「はぁ、はぁ、はぁ……」
右手に持った大剣が重くて仕方がない、左足の火傷がズキリと痛む、今すぐこの場に寝転がって休みたい。
デュバリィは窮地に追いやられていた。
「はぁ、はぁ……、くっ……」
チェーンソーと打ち合った自慢の大剣は、両刃共に満遍無く刃こぼれを起こし、ノコギリの様にギザギザになっている。「デュバリィさん、ボクこのままじゃフェンシングのサーベルみたいになっちゃいますよ……」という泣き声が聞こえた気がするが「後で打ち直してあげますから、我慢なさい!」と一喝し、聞く耳を持たなかった。
だいたい、チェーンソーを相手に闘った経験なんか、今までに有るわけがありませんわ!!今年のFriday the 13thは、もっと先の筈ですわ!!もう少し常識的な武器で勝負して来やがれですわ!!
……それに加え、コンディションも最悪ですわ。
考えてみれば、昨日は一晩中外でペンキ塗りをして、列車で仮眠(本当は熟睡)していた所を小娘に辱しめられ、仕舞いにはお昼ごはんも食べ損ねましたわ!!
普段からデュバリィのカロリー消費量はハンパじゃない。一般的な成人女性が1日で消費するカロリーは多くても2,000程度だが、デュバリィはその10倍以上を軽く消費する。あの爆発的なスピードと、子供1人分程もある大剣を軽々と振り回すには、それ相応のエネルギーが必要というわけだ。
お、お腹が空きましたわ……。
無意識に腹部へと手をやる。
「あははは♪スタミナ切れみたいだね、お姉さん♪」
シャーリィが嬉しそうな笑みを浮かべる。
「久しぶりに愉しかったよ。付き合ってくれて、ありがとう♪……でも、ちょっぴり物足りないかなぁ?」
舐め回す様な視線で、デュバリィを見つめながら。
「だからさぁ、後でトラックの荷台にでも行って、もっと愉しい事しよっか♪」
今度はニヤニヤとした邪悪な笑みを浮かべる。
「??……、に、荷台で愉しい事!?」
思わず、電気が走った様に全身を震わせる。
経験は皆無でも、そっちの知識と教養は多分に持ち合わせているデュバリィ。詳しく描けないのが残念だが、頭の中では洒落にならない行為が繰り広げられていた。
「ねぇ、良くない?200億ミラをベッドにして『する』なんて、あんまり無い機会じゃん♪」
「じょ、冗談じゃありませんわ!!何で貴女なんかと……」
「ん?……そんじゃ、さっきの猫みたいな銀髪娘も加えて、3人でする?あはは、お姉さんも好きだねぇ♪」
「黙らっしゃい!!貴女、欲望が無限大過ぎですわ!!」
残った力を振り絞り、ガタガタに歪んだ大剣を構え、出来る限りの虚勢を張り続ける。
ここでコチラが弱味を見せれば、本当にトラックの荷台に連れ込まれて、アレやコレやとヤられまくりですわ!!ぜ、絶対にそれだけは阻止しますわ!!
右足を引いて半身になり、腰を屈めて重心を低く落とす。
体力はガス欠寸前、切れ味の落ちた得物、火傷で痛む左足、……おまけに相手は血狂いの変態娘。悪条件しか揃ってませんわ。
……この状況で出来る事と言ったら。
剣の切っ先を真っ直ぐに相手へ向け。
今のわたくしに出来る最高の技を、全力で叩き込む事だけですわ!!
烈火の様な双眸で相手を見据える。
この技は、まだ実戦では使いこなせていませんが、小娘にあれだけの啖呵を切った以上、絶対に敗けるワケにはいきませんわ!!
右手の大剣に四属性のオーラを纏わせる。
まるで自分の神経が剣と一体化し、身体の一部になったかの様な錯覚を覚えた。
「へぇ?まだ面白そうな技を残してたんだ♪」
シャーリィが嬉しそうに口元を緩める。
「ふん!そんな余裕をカマしていられるのも、今だけですわ!」
その様子を忌々しそうに見つめ。
「弛まぬ研鑽の果てに辿り着いた我が剣技……、とくと味わいやがれですわ!!」
低い姿勢から全身のバネを余す所無く使い、自身最強のクラフトを発動する!
「行きます!!」
必殺の一撃を繰り出そうと、火傷した左足を力強く踏み出す。痛みは全く感じない、それ程この一撃に集中し切っていた。
「喰らいやがれですわ!!プリズム……」
「あはっ♪足元には気を付けてネ、お姉さん♪」
「へ???」
踏み出した足の裏に感じる僅かな違和感、微かに聞こえた「カチッ」という異音、最大級の警鐘を鳴らす第六感。
……こ、これは!?ぐっ!!
反射的に横っ飛びに身体を投げ出して衝撃に備える。すぐ足元で極小規模の爆発が起こり、負傷していた左足は更なるダメージを受けた。
「ぐうっ!!?」
呻き声を漏らしながらも、無事な右足で地面を蹴って何とか距離を取り、そのまま突っ伏す様に倒れ込んだ。
爆発に巻き込まれた左足は赤く焼け爛れ、少し動かすだけで激痛が走り、額に汗が滲み出る。
……や、ヤられましたわ……。
悔しそうに顔をしかめた。
「あははっ!まんまと引っ掛かってくれたね♪」
シャーリィが心底愉しそうに笑いながら、テスタロッサを構えたまま歩を進める。
「安心して大丈夫だよ、仕掛けた地雷はそれ1個だけだからサ♪」
「……っ」
「あはっ♪良いね良いねぇ、その悔しそうな顔!ゾクゾクしちゃうよ!」
口元が嗜虐に歪んでいた。
「お姉さんはスピードもパワーも技もタフさも、全部スゴかったよ♪もしかしたらアタシより上かもね?」
「……」
「でも戦術に関しては、てんでなっちゃいないネ?馬鹿正直に真正面から斬りかかって来るだけなんだもん。そりゃあ、地雷にも引っ掛かっちゃうよ♪」
「……」
「もしかして、中世の騎士でも目指してるのかな?あははっ!そんな時代錯誤な戦い方じゃあ、100回ヤってもアタシには敵わないヨ♪」
シャーリィはデュバリィのすぐ目の前に立つと、銃口を向けて立ち止まった。
「その足じゃあ、もうロクに動けないでしょ?降参して武装解除しなよ、そうすればアタシのペットとして暫くは……」
「ふん、寝言は寝て言いやがれですわ!!」
「あん?」
スクワットの要領で、片足だけで何とか立ち上がる。
左足には痛み以外の感覚が無く、踏ん張りが利かない。それでも歯を食い縛って堪え、精一杯の虚勢を張ってやる。
「指の1本でも動くウチは、まだ敗けていませんわ!!片足を利かなくした程度で勝った気になっていやがるとは、お目出度いにも程がありますわ!!」
「へぇー……、言うじゃん、お姉さん♪」
思わずシャーリィが目を細める。
「それじゃ完全に動かなくしてから、ゆっくり愉しませて貰おっかな♪」
チェーンソーが駆動を始め、鋭い突起が目に見えない程の高速で回転を始める。
「あははははっ!!イかせてあげるよ♪お姉さん!!」
嘲笑を上げながら一歩も動けないデュバリィに向かって、シャーリィはテスタロッサを横凪ぎに払った。
「くぅ……」
ボロボロになった剣で何とか防ごうと試みるが、とても受けきれるモノでは無い。デュバリィは悔しそうに下唇を噛みながらも、決してシャーリィから視線を逸らさずにいた。
視界がまるでスローモーションの様にゆっくりと動き、紅いチェーンソーが確実に自分の首筋へと迫って来ているのがハッキリ見える。
回避する手段は……何も残されていない。
くうっ!!……へっ???
不意に襟首を強く引っ張られ、フッと身体が宙に浮いた錯覚を覚える。
な、な、な???
状況を飲み込めないまま、数アージュ程も後方へと移動し、そのまま尻餅を着いて動きを止めた。
痛たた……。な、何が???
「ん、お待たせ」
すぐ耳元で聞き慣れた声が聞こえ、ハッと振り返る。
逆光に照らされて影になり、シルエットしか視認出来ない。それでもすぐに誰であるか理解する。
「こ、小娘ぇぇ……」
待ち焦がれた相棒の到着に、心からの感嘆を漏らす。
「良く頑張ったね、さんくす」
包み込む様に、優しい声が返って来た。
「ご、ごぶずべぇぇ……(こ、小娘ぇぇ……)」
思わずフィーに抱き付いて、涙と鼻水を噴出しまくる。
「ハイハイ、解ったからちょっと離れて」
苦笑いを浮かべながら、フィーは左手でデュバリィを制し、右手でARCUSを取り出した。
「アーツは使えるよね?悪いけど回復は自分でやって。ワタシはちょっと、手が離せなくなりそうだから」
デュバリィに自分のARCUSを手渡し、双銃剣を取り出して構えた。
「か、回復アイテムは持ってませんの?」
「ん?一昨日までティアラルの薬を10個持ってたんだけど……」
「だけど?」
「……ランチ代に困って売った」
「貴女!苦学生にも程がありますわよ!!」
心底同情しながらARCUSを受け取る。
「?、というかコレをわたくしに渡して大丈夫ですの?アーツも身体強化も出来ませんわよ?」
「ん?ま、何とかなるでしょ。良いからアンタは回復に専念して」
デュバリィに背を向けると、1歩前に踏み出して双銃剣を構え、シャーリィと相対する。
「へぇ……、ガレスの奴ヤられちゃったんだ?よっぽど舐めて掛かったのかな、それとも、おチビちゃんが予想以上だったか……」
「さぁ?ま、死んではいないと思うから安心して良いよ」
「あははは、頑丈なのがウリだからねぇ♪」
愉しそうに声を上げ、テスタロッサを構える。
「それじゃあ今度は……、アタシが味見してあげるよ!」
フィーに照準を合わせトリガーを引いた。
「んっ」
全身を捩って紙一重で避ける、無数の銃弾が身体のすぐ脇を通過して行った。
……そして。
「ぎぃやあぁぁ!?もっと向こうでやりやがれですわ!!」
デュバリィも飛んで来た流れ弾を、地面に伏せって凌ぐ。
「あ、ゴメンゴメン。じゃ引き付けるから、さっさと回復済ませて」
跳び跳ねる様にその場を離れ、シャーリィへ向けて銃口を構える。
「ん、お望み通り、味見させてあげるよ」
フィーも負けじと銃撃で応戦する。
「あはははっ、そう来なくちゃネ♪」
シャーリィも余裕を見せながら銃撃を避け、今度はテスタロッサから炎を放射した。
「っと」
姿勢を低く保ちながら目の前の業火を掻い潜り、双銃剣を煌めかせて飛び掛かる。
「あははっ、今度は打ち合いかい?愉しませてくれるネ♪」
迎え撃つシャーリィもチェーンソーを駆動させて待ち構えた。
……だが。
「……ん、止めた」
フィーはあっさりと攻撃を中断し、一度デュバリィの側まで戻った。
「何してやがります!?チャンスだったじゃありませんの!!あそこまで接近したら2~3発は打ち込めた筈でしょうが!?」
相棒の消極的な闘い方に憤りを見せる。
「んー、流石にあのバカみたいなチェーンソーと打ち合うのは無理、こっちの得物がボロボロになっちゃう」
双銃剣の刃を大事そうに見つめながらフィーが呟く。
「……」
デュバリィが二の句を告げないでいると、今日まで共に闘って来たもう1人の相棒から「デュバリィさん、ボクは今日からフィーさんの家の子供になります」という声が聞こえた気がした。
……無言で睨み付けて黙らせる。
「足の調子はどう?」
「……応急処置程度は済ませましたわ。万全ではありませんが、泣き言なんか言ってられません」
「上等。そんじゃ、あのチェーンソーを何とかするから、協力して」
「……何か策がありますの?」
「ん、策って程のモンじゃないけど。……取り敢えずそこに立っててくれれば良いから」
「?、立ってるだけで良いですの?」
「ん、足痛いかもしれないけど、我慢してね」
「!!、……ま、まさか……、貴女がわたくしの心配を……」
予想外の一言に思わず瞳が潤んだ。
「あははっ♪打ち合うんじゃないのかい?おチビちゃん♪」
シャーリィは笑みを浮かべながら、テスタロッサを肩に担ぎ上げ。
「それじゃあ……、こっちからイかせて貰おうかな!!」
再びチェーンソーを駆動させると、フィーに向かって突っ込んで来た。
「き、来ましたわ!どうしますの!?」
「ん、そのまま動かないで」
フィーは微動だにせず、静かにその時を待つ。
「あははははっ!!ぐちゃぐちゃの挽き肉にして、テスタロッサの錆にしてあげるよ♪」
袈裟懸けにチェーンソーが振り下ろされた。
「ま、まだですの!?」
「ん、もうちょい引き付けて」
絶体絶命の状況でもフィーは全く動かない。
「イっちゃいなヨ♪おチビちゃん!!」
チェーンソーがフィーの肩口に接近した。
「ん、今!」
「へ???」
フィーは隣に立つデュバリィのスカートをひっ掴むと無理矢理に引き千切り、回転するチェーンソーの刃に巻き込ませる様に覆い被せ、同時に素早く身を翻してシャーリィを一撃を避ける。
「なっ!!?」
巻き付いた布がチェーンソーに絡まり、回転刃と本体の隙間に食い込んで、強引にその動きを止めた。
「ちぃ!?ヤりやがったね!!」
初めてシャーリィが怒りを露にする。
そして……。
「こ、こ、小娘ぇぇぇ!!!一日に何度わたくしを辱しめるつもりでいやがります!!?」
当然ながらデュバリィはそれ以上に激怒し、踞りながらブラウスを引っ張って下半身を隠していた。
「ん、ゴメン。後で新しいの買ってあげるから」
「そういう問題じゃありませんわ!!というか何故わたくしのスカートを!?貴女の上着でも使えば良かったじゃないですの!!」
「だって、ワタシの上着じゃワイヤーが仕込んであるから、上手く絡まないかもしれないし?」
「それなら自分のスカートを使いやがれですわ!!」
「ん……それは読者サービスのし過ぎでしょ?」
「なっ!?わたくしではサービスにならないとでも言うつもりですの!!?」
「まぁ……、物好きしか喜ばないんじゃない?」
「今すぐに内臓を抉り出されたいのかですわ小娘ぇ!!!!」
「そんな怒んなくても良いじゃん、お互い無事なんだし」
「これが怒らずに居られるかってんですわ!!先程わたくしを心配していたのは、一体何だったんですの!?」
「ん?それは勿論、座った状態じゃスカート脱がしにくいから……」
「ちょっとでも感動した、わたくしが馬鹿でしたわ!!!」
やれやれ、ホント喧しい女だ……。
イチイチ相手にするのも面倒なので、フィーはギャアギャア喚くデュバリィを放って、シャーリィに向き直り双銃剣を構える。
「ぐっ……、ちくしょう!!」
回転刃に絡み付いた布切れを、力ずくで剥ぎ取ろうと躍起になっている。奥歯を噛み締めるギリッという音が、ここまで聞こえて来そうだ。
「ムリムリ、一度全部バラしてからメンテしないと動かないよ」
フィーが銃口を向ける。
「工具セットがあれば30分位で直るでしょ?後でゆっくりやって」
「っざけんじゃねぇ!!」
怒りに満ちた形相でフィーを睨み付け、テスタロッサの銃口を突き付ける。
「ん、無駄」
至近距離からの銃撃を皮一枚でかわし、お返しとばかりに双銃剣の銃弾をシャーリィの手元に撃ち込む。
「あっ!!?」
帝国のお伽噺に登場する『千の武器を操る魔人』から命名した真紅の巨大な武器は、彼女の手から滑り落ち無惨に地面を転がった。
「これで決着で良いよね?それとも素手でヤり合う?」
口元に巻いたナプキンで少しくぐもった声が、キッパリと終わりを告げた。
「……ちっ」
シャーリィは軽く舌を打ち、つまらなそうに視線を逸らした。
「詰めが甘かったね、技にキレが無かったよ?ウチの相棒とヤりあってる間に、結構体力削られてたみたいだね」
「……」
「そんじゃ、トラックは貰ってくから。じゃね」
双銃剣を収めその場を後にしようとする。
「待ちなよ……」
「ん?」
シャーリィの鋭い視線がフィーを捕らえた。
「このまま逃げられるとでも思ってるのかい?おチビちゃん。……いいや、シルフィ……」
「ん、いや、人違い。ワタシはただの通りすがりの覆面女子」
「シラばっくれるのかい?まぁ、良いけどさ」
「ん、そんじゃ、バイバイ」
「あはっ♪その台詞は、後ろを見てから言うんだネ♪」
「え?」
咄嗟に背後を振り返る。
……げっ!
見ると、赤いプロテクターに身を包んだ男達が、ライフルを抱えてこちらに向かっている。裏口でも在ったのだろう、銀行内に居た連中が出て来たらしい。
「あははっ!そんな簡単に『赤い星座』から逃げられるとでも思ったかい♪詰めが甘いのはどっちかな?」
ニヤリとした残虐な笑顔が浮かんでいた。
ちぃ!!
フィーは素早くデュバリィに駆け寄り、腕を引っ張って立たせる。
「行くよ!走って!」
「ちょっ……、お待ちなさい!わたくしにこの格好で走れと言うつもりですの!?」
「ん、じゃあ、これでも巻いといて」
上着を脱いで手渡す。
「……また、このスタイルですか……」
文句を言いながらも手早く腰に巻き付けた。
「そういえば、ホテルで下着も取り替えたんだ?真っ白だったのが、白と青の縞々に……」
「お止めなさい!!人のパンツの柄を堂々と発表するんじゃねぇですわ!!!」
「ん、そんじゃ、行くよ」
「サラッと流すんじゃねぇですわ!!貴女!フリーダムにも程がありますわよ!!」
デュバリィが支度を終えると、2人は揃ってトラックに向かって走り出す。
「あははははっ!逃げ切れやしないよ!すぐに捕まえてあげる♪」
すぐ背後でシャーリィが嘲笑を上げる。
それでも、後ろからテスタロッサで狙い撃って来ない辺り、赤い星座としてのプライドが窺えた。
ん、逃げるっていうより、帰るんだけどね。……ま、イチイチ言ってもしょうがないし、いっか。
フィー達は振り返る事無く、全速力でトラックに駆け込んだ。
「ど、どうしますの!?貴女、車の運転なんか出来るんですの!?」
デュバリィは助手席に、フィーは運転席に乗り込む
「んー、やった事は無いけど、多分大丈夫」
上手い具合にキーが刺さったままだ。導力エンジンを駆動し、素早くギアを入れてクラッチとアクセルを踏み込む。
うん、要領は導力バイクと一緒だね、これなら何とかなるかな。
サイドブレーキを外すと、ゆっくりトラックは動き始める。
「行くよ、掴まって」
初心者とは思えぬ運転操作で、ギアを入れ替えてクラッチを繋ぐ。淀み無いフィーの技術にデュバリィが目を見張った。
「や、やるじゃありませんの、これなら何とか……、!?」
後方から銃撃音が聞こえた。
「う、撃って来やがりましたわ!?どうしますの!!?」
「ん、ほっといてこのまま行くよ、揺れるから掴まってて……、あ……」
「?、……どうかしまし……、あ……」
2人は揃ってあんぐりと口を開け、フロントガラス越しにトラックの行く先を見つめた。
IBFの坂を下った先……、忍び込む際に見張りの連中をやっつけた場所だが。
……
……
……
……大きな車止めのブロックが置かれたままだった。
「ど、ど、ど、どうしますの!???」
「んー、ちょっとヤバいね……」
ブロックは2つ、コンクリ製で相当重量がありそうだ。間隔を置いて横並びに設置されている。このまま進めば数秒後には確実に激突だ。
「速度を上げれば弾き飛ばせると思いますか???」
「……無理だろうね、トラックの方が壊れる」
「なら止まって後ろの連中を片付けますか???」
「……無理だろうね、中隊規模の猟兵相手に2人だけじゃ分が悪すぎる」
「それじゃあどうしますの!!??」
「ん~~……」
ハンドルを握ったまま考えを巡らせる。
このまま進んだら、間違い無く車止めに突っ込む。ブロックの隙間は結構空いてるけど、流石にトラックが通り抜けられる程じゃない。後ろからはフル装備した星座の連中が、ライフルを乱射しながら迫ってる。
……はぁ、どうしよっかな……。
小さく溜め息を吐き、チラリと助手席を見る。
大体、こういう変な女に絡まれるのは、ホントならリィン辺りが適役のハズなんだよな……。何の因果でワタシがこんな目に?
もう一度やれやれと溜め息を吐きながら、視線を前に移す……。
その瞬間、ある考えが思い浮かんだ。
あ……、……行くしかないかな?
左に急ハンドルを切り、路肩の縁石にタイヤを乗り上げる。
「ぎぃやあぁぁ!?もっと安全運転しやがれですわ!!!」
「ん、悪いけどもう一丁行くよ!」
今度は右にハンドルを切り、車体の重心を急激に右へと傾けた。
「ぎょえぇぇぇ!!?う、う、浮いてますわ!!この車、半分しか地面に着いてませんわ!?」
荷台を満載にした大型トラックの片輪走行、常識外れの超荒業だ。
「ちょっと、運転代わって」
「へ??ええぇぇ!!!」
言うと同時にフィーは窓から身を乗り出し、全体重を乗せてトラックの右側を引っ張る。
「ちょっ、貴女!急にそんな事言われましても!!?」
戸惑いながらも、指示通りに助手席から運転席に身を移す。
「ハンドル握ってアクセル踏んでくれれば良いから」
「は、ハンドルを握って、あ、アクセル……。アクセルってどれですの!?」
「一番右のペダルを踏んで」
「い、一番右……、コレですの??」
デュバリィは思いっきりアクセルペダルを踏み付けた。導力エンジンがフル稼働し、速度を上げたトラックが坂道を下って行く。
「うぎゃあぁぁぁ!!?速いぃ!!恐いぃ!!死ぬぅぅぅ!!!」
「ん、良いよ、そのままキープして」
力の限りトラックを引っ張りバランスを取る。
ん、行けるね。
車体の腹をガリガリとブロックに擦り付けながらも、斜めになったトラックは車止めの隙間をギリギリですり抜けた。
「や、や、やった……、やってやりましたわ、コンチクショー!!!」
「喜ぶのはまだ早いよ、前見て」
「へ??前って……、!!」
坂を下りたすぐそこには、市民の憩いの場が広がっている。
「こ、こ、公園???」
「よっと」
フィーは箱乗りしながらも何とかハンドルに手を伸ばし、強引に右へと切る。
「ぐぎゃあぁぁぁぁ!!??」
もう何度目になるか分からないが、狭い車内に絶叫が響き渡った。
「ん、ちょっと切り過ぎかな?」
右へ左へとステアリングだけで車体を立て直すフィー。
横転しそうになりながらも後輪を流し、トラックは向きを変えて公園への突入を回避した。
「ん、ブレーキ踏んで」
「ぶ、ブレーキ??どれがブレーキですの???」
「左のペダル」
「左……、コレですわね!!」
デュバリィは1番左のペダルを、力一杯踏んづけた。
……
……
……
……トラックの速度が落ちる事は無かった。
「違う、それはクラッチ」
「わ、わたくしは言われた通りに左を踏みましたわ!!?」
クラッチを切ったトラックは、エンジンブレーキが作動する事もなく、東通り方面へ向けて走り続ける。
「……はぁ、後はワタシがやるから運転代わって」
「そ、そうは言われても、腰が抜けてしまって……」
「んじゃ、早くブレーキ踏んで」
「か、下半身が固まって動きませんわ……」
「……ポンコツ」
「い、今何と言いやがりました!?小娘ぇぇ!!!」
暴走車の車中に関わらず、やいのやいのと言い争う2人。中央広場の一件で警戒警報が出されているのだろう、通りに人影は無い。
大金を積んだトラックは、東通りへ向かってひた走って行く。
・
クロスベル 東通り市街地
警察から特別警戒警報が発表され、昼間だというのに人通りは全く無い。そんな無人の町中を、私はランディ先輩と2人で歩いていた。
「悪いなユウ坊、付き合わせちまってよ」
「気にしないで下さい、ランディ先輩。……でも、ユウ坊は止めて下さい」
「それにしても何処のバカだ?広場でみっしぃを人質にした挙げ句、ティオすけとヤりあって、そのまんま逃げ回ってる奴ってのは?」
「ランディ先輩は、直接見てないんでしたよね?」
「ああ、ヴァンセットの扉で思いっきり打ち付けられてな、まだ頭がボーッとしやがる」
「大丈夫なんですか?」
「市街地の巡回位なら問題ないさ。それに、人手が足りないのに俺だけ寝てるワケにもいかないしな」
「任せて下さい、私がフォローします!」
「ダメだ、お前はあくまでも連絡役だろ。俺に何かあったら通信機で応援を呼ぶ、それ以外はしなくて良い」
「私だって、警察学校で訓練は受けています!」
「分かってるよ、お前さんの戦闘センスの良さは。……それでも、ティオすけのオーバルギアと互角にヤり合う程の連中相手じゃ、チョイと役者不足だな」
「ぐうっ……、ハッキリ言ってくれますね……」
「ハッキリ言わないと、お前は無理しちまいそうだからな」
「……はぁ、了解です、無理はしません」
「おう、まぁ安心しろ、俺が居れば絶対大丈夫だ!」
「……」
「何だよ、その『さっきまで頭ぶつけて倒れてたのに、何を威勢の良い事言ってるんだコイツは?』って顔は」
「へ?……あ、あはは……、い、嫌だなぁ、そんな事思ってませんてばぁ」
「はぁ……、まぁ、反論は出来無ぇけどよ」
「それより、何者だと思います?逃げた2人組」
「さあな……、ただのみっしぃ好きの愉快犯か、それとも帝国か共和国の諜報員か……、今の段階じゃ何とも言えないが」
「……」
「?、どうした?」
「……なんで」
「んっ?」
「なんでクロスベルばかりが、こんな目に合うんですか?帝国も共和国も十分に大きな国じゃないですか。なんでそこまでして……」
自分の顔が雲っていくのが解る、この話題に触れるといつもこうだ。
「帝国も共和国も、隙さえあれば相手の喉笛に噛み付こうと躍起になってる。その為の足掛かりとして、クロスベルを狙うのは当然だろ?」
「そんな事は解ってますよ!私が言いたいのは……」
「……なあユウ坊。お前さん、クロスベルは好きか?」
「えっ?」
「俺はこんな経歴だから、故郷ってヤツが無ぇんだ……」
「……」
「そんな俺が、何でいつまでもこの街に留まってるかっつーと……、やっぱり、クロスベルが好きだから何だろうな……」
「ランディ先輩……」
「もしかしたらこの先、クロスベルって街は帝国か共和国に吸収されて、地図から消えちまうかも知れない」
「っ!」
「でもな、クロスベルっていう入れ物が無くなっても、その中身まで無くなっちまうとは限らないだろ?」
「中身……」
「ああ、それは単純にこの街に住んでる人、って意味だけじゃなくて、俺やお前さんみたいにこの街が好きだっていう意思だとか、誇りだとか、魂みたいなもんとか、そういうものが折り重なって出来てるもんだと思う」
「……」
「勿論、時が進めばそういった物は、形を変えちまうかもしれない。でも、それならそれで俺は良いと思うんだ」
「何でですか?もしかしたら、悪い方に変わっちゃうかも知れないんですよ?」
「そうは成らない」
「何で言い切れるんですか!?」
「俺達が居る」
「へっ?」
「俺達特務支援課が居る限り、絶対そんな事にはさせない。どんなに悪い方へ事が進んでも、必ず俺達が何とかしてやる」
「……」
「だから、お前さんは焦らないで、ゆっくり俺達の後を追っ掛けて来れば良い」
「……ランディ先輩」
「まぁ、追い付くまで待ってはやらないけどな」
「あっ」
そう言うとランディ先輩は、ニヤリと笑って私の頭をポンと叩いた。
……少し元気が出て来た気がする。
「はい!私もっと頑張ります!」
「おう、その調子だ!元気だけがユウ坊の取り柄なんだから、そんな辛気臭い顔はすんな」
「だから、ユウ坊は止めて下さいって!っていうか元気以外にも取り柄はありますってば!」
どうやら遠回しに励ましてくれたみたいだ。先輩に気を使わせるなんて、私もまだまだだな。ホント、もっともっと頑張らなくちゃ。……ん?
その時、後ろから1台のトラックが近付いて来るのに気付いた。フラフラと蛇行し、危ない運転の仕方だ。
「なんだ?あの車」
ランディ先輩が通りの真ん中で警察バッジを掲げ、停止を呼び掛ける。
「クロスベル警察だ!そこのトラック、速やかに……へ???」
トラックは急に速度を上げて。
「ぐはあぁぁ!!?」
「ら、ランディ先輩ぃぃ!??」
ランディ先輩を弾き飛ばしてから道路脇の壁に激突し、ようやく動きを止めた。
「あ、あ、あ……」
余りにも突然の出来事。私は力が抜けた様にその場でへたり込んだ。ランディ先輩は近くの植木に頭から突っ込み、足だけをピクピクと動かしている。……どうやら生きてはいる様だ。
「い、い、一体、何が……、……あっ!?」
不意にトラックの扉が開き、見覚えのある2人組が揉み合いながら姿を現した。
「い、生きているって素晴らしいですわ……」
「……何でブレーキ踏めって言ってるのに、アクセル踏むの?」
「そ、そうは言われましても、あんなにペダルがあっては、どれがどれやら……」
「3個しかないでしょうが……ポンコツ」
「わたくしをポンコツと呼ぶんじゃねぇですわ!!小娘ぇ!!」
2人組は仲良く互いを罵り合いながら、相手の頬っぺたをつねり合っている。今しがた人間1人を轢いた事には、気付いてもいないらしい。
……間違いない。中央広場で見た連中だ。……奴らだ、奴らが来たんだ。
「……あら?貴女は……」
2人組の1人がこちらに気付いた。
「確か、碧髪娘のお仲間じゃありませんの?」
「えっ!?」
ゆっくりとこちらに近寄って来る。
この女は確か、激怒したティオ先輩を力付くで打ち負かす程の手練れだ。私が一対一で敵うワケがない。何とか隙を見つけて、支援課の皆に連絡を取らなくちゃ。
「何をしていますの?こんな所で?」
女は私のすぐ目の前で立ち止まると、腕を組んで睨み付けて来る。
良く見ると上着を巻き付けただけの下半身から、チラチラと縞模様のパンツが覗いていた。……見られる事によって悦びを得るタイプの性癖なのだろうか?
……思わず鳥肌が立った。
「質問に答えなさい!何故ここに居るのです?」
「ひぃ!?」
こうして間近に見ると、丸腰にも関わらずもの凄い威圧感だ。これが歴戦の強者というヤツなのだろうか?
「わ、私は……」
思わず言葉がどもってしまう。
「ん、ちょっとゴメン」
突然銀髪の少女が、女を押し退けて割り込んできた。
「い、いきなり何しやがります!小娘ぇ!!」
「怖がってるじゃん、何でアンタはいきなりケンカ腰なの?」
「なっ?わたくしは別に……」
「良いから交代、邪魔だからあっち行ってて」
「~~っ!」
女は頭を抱えながらも、渋々といった様子で引き下がり、代わりに銀髪の少女が私の前に立った。
私と同い歳位だろうか?さっきの女の様な威圧感は感じられ無い。むしろ親しみ易い印象すら覚える。
でも私は目撃してしまっている。この娘がティオ先輩のオーバルギアと互角にヤりあっていた場面を。
本能的に理解する、……何があってもこの娘を怒らせてはいけない。
「ゴメンね、ウチのリーダー、ポンコツだから」
「聞こえてますわよ小娘!わたくしをポンコツと言うんじゃねぇですわ!それとリーダーでもありませんわ!!」
「ん、ちょっと黙っててくれる?」
「っきぃ~~っ!!?」
どうやらこの2人はあまり仲が良く無いらしい、さっき仲良しに見えたのは気のせいだった様だ。……というかとても大国の諜報部員には見えない。ホント、どういう人達なんだろう?
「アンタさぁ、特務支援課って所の人達と知り合いなの?」
「えっ?あ、はい」
「んじゃ、このトラックの積み荷を渡して貰える?」
「つ、積み荷?」
「ん、200億ミラ位は入ってるハズだから」
「に?に?に?にひゃくお……」
「頼める?」
「あ、あの……、それってどういう……」
「ん、渡してくれればそれで大丈夫だから。通信機とか持ってる?」
「は、はい、持ってます」
「んじゃ、ヨロシク」
少女はそれだけを簡単に告げると、私に小さな背中を向けて仲間の方へ歩き出した。
「ん、行くよ」
「ちょっ、良かったんですの?任せてしまって」
「ん、大丈夫じゃない?星座の連中も撒いたみたいだし。んじゃ、アンタのスカート買いに行こっか?それと、みっしぃのショップにも行きたいし」
「……貴女、ちゃんとミラは持ってますの?」
「ん?大丈夫、さっき1万ミラ拾ったから」
「ひ、拾った?……イヤイヤ!貴女そのお金は!?」
「違うよ、あそこに落ちてたヤツを拾っただけ」
「あそこに落ちていたという事は、100%そういう事ですわ!!」
「大丈夫だって、ミラは天下の回り物って言うし」
「……その使い方は、絶対に間違ってますわ」
2人組は何か言い争いながら、商業区の方へ去っていった。
ユウナ・クロフォードは地面に座り込んだまま、ただ呆然とその様子を見つめ続けた。
?、気のせいだろうか?
銀髪の少女の後ろ姿が、悪戯好きで気紛れで怒りっぽくて、でも、とても仲間思いで少しだけ寂しそうな『子猫』の様に見えた。
お付き合い頂きありがとうございます。
次でオーラスです、是非最後までお楽しみ下さい。