エレボニア クロスベル国境付近 上空500アージュ
「ぎぃやぁぁー!?来やがりましたわ!!」
「ん、うるさい。黙って座ってて」
「これが黙っていられるかってんですわ!?こんな所で死ぬのはゴメンですわ!!」
クロイツェン州の丘陵地帯を、結社の飛行艇がモノ凄い速度で滑空する。間を空けずに黒いガンシップがその後をピタリと追走し、機銃の乱射を仕掛け続ける。
「ど、ど、どうしますの???このままじゃ撃墜間違い無しですわ!?」
「んー……」
操縦捍を握り締めたフィーが嘆息を漏らし、何とか状況を打開しようと知恵を絞る。
死地の泥沼は、2人を決して逃がそうとしなかった。
数十分前
「……貴女、買い過ぎじゃありませんの?」
「ん、そかな?」
大荷物を抱えたフィーが応える、中身はクロスベルで購入したみっしぃのグッズだ。
ぬいぐるみ、マグカップ、Tシャツ、ピンバッジ、お饅頭、カレンダー、ペナント、木刀……。更には、隙間無く金箔が張り巡らされた『ゴールデンみっしぃ』なる置物。
店員さんにみっしぃの名前を告げるとホントに半額になったので、気が済むまで思いっきり買い漁った。
みっしぃショップの隣に服屋があったので、デュバリィのスカートはそこで購入した(ワゴンセールで120ミラだったが、本人は気に入ってるらしい。……安上がりな女だ)
2人はクロスベルの市街地を後にし、ウルスラ間道を南に向かって歩いていた。
街道に魔獣の気配は殆ど無く、天気も良い。湖からは涼しい風が吹いて来ている。散歩するにはもってこいの環境だ。
「アンタはマスターとか仲間に、お土産買わなくて良かったの?」
「そうは言われましても、生憎と持ち合わせが……」
「その辺で魔獣でも狩る?付き合うよ」
「う~~ん……。いえ、結構ですわ、気になさらないで下さい」
「?、なんで?」
「……恥ずかしながら、誰かにプレゼントを贈るという経験が、今まで1度も無くて……」
「そんな大袈裟に考えなくても良いんじゃない?こういうのは気遣いだから」
「気遣い、ですか……」
「?、どうかした?」
「……わたくし、本当はマスター達の事を、あまり良くは知らないのです。自分から過去を話される方達でもありませんし……。ですので気を使おうにも、どうすれば良いのか……」
何やら妙な事を言い始めた、……ホント、面倒クサイ女だ。
「ん、アンタはマスターが喜んでくれるトコ、見たくないの?」
「それは、見たいに決まってますわ!」
「なら、それで十分でしょ?」
「へ?」
「相手の事を考えて行動しようとしてるんだから、それはちゃんと向こうにも伝わるよ」
「で、ですがそれで本当に喜んでくれるのかどうか……」
「それはまた別の問題」
「そ、そうなのですか?」
「ん、まぁ、無理にとは言わないけど」
「っ……」
腕を組んで熟考し出した。
お土産位で何をそんなに悩む?一途というか、健気というか……。将来悪い男に騙されなきゃ良いけど……。
そんな事を考えてる間に、停泊してる飛行艇が見えてきた。どうやら誰かに見付かる事も無く、無事だったらしい。
「着いちゃったね、どうする?荷物置いてから、もう一回街まで戻る?」
「う~~ん……」
……まだ悩んでいるらしい。
早よ決めろや、ポンコツ……。
思わず目を細める。
その時、不意に第六感が警鐘を鳴らし始めた。
!?、なんだ?
腰に手を伸ばしていつでも双銃剣を抜ける様に構え、周囲に視線を巡らせる。
「ん~~……。!!、な、何ですの、この気配は!?」
一拍遅れで物思いに耽っていたデュバリィも警戒態勢を取った。
2人は素早く目配せすると背中合わせになり、360°何処からでも対応出来る様に身構える。
……
……
……
……特に何も起こらない。
?、あれ、気のせい?……いや、そんなワケが無い。これは……。
ふと空を見上げる。
……あ。
クロスベル市街地方面の上空、黒塗りの飛行艇がこちらへと向かって来ていた。船体には真紅のサソリがデカデカと描かれている。
「!?……、走って!」
フィーはデュバリィの手を取ると、一目散に乗って来た飛行艇へ向かって駆け出す。右手に持った荷物が重い、……半額だと思って調子に乗らなきゃ良かったと後悔するが、もう後の祭りだ。
「な、何ですの、あの悪趣味な飛行艇は!?……まさか?」
「そのまさか!星座の連中が追って来た。とにかく走って!」
足には自信がある2人、ものの数秒で飛行艇に到達し、ハッチを開けて船内に乗り込む。
しかし。
……あれ?
飛行艇内に人の気配は無く、操縦席はもぬけの殻だった。
「なっ!?操縦士は何処に行きやがりました!?」
あたふたと周囲を見回すデュバリィ、だが操縦士の姿は影も形も見当たら無い。
「そんな事言ってる場合じゃない、……コレ飛ばせる?」
「無理に決まってますわ!貴女は?」
「未経験」
「くっ!……いえ、貴女なら何とか出来るはずですわ!」
「……何を根拠に?」
「先程、初めてにも関わらず、見事に導力車を運転して見せたじゃありませんの?」
「……」
イヤイヤ、飛行艇の操縦とトラックの運転を一緒にされてもな……。
やれやれと肩を竦める。
ま、やるだけやってみるしかないか?
フィーは操縦席に座ると、計器類、操縦捍、各種スイッチ、速度レバー等を確認しながら、適当に操作を始めた。
「!!、ヤバいですわ!ヤツらすぐそこまで……」
「ん、座ってベルト締めて」
「へ???」
不意に導力エンジンが駆動し、船体がゆっくりと浮上を始める。
「も、もう操作方法が解りましたの???」
「いや、全然解んないけど……、動いた」
「……激しく不安ですわ」
デュバリィが副座席に腰を下ろし、ベルトで身体を固定する。
「んじゃ、行くよ」
スロットルレバーの動作に合わせて、飛行艇が前進を始める。
「発進!」
突然の急加速に身体をシートに押し付けられる。
「ぐへぇ!?も、もっと慎重にやりやがれですわ!」
「ん……」
デュバリィの言葉には耳を貸さず、操縦捍を前後左右に傾ける
「うごぉ!?!?ゆ、揺らし過ぎですわよ小娘ぇ!?」
「ん、操作に慣れるまでは我慢して」
えーっと、前に倒すと下降して後ろが上昇、左右が旋回でフットペダルを踏むと急旋回か……。ん、何となく解った。
チラリとレーダーを確認する、真後ろに機影が確認出来た。
「ど、どうなんですの!?行けそうですの!?」
「さあ?初めてだから何とも……。……でも」
「でも?」
「コイツは……メチャクチャ面白い!」
スロットルを全開にし、導力エンジンをフル稼働させる。甲高い駆動音が響き渡り、低空のまま飛行艇が一気に速度を上げた。
「うぎゃああぁぁぁ!?!?は、速いぃ!!?」
急激にGが掛かり、身体がシートにメリ込む。眼前では吹き飛ぶ様に、景色が後方へと流れて行く。速度メーターに視線をやると、既に針が振り切れていた。
「あ、貴女!どれだけ飛ばすつもりですの!?天空の城でも目指すつもりですか!?」
「ん、アンタみたいなポンコツシータと一緒じゃ、竜の巣は越えられないでしょ」
「な!?わたくしだって貴女の様なファッキンパズーはゴメンですわ!!」
「ん、っていうか、ちょっとヤバい。全速力なのにレーダーから敵船の反応が消えてない」
「!!、そ、それってつまり……」
「こっちより、向こうの飛行艇の方が速い」
不意に船体後方から銃撃音が鳴り響く。
「ぎぃやぁぁー!?来やがりましたわ!!」
「ん、うるさい。黙って座ってて」
「これが黙っていられるかってんですわ!?こんな所で死ぬのはゴメンですわ!!」
ワタシもアンタと心中だけは、勘弁して欲しいな……。
「ど、ど、どうしますの???このままじゃ撃墜間違い無しですわ!?」
「んー……、ま、何とかなるでしょ?行くよ」
操縦捍を倒して急激に高度を下げる。
「うぎゃあぁぁ!?お、堕ちるぅぅ!??」
「大丈夫だから、静かにしてて」
そのまま丘陵地帯の山合へと艇を潜り込ませ、山間を縫う様に飛行を続ける。
ゼロコンマ何秒という超人的な反射神経と、戦場で培った独自の危機察知能力で、艇を細やかに操るフィー。ほんの少しでも操作を誤っただけで、あっという間に天空の城よりも高い場所へと召される事になるのだが……。
ふふん、楽し過ぎ♪
……操縦捍を握る本人は、不敵な笑みを浮かべていた。
船体が上下左右に揺さぶられ、目の前の景色が目まぐるしく移り変わる。計器類は全てぐるぐると回転をし続け、殆ど用途を為していない。
「うぷっ!?……き、気持ち悪くなって来ましたわ……」
デュバリィが口元を手で覆う。
「こんなトコで吐いたら撃つよ、飲み込んで」
無慈悲な一言を告げるフィー。
「お、鬼ぃ……」
涙を流しながらも、込み上げてくる酸っぱい物を飲み下した。
レーダーを見ると、後方の飛行艇との距離は殆ど変わっていない。向こうのパイロットもかなりの凄腕らしい。少しでも距離が詰まれば、再び機銃の掃射に晒されるのは間違い無い。
「このままではラチがあきませんわ!?どうします?」
「ん、そんじゃ、こっちもミサイル飛ばそっか?」
「み、ミサイル??……!! あ、貴女、まさかとは思いますが……」
「一旦速度を落として追い付かせるから、ちょっと翔んできて」
デュバリィの脳裏には、以前トリスタの街道で見た、大きな大きな夕日が思い浮かんでいた。
「バカですの貴女!?絶対死にますわ!!」
「大丈夫だよ、腰にワイヤー巻いて翔べば、身体の一部位は回収は出来るから。後で責任持ってマスターに届ける」
「遺体になる前提で話を進めるんじゃねぇですわ!!却下です!!」
ダメか、ワガママだな……。
「というか、この飛行艇は何か装備していませんの?カーゴシップとはいえ、結社が建造した艇なら、何かしらの兵器が搭載されていてもおかしくはありませんわ!」
「んーっ、そう言われてもね……」
言われる迄も無く、フィーも色々と試してはいる。操縦席に付いているスイッチは、1つを除いて全て押してみたが、ライトが点灯したり、ワイパーが作動したりするだけだった。
そして、最後に残されている赤いボタン……。何故か計器類に紛れて、気付きにくい場所に設置されている。
口やかましい相棒が言う様に、この飛行艇は身喰らう蛇が造った物だ。当然何かしらの仕掛けが施してあっても不思議は無い。
例えば戦闘形態にトランスしたり、例えば人型に変形したり、例えば……自爆したり……。
……
……
……
……ヤベーな、どうするべきか?
フィーは少しだけ悛巡するが。
『……イヤ、幾らなんでもこんなトコに自爆スイッチを取り付けてるワケねーか』と割り切り、思い切ってボタンに指を掛けた。
頼むよ……、良い事が起きてね。
グッと赤いボタンを押し込む。
不意に操縦席の両サイドから、四角くて黒い物が出現した。……何か聴こえる。
「♪♪♪♪……、リスナーの皆さんこんばんは。ミスティです」
……アーベントタイムの再放送が始まった。
「ラジオ流してどうするですわ!?小娘ぇ!!」
「いや!ワタシは絶対悪く無い!!」
嘗めてんのか身喰らう蛇!何をしっかりしたオーディオセットなんか組んでんだ!?って言うか収納式スピーカーって、ドコにこだわり見せてんだ!?
思わず額に血管が浮き出す。
「……副座席の方は何か無い?」
自らを落ち着かせながら隣に訊く。
「そうは言われましても、こちらも特には……、あっ!」
「何か見付けた?」
「座席の脇にレバーがありますわ!」
レバー?シートの脇?……イヤイヤそれって。
「作動させてみますわ!」
デュバリィがレバーを押すのと同時に、フィーはポーチからワイヤーを取り出すと、副座席ごとデュバリィの身体に巻き付けた。
「なっ!?何をしやがりま……、へ???」
不意にコックピットの天井が開き、外気が船内へと流れ込む。それと同時にデュバリィを乗せたシートが、白煙を上げながら船外へ飛び出そうと浮き上がった。
「ぎょえぇぇ!?!?!?」
更にシートの背中部分からパラシュートが排出され、音を立てて船内で広がった。
「何1人だけで逃げようとしてるの!?許さないよ!!」
フィーが右手で操縦捍を操作しながら、左手でワイヤーを手繰り寄せる。
「わ、わたくしは別にそんなつもりじゃ……」
常識では考えられない腕力で、無理矢理デュバリィを元の位置まで引き戻し、拘束を解いた。
「し、し、死ぬかと思いましたわ!?」
「こうなった以上、一蓮托生だよ。最後まで付き合って貰うから」
「い、言われずともそのつもり……、って、何か速度が落ちていませんか!?」
「え?」
見ると、ついさっきまで振り切れんばかりだった速度メーターの針が、少しずつ減速しているのが目に入った。
何で?エンジンの出力は変わって無いのに……、あっ!
天井にはポッカリと穴が空いたままだ。外気が絶え間無く船内に入り込み、船体全体が軋んでいる。……当然先程までの速度が、出せるハズもない。
ヤバい、空気抵抗だけでバラバラになっちゃうかも?
……しかも。
後方の飛行艇が、あっという間に距離を詰めて来た。再び機銃が唸りを上げて襲い掛かる。
ちぃ!
操縦捍を強く握り締めてフットペダルを使い、急旋回を繰り返して何とか銃弾の雨を掻い潜る。それでも何発かは被弾し、船体を衝撃が走り抜けた。
うわっ、喰らっちゃったよ。
導力エンジン自体は無事の様だが、飛行速度は更に落ちる。おまけにフラップでもやられたのか、操縦捍の反応が悪くなってきた。
「……ちょっと、ピンチかな」
「ちょっと処じゃありませんわ!!どうするつもりですの!?」
「んー……」
何とか状況を変えようと考えを巡らせるが、どうも頭が働かない。気圧が下がり、酸素も薄くなっていた。
船内に入り込む風音に混じり、何処からか涼やかな声が聴こえて来る。
「♪、♪、♪……続いてのお便りです。RN『今年は受験生さん』から……。あらあら、大変ですね。『堕ちない』様にお祈りしています♪」
うるせぇー!!!
素早く双銃剣を引き抜くと、左右に設置されたスピーカーに鉛玉をブチ込んだ。壊れたスピーカーから何故かしばらくの間「クスクス」という笑い声が聴こえた気がした。
絶対に諦め無い!意地でも生き残ってやる!!
操縦捍を細かく操作し、被弾した船体を懸命に立て直す。翡翠の瞳が前方を睨み付け、この死地をすり抜ける僅かな隙間を探し続ける。
「……ねぇ、前にアンタんトコの変態が、瞬間移動みたいな技を使ってたんだけど」
「変態?……ブルブランの事ですの?」
「そう、それ。アンタも使える?」
「勿論ですわ!……と言いたいのですが、生憎と転移陣を使う体力は、今のわたくしには残ってはいませんわ」
「さっき買った、みっしぃのお饅頭あるよ?」
「饅頭食べればすぐに回復するとでも思ってますの!?少なくとも今日中は無理ですわ」
「……」
「今『使え無ぇポンコツだな、コイツ』と思いましたわね!?目を見れば分かりますわよ!!」
「ん?……いや、まぁ、……ちょっとね」
「そこは否定しろですわ小娘ぇ!!!」
いや、自分で言ったんだろ……、……!?
再び着弾、先程よりも大きな衝撃に船体が軋みを上げた。
ちっ、ヤバい!今のはモロだった!!
思わず顔を歪める。
マジでヤベー……、このままじゃホントに御陀仏だ。相棒の転移術が充てに出来ない以上、艇からの脱出は無理。となると、丸腰状態で後ろのガンシップとヤり合うしか無いけど……、このままじゃ体当たりする位しか選択肢が無い。……さて、どうする?
後方からの射撃が更に勢いを増す。被弾の数が増えてきた。何とか致命傷だけは避け続けるが、墜落は時間の問題だろう。
何か武器の代わりになるものは……。
ふと副座席に座るデュバリィが目に止まった。
んー、でも、本人が嫌だって言ってるからなぁ……。
未だにデュバリィミサイルの発射を目論むフィー。
他に何か……、あ!
フィーの視線が『ある』一点で止まった。
……ん、いけそうかな?
「ねぇ、聞いて」
「?、何ですの?」
「ん、えっと……」
……
……
……
「……ってのは、どう?」
「貴女……、良くもまぁそうポンポンと出て来ますわね……感心以上に恐ろしいですわ……」
「そんなのはいいから、やるの?どうなの?」
「……良いでしょう、乗ってやりますわ!!」
「さんくす。んじゃ合図するから、準備ヨロシク」
「了解ですわ!」
気合いを入れて作業に取り掛かるデュバリィ。
フィーはその様子を横目に見ながら、既にボロボロといった感じの飛行艇を何とか飛ばし続ける。操縦捍は辛うじて飛行進路を調整出来る程度しか効かず、急旋回やロールといった芸当は全く出来ない。
限界が近い、早めにケリを着けなくちゃ……。
「……準備OKです、いつでも良いですわ!」
「らじゃ、集中して……。……行くよ!」
スロットルレバーを一気にゼロまで落とし、同時に操縦捍を奥に倒す。速度を落とした飛行艇は急激に下降を始め、相手の視程から姿を消した。
「今!」
「ラジャーですわ!!」
デュバリィが手に持ったパラシュートを、広げる様に天井に空いた穴から放り投げた。
……
……
……
「……ん、バッチし」
パラシュートは見事に黒い飛行艇のフロントガラスにへばり付き、相手の視界を完全に奪った。ヴィジュアルフライト不能となった飛行艇は、機体を安定させる為に高度を上げて、そのまま方向を変えて何処かへ飛び去った。
「……は……は、はははは!やった!ヤってやりましたわ!!ざまぁ見やがれですわ!!チンピラ猟兵如きが、この神速のデュバリィとヤり合おうと思ったのが、そもそも間違いですわ!!顔を洗って出直して来やがれで……へっ!!?」
不意に、これ迄で一番の衝撃が船体を襲った。
「な、何事ですの!?一体何が!??」
「……マズった、窓の外見て」
「そ、外??……、なっ!?」
峡谷に囲まれた広い窪地、そこに数名で対空砲を構えた領邦軍の兵士の姿が見えた。
「知らないウチにオーロックス砦まで近寄ってたみたい……」
「な、な、な……」
スロットルレバーを押し込み、再び推進力を得ようとするがウンともスンともいわない。どうやら完全に導力エンジンがイカれたらしい。
「何していやがります小娘ぇ!!!航路はちゃんと確認しておけですわ!!!」
「……いや、そういうのって本来、副操縦士の仕事じゃない?」
「ど、ど、どうするつもりですの!??」
「ん?後でアルバレア家の屋敷は爆破しとくよ」
クラスメイトの実家の破壊を、堂々と予告するフィー。
「どうやって仕返しするかを訊いたワケじゃありませんわ!!今この場をどう切り抜けるかですわ!!」
「んー、それは、なるようにしかならないでしょ?」
「貴女!大物にも程がありますわよ!!」
操縦捍を目一杯に傾け、何とか砦の警戒範囲から逃れる。だが今の状態は惰性でフラフラと飛んでいるだけだ、……墜落は免れない。
何とか人が居ないトコまで行かないと……。
殆ど操作が効かない飛行艇を、北クロイツェン街道方面へ向けて飛ばし続ける。船体の後方からは黒煙を撒き散らし、導力エンジンからは火の手が上がった。
「お、お、堕ちるんですの!??」
「堕ちるよ」
「そ、それは、避けられませんの??」
「ん、確定事項だね」
「……」
……?
ふと隣を見ると、デュバリィが窓の外を見ながら何かを呟いている。
「あら、鳥さんが3羽仲良く飛んでますわ。親子でしょうか? 羨ましいですわね、貴方達は大切な家族も空を駆ける翼も持っていますものね……。ふふっ、全員まとめて焼鳥にして食べてしまいたいですわ。そうすればわたくしも自由に空を翔んで、マスターやお母様の元へ行けるやも……」
……何やらクレイジーな事をブツブツ言い出した。
「トリップしてないで掴まってて!いつ堕ちるか分かんないよ!」
出来るだけ機体を水平に保ちながらフィーが叫ぶが、デュバリィは窓の外から視線を離そうとしない。……完全に『あっち』の世界へ行ってしまったらしい。
多分、後30秒以内には堕ちる。生存確率は1%以下か……、腹を括るしか無いね。
苦笑いを浮かべながらも、フィーは諦めずに最後まで足掻き続ける。
絶対に帰るんだ、こんなトコで死んでたまるか!!
焔を灯した瞳が燦然と輝き、すぐそこに迫る死の影を真正面から見つめた。
「ふふふっ……、お困りの様だね」
えっ???
不意に背後から声を掛けられて振り返る。
見ると、居なくなった筈の操縦士が、薄笑いを浮かべながらこちらを見ていた。
ど、何処から出て来た?……って言うか、今の声って。
「手を貸そうシルフィード。勿論、神速殿も一緒に」
操縦士の手がフィーとデュバリィの肩に触れる。
次の瞬間、眩いばかりの光が眼前を包み込み、スゥーっと意識が遠退く錯覚を覚えた。
暖かな光が全てを包み込み、フィー達を死の淵から拾い上げる。
……
……
……っ
……んっ?
フィーが次に見た光景は、深緑の草原と石畳の街道が続く長閑な風景だった。デュバリィは街道の真ん中に座り込み、焦点の合わない視線を虚ろげに漂わせている。
遠くでは魔獣達が、気持ち良さそうに日向ぼっこをしていた。
……ここって、!?
不意に轟音が鳴り響く。
視線を向けると、ついさっきまで乗っていた結社の飛行艇が、森の中で墜落炎上しているのが目に入った。
「ふふふっ、後始末は結社の処理部隊に任せたまえ」
すぐ横から声が聴こえる。
見ると、先程の操縦士がニヤニヤとした笑みを浮かべていた。
「……アンタ、何でこんなトコに居るの?」
「ん?それは勿論、諸君の力となる為だよ」
「……っていうか、いい加減その格好やめたら?」
「おっと。ふふふっ、これは失礼した」
操縦士の身体を飄が包み込み、一瞬のウチにその姿を、白いマントを羽織ったエセ貴族風の怪しげなモノへと変えた。
「ふふふっ、久しぶりだね、シルフィード。帝都の裏カジノ以来かな?」
「ぶっ!?ぶ、ぶ、ぶ、ブルブラン!?」
デュバリィが立ち上がり、こちらへと近寄って来た。
「な、何故貴方が此所に!?謹慎中の筈では!?」
「ふっ、我が秘術をもってすれば、変わり身を残して外出をするなど造作もない事。……それにしても」
愉しげに歪んだ眼がフィーを捉えた。
「素晴らしいショーを観させて貰ったよ、流石は西風の妖精と鉄機隊の筆頭といった処かな?」
……ショー?……え、ちょっと待てよ。コイツもしかして。
「ねぇ、アンタもしかして、ずっと飛行艇の中に居たの?」
「ん?勿論だとも。私の秘術を使えば誰にも見付かる事無く、姿を隠すなど造作も無い事さ」
「へ???」
唖然とした表情を浮かべるデュバリィ。
「……んじゃアンタは、ワタシ達が四苦八苦して飛行艇を飛ばして、星座のガンシップにバカスカ撃たれまくって、墜落寸前になるまで黙って見てたって事?」
「ああ、勿論さ。諸君が悪戦苦闘しながらも真紅のサソリを撃退し、炎にその身を焼かれながらも生を諦めずにもがく姿!燃え尽きる前の蝋燭の灯火の如き、儚くも壮絶な生き様!これを美と言わずして何と言う!!」
『……』
「我が使命は!この世に数多ある美の最後を、この両眼に焼き付ける事!! で、あるならば、私がこの場に居る事に何の不思議がある!?」
『……』
「ふふふっ、シルフィードには以前のカジノの件で迷惑を掛けてしまったのでね。出来る事ならその美しい翡翠の瞳が、死の絶望に打ちひしがれるシーンを拝見したかったのだが……。何とか誘惑を断ち切り、助力させて貰った次第さ」
『……』
「ん?どうかしたのかね?諸君」
ブルブランの不思議そうな目が、2人を見つめる。
「……小娘、ここはわたくしに任せて頂けますか?」
デュバリィが大剣を取り出し、四属性を刃に纏わせ正眼に構えた。
「ん、ワタシが許す、ヤっちゃって」
「感謝しますわ……」
「感謝?何をだね?」
「……弛まぬ研鑽の果てに辿り着いた我が剣、その眼に刻みやがれですわ!!」
「はっ?」
「行きます!!プリズム・キャリバー!!!!」
・
「……ふんっ、イマイチですわね。やはりこの技の完成は、まだ先が長い様ですわ」
デュバリィが剣を収めて構えを解く。後にはボロボロになるまでシバかれまくった怪盗紳士が、白目を剥いて天を仰いでいた。剣が刃溢れを起こしていたせいか、無意識に手加減したのかは分からないが、辛うじて生きてはいる様だ。
フィーは満足そうな顔でその様子を見守ると、墜落した飛行艇の方へ目を向けた。
やれやれ、ま、助かったから良いか。……あ、そういえばお土産も全部燃えちゃったな。
ガックリと肩を落とす。
はぁ……、まぁ、良いや。考えてみれば、学校サボってクロスベル行ってたのバレちゃうかもしれないし……。
やれやれと、溜め息を吐く。
「さて、ワタシはこの変態を連れてバリアハートに戻りますが、貴女はどうします?」
片手でブルブランの襟首掴みながらデュバリィが訊く、どうやら街道を引き摺って連れて帰るつもりらしい。
「んー、ここからだとケルディックまで歩いても、そんなに変わらないしな……」
「……では、ここで別れましょうか?」
「ん、その方が良いんじゃない?……んじゃ、マスターにヨロシク」
片手を振りながら背を向けようとする。
「ちょっ?お待ちなさい!」
「ん?」
「幾ら何でもアッサリし過ぎじゃありませんの!?命を張り合った仲じゃありませんか!」
「別れ際はサッパリした方が良くない?」
「そうかも知れませんが、もう少し余韻を……」
「何?寂しくなった?」
「そんなワケねーだろでやがります!」
「ん、でもまぁ、世話んなったね。……さんくす」
「ふ、ふん……、それはお互い様ですから、礼など不要です」
何だ?最後になってツンデレか?
「ふぅ……、そうですわね、貴女とは仲間という訳でも、友達という訳でもありませんし……。サラッと別れた方が良いのかも知れませんわね……」
「ん……」
「ではこれで……、今度会う時は敵同士かも知れませんわね……」
「そかもね……、そん時は容赦しないけど」
「貴方が言うと全く冗談に聞こえませんわ……。……っ」
「ん?」
「……最後に1つ訊きたいのですが、宜しいですか?」
「?、何?」
「IBCでの事です……。何故貴女は、命掛けでわたくしを救ってくれたのですか?あの場合、無理をして助けに入った挙げ句、共倒れとなるのが、1番避けなくてはならない事態だった筈ですわ?」
「ん……」
「先程も言った通り、わたくし達は仲間でも友達でもありませんわ。そして貴女なら、わたくしが居なくなっても、1人だけでどうとでも出来た筈です。それなのに……」
「友達とか仲間って、為ろうと思ってなるモノじゃないでしょ?」
「へ?」
「気が付いたら出会ってて、気が付いたらそう為ってて、そして……、気が付いたら離れてるモンじゃない?」
「……最後は離ればなれですか」
「ん、どんなに仲良くなっても、ずっと一緒には居られないからね。それは例えば家族とか恋人とかでもそう、その時が来たら別々の道に進む事があるかも知れない」
「……」
「ならワタシに出来る事は、せめて一緒にいる時間を、精一杯に生きる事だけじゃない?」
「……っ」
「アンタは確かに友達でも仲間でもない。それでもあの時、アンタはワタシに背中を預けてくれた、だからワタシもそれに応えた。……ただ、そんだけ」
「貴女……」
「アンタこそ、何でワタシに付き合って、あんなトコまで来たの?」
「へ? わ、わたくしは……」
「アンタも、ワタシと同じ様なモンじゃないの?」
「っ! ……そうですわね」
デュバリィが目を細めた。
「確かに、貴女とわたくしは、少し似ているのかも知れませんわね……」
「あ、でも中身とかは全然違うから、勘違いしないでね」
「良い話の途中で、いきなり水を差すんじゃねぇですわ!!そういえば貴女!カプチーノ代の500ミラ、ちゃんと返しやがれですわ!」
「?、そのスカート買ってあげたじゃん」
「履いていたのを貴方がボロボロにしたんですから、弁償するのは当たり前ですわ!」
「そうは言われても、帰りの列車代位しか残ってないしな……」
「何故貴女は持ってるお金を全部使ってしまうのです!?淑女としてなってませんわよ!!」
……イヤ、オメーにだけは言われたくねーよ。
苦笑いしながら上着のポケットを探る。
500ミラ位ドコかに無かったかな……、ん?
指先に固いものが当たった。
ミラ硬貨かな?
取り出して目の前にかざしてみる。
出て来たのは、みっしぃの顔が型取られたピンバッジだった。
あー、自分用に買ったから、ポケットに入れてたヤツか。……ん。
「そんじゃ、ミラの代わりにコレで」
ピンバッジを弾いて、デュバリィに渡す。
「へ? こ、コレって貴方が気に入って買ってたヤツじゃ……」
「ん、アンタに借りを作ったままよりは、良いかなって」
「貴女、……そうですか、では、遠慮無く」
「あ、っていうかそれ550ミラだったから、50ミラは今度返して」
「なっ!?50ミラ位まけろですわ!!」
「ん、ミラの貸し借りはしっかりした方が良い。それと利子も付くから」
「くっ……、まぁ良いですわ、いつか返します」
「ん、そんじゃ……また」
「ええ、また何処かで……」
2人は互いに背を向けると、逆方向へと歩き出した。
振り返る事無く、ただ前を向いて……、口元に笑みを浮かべ……、真っ直ぐに歩き出した。
・
ふぁー、結局1日サボっちゃったな……。
あくびを噛みながら列車を降りる。既に日が傾き始め、夕暮れの色が濃くなっていた。
サラ怒ってるかな?……まぁ、後で反省文でも書けば良いか。
大きく伸びをしながら、改札を通り抜けた。
トリスタの駅前に出て第3学生寮へ向かうと、寮の玄関口でⅦ組の皆が何かしている。椅子やテーブルを外に運び出し、炭で火を焚いて網焼きの準備をしている。
?、何やってんだ?
「あら?お帰り、フィー」
満面の笑みを浮かべたサラが近付いて来た。
な、何だこの笑顔は?、怒れる女豹に変わる前触れなのか?
思わず重心を踵に移し、いつでも逃げられる態勢をとる。
「全くアンタは、学校サボって何してるかと思ったら、こんなサプライズ用意してくれちゃって♪」
サプライズ?……何の事?
「結構お金掛かったんじゃないの?あんな高級品、何処から仕入れて来たのよ?」
「ん、それは……、乙女の秘密」
良く解らないが、取り敢えず話を合わせて様子を見る事にした。
「準備はアタシ達でやるから、アンタはその辺に座ってなさい」
「ん、らじゃ」
外に出ていた椅子に腰掛けながら、横目でチラリと皆の様子を確認する。
串に刺した肉や野菜、脂が乗ってそうな魚介、シメの焼そば……。……何処からどう見てもバーベキューだ。
……なんで突然BBQ?
「お帰りなさいませ、フィー様」
「あ、シャロン、ただいま」
「本日もお疲れ様でございました」
「んっ……、えっと……その……」
「フィー様に、言伝てがございます」
「言伝て?……誰から?」
「聖女殿から、と言えばお分かりになられるかと?」
「聖女?」
聖女、聖女……思い当たるのは1人しか居ない。
「面倒事に巻き込んで申し訳ない、せめてもの償いとして、仲間と食事を楽しんで欲しい。との事です」
「ん、さんくす」
そっか、マスターが気を使ってくれたんだ。
「それと……」
「ん?」
「いつかまたティータイムをご一緒したい、とも仰られておりました」
「ん……、さんくす」
いつか、また、か……。そだね……。
ちょっとだけ頬が弛むのが分かる。
……またね、マスター。
穏やかな夕暮れに、トリスタの町は包まれていった。
「全員飲み物は持ったか?」
リィンの呼び掛けに応じ、全員が赤いラベルのスタイニーボトルを手にした。
「それじゃあ……」『乾杯!!』
皆が一斉にビンに口を付け、喉を潤す。
シャロンは1人だけ紅茶を飲みながら、愉しそうにその様子を見つめていた。……口元は笑っているのに、目は笑っていなかった。
惨劇の食事会が幕を開ける……。
最後までお読み頂きありがとうございます。
この作品を気に入って読んでくれた方、評価感想を頂いた皆様、この場を借りてお礼致します。
フィー・クラウゼルというキャラクターの魅力が、少しでも伝わってくれれば、この作品を書いた甲斐があります。
遊撃士編に突入するかはまだ決めていません、もしかしたら次回は全く別の作品かも……。
この後全体的に直しを入れ、本編のラストにワンシーンを足して、完結とさせて頂きます。
ありがとうございました。