妖精の軌跡first【完結】   作:LINDBERG

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今回は色々出てきます。


子猫はいつの間にか遠い所に連れて行かれる

息を潜め、気配を押し殺す。

 

全神経を耳に集中させ、扉の向こうの様子を伺う。

 

決して相手にこちらの存在を悟られてはなら無い。

猟兵団で学んだスキルを総動員する。

 

 

 

 

「あら?何してるのフィー?」

サラが近寄って来て声をかける。

 

「シーッ!」

フィーが口に指を当てながら、サラを近くに引き寄せる。

 

「ちょ、何よ、どうしたの?」

「いいから、静かに!」

 

サラに、自分と同じように扉の向こうの様子を聞けと促す。

 

 

 

 

 

「なぁアリサ、こうでいいのか?」

「違うわよリィン、下手ね」

「そ、そうか……、以外と難しいんだな……」

「私に任せておきなさい、気持ち良くしてあげるからね」

「じゃあ、アリサに任せるよ」

「ふふふ、そう、力を抜いて……」

 

これは、まさか?

 

サラが思い切り扉に耳をくっつける。

 

 

 

 

 

ほんの数分前だ。

フィーが自室から出ると、向かいのアリサの部屋が何やら騒がしいので、近づいて様子を伺うと……。

こんな事になっていた。

 

 

 

 

「アリサ上手だな、意外だよ」

「まぁ、地元のルーレでもやってたからね」

 

アリサさん、何をやってたんですか?

 

「そうそう、そうすると痛く無いから……」

「うん、嬉しそうな顔だな」

 

アリサさん、どんな顔なんですか?

 

「あん、もう、ヌルヌルになっちゃったわ」

「ああ、ベタベタだな」

 

アリサさん、何がヌルヌル何ですか?

 

「ああん、もう堪らないわ」

「ああ、これは……」

 

アリサさん、そんなに凄いんですか?

 

「アンアンアン」

突然室内に獣の様な声が響く。

 

アリサさん、ちょっと声が大きく無いですか?

 

 

 

「ダメよ!」

サラが叫んだ。

 

「寮の中でなんて許さないわよ!」

扉を開けて、室内に踏み込む。

 

「うわっ?」

「何?」

「えっ?」

「あれ?」

「アンアンアン」

 

そこにはリィンとアリサ、そして……。

 

「サラ教官、フィーも、どうしたんだ急に?」

「ノック位して下さい教官、ビックリするじゃないですか!」

「アンアン」

そして小さな犬が居た。

 

見ると、リィンとアリサが犬の背中と腹を撫で、二人共手が犬のヨダレで汚れていた。

 

 

「……どうしたの、この犬?」

フィーが聞く。

「ああ、さっきアリサと買い物してる時になつかれちゃってな。多分何処かの家の飼い犬なんだろうけど、飼い主を探す前にちょっと遊びたいってアリサが言い出して……。俺も実家に犬が居るんだが、こういう小さい種類はあんまり……」

「寮に連れて来るんじゃ無い!!!さっさと飼い主を探して来なさい!!!」

 

サラが一喝する。

 

「行くわよフィー!!」

 

それだけ言って部屋を後にする。

 

「う、うん。……んじゃ、ホドホドにね」

フィーもアリサの部屋を後にする。

 

一体何だったんだ、とリィンとアリサが顔を見合わせた。

 

 

 

 

 

「全くもう!期待して損したわ!」

サラが憤慨しながら階段を下る。

 

期待してたんだ……。

 

フィーが呆れ顔で後に従う。

 

 

 

 

一階まで下り、玄関へと近付くサラ。

 

「あれ?これって何処に向かってるの?」

何となく着いて来てしまったフィーが、玄関に手を掛けるサラに尋ねる。

 

「え?ああ、そうだ。実はオリヴァルト皇子からお呼ばれしてるのよ。アンタ、ちょっと付き合ってくれない?」

「え?……んー、何処まで行くの?」

「今日の16時にヘイムダル空港まで来てくれ、としか聞いて無いのよね……。あと、泊まりになるかも知れないから一応そのつもりでって」

「ワタシ、着替えも何にも持って無いよ?」

「ああ、それは大丈夫みたいよ。向こうで用意してくれるみたいだから」

「ふーん、……ねぇ?それってワタシも着いて行って良いヤツなの?」

「ええ、良かったら生徒も一緒にどうぞって言ってくれたし。一応アタシも研修職員っていう扱いみたいだし」

「で、何処に行くかは解らない、と?」

「そうよ」

あっけらかんとサラが言う。

 

 

 

何だか妙な話になってきた。

 

オリヴァルト皇子と言えば、放蕩皇子の異名を持つ、かなりの変わり者だ。

先月の実習の際、フィーも面識を持っている。

楽しそうな人間である事は間違い無いだろうが、何となくめんどくさい印象もある。

しかも、集合場所が空港。

 

嫌な予感がした。

 

 

 

「んー、やっぱいいや。止めとく」

フィーが踵を返し自室に戻ろうとする。

 

「ダメよ!一緒に来てよ!」

サラが珍しく懇願する。

 

「な、何で?」

「だってもしかしたら、あの鉄血オヤジが一緒に来るかも知れないじゃない?そうなったら理性が保てるか自信が無いわ!だから……、何かあったらアタシを止める役」

 

イヤイヤイヤ、何でワタシがそんな貧乏クジを?

 

「ね?いいでしょ?お願い!」

「ヤダよ、ワタシよりリィンとか連れてった方が良いんじゃない?」

「無理よ、アリサと乳繰り合うので忙しそうだったし」

 

別に乳繰り合ってはいなかったんだが……。

 

「ね、この通り。ね?ね?ね?」

こんなに必死なサラを見るのも初めてだ、どうやら余程1人で行くのが不安らしい。

 

 

 

「はぁ……、解ったよ、行くよ」

結局フィーが折れた。

 

「ありがとう!ヤッパリ持つべきものは、素直で優しい教え子よね!」

 

……良く言うよ。

 

「それじゃあ、行きましょうか?」

「……らじゃ」

 

心底めんどくさいな、と思いながらも、フィーはサラと共にトリスタ駅へ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヘイムダル空港持ち合いロビー。

 

ここに来るのは久し振りだ。

猟兵団で各地を回ってた頃だから、かれこれ1年近くになるかも知れない。

まぁ、空港など何処も大差ないし、ちょっとお土産を買った程度の思い入れしか無いのだが。

 

 

 

ロビー奥の目立たない場所に、オリヴァルト皇子と従者の軍人らしき黒髪の男性が居た。

 

「やぁ、サラ教官、夏至祭以来だね。そちらのレディーは……、フィー君だったかな?」

皇子が近付いてきた

 

「皇子、お待たせして申し訳ありません」

サラが頭を垂れながら挨拶する。

 

「ども」

フィーが一言で済まそうとすると、サラに思い切り頭を掴まれて、最敬礼させられる。

 

その様子を皇子が笑いながら制する。

「ははは、今日はお忍びの様なものだから、無礼講で構わないよ。私も堅苦しいのは苦手なものでね」

「いいえ、教官として最低限の礼儀を教えるのも務めですので。ご無礼を働き、申し訳ありません」

 

サラが再度頭を下げる。

 

「いや、気を使わないでくれたまえ、今回は本当にプライベートの意味合いが強くてね。最初は1人で行こうかと計画していたんだが、彼に見つかってしまってね」

皇子が後ろに控える男性にチラリと視線を送る。

 

男性は腕を組んだまま憮然とした様子で、皇子に鋭い視線を送る。

THE帝国軍人といった感じだ、ナイトハルト教官と良い勝負だろう。

 

「彼の事はご存知かと思うが、フィー君のためにも紹介しておこう。ミュラー・ヴァンダール少佐だ、気軽にミュラーお兄ちゃん、とでも呼んでくれたまえ」

 

ヴァンダールの名はフィーも知っていた。皇族の守護を任される、帝国随一の剣の名門だ。

しかも、ミュラー・ヴァンダールと言えば、第七機甲師団のエースとしても名が知れ渡っている。

 

ミュラーが口を開く。

「気軽に呼んでくれるのは構わんが、何故貴様が呼び名を決める?」

「良いじゃないか。…そうだ!私もたまには童心に帰ってミュラーお兄ちゃん、と呼んでみようかな?」

「止めろ、このたわけ!怖気が走るわ!」

 

そんな二人のやり取りを、唖然と見つめるフィーとサラ。

 

「ああ、実は彼とは幼馴染みでね。時には数多の修羅場も一緒に経験した、まぁ言ってみれば、赤い糸で結ばれた関係なんだよ」

「ふん、出来ればその糸を貴様の首輪として使いたいがな!」

「やぁん、ミュラー君たら。何処でそんなプレイを覚えてきたの?」

 

 

 

……仲良しなんだね。

フィーは素直にそう思った。

 

「申し訳無い。このたわけに喋らせると、いつまで経っても話が進まん。ミュラー・ヴァンダール少佐だ。気軽にミュラーと呼んでくれて構わない。短い時間だが宜しく頼む」

「トールズ士官学院Ⅶ組教官、サラ・バレスタインです。宜しくお願いしますミュラー少佐」

「同じく、トールズ士官学院Ⅶ組、フィー・クラウゼル。宜しくミュラーお兄ちゃん」

フィーが冗談めかして言う。

 

次の瞬間、サラに思いっきり頭を叩かれたが、当のミュラー本人は、少し躊躇いながらも控えめに笑ってくれた。

意外と冗談が通じるらしい。

 

まぁ、この皇子と長年一緒に居ればそうなるか…?

 

「おや?フィー君は話が解るねぇ。それじゃあ、私の事もオリビエお兄ちゃんと呼んで……」

「おほん、それで皇子!本日はどの様な御用向きで?」

 

サラが皇子のヨタ話を途中で遮る。

皇子は、少し名残惜しそうにしながらも、話を元に戻した。

 

「実はこれから向かう所は、私達が以前大変お世話になった場所でね。その時の御礼も兼ねての訪問なんだが、是非サラ君に紹介したい人がいてね、ミュラーとも相談した結果、ご同行を願ったというわけだよ」

 

サラが少し考える素振りを見せる。

 

「皇子が以前お世話になった場所?それってもしかして……」

「ああ、リベール王国の王都、グランセルさ!」

 

 

外国じゃねーか!!!

 

マジか?マジで今からリベール?

ワタシなんかトールズの制服着たまんまだぞ?

しかも、皇子の同行と言うことは王宮みたいな所にも行くの?

ワタシが?

……

……

……

イヤイヤイヤ、あり得ないでしょ!?

 

隣のサラの様子を伺う。

さすがに予想外の展開なのか、顔がひきつっている。

 

「あの、皇子。今からリベールへ向かうんですか?」

「ああ、そうだよ」

「あのぅ、私達パスポートも何も持って無いんですけど?」

「ははは、そこは安心したまえ。私も何度か足を運んでいるが、パスポートなど持って行った事が無いよ」

 

イヤ、それはアンタが皇族だから……。

ん?まてよ、皇族でも私的渡航はパスポートが無いとダメなんじゃなかったか???

 

「ええと、私達明日も学院がありますので……」

「勿論解っているさ。大丈夫、私のプライベート飛行艇で向かうからね。明日の早朝にはここに戻って来る事を約束しよう」

 

「ええっと、その……」

 

イヤ、もう逃げられ無いよサラ……。

 

 

 

でもワタシは……。

 

「ん……、それじゃあ、ワタシは見送りに来ただけだから、そろそろ帰る……。じゃね、サラ」

 

なるべく自然な感じで、その場を後にしようとするフィー。

それを電光石火のスピードでサラが捕らえ、耳元で囁く。

 

「待ちなさい!何帰ろうとしてんのよアンタは!?」

「だって、鉄血のオジサンとは関係無いみたいだし?もう御役御免かなって……」

「アンタ、アタシ1人でリベールまで行けって言うの!?」

「1人じゃ無いじゃん。オリビエお兄ちゃんとミュラーお兄ちゃんと、3人で行って来なよ?」

「その呼び方は止めい!アンタ、アタシが軍人嫌いなの知ってるでしょ!?」

 

軍学校の教官が何言ってんだ……。

 

「これを機会に好きになったら良いじゃん?」

「ダメダメダメ!!ムリムリムリ!!アンタ!!一度来るって言ったんだから最後まで付き合いなさい!」

「だってまさか外国に行くなんて思わなかったから……」

「アタシだって思ってなかったわよ!どうせ、その辺の居酒屋で一杯付き合う位だろうなぁ、ってつもりで来たんだから!」

 

……皇族を何だと思ってるんだ。

 

「そうだ、そうよ!これも特別実習の一環よ!観念して付いて来なさい!」

「実習に教官は同行しないって、初めの時は言ってたじゃん?」

「何のかんので全部に顔出してるでしょうが!アンタらがあっちこっちで問題ばっか起こすから!」

「それはワタシ達のせいじゃ無いじゃん!」

 

 

サラとフィーが揉める様子を、楽しそうな面持ちで眺める皇子と、苦笑いを浮かべるミュラー。

 

 

 

「おっと、もうこんな時間だ。ご婦人方、続きは飛行艇の中で頼むよ。ミュラー、お二人をエスコートして差し上げてくれ」

「……承知した。さ、二人とも此方へ」

 

ミュラーが有無を言わせぬ様子で、二人を飛行艇発着所まで連れて行く。

 

言い争いながらも、なすがままに流されるフィーとサラ。

 

 

気が付くと、そこは飛行艇の船内で、既に空の上だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

窓の外には青い空が広がっている。

 

「あーあ……、何でワタシまで……」

心底後悔するフィー。

 

「こうなったら観念なさい。良いじゃない、皇族の警護だなんて、名誉な事よ?」

飛行艇船内。乗っているのはフィー達4人と、操縦士だけだ。

 

エレボニア空港を発って数十分、飛行艇は早くもリベールとの国境付近まで到達していた。

 

皇子の飛行艇はかなりの高速艇で、この様子なら1時間ちょっとでグランセルに到着出来そうだ。

 

 

「ははは、まぁそう深く考えず、ちょっとした骨休めのつもりで付き合ってくれたまえ。リベールは景色も美しく料理も美味しい、人も温かくて優しい人達ばかりだ。出来ることなら、私もこのまま移住したいと思っているんだがね?」

「この、たわけ!もう少し自分の立場を考えてから、ものを言え!」

すかさずミュラーの突っ込みが入る。

 

「だから思っているだけさ。立場を気にしなければ、もう既に移住したから遊びに来ないかい?となっているよ」

「……全く、貴様というヤツは……」

 

「そう言うミュラー君も、グランセル行きを楽しみにしている様子じゃないか?」

「???……どういう意味だ?」

「いやー、ユリア君に会えるのが楽しみなんじゃないかなー、と?」

「な、何故ユリア大尉が出てくる!!」

「ふふふ、さぁ?何故だろうね?」

 

皇子が楽しそうに笑い、ミュラーが解りやすく動揺しながら憤る。

ホントに仲の良い二人だ。

 

幼馴染か……。

 

「ねぇ、サラには幼馴染とかいるの?」

「ん?まぁ、しばらく連絡は取って無いけど、故郷に帰れば何人かね」

「ふーん……」

 

そんなフィーの様子にピンと来るサラ。

 

「なぁに?西風が恋しくなっちゃった?」

「ううん、そんな事無いけど……」

「ふふふ、付き合った時間が長い方が情も湧きやすいでしょうけど、アンタにはもう十分過ぎる程深い繋がりの仲間が居るでしょ?」

「うん、解ってるよ……」

 

そう、ワタシにも大切な仲間が居る。今はもう1人じゃない。

それは解ってる、解ってはいるけど……。

 

「アンタも、もう少し大人にならないとね」

「???……どういう意味?」

「ふふふ、さぁね。こういうのは自分で考えて、成長しなくちゃならないものよ」

 

サラが楽しそうに笑う。

 

どういう意味だろ?

……

……

……

ま、いっか。

 

 

窓の外を見ると、対岸が見えない程大きな湖が広がっている。

飛行艇はその後も順調に航路を進んで行く。

 

もうすぐ王都グランセルだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ここがリベール王国か……。

 

……結構田舎だな、というのがグランセル空港に降り立ったフィーの第一印象だ。

 

 

帝国各都市の飛行場と比べても小じんまりとした造りで、定期飛行艇2台止まったら一杯になりそうだ。

 

たが、周りを見ると緑が溢れ、自然豊かな様子が伺える。

恐らく、人の営みの為に不必要に自然を傷付けるのを嫌った結果、こうなったのだろう。

 

帝国とは随分違う考え方だな。

そうフィーは思い、同時にその考え方を好ましく思った。

 

 

「さて、諸君。それでは王宮に参ろうか?」

「承知した」

「了解致しました」

「らじゃ」

 

三者三様の受け答えを見せ、4人はグランセルの街へと向かって行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

街に入ると、予想より多くの人や、活気に満ちた商店を見て驚く。

街並みも、帝都程栄えている訳では無いが、整然と造られた歩道、落ち着いた色彩の建造物、住む人の事を第一に考えられた街だというのが理解出来る。

 

ここでも、利便性を追求されたヘイムダルとは全く違う印象を持つ。

 

「随分賑わっていますね」

サラが感心した様に言葉を漏らす。

 

「グランセルはリベールでも最大の街だからね、ある程度は人出も多いんだが、これは……」

「ああ、どうやら武道大開の時期だったようだな」

 

皇子とミュラーが顔を見合わせる。

 

「武道大開?」

フィーが興味を引かれる。

 

「グランアリーナもすぐそこだし、ちょっと覗いてみようか?」

「おい!アリシア女王に謁見するのが先だろうが!」

「ふふふ、ミュラー君。女王は待ってくれるが、試合は待ってはくれないのだよ?」

「なっ……!」

「なぁに、謁見をお願いした時間までは、まだ大分余裕もある。少し位時間を潰した方が、むしろ都合良いだろう?」

「くっ、……仕方ない、少しだけだぞ」

 

4人はグランアリーナ目指して歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

王立闘技場グランアリーナ

 

昔は人と魔獸の戦い等も行われていたらしいが、今は各種催しと武道大開位にしか使っていないらしい。

 

会場を見ると観客は大入りで、ほぼ満席状態だ。

 

受付を済ませた一行は、闘技場最奥の貴賓席に通される。

これも皇族ならではの待遇か。

 

 

「よくぞ参られた、オリヴァルト皇子!」

「ご無沙汰しております、オリヴァルト殿下」

 

おかっぱ頭に王族衣装のちっちゃいオッサンと、やたらと腰が低い割に何故か隙が見当たら無い白髪の執事が歓迎してくれる。

 

 

「デュナン・フォン・アウスレーゼ公爵だ、アリシア女王の甥にあたる方だよ」

皇子が紹介してくれる。

 

「後ろに控えるのは執事のフィリップさん、かつては鬼の大隊長の異名を取られたお方だよ」

「殿下、お戯れはお止め下され」

フィリップが恐縮した様子で畏まる。

 

「サラ・バレスタインと申します。帝国軍事学校の教員を勤めております。こちらは教え子のクラウゼルと申します」

サラが丁寧な挨拶を口にする

それに倣って、フィーがちょこんと頭を下げる。

 

ここに来る途中でサラから「会話はアタシに任せて、一切喋らず、とにかく頭を低く」と言われていた。

 

「ほう?教師と生徒とな。皇子殿は相変わらず交遊関係が広いとみえる?」

「ははは、それだけが私の取り柄ですので」

和やかに談笑する二人。

 

「叔母上には、もうお会いになられたのかな?」

「いえ、謁見の時間より早く着き過ぎてしまいまして。どうしようかと思っていたところ、こちらの賑わいを聞きつけましてね」

「そうであったか。ふふ、丁度これから決勝が始まるところじゃ、存分に楽しんでいかれるが良かろう!」

 

 

 

 

「皆様、お待たせ致しました。これより闘技大会、決勝戦を行います」

 

アナウンスが流れ、観客席から割れんばかりの歓声が起きる。

 

「南、蒼の組。シード中佐以下、王国軍Aチーム!」

 

南側のゲートが開き、軍服を纏い剣を携えた男が、3名の完全武装した兵士を引き連れて姿を現す。

 

観客席から、更に大きな歓声がアリーナを包む。

 

先頭に立つ茶髪の優男がシード中佐なのだろう。

遠目で良く解らないが、とても軍人には見えない。銀行か役所の窓口に居たとしてもおかしく無い様な雰囲気だ。

 

「ほう?シード中佐か。これは相手が気の毒だね……」

皇子が小さく呟く。

 

どうやら皇子は彼を知っているらしい。しかも、実力まで把握している様だ。

 

 

 

 

「続きまして、北、紅の組……」

 

アナウンサーがそこで一つ区切り、間を置く。

 

「カシウス准将以下、王国軍Dチーム!!」

 

北側ゲートが開き、棒を一本持っただけの口髭を携えた軍服姿の男が1人で姿を見せる。

 

観客は全員が立ち上がり、アリーナが揺れんばかりの歓声を送る。

 

皇子、ミュラー、サラの3人も、思わずといった感じで立ち上がる。

 

あれ?カシウスって確か……?

 

「まさか、彼がこういった催しに参加するとは……」

皇子が声を震わせて驚く。

 

「ふふふ、さすがに驚いたか?」

公爵がニヤリと笑いながら言う。

 

「モルガン将軍が腰を痛めてしまってな、急遽代役として准将に出場をお願いしたのだよ」

 

「いやはや、良く彼がOKしたものだ……」

「イヤ、最後まで渋っておったのだがな……、これも国民へのサービスの一環だと、ワシ自ら頼みに行ってようやく出場して貰った次第だよ」

 

「ですが、これでは試合にならないのでは?」

「准将には1人だけで参戦して貰い、さらに棒一本以外の装備も遠慮して貰った。アイテムもオーブメントも無しだ。まぁ、それでもカシウス・ブライトである事に変わりは無いがな……」

 

ああ、ヤッパリそうなんだ……。

 

カシウス・ブライト。

リベールが誇る英雄で、剣聖の称号を持つヤバ過ぎるオヤジ。

(今は棒しか持って無いから棒聖か?)

 

 

昔、猟兵団で団長から言われた。カシウス・ブライトに遭遇したら、とにかく全力で逃げるか投降しろ、と。

 

遠目には、バーでウィスキー片手に、若いおねーちゃん口説いてそうな感じのオヤジにしか見えないけど……。

 

 

「さぁ、最高の一戦の始まりだ!ゆっくりと拝見しようでは無いか?」

公爵がそう締め括り、3人も腰を降ろす。

 

 

 

「それでは決勝戦、、、、始め!!!」

 

 

 

 

 

先手はシード中佐達が取る。

 

兵士3人が周囲を取り囲み、状態異常を引き起こすガス弾を射出する。

 

英雄相手に全く容赦が無い。後で軍罰とか受けないのか?

 

白い噴煙がカシウスの周りを覆い、一瞬姿が見えなくなる。

しかし、カシウスが激しく棒を回転させた勢いで爆風を起こし、ガスを全て霧散させる。

 

噴煙が晴れ、カシウスが姿を現せた瞬間、準備していたシードがアークプロミネンスを駆動させる。

 

灼熱の業火がカシウスを覆い尽くす。炎の中でカシウスが動いているのが見える。

良く見ると、先程自分が起こした爆風で、乱れた髪の毛を整えているようだ。

 

何で何とも無いの?

 

アークプロミネンスの駆動が終了した瞬間、兵士達が素早く飛び掛かり、近接攻撃を仕掛ける。

ナイフ、サーベル、バスターソード、各々が間合いの違う得物で攻撃を仕掛ける兵士達。

速度、連携共に一級品の攻めだ。恐らく各部隊のエース級を集めたのだろう。とても棒一本で防げるモノでは無い。

 

だが、カシウスは棒を巧みに操り、三方向からなる別間合いの同時攻撃を全て受け止める。

至近距離、中距離、遠距離、それぞれに棒一本で対応している。しかも、その最中に何かを兵士に話掛けている。どうやら実技指導が入っているらしい……。

 

とんでもないオヤジだ……。

 

兵士3人が一度カシウスと距離を取る。そこにシードが再度アーツを駆動する。今度はグランストリームがカシウスを襲う。

だが、今度もカシウスは髪型が崩れるのを気にするだけで微動だにしない。

 

全く効果が無い様に見えたが、暴風がカシウスを覆い尽くして一瞬視界が妨げられ、シードの姿がカシウスから隠れる。

 

 

その瞬間を逃さず、シードが閃光の様なスピードで飛び掛かる。

 

突進に螺旋を加え、高速移動と遠心力の力を利用する。

全ての力を剣先一点に集中し、正に全身全霊の一撃を見舞う。

 

それを、カシウスは避ける素振りすら見せずに待ち構える。

 

アリーナに響き渡る凄まじい激突音。

会場全体が震え、円形に拡がる衝撃波。

 

二人の周囲に砂埃が巻き起こる。

 

 

これ程激しい衝撃は、猟兵団時代を思い返しても数える程しか経験が無い。

それがまさか、戦場以外でお目にかかるとは思わなかった。

 

 

砂埃が晴れてきた。

 

無傷で棒を構えたカシウスと、対照的に片膝をつき、折れた剣で身体を支えるシードが姿を現す。

ダメージで、というより、力を使い切きったという印象だ。

 

たった一撃に全てを賭けたのだろう。

それでもカシウス・ブライトには届かなかった……。

 

後方に控える3人の兵士が武装解除する。

リーダーが戦闘不能になったのだから致し方ないだろう。

 

これで終わりだ。

 

 

 

 

「勝者、紅の組、カシウス・ブライト!!!」

 

会場にアナウンスが流れ、アリーナ全体から割れんばかりの歓声が巻き起こる。

惜しみ無い拍手が会場を包み込んだ。

 

 

会場は大盛り上がりだが、フィーは戦慄していた。

 

カシウスの立ち位置が戦闘開始から全く変わっていない。あれ程の連携攻撃と一撃を受け、一歩たりとも動いていなかったのである。

 

そして彼は、自分から仕掛ける事もしなかった。相手の全ての攻撃を、たった一本の棒で受けきり、試合を終わらせたのである。

 

 

 

身体の震えが止まらない。

正直、強さの底が見え無い。

 

団長の言う通りだ。

カシウス・ブライトに遭遇したら、逃げるか投降するか、2つに1つしか無い……。

 

 

 

「いやー、素晴らしい試合だった!流石は准将!」

公爵が満足そうに拍手を贈る!

 

「ふふふ、本当に良い試合でした。突然の訪問にも関わらず、このような席を御用意して頂き、感謝申し上げる」

皇子も拍手しながら、公爵に礼をする。

 

 

 

「ところで公爵殿、エクストラマッチを希望したいのだが?」

皇子が突然妙な事を言い出した。

 

エクストラマッチ?……嫌な予感がする。

 

横に座るサラをチラリと見る、顔が強ばって見える。

 

その横に座るミュラーは、渋い顔を見せながらも何処か嬉しそうにしている。

 

 

「ほう?エクストラマッチ、とな?」

「ええ、我々とカシウス准将との試合を認めて頂きたいのだが」

 

 

 

ヤッパリそれかー!!!

 

何言ってくれちゃってんだ、皇子このヤロー!!!!

何処で帝国男子の気質見せてくれてんだ!?!?

 

「ふむ、准将との試合か?勿論こちらとしてもお願いしたいところだが……、准将が何と言うかの?」

 

そうだ!王国軍准将といえば、これ以上こんな事やってる暇は無いハズだ!

頼む!!断ってくれ!!!

 

 

 

闘技場では、カシウスとシードが健闘を称え合い言葉を交わしている。

そこに、公爵からの伝言を授かった使者がカシウスに近付く。

 

声を掛ける使者。

話を聞くカシウス。

こちらを見るカシウス。

使者に声を掛けるカシウス。

両手で○を作る使者。

 

 

OK、じゃねーよ!!!!

帰って仕事しろ准将!!!!

 

 

 

「うむ、大丈夫な様だな。では皇子、宜しく頼む!」

 

「ふふふ、無理を言って申し訳無い。ではミュラー、行くとしようか?」

「ふっ、承知!」

 

ん?ミュラーお兄ちゃんだけ?

 

「レディー達はここで、我々の勇姿を見ていてくれたまえ」

 

なるほど!そういう事か!そりゃそうだ!!!

女、子供をあんな化物オヤジと戦わそうとする帝国男子が居る筈が無い!

さすが皇子!さすがオリビエお兄ちゃん!!!

 

 

 

「それじゃあ、行ってくるよ」

うん、行ってらっしゃい!お兄ちゃ……。

 

「お待ち下さい」

サラが皇子を呼び止めた。

 

ん?

 

「このまま皇子達だけを行かせる事は、トールズに籍を置く者として出来る事ではありません!」

 

え?ちょっ、何言い出してんのサラ???

 

「常在戦場の心構えは、我々にも出来ています。お供致しましょう、皇子!」

 

我々って言うなー!!!!

 

「フィーも良いわよね!?」

サラがこちらを振り返る。

 

全力で首を横に振るフィー。

 

アリーナに来る前に言われた、一言も喋るなという指令を健気にも守り続けるフィー。

 

「……フィーも皇子達だけで行かせる訳にはいかないと申しています!!」

 

違う!!!この首振りは違う!!!

 

 

「ふふふ、流石は獅子の心を受け継ぐ学院の生徒だ!!では、宜しく頼むよ!サラ君!フィー君!!」

 

「了解です!皇子!!」

 

違うんだよ!!お兄ちゃーん!!!!

 

 

 

 

子猫の心の叫びは、誰にも届きはしなかった。

 

 

 

 

 

エクストラマッチに続く

 

 

 

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