「フィー、キルシュにでも寄って帰らぬか?」
「ん、良いよ」
放課後、フィーとラウラは、2人並んで帰り道を歩いていた。
「今月の『季節のデザート』何だっけ?」
「確か『無花果のタルト』だったな。先日食したが、なかなか美味だったぞ」
「無花果か……、美味しそうだね」
無意識に溢れ出した唾液が、口の端から一筋流れ出る。
「ふふっ、そなたも甘いモノには目がないからな」
「ラウラは何にするの?」
「ふむ?そうだな……、久しぶりにパンケーキでも食すかな?」
「あ、パンケーキも良いねぇ。クリームたっぷりのヤツ」
「ふふふ、良ければ、半分ずつトレードしようか?」
「ん、賛成」
2人は他愛も無い会話を楽しみながら、トリスタ教会の前を通り過ぎ、アノール川の橋に差し掛かった。
橋の上には1人の女が居た。
茶色い髪を1つに纏め、古風な令嬢風の外見ながら、どことなく残念な雰囲気を漂わせた小柄な女は。仁王立ちで腕を組みながら、フィーとラウラを鋭く睨み付けていた。
「待ちくたびれましたわ、小娘ぇ!!」
女は威風堂々といった様子で、フィーに向かってビシッ!と、人差し指を突き付けた。
「飲み物はハーブティーにする?」
「うん、そうだな。ポットで頼んで、2人でシェアするか?」
「ラズベリーティーがいいな」
「むう、私はローズヒップの気分なのだが……」
「んじゃ、ジャンケンだね」
「そなたは、ジャンケンが異様に強いからな……。コインの表裏で決めぬか?」
2人は他愛も無い会話を続けながら、威勢良く指を突き出した女の横を通り過ぎて行った。
「待ちやがれですわ!!小娘ぇぇ!!!」
激怒した女が湯気を立てながら、素早くフィー達の前に回り込む。
「何を無視してやがるですわ!?バカにするんじゃねぇですわ!!!」
立ち塞がった女が、2人に向かって喚き散らす。
「ふむ?フィーの友達か?」
ラウラが不思議そうに見つめた。
「ん……っと、……ダレだっけ?」
フィーは小首を傾げる。
「デュ、バ、リィ、です!!!いい加減覚えやがれですわ!!!」
「ああ。はいはい、思い出した。……マスター元気?」
「きっ!きっ!気安く我がマスターを語るんじゃねぇですわ!!!」
「何してんの?」
「少しはこっちの話を聞きやがれですわ!!!」
デュバリィの顔が真っ赤に染まり、頭から湯気が立ち上る。
相変わらず賑やかだね。
騒々しさに目を細めるフィー。
遠巻きに様子を伺う、トリスタの町民達も、眉間に皺を寄せていた。
「ふむ、フィー。友達とはいえ、目上の者に対して失礼であろうが」
隣でその様子を見ていたラウラが、フィーを嗜めてから、一歩前に出る。
「そなたも、このような場所で大声を張り上げるなど、淑女としてあるまじき行いであろう。もう少し慎みを持たれては如何かな?」
「な、な、な???」
デュバリィの目が大きく見開かれ、目の前で凛と佇むラウラを見つめる。
「一見したところ、武の道に携わる御仁と見受ける。ならば、尚更普段の所作には、気を付けるべきであろう?」
「うっ……」
「あ。そう言えば、アルゼイド流に似た、剣を振ってたよね?」
「ほう?という事は、我が流派に興味がおありか?」
ラウラが嬉しそうに頬を緩ませる。だが、すぐに顔をしかめた。
「ふむ……、だが明鏡止水という言葉があるように、アルゼイドを学ぶには、些か落ち着きが足りぬと見える。残念だが、入門はまたの機会にして頂きたい」
「な、な、なっ??? ……~っ!!」
あまりの衝撃に涙腺が弛むデュバリィ。
事もあろうか、アルゼイド流の娘から、剣士としての資質を指摘され、さらには何故か入門すらも断られたのだ(本人は1リジュも望んではいないが)
そして残念な事に、目の前で凛と佇む年下の娘が言っている事は、概ね正しかった。
……ミザリーという言葉がピッタリだ。
「ラウラ、そんな意地悪言わないで、入れてあげたら?」
不憫に思ったフィーが助け船を出す。
「そうは言ってもな……。このまま道場に連れて行っても、父上に叩き出されるのが目に見えると言うか……」
「もう……、止めて、ですわ……」
デュバリィは天を仰ぎながら小さく呟いた。そうしていなければ、自分の大切なモノが、零れ落ちてしまいそうだった。
「元気出しなよ、甘いモノ食べに行くから一緒においで」
「うん、それが良かろう。私も少々言い過ぎたやも知れんしな、共に参るとしよう」
2人はデュバリィを挟み込むと、キルシュへ向けて歩き出した。
デュバリィはされるがままに任せ、ジッと雲1つ無い青い空を見つめていた。空の向こうに、敬愛するマスターの優しい微笑みが見えた気がした。
ガツガツ……、ガツガツ……。
無花果タルトとパンケーキを食べ終えたフィーとラウラは、目の前で一心不乱にホールケーキにかぶり付くデュバリィを、唖然と見つめていた。
これで3皿目だ……。
ガツガツ……、ガツガツ……。
そんな2人の視線を気にする素振りも無く、デュバリィは獣の様にケーキを貪り喰う。まるで今日が世界の終わり、とでも言わんばかりの勢いだ。
……なんか、見てるだけで胸焼けがしてきた。
ハーブティーを一口飲みながら、冷めた視線を送ってやる。
「な、なかなかの健啖ぶりだな……」
やや呆れながらも、感心した様にラウラが呟く。
ガツガツ……、ガツガツ……。
普通、目の前で何か食べてる人が居たら、美味しそうって感じるハズなんだけどな……。
ガツガツ……、ガツガツ……。
ふぁー……、なんか、ただ見てるだけの時間が、無駄な気がしてきた。
ガツガツ……、ガツガツ……。
デュバリィが片手でケーキを食べながら、反対の手を挙げてお代わりを注文する。
……せめて全部食べてから頼めよ。
そんな感想に気付く素振りすら無く、デュバリィは神速のフォーク捌きでケーキを平らげていく。
ガツガツ……、ガツガツ……。
フィーとラウラは無言のまま視線を交わし合い、互いに頷き、気配を消して席を立った。
ガツガツ……、ガツガツ……。
「マスター、会計を頼む」
ラウラがカウンターの前で1,000ミラを取り出し、店主のフレッドに支払う。
ガツガツ……、ガツガツ……。
「ん、ワタシはいつも通り、サラのツケでヨロシク」
フィーは、財布を出す事も無く「ごちそうさま」とだけ伝え、ラウラの後に続く。
ガツガツ……、ガツガツ……。
一瞬だけデュバリィの方に視線を向けてから、2人はキルシュを後にした。
公園の前に差し掛かった時、背後で勢い良く扉が開く音が鳴り響いた。
「待ちやがれですわ!小娘共!!!」
振り返ると、予想通りの人物が、口の周りにたっぷりと生クリームを付けて叫んでいる。
「何を勝手に帰っていやがるですわ!!そもそも!ここの支払いをどうするつもりですわ!!?」
ラウラとフィーは互いに顔を見合せる。
「……それは勿論、自分で払いなよ」
「なっ!?わ、わたくしは、奢って貰うつもりだったのですわ!!?」
「?……、そんな事言ったっけ?」
「いや、一緒にどうかとは訊いたが、奢るつもりは全くなかったのだが……」
「へっ???」
その時、デュバリィの背後から、音も無くヌッと腕が現れ、彼女の襟首をガシッとつかんだ。
「お嬢ちゃん、盛大に食べてくれたのは嬉しいが、『ごちそうさま』の一言も無いのは、頂けないな」
青筋を立てたフレッドが、煮えたぎる様なオーラを放ちながら、断固とした響きで告げる。
「えっ、……あの、その……」
あまりの迫力にデュバリィが口ごもる。
「まさかとは思うが、一文無しであれだけ食べたのかい?」
ゴクリと唾を飲み込んでから、コクリと躊躇いがちに頷く。
「それじゃあ、仕方ないな。体で払って貰おうか!」
「へっ???……ええええっ!!?」
ズルズルと引き摺られながら、デュバリィは再びキルシュの中に戻って行く。
彼女の怨めしそうな視線は、最後までフィーとラウラを捉えて離さなかった。
「……帰ろっか」
「うん、そうだな……」
2人は仲良く並んで他愛ない話をしながら、第三学生寮へと歩を進めた。
翌朝
ふぁー、眠い。
日直当番のフィーは、他のメンバーよりも一足早く寮を出た。
昨日夜更かししたから、朝キツイな……。
寝惚け眼を擦る。昨夜の就寝時間は21時半だった、いつもより30分も遅い。
寝ようとしてたら、いきなりリィンが、生徒会のアンケートなんか持って来やがったからな。
……っていうか、何であのアホは、毎度毎度夜中に堂々と、乙女の部屋にノックもしないで入って来るんだ?夜這いかと思って、ドキドキしちゃうだろが。朴念仁だからその辺りもニブイのか?……次からは扉に、麻痺性の毒針でも仕込んどいてやろうかな。
そういえば、そもそも何でウチの寮は、各部屋に鍵が付いて無いんだろ?男子が草食系と変人だけだから、必要ないとでも思ってんのか?ガイウス辺りはいつ『ノルド返り』(野性返り的な意味らしい)してもおかしくないんだぞ。乙女の貞操を何だと思ってやがるんだ?
ぶつくさと文句を言いながら、駅前の通りに差し掛かる。そこでフィーは、ふと違和感を覚えた。
あれ?なんか、景色が違うような?
立ち止まって、周囲の様子を確認する。
見ると、キルシュの外装の色が変わっていた。『ペンキ塗り立て、触るな!』の貼り紙がしてある。
入り口の所で見覚えのある女が、昨日と同様の仁王立ちで、フィーを待ち構えていた。
「遅いですわよ!小娘ぇ!!」
早朝のトリスタの町に、魂の叫びがこだまする。
……まだ居たのか。
目を細めるフィー。
「こっちは貴女方のせいで、繁盛時間の皿洗いと店内清掃の後に、一晩中外でペンキ塗りしていたですわ!!どうしてくれやがるですわ!?」
良く見ると、目の下に思いっきり隈が出来ている。どうやら相当コキ使われたらしい。
……いや、そんな事ワタシに言われても、知らねーよ。
「全部終わった後に、しっかりと朝食もご馳走になってしまいましたわ!ゴルドサモーナの塩焼きをおかずに、朝からどんぶり飯で5杯も頂いてしまいましたわ!!今となってはある意味感謝すらしていますわ!ありがとう!マスターフレッド!!」
……あっそ。
一晩の間に、マスター呼びする人間が増えたらしい。
「ん、お疲れ様。そんじゃね」
フィーは適当に挨拶を済ませ、女の眼前をさっさと素通りしようとする。
「待ちやがれですわ!!」
デュバリィが素早くフィーの前に立ち塞がった。
「わたくしは別に、良い汗かいてから、美味しい朝食を頂く為に、トリスタくんだりまで来た訳じゃねぇですわ!!」
徹夜作業後のナチュラルハイで、昨日以上にテンションが高い。
……もうしばらくすると、眠くてしょうがなくなるのだろうが。
「フィー・クラウゼル!貴女に用があって来たのです!!」
「え、ワタシ?」
思わず自分の顔を指差す。
「先日のヘイムダルでの裏カジノの件……、と言えばピンと来るでしょう」
裏カジノ?……ああ、アレね。……ん?という事は……。
「あ、解った。アンタ、共和国のマフィアとかいうのの、一味なんだ」
「違います!!!この神速のデュバリィを、三流マフィアなんかと一緒にするんじゃねぇですわ!!!」
違ったか……、自信あったんだけどな。
「んー……。じゃ、特に心当たり無いんだけど?」
「ブルブラン、の事はご存知ですわね」
ブルブラン……、怪盗Bか……。
「ん、まぁ、ね」
「わたくしがブルブランと同じ組織の人間、と言えばお分かりでしょう」
ああ、成る程。そういう事か。
「泥棒仲間の敵討ちって事?」
「誰が泥棒ですか!!あんな変人と一緒にするんじゃねぇですわ!!!」
……泥棒じゃないのか、……となると。
「んじゃ、結社とかいうトコのお仲間?」
「……アレと一緒にして欲しくはありませんが。まぁ、そういう事です」
「ふーん、……結構苦労してんだね」
「ええ、そりゃあもう。苦労なんて言葉じゃ、言い表せない程に……」
先程迄のハイテンションが嘘の様に肩を落とすデュバリィ。
「転職したら?ペンキ屋さんとかでも、やっていけそうじゃん」
「そうはいきません、わたくしは身も心もマスターに捧げたのですから!」
マスター、ね……。そんなに大切な人なんだ。
「ん、アンタがどういう人かは解ったけど、裏カジノとの繋がりがイマイチ解んないんだけど?」
「貴女が奪ったカジノが、身喰らう蛇の資金源の一部だった、と言ったらどうです?」
あ、そういう事か。
「共和国のマフィアってのから、上納金をせしめてた、ってワケ?」
「身も蓋も無く言ってしまえば、そういう事です」
「で、そのマフィアってのが、宥めてもスカしてもどうにもならないから、ワタシんトコに来た?」
「そうです」
「……」
はぁ……、犯罪組織らしい考え方だね。
「ん……、悪いけど。店自体もう他人に譲っちゃったから、ワタシのトコに来ても無駄足だよ?」
「それは、わたくし達には関係ありません」
やれやれ……。
フィーが肩を竦める。
「んで、どうして欲しいの?」
「わたくしは貴女を、バリアハートのホテルまで案内しろ、との命しか受けていません」
「命?誰の?」
「わたくしに命を授ける御方は、この世に1人しかいらっしゃいませんわ」
ああ、成る程ね……。
「では、案内するから付いて来やがれですわ」
「え?今から行くの?」
「当然ですわ、既に予定を15時間もオーバーしてるですわ」
……知らねーよ、そんなの。
乾いた視線を向けてやる。
でも、今日は確か、午前中4時間連続で政経の講義だったな。……考えようによっちゃ丁度良いか。
「んじゃ、行こっか」
「……随分即決ですわね、普通は躊躇いながらも付いてくるモノなのですが」
「ん、ここでゴネてると、町の皆にも迷惑かけちゃいそうだし。……あっ、ちょっと待ってて」
ARCUSを取り出し、通話モードを立ち上げる。
……
……
……。
「委員長?フィーだけど。悪いんだけどさ、今日の日直変わってくれない?」
……
……
……。
「さんくす。あ、それと、今日午前中休むってサラに伝えて」
……?
……
……?
「ん、マスターのトコに行って来る。じゃ、ヨロシク」
通信を切った。
「お待たせ」
「……貴女、思い切りが良すぎですわ。ある意味尊敬しますが……」
「じゃ、行こっか」
ちぐはぐな2人組は、トリスタの駅へと向かって行った。