「……タイ、残念ですね」
ディーラーがフィーのチップを回収していく。
あーあ、負けちゃったか……。
少しだけ肩を落とすフィー。その様子を観戦していた、周りのギャラリーからも大きな溜め息が零れた。
フィーのここまでの成績は、1敗21勝……。実に1時間以上にも渡る連勝がようやく止まったのだ。
目の前には50枚ずつ積んだチップが、うず高く山になっている。トータルで2,000枚近くはありそうだ。
……ちょっと休憩しよ。
ギャンブルの基本は、如何に勝つかではなく如何に負けないか、というのがフィーのセオリーだ。自分の運気が少しでも落ちたと感じたら、時間を置いて頭を冷やそうと考える。
手持ちのチップからこれまでのコミッション料を支払って精算し、通り掛かった店員さんに飲み物を注文した。
同じテーブルに座っていた貴族風のオヤジは、フィーが参加してからというもの負けまくり、今はソファーで横になって泡を吹いていた。
スプーンを使ってクリームソーダを食べながら、プレイの戦況を様子見るフィー。休憩してる間にカードの流れが変わって、今はバンカーとプレイヤーが交互に勝っている状況だ。
運任せに張り込んだら楽しそうだが、それはフィーのスタイルではない。自分のセオリーに反した賭け方は、大抵上手くいかないものだ。
そこそこ稼いだし、違うゲームに移ろうかな?
ドリンクに付いていたチェリーを舌先で転がしながら思案する。
「あー、全然ダメだわ」
そこにサラがビール片手に近寄って来た。……ダメだと言いつつも、ほろ酔い加減でご機嫌な様にも見える。
「どう?フィー。少しは勝ってる……って何よコレ!!?」
目を丸くしてチップの山を見つめる。
「あ、サラ、お疲れ」
「メチャクチャ絶好調じゃないのよ!?アンタこんなに博打強かったの!!?」
「ん、団に居た頃仕込まれたから」
「西風か……」
そう言えば聞いた事がある。西風の猟兵王は大のギャンブル好きで、存命中は各地の賭場を荒らしまくっていたとか……。
もっとも、猟兵として生き抜く為には、腕っぷしは当然として、運も人一倍強くなければ話にならない。王と迄呼ばれた男の運気がどれ程のものかなど、自分には想像すら出来ない。
クラウゼルの名を受け継ぎ、娘同然に育てられたフィーも同様だろう。……強くないワケが無い。
「タネが無いなら、回そうか?」
フィーが事も無げに言う。
「うーん……、教え子から博打の元手を借りるって言うのもねぇ……」
腕を組んで思い悩むサラ。
「どうせ換金する時は一緒にするつもりだし、気にしなくて良いよ」
「そ、そう? ……それじゃ、お言葉に甘えて」
「ん」
手持ちのチップの山を半分にし、1,000枚程をサラに渡す。
「サンクス、フィー。絶対に出すから任せておきなさい!」
気合いを入れ直したサラが、再度同じ台に向かう。
「紫電のバレスタイン!!参る!!!」
再びスロットマシーン相手に名乗りを上げて威圧し、メダルを投入してレバーを叩く。
……なんとなく敗北フラグが立っている気がした。
こりゃサラはあんまりアテにならないかな?ワタシが頑張るしかないか。
休憩を終了してバカラテーブルを後にし、今度はブラックジャックのテーブルに移った。
丁度プレイしていた客達が席を立つところで、ディーラーとサシで向かい合う。
「宜しくお願いします、お嬢様……」
ディーラーが礼儀正しく頭を下げる。
「ん、ヨロシク」
フィーも軽く会釈し、ゲームが始まった。
……
……
……数十分後。
「……ナチュラル21、おめでとうございます」
「ん、さんくす」
手元に500枚のチップが運ばれる、ここでもフィーは絶好調だった。
サラに渡した1,000枚はあっという間に取り返し、テーブルの上にはまたもやチップの山が築かれている。
3,000枚以上ありそうだ……。
背後には再びギャラリーが集まり始め、「ざわざわ」とその様子を観戦していた。
ん、まぁまぁかな。
フィーは一切の表情を変えずに、次のゲームへ挑んでいく。
ブラックジャックというゲームの特性上、全てを勝ち切るというのは不可能だ。だがフィーは独自の感性で勝負処を見極め、勝つ時は大きく、負ける時は少なく、という理想の展開に持ち込んでいた。
共和国の賭博師も真っ青な博才ではあるが、フィーにとっては当然の事だ。危機を察する能力が高くなくては、何も持たない少女が戦場を生き抜くなど不可能である。
その後もフィーは1つのエラーもせずに、着々とチップの山を大きくしていく。周りにはギャラリーが更に集まり、全員がフィーを応援していた。
年端もいかない学生服の少女が勝ちまくっていれば、当然とも言える光景ではあるのだが……。
そんなフィーの様子を店長は苦々しく見つめていた。誰にも聞こえない様に舌を打ち、苛立たしい視線を送っている。
ちぃ……、あんな小娘放って置いても問題ないと思っていたが、まさかたったの5枚からあそこまで増やすとはな……。
しかもどっかで見た事があるなと思ったら、ありゃ『西風の妖精』じゃねぇか!?クッソー、紫電のアマ、面倒なのを連れて来やがって……。
忌々しそうに、ビール片手にスロット台に座るサラを見つめる。
……こちらは順調過ぎる程見事にハマり続けていた。気のせいか背中から紫の哀愁が漂っている。
仕方ねぇ、ガキ相手にやる事じゃねぇが、こうなったら奥の手を使うか。
店長は近くに居たボーイを呼び寄せると、周りに聞こえないように小さく耳元に囁いた。ボーイは一瞬怪訝な顔を見せたが、「畏まりました」と頭を下げ、バーカウンターの方へ足を進めた。
ふふっ、小娘が!イイ気になれるのも今の内だ!東方マフィアの恐ろしさを思い知らせてやる!!
店長はニタリとした醜悪な笑みを見せた。
「失礼します、お嬢様……」
ボーイが慇懃な様子でフィーに声を掛ける。
「……こちら、当店特製のドリンクでございます。宜しければお試し下さい」
洒落たグラスに入った透明な飲み物をフィーに手渡す。
「ん、さんくす」
グラスを手に取ると、フィーは何の迷いも無くそれを一気に飲み干した。
「!!……っ」
フィーの顔色が変わり、目が大きく見開かれた。
その様子を見ていた店長が、嬉しそうに口元を歪めた。
「……ん、美味しいね、コレ」
フィーが空になったグラスをボーイに手渡す。
「へ?……そ、その、お口に合いましたでしょうか??」
ボーイは目を白黒させてその様子を見ていた。
「ん、なんか体がポカポカしてきた」
「……ぽ、ポカポカ、でございますか??」
「お代わり貰える?」
「お、お代わり???」
「ん、もっと大っきなグラスで頂戴」
「か、畏まりました」
ボーイはフィーに最敬礼すると、一度バーカウンターの方へと戻って行った。
「お待たせ致しました」
ボーイは同じ飲み物を、今度はビールジョッキ程もあるグラスに、なみなみと注いで持って来た。
「ありがと」
フィーはそれを受け取ると、まるで牛乳でも飲むようにゴクゴクと飲み干す。
「……」
その様子をボーイは唖然と見つめ、離れた場所で店長が口をあんぐりと開けていた。
「ネクストゲームに移ります」
その間もゲームは続き、ディーラーがカードを配る。
「……ヒット、……ヒット、……スタンド」
フィーがカードを伏せ、次にディーラーがカードを1枚引く。
「……オープン」
「12」
「……バストです、おめでとうございます」
フィーの元にチップが払い戻される。勘が冴えまくりだ。
「なんかコレ飲むと調子良いから、もう一杯お代わり頂戴」
フィーがボーイに空ジョッキを手渡す。
「……か、畏まりました」
ボーイはジョッキを受け取ると、再びバーカウンターの方へと戻って行った。
店長が険しい表情をうかべながら、ボーイに近付く。
「おい!一体何を飲ませたんだ!?」
「し、指示通りにコレを飲ませたんですが……」
ボーイの手にはリキュールボトルが握られていた。
銘柄はスピリタス、それも只のスピリタスではない。この店で独自に精製した、殆ど工業用アルコールに近い、劇薬の様な代物だ。
「中身間違えて、普通の水でも飲ませたんじゃねぇのか!?」
「そ、そんな事は……」
「お前、ちょっと飲んでみろ!」
店長がボトルを奪い取り、グラスに注いでボーイに突き付けた。
「か、勘弁して下さい!」
「うるせぇ!俺の命令が聞けねぇってのか!!」
東方マフィア丸出しの口調で、店長が詰め寄る。
ボーイは観念したかの様にグラスを受け取り、恐る恐る一口だけ飲み込んだ。
……
……
……!?!?!?!?
数秒後……、ボーイは床に倒れ、泡を吹きながら痙攣していた。
店長はその様子を哀しげに見つめ、続いてフィーに視線を戻した。
クッソー、化け物娘が!! アイツのせいでウチの従業員が1人オシャカになっちまったじゃねぇか!!
もう一度倒れたボーイを見つめる。
彼はしばらくの間痙攣し続け、その後ピクリとも動かなくなった。
くっ、なんて事だ。シルフィードの異名は伊達じゃねぇってワケか。
……こうなったら仕方ねぇ、『あの人』に出張って貰おうじゃねぇか。今なら帝都の何処かには居る筈だ。
バーカウンター脇に備えられた通信機に駆け寄り、受話器を取る。
店長はもう一度倒れたボーイを見つめた。
絶対に、仇は取ってやるからな!!
店長の瞳に憎悪の炎が浮かんだ。
フィーはゲームを続けながら、お代わりが来るのを待っていた。相変わらず運気は絶好調だ、面白い様に狙ったカードを引いて来る。
手持ちのチップは5,000枚に達しようとしていた。
ボーイさん、早く戻って来ないかな。
カードを眺めながらドリンクの到着を待つ。そこに、別の気配が近寄って来た。
「ふ、フィー……」
ビールの大瓶を持ったサラが、情けない声を出しながらギャラリーを掻き分け、フィーの元へと近付く。
泥酔状態もイイところで、ベロベロという言葉がピッタリの有り様だ(フィーと違い、飲まされたのではなく、自分で飲んだのだが……)
「……ヤられたの?」
「……」
無言で項垂れるサラ。
はぁ……、しゃーねーな。
チップの山を崩して、2,000枚程をサラに渡す。
「コレで、もうちょっと粘ってみたら?」
「う、ううっ、フィー……、ありがとう」
サラは涙目でフィーに礼を言うと、再びスロット台に腰を下ろした。
「……紫電のバレスタインです、そろそろお願いします」
台に深々と頭を垂れ、メダルを投入していく。
……ギャンブルは程々に楽しむモノとか言うけど、一回ハマったら、全部失って『灰』になるまで止められないよね。
……怖いね、博打って。
自身の醜態をさらけ出してまで、博打の本質を教えてくれる担任教官を見つめ、フィーはしみじみと学んだ。
「……20、おめでとうございます」
「ん、さんくす」
配当を受け取るフィー、周囲のギャラリーから歓声が上がる。
だが勝ち続けてはいるが、フィーは自分の状態に変化を感じていた。
……今何時位だろ?
当然の事だが、カジノに時計などは設置されていない。博打に興じる人間に、時間の概念は不要である。
……なんか眠くなってきた。
普段であれば、そろそろベッドに入っていてもおかしく無い時間だ。酒には強くても眠気には弱いフィー。
手元には4,000枚程のチップが集まっていた。
目標まで残り6,000枚か……、流石にしんどいな。調子は悪くないから、オールインして一発勝負しちゃおうかな?
……なんとなく、ヤられそうな気がするな。人間思い上がるとロクな事にならないし。
「失礼致します、お嬢様……」
そこに店長がうやうやしく声を掛けて来た。
「申し訳ありませんが、ディーラーを交代させて頂いても宜しいでしょうか?」
節目がちにフィーに頼む。
ディーラー交代か……、流れが変わっちゃうかな? ……まぁ、いっか。
「ん、いいよ」
「ありがとうございます、では……」
店長と入れ替わりに、白いマントの様な上着を羽織った、エセ貴族風の男が姿を現した。
……あからさまに見覚えがある顔だ。
フィーは溜め息を一つ吐くと、目を細めた。
「ふふふ、久しぶりだね、シルフィード。帝都での特別実習とやら以来かな?」
「ん、ブランブラン男爵だっけ?」
「はははっ、男性のシンボルを常に放り出している変質者の様に呼ばないで貰いたいね。ブルブラン男爵だ」
男は無駄に洗練された様子で、丁寧にお辞儀して見せた。
男性のシンボルは出して無くても、変質者なのは間違いないと思うんだけど?
取り敢えず乾いた視線を送ってやる。ただ、ありがたい事に眠気は吹き飛んだ。
「アンタが代わりのディーラーなの?」
「ふふふ、こちらの店とは少しばかり懇意にさせて貰っていてね。しかも対戦相手が、かの西風の妖精と言うではないか。奇術師の端くれとして、是非とも参加させて貰おうと思ってね」
流石は東方マフィアの裏カジノだ、客層もロクなもんじゃないらしい……。
ブルブラン男爵、またの名を怪盗B。
表の顔は各国を股に掛ける大泥棒で、裏の顔は結社『身喰らう蛇』のエージェントだったか?
いつぞやのリベールに行った帰りに、サラとオリヴァルト皇子から聞いた覚えがある。
表が泥棒で裏が犯罪組織の執行者って、どうしようもねぇな……、とか思ったから良く覚えている。
一応サラを呼ぼうかと視線を移す、……が。
「ううっ、何処までアタシを弄ぶつもりなの……」
サラは涙を流しながら酒を喰らい、一心不乱にスロットのレバーを叩いていた。
……ダメだ、ありゃ。ま、サラだから仕方ないか。
すぐに視線を反らした。
「ふふふ、どうやら紫電殿はあまり芳しくない様子だね」
「ん、サラはいつも大体あんな感じだから気にしないで」
「そ、そうか……」
ブルブランが気の毒そうにサラとフィーを交互に見つめた。
「っていうか、ワタシなんかが相手で良いの?確か皇子と仲良しなんだよね、呼ぼうか?」
「ふふふ、勿論我が宿敵との対決も吝かではないが、今私が興味あるのは君さ、シルフィード」
ブルブランが楽しそうに笑ってみせる。
面倒クサイのに目を付けられたもんだ、と肩を竦めるフィー。
「とは言っても、彼とは戦闘以外の縁が薄い様でね。一度位はワインでも飲みながら、ゆっくりと美術談義でもしたいのだが……。お互いの立場上、なかなか実現出来なくてね。何か良い案があれば、是非とも伺いたいのだが?」
「ん……」
少し首を捻るフィー。
「……そんじゃ皇子が乗ってる飛行艇に、整備士にでも変装して潜り込むのは? 流石に空の上で摘まみ出される事は無いだろうし、ゆっくりお喋り出来るんじゃない?」
「ほう?なかなか興味深い案だ。ふふふ、機会が有れば実行してみるとしようか……」
……どうせならその飛行艇が爆発でも起こして、2人揃って仲良く煉獄巡りにでも行って来てくれないかな、とフィーは思った。
「んじゃ、始めよっか」
「ふふふ、お手柔らかに頼むよ」
ブルブランはカードを手に取ると、慣れた手つきでシャッフルし、ゲームをスタートした。
数分後
……
……
……
……はぁ、やっぱりディーラーの交代なんか、OKするんじゃなかったな。
勝負は一進一退の状況だった、手元のチップは増えも減りもしていない。重苦しい勝負の様子に、ギャラリーも静まり返っている。
ブラックジャックでは、本来ディーラーが誰であろうと、さほど関係は無い。手が限定(ディーラーの手は17~21orバストのみ)している為、ポーカーの様な駆け引きの余地が無いからだ。。
しかし、強者同士の対決となると話は別だ。たった1つのエラーで、取り返しがつかない程流れが傾く事など良くある。
ふぅ、神経使うな……、なんか肩凝ってきた。
座ったまま背伸びをする、しかし視線は常にテーブル上に注がれていた。
「お疲れの様だね、少し休憩しようか?」
「冗談、目離してる隙に何仕掛けられるか解ったもんじゃないし」
「ふふふ、良く解ってるじゃないか」
ブルブランがカードをカットしながら薄い笑みを見せた。
勝負事に於いて、変化が無い時間というのは思いの外疲れる。しかも相手は怪盗B、どこでイカサマを仕掛けて来るか知れたものじゃない。常に気を張り続けなくてはならない。
疲労の度合いは半端じゃ無い。
仮にテーブルを移って別のゲームに変えても、このアホはピッタリくっついて来るだろうな。それに、ここで下手に退いたら、運気が駄々下がりになるのは目に見えてる。
……面倒クサイな。
ブルブランの様子を油断無く見つめる。カードをシャッフルする手つきに淀みは無く、一定のリズムを保ったままだ。今のところイカサマはしていないらしい。
今のチップは4,000枚とちょっとか……。目標には全然足りてないけど、ここで終了するのも有りかな?……なんか、また眠くなって来たし。
小さく欠伸を噛み殺した。
ん、それがベストだろね……、帰ろっと。
「んじゃ、そろそろ精算し……」
「勝ち逃げは許され無いよ、シルフィード」
フィーの発言を見透かす様に、ブルブランが酷薄な笑みを見せた。
「これだけのギャラリーに集まって貰っているのに、こんなところで終了というのは、些か美しさに欠けるとは思わないかい?」
両手を広げ、周囲を見てみろと促す。
「……」
いや、知らねーよ。そんなの……。
顔をしかめるフィー。
「ふふふ、それに君がここでゲームを止めたら、紫電殿がどうなるかな?」
「え……」
ふっとサラの方へ視線を動かす。
先程と変わらずに、出る気配の無いスロット台と格闘するサラ。その少し離れた後ろで、不敵に嗤う店長がトレイに隠して導力銃を構えていた。
泥酔状態でスロットに夢中になっているサラは気が付かないらしい。……まあ、無理もないが。
……
……
……
はぁ……、流石は東方マフィア。やる事が悪どいね。
溜め息を吐きながら視線を元に戻す。
「で?どうして欲しいの?」
「ふふふ、私としては心行くまで、君とカードに興じられればそれで良いのだが。依頼人からは、君のチップを全て取り上げる様に頼まれていてね」
「そんじゃ、ワタシがいくら勝ってもチップは換金して貰えなくて、負けて全部スるまで帰れもしないって事?」
「まぁ、そういう事だね」
「ふーん……」
……やれやれ、ヤッパリ面倒な事になった。
深く椅子に腰掛けて、腕を組む。
「ふふふ、それじゃあゲームを続けるとしようか、シルフィード」
「ん……、悪いけど……、お遊びはこれでオシマイかな?」
「ほう?」
「ワタシはちゃんとミラを払って遊んでたんだよ?(おまけして貰ったけど)それなのに、そっちがそういう態度に出るんなら、こっちにも考えがあるかな」
「ふっ、ここで私とヤり合おうと言うのかい?」
不敵に口の端を緩める。
「ん、アンタはディーラーを頼まれただけなんだから、基本的には部外者でしょ? そこまで首を突っ込むのは、どうかと思うけど? それに……」
チラリとサラに視線を向ける。
「アンタも相当やるみたいだけど、エクレールとシルフィードを同時に敵に回して、無事でいられると思ってるの?」
「……ふふっ、……ははは!」
心底可笑しそうな笑い声を上げた。
「成る程、確かにここで私が君達と戦うのは、些か筋違いかもしれないな……。ふふふっ……」
ブルブランの瞳が危険な色を放つ。
「だが、ここであっさり引き下がっては、私が来た意味が無い。……そこで提案だが」
ニヤリと口元が歪む。
「一つ、私と個人的な勝負といかないかい?もし君が勝ったら怪盗Bの名に懸けて、今夜の勝利を確約しようじゃないか」
「ワタシが負けたら?」
「そうだな……、ふふふ、私の仕事を1つ手伝って貰えるかな?怪盗と妖精の即席チームというのも、面白いだろう?」
「……それは泥棒の仕事? それとも執行者の?」
「ふっ、それは、そうなってからのお楽しみだよ」
「ふーん……」
ま、どっちにしても、犯罪の片棒を担がされるのは間違い無いかな……。表も裏も、まんべんなく真っ黒だからな、コイツは。
フィーはやや思案した後、一瞬だけサラの方に視線を飛ばして、ブルブランに向き直る。
「ん……、ちょっと足りないね」
「ほう?足りないとは?」
「ワタシがそれだけのリスクを背負うのに、店側の負担がチップ4,000枚ってのは納得いかない。元々自分で稼いだモノだし」
「ふむ……、では何をお望みかな?」
「ワタシの要求は2つ、1つはワタシとサラが面倒事無くこの店から帰れる事。もう1つは……」
……
……
……
「……ってのはどう?」
「!! ふっ……、ふはははっ!」
堪え切れない、と言うようにブルブランが笑って見せる。
「ふふっ、もし、受け入れられない、と言ったらどうするつもりかな?」
「ん、この場で店をドカンと吹き飛ばして、帰る。その後でオーナーやってるマフィアとかいうのも、後腐れが無いように1人残らず叩き潰す事になるかな。あっ、勘違いしないでね。これは元々そっちが招いた事だよ、コッチはこれでも譲歩してあげてるんだからね?」
フィーの鋭い視線は、ブルブランに注がれたまま動かない。しかしその凍てつく声は、サラの背後で導力銃を構え続ける店長に向けられていた。
少女のモノとはとても思えない迫力と殺気に、息を吸う事すらままならない店長。喉元に冷たい刃を強く押し当てられたような錯覚すら覚えた。
「ふふふっ、面白い、その条件で結構だ」
ブルブランが笑みを浮かべて、フィーの提案に応じる。店長が目を白黒させながらその様子を見つめた。サラは相変わらず背後の様子には気付かずに、ブツブツと呪詛を呟き出しながらスロット台と向き合っている。
物騒な会話内容とフィーの身体から滲み出る殺気に気圧され、見物していたギャラリーは蜘蛛の子を散らす様にその場から離れ、周りには誰も居なくなっていた。
「オーナーには私から話を通すと約束しようじゃないか」
「ん、さんくす」
「では……、始めようか」
ブルブランがカードに手を伸ばす。
次の瞬間、フィーは素早く双銃剣を引き抜いて、カードのど真ん中に弾丸をブチ込んだ。
「そのカードはダメだよ」
銃口から立ち上る硝煙を吹き消し、断固とした響きの声が告げる。
「上から4枚捲って見せて」
「……ふっ」
薄い笑みを浮かべながら、フィーの言に従う。
上から、絵札、絵札、絵札、♠️A。
ゲームを始めていたら、フィーは20、ブルブランがナチュラル21で勝負が決まっていた。
「さっきワタシがサラの方に視線を外した時、仕込んだでしょ?……バレてないとか思った?」
「ふふふ、ちょっとした悪戯のつもりだったんだがね。それにしても、いきなり発砲とは酷いんじゃないかい?」
「いいや、慈悲深いでしょ。指を吹き飛ばしても良かったんだよ?」
フィーが目を細めた。
「ふふふ、では、新しいカードを……。いや趣向を変えるとしようか」
ブルブランが近くに居た店員を呼び寄せ、カップを2つと小さいボールを持って来させた。
「ブラックジャックでも良いのだが、引き分け無しの、もっとシンプルなゲームで決着を付けないかね?」
カップを逆さまにし、片方にボールを入れた。
「これから2つのカップをシャッフルする。ボールが入ってる方を当てれば君の勝ち、外したら私の勝ち。どうかね?」
「……はぁ」
やれやれと言わんばかりに溜め息を吐き出す。
マジシャンが良くやるやつか……、何か仕掛けて来るの見え見えじゃん。ったく、得意分野で勝負して来やがったよ。
でも……。
完全に運任せのカード勝負より良いかな?向こうの仕掛けと思考さえ読めれば勝てるワケだし。
フィーはそう結論した。
「ん、良いよ」
「ふふっ、ありがとう。では、スタートしようか」
ブルブランは2つのカップに、そっと手を伸ばした。
集中力を高めてじっと相手の様子を伺う。ブルブランの手元は勿論、僅かな気配の乱れすら見逃すつもりは無い。
周囲の空気が重く張りつめ、気温が一気に零下まで下がった様な錯覚を覚えた。
目の前で2つのカップが、ゆっくりと交互に入れ替わる。今のところ、怪しい気配は感じられない。
不意にカップの動きが速くなる。先程までのゆったりしたペースとも相まって、視認するのが難しい程のスピードだ。
一瞬にしてフィーの顔色が変わる。
その後、数秒間に渡ってシャッフルは続き、満足したかの様に口の端を持ち上げて笑みを浮かべ、ブルブランはカップの動きを止めた。
「さぁ、選びたまえ」
既に勝ちを確信したかの様に、宣言する。
「ん……」
腕を組んで考え込むフィー。
……右だね。
先程顔をしかめて見せたのはブラフだった。音速で飛来する銃弾すら見切るフィーの眼だ、カップの横移動などいくら速くても見逃すワケが無い。
だが、彼女の頭は別の事を考えていた。
……
……
……
それしか、考えられないか……。
「……ん、そっち」
覚悟を決めて、右のカップを指差した。
「ふふっ、こっちで良いんだね?」
「ん、間違い無し」
「では、オープンといこうか」
ブルブランがゆっくりした動作で、右のカップへ手を動かす。
次の瞬間、フィーは素早くテーブルに積まれたチップを1枚手に取ると、左のカップへ向けて指で弾き飛ばした。
チップは正確に目標を捉え、カップの中身が露になる。
中は空っぽだった。
「ん、ワタシの勝ちだね」
表情一つ変える事なく、フィーは勝利を宣言した。
「……くくくっ……、あはははは……」
心底楽しそうな笑い声が、辺りに響き渡る。
「ふふふ、見事だよシルフィード。……君の勝ちだ」
少しだけ寂しそうにしながらも、ブルブランはキッパリと敗北を認めた。
「ふふっ、良く解ったね、私の技術に落ち度は無かったと思うんだが?」
ブルブランが右のカップを持ち上げて見せる。そちらの中身も空っぽだった。
「ん、半分位は勘だったかな?でも、間違いないと思った」
「ほう?」
「アンタがカップを選べって言った時、確実に勝てるっていう響きがあった。シャッフルでワタシがボールを見失ったとしても、50%で当たる可能性があるのに。だから多分どっちを選んでも、ワタシは負けるんだろうな、って思った」
ネタは単純だ。カップにボールを入れたと見せかけて袖口に隠す。その後のシャッフルは全部パフォーマンスで、『どっちだろう?』と両方空のカップを前に悩むマヌケを、ニヤニヤしながら見てれば良いというワケだ。
……悪質極まりない手品である。
「最後にカップを開ける時にボールを仕込んじゃえば、ネタがバレる心配も無い。後は……、まっ、これ以上は言わなくてもいっかな?」
フィーは横で見ていたボーイに、ジュースを注文した。
「ふふふ、素晴らしい勝負だったよ。結果は残念だが、満足のいく内容だった」
「ん、そんじゃ精算してもらおっかな」
「ふっ、勿論良いとも」
ブルブランが店長へ向けて合図を出す。
渋々といった様子で導力銃を懐にしまい、彼は店の奥へと姿を消した。
「これで諸君は安全にここから出る事が出来るよ。それともう1つの要求だが……」
ブルブランがパチンと指を鳴らすと、何処からともなく1枚の紙がヒラヒラと舞い降りて来た。
「ふふふ、これで良いのかな?」
紙をキャッチして、フィーへと手渡す。
「……、ねぇ、これ本物なの?」
あからさまに胡散臭そうな視線を向ける。
「ふっ、怪盗紳士な名に懸けて、本物だと誓おう。まぁ、大元にも話を通さなければならないから、有効になるのは明日以降にはなるがね」
ふーん、ま、信じてやるか。
「ん、さんくす」
ちょうどボーイが運んで来たジュースを一気に飲み干し、フィーは紙を持って席を立とうとする。
「そう慌てて帰る事も無いじゃないか、もう少し親交を深めていかないかい?」
「ん、別にワタシは仲良くしたいと思ってないし」
それに眠いし。
「ふふふ、私の心は、タフでクールなストレイキャットに、すっかり盗まれてしまったのだよ?」
「……迷惑だから止めて。それに、ワタシは野良猫じゃ無いよ」
「ほう? 飼い主は西風かい、それともトールズのⅦ組とやらかい?」
「どっちでもないよ……」
フィーが眠たげに目を細める。
「ワタシの飼い主はこの世界にたった1人だけ……」
欠伸を噛み殺しながら、当然の様に言い放つ。
「ワタシの飼い主は、フィー・クラウゼルだけ」
それだけ言い残し、フィーは怪盗に背中を向けた。
「くくくっ、はははは!!」
背後から面白くて仕方がないといった笑い声が響く。
「ふふふっ……。また会おう、シルフィード……」
その言葉を最後に、ブルブランの笑い声と気配が、フィーの背中から消えた。
……こっちは、もう、会いたくないよ。
フィーはやれやれと肩を竦めた。
「……何でよ、……どうなってんのよ、……この台」
サラは無間地獄に迷い込んだ憐れな子羊の様に、スロットレバーを叩き続けていた。足元には無数のビール瓶が転がり、煉獄さながらの様相を呈している。
既にフィーから渡されたチップは使い切り、自分の財布に残っていた今月分の生活費にも手を付けていた。それでも目の前のモンスターは「うん」とも「すん」とも言わない。
壊れてんじゃないの、これ?何で1回も当たらないのよ???
塩害に苦しむ故郷の白い大地が脳裏に浮かんだ。
北の猟兵を離れてからも、僅かとはいえ月々の送金を欠かした事は無い。それが自分に出来る唯一の罪滅ぼしだと思っていた。
それがまさか、こんな事になろうとは。裏カジノで一攫千金なんて夢を見たのが、そもそも間違いだった。
ううっ……、ごめんなさい、皆。……本当にごめんなさい……。なんか、色々ごめんなさい……。
心の底から謝罪する。今まで出会った全ての人に謝罪する。何に謝ってるのか解らなくなるまで謝罪する。
そんな彼女の元に、空の女神が救いを持ってやって来た。
「ヤられてるね……、サラ」
フィーが口元を歪めながら囁く。
「……ふ、フィー……」
サラがフィーに抱き付く、溢れ出す涙と鼻水でフィーの制服がベトベトになる。
「ん、解ったからちょっと離れて」
その様子に苦笑いを浮かべるフィー。
「ど、どうなの?勝った!?」
サラがフィーを解放し、目を輝かせて聞く。
「ん、バッチリ勝ったよ」
「流石ね!!で、いくら勝ったの!?」
「ん?チップは1枚も無いよ」
「へ???」
輝いていたサラの目が白黒にとって変わり、頭の中が『?』で埋め付くされた。
「代わりに、コレあげるよ」
フィーは1枚の紙をサラに手渡した。
「??? 何よ、コレ?」
ジッと紙を見つめるサラ。
A4サイズの紙には次の様に書かれていた。
カジノ経営権譲渡書。
「下のスペースに名前を書けば、明日の朝からこの店はサラのモノだよ」
フィーがニヤリと笑って見せた。
「……」
サラの口があんぐりと開く。
「良かったね、バレスタインオーナー」
「……マジで?」
「マジで」
「この店乗っ取ったの!!?」
「ん、乗っ取ったって言うか、勝負のカタに貰った」
「一体何の勝負したのよ!アンタは!!?」
「ん、それは……、乙女の秘密」
「……」
スケールが大き過ぎる戦利品に言葉が出ないサラ。
「はぁ、それにしても……。こんなの貰ってどうしろって言うのよ?」
譲渡書類に名前を書き込んだサラが、自分のモノとなった(正確には明日から)店をあちこちと見回す。
「ん?経営が面倒なら売っちゃっても良いんじゃない?サラならコネとかあるでしょ?」
「そりゃ、帝都の一等地にある店だからね。非合法でも欲しがる人間は、山程思い当たるわ」
「売れば2~3千万は堅いでしょ?」
「まぁ、その位でしょうね……」
「でもさ、売ったらそれでオシマイでしょ? だからさ、ワタシに案が有るんだけど?」
「案?」
「ん、あのね……」
……
……
……
「……っていうのはどう?」
「……」
サラが苦笑いを浮かべる。
「……そうね。……それが、一番かもね」
「ん……、だと思うよ」
「ええ……、そうね」
サラは静かに天を仰いだ。
「……でもそうなると問題があるわね」
「ん、そこは多分大丈夫」
フィーはARCUSを取り出すと、通話モードを立ち上げた。
……
……
……。
「あ、オリビエお兄ちゃん?フィーだけど」
数日後 トールズ士官学院 教官室
「サラ、ランチ奢って」
フィーは教官室に入るなり、サラにタカる。
「ちょっとアンタ!3日連続じゃないのよ!?」
「そんな事言ったって見てよ、この薄っペラな財布」
自分の財布を開いて見せる、中には50ミラ硬貨が1枚だけ寂しく光っていた。
「はぁ……。まったく、しょうがないわね……。良いわ、付いて来なさい」
「ん、さんくす」
ニコニコしながらサラの後に続くフィー。
「店の調子はどう?」
食堂に向かう途中フィーが聞く。
「好調らしいわ、元々顧客が居たワケだしね」
先日奪い取ったカジノ店は、サラのノーザンブリア時代の知人達に任せていた。代わりにサラの借金はカジノ店に肩代わりして貰い、お陰ですっかり綺麗な身体だ。
今では店自体も違法店では無い、政府の認可を受けたれっきとしたカジノ店だ。フィーの連絡を受けた皇子が、二つ返事で認可書を発行してくれた。
たったの紙切れ1枚で、良いの悪いのが決まっちゃうんだから、嫌んなるね。
フィーの率直な感想だった。
「それにしても……。なんでアンタはお昼代すら持って無いのよ?一晩で5~6百万も稼いでおいて」
「ん、だってあの夜は、結局トータルで5,000ミラマイナスだったからね、ワタシ」
今になって惜しい事をしたと思うフィー。
ま、いっか別に。お金は必要な人の所に行くべきだもんね。
子猫はそう思うと、酒癖とギャンブル運がめっぽう悪い教官の後に付き従った。
お付き合い頂き、ありがとうございます。
次のストーリーで完結させます。