機動戦士ガンダム虹の軌跡   作:シルヴァ・バレト

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彼女は見つけた。自分の居場所を。

彼女は再び知った。家族の大切さを。

そして、彼女は知った。人を愛するということを。

一年戦争の果てで見たその景色は、緑色の光に包まれた宇宙。

温もりが全てを抱いていた。まるで母親に抱かれているかのように。

これは、リナ・ハートライトの過去。

彼女が前に進むための物語。


外伝:Episode of Rina

 一年戦争と呼ばれる戦いが終わって、4日後のこと、やっと皆で休暇が取れるようになりました。もちろん地球に降りて!

 

 日にちは1ヶ月間。何をしようか、とか、胸がワクワクしてしまう自分が居る。

 

「えへへ…」

 

 誰も居ないことをいいことに、軽く笑ってしまう。

 

 悲しい顔してると、ムゲンが悲しんじゃうから…。

 

 なるべく笑顔で居ることにしたんだ。

 

 

 

「リナ。いるか?」

 

「あ、ムゲン!」

 

 格納庫で座っていたら、ムゲンが気づいて声をかけてくれた。

 

「ねね。今度さ、一緒に街に出かけない?」

 

「ん?あぁ。そうだな。たまにはいいかもしれんな」

 

「でしょでしょ!じゃあ行こうよ!」

 

「…ああ。いいよ」

 

「やったー!!!」

 

 思わず飛び跳ねてしまう。

 

「なんだ。随分嬉しいんだな」

 

「だってほら。その…初めてのデートじゃない?」

 

「…デートは俺が誘うべきだと思うんだがな。……まあいいか」

 

「えへへ。うれしいなあ…!」

 

「…んじゃ、それまでに資料片付けとくかな…」

 

「ムゲン、まだ終わってなかったの?」

 

 資料というのは、一年戦争で生き残った部隊に配られた、上層部から来た戦闘データの解析だということらしい。私には来なかったけどなぁ…。

 

「だってさぁ…。これ結構めんどうなんだよなぁ…」

 

「…私、やろうか?」

 

「いや、いいさ。俺がやるよ」

 

 こういうところを見ると、ムゲンって成長したなーって思う。それに比べて私は成長しているのだろうか…。……色んな意味で…。

 

「…そう?じゃあがんばってね!後でコーヒー持ってくから!」

 

「おっ!リナのコーヒーは美味しいからな!楽しみにしてるぜ!」

 

 最近、ムゲンが吹っ切れた気がする。何かと()()()ような…。悲しそうな雰囲気はまったく感じない。

 

 だから…余計に自分が置いていかれている気がするのだ…。

 

「……ムゲン…」

 

 呼んだ頃にはムゲンはもう居なくなっていた。

 

「…はぁ…」

 

 

 

 また…言えなかった。あの言葉。

 

 よくよく考えると、あの時言えれば良かったのに…。

 

『で、でもあれはムゲンがあんな事言うから…!…でも…』

 

 あの時、あのジムの中で、私はムゲンに「()()()」と、その一言を言う事ができなかった。

 

 何故か、そんな小さいことに今私はすごく後悔している。

 

「…はあ…」

 

「ん?どうしたぁ!リナ!!」

 

 ため息を吐いている私を見て、整備長である、トクナガさんが手拭いで自分の顔を拭いた後、近づいてきた。

 

「…トクナガさん…」

 

「リナ、どうした?お前らしくないじゃあないか」

 

「…私…言えないんです…。ムゲンに…」

 

「ムゲン…?ああ。あいつか…。あいつに好きだって言われたんだろう?ならよかったじゃねぇか」

 

「…違うんです…。私は…ムゲンに…あの人におかえりって…言えなかったんです」

 

 そんな私の真剣な話を聞いて、トクナガさんは優しく微笑みながら言った。

 

「…そんな小さいこと、あいつは気にしちゃあいない。…お前は昔っからかわらねぇなぁ」

 

 何かを思い出したかのように私の頭を撫でる。そういえば彼に長い間撫でられていなかった。

 

「…わ、わるかったですね…。私はなかなか立ち直れないんです!!」

 

「ったく…。そうだなあ。さりげなく、言ってみればいいじゃねえか。おかえりってさ」

 

「……う、うーん…」

 

「ったく…。ほんっと変わってねえな…。一人で考えるなって言ってるだろう?」

 

「で、でも…!だからトクナガさんに話してるんじゃあないですか!」

 

「残念、これじゃあ20点だ。まだ足りねえよ」

 

「…じゃあ…どうすればいいんですか…」

 

 私が膨れていると、彼は再び私の頭を撫でながら言った。

 

「…そうさな。あいつと一緒に居ればいい。そんだけで見えてくることもある。今度、出かけてくるんだろう?」

 

「な、何でそれを…!!!」

 

「ふっ…格納庫で話してたら嫌でも聞こえちまうよ。ったく、若いってのは良いもんだな」

 

「…そうですかね…」

 

「いいことだと思うぜ?喧嘩しても、何かあっても、大抵は時間が解決してくれんだ。だから、待ってみるってのも大切だぜ?」

 

 彼は私に向かってニッっと笑った後立ち上がり、言った。

 

「んじゃ、道夜の機体でも整備してくるかぁ!んじゃあ、リナ。お前はのんびり休暇を楽しんでおけよ!」

 

 そう言って歩いていった。

 

 

 

「……あ、ムゲンにコーヒー淹れてあげなきゃ…」

 

 私は立ち上がり、食堂へ向かう。

 

 食堂内には、最近補充された新兵に、道夜さんが何か話しているようだった。

 

 私は迷惑にならないように、コーヒーを淹れる準備をする。

 

「……はぁ…」

 

「…どうした?珍しく暗いな」

 

「うわっ!!!」

 

 ぼっーっとしていたせいか、道夜さんが隣に居ることを気づかずに驚いてしまう。

 

「……す、すまん。驚かすつもりは無かった」

 

「い、いえ…その…すいません…」

 

「……俺が言うことじゃあないが、お前、よく謝るよな」

 

「あ…そうですね。すいません…」

 

「…ほら、また言った」

 

「あ…。はあ……」

 

「どうした…?悩んでいるみたいだが…。よかったら聞くぞ?」

 

 道夜さんなら心配ないと思った私は、口を開く。

 

「……私…ムゲンに置いて行かれている気がするんです」

 

「…あいつはいつもお前を考えてると思うが?」

 

「そうじゃないんです。彼は、あの戦いから帰ってきて、とっても成長していた。なのに私は……」

 

 自分で言いながら俯いてしまう。ああ…。本当にダメだな…私。

 

「……成長してないって思うのか…?」

 

「…はい…」

 

 少し考えた後、道夜さんは言った。

 

「…それは違うな」

 

「え…?」

 

「自分では気づかない所が成長しているときもある。そいつは、目に見えないものであろうとな」

 

「…自分では…気づかない…」

 

「ああ。お前が考えるほど、お前とムゲンの距離は離れちゃ居ない。むしろ、そうやって自分を閉じ込めたら本当に距離が離れてしまうぞ?」

 

「……でも…どうすれば…」

 

 道夜は、ふっと笑った後、呟く。

 

「そうだな…。ムゲンと一緒に居れば、分かるんじゃあないか?それに、あいつ未だに資料片付けられてないみたいだしな。お前が見守ってやれよ」

 

「……そ、そうですね…分かりました…」

 

 私は、二つのコーヒーカップを持って、食堂を後にした。

 

 

 

 ムゲンの部屋の前に立ち、一息吐いた後、扉をノックする。

 

「…ムゲン。入るよ」

 

 そう言って扉を開ける。見ると、彼は必死に資料と格闘していた。

 

「……すまないリナ、ちょっと座ってて待っててくれ。少ししたら一息入れる」

 

「あ、うん。コーヒー置いておくね」

 

 私は机にムゲン用のコーヒーを置いた後、ベッドを背に、座ってムゲンを見つめる。

 

「……」

 

『…こうやって、必死に頑張ってる…。か、カッコいい…』

 

 そんな風に彼を見つめていると、それに気づいたムゲンは言った。

 

「どうした?俺に何かついてるか?」

 

「…ううん。大丈夫だよ。頑張って!」

 

「……?」

 

 そしてまた資料に没頭するムゲン。これじゃあ来た意味がないと、少し思ってしまう。

 

 でも、道夜さんとトクナガさんの言葉を思い出す。

 

『一緒に居れば、分かることがある』

 

 

 

 それから30分くらい経ったと思う。

 

 ムゲンはふぅっと息を吐いて、私に向き直る。

 

「待たせたな。ちょっと一息入れるかな」

 

 そう言って彼は、コーヒーを少しずつ口に運ぶ。

 

「…うん。うまいな!流石リナだ!」

 

 こんなことをほめられても、正直あまり嬉しい気持ちにはならなかった。もっと、他の所を見て欲しい。そう願っている自分がいた。

 

「………」

 

「…ん?どうした、リナ」

 

「えっ…!?あ、いや、なんでもない。えへへ…嬉しいな。ムゲンにそう言ってもらえると嬉しいよ」

 

「……どうした。さっきから。調子でも悪いか?熱あるのか?」

 

 彼が私の額に触れる。

 

「…!!だ、大丈夫だから!!!」

 

 私は思わず、彼の手を払ってしまった。

 

「……!」

 

「あ……。ごめん…。大丈夫?」

 

「…ん?あぁ。こんくらいなら大丈夫だ。ごめんな。急に触って」

 

「……私…やっぱおかしいのかな…」

 

「え…?」

 

「ずっとさ、ムゲンに褒めてもらいたくて、仕方ないのに、ムゲンの役に立ててることといえば、コーヒー淹れるくらい…」

 

「……」

 

「これしか役に立てない…。私は…ダメだなぁ…。ね?ムゲン」

 

 もう正直、自分が嫌で仕方なかった。いつの間にか自分の目から涙がボロボロ落ちていく。

 

「お前はそんなこと考えてたのか?」

 

「……え?」

 

「お前が居たから強くなろうと思った。お前がいたから、人の暖かさを知った。こんなに俺を愛してくれる人が居るということ」

 

「……」

 

「それを知ってる。お前が思ってるほど、お前はひどくなんか無いんだよ?笑いなよ。リナ。お前が笑ってくれないと、俺も悲しくなるんだ…」

 

「…ムゲン…」

 

 ふと、何かを思い出したかのように、ムゲンは呟いた。

 

「…そういや、リナの過去をあまり詳しく聞いたこと無かったな」

 

「……」

 

 少し心が苦しくなる。思い出したくも無い記憶だったから。

 

「あ…わ、わるい…。いいんだ、忘れて…」

 

「ううん。ムゲンが知りたいなら…私、教えるよ」

 

「…む、無理しないで良いんだぞ?辛かったらやめていいからな?」

 

 私は彼に頷いた後、過去の記憶を探り始めた。

 

 

 

 あれからもう一年になるんだなと、思い出す。

 

 丁度このくらいの時期、私が15才の誕生日を迎えた今日。父がブリティッシュ作戦で亡くなった。

 

 死因は機体の整備不良で機体が戦闘中に爆散したらしい。当時の私はそんなことも知りもせず、ただ手で顔を覆う母に聞くだけだった。

 

「お母さん。どうしてそんなに泣いてるの?」

 

「……うぅっ…!嘘よ…!!」

 

 

 

 それからです。母は、体を壊し、寝たきりになってしまった。

 

「お母さん。薬買ってきたよー!今日は少しだけど、食べ物も買えたんだ!一緒に食べよう?」

 

「……」

 

 母は、何一つ喋らなかった。喋れなかったというのが正しいのかもしれない。

 

 父を失った悲しみで、母は、自分の喉を斬って自殺しようとした。

 

 見つけたのが早かったおかげで、何とか一命を取り留めたが、声帯を失ってしまい、喋ることは出来なくなった。さらに、精神的な障害も患ってしまう。

 

「……」

 

 だが、その時私は、何も苦労はしなかった。母の言いたいこと、なんとなく分かったから。

 

 たまにとても悲しい顔をするときは、私に対しての謝罪。そんな感じのことが伝わってくる。

 

 嬉しいときは、かすかに唇が動く。

 

 そんな感じで、母との会話は、なんとか成り立っていた。

 

「えへへ…。お母さん。私達二人で頑張って生きようね!」

 

 そう言って母の膝に頭を乗せると、母は私の頭をゆっくりと撫でてくれる。

 

「……」

 

 その時だけは、どんな気持ちで私を撫でているのか、最後までわからなかった。

 

「……おかあ…さん…」

 

 いつの間にか私は、母の膝で眠っていた。

 

 あの時考えると、そんな小さな時間が一番幸せだったんだなって思った。貧しいけど、それでも家族がいたから。

 

 

 

「~♪」

 

 いつものお気に入りの歌を口ずさみながら、街を歩く私。

 

 歌を歌っているときは、全てを忘れられた。母が病気という事、街の人たちからの冷たい視線。

 

 ここの街は嫌いじゃない。けれど、母が病気になってから、彼らの視線は変わっていった。

 

 私を哀れむような、見下すような視線。それでも負けなかったのは、母がいたからかもしれない。

 

「あいつ、また何か歌ってるぜ」

 

「やめとけよ。()()()なんだろ。気持ち悪いな」

 

「ほっとこうぜー」

 

 そんな言葉でさえ、歌は全てをかき消してくれた。私は声がかれるまで歌った。

 

 

 

「……リナ…」

 

「…大丈夫。まだ泣かない…」

 

 私は、そう言いながら、涙を拭き、続けた。

 

 

 

 その街で唯一優しくしてくれる人が居た。

 

 その人は、今は私達の戦艦で整備長をしてるトクナガと言う人。彼は、私と母のために尽くしてくれて、私を娘のように扱ってくれた人でもあった。

 

「おっ!おかえり、リナ!」

 

 トクナガさんは家に帰った私を優しく招き入れてくれた。

 

「…トクナガさん…。いつもすみません」

 

 私はトクナガさんに深々とお辞儀した。

 

「んなこたぁいいんだ。困ってるんだから助けるのは当然だろう?」

 

「…でも、なんとお礼を言えば…」

 

「気にすんなって!お前のお袋さんには世話になったからなあ。こうやって手伝いできるだけでもうれしいのさぁ」

 

 そう言ってガハハっと声を上げて笑うトクナガさん。私も…笑えたらな…。

 

「いいか、リナ。お前は一人じゃあないんだ。お袋さんがいる。いざとなったら、俺だって居るんだ。一人で悩むんじゃない」

 

 そう私の心を見透かすように彼は言った。

 

「……はい。努力…してみます」

 

「それでいいのさぁ。さ、俺は帰るかな。じゃあまた」

 

 そう言って立ち上がり、家から出て行った。

 

「……一人で…悩むな…か」

 

 努力しようとした。それでも、手を差し伸べてくれる人は数多く居なかったためか、数日後には、彼の言葉は頭から消え去っていた。

 

 

 

 悲劇は突然やってくる。望みもしなかった。けれど、心のどこかでそれを望んでいたのかもしれない。だから…。

 

「…~♪…」

 

 今日も私は自分の好きな歌を口ずさんでいた。いつも悲しいときは、この歌を歌って自分を励ましている。

 

 きっと、歌を歌えなかったなら、私はとっくの昔に壊れていたと思う。

 

「……。かえろ…」

 

 私は小さく呟きながら、立ち上がって歩き出した。

 

 

 

 街を歩きながら見渡す。こうやってじっくりと街を見渡すのは、初めてかもしれない。

 

「おい。あれ見ろよ」

 

「うわ…。()()だ」

 

「……」

 

 面倒な人たちに絡まれたな。私はそう思った。私はただその言葉を無視して、家に向かって歩く。

 

 

 

「あらあの子…」

 

「やだねぇ…。あんな見た目しちゃって。病気持ってるわよきっと」

 

「関わらないでおきましょう。うちの子供に移っちゃうから」

 

「……」

 

 ただ耐える。苦しかった。それでも歩みを止めない。

 

 

 

「おい。あれ、()()()じゃねえか」

 

「うわ。仕事場の近く通るとか。運悪いなあ…。この仕事失敗するんじゃねえか?」

 

「ははは!ありえる!!」

 

「……」

 

 唇を強くかみ締める。血が出るかもしれないほど。

 

「おい。お前らぁ!!!!」

 

「ひっ!お、親方!?」

 

「何サボってんだよ!!あのガキが病原体だかなんだか知らねえけどよ、さっさと仕事しやがれ!!!」

 

 声で気づいた。トクナガさんが助けてくれたんだって。

 

 彼らの言葉が反響する。そのたびに私の歩く早さが上がっていく。

 

 泣きたくても、涙が出てこない。辛いのに、苦しいのに。

 

「……はぁ…。はぁ…」

 

 

 

 家の前に着く。扉を開けようとしたときだった。

 

「てめぇ…!金を出せって言ってるだろ!!!」

 

 部屋から男の声がする。私は扉を開けるのを躊躇った。

 

「……そんなに死にてぇか!!!良いだろう。殺してやる!!!」

 

【殺す】。その言葉が、私を駆り立てる。私は扉を開け、叫んだ。

 

「お母さん!!!!」

 

 ……遅かった。母は既に男に刺されていた。しかし、まだ生きている。

 

「ちっ…!こんだけだが、帰るか…」

 

 そう言って男は走って家を出て行った。

 

「お母さん!!!」

 

 私は母を抱き上げる。

 

「……」

 

 母はとても悲しそうな目で私を見つめる。きっとこう言っているのだろう。

 

 〔ごめんね。リナ〕

 

「…ううん。今治療するから…!」

 

 そう言って母を下ろそうとする。しかし、それを母の手が止めた。

 

 そして、私を強い目で見つめた。母の言葉は理解できた。だから、余計辛かった。

 

 〔…ごめんね。リナ…。もう、()()だよ。あなたが悲しむのも…見たくない。だから……だから私を…〕

 

 これ以上そんな目で物を伝えないで欲しかった。分かっていた。だから…聞きたくなかった。

 

「出来ない…。私には出来ないよ…!」

 

 母は震える手で私を撫でてくれた。そして、いつもの優しい目で訴えてくる。

 

 〔あなたはもう、私にとらわれて生きていかなくていい。あなたの好きなように生きればいいんだよ〕

 

 〔お母さんは、あなたが幸せなら、それでいい。…分かっていた。私がこうなったせいで、周囲から(けな)されているんでしょう?〕

 

 私はただ首を横に振る。

 

「そ、そんなこと無い!私は…お母さんと一緒に居れるならそれでいい…!!」

 

 〔…私があなたに迷惑をかけた。でも、最後のお願い。どうか、幸せに生きて欲しい。そして、私との縁を断ち切って進んで欲しい〕

 

「…私は…出来ない…!そんなことできるわけ…ないよ…」

 

 それでも母は、物凄い力で私の手を離さない。

 

 〔本当にわがままだけど、あなたの手で()()()()()欲しい〕

 

 苦しかった。いつか来ると思っていたから余計に。

 

 母は、私の手を、お腹に刺さったナイフを握らせる。

 

「……!」

 

 母は頷いた。優しい顔で。

 

「……うっ…うぅ…!わ、私は…!!」

 

 〔ごめんね…〕

 

 母はただ謝ってばかりだった。そんな姿を見続けることは…もう出来ない。私は覚悟を決めた。

 

「…お母さん。今まで…ありがとう…」

 

 私は…その手に握られたナイフを……引き抜いた。

 

 母から大量の血が吹き出る。

 

 そして、母の目から輝きが消えた。

 

「……」

 

 母は死んだ。ただ、ごめんと謝って。

 

「……うっ…うぅ…!!!」

 

 堪え切れなかった。そんな気持ちが声となって、涙となって流れていく。

 

 手に持ったナイフが力なく床に落ちる。

 

「…うぅ…くっ…ひっく…!!!」

 

「リナ!お前…!!!」

 

 トクナガさんの声が聞こえる。だが、そんなこと、どうでもよかった。

 

「……リナ…」

 

 彼の手が私を優しく包み込む。

 

「…!」

 

「辛かったな…。お前はずっと泣かなかった。苦しかっただろう。泣いていいんだ。いくらでも」

 

「……うっ…うぅ…うわああああぁああああああん!!」

 

 苦しかった。辛かった。母が死んだこと、今までずっと(さげす)まされてきたこと、全部、全部…。本当は辛かった。何もかもが。

 

「よしよし。お前は本当によくがんばった。今まで。だから、今は泣いていい」

 

 その日から、私の全ては変わった。強くなろうと。

 

 

 

「……うぅ…!!!」

 

「リナ。もう良いんだ。苦しいなら話さないでいい。無理には聞かないから」

 

「……ううん。私…ムゲンに何も知ってもらってないから…。だから、知ってほしい。…けど」

 

「ん?」

 

「手…握ってて。それだけでいいから…」

 

 彼は優しく微笑み、私の隣に座って、手を握ってくれた。

 

「……ありがと…」

 

 

 

 後日、私はトクナガさんの下で連邦軍の整備兵として働くことになった。その部隊は、常に最前線で働く人たちが沢山居るとか。

 

「リナ。どうだ?」

 

「あ、はい!大体分かってきました!」

 

「そうかそうか。ならいいけどよ」

 

「この仕事で、私分かったんです」

 

「何をだ?」

 

「私の整備で生きて帰ってきてくれる人たちがいる。それってすっごく幸せなことなんですね!」

 

「……そうだな…」

 

 そんな彼の顔は、少し暗かった気がした。

 

「…じゃあ、俺は別の機体の整備してくっからよ」

 

「あ、はい!!」

 

 彼は軽く手を上げ、歩いていった。

 

「……がんばろ…」

 

 仕事が母を失ったこと、自分が殺めたことを忘れさせてくれた。

 

「おっ!リナちゃーん!」

 

 ここにきてから、私の周りに、自然と人が集まってくるようになった。いい事なんだろうけど、あまり嬉しくない。

 

「あ、どうも!」

 

「いっつも整備ありがとねー!この後の作戦も頑張れそうだ!!」

 

「頑張ってくださいね!」

 

「おうよ!!リナちゃんに応援されちゃったし、頑張るかあ!!」

 

 兵士の人は、とても嬉しそうに去っていった。

 

 ……猫を被るつもりは無い。ただ、やはりあまり嬉しくない。

 

 あの人たちに出会うまでは…。

 

 

 

 その部隊と言っても、人数が沢山いて、誰が誰だか分からないときもあった。それでも、一際分かりやすい人たちがいた。

 

 部隊長のファングさん。こんな私でも、家族って言ってくれた人。

 

 

 

「お、最近頑張ってるって言う整備兵だったな!名前は…リナ・ハートライトだったっけ?」

 

 赤髪の少年が声をかけてくれる。

 

「あ、はい…そうですけど…」

 

「俺はファング!こんな若いけど、一応この部隊の長をやってる!よろしくな!」

 

「あ…はい…よろしくお願いします…」

 

「いいか?リナ。この部隊に入ったからには、一つだけ命令を聞いて欲しい」

 

「え…えっと…なんでしょうか」

 

 軽く身構えてしまう私。いったいどんな命令だろうか。

 

「俺達は家族だ!一人で悩もうとしないで、皆に相談しろ。それだけ守ればいい」

 

【家族】…。そんな言葉が頭の中で反響する。

 

「……」

 

「ん?どうした?」

 

「あ、えっと、…頑張ってみます!」

 

「…それでいいさ。んじゃあ、仕事頑張ってくれよ!」

 

 そう言って、彼は、走っていった。

 

「家族…か…」

 

 

 

 すっごく暗いけど、仲間想いの道夜さん。彼は、ときたまに私の悩みを黙って聞いてくれる。

 

 お菓子が大好きで、いつも何を考えてるか分からないけど、実は結構優しいユーリさん。お菓子の話でよく話し合ったりしてる。

 

「ねえ道夜ー。このケーキ、新商品なんですよー!ねえねえ買っ…」

 

「駄目だ」

 

「えー!何でですかー!いいじゃないですかー!!」

 

「今は金が無いんだ」

 

「じゃあお金があれば買ってくれると…?」

 

「いや。…そうは言ってない」

 

「ふーん…。いいですよぉ?道夜のあること無いこと言いふらしますからね!」

 

「ちょっ!お、お前なあ…!!」

 

 彼らが暴れているのを横目に、私は彼女の持っていたチラシを見た。そこには、新発売チョコクリームケーキと、大きく書いてあった。

 

「……美味しそう…だなあ…」

 

「…ん?」

 

「あ、分かります?美味しそうですよねー」

 

 そう言って彼をチラッと見る。彼はため息をついた後

 

「…分かった。今度買ってやるから…。まったく…」

 

「あの…あなた達は…?」

 

「私はユーリって言います。それで、この横のATMは…」

 

「誰がATMだ…。八雲道夜だ。よろしく、リナ・ハートライト」

 

「…な、なんで私の名前…」

 

「…一応整備してもらっているからな。いつも助かっている。特にお前の整備は、しっかりと機体の内部まで整備されていて、使うこっちまで気持ちがいい」

 

「そうですね。確かにたまにすっごい使いやすいときがあるけど、それってリナが整備してくれてるからですかね」

 

「き、気のせいですよ!整備の仕方は皆同じですし…」

 

 私は慌てて謙遜した。あまり褒められるのには慣れていない。

 

「…そうか…。まあでも、助かっている」

 

「道夜は固いですねー!あ、これ、良かったら食べます?」

 

 そう言ってユーリさんはチョコレートを渡してくれた。

 

 そして、その後も、小さな話題で私達3人は盛り上がった。

 

 

 

 それから、最近入隊してきて、仲間のことを第一に想うムゲンさん。まだ話したことは無いけれど、私の整備したジムを()()()使()()()()()()()人。それでも、彼に惹かれるのは何故だろう。

 

「リナ。このジムの整備、頼むぞ!」

 

 それは、ある作戦の後の事だった。初陣から機体を破損させた人が居たと聞いたけれど、破損したジムは、少し悲しそうで、それでも凛と強くたたずんでいる。

 

「は、はい!……ジム…大丈夫?」

 

 私は、機体の整備を始める。そして、整備しているうちに、この機体の乗り手がどんなものを使ったかが良く分かるようになった。

 

「この人…マシンガン使ってない…」

 

 ボロボロなシールド、やや擦れたり、傷がついたサーベルとは別に、新品同様のマシンガンが腰にラッチされていた。

 

「それに、随分使い方…荒いんだなぁ…」

 

 コックピット内を見て分かる、各種ボタンも少し破損しているし。

 

 けれど…。だからこそ、この乗り手が怪我しないように、より強く、使いやすく、そして、頑丈にするために、私は少し手を加えることにした。

 

「…ビームサーベル…この人の持ち味は、格闘なんだ…」

 

 一戦のうちにここまで使い込まれたようになるのは、よほど辛い戦いをしたのだろう。そして、この武装を強く頼ったのだろうと理解できる。

 

「なら、この柄にエネルギーパックをつけれるようにして、それで、リロード式にすれば、出力も無制限に上げられる…!これだ!」

 

 私はさっそく、サーベルの改良を始めた。それを考えるうちにどんどん引き込まれていく。彼の動き、彼の戦闘全てに。

 

「…できた…!」

 

 そうして、5時間後、やっとジムの修復が完了し、新品同様に戻っている。

 

「…この乗り手に見せてみようかな…」

 

 私は、トクナガさんに、このジムの乗り手を聞いて、その部屋まで行く。

 

 

 

「…あれ…ドア、開いてる…」

 

 なんて無用心な人なんだろう。私は部屋に入って周りを見渡す。

 

 その人はベッドで眠りについていた。

 

 私は、少し緊張しながらも、彼の肩をゆすり、声をかける。

 

「…ムゲンさん!!」

 

 すると、彼は眠い目を擦りながら、起き上がる。

 

 短髪の黒髪。前髪が少しだけ長い感じ。

 

 顔は……クラスの優等生っぽい顔。意外と私の好みだった。

 

「どうしたんですか?」

 

 言いたいことを忘れたかのように、私は言葉を返すのを躊躇った。だが、その後

 

「その…あの…ムゲンさんのジムなんですけど…修理…のついでで、改良したのですが…見てくれませんか?」

 

「え…?改良…?」

 

「はい。ムゲンさんのための機体に改良してみたんです」

 

 すると、彼は少し考えた後、私に笑顔で言った。

 

「そっか。じゃあ見に行こう!」

 

 彼は立ち上がり、私と共に部屋を後にした。

 

 

 

 私は先に立ち、機体のところへ彼を案内する。

 

 すると、彼はジムを見るなり、すごく嬉しそうな顔をしていた。良かった。

 

「どうです?しっかり直ってますけど…」

 

「ありがとうございます。でも…改良したと言われても…あまり見た目が…」

 

 その言葉を聞いた私はふっふっふと笑った後、言った。

 

「それは、戦場に出て初めて変わったって思えるはずですよ!」

 

 若干怪しい目で見られたが、実際に戦ってみれば分かる。彼なら理解してくれると思った。

 

「そういえばムゲンさん。さっきミデアのほうでファングさんが招集をかけていましたよ。行ってみてはどうですか?」

 

「…ミデア…?」

 

 その反応に私は少し戸惑った。けど、私は彼に優しく言った。

 

「えっと、ミデアって言うのは、MSを輸送したり、物資を輸送するための戦術輸送機なんです。そこには、生活するだけのスペースもありますし、結構快適なんですよ?」

 

「…そうなんですか…。とりあえず、そこに行けばいいんですね?」

 

「はい!そこでファングさんが待ってるはずですよ!」

 

「分かりました。じゃあ向かってみます」

 

 そう言って、彼は私にお礼を言った後、走って格納庫から出て行った。

 

 

 

「…ムゲンって、最初はミデアがなんだかも分からなかったもんね」

 

 私が笑うと、彼は恥ずかしそうに言った。

 

「仕方ないだろ?分からないもんは分からなかったんだからさ」

 

「…そうだね。やっぱムゲンは面白いなあ」

 

「な、なんだそれ」

 

「なんでもないよ」

 

 こんな暮らしが出来るのが、やっぱり一番なんだって思う。

 

「そ、そういえば…、リナが俺専属の整備兵にさせてくれって言われたのには驚いたなあ」

 

「あ、あれさ…実は…」

 

 

 

「あの…少し一緒にお話しませんか…?」

 

「あぁ、いいですよ、でもここで話すのもなんだね…」

 

「あ、じゃあムゲンさんのジムのところでどうでしょうか…」

 

「え…あぁまぁいいよ、じゃあそこで話そう」

 

「はい!」

 

 彼と格納庫へ向かう間も話をした。ほとんど質問ばかりしてしまったけど、大丈夫だろうか…。とか、心配していたりした。

 

 話していくうちに、彼のことを知り、次第にどんどん知りたくなっていった。戦闘のことだけじゃなく、彼自身のことを。

 

 だからこそなのかもしれない。

 

「あ、あの…ムゲンさん…」

 

「な、なんですか…?」

 

 彼は、驚きながらこちらを見た。

 

「わ、私…あの戦闘でムゲンさんが助かってよかったって、本当に思ってるんです…」

 

「え…?あ、あぁ…うん、あの時はリナさんがいなかったら俺はたぶん…だから、とても感謝してるよ。ありがとう…リナさん」

 

「いえ、それで…ですね…お願いしたいことがあるんです」

 

「お願い…?」

 

 あの時私の顔は、きっと真っ赤だっただろう。

 

「ムゲンさん専属の整備兵にならせてください!」

 

「え…?」

 

 しばらくの沈黙が続く。そして、彼は私に微笑みながら言ってくれた。

 

「俺専属の整備兵になったら、修理はほぼ毎日だと思うけど、それでもいいなら…」

 

 OKしてくれたとき、私はそれはもう飛び跳ねるくらい喜んだ。

 

「本当ですか!?やったぁ!!!ずっと…夢だったんです、専属の整備兵になるのが…」

 

 それは実際、口実でしかなかった。本当は、もっと彼が知りたかったから言った出任せみたいなもの。

 

「そうだったんだ…でも、喜んでもらえて嬉しいよ」

 

 すると、彼はまた、私に微笑んでくれた。きっと私は、この笑顔が好きになってしまったのだろう。

 

 彼を知っていき、そして、別れたくないと強く願った。

 

 それが目に見えて分かるくらい出てきたのは、ムゲンが研究所へ連れて行かれた後だった。

 

 

 

「……ムゲンが……」

 

 だんだんと遠ざかっていく輸送機。その中にムゲンがいる。もう手を伸ばしても届くことは無い。

 

 私はその場に崩れ落ちた。思い出したくない記憶、それとこれとが混ざり合って、何も考えられない。何も考えたくなかった。

 

「くっ…!!うぅ…!!!」

 

「リナ!!っておい!どうした!リナ!!!」

 

 トクナガさんが私の肩を揺らす。それでさえ、どうとも思わなかった。ただ苦しくて、辛い。

 

「おい!こっちに来てくれ!!リナを医務室まで運ぶぞ!!!」

 

 

 

 それから、あまり記憶が無い。けれど、眠っている時、不思議な夢を見た。

 

 とても暗くて、寒い、そして私以外誰もいない世界に私は立っていた。

 

 どこを見ても、どこを歩いても、どんなに手を伸ばしても、その暗闇が晴れることは無かった。

 

 私は絶望した。どんなに足掻いても、過去の記憶や、失ったものは取り戻せない。

 

 そんな私に、ふと手が差し伸べられる。見ると、その主はもう会えないはずのムゲン。

 

 現実で会うことが出来なくなった私を追い詰めるためなのだろうか。ムゲンは優しい笑みで私が彼の手を握るのを待っている。

 

『……夢でも…いい…。もう一度…あなたと話したい』

 

 強く願った。そして、彼の手を握った瞬間。

 

 周りが光で満ちていき、次に目を開くと、そこには沢山の綺麗な花が咲いた花園に立っていた。

 

『…リナ』

 

 それはとても懐かしい彼の声だった。ずっと会いたくて、離れたくなかった彼の前だけなら、本当の自分でいることが出来た、そんな彼の声が…。

 

『…ムゲン…会いたかった…』

 

 ムゲンは目を伏せ、そして、静かに口を開く。

 

『……俺は…もうお前とは会えないかもしれない』

 

『な、何でそんなこと言うの…!?やっと会えたのに…!』

 

『…これは夢なんだ。お前が辛すぎて、心を閉ざした。そんな夢の中』

 

『それでもいい!私はムゲンと一緒にいれるなら、どんな世界でも!!!』

 

『…その気持ちは嬉しい。けど、それ以上にやってほしいことがある』

 

『え…?』

 

『確かにもう会えないかも知れない。それでも、互いに信じ続ければ、きっとそれは叶う気がするんだ。また会えるって…信じれば』

 

『……』

 

「だから…。リナは、リナの仕事を全うするんだ。そうすれば…きっと会える」

 

『ムゲン……!』

 

『……しばらくはお別れだけど、ちゃんと心を閉ざさず、前を見つめるんだ。目の前に俺がいなくても、リナの心の中に俺はずっといるよ』

 

 そう言って微笑んだ彼の言葉には、嘘のような感情は込められていなかった。なら、ちょっとくらいだまされても…いいよね。

 

『……うん。また…ここで会おうね』

 

『…ああ。約束だ。きっと、次に会うときは、夢の中じゃなく、現実の世界で』

 

 そうして、その世界がぼやけていく。次第に意識がはっきりし始めて、目を開く。

 

 

 

「……リナ…」

 

「ムゲン、あの時夢にムゲンが出てこなかったら、きっとピクシーを造ろうって気も起きなかったと思う」

 

「お前に、辛い思いをさせちまったんだな…。すまなかった」

 

「ううん。ムゲンが悪いんじゃない。あれは仕方が無かったんだよ」

 

「だが……」

 

「だからね…。これからは、もう離れないでね…」

 

「…お、おう。もちろんだ…!」

 

「それでさ、ムゲンとあの日、あんな再会をするなんて思わなかったよ」

 

「……ペイルライダーの時の事か」

 

「うん。正直、ムゲンに攻撃しちゃったこと、かなり後悔してるんだ」

 

「あれは最悪お前が死んでた。俺だって、リナを攻撃したこと、後悔してる」

 

 忘れもしない。あんな、辛い再会をすることは、これ以降絶対に無いと思う。

 

 

 

[…黙れ…黙れえええ!!!!]

 

 その叫び声で、全員の動きが止まる。もちろん私も…。

 

[その声、もしかしてその蒼い機体に乗ってるのはムゲン…お前さんなのか!?]

 

 トラヴィスさんが蒼いジムに声をかける。すると案の定の言葉が返ってくる。

 

[…そう…だ…]

 

 理解はしたくなかった。それでも、彼は今ここにいる全員の敵として立ちはだかっている。

 

 こんな再会を求めてなかった。それなのに…。

 

 私は黙っていられず、彼に叫ぶ。

 

「…ムゲン!!ムゲンなんでしょ!?何で攻撃してくるの!?」

 

 そしてその言葉は冷たい言葉であしらわれた。

 

[何故…それは、戦いでなきゃ満たされないからだ!!!]

 

[そして!俺はコイツで全てを執行すると決めた…!]

 

 前のムゲンでは有り得ない言葉。もう私はどうすれば良いか分からない。

 

「そ、そんな…!ムゲン…嘘だよね…」

 

 これは、神の悪戯なのだろうか。それにしてはひどすぎる。

 

「…私は…もう戦えない…!」

 

 蒼いジムが斬りかかってくる。私は死を覚悟した。

 

[やらせない!!!]

 

 私と彼との間にリッパーさんのピクシーが割って入ったおかげで、私はなんとか助かることが出来た。

 

[リナ!!下がれ…!!!]

 

 道夜さんの声が響く。私は、震える手を抑えながら、機体を後退させる。

 

「もう……嫌…!!」

 

 

 

 そして、再会の時。ムゲンが蒼い機体から降りようとする。

 

 私は、ただ無我夢中でムゲンに手を伸ばした。そして、彼をゆっくりと手で捕らえる。

 

 急いでコックピットハッチを開き、ムゲンを引きずりながら機体の中に入る。

 

「ムゲン!!!会いたかった…ずっと…ずっと…!」

 

「リナ…」

 

 彼の声は、とても疲れていて、そして、元気が無かった。どうしてもっと早く助けてあげられなかったんだろう…。

 

 私は彼を強く抱きしめる。もう二度と離れたくなかったから…。

 

「…痛い…よ…」

 

 彼は私に少しだけ微笑んでくれた。

 

「あ…ごめん…」

 

 私は抱きしめる力を緩める。

 

 やっと彼と再会できたのに…。

 

 

 

「リナ…逃げろ…!きっと帰るから…!」

 

 こんな状況ですら私を庇ってムゲンは傷ついた。そしてこの言葉。もう二度と離れたくない。

 

 だから必死に抱きついた。

 

「言うことを聞いてくれ!!!頼む…早くコックピットから降りて逃げるんだ!!!!」

 

 彼は必死だった。私を傷つけないために。それでも離れたくは無かった。でも…駄目だった。それをしてはいけないと思った。

 

「…分かった…絶対帰ってきてね…」

 

 だから私は涙を堪えて彼を見送った。

 

 その後は、ファングさんに回収され、それから数日間は泣き続けてた。

 

 

 

「……そう…だったな」

 

「…ムゲンはいっつも私を助けてくれるけど、でも、いつもその後どこか行っちゃうよね」

 

「そういえばそうだな。でも、望んでやってるわけじゃない」

 

「……でも…さ。それでもちゃんと帰ってきてくれるよね」

 

「……かも…な」

 

「この前だって、やっと全部戻ってきたもんね。記憶も、あなた自身も」

 

「…ああ。やっと帰ってこれた。記憶と一緒に」

 

 そんなムゲンの顔は晴れ晴れとしていて、落ち着いていた。

 

「……それからは、トラヴィスさんの所で世話になった後、少しジオンにも行った」

 

「…そっか。大変だったね。何もされなかった?」

 

「何にもされなかったさ。いい奴ばかりだった。…グレイも含めて…ね」

 

「……」

 

 ムゲンは天井を見上げながら呟く。

 

「…そういや、ごめんな。お前の大事なピクシー……」

 

「ミラージュのこと?…全然気にしてないよ。それよりも、ムゲンが生きててくれてよかった」

 

「…そういえば、なんでリナは俺の機体が壊れたの、知ってたの?」

 

「え…?」

 

「それに、俺は助けを呼んだ覚えも無かったしなぁ」

 

「…え、えっと…それよりさ!ムゲンは、あの光…見た?」

 

「…あぁ…。ピクシーの爆発と共に緑色の光が溢れ出してた。皆見えてたのだろうか」

 

「どうだろう。でも、私は見えたよ。とっても暖かかった」

 

「…ああ。すごく優しい暖かさを持ってた。きっと……。いや、なんでもない」

 

「…さて、資料でも片付けるか…。わるいな。少し仕事するぞ」

 

 そう言って私の隣から立ち上がり、資料の前に座る。

 

「…うん。頑張って」

 

 それから5時間くらい経って、やっとムゲンの資料は全て片付いた。

 

 

 

「はぁーっ…終わったー!!」

 

「お疲れ様!ムゲン、よく頑張ったね!」

 

「…さて…部屋まで送るよ」

 

 彼は立ち上がる。自分の腕時計の時間を確認すると、もう夜中の1時を回っていた。

 

「どうした?リナ」

 

「…ごめん…。もう、動きたくないな…」

 

 私は、床に寝転ぶ。

 

「…ったく。…ベッド使えよ。体痛くなるぞ」

 

「ムゲンが使いなよ。自分の部屋なんだし。気にしないでいいよ」

 

「……ったく。よっと…!」

 

「へっ…?!ム、ムゲン!?」

 

 私はムゲンに抱き上げられる。そして、ベッドに寝かしてくれる。

 

「……いいの?」

 

「良いって言ってるだろ?俺は床で寝ることくらい慣れてるからな」

 

 彼は、こうやって私に優しくしてくれるけど、そうじゃない。私が望んでいるのは…。

 

「…ムゲン。眠れないよ…」

 

 そう言うと、ムゲンは優しく微笑んで言った。

 

「……ああ。わかった。よしよし。俺が撫でてやるよ」

 

 そう言って私の頭を撫でてくれる。

 

「…うん。ありがと…。でもね……一緒に寝たいな…。なんて」

 

 流石のムゲンも驚いた。そして、少しの沈黙が続いた後、呟いた。

 

「…ったく…。じゃあお前が寝るまでだからな」

 

「……!いいの…?」

 

「いいよ。ちょっと狭いけど、我慢してくれよ」

 

「うん!狭くても良いよ」

 

 ムゲンが隣で添い寝してくれている。私は、今とても幸せなんだって。そう思えた。

 

「…ムゲン……。おやすみ」

 

 私は目をつぶる。そして、幸せな気持ちのまま、まどろみに落ちていった。

 

 

 

 ムゲンは、優しい。私を想ってくれていて、愛してくれている。

 

 それでいて、強くて、割り切れて。過去とも戦って、打ち勝った。

 

 そんなムゲンと一緒にいることはとても幸せだった。

 

 けれど…私は何も成長していない。道夜さんの言っていた言葉。

 

『自分では気づかない所が成長しているときもある。そいつは、目に見えないものであろうとな』

 

 彼はそう言った。本当にそうだろうか…私は本当に成長しているのだろうか…。

 

 でも、その答えは誰も教えてはくれない。分かっている。自分で見つけなければならないと。

 

 

 

「……ん…」

 

 ゆっくりと目を開く。

 

 隣にはムゲンが眠っている。腕時計を見ると、既に昼前の10時だった。

 

 私は起き上がり、自分の部屋に戻るのも面倒だったので、ムゲンの部屋のシャワーを借りることにした。

 

「…ふぅ…」

 

 暖かいお湯が、汗を流していく。

 

「リナ。俺、資料提出してくっからさ、少し部屋空けるわ。…っと!そうだ、服、俺のだけどタンスにしまってあるから使えよ!んじゃ!!」

 

 扉越しに彼の声が聞こえる。そして、扉が閉まる音がした。

 

「……起こしちゃったかな…」

 

 私は小さく呟いて、体を洗った。

 

 

 

「…気持ちよかったぁ!蘇ったー!」

 

 私はムゲンに言われたとおり、タンスからムゲンの服を借りて着替えた。

 

 かなりぶかぶかだったけど…。ムゲンはやっぱり男性なんだなって思う。

 

 しばらくすると、彼が戻ってくる。

 

「ただい…ま…!?…リナ…。お前、何でそれ着てるんだ…?」

 

「え…?着ていいって言ったから…」

 

「いや、そうだけど、何で俺の野戦服の上着着てるんだよ…」

 

「…あ、ごめん。すぐ着替えるから…」

 

 私は服を脱ごうとする。すると、驚いたムゲンが止める。

 

「ちょっ…!ま、まてリナ!!ストップだ!!」

 

「…え…?」

 

「ぬ、脱がなくていい。そのままお前の部屋に行こう」

 

「う、うん」

 

 私は少し困惑しながら頷いて、ムゲンと共に部屋を後にした。

 

 

 

「ねえ、ムゲン」

 

「…なんだ?」

 

「ムゲンってさ、昔絵本で読んだヒーローみたいだね」

 

「なんだそれ」

 

「昔ね、光の世界にとても心の優しい人がいたんだって。それでね、その光の世界が、ある理由で闇に染まっちゃうんだ」

 

「へえ。それで…?」

 

「それでね、そこの世界の国のお姫様を助けるために、その心優しい人は旅に出るんだ。そして、お姫様と再会するんだけど…」

 

「ど…?」

 

「その優しい人は、お姫様を庇って闇の世界に引きずり込まれちゃうんだ」

 

「…」

 

 ムゲンは静かに私の話を聞いた。

 

「闇に引きずられるその時、その人の心の光がいっぱいにあふれたんだ。こうパァーって!!」

 

 私は手で大きさを表現した。それは、言うほど大きく表現できはしなかったけど、ムゲンには伝わったと思う。

 

「…それでね、そこからとても暖かい光が広がって、その光の国を照らしたんだ。そして、その心優しい人は笑顔でお姫様に言うの」

 

[帰ろうあなたは一人じゃない。俺達の国へ、一緒に手をつないで…。皆が笑顔で待ってる]

 

 その言葉が…あの時ムゲンの言った言葉と重なったのは気のせいじゃない。

 

 きっと、彼は私のヒーローなんだと思う…。

 

「…そっか。それで、その後どうなったんだ?」

 

「それで、お姫様と心優しい人は結婚して、幸せに暮らしたそうです。それでその物語は終わってる」

 

「幸せ…なんだな。その世界は…」

 

 その時のムゲンの瞳は、少しだけ悲しそうだった。たぶんその世界と今の世界を比べていたのだろうか…。

 

「でも…ね」

 

「…ん?」

 

「私はさ…。ムゲンと話してるだけで…とっても幸せ…なんだ」

 

 と、小さく呟く。

 

「……俺も…幸せだ」

 

 ムゲンは恥ずかしそうに返してくれた。

 

 

 

 それから、数日後…。ついにムゲンと街に出かけることになった。ワクワクしすぎて昨日は眠るのも惜しんだくらいに…。

 

「…さて…行くか。準備、大丈夫か?」

 

「うん…!行こ行こ!!」

 

 私はムゲンより先に歩き始めた。

 

「っと…!ちょ、早いな…!」

 

「だって!ずーっと楽しみにしてたから!」

 

「ははは…。そっか。よっしゃ、行くかぁ!」

 

 ムゲンは私の隣に並んで歩いてくれる。そう、私が願っていること…。ムゲンと対等にありたい…そう願ってた。

 

 後ろにいたら、置いていかれてる気がしたから…。

 

「えへへ…」

 

「…は、恥ずかしいな…」

 

「私はとっても幸せ!」

 

 

 

 やがて大きな街に出る。昔の街の記憶を少しだけ思い出してしまう。だけど、その記憶を振り切って私は歩く。

 

「あ、ムゲン、ムゲン!!あれ見に行こうよ!!」

 

「え?あ、あぁ…」

 

 私はなるべくムゲンと並んで街を見て回った。

 

 普通に街を見るのはほとんど初めてで、私にとっては興味の示すものはいくらでもあった。

 

 

 

「次はあれ!ムゲン!!はやくはやくー!!」

 

 私は指をさして歩き始める。

 

「…あいよ。ちょっと待てって……。ふぅ…余程楽しいんだな?」

 

 ムゲンもそう言ってついてきてくれる。

 

 

 

 それから随分と歩いて、いろんなものを見た。楽しそうな家族…。それを見るたびに胸が苦しくなった。でも…。泣かないようにした。

 

「…っと、ちと休憩しようぜ」

 

 ムゲンがベンチに腰掛ける。私はその隣に座った。

 

「随分歩いたなぁ。もう昼か…」

 

 腕時計に目をやる。すると、針はもう既に12時をさしていた。

 

「そうだね…」

 

 家族が楽しそうに仲良くしている姿を見ると、すごく心が苦しくなる。どうしても…。

 

「どうした?リナ…。あ、俺飲み物買って…」

 

 私はただ黙ってムゲンの腕を掴んで首を振った。きっと離れてしまったら泣いてしまうから。

 

 すると、ムゲンは私の腕を引っ張ってムゲンの胸に私を寄せて、抱きしめた。

 

「…!!」

 

 ムゲンを見ると、あの時と同じ笑顔で微笑みながら言った。

 

「…気づいてたぞ。お前が我慢してるの。幸せそうな家族がいたら、手…強く握ってたもんな」

 

 ずっと耐えてた。その心が、ぜんぶ…ぜんぶくずれてく…。私の瞳から自然と涙がこぼれる。

 

「…けど、お前も成長…したんだな」

 

「…え…?」

 

 私は涙声で答えた。ムゲンは笑って続けた。

 

「ずっと、追いつこうとしてただろ?分かってたんだ…。リナは形に出るから…」

 

「だから、俺は先に立ってないとって思った」

 

「どういう…こと…?」

 

「…お前が…歩みを止めないために…。辛そうでも、それでもついて来た。だろ?」

 

「でも…待ってくれないなんて…ひどい…」

 

 弱音を吐いてしまった…。こんなこと言っても意味無いのに…。

 

「…ひどい…か。…悪かった。いっつも置いてばかりで先に進んじまって」

 

「あ、いや…そう言いたいんじゃ…」

 

 また、一つミスをしたと思った。ほんとうにダメだな…私は。

 

「分かってる。でも、どんな辛くても今の今まで泣かなかった。前のお前だったらちょっと離れただけでも大泣きだったじゃないか」

 

「…そ、それは…!ムゲンと離れるのが…!」

 

「いや、そんだけじゃない。お前が強くなって、俺に追いつこうとしてるのもある。泣かないようにって、いっつも我慢してる」

 

「…だ、だって…」

 

「でもさ、人間泣いちゃいけないわけじゃない。むしろ泣かない人間を俺は絶対に好きなんて言わない」

 

「え…?」

 

「だからさ、お前は、お前の思うとおり進んで俺についてくれば良いんだ。先に俺が進むからさ。…これなら、怖くないだろ?」

 

「……」

 

 ムゲンは、ずっと見ててくれた。ずっと離れ離れだったのに、ちゃんと覚えててくれた。そして、成長したって言ってくれた。それだけで…私は…。

 

「ムゲン…。私…ムゲンに必要とされてないじゃないかって…思って…」

 

「んなわけないだろ?俺は…その…お前を愛してるからな…。必要ないなんて思うわけ無いだろう?」

 

「…そ、そんなに…?」

 

「え…?案外俺そこまで信用されてない…?」

 

 そんなムゲンの言葉に少し笑顔になった。

 

「ううん。とっても信用してるよ…」

 

「…そうか。大丈夫さ、二人で歩けば、何も怖くない。いざとなれば、俺が守ってやるから…」

 

「ううん。私も…ムゲンを守るよ…!一緒に…守りあおう…。私達を…、そして…今いる家族を…!」

 

 ムゲンは力強く頷いた。

 

「さて…そろそろ行くか。飯でも食いにさ…!」

 

 そう言って、ムゲンは私から離れ、立ち上がった。

 

「…あ、うん!」

 

 

 

 先に歩き出したムゲンの後を追いながら、こう思って、そして…新たに願った。

 

 彼と対等じゃなくてもいい。いつか…いつか絶対追いつくから…!

 

 この先も、楽しいことばかりじゃないけど…でも、彼と歩める道なら、きっと辛くない。

 

 けど…。

 

 それでも、時には歩幅をそろえて一緒に手をつないで…

 

「歩きたい…な」

 

 

外伝 完

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