Doctor-X 目の腐った外科医 作:tray
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手術室に入った俺は、城之内先生の顔を見て心中穏やかではいられなかった。一昨日まで楽しく話していた姿はそこにはなく、今は麻酔により眠っている。
知っている人に対して手術を行う。この場に立っているだけでも緊張に押し潰されてしまいそうだった。第一助手の俺でここまで酷いのだ、実際にオペをする大門先生の心中は、俺の比じゃないだろう。
失敗をしたことがない凄腕のフリーランスの外科医。この東帝大の手術室でも数多くの患者を半ば無理矢理救ってきた大門先生。
なのにどうしてなのか、大門先生と一緒に執刀しているのにこんなに不安な気持ちになるなんて。
手術室の後ろを見るとガラス越しで晶さんが座っていた。昌さんが手術室に最初からいるのは、初めてだ。俺の体に緊張が走る。
大門先生はIREナイフを掴み腫瘍に突き刺していく。こんなときにあれだがいつもガラス越しから見てる、海老名さんや病院長である蛭間委員長がいないことから、このオペは大門先生の独断で進めているオペだと理解する。
「汗拭いてっ!」
「は、はい!」
大門先生が汗を拭くのを要求するなんて初めて見た...。
局所進行膵癌は、ステージ4aまで進んでおり俺が見た限りでは、転移はしてないが状況はかなり酷かった。主要の血管の中にまで入っており全て取るのは不可能に見える。だがこの病気は少しでも残っていれば転移する可能性があり、いずれは命が危険にさらされる。ここまで進んでしまっては、今回ここまで腫瘍を取ったとしても3ヶ月くらいが余命だろう。
「くそっ!」
「八幡、落ち着いて..」
「わ、悪い....」
手術中に悪態をついてしまうなんて..でも我慢できなかった。このままでは、この手術は失敗してしまうと分かってしまったから。
それでも大門先生ならと、俺は希望を持ってしまう。
「っ!どうして!!」
ナイフのポジションチェンジをしようとした瞬間だった。IREナイフの通電が止まってしまった。
目の前が真っ暗になる。手の震えが少しずつ大きくなっていく。
「未知子閉じなさい」
晶さんから指示が入る。だが大門先生は諦めずにどうにか通電出来るようにと叫ぶ。だがこれ以上は、心臓がもたない....。
「未知子!閉じなさい!!」
晶さんの怒声とも取れる、だが何処か哀しさが混じるその声に大門先生の手は止まり崩れ落ちてしまった。
俺はこの時初めて大門先生の失敗を見て涙を見た。
「比企谷君。閉じなさい」
「....はい」
今度は優しく俺に言ってくる。俺は震える手になんとか葛をいれて傷付けないようにオペを終了させた。
インオペ...。執刀ではなく、科学治療等で治す方法だがこれ程ステージが上がってしまっては事実上、残された時間を待つしかない。
城之内先生は、そのまま個室に場所を移して現在は大門先生が城之内先生の病室にいる。俺は中に入っていけずに病室の外で城之内先生が目を覚ますのを待っていた。
「...大門先生」
城之内先生の優しくも儚げな声が聞こえてくる。声にはいつもの力強さはなく、俺は病室の扉に体を預けてその場に座り込んでしまう。
「ごめんね...全部は取り除けなかった」
「世界一信頼している大門さんに切ってもらったんだもん。それに...ねえ?比企谷君そこにいるんだよね?」
城之内先生の声で心臓が跳ね上がる。どうして気付かれていたのかは分からない、でも。
「そっか。ならそのままで良いから聞いて?今回の手術は、大門先生のせいでも比企谷君のせいでもない。私が隠していたことが原因なの。二人を信じきれなかった私の...怖かった。本当に...二人でも無理なら治すことは出来ないって分かってたから。だから痛みがあってもバレないようにしてた...でも...でも...舞だけには教えないでほしい。舞が日本に戻ってきたとき、その時は...舞の事をよろしくお願いします」
俺はそれだけ聞いて立ち上がり病室に入らずに、海老名さんに体調が悪いと言って家に帰った。
電気も付けずに暗い部屋の中で俺は、今日あった出来事を思い出す。
いつもとは違った手術室。
初めて感じた失敗という重み。
俺は溢れ落ちてくる涙を止めることは出来なかった。
ブー、ブー。というバイブ音で目を覚ました。
いつの間にか眠ってしまったようだ。時刻を確認すると夜の8時をさしていた。
携帯を確認するとメールが一件入っていた。
メールの相手は、総武高校でお世話になった恩師の平塚先生だった。
メールの内容を読むと、どうやら仕事の都合で千葉から東京に来てるから飲みにでも行かないか?という誘いだった。
こんなとき平塚先生と飲むのも良いなと思い返信を返そうとすると平塚先生から連絡が来た。
相変わらずの御様子で....。
〔やあ、比企谷久し振りだな。返信が遅いようだったが寝ていたのか?〕
〔平塚先生お久し振りです。メールをくれてから五分で電話してくる辺り変わりませんね〕
〔馬鹿者。これでも私は忙しいのだ。お前が暇じゃないならこのまま千葉に帰るつもりだったよ〕
ほんと良い人だなこの人...もういい加減誰か貰ってやれよ...。
〔.....今何か失礼な事を考えなかったか?〕
〔そ、そんなことありませんよ?〕
〔ならいいが...それでどうする?〕
〔予定は無いですから問題ありません。何処で飲みますか?〕
〔それは勿論決まっているだろう〕
そして俺が到着した場所は屋台だった。未だにあるんだなとか思いながら既に来ていた平塚先生の隣に座る。
「比企谷久し振りだな、なんだ目は変わっていないようだな?」
「うす.....目はデフォルトなんで触れないで貰っても良いですか?」
「だがなお前もバイトとはいえ、医者なんだろ?そんな目で検診とかされたら怖がるだろう」
あー確かにいましたね怖がる人。女の子には泣かれ、女性には先生を変えてもらえませんか?と言われ、泣きたいのはこっちだと叫びたい。
「まあ、その分サボれるので。患者は、俺みたいな目が腐ってる奴に診療されずにすむ。俺は楽が出来る。お互いにwinwinな関係を築いていますよ」
「はぁ...君はどこまでいっても変わらないな」
「先生だって何年経ってもどくs「ふんっ!」」
久し振りに、平塚先生のセカンドブリットが俺の顔面の目の前で停止した。キレも威力も変わっていなさそうで冷や汗が出てきますよ...。
「比企谷、何か言ったか?」
「...何でもありません」
「ならいい。ほらお前も飲め」
そう言っていつの間に頼んでいたのか生ビールを俺のグラスに注いでくる。シュワーと音を立ててビールの部分と泡の部分の絶対比が完璧だった。
この人多分、ビールを注ぐの練習したタイプなんだろうなぁ...。
「いただきます...」
「で、だ。比企谷。何かあったのか?」
「っ!」
突然の平塚先生の言葉に、ビールを口に付けたまま固まってしまう俺を見て、溜め息をつきながら平塚先生もビールを飲む。
「久し振りだが見ていれば分かるよ。一人で抱えるのは、止めたのだろ?」
....俺は総武校時代に由比ヶ浜に言われた言葉を思い出した。
【ヒッキー...もう一人でしょいこむのとかは無しね。あたしじゃ頼りないかもしれないけどさ...ほら!ゆきのんやいろはちゃんもいるし!だから...約束だよ?】
「......」
俺はあの日以来、雪ノ下や由比ヶ浜、それに一色に頼ることが多くなった。頼ったことで嫌になることは無く、むしろそれが本物とさえ思った。
「私では君の重みを軽くするのは無理かもしれない。でも自分一人で抱え込むよりは楽になるはずだ。なあ比企谷。お前はもっと他人を頼っても良いんだ」
「...すいません。勝手に大人になったつもりでいて大切な物を失うところでした」
俺は平塚先生に全て話した。城之内先生のこと、大門先生のこと。そして今日の手術のこと。
平塚先生は静かに聞いてくれ屋台の灯りに照らされながら夜は一層更けていく。
漢字の御指摘ありがとうございます。
昌▶晶修正しました。