「あれ?」
朝、学院に向かう前に財布の中身を見て驚く。
残金が3,200ミラ?
……
……
……
イヤイヤイヤ、そんな訳がない!!
ほんの1ヶ月半前まで100,000ミラ近くあったじゃないか!
それが何でいきなり3,200ミラ?
最近買った物といえば……。
各種日用品、おNEWの双銃剣、大量の弾薬と火薬、衝動買いしたスニーカー、プリオニア島のお土産で買って来た置物(廃棄予定)、ミヒュトの店で買った東方の玩具数種類(廃棄予定)、馬に乗った事も無いのにノルドの話を聞いて何となく買ってしまった手綱と鞍(既に埃まみれ)、一度も使って無いレイクロードの別注最高級釣竿(以前自分で作った銛はたまに使う)、その他多数諸々。
……
……
……
……こりゃ200,000ミラあってもすぐ無くなるな。
猟兵団にいた頃は、金銭管理は団長にお任せしていた。私が自由に使えるのは、日用品や武器の手入れに掛かるお金。要するに月々のお小遣いだけだ。
それが、自分でお金の管理を始めた途端、あっという間にこのあり様。
……ワタシってどうなの?
シャロンが世話をしてくれるので、食事の心配は無い。
いざとなればサラにタカれば良いので、さほど緊急性はないが、もう3~4,000ミラは持っておきたいところだ。
……。ま、いっか。後で魔獣でも狩ってこよう。
フィーは取り敢えず学院に向かう事にした。
「あっ、フィー姉!おはよう!」
寮を出てすぐ、町のチビッ子達に捕まる。
少し生意気な男の子がカイ、おとなしい男の子がティゼル、しっかり者の女の子がルーディーだ。
たまにお菓子を作ってあげたり、公園で一緒にボール遊びをしたり、町に程近い街道で罠を仕掛けて魔獣を捕まえたり、なんかして遊んでいた。
「フィーさん、おはようございます」
「フィーお姉ちゃん!後で一緒に遊ぼうよ!」
ティゼルとルーディーが近寄ってくる。
「おはよ。……今日はちょっとダメ。また今度ね」
やんわりと断るフィー。
「そんな事言うなよフィー姉、今日は怪盗ごっこで遊ぶんだ!教会の神父様の部屋から、銀の燭台を盗ってきた奴が勝ち!どう?一緒にやろうぜ!」
それは、怪盗ごっこじゃなくて、只の泥棒……。
誰だ?こんなちっちゃい子達にそんな遊びを教えたのは!?
……
……
……アタシか??
そう言えばこの前、第三学生寮のサラの部屋に忍び込んで、一人一品盗ってくるという遊びをした覚えがある。
行ったところで、酒の空瓶だの、読み終わった雑誌だの、脱ぎっぱなしの下着だのしか無いのだが、子供達にとっては丁度良い遊び場だ。
「んー、教会の物は神父さんが困るからダメ。また、サラの部屋にしなよ?」
「えー?嫌だよ!あそこゴミしか無いんだもん!男だったらお宝狙いたいじゃん!?」
サラ・バレスタイン。
数多の戦場を駆け抜け、各国の軍にも名前を知られている彼女だが、町の子供達からはゴミ女扱いである。
「とにかく、教会はダメ。遊ぶんなら別の事で遊びなさい」
「ちぇー。そんじゃあ公園でも行こうぜー!」
「さんせーい!」
「えー?昨日も公園だったじゃない?たまにはお家の中で遊びましょうよ」
取り敢えず教会の燭台は無事に済みそうだ。
猟兵団に居た頃、戦場で親を亡くした子供達を一時的に引き取り、親族や施設に引き取ってもらうまでの間、一緒に生活するという事もあったため、フィーは子供の扱いには慣れていた。
もっとも、フィー自身は子供の相手が得意という訳でも無いのだが。
「それじゃあね、お姉ちゃん!」
「行ってらっしゃい、フィーさん」
「またな、フィー姉!」
「ん、んじゃ」
チビッ子達と別れ、学院に向かうフィー。
時間があったら少し遊んだげようかな?
そんな事を考えていた。
1日の授業が終わり放課後。
フィーは悩んでいた。
どうしようかな?
街道に出て魔獣を狩るか、リィンに鍵を借りて旧校舎を探索してみるか、それとも今日は止めて子供達と遊ぶか?
そんな事を考えながら学院のロビーを横切る。
「おや?フィー君じゃないか?」
後ろから声を掛けられる。
振り返ると、2年のアンゼリカとジョルジュが立っていた。
「ども」
「今帰りかい、良かったら私と一緒にお茶でもしないかい?その後は私の部屋で愉しい事をしよう!何、心配は要らないさ、私に任せておくが良い!学院の先輩と後輩と言えば家族の様なものだ。これを機会に、お互いの身体を隅から隅まで解り合うのも……」
「アン、その位にしておきなさい。それに、導力バイクのテスターも探さなきゃならないんだし」
「むう、それがあったか……。スマナイ、フィー君。お互いの事を知り合うのは、また今度の機会に。そうだな、今晩なんてどう……」
「導力バイクのテスター?」
アンゼリカの話は、聞くだけ損をすると知っているフィーは、途中で話を切る。
「そうだよ。実は今、新しい乗り物の開発を行っていてね。君のクラスのリィン君にも、たまに手伝って貰っているんだが、今回はなるべく体躯の小さい人間が乗った時のデータが欲しいんだけど……」
「ふむ?」
アンゼリカは、フィーの身体をマジマジと観察する。
「フィー君。もし、時間があるならテスターをやってみないかい?勿論お礼はするつもりだ!このアンゼリカ・ログナー、身も心も一晩君に捧げようじゃないか!」
それは、ワタシにとってお礼なのか?
「んー、出来ればミラで払ってくれると嬉しいな」
「ふふふ、フィー君は照れ屋さんだね!そんなところも魅力的さ!良いとも、手伝ってくれたら3,000ミラを報酬として支払おう!」
何処までもポジティブなアン先輩である。
「ん、やる」
即決するフィー。
「ほう?決断が早いね!そういう女性は大好きさ!」
「すぐ始めるの?」
「いや」
ジョルジュが答える。
「出来ればタンデムした時のデータも欲しいから、君と同じ位の体型の人がもう一人欲しいんだよ。実はさっきトワに断られてしまってね」
トワ会長か……。成る程、ちっこい。
「生徒会の仕事が溜まってるみたいでね。他に誰か適任者が居たら紹介して欲しいんだけど?」
「んー?」
ワタシと同じ位の体格?
………………。
一人思い当たる。確か今日は部活も無いと言っていた。
フィーはARCUSを取り出すと、その人物に連絡をとった。
「……という感じさ。操作については大丈夫そうかい?」
「ん、問題なし」
技術棟に場所を移し、導力バイクに跨がりながらジョルジュからレクチャーを受けるフィー。
「今回確かめて欲しいのは、主に体躯が小さい人が乗った時の空気抵抗と速度加速。それから取り回しと操作についてどうか、といったところさ」
「んー、取り敢えず普通に乗る分には問題無さそう。……足がちょっとしか着かないけど」
フィーがバイクに跨がった状態で足を伸ばすが、爪先がチョコンと着く程度だ。
「あっ、ホントだ。止まってる時はスタンドを下ろして安定させるしか無いみたいだね」
「んっ」
フィーが左足でスタンドを下ろし、ようやく人心地つく。
「地面が柔らかいとスタンドが潜って危ないから、土の所ではなるべく停止しないように。どうしても危なくなったら、バイクは倒しちゃっても良いから、怪我の無いようにね?」
「ん、らじゃ」
「あのー、僕は何のために呼ばれたんですか?」
その様子を見ながら、エリオットが尋ねる。
「エリオット君はフィー君の後ろに乗って、乗り心地を確認して貰いたいんだ。1番知りたいのは、後ろに人が乗った時の重心の移動と制動距離」
「うーん?でも、こういうのって普通、男が運転するものだと思うんですけど?」
「良いじゃん、別に後ろでも。後で交代するから」
「うーん……?まぁ良いか。それじゃあ宜しくね、フィー」
「らじゃ、宜しくエリオット」
ちなみにエリオットは報酬500ミラで手伝っている。
フィーが彼の6倍で手伝っている事は秘密だ。
「それじゃあ、街道に向けてゴー!」
フィーの掛け声と共に、導力バイクがゆっくりと動き出した。
トリスタからヘイムダルに向けての街道。
フィーとエリオットは導力バイクに乗って、アンゼリカとジョルジュから最終確認を受けて居た。
「それじゃあ宜しく頼むよ、くれぐれも無茶し無いようにね?」
「らじゃ。それじゃあ行ってくるね!」
「フィー、安全運転でお願いね」
「ふふ、楽しんで来ると良い」
フィーがクラッチとアクセルを操作し、ゆっくりとバイクが走り出す。
その様子を、アンゼリカとジョルジュが微笑ましく見送った。
発進してから、ほんの十数秒でスピードに乗ったバイクは、風を切る様に街道を進んで行く。
景色が流れるように後ろに消えていく様は、列車や自動車から見るものとさほど変わらないのだが、このスピード感は他ではちょっと味わえないだろう。
操作に慣れてきたフィーは、クラッチを切り、手早くギアを上げていく。
速度を上げ、甲高い駆動音を響かせながら、バイクは街道を颯爽と走る。
コレはメチャクチャ気持ち良い!!!
フィーは、不敵な笑みを浮かべると、更にアクセルを開いていく。
「フィー!スピード出しすぎだよ!ジョルジュ先輩にも無理するなって言われたろ!?」
エリオットが大声で叫ぶが、風に掻き消され、フィーには聞こえないらしい。イヤ、聞く気が無いだけか?
バイクは更に加速していく。
「……、ねぇ、エリオット」
「なに!?フィー!?」
「スピードの向こう側まで、行ってみようか!」
「??それって何処!?!?」
フィーがトップギア状態でアクセルを全開まで開ける。加速がつきすぎて前輪が持ち上がり、軽いウィリー状態で走るバイク。フィーはそれを強引に細い腕で押さえ込み、車体を安定させる。その背中に、振り落とされないように必死でしがみつくエリオット。
メーターに目をやると現在134セルジュ。150まで引っ張ってみたい。
行けるところまで行ってみようか。
体勢を低くして空気抵抗を減らす。
元々小さな身体を更に縮め、バイクと一体になった錯覚を覚える。
加速したバイクのスピードメーターは144セルジュを指している、回転数を表すメーターはとっくに針を振り切っていた。
この辺が限界か?イヤ、まだだ。
「エリオット、悪いんだけど一旦降りてくれない?……今すぐ」
重量を減らそうと考えるフィー。
「な、何無茶苦茶言ってるの!?!?僕の事殺す気!!!!」
エリオットはフィーにしがみつく腕に更に力をこめる。
ん、仕方ないか……。
帝都の街並みが見えてきた。鉄道で30分掛かるところを、10分ちょっとで着きそうだ。
まぁ、こんなもんで良いかな?
……ちょっと物足りないけど。
アクセルを緩め減速するバイク。
その時、帝都方面から、導力車がこちらに向かって来るのが見えた。
やたらと急いでいるようで、物凄いスピードで迫ってくる。しかも、街道のど真ん中を突っ切って来るではないか!
「わっ、危な」
間一髪、フィーがハンドルを切り接触を防ぐ。
無理に操作したのでバイクの車体バランスが崩れ、舗装路から飛び出しそうになる。
「エリオット、左に体重掛けて」
「りょ、了解!」
前後二人でバランスを取り、後輪を流しながら何とか車体を立て直した。
「ふぅ。何、今の」
「あー、ビックリしたー……。って、あれ?」
そこに、帝都方面からもう一台の導力車が近付いてきた。
見覚えがある、確か鉄道憲兵隊の軍用車輛だ。しかも乗っているのは……。
「あれって確か……。クレア大尉だっけ?」
「うん、どうしたんだろ?」
フィーは後輪をホイルスピンさせながら180°バイクの向きを変え、憲兵隊の車輛と並走して走り出す。
「お久しぶりです!クレア大尉!」
エリオットが大声を張り上げ挨拶すると、窓ガラスが下りて、クレア・リーベルト大尉が顔を覗かせた。
「貴方達は士官学院の?」
見慣れない乗り物に乗る少年と少女を、クレアは少し不思議そうな顔で見つめていた。
「久しぶり、大尉。どうしたの?…ドライブとか?」
「そんな訳無いでしょう!?前の車を追ってるんです!!」
前方約100アージュに、先程の車を視認出来た。
「あー、やっぱり。で?何したの、アレ?」
「帝都の銀行を襲って逃走中の容疑者です!危険ですから貴方達は離れていて下さい!」
「ワタシ達も手伝おうか?」
「いえ、応援も呼んでありますし、心配は無用です!さぁ、早く下がって!」
「ん、らじゃ」
フィーは減速し、クレアの車を先に行かせる。
だが、どう見ても先行する容疑者の車の方が速そうだ。軍用車では追い付けそうに無い。
後ろを振り返る、応援が来る気配も無い。
「大丈夫かな?クレア大尉……」
「うん。このままだと、トリスタまで行っちゃうかもね………」
そこまで言ってフィーは、はっと思う。
あの、逃走車がトリスタの町まで辿り着いたらどうなる?街道から入って直ぐにラジオ局、そのまま進めば駅前の広場と公園。
確か今朝、あの子供達は公園で遊ぶとか言って無かったか?勿論、今もまだ公園に居るとは限らない。でも、もし?
フィーはバイクのアクセルを開き、猛然と前の車輛を追走する。
「どうしたのフィー!?ここは大尉に任せようよ!?」
「ダメ!考えてみて、あの車があのままトリスタに突っ込んだら!」
「え?……あっ!!」
夕方の買い物客と、帰宅途中の学生などで賑わう駅前。そこにあのスピードのまま導力車が突っ込んだら。
「絶対そんな事させない!」
フィーの強い意志が、後ろに乗るエリオットにも伝わる。
「……うん、そうだね。フィー!絶対に止めよう!!」
「らじゃ!!!!」
姿勢を低く保ち、バイクをトップスピードに乗せる。
あっという間にクレアが乗る軍用車に追い付き、そのまま追い越していく。
追い越し際クレアと目が合った。目を白黒させてこちらを見ている。
口の形だけで「テ、ツ、ダ、ウ」とやって見せたが、果たして通じたかは不明だ。
バイクが更にスピードを上げ、逃走車輛を追う。
もっと速く!!もっと、もっと、もっと!!!
ギアは既にトップに入っている。
回転数はレッドゾーンを越えている。
アクセルはグリップがネジ切れる程全開だ。
だが、目標車輛まではまだ50アージュ近く離れている。
銃で狙うにしろ、アーツを繰り出すにしろ、後30アージュは縮めなければ話にならない。
こんなもんか!もっと気合い入れて走れ!!ワタシのシルフィード号!!!
いつの間にか勝手に命名したバイクに気合いを注入し、フィーは更なる速度を捻り出そうとする。
すると、その想いが通じたのか、バイクが急に加速していく。
良し!偉いぞシルフィード号!!
実際には、前を行く車のスリップストリームに入っただけなのだが、フィーはシルフィード号を褒め称える。
トリスタの町も迫って来ている。早めにケリを着けたい。
「エリオット、お願い!!」
「うん、任せてフィー!!」
エリオットがスパークアローの駆動準備に入る。
前方の逃走車まで、20アージュ強に迫っていた。
「……、準備OK。行くよ、フィー!」
「らじゃ。……???えっ??」
急に、街道横の草むらから猫が飛び出す。
「ヤバッ!??」
慌ててハンドルを切って避けるフィー。
「え?う、うわあぁぁ?!?!」
突然の事に、エリオットはフィーにしがみついて耐える。
せっかく発動したスパークアローは、あさっての方向に飛んで行った。
しかも、運の悪い事にその先にはクレアの軍用車が……。
スパークアローが軍用車のフロント部分を直撃する。
白煙を上げながらスピンする軍用車。
ボンネットが口を開け、運転者の視界を塞ぐ。
軍用車はそのまま路肩で停車し、動かなくなった。
「……やっちゃった?」
「い、い、今のは事故だよ!事故!!」
「うーん?向こうがどう受けとるかだね……」
「そ、そんなぁ……」
ガックリと肩を落とすエリオット。
「大丈夫!アイツらさえ捕まえれば万事OK!……な筈」
取り敢えず、都合が良い方に考えておくフィー。
今ので少し引き離されてしまったが、何とか食らい付いて距離を縮めていく。
ふいに、逃走車の後部ウィンドウが下がり、サングラスを掛けた男が顔を覗かせる。
しかもその手には、ハンドマシンガンが!
「マズッ!」
機銃の乱射を巧みなハンドル捌きで避けるフィー。
どうやら銃に関しては素人なのだろう、とにかく数撃てば当たるといった撃ち方だ。
それに対し、左手で双銃剣を取り出し、応戦する。
「フィー!タイヤを狙える!?」
「ん、やってみる」
距離は25アージュ弱、狙えない距離じゃない。
フィーはタイヤ目掛けて引き金を引く。
しかし、コレがなかなかHITしない。
バイクに乗ったのが初めてなら、その上に乗って銃を撃つのも初めて。おまけに、高速で動いているもの同士だと、照準に補正を掛けなければならないのだが、何しろ初めての事なのでフィーはそれを知らない。仮に知っていたとしても、それは、経験と技術を磨きに磨いて、ようやくモノにできる類いのものである。
ダメか……。どうする?
フィーは、双銃剣をホルスターに収めて考える。
すでにトリスタの町は視界に入っていた。
このスピードじゃあ爆薬も仕掛けられない、エリオットにもう一度アーツを使って貰うか?イヤ、銃が当たらないのにアーツが当たるとは思えない、威嚇にしかならなさそうだ。
他に何か使えるものは?
町の入り口付近が見えてきた。
その時、フィーにある考えが浮かぶ。
……サーカスを見せてあげようか?
アクセルを回し導力エンジンをフル稼働させ、逃走車に追いすがる。
向こうもマシンガンを乱射してくる。
だが、こっちの銃弾が当たらないのだ、あんな素人みたいな連中にヤられるわけが無い!
それに……。
急に銃撃が止まった。
メチャクチャに撃ちまくったマシンガンは、あっという間に弾切れを起こしたらしい。
予定通り!
スリップストリームを生かして、後部に張り付くと、そのまま左横に並びかける。
「はい、プレゼント」
横に並んだ瞬間に、口でピンを外した閃光手榴弾を、開いた後部ウィンドウから車内に投げ込む。
閃光と破裂音で車内はパニックになる。衝撃で窓ガラスも全部粉々に吹き飛んだ。
フィーは高速で移動するバイクの上で、スッと立ち上がる。
「エリオット、運転代わって」
そう言うとフィーは、躊躇い無くバイクから逃走車のルーフに飛び移った!
「え?……ええぇぇ?!?!」
慌ててエリオットは、後部シートからハンドルに飛び付く。
「ちょ、フィー、え?!?!そんなあぁぁ!!!」
エリオットの叫び声が聞こえた気がするが、今は無視する。時間が無い!
フィーはルーフに張り付いたまま、割れたウィンドウから運転席の中に腕を滑り込ませ、ハンドルを右に切る。
車は大きく街道から逸れて、右の草むらに突っ込む。
と、草むらの中にかなり大きな落とし穴が仕込まれていて、それに前輪を取られ車が急停車する。
先日、町の子供達と共に作った、お手製の魔獣捕獲用落とし穴だ。
車は勢いそのまま、フロントから地面にめり込む様に回転し、上下逆さまになった状態でようやく止まった。
当然フィーも投げ出され、空中を大きく舞っているが……
「ぶい」
空をぶっ飛びながらVサインを決める余裕を見せる。
20アージュ程吹き飛んだ所で、クルッと1回転しながら華麗に着地する。
逃走車は完全に沈黙し、人の気配が薄く感じられるだけだ。全員気を失っているらしい。
エリオットは?
後ろを振り返るフィー。
見ると、バイクは車と反対の草むらに突っ込んで止まっていた。
どうやらエリオットが何とか体勢を立て直し、制御してくれたらしい。
だが当のエリオット本人の姿が見え無い。
アレ?
……
……
……あっ、もしかして?
上を見上げるフィー。
エリオットは、片足をロープで括られた状態で、近くの木に逆さまにぶら下がっていた。
魔獣を捕らえる為の簡易トラップだ。誰が仕掛けたかは……、言うまでもない。
上下逆転した世界を見ながらエリオットは思った。
もう、フィーの後ろに乗るのはよそう。
遠くから、鉄道憲兵隊のモノと思われるサイレンがこだましていた。
「今回は、ご協力ありがとうございます」
クレア大尉が、敬礼しながらフィーとエリオットを労う。
「ん、それほどでも」
「いえ……、あの…、大尉こそお怪我はありませんか?」
「ふふ、ご心配無く、この通りです」
「あの、信じて頂け無いかもしれませんが、あれは……」
「ええ、解っています。この子を助けようとしたんですね?」
見ると、クレアの後ろから先程轢きかけた猫が顔を出す。
「車が動かなくなった後、私の所まで寄って来まして……。取り敢えず保護しておきました」
どうやら、猫も無事だったようだ。
強盗犯たちは、先程到着した応援の憲兵隊に残らず捕縛され、既に連行された後だった。
エリオットがやっつけた(?)憲兵隊の軍用車も既に撤去したらしい。
「貴方達とは、どうやら浅くない縁があるようですね、今後とも宜しくお願いします。では」
そう言い残すと、クレアはその場を後にする。
その後ろをさっきの猫がついていく。どうやらなついてしまったらしい。
フィーはふと思う。
今後とも?どういう意味だろ?
…………。
ま、いっか。
「ふふ、お手柄だったみたいだね?」
「大変だったね、二人共?」
アンゼリカとジョルジュが近付いてきた。
「怪我が無くて何よりだよ、導力バイクも無事みたいだしね」
「ああ、さすがはⅦ組、といったところかい?」
バイクの回収はジョルジュが済ませてくれていた。
草むらに突っ込んだだけで、細かい傷以外は無事だったらしい。
「ん、ども」
「あはは……、出来ればこういうのは遠慮したいんですけど……」
「技術棟に戻ったら、詳しい話を聞かせてくれ。……ところでアン、新記録が出たよ」
「ほう?どれどれ……、これは凄いな!」
「新記録?」
「えーっと?どういう事でしょうか?」
「ああ、説明して無かったね。実はスピードメーターに細工をしておいてね。新記録が出ると新しく上書きされる仕組みなんだ」
「ふふ、今までは私が出した152セルジュが最速だったんだがね、見てみるかい?」
フィーとエリオットが覗き込むと、160という数字が残っていた。
「大幅に更新さ!ふふ、初めての乗り心地はどうだったかな?」
「サイコーだった!ねぇ?コレ、ワタシにくれない?」
「ははは、いくらフィー君の頼みとは言え、こればっかりは……」
「ワタシのパンツと交換しよう?」
「むぅ?……、成る程。そこまで気に入ってくれたのなら仕方ない。良いだろう!君のパンツと交換し……」
「アン、導力バイクはまだ未完成なんだ。そんな事は僕が許さないよ。フィー君も、軽々しくそんな事いうもんじゃないよ!?」
「……、と言うことだ。残念だが、非常に残念だが諦めてくれ……」
心の底から残念そうにアンゼリカが言う。
「良かったら、アンのマシンが完成したら、それをベースに君だけのマシンを造ろうか?」
「ワタシだけの?」
「そう、君の体格、筋力、運転技術に合わせた完全オーダーメイドのマシンだ。初めてでこれだけ乗ってくれたんだ、技術者として僕も是非やってみたいよ。どうだい?」
「ホント?ホントに造ってくれるの?」
「ああ、約束だ!」
「うん、約束だよ!」
フィーが歓喜する。
「ふふ、そのためにも、先ずはこいつを完成させてやらないとね」
「ああ、そうだね。もう一息だし、頑張ろう!」
先輩二人組は、決意新たにバイク製作に取り組むらしい。
「フィー君、良ければそれまでは私のバイクの後ろに乗るのが良いだろう。……イヤ、私がフィー君の後ろに乗るのもアリか?……イヤ待て!それならいっそフィー君が私に跨がって、私のケツを思い切り……」
「アン……」
よからぬ妄想を始めるアンゼリカと、いつものヤツが始まったと肩を竦めて見せるジョルジュ。
やった、ワタシだけのシルフィード号!
早く造って貰えないかな?
フィーは、先程経験したバイクの加速を思いだすと、一人でニヤリと笑った。
その様子を横で見ていたエリオットは、僕はもう関わりたく無いな、と思っていた。
翌朝
あ、そう言えば報酬貰うの忘れてた。
昨日の事を思い出すフィー。
元々が、報酬目当てのテスターだったのを思い出した。
後で技術棟行かないと。
そんな事を考えながら学院に行く準備を済ませ、寮を後にする。
「フィー姉、おはよう。昨日凄かったな!」
「フィーさんおはようごさいます。大丈夫でしたか?」
「お姉ちゃんおはよう。スッゴク格好良かったよ!」
寮から出ると、今朝もまたチビッ子達に捕まる。
「ん、おはよ。……あれ?もしかして見てた?」
「うん、昨日はカイのお家で遊んでたから、お姉ちゃんが強盗犯捕まえるところバッチリ見てたよ!」
「フィーさん格好良かったです!」
「スゲーよな!あんなに遠くまで吹っ飛ばされてるのにピースしてるんだもん!あんなの初めて見たぜ!」
あちゃー、そんなとこまで見られていたか。
「ん、君達、その事は絶対に他言しないように」
「何で?良いじゃん、格好良かったんだしさ?」
イヤイヤ、無駄に目立つ様な事は避けたい。
「ん、とにかく駄目。その代わり……」
「その代わり?」
「ワタシのシルフィード号が完成したら、ちょっとだけ後ろに乗せてあげるから」
その時は、出来るだけ安全運転しないとな、と子猫は思った。