妖精の軌跡first【完結】   作:LINDBERG

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子猫はヤると決めたら容赦しない

リィン少年は混乱していた。

自分の身体が何一つとして言う事を聞かず、目に映る全ての物を破壊し尽くそうと、勝手に動いている。

戦意が無く、逃げようとしている魔獣まで切り伏せてしまう始末だ。

 

止まって!もうやめて!

 

何とか自我を保ち、主導権を奪い返そうと試みる。だが自分の中に巣食う、『恐ろしい何か』は、リィンの意思を無視して、勝手に身体を動かしている。

憎しみと怨嗟を吐き出しながら、目に映る全てを破壊しようとするソレは、リィンの心をも支配して、肉体の全て乗っ取ろうとしていた。

 

どうしよう、どうしよう、どうしよう……。

 

あの時……、ユミルの山奥でエリゼを助けたあの時も、自分の意思とは無関係に身体が動き出し、気が付いた時には目の前に魔獣の死骸が横たわっていた。

血に濡れた手で、怯えるエリゼの頭を撫でようとすると、エリゼは身を竦めて身体を震わせていた。瞳には恐怖が色濃く見て取れ、まるで、恐ろしい化物を見つめている様に感じられた。

あの時のエリゼの目、あれは……、とても家族に対する目には見えなかった。

 

どうしよう、どうしよう、どうしよう……。

 

このままじゃ、またあの時と同じ様な事が起きてしまう。あの銀髪のお姉ちゃんを沢山傷付けてしまう。

今の自分は記憶が無いらしい。

それでも今日1日を共に過ごして、彼女達が自分を大切にしてくれた事だけは理解出来る。そして自分自身も、今日出会った全ての人達を、とても大事に思っている事も解った。

頭が覚えていなくても、心の奥底の魂が結び付いている様な感覚。今の自分を形作るモノの中で、一番大切な人達。

かけがえの無い自分の仲間達……。

 

もしも……、もしも僕の手で、あのお姉ちゃんを……。

 

右手に持った太刀の感触が伝わる。妖しい銀の光を放つそれが、とても恐ろしい物に感じられた。

しかし、自分の意思に反して身体は歩みを止めず、真っ直ぐにお姉ちゃんの元へと向かっている。

 

リィンは、何とか自分の身体の主導権を奪い返そうと、もがき続ける。

最悪の場合は自分の胸に、右手に持った太刀を突き刺す事も厭わないつもりだった。

だが、自分の中に巣食う何かがそれを許してくれない。ドス黒く、おぞましく、でも何故か悲しい気持ちにさせる何かは、目に映る全てを滅ぼそうと歩みを進めている。

 

どうしよう、どうしよう、どうしよう……。

 

どうする事も出来ない、何も出来ない自分が情けなくなってくる。

リィンは薄暗い地下道を歩み続けた。

 

 

 

自分の意思に反して進んで行くと、不意に視界が開けて広い空間が現れた。

20アージュ四方の空間に、窪地の様に低くなった床。水道管のパイプが、両壁に張り巡らされている。

空間の奥には上り階段が在り、見上げると小さな人影が見えた。

 

お姉ちゃん!?逃げて!!

 

リィン少年が声になら無い叫びを上げる。

「ジャアアアア!!!」

しかし、自分の中の恐ろしいモノは、リィンの感情を無視し、咆哮を上げながら人影に襲い掛かった。

 

やめて!お願いだからやめてよ!!

 

リィンは懇願するが、それは聞き届けられそうも無い。

恐怖に押し潰されそうになりながら、リィンは銀髪の人影を見つめた。

 

……?

 

気のせいだろうか?口元に笑みが浮かんでいる様に見える。更に周囲の空気が歪んでいる様に感じられた。

翡翠色の瞳に激しい炎が見て取れ、まるで、言う事を聞かない弟に、腹を立てた姉が怒りの業火を叩き付ける前触れの様に思えた。

 

???、お、お姉ちゃん?

 

「……イグニッション」

階段の上の人影が小さく何かを呟くと、両壁の水道管が爆発し、リィンが居る窪地に大量の水が瞬時に流れ込んで来た。

 

お、お、お姉ちゃん!?!?

 

リィンは突然の激しい水流に飲み込まれると、身動きを取る事も出来ずに、大きな渦の中に巻き込まれる。

 

がぼっ、がぼっ……、お、お姉ちゃん……。

 

意図せず多量の水を飲み込み、溺れて意識が遠退いていくリィン。

その時少しだけ記憶が戻った。

 

あのお姉ちゃんは……、絶対に怒らせちゃダメな人だった……。

 

そのままリィン少年の意識は水流と共に押し流され、深い闇の底へと沈んで行った。

 

 

 

 

 

階段上に陣取ったフィーは、リィンが溺れて沈んでいく様子を見つめていた。

 

まだ物足りないよね?

 

リィンを待ち構える間に手早く作成しておいた、閃光弾に爆薬をブレンドした危険極まりない爆発物を手に取る。

 

はい、プレゼントだよ。

 

流れ込む水の勢いで渦巻きが出来ている所に、お手製の爆弾を投下する。着水と同時に巨大な水柱が立ち上がった。

 

いっぱい作ったからまだあるよ、はい。

 

更に爆弾を投下する。その度に水柱が立ち上ぼり、地下道全体に衝撃が響き渡った。

投下の合間にARCUSを駆動させて、ラグナヴォルテクスを発動する。紫の電撃が水面に迸り、周囲が閃光に照らされる。

 

物陰に隠れている魔獣達は、恐怖に震えながらその様子を見つめていた。親子らしきドローメなど、子供の目に当たる部分を触手で覆い隠して、見えなくしている。

 

 

 

爆撃は数分にも渡って続き、そして静寂が広がった。

リィンの気配は完全に無くなっている、……普通に考えれば生き残っている可能性は万に一つだ。

しかし、フィーは油断なく水面に視線を走らせながら、ポーチからワイヤーフックを取り出すと、片手で投げ縄の様にクルクルと回して構えを取った。

 

……

……

……

……ん、来る。

 

不意に水面に波紋が広がる。

「ジャアアアアアア!!」

雄叫びと共に白髪の鬼が姿を現せた。

 

ほいっと。

 

フィーはワイヤーフックを投げ付け、水面にせり出したリィンの上半身に巻き付ける。

「ジャアア!??」

死地を脱した直後に、上半身を拘束された鬼が驚きの表情を見せる。

 

魚釣りするだけじゃなくって、たまには釣られる方の身にもなってみなよ。

 

フィーは力任せにワイヤーを引っ張ると、近くの壁にリィンを思い切り叩き付けた。

「じゃ、ジャアアア!??」

苦しげに顔を歪める鬼。そこに素早く近付くと、胸ぐらを掴んで引き起こし、赤く染まった瞳を間近に見つめた。

「リィン!聞こえる!!?」

大声で叫ぶ。

「リィン!!」

赤い鬼の瞳が、こちらを見つめていた。

「……滅ビヨ」

抑揚の無い冷たく低い声が、まるで命令するように告げる。

「あんたには……」

フィーは一度大きく上体を反らすと。

「言ってないよ!!」

思い切りリィンの額目掛けて頭を打ち付けた。

「ジャアアア!?!?」

痛みと驚きに咆哮を上げる。

「起きろ!リィン・シュバルツァー!!」

フィーは続けざまに、リィンの額に頭突きを繰り返す。

「起きろって言ってんだよ!朴念仁!!」

地下道に鈍い音が響き渡る。

 

遠巻きに様子を窺っている魔獣達は、恐怖のあまりにプルプルと震えていた。何体かは恐ろしさの余り、涙目になっている。

 

「ホ、滅ビヨ……」

「女たらし!!シスコン!!」

思い付く限りの溜まりに溜まった悪態を吐き出しながら、頭をガンガンと打ち付ける。断続的な破壊音が響き渡った。

「ホ、滅ビ……」

「出しゃばり!!マッチポンプ!!」

更に気合いを込めて強烈な頭突きをブチ込む。

「ボイン男爵!!胸が無くて……」

上体を最大限まで後ろに反らす。

「悪かったな!!!!」

最後に全身全霊の力を振り絞って、額を打ち付けた。

「滅……、ビ……、ル……」

不意にリィンの禍々しいオーラが消えて無くなった。白髪が黒髪へと戻っていき、赤い瞳もいつもの紫水色へと変化していく。

リィンは崩れ落ちる様に倒れると、力無くその場に横たわった。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……」

フィーは荒い息遣いのまま、その様子を見つめていた。胸の内を全てさらけ出したせいか、爽やかな顔を浮かべている。

目の前にはいつものリィンが横たわっていた。

額がバックリと割れ、夥しく出血し、色々と真っ赤に染まってはいるが、生きてはいる様だ。

「……リィン?」

躊躇いがちに声を掛けると、リィンの目がうっすらと開いた。

「……ん、……ふ、フィー?」

いつものリィンがそこに居た。

「……あれ?……ここは?」

「ん、ヘイムダルの地下道。……気分はどう?」

「……ああ、……何だか、靄が晴れたみたいにスッキリしてるよ」

「ん、そか」

 

まぁ、頭からそんだけ血流せば、スッキリするだろね。

 

「……ところで、俺は何でこんな所で、ビショ濡れになって縛られてるんだ?」

「ん、えっと……」

ワイヤーを回収しながら、これまでの経緯をかい摘まんで説明してやる。

自分に都合が悪い部分は、勿論秘密だ。

 

 

 

「……そうか、……そんな事が」

拘束を解かれたリィンが、申し訳無さそうに肩を竦める。

「何も覚えて無いの?」

「うーん……、何か、怖い夢を見てたのは覚えてるな」

「怖い夢?」

「ああ、俺が海で溺れてるところを、飛行艇から空爆されて、更に頭目掛けて隕石が何発も落ちてくる夢だった……」

「ふーん……、随分へヴィーな夢だね」

他人事の様な感想を漏らす。

 

フィーが自分の行いを省みる事は絶対に無い。

 

「んじゃ、帰ろっか。動ける?」

「ああ、大丈夫そうだ……」

リィンはフラフラしながらも何とか立ち上がる。

頭からの出血は止まっている様子だが、顔面が真っ赤に染まっていた。

 

……まぁ、制服も赤いし、そんなに不自然じゃないかな。……なんか面白そうだし。

 

フィーは、リィンが自分で気付くまで、黙っている事に決めた。

 

2人は並んで歩き出すと、出口を目指した。流石にもう手を繋ぐ事はしなかった。

フィーはちょっとだけ肩を落としたが、すぐに気を取り直す。

 

またの機会に、期待すれば良いか……。

 

2人は離れずに、出口へ向かって歩き続けた。

 

 

 

恐ろしい人間達が居なくなった後、暗がりから這い出した魔獣達は口々に「怖かったね」「何なのあのヤバい人達」等と話し合いながら元の生活に戻っていた。

彼(彼女?)達全員が思った。

 

あの人達……、もう来ないで欲しいな。

 

 

 

 

 

地下道を後にした2人は、ヘイムダルの街を歩いていた。既に日が落ちて、夜の雰囲気が漂っている。

街に出てすぐ、自分の顔を見た人達が片っ端から逃げ出すのを、不思議そうに見つめるリィン。

それをニヤニヤしながら見物したフィーは、満足そうな顔を浮かべてから、アクアブリードを駆動して豪快に顔を洗ってやった。

 

「もっと早く教えてくれよ……」

強烈な水流で血糊を洗い落とされたリィンが、情けない声を出す。

「ん、ゴメン。……ついね」

「……つい、ってなんだ?」

リィンが目を細める、その様子をフィーは悪びれる風もなく眺めていた。

「はぁ、まったく……。ん?」

溜め息を吐きながらも、不審気な目をフィーに向ける。

「フィー、どうかしたのか?」

「ん、何が?」

「いや、何となく顔色が悪いように見えるんだが……」

「……」

 

……ったく、こんな時だけ勘が良いんだよな、この男は。

 

「気のせいじゃない?暗がりだから、そう見えるだけだよ、きっと」

「そうか?」

「ん、全然問題無し」

「……ならいいけど」

 

……はぁ、……そろそろ限界だな。

 

「あっ、そだ。ワタシはちょっと買い物して来るから、リィンは先に帰ってて」

「買い物?なら俺も付き合うよ」

「ん、1人で大丈夫……」

「遠慮しなくて良いぞ、荷物持ち位ならするし」

「じゃ、一緒に行く?」

「ああ、因みに何を買うんだ?」

「ん、女の子の日用品……」

「……」

「どうする、付いてくる?」

「え、遠慮しておきます……」

 

そのままリィンは、遅くならない様にとだけフィーに告げると、1人でトラム乗り場へと向かって行った。

フィーはリィンの姿が見えなくなるまでその様子を見送ると、壁に背を付けてその場にヘタリ込んだ。

 

ふぅ……、ちょっと無理したかな……。

 

人目も気にせず制服を捲り上げて、脇腹の状態を確認する。

シャツが真っ赤に染まっていた。

 

傷が開いちゃったな……。

 

やれやれといった顔を浮かべると、ARCUSを取り出して通信モードを立ち上げた。

……

……

……。

「……あ、クレア?フィーだけど。ちょっと怪我しちゃってさ、助けてくれないかな?」

!?

……

……!

「ん、大した事は無いよ。ちょっと脇腹が裂けて、腸〈はらわた〉が飛び出しかかってるだけ」

!!!?

……

……!!

「らじゃ、んじゃ、ここで待ってるね」

通信を切ってARCUSをポーチにしまう。

 

……良かった、わざわざ迎えに来てくれるらしい。流石クレア大尉、どっかの紫電教官とは違うね。

 

安心すると眠気が襲って来た。

 

ふぁー……、ちょっとだけ寝よっかな。

 

日暮れの街、帰宅する人達、楽しそうに笑う学生、手を繋いで歩く親子。

一歩間違ったら、今日のこの時間は訪れ無かったかもしれない。……それも、自分の大切な仲間の手によってだ。

今日は何とかなったけど、あの男はいつかとんでもない事をやってしまうかもしれない。

 

……ま、その時はその時か。

 

何かあったらワタシ達が止めれば良い、仲間がやらかした事の責任はⅦ組全員の責任だ。

それに、リィン如きが何をした所で、ワタシ達の手に負えない事は無いだろう。

だから、大丈夫。

腹を裂かれようが、手足を切り落とされようが、絶対に何とかしてやる。

だから……、大丈……夫。

 

抗い難い睡眠への誘惑に敗北し、道端にも関わらずフィーは瞳を閉じる。

遠くから憲兵隊車両のサイレンが聴こえてきた。

子猫は安心したように寝息を立て始めると、可愛らしい寝顔を見せた。

 

 

 

 

 

 

 

数日後 トールズ士官学院 昼休み

 

サラは教官室でコーヒーを飲みながらゆっくりと寛いでいた。

書類の作成も終わり、今日の仕事は午後の授業を残すのみとなっている。久しぶりに早く帰って、ゆっくり飲もうかな、などと夜の計画を考えていた。

 

「お疲れ様です、サラ教官」

そこにメアリー教官が笑顔で近付いて来る。

「お疲れ様です、メアリー教官」

「お手紙が届けられていましたので、お持ちしましたよ」

「あら、わざわざスミマセン、ありがとうございます」

1通の封筒を受け取る。

「いえいえ、とんでもないです。こちらこそ、ご休憩中にすみませんでした。では、失礼しますね」

優雅に挨拶を済ませ、メアリー教官は立ち去っていった。

 

ふぅ、アタシも少しは見習った方が良いのかしら?

 

その様子を見ながら、溜め息を吐きながらサラは思う。優雅や可憐といった言葉とは、無縁の人生を歩んで来たのは確かだ。

 

まっ、人には人の持ち味があるからね。

 

サラは大きなバストをポヨンと揺らしながら、そう結論する。余計な無理はしないのが、楽しく生きる為のコツだ。

 

手に持った封筒を見つめる。

宛名に『ヘイムダル総合病院』と書かれていた。

 

総合病院?

 

ふと、先日のリィンが記憶喪失になった出来事を思い出した。

確かその次の日に、「病院に行ったんだけど、ミラが足り無かったから、サラのツケにしといた。ヨロシク」とかフィーが言ってた気がする。

 

ま、可愛い教え子の為だし、ちょっと位はしょうがないかな。

 

苦笑いを浮かべながら封筒を開けて、中身を確認する。いくら高くても5,000ミラ位だろう、と思っていた。

請求書と書かれた白い紙に病院の認印、更に次の様に書かれてある。

 

医療機器破損につき 5,000,000ミラ

 

……ちょっとちょっと、5万ミラなんて随分な額じゃない。何やらかしたのよあの子達?

呆れた様子で、もう一度紙面を見つめ直す。

……

……

……?

一、十、百、千、万、十万……。

 

!!!!

 

サラはおもむろに立ち上がると、教官室に設置されている校内放送のマイクを手にした。

「リィン・シュバルツァー!!フィー・クラウゼル!!今すぐ校庭に出て来なさい!!!!」

 

その後、サラの特別訓練という名の制裁をうけたリィンとフィーは、2人仲良く保健室送りとなって、結局ベアトリクス先生のお世話になった。

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