDBERG

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Extra edition
子猫は面倒クサイ事はすぐ忘れる


「メロンパン?」

 

フィーが学生寮の玄関から出ようとしているところを、笑顔のシャロンに止められる。

「はい、ヘイムダルに新しく出来たベーカリーショップのメロンパンが、とても好評との噂を伺いまして」

放課後、フィーは帝都のデパートにストレガー社のニューモデルが入荷したという情報を聞きつけ、1人で出掛けるところだった。

「ヘイムダルまで行かれるのでしたら、ついでにお願い出来ないかと。勿論、お代はお渡し致しますので」

「ん、良いよ」

「では、こちらを」

3,000ミラをフィーに手渡す。

「少しお荷物になるかと思いますが、そちらのお金で10個程お願い致しますわ」

「ん、任された」

寮を後にする。

 

あ、そだ、せっかくだし……。

 

フィーはARCUSを取り出すと、ある人物に連絡を取った。

 

 

 

 

 

 

帝都ヘイムダル アルト通り

 

シャロンに言われたパン屋は、エリオットの実家を通り越して少し行った場所に在った。赤レンガの外観に小さな煙突と素朴な看板、如何にも庶民的な店構えだ。

敷地が小さいためか、店内で選んだ商品を買うといった形式では無く、窓口越しの店員さんに商品を注文して購入するスタンドショップだ。

住宅地から少し離れた場所なので人通りはそれ程多くは無いが、それでも数人が行列を作って店の前に並んでいる。

噂通りの人気店らしい。

 

ま、ちょっと待つ位はしょうがないか。

 

フィーは行列の最後尾に付いた。

 

待っている間に、パンが焼ける芳ばしい匂いが漂って来る。無意識に口の中に唾液が溢れ出し、何ともいえない幸福感が胸いっぱいに広がって思わず頬が弛んだ。

 

ああ、匂いだけで幸せ……。

 

フィーはだらしなくヨダレを垂らしながら、胸いっぱいに深呼吸をする。

 

「おほん!ちょっとあなた!前が進んでいますわよ!」

至福の時を邪魔するように、不意に後ろから声を掛けられた。

振り返ると、薄茶色の髪の毛を一つに纏めた女性が怖い顔で睨んでいる。

「もっと周りの迷惑を考えて行動しやがれですわ!」

前を見ると確かに行列が進んでいた、……ほんの1アージュ程だが。

「ん」

関わると面倒そうなので、フィーは大人しく一歩前に進んだ。

「ちょっとあなた!」

再び後ろから声を掛けられる。

 

……今度は何だ。

 

「人から注意されたら、一言謝るのが常識でしょうが!バカにするんじゃねぇですわ!」

 

……ちっ、予想以上にメンドクサイ女だったか……。

 

「ん、ゴメン」

 

あまり関わり合いになりたくないフィーは、珍しくあっさりと謝る。

 

「あ、あら?意外にも素直な反応ですわね。ま、まぁ、解れば良いんでやがりますわ、こちらも少し言い過ぎましたし……」

ふと見ると、行列に並ぶ全員がこちらを見ている。これだけ騒がしくしていれば当然だが……。

周囲の目が気になったのか、女はそれ以上フィーに絡んでは来なかった。

 

焼けたパンの匂いを堪能しながらそのまましばらく待つと、後数人を残してフィーの番という段になった。

「メロンパンは数に限りがありますので、お一人様10個迄とさせて頂きます、ご了承下さい」

元気の良い店員さんが、行列に注意を促す。

 

え、数量限定なの?……買えるかな?

 

胸に一抹の不安が過る。

 

ま、他にもマフィンとかベーグルとかあるみたいだし、この位置なら大丈夫でしょ。

 

フィーの前に並ぶ客達が注文する。

「メロンパン4つ」

「はい、ありがとうございます!」

店員さんが笑顔で接客を続けている。

「えーっと、メロンパンを5つ」

「はい、かしこまりました!」

「メロンパン7個下さい」

「毎度どうも!」

「……いつもの」

「はい、メロンパン10個入ります!」

……

……

……

……メロンパンばかりが飛ぶように売れている。

 

オイオイ!全員メロンパンしか買ってねーぞ!?

 

心の中で激しく動揺する。

 

皆どんだけメロンパン食いてーんだ!?

っていうか、他のパン1個も売れてねーって事は、メロンパン以外は全部ジョーカーなんじゃねーのか!?

大丈夫かこの店!!?

 

とんでもなく不安になるフィー。

 

どうしよ?代わりに変なの買って帰る位なら、止めた方が良いかな?それとも適当に何か買って、最初にサラに毒味してもらえば良いか?どうせ何食べても美味しいって言いそうだし?

 

そんな事を考えている間にフィーの番になった。

 

「いらっしゃいませ!」

「ん、メロンパン10個なんだけど……、まだある?」

「はい、大丈夫ですよ!」

 

ほっ、良かった。

 

「んじゃ、お願い」

「はい、少々お待ち下さい!」

……

……

……

「はい、お待たせしました!」

「ん、ども」

紙袋を受け取る。

「また宜しくお願いします!」

店員さんが頭を下げる。

「メロンパンはこちらのお客様で終了となりました!ありがとうございます!」

店員さんが残りの客に声を掛ける。どうやらギリギリだったらしい。

 

ふふん、日頃の行いが良いおかげかな。

 

フィーは満足気な顔で、その場を離れようとした。

 

「ちょっと!どういう事でやがりますの!!?」

 

急に背後から鋭い怒声が響き渡る。見ると、先程フィーに絡んで来た女性が、店員さんにクレームを入れていた。

全身から怒気とも殺気ともつかぬ何かを撒き散らしている。近くで昼寝をしていた猫が、跳び跳ねる様に逃げ出した。

「これだけ待たせた挙げ句に売り切れ!?ふざけんじゃねぇでやがりますわ!!!」

「お、お客様……、そうは申されましても本日分は完売致しておりまして……」

「何とかしやがれですわ!!」

「そうは申されましても……」

店員さんが一生懸命に弁明している。

 

パン屋さんも大変だね。……ま、ワタシには関係無いか……。スニーカー見に行こ。

 

視線を前方に移した。

 

次の瞬間、一陣の青い風がフィーのすぐ真横を吹き抜けた。

 

!!?

 

突然の事に驚くフィーの目の前に、怒りを露にした女が立ちはだかる。

「ちょっとあなた!何処に行こうとしていやがるですわ!」

女性は仁王立ちでフィーの進路を阻みながら、凄まじい剣幕で捲し立てた。

「諸悪の根元である、あなたが居なくなってどうするでやがります!」

 

諸悪って、なんでワタシが……。

 

「あなたが1人で10個も買うから、わたくしが買えなくなってしまったんですわ!この落とし前、どうつけるつもりでやがりますわ!?」

 

……いや、知らねーよ、そんなの。

 

「ん、10個買ってたのはワタシだけじゃないし、それにお店のルールは守ってるし」

「ルールよりも人情でしょうが!自分さえ良ければそれでいいとでも言うつもりですの!?」

 

ルールより人情か……、時と場所さえ違えば良いセリフなんだろうけど……。

 

「諦めなよ、他のパン買って帰れば良いじゃん」

「わたくしはメロンパンが欲しいのです!それに、そこのパン屋はメロンパン以外の評判がすこぶる悪いのですわ!硬くてパサパサで食えた物じゃねーと聞きましたわ!」

 

誰に聞いたんだよ、……っていうかそんな事大声で言ったら。

 

横目でチラリと見ると、先程まで元気一杯に頑張っていた店員さんがガックリと肩を落としている様子が見えた。無理もない、店の目の前で堂々と自身の商品を批判されたのだ。

だが、何故か周りに居る他の客達からも、否定の意見が上がる事は無かった。

 

「大丈夫だよ、どれだけ不味いパンでもチーズ乗せて温めたら美味しくなるから」

 

フィーなりに気を使った発言だったが、何一つとしてフォローにはなっていなかった。

 

「わたくしはメロンパンが欲しいのです!!何で不味いパンにチーズ乗せなきゃならねーんだですわ!!」

 

一応なりとも気を使ったフィーの発言を、女は粉々に打ち砕いた。そして残念な事にそれは正論だった。

女の発言と同時に、店員さんが崩れ落ちる様に地面に膝を付く。だがそれでも、周りから否定の意見が上がる事は無かった。

 

「……んじゃ、どうして欲しいの?」

「大人しく、その紙袋を置いて去りなさい!」

 

……いや、それってただのカツアゲ。

 

「それは無理、これ頼まれたヤツだし」

「わたくしだって自分用ではなく、マスターに食べて戴きたくてヘイムダルくんだりまで出て来たのですわ!!」

 

だから知らねーって、そんなの……。マスター?

……カフェでバイトでもしてんのか?

 

「さあ!無駄な抵抗は止めて言う事を聞きなさい!」

 

め、メンドクセー……。

 

目を細め露骨に不快感を顔に出すフィー。

 

もういいや、逃げちゃおっと。

 

「あっ!」

フィーが突然何かに気づいた様に、視線を遠くへと飛ばす。

「へっ?」

女が釣られてフィーから視線を外した。

 

……

……

……

「?……何も無いじゃありませんか。何ですの、一体?」

 

女が視線を戻すと、そこには誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

女から逃げたフィーは、自慢の韋駄天で裏道を駆け抜け、オスト地区の辺りに来ていた。

 

……あーあ、ヴァンクール大通りの方に行きたかったのに、全然違うトコに来ちゃった。

 

実習の時にも来ているので、ある程度の場所は解る。マキアスの実家のすぐ近くだ。

 

トラム乗り場は……、あっちか。

 

紙袋を抱えながら移動を開始する。

 

「おうおう!よそ者があたいらのシマで何してやがる!?」

不意に声を掛けられる。

振り向くと、腕組みをしたポニーテールの少女と、それに従う少年が立っていた。

 

?、何処かで見たような気がする……。

 

「あたい達に断りもなく、デカイ面してウロウロしないで欲しいね!」

 

……あ、マキアスの友達か。

 

名前は忘れたが、実習の時にも絡んで来た二人組だ。……名前は全く思い出せないが

 

……それにしても、エリオットの友達は公園でカッコ良く楽器の練習してたのに、マキアスの友達はコレか……。

……格差社会って、怖いね。

 

フィーはしみじみと思った。

 

「あん?お前どっかで見た顔だな……」

「ん、気のせいじゃない、初対面だよ」

 

面倒そうなので、フィーはそう答えた。

 

「そうか?……まぁ、いいか。それで、こんな所で何してんだ!?」

「……」

 

はぁ、なんて答えるのが正解かな……。

 

心の中で溜め息を吐きながら、最も被害が少ない返事を考える。

 

……ん?

 

その時、不意に背後から不穏な気配を感じ取る。

振り返ると、先程パン屋で絡んで来た女が立って居た。

 

「はぁ、はぁ……、探しましたわよ!小娘ぇ!!!」

 

女は息を荒立たせ、全身汗だくでフィーを睨んでいる。

 

追って来やがった……、完全に撒いたと思ったのに。

 

心の中で落胆するフィー。

 

「ヘイムダル中を走らせ回りやがりまして……。ですが!この神速のデュバリィから逃げられると思ったら、大間違いでやがりますわ!!」

女は勝ち誇る様に、鋭い視線を向けてくる。

「神速のデリバリー?」

フィーは小首を傾げる。

「デュ、バ、リィ、です!!人をピザ屋の看板娘みたいに呼ぶんじゃねぇですわ!!」

 

何の悪気もなく火に油を注ぐフィー。

 

っていうか、自分で神速とか言っちゃうのってどうなの?恥ずかしくないのかな?

あっ、でも私も妖精とか言っちゃってるな。……なるべく控えよう。

 

「ふっ、ふふふ……」

女が怒りの表情を浮かべたまま、不気味な笑みを見せた。

「ふふふ……、わたくし、ここまでコケにされるのは初めてですわ!」

不意に右手を前に突き出すと、そこから黄金の光が迸る。

「ぶった切ってやります!!」

次の瞬間、女の手には小柄な体型に似つかわしくない大剣が握られていた。

 

!!?、ど、何処から出したんだ!?

 

「覚悟しやがれですわ!!」

大剣を構えたまま腰を落とす。

 

「お、何だケンカか?やれやれ!」

マキアスの友達が囃し立てる。

 

煽るんじゃねーよ!……っていうか、アンタ達もうちょっと離れてた方が……。

 

「喰らいやがれですわ!!」

女が一陣の風の様に突っ込んで来た。

 

!!?、速っ!!

 

間一髪、紙一重で避けるフィー。

 

危ねぇー!マジで首と胴体がサヨナラするかと思った。

 

女はフィーの遥か後方でその動きを止めた。

女の制動が生んだ爆風と衝撃で、マキアスの友達二人組は吹き飛ばされてフィーの視界から消えた。

 

あらら、……ま、いっか。

 

だが自分の責任ではないので、フィーは全く気にしなかった。

 

「ほう、良くかわしましたわね、褒めて差し上げますわ!」

女が再び大剣を構える。

「では、コレならどうです!!」

先程よりも更にスピードを上げた一撃がフィーを襲う。

 

……ちっ。

 

剣筋を読んでかわす。

 

「まだですわ!!」

女はスピードに乗ったまま、大剣の連撃を繰り出す。

 

……危なっ。

 

しかし今度もフィーを捉える事は出来ない。

 

「ええい、チョコマカと!!」

女は更にスピードを上げた一撃を見舞う。

 

……ん。

 

フィーは女が動き出す前から、既に剣筋を読んで回避動作に入り、今度は難なく避ける。

 

「この!さっさと切られてしまいやがれですわ!!」

 

無茶言うな。

 

軽やかにステップを踏みながら、集中力を高め続ける。

 

女の太刀筋はアルゼイド流に酷似したものだった。普段からラウラとの模擬戦を行っているフィーにとって、それは既に見慣れたモノだ。いくら速くても、先の読めている剣を避けるだけなら容易い。愛用の双銃剣を抜く必要も無い。

しかも女の剣はラウラと同じく、いや、ラウラ以上に真っ直ぐで曇りのない剣だ。良く言えば嘘偽りのない、悪く言えば馬鹿正直な剣筋。オマケに感情が全部顔に表れるのでメチャクチャ読みやすい。

この手合いはフィーの得意分野だ、どれだけ格上の相手であっても、呼吸さえ見逃さなければどうとでもなる。

 

戦闘スタイルは似ていても、本質は真逆の2人だ。

 

それにしても速ぇーな……。スピードでワタシが敵わないと思ったのは久しぶりだ。

……やるね。

 

フィーの顔に不敵な笑みが浮かぶ。

 

「な、何を笑っていやがるんです!!?」

「ん、別に」

「きぃ~!、バカにするんじゃねぇでやがりますわ!!」

 

女が怒りに任せて大剣を振るって来た。

 

ふふん、大振りだよ。

 

フィーは紙袋を小脇に抱えたまま、相手の動きに合わせて閃光手榴弾を炸裂させた。

 

「なっ!?」

 

視界を奪われた女は思わず動きを止めた。

 

「くっ、こんな街中で閃光弾とは卑怯な!正々堂々戦いやがれですわ!!」

 

……大剣振り回すのは良いのかよ。

 

その後も女は目を押さえながら、フィーへの悪態を叫び続ける。次に女が目を開けると、やはりそこには誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 

はぁ、やれやれ。

 

女から再び逃げたフィーは、路地裏を駆け抜けてアルト通りの方へと戻り、実習の時にお世話になった遊撃士協会の事務所前の柵に腰を下ろして休んでいた。

片手には、つい先程喫茶エトワールでテイクアウトしたジュースが握られている。

 

何かもう疲れたし、帰ろっかな……。

 

帰宅途中の人の群れを眺めながら、ストローに口を付けてアップルジュースを飲む。

日も傾き始め、夕日が緋の帝都を明るく染めていた。

 

そこに不穏な気配が近づいて来る。

「ぜぇ、ぜぇ……、こ、小娘ぇー!!」

 

はぁ、やっぱり、来たか。

 

「ぜぇ、ぜぇ……、……まさか、またこっちに戻って来てるとは思いませんでしたわ!」

 

女は息を切らせながらフィーに近寄る。またあちこち走り回って来たらしい、汗が滴っている。

 

「ですが!!この神速のデュバ……」

「飲む?」

フィーが飲みかけのジュースを差し出す。

「あら?気が利くじゃありませんの、遠慮なく頂きますわ!」

女が紙コップを受け取って口を付ける、

……

……

……

「って、コレ、殆ど氷しか残ってねーじゃありませんの!?」

文句を言いながらも、女は氷を噛み砕いて飲み込み、怒り任せに紙コップを握り潰した。

「ゴミはちゃんとゴミ箱に捨ててね」

「くっ……、ゴミ箱はどこですの!?」

フィーがトラム乗り場の方を指差す。

女は目にも止まらぬスピードで紙コップを捨ててから、元の場所に戻って来た。

 

……なかなか使えるね、神速のパシリィ。

 

そう思ったが口には出さないフィー。

 

「んで、どうするの?さっきの続きやる?」

「ふん、こんなに人が多い場所で、そんな事出来る訳ないですわ!」

 

意外にも常識的な発言に、目を丸くするフィー。

 

「ふーん、んじゃワタシはそろそろ帰るね……」

柵から腰を上げる。

「お待ちなさい!逃がさないと言ったはずですわ!」

女がフィーに詰め寄る。

「ようやく思い出しましたわ、その赤い制服、トリスタに在る士官学院の制服ですわね!隠そうとしても私にはお見通しですわ!!」

「ん、そだよ」

 

別に隠してはないけどね。

 

Ⅶ組の制服は何処に行っても目立つらしい、今更ながら何故こんなにも目立つ色なのだろうか?

 

「ふふふ、どうやらあなたもスピードにはそれなりの自信があるご様子……、そこで!!」

女が力強くフィーを指差した。

「ヘイムダルからトリスタまでの競争でケリを付けるというのは如何ですか!?」

 

……自分の得意分野で勝負しに来やがったよ。……っていうか。

 

フィーが目を細める。

 

マジで言ってんのかコイツ?ここからトリスタまで何セルジュあると思ってんだ?……アホなのか?

それに、ケリも何も勝ったところで、ワタシにとって一欠片も得が無いんだけど?

でも断るとまだ付きまとって来そうだし……。

……

……

……

ま、いっか。もうちょっとだけ遊んでやるかな。

 

「ん、良いよ」

フィーが承諾する。

 

我が意を得た女の顔には、溢れんばかりの笑みが浮かんでいた。

 

「んじゃ、準備してくるから、トリスタ行きの街道の出口で待ってて」

「ふふふ、了解ですわ。……あ、逃げるんじゃねぇでやがりますわよ!」

「逃げないよ、んじゃ後でね」

フィーは紙袋を抱えると、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

数分後 帝都ヘイムダルからトリスタへ向かう街道の出口。

 

デュバリィは笑いを噛み殺しながら、銀髪の娘が来るのを待っていた。

 

ふふふふっ、笑いが止まりませんわ!なまじスピードに自信があるから、勝負を受けたのでしょうが、この神速のデュバリィに敵うはずがありませんわ!!

わたくしなら、ここからトリスタまで1時間と掛からずに辿り着けますわ。転移陣を使えば一瞬ですが、こちらから競争と言った手前、それは流石に騎士道から外れるので止めておきましょう。

ふふふ、それにしても、こうもこちらの目論見通りに事が運ぶとは、これも我がマスターの教えの賜物ですわ。

あの方に美味しいメロンパンを食して戴く為にも、このデュバリィ、必ずやり遂げてみせますわ!!

 

勝利を信じて疑わないデュバリィは、満面の笑みを見せていた。

 

そこに、街の方から1つの気配が近付いて来る。

今日何度も感じ取ったモノだ。間違いない、あの銀髪の娘だ。

 

ふふふっ、哀れなカモがノコノコとやって来やがりましたわ。さぁ!わたくしをコケにした報いを受けさせて……、へ???

 

娘は見た事の無い、二輪の乗り物に乗っていた。

 

 

 

 

「……なんですの、それ」

「ん、ああ、学院のメカマニアが作った新しい乗り物。導力バイクって言うんだよ」

「そうじゃなくて!!何でそんな物に乗っていやがるのかを聞いているのですわ!!」

「何でって……、コレに乗って帝都に来たから」

「わたくしは競争と言った筈ですわ!!」

「徒競走とは言ってないよね?それに、ワタシが走ってトリスタに帰ったらコレどうするの?また走って取りに戻るの?まさかそんな馬鹿な事言わないよね?」

「ひ、卑劣な……」

途端にデュバリィの顔が険しくなる。が、フィーは気にも止めない。

「んじゃ、さっさと始めよっか?いつでも良いよ」

「くっ……、じょ、上等ですわ!やってやろうじゃないですの!!」

 

横並びになって各々スタート位置に着く2人。

「あ、流石に悪いからハンデあげるよ、そっちがスタートしてからこっちも出すから」

 

ブチリ、……何かが切れる音がした。

 

「ふ、ふ、ふ、ふざけやがりまして!!!吠え面かかせてやりますわ!!!」

デュバリィが先にスタートを切る、流星の様な一筋の光が、夕暮れの街道を一直線に突き進んで行った。

 

ヤッパ速ぇーな。

 

心の中で感嘆を上げる。

 

んじゃ、行くか。

 

スターターを押して導力エンジンを駆動させる。

 

……暗くならないうちに帰ろっと。

 

スロットルを回しながらクラッチを繋ぎ、ゆっくりとバイクは動き出した。

 

 

 

 

 

 

数分後

 

はぁ、はぁ、はぁ……。

 

街道のど真ん中で大の字に横たわるデュバリィ、トリスタの街まで残り10セルジュといった場所だ。

 

はぁ、はぁ、はぁ……。

 

デュバリィは頑張った、持てる力の全てを出した。

 

はぁ、はぁ、はぁ……。

 

最初は良い勝負だった、導力バイクを相手に自らの肉体一つで何とか競り合っていた。

 

はぁ、はぁ、はぁ……。

 

しかし気が付くと、バイクのテールランプが遥か彼方に見えていた。

 

はぁ、はぁ、はぁ……。

 

それでも彼女は諦めずに走り続けた、懸命に足を動かし、神速の名に恥じぬ走りを見せた。

 

はぁ、はぁ、はぁ……。

 

……銀髪の娘との、差が縮まる事は無かった。

 

はぁ、はぁ……、ぐすっ……。

 

夜の帳が落ち始め、辺りが薄暗くなってきた。日が沈むと急に気温が下がり始め、冷たい空気が全身を包み込んだ。

 

ひっく、ひっく……、ぐすっ……。

 

デュバリィは鉛の様に重い身体を何とか引き起こすと、来た道をトボトボと歩き出した。転移陣を展開したかったが、そんな体力は何処にも残って無かった。

位置的にはトリスタに向かった方が近かったが、あの銀髪の娘と遭遇する可能性を考えてそれは却下した。

 

ひっく、ぐすん……。

 

目と鼻から何かが溢れ出ているが、拭う気力も無い。

デュバリィは緋の帝都への道のりを、フラフラと歩き続けた。

夜空を見上げると、敬愛するマスターの顔が浮かんで見えた気がした。

 

 

 

 

 

 

「んー!このメロンパン最高!」

第3学生寮の食堂に、ミリアムの歓声が響き渡る。全員には行き渡らないので、女子だけで頂く事にした。

 

「本当ですね!外はカリカリで中はフワフワで!」

「うむ、コレは美味だな!」

エマとラウラも喜んでくれている様子だ。

「ホントね!どうせなら他のパンも食べてみたかったわ!」

「ん、でも、他のは美味しく無いって言ってたよ」

フィーがアリサに答える。

「へぇ、誰に聞いたの?」

「え?」

……

……

……

……誰だったっけ?

 

子猫は首を捻りながらも、美味しそうにメロンパンにかぶり付いた。

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