「……ん、着いたよ」
フィーが、向かいのシートで眠る、デュバリィの身体を揺さぶる。
「むにゃ、むにゃ……。うーん、もう、食べられませんわ……」
だらしなく涎を垂らしながら、スヤスヤと熟睡し続けるデュバリィ。起きる気配は微塵も感じられない。
トリスタ駅で列車に乗り込み、ボックスシートに腰を下ろした途端にデュバリィは眠りに落ち。そのまま一度も起きる事無く、列車はバリアハートに到着していた。
朝ご飯にどんぶり5杯も食べて、夢の中でまだ食べてるのか……。
心の中で、溜め息を吐く。
「ねぇ、起きてってば」
「……むふふ、……勿論ですわマスター。お望みとあらばこのデュバリィ、裸の付き合いでも何でもお供いたしますわ……」
ニヤニヤと口元を緩めながら、幸せそうな寝顔を浮かべている。
夢の中でマスターと食事に行って、帰りにスパにでも寄ったのか?
どうやら細かい設定の夢を見ているらしい。
……ったく、しょうがねぇな。
フィーはデュバリィの片足を掴むと、力任せにグイッと引っ張り、そのままズズズッとシートから身体を滑り落ろした。
「うっ……」
デュバリィは一瞬だけ顔をしかめるが、まだ眠りこけたままだ。
余程夢から覚めたく無いらしい。
ん、取り敢えず、早いとこ列車から降りなきゃね。
ズルズルとデュバリィを引き摺りながら、出口の方へと向かって行く。
バリアハートでの停車時間は5分程だ。貨物車両の連結を終えたら、レグラム方面へと向けて発車してしまう。
よいしょ、よいしょ……。小柄な割には結構重いな……、コイツ。
フィーは、引き摺っているデュバリィの様子を確認する事も無く、列車の通路をズンズン進んで行く。
デュバリィが着ている服は、下がショルダー付きの青いスカートで、上が白いブラウスだった。仰向け状態で引き摺られている為、スカートが大胆に捲れ上がり、下着が露になってしまう。
周囲に居る男性客の視線が一点に集まった。
が、前しか向いていないフィーが、それに気付く事は無い。
「う、ううう……」
デュバリィも、うなされるだけで、起きる気配は無い。
ズルズル、ズルズル……。
更に進んで行くと、バンザイの格好で引き摺られるデュバリィの身体から、スポッとスカートが抜けてしまい、下半身がパンツ1枚の状態になる。
男性客の熱い視線がこれでもかと集中する。
が、前しか向いていないフィーが、それに気付く事は無い。
「ん、んんん……」
デュバリィも起きる気配が無い。
ズルズル、ズルズル……。
更に進んで行くと、今度は上のブラウスが捲れ上がり、胸元が露になった。
男性客達が目に焼き付ける様に見つめている。
が、前しか向いていないフィーが、それに気付く事は無い。
「ううん……」
デュバリィも起きる気配が無い。むしろ、邪魔な衣類が脱げて、気持ち良さそうな寝顔を見せている。
ズルズル、ズルズル……。
更に進んで行くと、下着が上向きにグイッと引っ張られ、目のやり場に困る有り様になってしまう。
男性客達の呼吸が一様に荒くなり、全員が前屈みになった。
が、前しか向いていないフィーが、それに気付く事は無い。
「……ん、……あ、あっ……」
デュバリィの口から、甘い声が溢れ出すが、起きる事は無い。……何なら、さっきよりも気持ち良さそうだ。
ズルズル、ズルズル、ズルズル……。
「……あっ……あっ……あっ……ああ……、ま、マスタぁぁぁ……」
パンツが色々と食い込んで、どエライ事になり。列車内にデュバリィの何とも言えない声が、切なげに響き渡る。
男性客達の呼吸が更に荒くなる。そして何人かは大きく息を吐き出し、妙に眠たげな顔を浮かべていた。
……ふぅー、もうちょっとか。
通路を抜け、出入り口に到達したフィーが、額の汗を拭う。
その時、ホームに発車のベルが鳴り響いた。
ヤバっ!急がなきゃ。
力任せに足を引っ張り、デュバリィの身体を列車からホームに降ろした。
ゴンッ!!
「ぐあっ!!?」
降ろす際、段差の所で強かに頭を打ったデュバリィが、ようやく目を覚ます。
「な、何事ですの???」
敵の襲来に備える様に、姿勢を低くしながら、素早く周囲を見回す。
「って、へ???」
列車のシートで寝ていた筈が、目を覚ましたら急にホームのド真ん中に居るデュバリィ。目を白黒させて、現状の理解に努める。
「あ、起きた?おはよ」
フィーがチラッとだけ振り返る。
「……? わたくし、いつの間に列車から降りましたの??」
発車ベルが鳴り終わり、プシューと音を立てて列車の扉が締まった。
「ん、あんた全然起きないし、乗り過ごしそうだったから、無理矢理引っ張って外に出た」
「あ……」
バツが悪そうに目を反らすデュバリィ。
「……そ、その……、手間を掛けさせて悪かったですわね。列車に乗ると、つい……」
「ん、良いよ、気にしなくて。気持ちは解るし」
睡眠への欲求には、人一倍理解があるフィー。
「ふっ……、貴女の事を少し見直しましたわ、良い所もあるじゃないですの。ありがとうですわ」
「ん……、それほどでも……」
意外な感謝の言葉に、少し照れた様子を見せる。
「ん、場所はホテルだったよね?早く行こうか」
感情を悟られない様に、背を向けたまま先を行こうとする。
「ええ、では、参るとしましょう……。……?」
一歩足を踏み出した瞬間、デュバリィは妙な違和感を感じた。
?、何だか、随分身軽というか、下がスースーするというか……。
そこで初めて、自分の格好を見つめた。
「……!????」
状況の理解に数秒を要した後。
「ぎ!!ぎぃゃああああああ!!!!??」
デュバリィの絶叫がこだました。
「な、な、な、何ですの!?このハレンチな格好は!?!?!?」
思わずその場にしゃがみこむ。
「な、何故わたくしは、こんな場所でパンツ丸出しですわ!??す、スカートは何処に行ったですわ!!?」
フィーが振り返りその様子を不思議そうに見つめる。
「?、最初から、そんな感じじゃなかったっけ?」
「そんな訳ねーだろでやがります!!貴女!!寝ていたわたくしに、一体何をしやがったですわ!!?」
「ん、特に何も……。あ、もしかしたら床を引き摺った時に、脱げたのかもね」
「ひ、引き摺った?」
デュバリィが背後の列車へと振り返る。既に乗り口の扉は閉まり、ゆっくりと動き出すところだった。
「あっ!?」
窓越しに乗客席を視認すると、何人かの男共が、脱げ落ちたスカートを引っ張り合っていた。「これは今日から我が家の家宝にする!」とでも言わんばかりの様子だ。
デュバリィが咄嗟に手を伸ばすが、勿論どうにもなる訳が無い。彼女のお気に入りだったスカートは、あっという間にレグラムへと向けて旅立っていった。
「あ、あ……」
目の前から去って行く列車を見送りながら、デュバリィは力無くその場に崩れ落ちた。
「な、な、何でこんな事に……」
自分が大切に守り続けてきたモノを、汚された気がした。思わず瞳が潤む。
「も、もう、お嫁に行けませんわ……。お、お母様……、ま、マスタぁぁぁぁ……」
「ん、パンツは履いてんだし、特に問題無いでしょ?」
フィーは無表情のままその様子を見つめていた。
「大ありですわ!!どんな恥女でも、パンツ位は履いてますわ!!?」
「涼しげで良いじゃん。いっその事パンツも脱いじゃったら?」
「止めやがれですわ!!R15の作品内でそんなの許される訳ねぇだろですわ!!」
怒りと羞恥で顔が真っ赤に染まる。
「はい、はい。解ったから……、ん」
フィーが上着を脱いで手渡す。
「取り敢えず、これでも巻いとけば?」
奪い取る様に上着をひっ掴むと、手早くそれを腰に巻き付ける。大きなリボンがアクセントになって、見た目にはそれ程不自然では無いが、片側がスリットの様に大きく開いて、太腿が露になっている。更に隠しきれないパンツの一部が、チラチラと横から覗いていた。
「……ぶっちゃけ、さっきよりエロいね」
素直な感想を口にするフィー。
「うるさいですわ!!誰のせいでこうなったと思っていやがります!?」
「?……ダレ?」
「……もう、良いですわ」
諦めた様に肩を落とすデュバリィ。
「元を辿れば、わたくしが眠ってしまったのが悪いんですし……。ですが!この先もう2度と、貴女の前で油断は致しませんわ!!」
デュバリィがフィーに向けて、ビシッと人差し指を突き付ける。
「ん、頑張って」
フィーは適当に聞き流すと、デュバリィに背を向けて駅舎の方へと歩き出した。
「!!……ふっ……」
デュバリィは無言で天を仰ぐと、自嘲する様に力無く嗤った。瞳から大きな雫が一筋溢れ落ち、頬を濡らしていく。
「ふふふっ……、ふふふふふっ……」
謎の笑みを湛えながら、デュバリィは前を歩く少女の背を追った。
何故だか無性に、鉄機隊の仲間達に会いたかった。
公都バリアハート ホテル エスメラルダ
「こちらの部屋ですわ」
デュバリィに連れて来られたのは、特別実習の時にお世話になった、バリアハートでも老舗のホテルだった。
部屋は最上級スイートルーム。実習の際にホテルのオーナーが進めてくれたのに、ユーシスが断った部屋だ。
スイートなんかに泊まる機会そうそう無いんだし、人の好意はありがたく受け取ろうよ。と思ったので、良く覚えている。
まさかこんな形で来る事になるとは思わなかったが。
「マスター、デュバリィです。客人をお連れしましたわ」
デュバリィが声を掛ける。先程までと違い、やや緊張を孕んだ声色だ。
「……お通ししなさい」
扉越しにくぐもった声が聞こえる。急に周囲の空気が重くまとわりつく様な、錯覚を覚えた。
「はい、失礼致します……」
チラリと目線を送り、フィーに入室を促す。絶対に失礼の無い様にと、並の人間なら失禁する程に鋭い視線を飛ばした。
「ん、お邪魔しまーす」
しかし、そんなプレッシャーにはお構い無しに、フィーは友人の部屋でも訪ねる様な気安さで、躊躇無く扉を開けた。
デュバリィの瞳にドス黒い炎が宿った。
「ようこそいらっしゃいました。フィー・クラウゼル」
部屋に入ると、相変わらず厳つい甲冑に身を包み、フルフェイスの仮面を着けたマスターが出迎えてくれた。
部屋の中で、暑苦しく無いのかな?
「ん、ども」
フィーもペコッと頭を下げて応じる。
「こ、小娘ぇ!!我がマスターに対して何ですの!その無礼な態度は!?」
間髪入れずデュバリィが怒りを露にする。
「マスターの御前では!頭を地べたに擦り付けながら、己の罪を悔い改めるのが常識ですわ!!!」
……いや、知らねーよ。そんな常識……。
「さあ!さっさと這いつくばって、星の数程もあるであろう、貴女の大罪を告白なさい!!さもないと煉獄送り確定ですわよ!!」
……そんなに沢山は無いよ。……多分。
「デュバリィ、客人に対して失礼ですよ」
「で、ですが、マスター!」
「それよりも。昨日の午後にここを発ってから、何故これ程まで時間が掛かったかは……。まぁ、良しとします、いつもの事ですので」
いつもなんだ……。
「スカート代わりに、腰に上着を巻いているのも……。まぁ、良しとします、いつもの事ですので」
それも、いつもの事なんだ……。
「ですが、貴女の手に付いたシンナーの匂いは看過出来ません」
え?シンナー臭?全然気付かなかった……。どんな嗅覚してんだよマスター……。
っていうか、一番気になるのがそこなのかよ。
「身体の汚れを落として、着替えを済ませていらっしゃい」
「で、ですが!マスターをこの失礼な小娘と2人きりにする訳には……」
「デュバリィ、余計な気遣いは無用です。さぁ、早く浴室へ」
「……、畏まりましたわ」
肩を落としながら、その場を後にしようとするデュバリィ。
「ん、失礼云々を言ったら、客前で素顔も見せないアンタもどうかと思うけど?」
フィーが何の悪意も無く、マスターに対して爆弾を投下した。
「~っ!!!?こっ!!」
青筋を立てたデュバリィから、この上無い程の殺気が迸る。前に突き出した右手から黄金の光が溢れ出し、主の命に応じる様に冷たく輝く大剣が姿を現した。
「小娘ぇ!!!!!」
大上段に振りかぶった大剣を、フィーに向かって繰り出す。
「止めなさい」
口調を変える事無く、マスターがデュバリィを諌める。その声は優しげではあったが、万民を平伏させるかの様な断固とした響きがあった。
条件反射の様に、デュバリィが振り下ろした大剣を、ピタリと止めた。
「で、ですが!!」
「デュバリィ」
静かに浴室を指差すマスター。
「~っ。……はい」
デュバリィはフィーを激しく睨み付けながらも、渋々といった様子でマスターの言に従い、部屋を後にした。
「失礼を……」
頷く様に軽く頭を下げ、マスターが謝罪の意を表す。
「何分、武以外の事には疎いもので。……ですが、確かに貴女の言う通りですね……」
フルフェイスの兜に手を掛け、ゆっくりと仮面を取り外した。
!!、へぇー……。
思わず感嘆を上げるフィー。
流れる様な黄金の髪、優しげだが何処か愁いを帯びた碧い瞳、儚げな微笑を湛えた口元。無意識に聖女という言葉を思い浮かべた。
オイオイ、美人さん過ぎるだろマスター!あの厳つい甲冑からして、てっきり『ちょっとアレ』な感じの女かと思ってた。
デュバリィが聞いたら、瞬時に八つ裂きにされるであろう感想を思い浮かべるフィー。
「自己紹介がまだでしたね、蛇の使徒第七柱、アリアンロードと申す者です。見知りおきをフィー・クラウゼル、いえ、シルフィードとお呼びしましょうか?」
「ん、どっちでも。ワタシはアリアンロードって呼べば良いの?」
「ふふ、お好きな様に」
「ん、じゃ、呼びやすいからマスターで良い?」
「ええ、構いませんよ。立ち話も何ですし、お掛け下さい。……いえ、天気も良いですし、テラスに出ましょうか?」
「ん、らじゃ」
2人は並んでテラスに向かった。
外に出ると、翡翠の公都と呼ばれる、美しい街並みが目に入った。
美しいだけで、心遣いも気遣いも感じられ無い街。一部の貴族の為に沢山の平民が虐げられ、それが当たり前だとされる街。そして、それが貴族として、当然の権利だとされている街。
クラスメイトの父親を悪く言いたくは無いが、フィーはアルバレア公爵が嫌いだった。いや、嫌いというのとは少し違う。自分には全く理解出来ないモノに対して妄執する人間に、言い様の無い嫌悪感を持っていた。
「あまり、この街は、好きでは無い様ですね」
日の光に照らされたマスターが、優しげな微笑を見せていた。
「ん。そだね……」
「貴女の様な人には、あまり馴染まない場所でしょうからね」
「ん、だろうね……」
チラリと横目でマスターを見つめる。こうして横に居ると、古い絵画から出てきた人みたいに思えた。
相変わらず背筋が凍り付く様なプレッシャーを感じる。だが同時に、何となく懐かしい匂いも感じた。
?……何だろ、この感覚?
「……。本題に入る前に、少しお話しませんか?」
「え?」
「貴女が通っている士官学院に、少し興味がありまして」
「……ん、イイよ」
「学校は楽しいですか」
「楽しいよ。皆良くしてくれるし」
「ふふふ、良き仲間に恵まれた様ですね」
「ん、まあね」
「好きな男子等は居るのですか?」
「え?……」
意外な質問が来た。
「んー……、そこは……乙女の秘密で」
「ふふふ、その様子だと居るみたいですね?」
「ん、……良く解んないんだよね、そういうの」
「おや?貴女位の歳の娘なら。色恋の話以外に興味が無くても、おかしくないと聞きましたが?」
誰に聞いたんだよ……。
「んー……。気になるヤツは、居るには居るんだけどね……。それが、どうしようもないヤローでさ」
「あら」
「こっちがそれとなくサイン出しても、アホみたいな返事して来やがるし。お節介焼きで、お人好しで、女たらしで、ボイン男爵で……。でも、いざとなると、身体を張ってワタシの事守ってくれたりして……」
「……」
「だいたいあのアホは、相手がダレでも見境無く手を貸したりするからなぁ。無理なモノは無理って言わないと、イイように使われるだけなのにさ。後で手伝うハメになる、こっちの身にもなれってんだよ」
「……」
「不器用なクセに、何でもかんでも自分でやろうとして……。ったく、何の為にワタシ達が居ると思ってんだか? そのくせ、急に髪の毛を真っ白にしてポン刀振り回したりするし。何でワタシが、脇腹からダラダラ血流しながら、それを止めなきゃなんないんだっつーの」
「……」
「ったく、あの朴念仁は……」
「ふっ……、うふふっ……」
もう堪えきれないというように、マスターが笑みを見せた。
「?……」
「ふふふ……。失礼、つい我慢が出来なくて……」
「面白かった?」
「ええ、とても。貴女がどれだけその人の事を大切に思っているか、良く解りました」
「……そ、そかな?」
「ええ。……少し羨ましいですね。それと、懐かしくも思いました」
「懐かしい?」
「……もう、随分昔の話ですが。私にも貴方と同じ様に、大切な仲間達が居まして」
「……」
「その中の1人が、貴女が今話してくれた方と、そっくりだったもので」
「そう、なんだ……」
はぁ、手間の掛かる男ってのは、どこにでも居るんだな。……リィンの遠い親戚かな?
思わず目を細めるフィー。
「自分の事より、周りの事ばかりを気にして。背負えもしない物まで、何でもかんでも自分の懐に抱え込んで……」
マスターがテラスの柵に手を掛け、遠くの空を見つめる。
「支えがいがある、と言えば、聞こえは良いですが……。振り回される私達にすれば、たまったものじゃないと言うか」
口調とは裏腹に、その声は優しさと愛しさに溢れていた。
「ですが……、誰よりも他人の事を大切に考えていて……」
愉しそうに話を続ける。
「……そのくせ、私の気持ちには全く気付かない朴念仁で……」
不意に、マスターが手を掛けているテラスの柵から、ピシッという乾いた音が響き渡った。
「朴念仁で、女たらしで、朴念仁で、女性の胸が好きで、とにかく朴念仁で……」
テラスの柵にビキビキッとヒビが入っていく。
どんだけ朴念仁なんだよ……。
「何より!私が髪型を変えた時など!!」
全身から黄金のオーラが、凄まじい勢いで吹き上がる。
次の瞬間、無意識に力を込めた柵が、粉々に砕け散った。
「あ、あら?……」
思わずやっちゃった、といった顔を見せるマスター。
「……ご、ごほん。古いホテルですから、老朽化が進んでいた様ですね」
少しだけ肩を竦めながら、はにかむ様に笑って見せる。
「……お互い、苦労してるね」
フィーは苦笑いを浮かべながら、その様子をしみじみと見つめた。
「……ええ、本当に」
2人は顔を見合わせると、少しだけ口元を緩めた。
「な、何事ですの!?今の音は!!」
デュバリィが生まれたままの姿で。大剣を振りかぶりながら、バスルームから飛び出して来た。
素顔を晒して何故かテラスの柵を破壊するマスターと、ニヤつきながらその様子を見つめるフィーの姿が眼に入る。
「こ、小娘ぇ!!我がマスターに、何をしていやがります!!」
水飛沫を撒き散らしながら、フィーに詰め寄る。
「……デュバリィ、余計な気遣いは無用と申した筈です。……それと」
マスターがスッと、デュバリィの背後の床を指差す。そこはビショビショに濡れて、水溜まりになっていた。
「あっ……」
思わずシュンと小さくなるデュバリィ。
「ふぅ、いつもの事なので、口煩くは言いません。取り敢えず身体を拭いて、着替えて来なさい」
有無を言わさぬ様に、バスルームを指差す。
「……は、はい……」
デュバリィは大剣で身体を隠しながら、そそくさとバスルームへと戻って行った。
後にはビショビショに濡れた、床だけが残されていた。
「ん……、苦労してるね」
「……ええ、……本当に」
2人は顔を見合わせると、互いに可笑しそうに笑った。
「んじゃ、ワタシが後片付けするから、マスターはお茶でも入れてくれる?」
「ふふふ、解りました。では、お茶を飲みながら本題を話すと致しましょうか?」
「ん、らじゃ」
フィーは勝手知ったる自分の部屋の様に、クローゼットの引き出しからタオルを取り出して床を拭き始め。マスターはパントリーに足を進め、お茶の準備を始めた。