機動戦士ガンダム虹の軌跡   作:シルヴァ・バレト

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父の最期を見て、自ら後の時代に伝えることを探すことに決めたエミリー。

彼女は今、日払いの仕事を繰り返し、何とか生活をしていた。

そんなある日、彼女は野良猫を見かけて………。

野良猫とエミリーの視点から描く二人の小さい物語。


外伝:エミリーと黒猫

 宇宙世紀0084 第00特務試験MS隊を抜けた私は、新しい仕事を求めて日々街を歩き回っていた。

 

 軍を抜けたことを後悔してるところもあったけど、それでもこういう暮らしができるのも嫌いではない。

 

 でも……。

 

 ちょっとだけ寂しいかな…?

 

 この話は、そんな私と嫌われ者の【小さいヒーロー】のお話。

 

 

 

「はぁ……。今日も疲れたぁ…」

 

 日払いの仕事が終わると、既にもう外は夕日が落ち始めている。

 

 今日の仕事はそれなりだった。事務業務だったからなおさら。

 

「……晩ご飯何にしようかな…。お店行って材料買わないとなぁ…」

 

 気分を変えて、前を見る。

 

 

 

「よーし!材料買って帰ろー!」

 

 歩き始めた時、正面から小さい黒い影。それがこちらへ向かって突き進んでくる。

 

「な、なんだろ……」

 

 正面から迫るその影を見る間もなく、その影は、私を飛び越えて走って行ってしまった。

 

 私は、そのしなやかな動きに、一瞬だけ固まって、思わず声が漏れだす。

 

「あ……」

 

 気が付けば、私は走って影を追いかけていた。

 

 その時は疲れも忘れ、ただその影の残す【軌跡】をたどりながら。

 

 どれくらい走っただろう。

 

 小さい影が路地裏へ。私は迷わずに、その影を追う。

 

 

 

 路地裏は、夕暮れなのに既に暗闇に飲み込まれ、影が身を潜めるにはうってつけの場であった。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 肩で息をしながら、ゆっくりと路地裏で影を探す。

 

 ゴミ箱の中にはいない。

 

 木箱の裏でもない。

 

「あ……」

 

 暗闇で小さく光る二つの【ディープブルー】色の宝石。その宝石はこちらをじっと見つめている。

 

 その宝石の前へ手を伸ばす。

 

 すると驚いたのか、宝石が一回りくらい大きくなる。

 

「おいで…?怖くないよ?」

 

 声をかけるが、その宝石はその場を動かない。

 

 さらに手を伸ばす。すると、宝石の主に触れる。

 

 そして、抱き上げてみた。

 

 宝石の主は思ったよりも軽く、毛もボロボロで、体は小刻みに震えている。

 

 尻尾はかぎしっぽで、そして全身は黒色。だが、所々に赤黒い何かが張り付いている。

 

 宝石の主と目が合った。

 

 一瞬の間の後、主は暴れだす。

 

「っ……!」

 

 主はその鋭い爪で私の手を引っ掻いた後、指に噛みつく。

 

 チクリとした痛みが、私を驚かせた。

 

 私自身、動物など飼ったこともなく、生まれて初めて触ったからだったからなのが理由だ。

 

 しかし、その驚きにも耐えた私の手はしっかりとその小さい主を掴まえていた。

 

 痛みに耐えながら、私は小さい主を胸まで引き寄せ、抱いてみる。

 

 主は少しだけひんやりしていて、震えていた。

 

「にゃ」と声を上げ、なんとか私の腕から離れようともがく。

 

「いい子、いい子」

 

 私はゆっくりと胸の中で暴れる主を撫でる。

 

 体温が伝わり、主にも温もりが宿った。

 

「………」

 

 暫くの間、私は主を抱きしめていた。

 

 それから、主を離し、ゆっくりと立ち上がる。

 

「…帰らなきゃ。それじゃ、バイバイ。猫さん」

 

 私は背を向けて路地裏を後にした。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 初めて触れられた。その温もりは、自分にも確かに伝わって、自分の中でそれが宿るのを気付かせる。

 

 野良猫である自分に対して、周りは皆声を揃えて言う。【()()()()()】と。

 

 自分は望んで生まれたわけじゃないのに。そう呼ばれたくて生きているわけじゃないのに。

 

 だけれど、あの人間は違った。

 

 走って行く自分を追いかけて、怖くなったから路地裏に逃げたのに、そこまで追ってくる。

 

 そして自分をみつけると、人間は微笑みながら抱き上げてきた。

 

 それは、自分が今まで体験したことのない衝撃。

 

 今まで忌み嫌われて、散々暴力や罵倒を受けた自分に対して、いとも簡単にあの人間は手を伸ばして抱き上げる。

 

 驚いたんだ。自分を抱き上げてくれる人間なんかいないと、傍にいてくれる仲間なんかいないと思っていた。

 

 だから抵抗した。それが受け入れられなくて。

 

 指に噛みつくと、その人間は驚いたような、痛みに耐えるような顔をしていた。

 

 けれどそれに構わず、その人間は自分を胸まで抱き寄せ、頭を撫でてくる。

 

 必死でもがいていた。けれど、何度か撫でられているうちに、受け入れるのもありかもしれないと思った。

 

 抵抗するのをやめると、人間は優しく抱きしめてくれる。

 

 その温もりが。優しさが。自分の中で一杯になった。

 

 人間にも、色んなヤツがいる。その時思ったんだ。

 

 それから、人間は「…帰らなきゃ。それじゃ、バイバイ。猫さん」

 

 そう言って、人間は路地裏から背を向け歩き出していった。

 

 …………。

 

 もう一度。

 

 もう一度だけ………。

 

 信じてもいいかもしれない。

 

 気が付けば、自分の足は勝手に動き、背を向けた人間を追っていた。

 

 暗くなった夜道を必死に。

 

 どこにいるのか。

 

 探したんだ。

 

 もう一度あの【()()()】を感じたくて。

 

 走った。

 

 どれくらい走ったのかも忘れたとき、やっとあの人間の背中をみつけた。

 

 鳴いた。

 

 その人間は振り向いた。驚いていたんだ。自分が追いかけてきたことに。

 

 迷わず、人間の胸に飛び込んだ。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「にゃー!」

 

 その声に振り向くと、さっき別れた猫がいた。

 

 ずっと私を追いかけてきたように見えた。

 

 猫は、私の胸に迷わず飛び込む。

 

 私は、猫を優しく抱く。猫は私の腕の中で小さく鳴いた。

 

 それを見て何故か、私は安心を覚えた。

 

「………一緒に帰ろうか」

 

 私は猫を抱きながら家路へとついた。

 

 

 

 お金は日払いの仕事が多いから、一人で暮らすならそれなりには生活できる。

 

 家も外見はボロボロだが、なんとか一人で住める場所を選んだ。

 

 狭いけど、贅沢は言えないから。

 

 材料を机に置いて、私は猫を見た。

 

 部屋の灯りを点けると、猫は眩しそうにしている。

 

 体の所々にある赤黒い何かは、どうやら猫自身の血が固まっているものみたい。

 

 だが、傷はもうすでに塞がっているのが分かる。

 

 なんとかして汚れを落としてあげないと。

 

 そう思った私は。

 

「………おいで」

 

 私は屈んで手を広げる。

 

 すると、猫はゆっくりと私の所へ近づいた。

 

 私は猫を抱き上げ、お風呂場へ向かう。

 

 

 

 シャワーで猫の体をゆっくりと流す。

 

 驚いた猫が私にくっつく。

 

「えっ!?ちょ、ちょっと!?」

 

 突然くっつかれ、態勢を崩した私は、そのまま転んでしまった。

 

 シャワーは容赦なく猫と私に水を振りまいて、猫は私に抱きつきながら震えてる。

 

「………いたた。仕方ないなあ…」

 

 私は体を起こして、猫を抱きながら洗ってやる。

 

「怖くないよ。私も一緒だよ」

 

 そう言いながら、震える猫を洗う。

 

 それから30分くらいの格闘の末、猫を綺麗に洗い終える。

 

 ついでに自分のお風呂も済ませた。

 

 

 

「はぁ…。よし、体拭いてあげないと…」

 

 バスタオルを持ち、猫を包んでみる。

 

 そうして猫巻きバスタオルを抱き上げていると、なんだか自分が子供を持っているような気がした。

 

「さて、と。拭こうかな」

 

 猫の体を丁寧に拭いてやる。さらに、ドライヤーで毛まで乾かしたりなんかもした。

 

 そして出来上がった猫は、今までとは違って、ツヤツヤの毛に、輝く両目のディープブルー。

 

「わぁ!かわいい!!」

 

 本当にかわいい。ただ、彼がどう思っているのかは分からないけれど。

 

「……あ、ご飯作らなきゃ…」

 

 私は立ち上がり、机に置いた材料で、簡単なものを作ることにした。

 

 運よく、加熱してある魚を買ってあるのをみて、私は小さく切り分けて皿にのせる。

 

 そして、猫の前に置いた。

 

「食べていいよ」

 

 私が言うと、猫は魚を一口食べる。

 

 結構気に入ってくれているのかな。

 

 

 

 それから、食事を済ませた私は、リビングでくつろぎながら【ある事】に頭を抱えていた。

 

「うーん…」

 

 ある事とは、猫の名前だ。

 

 いつまでも【猫】と呼ぶのは寂しい。

 

 だから考えていたのだが……。

 

 考え始めると、ちっともいい名前が思いつかない。

 

「………」

 

 それから、数時間。

 

「………よし、決めた!」

 

 その声で猫はこちらを見つめる。

 

「君の名前は【ロブ】!」

 

 そこまでカッコよくはない。意味は、最初にすれ違ったあの時、どこか行く当てもなく彷徨っていたから。

 

【Rove=ロブ】は、さまようって意味やきょろきょろするって意味がある。

 

「……ロブ!」

 

 呼びかけると、ローブは首を上げ、私を見つめた。

 

 反応してくれたのが嬉しくて、私は思いっきり抱きしめた。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

【ロブ】。それが自分の名前。

 

 自分に名をつけてくれる人がいた。

 

 そして、彼女は笑って自分を抱きしめた。

 

 苦しいのに、嬉しい気持ち。

 

 水をかけられるのも慣れていた。

 

 それなのに、彼女は自分を罵倒したり暴力を振るうどころか、優しく抱きしめながら、自分を洗ってくれていた。

 

 そんな気持ちも。

 

『食べていいよ』

 

 その一言を言ってもらった。

 

 それから、一口食べたときの気持ち。

 

 その何もかもが【()()()】で、とても暖かかった。

 

 自分には誰も優しくしてくれはしないと思っていたから。

 

 なのに、彼女は簡単に自分を優しく撫でて、抱きしめてくれる。

 

 嬉しかった。

 

 本来野良猫には持ち合わせていない気持ちが、確かに宿ったんだ。

 

 それは暖かくて、嬉しくて。

 

 自分だけじゃないはず。この気持ちは、生きている動物全てが感じることのできる気持ち。

 

 彼女は自分を抱きしめたまま、眠っていた。

 

 だんだんと自分の瞼が重くなっていく。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 気づけば、私はロブを抱きしめながら眠ってしまっていた。

 

 目が覚めれば、カーテンから明るい陽射し。

 

「………」

 

 体を起こすと、ロブは腕から離れて、大きく伸びをした。

 

「おはよう。ロブ」

 

 私が言うと、ロブは小さく「にゃ」と答えた後、大きなあくびを一つ。

 

 立ち上がり、朝食の準備をする。

 

 まだ、少しだけ眠いかな。

 

 しかし、そうも言っていられない。

 

 今日も仕事がある。自分にできることをしなければ。

 

 あの時……【彼】に言った。

 

 そして、【父】が残した言葉だから。

 

 ふと、彼らの事を思い出す。

 

 元気にしているのだろうか。

 

 ………少しだけ、寂しいな。

 

 現実に引き戻されたのは、ロブが私の脚にすり寄ってきたから。

 

「……ロブ?」

 

 ロブは、私の周りをくるくる回ったり、時折私を見上げたり。

 

 その顔が心配してそうな顔に見えた。

 

 動物というのは、特に犬や猫は信頼している人を慰めようとする気持ちがあるのだろうか。

 

 そもそも、ロブは私をどう思っているのかさえ、分からない。

 

「よし、気分変えてご飯作らなきゃ!」

 

 それから、私は昨日の残りのカボチャスープを温め、その間に目玉焼きを作る。

 

 あ、パンも焼かないと。

 

 急いでトースターにパンをセット。

 

「あ、スープもうよさそう」

 

 火を止め、スープを皿へ注ぐ。

 

 次々と朝食が出来上がっていく中、ロブは私の動く方向を毎回首で追いかけていた。

 

 

 

「ふぅ…」

 

 椅子に腰かけ一息。

 

 ロブの朝食は、昨日残ったお魚の切り身を少しだけ。

 

 ロブはおいしそうにそれを食べている。

 

「私も食べよ」

 

 正直、最近は食事の時間と睡眠の時間くらいしか楽しみが見つけられない。

 

 それはそれで困ったことなんだけど、まあ自分で望んでやってるわけだし、何も言えないんだけど。

 

 ブツブツ考えながらスープを一口。

 

 カボチャの甘みと、塩のバランスがいい感じで、なんだか眠たく……。って!だめだめ。

 

 次は…少し形が悪い目玉焼き。うん。形は悪いね。何て言えばいいかな。

 

 黄身と白身が一体化してるような感じ…?いや、これでも目玉焼きなんだよ?

 

 ナイフで切り分け、一口。

 

 うん。まあ味は言わずもがな。塩だけで調理したから塩と卵の味がする。

 

 黄身がつぶれてるからそれほど黄身の味もしない。

 

 ………これで何回失敗したかな…。

 

 まあいいや。次は、トースト。

 

 バターを表面に塗ってあるから、美味しい。塗ってなくてもおいしいけどね。

 

 ココだけの話、部隊にいたときに見たことで、道夜隊長の話。

 

 彼は、パンを食べる時、必ずパンの耳を食べないんだよね。

 

 いや、分かるよ。気持ちは分かる。特に焼かずに食べたときはむしろ耳が邪魔な気はするのはよく分かる。

 

 まあ、人の好みはそれぞれだからこれ以上は言わないけども。

 

 なんか、何でも食べそうな人に見えたから、結構面白かった記憶がある。

 

「ふふ」

 

 思い出したら笑いが込み上げてきた。

 

 その事でよくユーリさんに弄られてたっけ。

 

「…………」

 

 私が、父を探して連邦軍に入った時、新人オペレーターとして配属された場所が彼らがいた部隊。

 

 家族なんか居なくて、寂しかった私に、あの部隊の皆は優しく手を差し伸べてくれた。

 

 私を家族と言ってくれた。

 

 なんでもない言葉一つ一つが、私にとってはとても嬉しかった。

 

 彼らと会えたこと、それが私にとっての最高の幸運だったのかもしれない。

 

 それほどまでに私を変えた。

 

 あの場所は、陽だまりのような場所。

 

 寂しささえ分かち合って、互いに寄り添って。

 

 笑いあって、助け合って。

 

 それは、太陽のような。

 

「…………うぅっ…!」

 

 急に、部隊を抜けたことを後悔した。

 

 寂しさから涙が零れた。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 彼女は泣いていた。

 

 何かを思い出して笑ったり、そして今は涙を流している。

 

 それが何故なのかは自分には分からない。

 

 けれど、彼女が泣いている姿は見たくない。

 

 彼女の脚にすり寄って、小さく鳴く。

 

 それに気づいた彼女は自分を見た。

 

 そして、彼女は自分を抱き上げ、泣いた。

 

「うっ…!うぅっ…!寂しい……よ……」

 

【寂しい】その言葉が、自分の心のどこかで、小さく眠っていた()()に突き刺さった。

 

 ………同じなんだ。彼女も自分と。寂しいのはみんな同じだった。

 

 でも、自分はただの野良猫。猫にできることは少ない。

 

 ……でも。

 

 彼女の流した涙を舐める。

 

「………ロブ…?」

 

「にゃ」と鳴く。その一言には、『泣かないで』と込めた。

 

 それが伝わったのかはわからないけれど、こんなことしか出来ないけれど。

 

「…うんっ…!うんっ…!」

 

 彼女はただ自分を抱きしめて頷いた。

 

 自分に出来ることは無いのだろうか…。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ロブは、私を慰めてくれた。

 

「にゃ」という一言から伝わった。『泣いちゃいけない』と。

 

 いくら望んでも、泣いても過去は戻らないから。

 

 彼らとは違う道を歩んだのだから。

 

 だから……。

 

「今は、もう泣かないよ。ロブ……。ありがとう」

 

 私は微笑んだ。

 

 

 

 それから、3年の月日をロブと過ごした。

 

 それは、私が仕事を終えて帰路についていた時。

 

「………」

 

「エミリー・ブライトウェルだな?」

 

 周りを見ると、私を囲む黒服の男たち。

 

「……だったら何なんですか?」

 

「抵抗せずについてきてもらおうか?上の命令なんでね」

 

「何故……?」

 

「理由なんか君が聞く必要はない」

 

「……」

 

 私は彼らの間を抜けて走った。

 

「まてっ!貴様ぁ!!!」

 

 背後から迫る足音。

 

「はぁ…!はぁ…!!!」

 

 それから、路地裏に逃げ込む。

 

 ここなら、闇に紛れて身を隠しやすい。

 

「どこだ!?」

 

 私は息を殺して隠れた。

 

 男たちは私をみつけるために探し回っている。

 

 このままではいずれ見つかってしまう………。

 

 そのちょっとした恐怖が、私の行動を迂闊にさせた。

 

 動こうとしたとき、近くにあった缶を蹴ってしまう。

 

「……!!」

 

「そこか!!!」

 

 結局、私は捕まった。

 

 そして、途中車に乗せられ、見知らぬどこかへと。

 

 ………次に気が付いた時、私は見たことのない倉庫にいた。

 

 どうして私がさらわれたのかも理由が浮かばない。

 

 私は、ただ震えてここにいるしかなかった。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 おかしい。いつもなら、彼女は既にこの時間だと帰ってくるはず。

 

 ……考えすぎな気もしたが、自分は家を飛び出した。

 

 もしも、彼女の身に何かが起きたら、と彼女は教えてくれた。

 

『いい?ロブ。もしもの話、私の身に何かが起きたなら、助けてくれる……?』

 

『………なんてね。冗談だよ冗談』

 

 その言葉が、今も胸に残っている。そして、今がその時なんだ。

 

 

 

 走った。必死で。周りの言葉なんか気にもせず。

 

 ただ、彼女のために。

 

 途中で石を投げつけられたりもした。

 

 当たったところから血が出た。

 

 でも、走った。

 

 彼女のためだけに。

 

 

 

「いたぞ!!黒猫だ!!」

 

 大柄な男が自分をみつけて走ってくる。

 

 そんなの構わず走った。男を飛び越えようとしたとき。

 

 男に捕まった。

 

 そして、壁に投げつけられる。

 

 痛みが全身を駆け抜けた。どこかが折れたのも分かった。

 

 

 それでも………。

 

 

 それでも…………。

 

 

 それでも……………!!!

 

 

 自分は…!……僕は!!!

 

 

 走るのをやめるわけにはいかないんだ!!!

 

 

 振るえる足で立ち上がり、大きく咆えた。

 

 それは、己に再び動く力を与えるため、そして、彼女を救うために。

 

 だが、男はそれに構わず近づいてくる。

 

「これで終わりにしてやる!!!」

 

 動こうにも、そこまで早く対応なんかできない…。

 

 でも………!!

 

 振りかぶる男の手を、何者かの手が止めた。そして、男に一撃。

 

「何するんだ……!?ぐぁっ!?」

 

「………動物をいじめるのが楽しいか?」

 

「…………なんだと!?」

 

「これ以上やるなら、俺が相手になってやる」

 

「……なっ!その制服は…!ちっ…!」

 

 男は彼に恐れをなして逃げて行った。

 

 僕は震える足で前へ一歩ずつ進む。

 

 まだ、走れる。

 

 だが、それを彼の手が止めた。

 

「大丈夫か?」

 

 そんな言葉、今は必要ない…。

 

 言葉を無視して走った。

 

「お、おい!待てって!!」

 

 そんな言葉さえも。ただ、彼女の元へ。

 

 どこにいるのかさえ分からないのに。……いや、何故だかわかる気がする。

 

 彼女がどこにいるのか。

 

 だから、一心不乱に走った。

 

 

 

 そして辿り着く。大きな倉庫。

 

 きっとここに彼女がいる。

 

 猫の勘が、俺の勘がそう告げている。

 

「はぁ……はぁ……!ここになにかあるのか?」

 

 見れば、彼も後を追ってきていた。

 

 ………何故か、彼女に似ている。こんなに珍しいヤツが二人もいるなんて。

 

 僕は構わず走った。

 

 倉庫の中で泣いている彼女を救うために…!

 

 

 僕は……【Rove(ロブ)】。彷徨う者。

 

 そして、その名を付けた彼女を助けるために、今。

 

 咆える。すると、黒服を着た男たちが現れる。

 

「なんだ!?猫だと!?」

 

 もう、力がほとんど出ない……。

 

「こいつを追い出せ!!」

 

 男たちが俺へと迫る。避けれるほど体力がない。

 

「待て」

 

 追ってきた彼は言った。

 

「なっ!?貴様どこから!」

 

「………コイツは何かを探してる」

 

「何……?ま、まさか!?」

 

「その様子なら、隠しているものがあるみたいだな」

 

「先にコイツを追い出すぞ!!猫は後だ!!!」

 

 男たちは彼に迫っていく。

 

「黒猫!!!」

 

 彼は叫んだ。

 

「ここは任せておけ、先に行って探してこい!すぐ向かう!!」

 

「にゃ!」一言。それで伝わるはずだ。

 

 もう、迷うことはない。彼女の元へ。

 

 

 

 そして………。

 

 

 

 泣いている彼女をみつけた。

 

 もう動かない足を引きずりながら、彼女へ一歩ずつ。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 泣いていた。怖かった。寂しかった。

 

 だから泣いていた。

 

「うぅっ………!」

 

 私はどうすればいいの?

 

 だれか、教えてよ。

 

「にゃ………」

 

 震えているが、確かにその声はロブの声。

 

「………!!!」

 

 前を見れば、ボロボロになったロブが一歩ずつ私へと歩いてくる。

 

 後ろの右足はもうすでに動かず、引きずりながらも。

 

「ロ………ブ………?」

 

 片目は既に見えておらず、満身創痍なのが見てわかる。

 

 それなのにも、もう動かない足なのに、私へ歩いて……。

 

 ロブは、最後の力を振り絞って、走って私の胸へ飛び込んだ。

 

「………!」

 

 それは、最初に出会ったあの時のように。

 

「にゃ………」

 

 もう、声もほとんど出ていない。

 

「ロブ……どうして……!」

 

 私は、涙を流して、問いかけた。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

「ロブ……どうして……!」

 

 その問いかける彼女。もうあまりよく見えないが、彼女は泣いていた。

 

 自分のために泣いてくれた。

 

 こんな、野良猫のために………。

 

 きっと、それが【答え】。

 

 自分を【()()()()()()】から。

 

 抱きしめてくれたから。

 

 一緒に過ごしてくれたから。

 

 それが…………。たったそれだけだけど。

 

 人間からすれば小さくくだらないかもしれない。

 

 でも、猫には……。いや、自分にとっては……そんな当たり前が体験できたことが。

 

 

 嬉しかったんだ。

 

 

 初めて抱いてくれたあの時の温もりと同じ。

 

 

 彼女の頬をなめた。まだ、寒い冬なのに、彼女から流れる涙からは、少しだけ早い春の味がした。

 

 

 こんな……野良猫のために……。

 

 

 ねえ、エミリー………。ボクは……もう彷徨わなくていいよね?

 

 

 ボクは………【Love(ロブ)】。こんな辛い世界でも、ボクを愛してくれる人がいた。

 

 

 それだけで……。

 

 

 ボクは幸せだ………。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 ロブは、何も言わず、ただ私の腕の中で力尽きた。

 

「……ロブ……ぅうっ!!!」

 

 こんなに小さい体で、必死に私を探してくれて……。

 

 本当に助けてくれた。会いに来てくれた。

 

 愛していた…。自分の子供のように。

 

 この子は【Rove(ロブ)】なんかじゃない。【Love(ロブ)】。

 

 愛するという意味がある。

 

 

 ねえ、ロブ。あなたは幸せだったの?

 

 

 私は………幸せだったよ。

 

 

 あなたと会えて。

 

 

 あなたと過ごせて。

 

 

「あなたを……愛せて……」

 

 

 あなたは私のヒーローだよ。ロブ。

 

 

 私は、【小さい英雄(ヒーロー)】を抱いて外へ出た。

 

 途中で、黒服の男が全員倒れ居ていたのをみて驚いたけれど。

 

 それから、私は家の横に小さい墓を建てた。

 

 墓に刻んだ文字を見て、微笑んだ。

 

「…行かなきゃ。それじゃ、バイバイ。ロブ」

 

 私は、彼に背を向け歩き出した。

 

 

 

 墓には、こう刻まれている。

 

 

 ――私が愛した小さき英雄ここに眠る――

 

 

外伝 完

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